社会人&学生におすすめする色彩検定の勉強術

こんにちは。
いきなりですが、子どもたちの集団活動やその中の討論(話し合い?)にはどのような教育的価値があるんでしょうか?
私は全体での活動によって共通理解が容易であるということぐらいしか考えていませんでして、ほかに何かありましたらご参考にしたいのでアドバイスお願いします。

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A 回答 (4件)

子どもも大人も、ひとりひとり様々な個性があります。



多面的な個性があるからこそ、全員が輝いて生きることが可能です。
ひとつの価値しかないとしたら、NO.1以外の人間は劣等感から逃れることが出来ません。いや、NO.1の人間でさえも、「いつ転落するか」という不安におびえて暮らさなければならないかもしれません。

だから、長所と短所を集団で補い合う活動は、それを通じてスキル(生活技術や知恵)が身につくという側面も重要ですが、「生きる目的を育てる活動」という部分が大切なのだと思います。

最近は、教師が個々の生徒の多様性に細かく応じる指導が強調されていますが、子ども集団の「横の教育力」を軽視している感があって心配です。
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この回答へのお礼

たった一つの花(個性)を上手に育てたとしたら、それらで構成される花壇(集団)はきっとすばらしいものになるんだと思いました。
横の教育力についても考えたいと思います。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2006/07/04 15:20

学校を、ここでは普通に見られる公立小学校・中学校に限定して回答します。



集団活動のメリットは大変大きく、また実施に当たっては大変に難しいです。

公立学校には、あらゆる所得階層の家庭、学力、価値観を持った子供たちがいます。普通に学習をさせようとすれば当然ながら子ども達はまともには取り組みません。なぜなら、大人社会の変化により子ども達自身に学習をしなければいけないという認識が低いからです。これを東大の教育学者である佐藤学氏は「学びからの逃走」と呼んでいます。たとえば単純な計算問題をしたり、漢字を習熟したり社会の年号を暗記するという、いわゆる技能的な面においてはそれなりに取り組む子どもも多いのですが、しかし、逆に言えばそれだけで終わってしまう、短絡的な学力のみにしか興味を示さない子どもが多いです。

さて、学校教育における「学び」の本質は、学問を通じての人間形成にあり、その出発点は「他者と自分との関係性の認識」でしょう。つまり、自分がいて、相手がいて、その違いを知ることからスタートするのです。そして、より多くの人の意見を聞き、自分の考えを修正したり深めていくという行為の繰り返しが、やがて社会性として発展したり、個性を磨く方向へ深まったりするわけです。

また、人間の能力を多く引き出させる要因、それは感情や雰囲気です。いくら実力が高くても感情面でのモチベーションが低ければ能力を発揮したり伸ばしたりすることはできません。したがって学校のクラスでの学習において、「雰囲気」が何よりも大事なのです。子どもにとって、一生懸命に勉強をしたくなるような雰囲気というのは、たとえば隣の席の子が何を考えているか、クラスの大勢の子が今何を考えたりしているのかがよくわかり、そしてその中で自分が意見を言うことで教師に評価されるかもしれない、友達から評価されるかもしれないという、良い意味での競争心が持てる状態にあることです。教師は、そのような雰囲気を少しでもたくさん作りだすために、たとえば導入の段階では誰でもわかるような簡単な質問をテンポよくしたり、また上記のような、表面的な技能ばかり身につけた子どもたちよりも、勉強が少々苦手でも生活力があったり感情が豊かな子どもが想像力を駆使して答えられるような質問を織り交ぜることで、その思考力を評価します。そうすることで、学級内を支配する価値観が、次第に知的好奇心や思考を深めようとする雰囲気のあふれるようなクラスとなっていくわけです。

したがって、子どもたちが他者の意見に興味を持って学習に臨んでいることが必要なのです。そのための練習であったり、また意見の交流や思考の摩擦を生じさせるための方策として、「話し合い」というものが設定されるわけです。

最後に、学力低下、給食費の滞納、親のワガママぶり、予算の無さなど昨今の悲惨な公立学校の現状はマスコミなどで周知の事実だと思いますが、そういった中にいる「学びから逃走する」子どもたちに、学校を「学びの共同体」に変えることで、子ども達に学ぶことの喜びを教え、そして崩壊寸前だった学校を立て直してきた有名なストーリーの本を紹介しておきます。これは教育関係者は全員必読と言っても良いほどの、価値のある内容だと思います。

「学校を創る」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/tg/detail/gl …

「公立中学校の挑戦―授業を変える学校が変わる」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4324072 …
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この回答へのお礼

集団とは色々な性格の集まりであるからこそ、その集団を一つにまとめるのは難しいが、まとまったときの力というのは大変なものであると思います。「学びから逃走する」生徒を変えて行くことも教師の役目だと感じました。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2006/07/04 15:17

No.1さんと同意見なので、別な視点からの意見を投稿します。




教育的価値は、恐らく授業方針によって大きく変わるような気がします。

教師が、生徒を1:1としか見ていない授業では、生徒は集団でいることの価値・意味・メリットなどを感じず、「1:1でもいい」あるいは「ビデオを見ていればいい」と思えるかも知れません。(教師にとっては、一番楽な授業だと思います。)


一方、生徒の意見や考えを、うまくクラス全体に浸透させている授業では、討論では「そんな考えもあるのか」という気持ちが入り、他者の意見を受け入れる下地ができると思われますし、他者との関わり方をうまく浸透させられているクラスは、共同作業を行っていくうちに、グループでの関わり方を学べます。


教師は後者の「全体が参加する授業」を目指されていると思いますが、個々人で考えや感じ方が違うので、それぞれの意見を取り入れようとすると、収集がつかなくなったり、収集をつけようとすると、考えの押し付け的な授業の終わり方になってしまったりなど、かなり難しいと思います。

また、あるクラスでうまくいっても、他のクラスでは、うまくいかなかったりと、ベストな方法はありません。


ですので、わたしとしては、集団活動の教育的価値は、「とても高い」のですが、それをいざ実践してみると「とても難しい」と感じると思われます。


kenji_kinjiさんが教育について勉強されていましたら、参考URLの本をお勧めします。集団指導の実践内容が分かり易く書いてあって、集団指導でのメリットがよくわかるのではないかと思います。

参考URL:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4810054 …
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この回答へのお礼

集団活動は、それなりのリスクを伴うということですか。でもそんなことを乗り越えられる教師が本物のプロの教師だと思います。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2006/07/04 15:12

(1)協調性が育つ・・・勉強は1人で机に向かってすることがほとんどです。

しかし学校という場で何十人のクラスの仲間と共に活動するためには、協調性がなければできません。自己中心的な人間ではなく、相手を思いやり相手のことを考えつつも、自分の考えもしっかり伝える人間に育てるように、学習における集団活動が行われています。

(2)話し合い活動については、自分の考えを深めたり広げたりするのに効果的です。自分だけでは自分の考え方しか分かりません。しかし、友達と話し合うことを通じて色々な考え方を吸収できます。また、コミュニケーション能力も身に付けられます。

社会に出れば組織の中で多くの人間と仕事をしたり、計画・立案などをするために話し合うことが多いです。自立して社会に出て行ける人間を育ているという意味では、教育的価値があると思います。

参考になれば、嬉しいです。
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この回答へのお礼

いくら勉強ができていても、集団活動ができなければ学校に通っている意味がないですよね。
回答ありがとうございました。

お礼日時:2006/07/04 15:09

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