最近、人嫌いが流行っているようです。

というより、すぐ他人を嫌いになる人が多いように感じます。
自分にはそういうことが信じられません。

これって教育のせいですか?

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A 回答 (8件)

客観的なデータは特に持っていませんが、そういう傾向があると


いうことは、私も思いますよ。

ただね、人嫌いか人好きかは、やはり個人個人の性格が大きいと
思います。
他人はどうあれ、mickmick2さん自身がそういう生き方をしなければ
いいんじゃないかな。


まぁこれだけでは、mickmick2さんの質問の答えになっていないので、
一応、私なりの意見というか分析結果を述べます。

昔の日本は、血縁と地縁社会。コネがなければ社会生活できないように
なっていた。だから人付き合いは、みんなきちんとしていた。

つい最近までの日本は、職縁社会。親戚付き合いはいい加減でも、会社
の人間関係はきちんとしている人が多かった。仕事後の赤ちょうちん、
休日のゴルフ、家族は放っておいてもそういうことに精を出す人は多かった。

今の日本は何もなし。
気の合う人達が数人ずつ固まっているか、あるいは孤独でいるか。
仲間を作るメリットがあまりないから、好んで人付き合いをする人も
そんなにいない。

じゃ、これからの日本はどうなる??
寂しい人達ばかりの冷たい社会になるのかな?


私からの提言ですけど、孤独な老後を送りたくなければ、もう一度
人付き合いというのをきちんと考えた方がよいのではないかと思います。
最低、家族だけは大事にしたいね。
境屋太一さんが著書の中で述べている「好縁社会」というのは、今後の
自分の人生を豊かにするための、よいキーワードではないかと思います。


後、教育はきちんと見直さないといけないな。
知識ばかり詰め込むんじゃなくて、きちんと徳育教育もしないと。

極端な話、「教育勅語」の再評価も必要だと思う。
「教育勅語」の徳目の半分でも実践できていれば、人間関係の寂しさ
とか人嫌いなんて絶対出てこないですよ。

参考URL:http://www.sun-inet.or.jp/~hba7615n/tyokugo02.ht …
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この回答へのお礼

たしかに、自分がそういう生き方をしなければ、
とりあえずはそれでいいかもしれませんね。

ありがとうございました。

お礼日時:2002/02/15 13:15

mickmick2さん、こんばんは。


なんだか気になって一通り読ませてもらったのですが・・・。納得するお話もあり自分の考えとは違い「あ~こんな考え方もあるんだ」と思うものありだったのですが、私はこれでいいと思うんです。色々な考え方があって当たり前で・・。何かそんな風(人嫌いが増えてきてそういう事が信じられない)に思い始めたできごとがあったのでしょうか?私もどうしても好きになれないという人もいればとても気の合う人もいます。#6さんの所で書かれていた「じゃ、なんのせい?」とか「あなたこそ他人を理解出来ない人の象徴」「ムカつけば人嫌い」と・・・もうあなたも既に決め付けて人嫌いになってる気がしたのですが。私は誰のせいでも何のせいでも無いと考えます。

この回答への補足

「やっぱりそう思われるのでは」と、思ってました。
あなたも僕が決めつけてるように思いますよね。
でも、反論が欲しかったから、わざと荒っぽいことを言ったんです。
感情を剥き出しにしたような、心の底からの意見が欲しかったのです。
みんな当たり前の、調子のいい、単なる常識論を言ってるような感じが
したので、、、

べつに決めつけてるわけではないんです。悪役にならないと聞けないような
こともあるんでね。

それと、あなたの疑問にお答えします。

こんなことを思うようになったのも他人の大切さ、人と人との通いあいがないと
人生はつまらない、ということを感じたからです。

自分が大事なのはわかります。しかし、その自分はいずれ消えてしまうものなのです。
なぜ、それなら自分中心に生きようとするのか?それが、自分にはわからなかったのです。

自分を大切にするくらい人を大切にできなくては、もし、そんな人がこれから増えるようなら
人間はいなくなってしまうでしょう。それは、僕にとって悲しいことです。

極論を言ってしまえば、地球さえもなくなってしまい、人間の住むところはなくなってしまうかもしれません。
また、人間という動物は単なる進化の過程であるかもしれません。
それでも、いや、だからこそ力を合わせていきなければ、人を好きでいなければと、
思ったのです。

わかってもらえますか?

補足日時:2002/02/15 12:55
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なんでもかんでも社会や教育のせいにするやつが多いのも考えモンやけどな



アンタが「人嫌いになる人が多い」のが信じられないというのが、ワタシには信じられない

人生経験は多いほう?

そもそも「流行」ならすぐに止むでしょうな

この回答への補足

>なんでもかんでも社会や教育のせいにするやつが多いのも考えモンやけどな

じゃあ、なんのせい?

>アンタが「人嫌いになる人が多い」のが信じられないというのが、ワタシには信じられない

どうして?

>人生経験は多いほう?

それなりに。

>そもそも「流行」ならすぐに止むでしょうな

流行が常識をつくることもありますよ。

というより、あなたの回答のどこに自信があるんですか?
さっぱりわかりません。あなたこそ、他人を理解できないひとの象徴では?
いま、こういうこと書かれてムカついているようなら、あなたは「人嫌い」だと思います。
だから、信じられないのでしょう。

これについての回答待ってます。

補足日時:2002/02/12 14:39
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この質問の回答は


「社会が子供にあわせすぎた」に尽きると思います。
本来子供の時に地域社会や学校を通して、嫌な事とのつき合い方や
自分と違う価値観を認め、それと折り合いをつける方法論を学びます。
しかし、現在は子供の要求が容易に通ってしまいやすい社会であり、
そのため将来的に自分の理解できない範囲の事でも共感したり、また許したり
できない、つまり度量の狭い人間ができているのだと思います。
現在、学校にスク-ルカウンセラ-を置こうという話が出ていますが
この制度も子供の主張を受け入れる場をつくるだけで、ますますわがままな
子が増えていくだけかもしれないと危惧されています。
極論では、子供の理解者は親だけでよく、社会は子供の要求をことごとく
はね除ける、こんな環境が度胸の大きな情の深い人間を育てるのかも
しれません。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2002/02/12 14:52

他人を嫌いになることがはやっているかどうかは、私にはわかりません。

個人的には、今始まったことではないと思っています。

ただ、本日の質問暦を見ても、貴方の直後にけなげに悩んでいる中学生の子がいるようですし…。私のわかる範囲で回答いたします。

1.古くからのことわざに、罪を憎んで人を憎まず、というのがあります。人には誰にも失敗があります。過ちを責めたり、非難、指摘をするということは、なければなりません。しかし、確かに最近の子達を見ると、それがすぐに、「その人の全人格の否定」につながっているようなふしを感じます。

すなわち、叱られるとすぐに、「あの人は僕のことが嫌いなんだ」とか、特に女の子だと、「あんた、こんなことしちゃダメじゃないの。」と言われるだけで「私はこの人から嫌われている。私だってあんたなんか嫌いだ」という風に、超短絡的に人の好き嫌いにつながる。叱られた内容、非難された内容など、どうでもよいのかもしれません。こんな些細なことで人を好きになったり嫌いになったり。これは人間の謙虚さ、判断力、論理性の欠如ということができます。

2.人を攻撃する言葉に対して、あまりにも今の世代の子達は無学です。
ペンは剣よりも強し、という言葉がありましたが、言葉で傷つけることがどれほど重いことなのかを、学習していない。ここ数年流行した言葉って、人を馬鹿にしたり、蹴落としたり、人権を否定するような、不毛なものばかりです。そういう言葉を使用すると、勝ったような気分になって快感のようだ。しかしその言葉を使用したことによって、一つその人の心がすさんだということに、気づいてはいない。

腹が立った人のほうが、優位に立つと勘違いしている人のどれほど多いことか。優位に立ったから、汚い言葉を存分に使って、勝ち誇ろうとする。それによって傷ついた人は、武器によって傷つけられるよりも深い傷を負うことがあるということを、私たちは知らなければなりません。

時々たちの悪い2chをのぞくことがありますが、どこまで汚い言葉を言えば、相手を打ちのめすことができるのだろうかということを、自分も心削られながら争っている場面を見ます。まさに言葉の兵器工場です。最終兵器は永遠に作られそうにありません。

3.陰で言う分には、何をいってもよいという考え方の間違い
本人の耳にさえ届かなければ、ということで、これでもかと蹴落とそうとする、特に女性。それによって悪評はパワーを増大し、いじめの原動力を作っているということになぜ気づかないのか。攻撃をしてもよい、という人が作られると、人は残酷です。相手が反論できない攻撃は、この上ない快感なのかもしれません。でも、それが人道上誤ったことである、ということは今までにも述べられてきております。

人が見ていないところでも、例え自分ひとりになっても、その人を蹴落とそうとすることばかりを考えない、一個人としての発想回路を持つことが大事なのです。でも、それを教育できるところは、一体どこなのでしょう?社会の木鐸たるマスコミも、その姿勢を持っていない。学校の道徳?その前に人の言うことを聞き入れる教育が先だろうし…

ま、整頓して考えていきましょう。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

まあ、結論としてはバカな大人が多いってことですね。

お礼日時:2002/02/12 14:49

こんにちわ。


私の意見ですが、原因の一つとして、親や教師がその子供に合わせすぎてしまった教育をしていると、他人理解が上手く出来ないようになり、理解できないものは嫌いになってしまうということがあるのではないかと思っています。

簡単な例で言うと、Aちゃんは肉好きの魚嫌い。親も教師も、「魚なんて食べなくてもいいよ。肉が好きなだけで十分。魚より肉の方が優れている」と教えました。Bちゃんは魚好きの肉嫌い。さっきとはまったく逆の、「肉より魚の方が優れている」を教えられました。両方とも、子供の目線に立った優しい指導で、AちゃんもBちゃんも親や教師の言うことが心地よいのでこれらの意見を疑おうともしません。ここでAちゃんとBちゃんが肉と魚、どっちが優れているかを話し合ったとしたら・・・。共通理解がまったく出来ず、お互いを「自分の考えや自分の親、先生を馬鹿にする嫌な人」と思ってしまうことでしょう。そして、やさしい親や教師を自分の目標にしているので、人には優しくして傷つけてはいけないと考えた結果、険悪になるくらいならお互い関わらないようにしようと考え、二人は会話をしなくなるでしょう。
これが広がって、他人(意見の違う人)に無関心な人が増えているのでは?と思います。意見が違った場合のディスカッションが上手く出来ないようです。同じような個性の人同士なら嫌いにならないのでしょうが、こういう例はめったにないですから、結局人嫌いということに・・・。

各時代ごとに教育法は異なり、それぞれ良さも悪さもあるでしょう。
お話しのように、最近の人は人嫌いが多いですが、逆に気の合う同士やペットにはとても優しくできるし、自分の意見を強くもっているという特徴があると思います。そして、人嫌いで無い人は八方美人でポリシーが無く、人を平気で傷つけると言うことも出来ます。

では、大人がなぜこんな教育をしてしまうかと言うと、大人の顔色をうかがいつつ人に合わせて生きてきた子供達が大人になったからだし、その子たちを育ててきたのは戦後生まれのモーレツ人間・・・それはその親達が・・・というようにずっと続いているので、いつの時代でもジェネレーションギャップがあるのでしょうね。
さて今の人間嫌いの子供・青年達が育てる子供は、どんな特徴がでてくるのか・・・?

以上があくまで私の思う原因の一因でした。
ちなみに私は人嫌いではないつもりですが、あまり他人を信用していないところはあるかも・・・といったところです。
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この回答へのお礼

的確な指摘(自分はそう思う)、ありがとうございます。

最近、うわべだけで付き合おうとする人がまわりに多くて
困っていたんです。地元の友だちは親友と呼べるのになぁ、、、

なんとなくわかりました。

ひとつだけ気になるんですけど、逆に子供が親に合わせすぎてたって
ことありませんか?
子供が親に合わせれば、親は子供をよく思って誉めたり、過度に期待
したりしますよね?
それが続いて親が嫌いになり、他人が嫌いになりみたいな、、、

よく考えたら、人をすぐ嫌いになる人ってあまり親とうまくいってないと
思うのですが、、、

お礼日時:2002/02/12 14:31

がまんができないからでしょう。


そしてそれは、明らかに親の教育に起因しています。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。やっぱり、そう思いますよね。

それにしても、なんで我慢できないんでしょうかね?

お礼日時:2002/02/12 14:15

こんにちは。


「人嫌い」って言ってもいろいろとあるのでしょうが、こうして回答している私もかなり「人嫌い」かつ「自分大好き」なタイプと思われているかもしれません。
原因とかは専門家の方の分析に任せて私を含めて周りに居る「人嫌い」の性格や行動について書いてみたいと思います。
1.自分にも他人にも厳しすぎてわずかな過ちや「ゆるみ」が許せなくなっていく人。(悪い人ではないのですけど、、、)
2.自分にはとっても甘くて他人に対してのみ厳しさを求める人。
3.無責任で何でも人任せにしているくせに、他人はそんなに自分のことを気にしてくれないと思ってしまう人。
4.僕みたいに「自分が大好き」で他人のことに目が行かないタイプの人。(人嫌いではないつもりですが、結局そう見えてしまうタイプ)
5.絶対に他人を信用しようとは思わない人。
きっと、mickmick2さんの言っている「人嫌い」は2と3のタイプのことなのかな?
教育とかいろいろ原因があるのだと思いますが、結局のところ子供に影響を与えているのはその時代に生きている大人の行動や態度といったものではないでしょうか?
こんなことで回答になってますかね?

この回答への補足

なんか質問が悪かったようなので補足します。

人間には短所が必ずありますよね?完璧な人はいません。
逆に長所も必ずあると思うのです。

しかし、他人をすぐ嫌いになる人というのは短所を気にしすぎて
長所をみないように思うのです。なんで、他人をもっとよく知ろう
としないのか?また、短所ではなく長所にもっと目をやるべきなの
ではないのか?

だって、一人では人間は成長できないし、なにもおもしろくないと
思うんですけどね、、、

親の教育とか関係ありますよね?

補足日時:2002/02/11 09:49
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Q国旗国歌不起立とかのせいでちゃんと教育できてない

先生は子供に教育するのが仕事だよね
でも国旗国歌でウダウダやってっと子供に教育できないし悪影響あるんじゃないの?
真っ当な教育もせず先生の姿見ておかしな大人に育てて日本をダメにするのが日本の教育の目的なの?

Aベストアンサー

>日の丸君が代問題は、あなたが思う以上に非常に歴史のある、深い問題です。

日の丸は国旗で君が代は国歌ですが、それが何か?
貴方がた左翼教師は簡単明瞭なことを問題化させるのが好きだ。こどもたちの教育は放り出しておいて社会主義の論理を持ちだしてくる。困った連中だ。そういう人間は教師とくに公立の学校の教師になってはいけません。なにか深い問題だ。深いではなく不快だ。

>まずは「君が代」の歌詞の意味を調べるといいでしょう。

貴方は日本国憲法を読みましたか? 天皇は日本国および日本国民統合の象徴です。すなわち天皇家が栄えよと祈念することは日本国および国民が栄えよということです。素晴らしい国歌です。
あなたがた左翼が尊敬する中国の国歌は「敵の砲火を冒して進め!」というような国歌です。戦え!と歌っています。戦えという国歌を拒否するなら理解もできますよ。平和主義者なんだろうなと思います。しかし、あなたがたは日本国民が栄えよという国歌を拒否する。アホちゃうか。

>あなたが思っているほど簡単な問題ではないのですよ。

なにが簡単な問題じゃないだ。国旗であり国歌だ。単純明快だ。左翼は当たり前のことをひねくりまわして複雑にして結局なにもせずこどもたちの教育をなおざりにしている。左翼教師は全員北朝鮮に行きなさい。そして国歌斉唱を拒否して強制収容所に入れられて反省しなさい。

>日の丸君が代問題は、あなたが思う以上に非常に歴史のある、深い問題です。

日の丸は国旗で君が代は国歌ですが、それが何か?
貴方がた左翼教師は簡単明瞭なことを問題化させるのが好きだ。こどもたちの教育は放り出しておいて社会主義の論理を持ちだしてくる。困った連中だ。そういう人間は教師とくに公立の学校の教師になってはいけません。なにか深い問題だ。深いではなく不快だ。

>まずは「君が代」の歌詞の意味を調べるといいでしょう。

貴方は日本国憲法を読みましたか? 天皇は日本国および日本国民...続きを読む

Qフィンランドの教育について。また、世界の教育について。 世界でも高く教育が評価されているフィンランド

フィンランドの教育について。また、世界の教育について。

世界でも高く教育が評価されているフィンランドですが、
フィンランドに不登校はいるんでしょうか?


世界から見て日本の不登校は多い方なんですか?

また、世界で学校に行かない子が多い国はありますか?
教えてください。

Aベストアンサー

http://gigazine.net/news/20090909_total_crime_graph/
これどう思う?

Q教育問題の本質から外れた議論が多すぎないか

「ゆとり学習」がどうの今はあまり聞かなくなりましたが「反抗期」がどうのと、実はすごく虚しい議論のように思います。幾人かの作家さんらが言っているように(たとえば笹沢佐保のエッセイなど)、問題の核心は、社会や親のあり方だという考えにすごく同調します。
つまり、私はそう考えるものですが、ではなぜ、これほどにその核心から離れたような議論が教育問題として浮上するのでしょうか。そして、一度も社会や親のあり方が一番なのだという議論が主流にならないのか、私の貧しい頭脳でもそう思うのに、なぜ社会はこれほどにこんな大事なことに無頓着なのか、まったく理解に苦しんでいます。
子供のころから苦しんでいます。
たとえば私は、親の愛情が不器用で、ある意味薄い環境で育ったから、それが不満で親に当たったりしてきましたが、それを「反抗期」とかがずけられた。それが似非論理とは言いませんが、それに対抗するような「親のあり方」のような議論が並立的になかったからです。だから内の親も、正当化するわけじゃなかったんでしょうが、それに毒された。その結果私の気持ちが認識されることもなかった。もっともそのレヴェルの親だったといえばそれまでですけども。しかし、そういう害悪の例もあるわけです。「ゆとり」にしても同じことじゃありませんか。勉強する動機付けやらを、その子供の心がどう言う風に社会や家庭で育っているかという核心に触れずに、なにか枝葉なところで議論する。こんな風潮に巻き込まれたら、子供はおかしくなりますよ。私も十分おかしくなりました。

もうこういう核心からそれたものをそれというのは、やめてほしいんですよね。

「ゆとり学習」がどうの今はあまり聞かなくなりましたが「反抗期」がどうのと、実はすごく虚しい議論のように思います。幾人かの作家さんらが言っているように(たとえば笹沢佐保のエッセイなど)、問題の核心は、社会や親のあり方だという考えにすごく同調します。
つまり、私はそう考えるものですが、ではなぜ、これほどにその核心から離れたような議論が教育問題として浮上するのでしょうか。そして、一度も社会や親のあり方が一番なのだという議論が主流にならないのか、私の貧しい頭脳でもそう思うのに、な...続きを読む

Aベストアンサー

現代は実証の社会といって差支えなかろうと思います。当の議論する人々の周りに実証できる数字の証明や具体性がなければ議論のテーブルにも上がらない(上げる能力がない)のが現代社会です。
そこであなたの言われている
>勉強する動機付けやらを、その子供の心がどう言う風に社会や家庭で育っているか
を実際数字や具体例で表そうとすると...核心部分は見えませんよね。アンケートによってある程度数字で実証できるとは思いますが、それでも人の心情(人の心の中の量的部分)は数字では現状見えません。(強制的に見せたとしても、あなたの言うとおり核心からはズレが生じる可能性は大ですね)
ですので無頓着なんですよ。(テーブルに上げられないと言っていいでしょう)
自分は何も無頓着側からモノを言ってるつもりはありません。ただ、なぜ親子や地域社会に対し学会や国等がメスを入れないかというところを答えたにすぎません。

Q学力低下は少子化のせい?学費のせい?

学費と少子化どっちの影響が大きいんでしょうか。

Aベストアンサー

その前になにをもって学力低下というのか、そのソースを示してください。

こういう見方もあります。
http://news.livedoor.com/article/detail/3604239/

「中学生のテレビ視聴時間は世界最高、勉強時間は世界最低。世界で最もテレビを見、最も勉強せず、PISA調査結果では成績が中の上」:陰山英男氏
逆をいえば、世界の同年代に比べて一番勉強時間が少ないのに、それでも成績は落ちていないといえます。

世間の情報や自分の感覚でなく、これが学力低下の証拠だ、というソースを示してください。

Q学校教育と民間教育について

学校教育だけでは無理、手におえない。民間教育の手を借りることが必要であると言われていますが、皆さんはどう思われますか?

確かに、民間教育に頼る事も必要ですが、学校教育を見直す事も必要だと思います。「指導要項」の見直しや、「教師の質」の問題、「学級崩壊」・・・言い出したらきりがありませんが、問題は山ずみです。しかし、「家庭」での最低限の教育が、出来ていない事、「親」「家庭教育」の問題もあると思います。そこに民間教育の必要性があるとも考えられるのですが、いかがでしょうか?
現状は、各立場で責任の擦り付け合いと言う情けない結果のようですが・・・

ご意見、ご感想、ご提案、などなどお待ちしております。

Aベストアンサー

1.賛成です. 理由は下記の質問のNo.3の方の意見を理解できる教師であればですが. 変な面子にこだわる教師なんか要りません.
2.教師がプロならなぜわかるように教えないのか.単なる労働者になりさがっている。塾とかは生徒がこなくなると生活ができないから、真剣でプロに徹している.
  
3.夏休も月給ををもらっているはずだから、理解のできない生徒を教えるべきである。組合がさせないという.
4.文部科学省も子供のことを考えるべきで、ホ-ムスク-ルも取り入れるべきである.個性を伸ばすといいながら、いまだに集団教育を考えている。
  

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=101206


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