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使徒15章29節に「偶像に供えたものと、血と、絞め殺したものと、不品行とを、避けるということである。」とあったんですが、輸血をしない宗教団体があるってよく非難されますが、逆に聖書には輸血はいけないって書いてあるってことでしょうか??
なんかWeb上には色々とご説明があって「これは輸血にはあてはまらない」とかあるのですが、どう文脈を読み返しても、血を体内に入れてもOKとは書いてないように感じられるのですが・・・どういうことなのでしょうか??

A 回答 (17件中1~10件)

自分で調べてみるとのこと大変結構なことだと思います。


マインドコントロールの目的は自分で考えなくさせてしまうことにあるのですから。
エホバの証人のマインドコントロールの特色は、長期間かけて少しずつ掛けていくことで、
マインドコントロールに掛かっていると気付きにくいことにあります。
今後はこの組織の主張を鵜呑みすることなく、調べなおしてみることをお勧めします。

さて、裁判ですが、検索するといくらでもヒットしてきますが、
エホバの証人のほぼ全敗という状況です。しかし彼らは、例えば
http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/98/i220masu.html
だと、決してこの全文を示すことなく、
「エホバの証人の主張は退ける、しかしインフォームドコンセントが十分で無かったので」
『医師側に罰金を命ずる』の「」を故意に隠し、『医師側に罰金を命ずる』という箇所だけを示し、
裁判所はエホバの証人の主張を認めた!!と彼らの機関誌に載せるわけです。

この構造、今までの議論に似ていませんか?
エホバの証人は、いつも文書の全体を決して見せることなく、
その一句だけを切り出してきて、自分たちの主張が正しいと主張するわけです。
その一句の本当の意味は、文書全体を見なければわかりませんし、
エホバの証人の場合は、その文書が実はトンデモ本だったということが、よくあります。

< とても爽やかな人達ですけどねぇ・・・
詐欺師が見るから怪しい人だったら誰も詐欺に引っかかりませんからね。

さて、今後のアドバイスですが、とりあえず聖書全体を注解書を参照しながら通読することをお勧めします。(個人的には、聖書訳としても注解書としても一級品とプロテスタントの聖書学者も認めるフランシスコ会訳を勧めます)
できれば、キリスト教史とキリスト教思想の本も数冊読んでください。(日本語のもので結構です。海外の物で翻訳されている物は海外での評価が高いので日本語に翻訳されていると考えてください。)

質問者さんは東京の方のようですので、四ツ谷に行かれることを勧めます。
信徒数1万人以上の日本最大のイグナチオ教会を中心として、(中に入っても誰も声をかけてくれないことは私が保証します。この淡白な人間関係がカトリック教会の特徴です。)
http://www.ignatius.gr.jp/
キリスト教書店のサンパウロ
http://www.sanpaolo.or.jp/main.html
ドン・ボスコ、エンデルレ書店
キリスト教図書館の聖三木図書館
http://www.info.sophia.ac.jp/seimiki/
などが集中していて、カトリックの全て、プロテスタントの大部分の本が手に入ります。
プロテスタントのキリスト教書店も紹介しないとフェアでないので、銀座に教文館があり残りのプロテスタントの書籍が手に入ります。
http://www.kyobunkwan.co.jp/

それでも、なおわからないことがあれば、イグナチオ教会の神父に質問してください。
神父は多忙なので、飛び込みでは迷惑がられるので、上記URLにあるイグナチオ教会の各種講座に参加して、(一回限りの参加もOK)講義の終わりに神父をつかまえて質問すると良いでしょう。
ここの神父を勧めるのは、バックに上智大学とイエズス会があるので、上智大学の聖書学者と歴史学者、海外のイエズス会ネットワークを使うことができるからで、無理ならばお近くの教会の神父や牧師でも良いでしょう。
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この回答へのお礼

分かりました、カトリックの方々にはいろいろと聞きたい事がありますので、是非調べさせていただきます。
ちなみにこれは最高栽の判決まで出てますよ。
http://tsnews.at.infoseek.co.jp/sc2000229.htm
「エホバの証人の主張は認めない」というのがどの部分かがよく分からなかったのですが、
いや~参りました。最高栽でまでこの決定がされているというのは「人殺し」グループという認定はされていないということ?
まあなぜか他のキリスト教の方々が異様にこの件になると感情的になられるのを第3者的立場から見ていて面白いものがありますねぇ。
「全敗」ではないような(笑)
というのもこれだけではなくて1997年12月にはイリノイ州でMary Jones氏が同じように不当に輸血を受けたと訴えて勝訴し、$150,000もの損害賠償を受け取っているんですね。これはハンパじゃない事のような気がします。
え~ 色々と教えて頂きましたが、最初の質問に対する答え探しはこのくらいにしておきたいのでこれで締め切らせて頂きます、皆様ありがとうございました。

お礼日時:2006/03/22 16:05

#3です。

#14の質問に答えます。

トルロス(トルレスはタイプミスでしたすいません)教会会議の頃は東方教会は指摘の通り使徒15章29節をまだ守るべきと考ていたと見るのが自然です。これは東方教会はエルサレム総大司教区を含んでいたという特殊事情を考慮しなければならないでしょう。

一方カトリック(西方教会)では手元に「デンツィンガー・シェーンメッツアー カトリック教会文書資料集」という公会議、教会会議、教皇の書簡の妙録集があるのですが、DOGMAとしてもCANONとしても食物規定(勿論食血規定も)は存在しません。

従って使徒15章29節は慣習として存在したが、時代とともに徐々に消滅し、中世には姿を消したと考えるのが自然です。(中世にはドイツで血詰めソーセージが盛んに食べられていたぐらいですから)
するとリヨンの少女からオットーの司教まで全て説明がつきます。

説明はこれくらいにしておいて、そろそろ質問者さんはもう少しで落ちるものとして、エホバの証人に徹底マークされて来ているころだと思いますので、エホバの証人が外部に見せない裏側を書いたサイトを参考URLに載せるので良くみてください。ボリュームはありますが、非常に読みやすいサイトです。特に「なぜ2世はムチなんだ 前、中、後編」は必読です。これで「児童虐待宗教」のエホバの証人をまだ支持するようでしたら、もうお止めしません。
ここで紹介されている「カルトの子」や「良心の危機」も是非お読みください。
私も「カルトの子」を読みましたが、エホバの親から赤ちゃんのころから鞭打たれ精神を壊す子供たち、そしてその子供たちが親になった時、自分の子供に虐待をしてしまう虐待の連鎖を見て暗澹たる思いになりました。ここで長々とお付き合いしてきたのは、そのような理由だからです。

参考URL:http://www.d2.dion.ne.jp/~majinbuu/index.htm
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この回答へのお礼

この聖句の解釈に関して歴史まで随分調べて興味深かった反面、まだ附に落ちない部分がありますねぇ。
ただ、URLに関してですが、このグループ全体に関してとなると、表題から逸れるので深くは触れられないとはいえこれが事実ならば即刻 警察通報モノ、どころか裁判モノですな。(そういう宗教[もしくは自称宗教グループ]の警察沙汰報道はごまんとありますが)これならもうこれまでの裁判では間違いなくエホバの証人の敗訴の連続でしょう。
調べてみますが、これまで輸血に関する裁判は勿論、カルトなどとして訴えられた裁判でどれくらいこのグループが敗訴してきているんでしょうか?
逆にこのグループが敗訴しなかったなどというとんでもない実例があるんでしょうか?

とても爽やかな人達ですけどねぇ・・・

お礼日時:2006/03/20 11:07

一般的に聖書の解釈は色々なんです。


たとえばここの掲示板に多くのクリスチャンが書き込んでいますがすべて同じではありません。

聖書は「信じる者は救われる」というのが基本で
どのように信じるのか?ここには基準はありません。

なぜ違っているのか?色々あるのですが一つだけ
英語の訳はみな同じではありませんよね。
理解の仕方で結構違いますよね。


(BSE問題でも訳の仕方が違い、問題になっているみたいにね)
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#3です。

#13の回答のCANON 51から代物ですまでは、訳が誤っていました、謹んで撤回します。(なれない英語に手を出すものではないですね)

このトルレス教会会議は教会会議の必要条件の教皇か教皇が派遣した教皇代理の出席が無いので、カトリックでは教会会議から除外されています。
それでこの教会会議の決議事項は東方教会内でのみ有効です。(エホバの証人はいつから東方教会になったのでしょうか)

さて、問題のCANON 67はCANON(規則:場所、時代によって可変なもの)であって、DOGMA(教義:不変のもの)でないことに注意してください。
つまりこの時点で東方教会は使徒15章29節の部分がDOGMAでなくCANONだと認識していたことになります。
本来ならば、この教会会議の背景や意味合い、このCANONがいつ廃されたかを記したいところですが、これは東方教会の歴史の専門家でないと答えられません。
答えられそうな人のサイトを参考URLに記すのでこちらに質問してください。

参考URL:http://plaza.rakuten.co.jp/johninsvots/
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この回答へのお礼

有難うございまず。
>エホバの証人はいつから東方教会になったのでしょうか
この辺りもちょっと確認してみたいです。ただ「CANONだったので廃された」となると少なくとも今は解釈が互いに違うのでしょうけれど。
この回答を拝見する限り(少なくともこの時点では)東方教会は使徒15:28,29をクリスチャンも守らなければならないと考えていたということでしょうか?
さらにその一方でカトリックは「教理が統一されて」いて一貫してこの命令は無効だと考えていたということでしょうか?
特に2つ目の疑問が気になったので問い合わせてみました。すると、さらに実例が2つほど。
西暦177年にリヨンでクリスチャンが幼児の肉を食べているとの虚偽の訴えがされた時にビブリアスという名の一少女は,その虚偽の訴えに答えて,「どうしてわたしたちが幼児など食べましょう,獣の血を食べることさえ許されていないこのわたしたちが」と述べたそうです。The History of the Christian Church (1837), by William Jones, p. 106
それを引き合いに出してカトリックの聖書学者Guiseppe Ricciotti(1890‐1964)が「しかし,その後の時代を見ても,中世に至るまで,明らかにこの布告に根ざす[血に対する]『嫌忌』に関するこれと同様の例に繰り返し遭遇する」"but even in succeeding centuries down to the Middle Ages, we encounter unexpected echoes of this early 'abomination' [of blood], due unquestionably to the decree.” The Acts of the Apostles, p. 243
まあ、これも単なる一聖書学者の意見なのでは、と尋ねたのですが、聖職者オットー司教(西暦1060‐1139ごろ)(http://hvanilla.web.infoseek.co.jp/bamberg/bambe …)? が「すべて汚れた物,自然死したもの,絞め殺されたもの,偶像に犠牲としてささげられたもの,また動物の血を食べてはならない」と述べた、と・・・。Tertullian, Vol. I, translated by C. Dodgson (1842), p. 109

お礼日時:2006/03/17 16:43

#3です。

#10のお礼の質問に答えます。
キニセクスト宗教会議とは聞いたことが無い会議だと
思い調べてみましたが、参考URLの教会会議ですね。(それにしてもキニセクストとはどこから持ってきた用語なのか疑問ですが)
指摘の部分はCANON 67ですが、これを読むといかにも彼らの主張は正しそうです。
ところが、彼らが隠している事実があります。
この教会会議は「堕落した教会会議」と呼ばれている代物で、CANON 51~(指摘のCANON 67も含む)は、「偏向した教え」として排除されている代物です。
早い話が詐欺ですね。

ウィリアム・ジョーンズの方は教理が統一されている
カトリックと異なり、プロテスタントの牧師は色々なことを
主張する人がいるので何とも言えません。

参考URL:http://www.newadvent.org/fathers/3814.htm
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この回答へのお礼

この原文が見つけられませんでした、有難うございます。因みに参考URLのCouncil in Trulloから逆に検索していくとこちら(http://www.fordham.edu/halsall/basis/trullo.html)のURL他多数出てきます。別名Quinisext Coucilと。
「堕落した教会会議」だったという事で調べてみましたが、(http://www.catholicity.com/encyclopedia/t/trullo …)の最後のパラグラフに確かにそれに関する事が書いてありました。ただ、西方教会(カトリック)が当会議を"reprobate" synodとみなし、一方で東方正教会は当会議を評価した・・・これは11世紀頃?に分裂する前兆なんでしょうか?そして
>プロテスタントの牧師は色々なことを主張する
となると当初は両者とも発祥は同じキリスト教、聖書も一つなのに・・なぜ?・・という感じがしました。

お礼日時:2006/03/17 10:57

ハルマゲドンという言葉は一つだが聖書全体を見ていくなら終わりの時があると騒いでいるよ。


(色々なたとえを使って書いてあると)
しかし、この終わりというのもこの地球がなくなる。なんて考えないでね。

私の考えはなぜイエスを十字架にかかったのか?
それは私たちが愛し、生きるために

まあ基本的な聖書の考えが違うからなんとも言えない
ですが
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この回答へのお礼

有難うございます。
>基本的な聖書の考えが違うからなんとも・・・。
No.13、14様の所でも書いたのですが、両者とも発祥は同じキリスト教、聖書も一つなのに・・なぜ違ってくる?と感じます。勿論答えは一つなんでしょうけれど。

お礼日時:2006/03/17 17:00

まあこのように考えられます



http://homepage2.nifty.com/ichikawakita/witness/ …

http://www.logos-ministries.org/old_b/lev11-12.h …

レビ記においては色々な禁止事項があり、本来は
すべて守らなければいけないはずだが、あの箇所だけを禁止しているのはなぜなのでしょうかね?
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この回答へのお礼

有難うございます。
2つ目のURLに関して:
>本来はすべて守らなければいけないはずだが、あの箇所だけを禁止しているのはなぜなのでしょうかね?
神聖視されるべきものは色々な禁止事項の中で血だけだからですかねぇ。まあそうなるとこの質問の本論(使徒15の解釈の仕方)からそれるので、脇に置かせてください。
それよりも
1つ目のURLに関して:
『「輸血は聖書の教えに反する」という主張の根拠として、ものみの塔協会が挙げる基本的な聖句(聖書の個所)は、旧約聖書の創世記9章3~4節、レビ記7章10~14節、新約聖書の使徒の働き(以下「使徒」)15章19~29節の三つです。生命を犠牲にしても守らなければならない教えにしては、根拠は余りにわずかです。』とあるんですが、うーん・・・。回数の問題なんですかねぇやはり。「ハルマゲドン」は聖書中に1回しかでないのに大騒ぎされているようにも感じるんですが・・・

お礼日時:2006/03/14 15:22

#3です。

#5でのお礼の質問にお答えします。
「最初の三つ」「最後の一つ」は最初の質問の使徒15章29節の聖句で避けるように勧められているものです。
すなわち、最初の三つは

偶像に供えたもの・・一コリント8章を参照してください。神は唯一の神以外に存在しないので偶像に供えたものだからといっても食べても損にも得にもなりません。しかし、ユダヤ人キリスト教徒は偶像に供えたものは食べるどころか近づくだけで穢れると思っていたので、彼らと一緒にいる時は避けるように勧めました。

血・・ユダヤ教では食血が禁止されていました。理由は創世記9章11節にあるように、祭壇に注いで贖いをするための血だからです。このような旧約の律法の食物規定はマルコ7章19節にあるようにイエスは食べ物はすべて清いものであると宣言されたことにより廃止されました。しかし、ユダヤ人キリスト教徒はまだ旧約の食物規定を引きずっていたので、彼らと一緒にいる時は避けるように勧めました。

絞め殺したもの・・前記と重なりますが絞め殺した動物は血抜きが十分できないため、その肉を食べると血まで同時に食べることになるためユダヤ教では禁じていました。ユダヤ人キリスト教徒はまだこの戒律に縛られていたので、彼らと一緒にいる時は避けるように勧めました。

最後の一つは、

不品行・・近親結婚のことです。(解釈によっては姦通もありますが)当然避けるべきものです。

以上のように最初の三つは、旧約の戒律を引きずるユダヤ人キリスト教徒と一緒にいる時だけの注意事項なので、#3で回答したようにユダヤ人キリスト教徒がいない(いても旧約の律法にもはや縛られていない)現在は、この注意事項は無効ということになります。

従って、エホバの証人が輸血禁止の根拠とする食血の禁止規定は前記のようにキリストによって廃止されたこと、また同じく輸血禁止の根拠とする使徒15章29節は上記のように無効であることから、彼らの輸血禁止規定は聖書的根拠が無いことになります。

この回答への補足

有難うございます。ですが、こんな事実があるそうです。
西暦692年のキニセクスト宗教会議で、「今後,いかなる形にせよ動物の血をあえて食べる者がいれば,それが牧師であれば免職され,平信徒であれば絶たれるように」と発表されたそうです。
さらに「キリスト教会の歴史」という本の中で牧師ウィリアム・ジョーンズ(1762‐1846)が、
「使徒15:28,29の禁令ほど明確なものはない。この件で『クリスチャンの自由』を論じる者は,神の言葉の中から,以後この禁令が無効にされたという箇所をどこか指摘できるだろうか。それができない以上,我々はこう尋ねることになろう。『神のいかなる律法についても,神自身以外のどんな権威によってそれを廃棄できようか』と」
この中世になってもユダヤ人が周りにいっぱいいた?・・・??
となると、現代のクリスチャンの方々もユダヤ人が周りにいる時に鼈の血飲んだり、輸血に関わったりするのはマナー違反って感じなんですかね・・・(笑)というか牧師さんに「やめなさい!」とか言われるんですか?

まあ(ちょっと真面目に)そうなるとまた「中世まで時代が進んでも輸血という技術はなかったから当てはまらない・・・(うんぬん)」という議論になって堂々巡りになるんでしょうねぇ

補足日時:2006/03/14 15:00
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創世記の9章4節。



「ただし,その魂つまりその血を伴う肉を食べてはならない」

http://64.233.179.104/search?q=cache:jX6AeDDGo2w …

解釈が変化していっているようです。

尚、エイズはもともと森の奥に住む猿が持つ病気だったそうです。
生焼け状態で食べたため、ちゃんと火による殺菌をしておらず、人間に感染して広まったようです。

ユダヤ教は血抜きをして、清められたものしか食べません。
それでもエボラウイルスは血抜きした程度ではウイルスは死にません。


ここから宗教の話しになり、神がサタンと話し合い、人間を試す場面が聖書に書かれています。
皮膚病などになりもだえ苦しみます。
これがもし神が人間を試すためにエボラウイルスを体内に入れて観察したとしたら、なんと残酷な神でしょうね。

そもそもサタンと共謀して人間をすのだから、サタンと仲が良い神ってことですね。

この回答への補足

有難うございます。
解釈が変化というのは「現在明確に禁じられている輸血は、血液の、白血球・赤血球・血小板・血漿の四要素の、分画されていないものの貯血輸血です。それ以外の輸血は信者の判断に委ねられます。
 たとえば、赤血球からヘモグロビンを抽出して酸素供給のために投入する技術(人工血液)が開発されていますが、その善し悪しは信者の判断に任されています。・・・」という部分でしょうか?であれば、No8さんへの「お礼」の内容と同じく母親→胎児の物質は禁じられていないと彼らは考えているということですかね。

え?
「サタンと仲が良い神」?そんな記述聖書にありましたっけ?勉強不足なので・・・ 調べてみます。

補足日時:2006/03/08 12:48
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>「偶像に供えたものと、血と、絞め殺したものと、不品行とを、避けるということである。



これはある条件のようですが、ありがたい義務でも、何か自由に行使したり独占出来る権利を与えるというものがあるでしょうか?

条件はおっしゃって、肝心な、行使する権利と義務を明確に人間に与えてないようでは?

世に人間だけに権利や義務といったものがあるわけではなく、なかったかもしれない。人間同士で悪事を正当化する便意に勝手に作ったのが義務と権利であるかも。絶対そうだと思うのですが、それを禁止しては平和も文明もなくなるからですね。当時としては最良として作られた価値観なのでしょう。

生物・人体には恒常性、宗教には教義、国家には法、組織には規則。神様が作ったものは人間を含む自然だけですね。「輸血を拒否する権利を与える!」なんてあってもどうかと。

血は栄養ではなく、他の命を奪ってまで余分な臓器を入れるという感覚から来てるようで、食べる=体内に入れることを嫌ったようです。しかしながら最近では完全に輸血拒否ということはないようですよ。

女性に生理がなかったら受胎できなくなるし、母乳も血液から作られています!輸血どころの半端な量じゃなく!出そうとすれば6年ぐらい毎日出せるものらしいです。哺乳類に血は栄養だけではなくて、人間の根源を知るために大事なものであると思いますよ。

だから粉ミルクで牛乳を与えるのは人間の唯一の完全性、大切な資質を削がれるぐらいに勿体無く思ってしまう(ストレスで母乳が止まってしまうことがありますが、母子共に社会の被害者だと思うくらい)。

母が偶像でも搾取された犠牲者でもないし、子供が不品行をしているものでもないし、与えられた本能、自然であり、悪意も善意もないもの。

当時は腐敗原因や伝染病のばい菌も、痔の薬も(冷笑)発見されていなかったので、血に罪をなすりつけて怖れていたのだと思います。

 【世界のエホバの証人への血に関するメッセージ 】より
この教義が永遠に続かなければならない必要はありません。組織は教義を変えてきた歴史を持っています。予防接種も臓器移植も共に、間違ったものと決めつけられていましたが、それは実質的には輸血禁止と同じ理由によっていました。そしてこれらの禁令は今日の私たちにはありません。

とありました。

余談ですが、私は「豚の血ラーメン(クェッティオルア:仏教国タイのポピュラーなラーメンです)」が大好物でして(引かないで~)、復活出来なくてもいいです。

人生たった一度きりで満足して、死語、恨んでさまよう幽霊になって、後生の人に(まで;)迷惑をかけないように気を付けようと思ってます。ドナーカードありますので、使える部分は使ってもらい幾らか恩返しできたらなと思うくらいです。

参考URL:http://www.geocities.com/Athens/Agora/2105/messa …
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この回答へのお礼

いろいろとご意見、ご回答有難うございます。
この団体の方に問い合わせましたら、このURLの内容はこの団体を脱退したか当初からその教えに批判的な人(or団体)によるもので、あの団体の公式な見解ではない、とのことでした。但し、このURLの最初の方にある「免疫グロブリン、アルブミン」はOKと考えているという情報は正しいとのことです。理由は血液の主要成分(?)の血漿、赤血球,白血球,血小板以外のものだから。そして免疫グロブリンやアルブミンなどは母親から胎児に入るものだから、とのこと。(No4さんからご回答頂きましたが、胎児に移動する物質はいわゆる'輸血'してもOKと彼らは考えているんですね)血液を分類して投与する医療術がある事も知りませんでした。(輸血はあの赤い液体全部を体内に入れること以外ないと思ってましたから)
お陰で母親→胎児の疑問は解けました~

お礼日時:2006/03/08 12:38

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