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無知な者で恐縮ですが…、「専制君主制」と「絶対君主制」は微妙に違うと思うのですが、その違いについて教えてください。

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A 回答 (5件)

これは言葉の問題ですね。


絶対君主制は専制君主制の一種です。

つまり絶対主義に基づく専制君主制のことが
絶対君主制です。
絶対主義は絶対王政ともいいます。

絶対主義は、君主に至上の権力を付与する
専制的な政治形態で、ヨーロッパ近世に見られ、
封建的貴族領主に対する王の統一権力が
成立しながら他方で身分制を保存するために、
封建制から資本主義的近代国家への過渡期に位置づけられます。
国王の権力が絶対無制約(つまり憲法が無い)で
中央集権化されて宮廷貴族化した官僚と軍隊がその権力を支えます。
王権神授説は、国王の独裁を正当化する政治理論です。

立憲王政以前の君主政体を絶対君主制と表現することがありますが
歴史用語的には、古代エジプトや明治日本などには適用せず、
主に15~17世紀のヨーロッパで脱中世した
中央集権国家をさしています。

啓蒙思想を受け入れた絶対王政の君主を
啓蒙専制君主と呼びますが
最初にいったようにこれも専制君主制の一形態です。
啓蒙主義を受け入れたといっても
上からの近代化を進めるというだけで
圧制には変わりないので、
無知な人民を身分的知的上位者が開明・統治するということで
新手の王権神授説といってもいいへ理屈なのですが
ともかく18世紀ヨーロッパを代表する政治体制です。

(ヨーロッパの)専制君主制には、
オリエント的専制君主制、絶対王政、啓蒙的専制君主制、
の三パターンぐらいが登場します。

オリエント的というのはここではアジア的という意味合いなのですが
ロシアのロマノフ朝のように皇帝に全権力が集中する政治体制です。

専制君主という言葉は独裁者と同義なので、
スターリンや金正日、フセインの政権の表現にも使いますが、
絶対主義の進化形ではありません。
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あまり区別にこだわる必要はないと思います。


「絶対君主」とは絶対王政を行っ君主を指すのですが、その君主も、ふつうにイメージする絶対的権力を持っていたわけではありません。今ほど情報・交通が発達していない時代ですから、地方では君主の権力が及ばないところもありました。ただ絶対王政期の君主だから、しかも中世西欧世界の君主たちとの比較で独裁的で強い権力を所持していたため、特に「絶対君主」という言い方をするのです。
実質的には「専制君主」との違いはないと思います。
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絶対君主制は君主制の一種で歴史学の用語です。

しかし、絶対君主制というのはあまり使われず「絶対王政」「絶対主義」といいます。
君主の力がその源泉である宗教の制限は受けるが貴族や諸勢力や議会に制限されずに
(日本的にいえば貴族や藩主や幕閣の影響受けずに)
政治を行う形態です。16-17世紀のスペイン、英国、フランス、スウェーデンなど。
これの対概念(=絶対主義批判)が啓蒙思想啓蒙主義(<>絶対主義)でこれも君主制の1種です。初期には啓蒙専制君主と呼ばれました。啓蒙とは光が当たるという意味で開明専制君主という言い方もあります。聖書や神学でなく理性に依拠しました。しかし貴族の力の拡大抑えるためには絶対主義に返るしかなく(^^)18世紀に滅亡。
プロイセン(ドイツ)、オーストリア、ロシアなど。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%95%93%E8%92%99% …
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%95%93%E8%92%99% …
現代ではサウジアラビアやクウェートやブータンやスワジランドやリヒテンシュテインが絶対王政とみなされます。

やがて共和制の時代がきます。アメリカ革命やフランス革命です。

旧ソ連やイラクや北朝鮮を君主というのはマスコミのおちゃらけ表現で
これらの国は君主制ではありません。それいうならブッシュ君主制で小泉君主制です(^^)
官僚と軍隊抑える人が統治するのは絶対主義の時代もいまも同じです。
議会や国民が国家権力の暴走食い止められるかどうかは「国民のレベル」次第です。

第2次世界大戦に反対した日本人は2万人くらいしかいませんでした(^^)戦後保守政治の基礎築いた吉田茂が「親米派」と排除され(戦争が長引けば殺された?)、妻の父で明治期の功労者には特高の監視がつく時代です。
東京都教育委員会は偏った「歴史教科書」採択に熱心ですが、あのタカ派の知事はこのことについては一言も指示や発言していません。(任命しただけ)
スターリンもフセインも金ジュニアも任命したが「指示、命令はする必要なかった」と思われます(^^)
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この回答へのお礼

様々なご回答有り難うございました。ここでまとめて感謝します。

要約すると、
意味の広さの違いという意味で「専制君主制」>「絶対君主制」と理解してよろしいのでしょうか?
権力の大きさの違いという意味で「専制君主制」<「絶対君主制」と理解してよろしいのでしょうか?

あまり気にすることのない違いなので、特に使い分けしなくてもいいのですか?もう少しいろいろなご意見をお伺いしたいので回答を受け付けておきます。

お礼日時:2005/11/11 20:16

この件にきましては、全く自信がありません。


ただ私の考えていた事です。

1番の方とは、逆で、専制君主制は、君主の考えた事が、そのまま実行される形態で、絶対君主制は、君主が思っただけではダメで、命令なり法律での指示が必要な形態だと考えています。

つまり、君主が「あいつ気に入らない」と口走っただけで、その人は殺されるのが、専制で、はっきり「殺せ」と命令しないと動かないのが、絶対君主制だと思っています。
専制君主制の場合、責任の所在が不明確であるのに対し、責任所在が明確になっているのが、絶対君主だと思います。

北朝鮮で、金正日が、「こうしろ」と命令するのであれば、絶対厳守で、金正日の思うだけで、命令や法律の根拠が無くても実効されるとしたら、専制元首でしょう。

絶対君主の場合、最終責任は、自分本人に有りますが、専制君主の場合、責任の所在があいまいで、部下を尻尾切りして、自分が生き残る事が可能ですが、権力の乗っ取りには、逆に弱い構造です。

この回答への補足

貴重なご回答ありがとうございます。

それは、「立憲君主制」のことでは?

補足日時:2005/11/11 18:26
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 こんにちは。



 「専制君主制」と「絶対君主制」は、政治形態としては一緒といってもいいんですが、人民側のレベルが違うということですね。

 「絶対君主制」は、人民の意識が低く、つまり君主は絶対的なものだと思い込んでいる状態ですね。何もしなくても、君主として君臨できるわけですね。古代エジプトとか、日本では明治以前でしょうか。
 一方、「専制君主制」は、人民の意識が高くなり、「絶対君主制」が進化(?)して、君主側が工夫(恐怖政治を行うとかですね)をしなければ維持できなくなった状態です。以前のロシアのスターリン時代であるとか、身近な例では北朝鮮、少し前のイラクのフセインかやっていた政治体制ですね。
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Q★「封建制度」を簡単に説明してください!

★「封建制度」を簡単に説明してください!

世界史の時間によく「封建制度」なる言葉が出てきます。

いろいろと調べてみたのですが、いまいちよくわかりません。

理解力を深めたいので、封建制度を簡単に説明できる方よろしくお願いします!

Aベストアンサー

封建制度とは「封」(封土=土地)を与えて家来を「建てる」と言って、つまりは
「土地をなかだちとしてむすばれた主従関係(しゅじゅうかんけい)にもとづく社会のしくみ。」
のことを言います。
御恩と奉公ですね。
もちろん日本・中国(周)・中世欧で指す封建制度とはそれぞれ少し意味が異なったりしますが、基本的には上記の意味です。

ちなみに対義する言葉は絶対王政や絶対君主制です。

Q民主政と共和政の違いがよく分かりません。

 タイトルのとおりです。民主政と共和政の違いがよく分かりません。教えてください。

Aベストアンサー

民主政
政治の決定が、選挙か選挙を通じた議会によるもの。

共和政
元首が君主でない。
選挙で元首が選ばれても独裁制を敷いてしまえば、民主政でない共和政ができあがる。

Qイデオロギーって何ですか???

イデオロギーとはどんな意味なんですか。
広辞苑などで調べてみたのですが、意味が分かりません。
どなたか教えてください。

Aベストアンサー

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオロギ-には賛成・反対といった概念がないのです。

例えば、環境破壊は一般的に「やってはいけない事」という一定の考えに
組織されています。つまりみんなが根本的な共通の考え(やってはいけない事)として組織されているもの、これがイデオロギ-なんです。
しかし、社会的立場によってはその「やってはいけない事」を美化して
公共事業と称して環境破壊をする人達もいますけど。
ここでイデオロギ-という概念に対して色んな論説が出てくるわけです。
一応これは一つの例ですけど。

というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。
こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。
この説明で理解してくれると思いますけどね。

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオ...続きを読む

Q日本は共和制?君主制?

日韓W杯開幕前にCSで
出場32カ国を紹介する番組がありました。
その番組で日本が紹介されたとき、
政治体制で「共和制説と君主制説がある」
と書かれていたんですが
どういうことでしょうか?

それから、こんな政治体制の国は世界で他にあるのでしょうか?
もしくはあったのでしょうか?

Aベストアンサー

念のため最初に大雑把に説明しますが

共和制:元首が大統領(アメリカのブッシュさんやイラクのフセインさん)
君主制:元首が国王(イギリスの女王陛下や大日本帝国の天皇陛下)

です。(辞書で「元首」を引けば説明があるはずです。)
憲法があるとか、議会があるとか、民主的だとか、非民主的だとか、一切関係ありません。

で、ご質問の件ですが、上記の基準では憲法で元首が誰なのかが定められていない日本は共和制なのか君主制なのかの判断ができないのです。
天皇という国王(皇帝)もどきがいるのだから君主制っぽいが、憲法という最高法規で「わざわざ」象徴だと明言しているのだから元首ではありえない、つまり君主制ではない。ということなのです。

私は元首だとか象徴だとかごちゃごちゃいうのはナンセンスで、fuji31さんのおっしゃる通り君主制とするのが妥当だとは思いますが、これはあくまで個人的な考えです。

Q共和国とは?日本は共和国?

共和国とは君主をおかず、大統領とかが国家元首となっている国家と聞きました。

このことから、アメリカは共和国と考えてよろしいのでしょうか?
あと、日本も共和国となるのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 日本は共和国ではありません。憲法には明記してありませんが、事実上天皇を君主とする立憲君主国(法治国家。絶対君主ではない)です。もし日本が共和国だとすれば、元首は総理大臣となりますが、総理大臣とは君主のいる政治のトップという意味ですから矛盾しますよね。
 共和国・君主国の例
 アメリカは共和国です。大統領がいますよね。お隣、韓国も同じ。しかし北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は名前は共和国ですが、事実上の君主国(立憲君主国とは呼べないようですが)。ロシア(旧ソ連)も共和国。ロシアは、アメリカと違い、共和国の中に共和国(タタールスタン共和国など)を抱えています。中国(中華人民共和国)は実質的は党が国を支配していますが、独裁ではないので共和国と呼べるでしょう。
 イギリス(グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国)は立憲君主制。女王エリザベス二世が君主でブレア首相が政治のトップ。オーストラリアはイギリス連邦の一員であるため元首はエリザベス女王(この場合、形式上オーストラリア女王)。オーストラリア総督が政治を代行します。サウジアラビアも王国。サウード家が政治を行う数少ない絶対王政の国。

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Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む

Q共和制 君主制の違いを教えてください

共和制 君主制の違いを教えてください。
国の仕組みがどのように違うのか?
分かりません!! よろしくお願いします。

Aベストアンサー

君主制と共和制との違いは、君主がいる(君主制)か、いない(共和制)かの違いです。

サミット参加の8ヶ国(日・米・英・仏・独・伊・加・露)について見てみましょう。

このうち君主が存在するのは、日本(天皇・明仁)と英国(女王・エリザベス二世)だけです。
その他の6ヶ国のうち、カナダ以外は、すべて大統領が国家元首となって共和制を採用しています。さらに、米・仏・露は大統領が政治的実権を持っていますが、独・伊の大統領は象徴的存在で、政治的実権は首相にあります。

カナダは、実質上は首相が政治的実権を持っていますが、政治形態としては英国のエリザベス二世を国家元首とする君主制の国です。すなわち、エリザベス二世は、英国の女王でありながら、カナダの女王でもあるわけです。
日本では考えられないことですが、カナダのモントリオール・オリンピックの開会式で開会宣言をしたのは、エリザベス女王でした。

まとめますと、次のようになります。

君主制:日・英・加
共和制:米・仏・独・伊・露

Q「幕府」と「朝廷」の違いを教えて

中学校1年生の子供からの質問なのですが、

・「幕府」と「朝廷」の違いが分からない。
・そもそも「幕府」って何?「朝廷」って何?

と言われました。
お恥ずかしながら的確に説明できません。
教科書には説明が載ってないし、「先生に聞いてみたら?」と言うと
「先生は授業が終わるとすぐに職員室に戻ってしまうし、あまり質問しやすい先生じゃないもん!o(;△;)o 」
とのこと・・・(´_`;)

どなたか教えていただけますか?
私も勉強したいです。よろしくお願いします。<(_ _;)>

Aベストアンサー

朝廷というのは天皇を頂点とした政府のことですが、ここが日本全国を完全に支配していたのはせいぜい平安時代までで、その後紆余曲折はありますが、鎌倉時代、室町時代、戦国時代(この時代は全国を支配した政権はありません)、安土桃山時代から江戸時代まで、ほとんどは武士が支配することになります。
ただ、ややこしいのは武士が支配していた時代でも一貫して朝廷は存在していたことです。幕府の長は征夷大将軍ですが、これは形式的には天皇の部下なんですね。ただ、現実には天皇が将軍を自由に選べるということはほとんどなく、武士に言われるがままに任命していたわけですから、実権は武士の側にあったということになります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%81%E5%A4%B7%E5%A4%A7%E5%B0%86%E8%BB%8D
これを端的にお子さんに説明するのは難しいかもしれません。
ただ、今の天皇陛下も政治的な実権はまったくなくて象徴として存在しているわけなので、それとちょっと似ているというような説明は、できるかもしれませんね。(今でも首相を任命するのは天皇と決まっています。ただし天皇が首相を選ぶことはできず、国会が選んだ人を形式的に任命するだけです)

朝廷というのは天皇を頂点とした政府のことですが、ここが日本全国を完全に支配していたのはせいぜい平安時代までで、その後紆余曲折はありますが、鎌倉時代、室町時代、戦国時代(この時代は全国を支配した政権はありません)、安土桃山時代から江戸時代まで、ほとんどは武士が支配することになります。
ただ、ややこしいのは武士が支配していた時代でも一貫して朝廷は存在していたことです。幕府の長は征夷大将軍ですが、これは形式的には天皇の部下なんですね。ただ、現実には天皇が将軍を自由に選べるという...続きを読む

Q絶対王政って何ですか?

夏休みの宿題で絶対王政についてレポートを書かされています。
インターネットなどで調べてみたのですが、難しくてよくわかりませんでした。
国王が中心の政治というのはなんとか分かるのですが、何故そうなったかなどのことがよくわかりません。
ヒマな時に回答してくれればうれしいです。

Aベストアンサー

おはようございます。

絶対王政ですか。何故そういう政治形態ができあがったかなどについては、高校の世界史の教科書あたりで深くやらないと、なかなか理解しづらいですね。#1さんの紹介しているWikipediaの文章はわりとしっかりしたものなのですが、まとめて書きすぎていて初学者には理解しづらいかと。というわけで、簡単な言葉でそのあたりの流れの説明をしてみようと思いますです。

絶対王政の前に、「中世ヨーロッパの荘園制」について勉強したと思います。

この荘園制とは、国王と貴族、貴族と騎士などの間でかわされる、土地を介した約束関係のことです。簡単にいえば、「国王の名でお前に土地を与えよう。そしてその土地からどれだけ税金をとるか、その土地をどのように使うか、そこに何を作るかなどはお前に任せよう。そのかわりお前は私に臣下として仕え、他国から敵が攻めてきた場合には部下を引き連れて私のところまで来て、手足となって働きなさい」というものです。

しかし実際は中世の国王は、「私に従わないなら土地を取り上げるぞ!」というような強い権力をもっていたわけではありません。国王と貴族との間の上のような約束は建前上の場合が多かったのです。国の中には何人か有力な貴族がいて、彼らはその国の中に一定の領地を持っていて、その領地を治めていました。当時の国王というのは、その貴族たちの代表者にすぎなかったのです。
国王も自分の領地(直轄領)を持っていましたが、国王が勝手にできるのは自分の領地だけで、「あの貴族の領地の中の税金を重くしよう」というような、勝手なことはできなかったのです。

つまり、「土地を与えるから貴族が国王に仕えて軍隊を出す」という政治体制では、国王は絶対的な権力者というわけではありませんでした。

では、どういうことになると国王に権力が集まるのか?
その政治体制の状況が変わればよいわけです。つまり、

■まず有力な貴族が力を失うこと
■国王が貴族に頼らない、自分の軍事力をもつこと
■国王が、貴族に代わって自分に仕えて国を治める仕事をしてくれる部下をもつこと

中世の後期になってきますと、貴族が十字軍や国外に兵隊を出して疲弊したり、貴族同士の争いを続けることでお互いに力を失っていったりしました。
さらに、#3さんも書いていますが、国同士の戦いが増えて大貴族一人だけでは対処がつらくなり、誰かの下にまとまって外国の敵に向かっていったほうが勝てるだろう。で、そんな状況の下で、自前の軍隊をもった国王が軍事力を背景に国内を統一して、軍隊を整えて、外国の敵に向かっていくようになったのです。
さらに、貴族の力がなくなって国王が国内を治めようとする場合に、貴族たちに「自分の領地はよろしく」と全て任せてしまうのではなく、官僚と呼ばれる、自分の部下に国を治める仕事を任せたのです。絶対王政の時代には「宰相」や「財務大臣」などの役職をもつ有名な人が(何人か)出てきます。

その絶対王政を支えた考え方(思想)というのが、
■王権神授説
■社会契約論にもとづく絶対王政の擁護
(Wikipediaや他のサイト、本などを参考に調べてみてください)

しかし、そんな体制が長く続いていると、国王や官僚以外の人々に、だんだんと不満がたまってくることになります。
貴族は、国王が自分たちの意見を無視して自分勝手に物事を決めているということで不満をもちます。庶民は、重い税金をかけられて、対外戦争をするときには兵士として連れて行かれるわけですから、「自分たちからこんなに搾取する国王は嫌だ!」となるわけです。
それに「啓蒙思想」などの考え方も加わって、市民革命、そして絶対王政の体制の崩壊へとつながっていくわけです。


そんなところですかね。
簡単に書こうと試みたので、表現や内容などが微妙に怪しくなっているかもしれませんが、おおまかな流れとしてはこんなところです。こういう話を頭に入れた上で、もう一度#1さんのURLの文章を読んだり、いろいろ調べてみるとよいのではないでしょうか。

間違っていたら訂正に来ます。

おはようございます。

絶対王政ですか。何故そういう政治形態ができあがったかなどについては、高校の世界史の教科書あたりで深くやらないと、なかなか理解しづらいですね。#1さんの紹介しているWikipediaの文章はわりとしっかりしたものなのですが、まとめて書きすぎていて初学者には理解しづらいかと。というわけで、簡単な言葉でそのあたりの流れの説明をしてみようと思いますです。

絶対王政の前に、「中世ヨーロッパの荘園制」について勉強したと思います。

この荘園制とは、国王と貴族、貴族と騎士...続きを読む

Q「王」と「皇帝」の違い

 「王」と「皇帝」の違いについて、疑問をもちました。
 取り敢えず、国語辞典で調べてみたのですが、

王 → 国王
国王 → 国の君主
王国 → 王が治める国

皇帝 → 帝国の君主
帝国 → 皇帝が治める国

 というふうに、たらい回しにされてしまいました。
 歴史的に見ると、ヨーロッパにおける封建時代には「王」が多かったと思います。でも、ローマ帝国は「帝国」ですから、代々「皇帝」です。中国では、今までいくつもの国が生まれては消えていきましたが、殆ど「皇帝」だったと思います。
 いったいどうゆう基準で王と皇帝、王国と帝国は分けられるのでしょうか?

Aベストアンサー

参考URLがわかりやすい説明をしていると思います。

参考URL:http://blog.goo.ne.jp/yappi27/e/c56dbc94a16040b9a40093bb96cf099f


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