地球サミット等含め、一般的な
国連環境会議の成果とは何ですか?
授業でやるのですがいまいちわからないのです。。。

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A 回答 (2件)

 


  No.1 では分かりにくかったかも知れないので補足します:

  > 国連環境会議の成果とは何ですか?
 
  成果は、1で述べたような地球環境問題とそれをめぐる各国(先進国・発展途上国等の葛藤も含め)のあいだの、一国だけでは解決できない国際的な問題についての、国際的合意や協力、未来への改善プランの確立・提示などがあるでしょう。例えば、温室ガス排出の国際的規制条約の合意。廃棄物に関する国際的な規制の制定、などです。具体的な条約や合意や、協力計画などは、授業で出てくるはずです。(温室ガスとは、主に二酸化炭素で、自動車を走らせると大気中に広がりますし、火力発電所を稼働させると、また空中に広がります)。
 
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
具体的にどう成果があったの?って考えるとわからなかったので、見方を示してもらえてありがたいです。

お礼日時:2001/12/18 11:42

 


  地球サミットは、Earth Summit と英語で言い、正式名称は、「環境と開発に関する国連会議」United Nations Conference on Environment and Development(略称UNCED)と言い、今から10年ほど前に、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催されました。
 
  この会議の正式名称を記したのは、この名前に、問題の鍵があるからです。「環境と開発に関する」会議なのです。つまり、「環境」と「開発」ということが、二大テーマになっています。
 
  この会議でくっきりと浮かび上がった問題というか論点は、一つに、「北と南の対立」いわゆる「南北問題」です。ここでいう南北とは、地球規模の話で、北は、「北半球」で、南は「南半休」です。つまり、北半球には、欧米を中心に先進国があるに対し、南半球には、アフリカ・南アメリカを中心に、「自然資源を持つが、技術的経済的に遅れている」後進国あるいは開発途上国があるのです。
 
  北半球にも、中国・インド・イスラム諸国を初め、広大なアジア大陸に、事実上の後進国が多数あります。
 
  そこで、問題となるのは、北の先進国は、すでに高度な技術経済社会を築き、国民総生産も高く、教育の普及、女性の地位、人権問題、等々、色々な意味で、望ましい社会を築いているということです。それに対し、南の発展途上国は、技術経済システムが未成熟で、国民総生産も低く、教育も普及しておらず、女性の地位問題や人権問題を抱え、更に、人口爆発で、飢餓の危険性もあり、貧困と無知に慢性的に悩まされているという状態であることです。
 
  南の開発途上国は、技術を高め、経済インフラを整え、北の先進国同様の「豊かさ」を求め、ここで、「開発」を強く求めているのです。しかし、北の先進国は、人口増加傾向はなく、むしろ、高齢化社会となり、人口は減少の方向へとも向かっています。北はそして、地球の「環境問題」というものに強い懸念を抱いています。温室ガスの問題(地球温暖化問題)や、オゾン層の破壊、耕地の砂漠化、森林の消滅、大気汚染、等々、地球環境はいまや危機に瀕しているという認識があります。
 
  南の後進国も、環境破壊について意識しない訳ではありませんが、増大する人口、先進国による経済的搾取と対抗するため、自国の産業・技術・経済を発展させるためには、彼等が持っている資源、すなわち自然環境資源を利用し、環境を破壊しても、なお「豊かさ」が必要であると主張します。
 
  ここに環境保護を主張する北と、環境よりも、開発と豊かな社会を望む南の対立があるのですが、問題はそれだけではないのです。
 
  南の諸国は、先進欧米諸国のエゴイズムを批判します。先進国は、過去、地球環境を破壊し、その破壊の上に現在の繁栄を実現し、更に、現在も環境破壊を続け、それは、他国の領域にまで及んでいるのではないかというのです。我々南が豊かさを求め、北の先進国がかつて行ったと同じことをするのが何故いけないのか?
 
  先進国のエゴイズムは過去のものではなく、現在のものでもあるのです。開発途上国が、サハラの自然を破壊している。南アメリカの森林を破壊している。熱帯雨林が破壊されている。中国は無謀な土地の過剰利用で、砂漠化を促進している、等々の批判に対し、だが、世界にあって、エネルギー消費の巨大な国々はどこか? それはアメリカであり、西欧諸国であり、廃棄物質にしても、これら先進国がもっとも莫大な量の廃棄物質を排出しているのではないのか?
 
  アメリカは、自国の経済的繁栄を優先させ、エネルギーの濫消費、資源の濫消費を行い、廃棄物質で環境を汚染していることは事実なのです。しかも、京都議定書での温室ガス削減条約にアメリカは加わりませんでした。
 
  世界大国であるアメリカこそが、環境問題でイニシャティヴを取り、みずから、濫消費をやめるべきなのですが、アメリカには、それができないという国内の事情があると、アメリカは主張します。
 
  こうして、「開発と環境保護」の問題は、出口が見えないまま、しかし、何かの方策を取る必要は明らかなので、なお、人々は努力し、問題の解決を図ろうと試みているのですが、問題は難しく、地球上の民族・宗教・文化・歴史の軋轢なども関係し、解決には、遙かに遠いというのが、現状であり実状なのです。
 
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Q生態系にはなぜ多様性が必要なのか

生態系にはなぜ多様性は必要なのか。熱帯雨林が減少し、この多様性が失われようとしている。どのような問題点が生じてくるのでしょうか??

Aベストアンサー

 
  >生態系にはなぜ多様性は必要なのか。
 
  「生態系の多様性」とは何か、少し分かりにくいのです。martinbuho さんは、明らかに、biodiversity(生物多様性)の意味で使っています。エコシステムが地域ごと、環境ごとである、その多様性のことかとも言えますが、「エコシステム」は、全体的には、地球エコシステムになるので、地球生態系の多様性の意味だと理解します。
 
  皮肉な言い方をすると、生態系には、シンプルさと調和性が必要で、多様性は必要とされていないとも言えます。それは、生態系というものは、元々錯綜して多様なもので、むしろ、単純さと調和が実現できるようなシステムになっているということです。人間が人工物質・廃棄物を自然環境・エコシステムにそそぎ込むと、エコシステムは、結果的に単純さや調和を失って、多様なものになるとも言えるのです。しかし、問題は、こういう風にシンプルさや調和性を失って、錯綜した人工的多様性を持つと、エコシスムの変形が起こり、調和の喪失が生まれ、その結果は、従来のエコシステムの崩壊・解体ということです。
 
  しかし、言葉の遊びはやめて、考えると、広義の鉱物・土壌・水・空気等の「自然環境」の多様性と、生物種の多様性、つまり、バイオダイヴァーシティの問題だということになります。「自然環境」の多様性については、これが、生物多様性を支えて言ると言えます。また逆に、生物多様性が、自然環境の多様性を支えているとも言えます。エコシステムとは、こういうシステムになっているのです。
 
  人間は、この地球エコシステムのなかで、調和的な「或る位置」を占めており、人間の存在は、エコシステムに支えられているのです。従って、エコシステムを破壊乃至劣化させる行動は、人間が自分で自分の首を絞めるような結果になるのです。例えば、「水」はたいへん貴重であると共に、地球においては、ほぼ無尽蔵なシステム環境だったのですが、水の汚染により、いまや人間は飲む水がなくなっているともいう事態になっています。
 
  こうすると、エコシステムの劣化をもたらすと、人間の「安全な生存・生活」が維持できなくなるという結果が出てきます。従って、エコシステムは、調和的に、人間がそれに対応していた状態・様態に維持せねばならず、そこから逸脱することは、危険であるとなります。
 
  生態系が変化すること、あるいは環境的多様性が失われることは、生物と地球の歴史から言えば、必ずしも、起こってはならないことではないのです。環境の多様性あるいは、「現様態・現多様性」が必要なのは、人間が生きて行くために必要なのです。人間は、生物的存在であり、社会的存在であり、精神的存在でもあるのです。後者は更に、計算悟性的存在と、叡智・知性的存在の二つに分かれるでしょう。
 
  この地球のエコシステムを破壊しても、地球の元の形とそっくり同じで、開拓可能な惑星が、まだまだ何千もストックとしてあるなら、人間の計算悟性的存在は、地球破壊OKというでしょう。しかし、たとえ、そうであったとしても、叡智・知性的存在としての人間は、NOというでしょう。「存在者としての倫理に反している」というのが、その答えです。
 
  仏教やジャイナ教は、生物の命を妄りに奪ってはならないとしました。生物の命を妄りに奪うと、環境破壊になって、人間が住みづらくなり、ついには生きて行けなくなるからではないでしょう。そういう合理的意味もあったでしょうが、これは、存在者としての、生物の尊厳、更に言えば、世界の存在の尊厳に対する畏怖、存在者=智慧ある人間の倫理としてそうなのです。
 
  もう少しまとめてラフに言いましょう。
 
  1)人間は、生物存在として、生態系の破綻を認めることができない(何故なら、生物としての存在が維持できなくなるからである)。
  2)社会存在として、人間の社会は、生態系の破綻で、まわり回って、崩壊するであろう。しかし、社会的存在としての人間は、これを容認する。
  3)計算的悟性的存在としての人間は、自己の快適や都合のよさが第一義で、環境や生態系など、幾ら破壊しても構わない。しかし、計算して考えると、将来的に自己の首が締まって来る結果が見える。ディレンマである。だが、将来のことだ、また困るのは、アフリカの黒人などだ、そういうのは早く死んで、地球人口の膨張が減れば喜ばしいことだ。インドや中国も、やばいので、消えて貰おう云々。
  4)叡智的知性的人間は、言う。生物の尊厳、存在の尊厳、いま人間が、自己がこの存在世界に存在してあることの驚異、喜びと苦悩。エコシステムのなかで、エコシステムと共に、しかし、それを超越した「精神・叡智」の責任として、共生・共存在の道を進まねばならない。人間の矛盾は、宇宙が課した課題であり、このディレンマが、実は存在世界の「意味」である。
 
  こうして、わたしは答えるのです。人は、ソピアー的倫理的責任において、「叡智ある存在」として、地球エコシステムの存在の尊厳に敬意を表さねばならない。生態系のより豊かな調和を、より豊かなシンプルさを。そしてより、豊かな多様性を。
 
  以上が、生態系に何故、多様性が必要なのかの答えの一つです。この答えには、生態系や環境の破壊も必要だという論理も入っているのです。だから、矛盾であり、ディレンマであり、生物・自然の存在の尊厳であり、そして付け加えれば、「人間の存在の尊厳」なのです。人間は「地球の癌だ」などと言っている人間は愚者であり、かつ、偽善者・偽悪者でしょう。自分が癌なら、早く死ね!(そういう結論になることを述べたのですから。……そもそも、人間もまた、何故か人間として、この存在の世界に存在している以上、生き物の尊厳と言った時、人間も生き物であり、癌だなどと言えば、癌細胞の尊厳も無視しているでしょう。功利主義的発想というのです)。
 
  もう一つ、バイオダイヴァーシティの問題があります。バイオダイヴァーシティというのは簡単に言うと、「種の多様性」というような意味になります。「種の多様性」というのは、別の言い方だと、「遺伝子の多様さ」ということになります。現在の遺伝子の多様さ・種の多様さは、いまから6000万年ぐらい前に大きく変更を受けて、もう一度回復したもので、より豊かになったとも言えます。このバイオダイヴァーシティは、「生物資源」とも呼ばれているぐらいで、これを消費(消滅)させると、復元がきかないものです。バイオダイヴァーシティは何のために必要かというと、1000万年オーダーでの規模での生物界の尊厳にとって重要なのだということになります。その資源としての利用可能性というのは、すでに上で述べたことに含まれているのです。しかし、昆虫の十万種ぐらい滅びても、どうということはない、という発想になります。確かに、それで人類の首が締まって来ることにはなりません。しかし、「種の存在への畏怖・尊厳」というものが、ここでも出てくるのです。「利用可能性」でだけ考えていては、答えがでないでしょう。人が美しい音楽を聞いて感動したり、絵画を見て、衝撃的感動を受けたりすることが貴重な体験であると同じような意味で、バイオダイヴァーシティは貴重なのです。また必要なのです。
 
  >熱帯雨林が減少し、この多様性が失われようとしている。
  >どのような問題点が生じてくるのでしょうか??
 
  上で、答えを述べました。人間の生物的生存が不可能になるでしょう。社会では、西欧型の社会など、存続できなくなるでしょう。また、もっと素朴な低エントロピーの社会も存続困難になるでしょう。叡智的・知性的には、存在の尊厳の倫理において、人間として、恥ずべきことでしょう。愚行の記録が一つ増えるのです。しかし、それによって、人類は、更に課題を負うことになるでしょう。人間に智慧や倫理を知れと、宇宙が言っているのかも知れません。
 
  なお、以下のURLは、生態系の多様さという話とは少しずれますが、環境の破壊・劣化を人類の社会が止めることのできない構造のアウトラインを簡単に述べています。この質問の延長に来る問題の現状概略です。
 

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=171507

 
  >生態系にはなぜ多様性は必要なのか。
 
  「生態系の多様性」とは何か、少し分かりにくいのです。martinbuho さんは、明らかに、biodiversity(生物多様性)の意味で使っています。エコシステムが地域ごと、環境ごとである、その多様性のことかとも言えますが、「エコシステム」は、全体的には、地球エコシステムになるので、地球生態系の多様性の意味だと理解します。
 
  皮肉な言い方をすると、生態系には、シンプルさと調和性が必要で、多様性は必要とされていないとも言えます。それは、...続きを読む


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