おしえてください!!!
源氏物語の雲居の雁とよばれる人の、当時の
平安女性とのちがいや、心情を教えてください。
どんな性格か分析してます。 
とにかくとにかくおねがいします!!!!!

A 回答 (3件)

私も卒論で源氏物語の女性についていろいろ調べました。

雲居の雁の性格というか、源氏物語の他の女性達と違っていて面白い点というのはやはり、普通の姫だった彼女が、年をとるにつれて、所帯じみた女性になっていくという点だと思います。あの物語に出てくる女性達は現実感がない女性達ばかりですが、夕霧の一家というのはとても生活観にあふれていますよね。落葉の宮に嫉妬するところなどをみても、自分に正直な女性だったのだと思います。
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この回答へのお礼

目のつけかたがわかってたすかりました。
ありがとうございます。

お礼日時:2001/01/02 03:51

雲居の雁と夕霧は幼い頃から一緒の家で暮らし、恋心を実らせてきたんですよね。


でも、雲居の雁の父・頭中将は夕霧のことは嫌いではないんだけど、夕霧の父・光源氏にライバル心があるし、結婚は許さなかった。
夕霧が出世して、ようやく雲居の雁と結婚が許された夜、雲居の雁は夕霧をすぐには部屋に入れなかったんです。「私は父からの景品じゃないのよ」って。本当にこういうところは、前の方のアドバイスのように現代っぽいと思います。

参考書としては、
瀬戸内寂聴さんの「女人源氏物語」という本が出ています。
雲居の雁は4巻になります。女側からの意見が書いてあって、
「源氏物語」を別の見方から読める本です。面白いですよ。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。ぜひよんでみますね。

お礼日時:2001/01/21 17:38

以下の参考URLサイトは如何でしょうか?


(瀬戸内寂聴さんの名解説で、『源氏物語』の世界を堪能!)
1.http://www05.u-page.so-net.ne.jp/bc4/toncyan/Tea …
(源氏物語(1))
雲居の雁の性格は記載されていませんが・・・?
2.http://www04.u-page.so-net.ne.jp/yc4/hirorin/zu_ …
(相関図)
3.http://www.af.wakwak.com/~takechan/genji/keizu.h …
(”源氏物語”の系図)
4.http://www.af.wakwak.com/~takechan/genji/hime14a …
5.http://www.af.wakwak.com/~takechan/genji/hime14b …

ご参考まで。

参考URL:http://www.ntkr.co.jp/tuhan/genji/
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。

お礼日時:2001/01/02 03:47

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No.3です。
>子が生まれなかったのは、ハッピーエンドにしないためだったということですか?以下のご回答はなぜ、紫上が子どもを作者に生ませてもらえなかったのかの回答にはなっていないと思いますが。

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No.3です。
>子が生まれなかったのは、ハッピーエンドにしないためだったということですか?以下のご回答はなぜ、紫上が子どもを作者に生ませてもらえなかったのかの回答にはなっていないと思いますが。

権勢を極め、好きな女性を身の回りに集めて自分に悦に言っている色男にハッピーエンドを与えたら、話になりません。最愛の女性に子供が産ませないのは作者の因果応報の仏教的思想から、ある意味当然のストリーではないでしょうか?さらに念を入れて、正妻である三の宮は不義の子を身ごもらせるのは、自分...続きを読む

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Aベストアンサー

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ご存知の方宜しくお願いします。

Aベストアンサー

こんばんは。
私も源氏物語は愛読書のひとつで、よく読み返しています。

さて、ご質問の件ですが
物語の中には、桐壺帝が藤壺の浮気に気付いていたと記述されている箇所はなかったように記憶しています。
十帖の「賢木」では、桐壺帝が罪の子を抱き源氏と瓜二つだと喜ぶ件が書かれ、
三十四帖の「若菜」では、源氏が女三宮に宛てた柏木の手紙を見つけて、女三宮の懐妊が実は柏木の子だと気付いたときに
「父、桐壺帝は藤壺の宮とのことを何もかも承知で、知らぬふりをしていたのではないか。自分は何と罪深いことをしたのか」と書かれています。

桐壺帝は藤壺が子を生んだ時に、「源氏に似ている。兄弟とはこうも似るものか」という感想を持ったにとどまっていたと思います。
また、この言葉は疑心のない素直な言葉だったと記憶しております。
(私も、桐壺帝は真実を知っていたのかと、質問者様と同じ疑問を持ちながら読んだ事があったので・・)

源氏物語五十四帖の中に、桐壺帝が「不義の子と知っていたか」または「そのときの感情について」は、書かれていなかったと思います。
違っていたら、ごめんなさい。。

こんばんは。
私も源氏物語は愛読書のひとつで、よく読み返しています。

さて、ご質問の件ですが
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