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こんにちは
過去に女性の天皇が何人かおったそうなのですが
この方は女性天皇なのでしょうか?
教えてください
よろしくお願いします

A 回答 (6件)

 


  持統というのは、無論女帝なのですから女性です。
  すでに色々な人が説明していますので、少し別の視点から、私見というか、考えていることを述べてみます。
 
  以下のURLは、万葉集に関連する時代の歴代天皇の名が載っていますが、欽明天皇から、順に歴代天皇を一覧で記すと次のようになります:
 
   欽明
   用明  (聖徳太子父)
   崇峻  (蘇我馬子に暗殺される)
女  推古  欽明皇后 摂政=聖徳太子
   舒明 
女  皇極  舒明皇后
   孝徳
女) 斉明  皇極重祚(皇極女帝と同一人) 
   天智  (中大兄皇子、斉明の皇子)
   弘文  (天智の庶子、大友皇子、天武に滅ぼされる)
   天武  (大海人皇子、斉明の皇子) 
女  持統  天武皇后 686 鵜野讃良皇女(うののさららのひめみこ) 天智の皇女 草壁の母
   文武  (草壁皇太子の皇子) 妃=藤原宮子
女  元明  (文武の母、草壁皇太子の妃) 
女  元正  (文武の姉、草壁皇太子の娘)
   聖武  (文武の皇子) 皇后=藤原光明子
女  孝謙  (聖武の皇女)
   淳仁  孝謙により廃、暗殺される
女) 称徳  孝謙重祚(孝謙と同一人) 非皇族弓削道鏡を天皇にしようとして失敗
 
  以上のリストで、天皇が19人いますが、この裡二人は、重祚で、先の天皇が、もう一度天皇位に昇ったので、同一人物です。19人の裡7人(15人のうち5人)が女帝で、15人の男性天皇のなかで、聖徳太子の父用明は在位が短く、崇峻、孝徳、弘文、淳仁は、天皇としての実権を持っていませんでした。それに対し、5人の女帝(推古、皇極=斉明、持統、元明、元正、孝謙=称徳)は、それぞれ実権を持ち、持統や称徳になると独裁女帝だとも言えます。これら5人のなかで、天皇の皇女で、女東宮(女性皇太子)から、天皇位についたのは、孝謙=称徳だけです。推古、皇極、持統は、皇后であったのが、夫の天皇が崩御した後、天皇位についたのです。また元明は皇太子妃で、元正は、草壁皇太子の娘で、天武の姉です。
 
  歴史上の女帝は、あと江戸時代に一人いたのと、もう一人いたのではないかと思いますが、極端に例外的です。以上の天皇表は、6世紀末から8世紀半ばまでですが、何故か、この時代に女帝がたくさんいたのです(と言っても、名称上7人、実質は5人ですが)。
 
  何故、女帝が多くいたのかは、律令制の確立と天皇制の確立の問題と密接な関係があるのですが、それ以外にも理由が考えられます。
 
  これらの天皇名は、贈り名として、天皇の死後、名付けられたものですが、聖武天皇以前の天皇については、贈り名の天皇名は、最初なかったはずです。これらは、一括して、多分、聖武の時か、その娘の称徳女帝の時に名付けたのだと考えられています。
 
  そこから、個人的な考えなのですが、これらの贈り名の天皇名には、意味があるはずなのです。天皇名を名付けた人にとっては、おそらく、出発点は、天智と天武の兄弟の天皇にあるはずなのです。天にも似た智慧と謀略の天皇が天智で、天にも似た智慧と武勇の天皇が天武です。そして天武以降の男性の天皇は、傀儡の淳仁を除くと、文武・聖武で、また、天武から聖武までの女帝は、持統・元明・元正です。天武・文武・聖武とは、どう考えても意図的にこういう名前にしたとしか思えませんし、持統・元明・元正は、確かに何かの意図があります。
 
  天智と天武の母は、皇極=斉明ですが、これは、「皇の極まり」「斉(ととのえ)明(あきらかに)」という意味があるように思えます。また元明は「元を明らかに」、元正は「元を正しく」の意味のようです。最後に持統は、「統を持する」の意味だと思えます。持統、元明、元正が何故こういう名なのか、持統の場合は、天智の系統を排除し、大津を排除し(大津皇子の謀反事件は、捏造だという説が有力です)、草壁の子(文武)に天皇位を渡すためであったのは明らかです。
 
  聖武の視点から見ると、持統がいたので、草壁の系統、つまり文武が天皇になれたのであり、元明・元正がいたので、文武の子の自分が天皇になれたのだということになります。自己の皇位継承性の保証として、元明・元正がいたとも言え、更に、その大本は、天武の皇后であった持統にあるとも言えます。
 
  聖武の娘の孝謙=称徳の後、天智系の天皇が即位します。持統から称徳までが、天武系統の天皇で、称徳の後、天智系に戻り、以降、天武系天皇は現れなくなります。従って、天武系天皇の皇統は、持統によって、維持され、開始されたとも言えます。これが、讃良皇女が持統天皇の名になった理由ではないかとも思えるのです。(なお、元明・元正の天皇位継承は、考えてみると奇妙なことです)。
 
  追記)持統には関係ありませんが、持統の孫の元正は、古代・中世では、美人の代表とされていました。平安中期の小野小町が、後に美人の代表になりますが、彼女の時代でも、絶世の美女というと、元正女帝と決まっていたということがあります。聖武の皇后で、皇族でもないのに初めて皇后となった光明皇后は、名前からして美人のように思えますが、元正の方が圧倒的に美女さとされていました。彼女は、独身を維持した皇女で、独身を維持した女帝であったので、余計に美女の名声高かったのかも知れません。
 

参考URL:http://www1.odn.ne.jp/~cbg28720/manyou/nenpyou.htm
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この回答へのお礼

大変興味在るお話有難うございます
歴史が大好きなのでとても参考になりました
何故その時代に女帝が多くいたのかという説明もとても興味ある
話題でとても興味深く読ませていただきました
追記の美人の代表という部分もとても興味あるので今度ゆっくり調べてみようと
思います
また教えてください

お礼日時:2001/12/13 05:42

こんにちは。


持統天皇は女性です。
夫天武天皇との子供である草壁皇子を生んでいます。
詳しくは
http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/jitou.htmlをどうぞ。

また、有名な歌は万葉集に載っていますが、
百人一首にもなっています。
カルタの絵は女性ですね。
http://www.asahi-net.or.jp/~sg2hymst/yamatouta/s …

過去の女帝は
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=178065
に載ってます。

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=178065
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この回答へのお礼

有難うございます
カルタの絵にもなってはるんですね
それと過去にも疑問に思ってた人がいたんですね
よく解りました
また教えてください

お礼日時:2001/12/13 05:33

先に書いてる方々の言う通り 「女性」です   父親は「中大兄皇子」  母親は「曽我倉山田石川麻呂」の娘の「遠智娘」で  夫は「大海

人皇子」  祖父や祖母や叔父さんも天皇になっているし   孫も天皇になっている天皇家のサラブレットです   私も「里中満智子」先生の「天井の虹」は大好きで  よく見ています   「額田王」「藤原鎌足・史」の親子などなどのの魅力的な人もでてきますよ   他にも小説やマンガがたくさん出ていますが  面白いものが多いですよ   
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この回答へのお礼

有難うございます
マンガ大好きなので早速買って来て読んでみます
歴史マンガはええですよね
また教えてください

お礼日時:2001/12/13 05:22

詳しいことは下のお二人が書いておられるので


少しだけ補足を。

諡号(死後につけられる名)に「姫」がつくのは
女性だけのはずです。
男性は「彦」などがつきます。
(必ず付くわけではないですが)
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この回答へのお礼

有難うございます
姫と付きますよね
男性は一般的に彦なわけですね
解りやすくて助かりました
また教えてください

お礼日時:2001/12/13 05:12

里中満智子さんという漫画家のかたが持統天皇物語という漫画をかかれてます。

最近はやりの小さいサイズの漫画で5巻まででてました。読んでみましたが、すごい人生送ってるなーって感じです。

お暇なら一読されてみてはいかがでしょうか?
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この回答へのお礼

有難うございます
里中満智子先生ですね
すぐ探して見ます
マンガやと読みやすいですよねー

また教えてください

お礼日時:2001/12/13 05:08

そうですよっ!


天智天皇の第2皇女です。
詳しくは、参考URLを見てください。

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/jitou.html
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この回答へのお礼

有難うございます
万葉の歌なども作ってはるんですね
名前だけやと男みたいですよね
参考になりました
また教えてください

お礼日時:2001/12/12 07:12

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