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 以前には甲子園球場にホームランが入りやすいラッキーゾーンというのがあったらしいのですが、どうしてそういう構造になったのでしょうか?。
 今はもう無いみたいですが、どうして取り除く事ができたのでしょうか?。最初から必要なエリアだったんですか?。

A 回答 (7件)

リンク貼り付けましたのでご参照ください。



参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%83% …
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この回答へのお礼

なるほど~。
最初から本塁打が出やすいようにする狙いだったんですね。
ありがとうございました。

お礼日時:2005/12/18 01:04

ラッキーゾーンに限らず、日本の球場が小さい理由が、ホームランを出やすくしたと言うのが大きな理由です。


ラッキーゾーンは甲子園以外にも、西宮、藤井寺などにもあったと記憶しています。

また、後楽園は、ホームランを量産するため、当初は両翼78メートル(だったかな)で作られました。後に観客席を削って5メートルくらい延長し、フェンスを高くして90メートル(相当でしょうね)になりました。
当時は、ボールもバットも反発力が小さく、栄養状況から日本人の筋力もなかったため、これでちょうど良かったのでしょう。

郡山の開成山や熊本の藤崎台のように昔からインターナショナルサイズの球場もありましたが、多くの地方球場がこの悪弊に習ってしまったのは残念なことです。
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 ラッキーゾーンはホームランが出にくいことを危惧し昭和22年に設置されました。

前述にあるようにレフとスタンドとライトスタンドの前にフェンスを置いたわけです。
 バットやボールなどの道具の質が向上した事に伴いホームラン数が増加した為、平成4年に撤去されました。それによりブルペンも新設されました。

参考URL:http://www.hanshin.co.jp/koshien/alacarte/histor …
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訂正です。


・作った当時→作った当初
・管理者の阪神電鉄が「後々」設置したんです。
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レフトとライトの観客席の前に金網のフェンスを立てて、ホームランになりやすいようにしました。


観客席と金網の間に、リリーフ投手の投球練習場を作ってあり、観客席からリリーフ投手の様子が見えました。

作られたのは、1949年ということですから、戦後まもなくです。甲子園球場があまりにも広いということで、ホームランが出ないことから、設けられたそうです。

取り除いたのは、1992年ということで、日本人のパワーも強くなり、ホームランがポンポン出るよりも、3塁打などでクロスプレーが喜ばれる風潮もあったと思います。
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いや、作った当時はなかったんです。


当時は野球の技術が未熟で
甲子園は当時日本では最も広い球場だったので
野球の醍醐味で、一番盛り上がるHRが
全然出なかったため管理者の阪神電鉄が
設置したんです。
しかし技術も上がって飛距離がどんどん
出てくるようになって、国際的な球場の
標準からもずれていたし、特に取り除いても
困るものはなかったので90年に入ると
取り除かれました。
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甲子園はレフトとライトが深かったため、レフト・フェンス前とライト・フェンス前に少し低い金属製のフェンスが置かれていました。


ラッキーゾーン内は、ブルペンとしても利用されていました。
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この回答へのお礼

なるほど、じゃあブルペンは今よりも多かったんですね。
投手にとっては良いのか悪いのか・・・。

お礼日時:2005/12/18 01:04

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