「ゆとり教育」が4月から始まりますが、そもそも「ゆとり教育」ってなんですか?
多くの人が勘違いしているような気がするのですが、、、

そもそも、「ゆとり」とは学力的なものを示していたらしいのですが、現在は時間的な
ものととらえる人が多いように感じます。この考えが一人歩きしてしまった結果として
週休2日制などという見当違いの制度が生まれてしまったのではないかと思います。

それと、この制度のもとに子供を預ける父母のあまりの自信のなさに驚かされます。
なにをそんなに心配しているのか不思議です。

「親はなくとも子は育つ」という言葉があるように、子供は自然になにかを感じとって
成長していくものだと思います。そんな子供の能力も信じることが出来ずに、心配ばかり
したって仕方ないと思います。

子供たちがよりよい人間へと成長し、また、それによってうまく社会に適用できるように
との目的のもと施行される「ゆとり教育」。子供たちに実践させる前に、教育制度の変化に
ついていけず、なにも自分で産み出せない、親たちに実践させてみてはどうでしょうか?

みなさんはどう思いますか?

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A 回答 (7件)

最初のゆとりの教育は、詰め込み教育を打破するためのような気がします。


いわゆる日本の教育にずっと根付いてきた学歴社会。

高校受験が、偏差値受験ではなくなりました。
(本当に、変わったとは言い切れませんが)
少子化や少年犯罪の増加も関係あるかもしれないですね。
学校崩壊も起きてるし。

少人数制にして、詰め込みでなく、ゆとりの教育を・・・と。
一人一人に対応できる教育を・・・と。

でも、国が教育にお金を出したくないのも本音みたいですね。
「国の教育では、ここまでします。後は、個々人で
責任を持ってやって下さい」という風に感じられます。

それから、共働きも増えて、しつけを学校に押し付ける
親が増えたからもあるかも。
そういうのを家庭に戻していこうというのは、賛成かも。

でも、教育をさせる為に、子どもをもつ家庭の負担が
大きくなるかと思うと不安です。
経費削減みたいなところを感じられて、いわゆる老人増加&少子化に伴い、
教育部分をリストラ?。

子どもの学力低下も、ここまで著しいと不安ですね。
別に円周率が3.14から3になっても、関係ないのかも知れないけど。
桁数の多い計算を求めたくなっても、計算機があるから関係ないかも
知れないけど。。

確実に計算力は劣るだろうし。
それに伴い、脳は衰えていくんだろうな。

偏りのある考え方かも知れないけど、
私は、ゆとりがゆとりじゃなく思える。
単なる、名ばかりの削減。
すっごく疑問。
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この回答へのお礼

>ゆとりがゆとりじゃなく思える。

この部分、とても共感できます。質問の所にも書いたんですけど、
そもそも「ゆとり」というのは学力的なゆとりを指していたようです。
具体的にいうと、読み・書き・そろばんを徹底的に学ぶ事で知識的に
ゆとりを持つということです。自分の考えを発言することは一生ついて
まわります。これが出来ないと、いつまでたっても自分を理解してもらう事が
出来ないかもしれません。また、本を読む事で得られることと言うのは
計りしれません。読めなきゃ損です。それに、計算ができない人は頭の回転が
遅いみたいですし、、、

長くなりましたけど、やっぱり勘違いしてる人多いですよね?ってことです。
ありがとうございまいした。

お礼日時:2002/03/26 19:22

先の回答についていえば、新しい「ゆとり」方針でも「暗記」はなくならない。

ただ項目が減るだけの事。理科についていえば、系統性が寸断されて「暗記」に頼る割合としては増えることもある。(全体が減るから暗記する量が減るだけで、思考力はつく方向にない)
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「ゆとり教育」という言葉には、様々な側面があると思いますが、私は、つめこみ教育の打開だと思っています。

今まで知識偏重(暗記中心といいますか)でやってきた教育を、自分で考えて解決するといった思考力、あいは発想力を高めていこうということだと思います。

これだけスピードが速く情報が大量に氾濫する現代社会では、それに対応するだけの反射神経が必要であるわけですから、この改革は当然の流れだと言えます。ただし、日本の社会にそれを受け入れるだけの準備がまだできていないうちにスタートしてしまうという印象はぬぐえません(もちろん準備ができるのを待っている時間もないということでしょうが・・・)。地域の受け入れ態勢。親の意識。教師の意識等、社会全体の教育に対する考え方を変えていかないとどうしようもないでしょう。

その中でまず変えなければならないのは、受験制度だと思います。改革前と改革後と受験の内容が変わらなければ、結局、知識偏重の教育になるからです。

また、学校の授業そのものも見直さなければなりません。これまでクラス全員が黒板に向かって先生の講義を聞くだけの授業(一斉授業)から、クラスで討論したり自分で調べて発表したりという授業に変えていく必要があるでしょう(もちろん最低限の基礎基本は一斉授業で行う)。

しかし、そうするためにはクラスの生徒の人数を減らす必要があるし、クラスの人数を減らせば、それだけ学級の数は増えるわけですから、教師の数も増やさなければなりません。するとお金がかかります。しかし、国は教育にこれ以上お金をつぎ込む気はなさそうですから、教師の負担が増え(特に総合的な学習をちゃんとやろうとしたら、これまでの授業の準備より5・6倍の時間が必要だそうです)、結局、一斉授業一本槍になってしまうような気がします。つまり、高度な教育を行うためには絶対的にお金が必要だということです。 その予算の部分を思い切ってできるかどうかだと思います。 
「人づくり」は「国造り」と同義語ですから、目先にとらわれず、国に10年後20年後を見る目があるかということが問われているんだと思います。
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 簡単に言えば、ゆとり教育は先生にゆとりを持たせる教育だと私は思います。


 今の先生方は心にゆとりがありますか。

 私達が教えられた先生方は、まことに悠然としておられたように思います。
 子供の頃は、見るものが何でも相対的に大きく見えますが、そういう感覚の差を勘定に入れても、今思い出せば、やはり堂々と自信を持って子供に接しておられました。

 ゆとりを持って教育にあたる、これがゆとり教育の真髄だと思っています。
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この回答へのお礼

なるほど!

確かにそうかもしれませんね。僕の周りで教職を取ろうと頑張っている友だちも、自信に満ち溢れているかというとそうでもないですよ。オイオイ、大丈夫かっていう感じです。(笑)

お礼日時:2002/03/28 15:26

今の日本人のほぼ100%は、文明開化以来の、追いつけ追い越せという日本式の教育を受けてそだってきています。

それによって個々人の生活レベルがあがり、国が豊かになってきたわけです。また古来勤勉を重んずる教育風土があり、それによって出来上がってきたのが、今の日本人です。ですから、多くの人々にとって「ゆとり教育」は、なにか突拍子もない、おそらく教育とは呼べないものとうつっているかも知れません。
しかし教育=詰め込み、学力=知識でないことだけは確かで、どういう理由にせよ、それを変革しようとする改革であることだけは確かだとも思います。「自ら学び自ら考える」をうたってますが、これを育てることなしによくもこの国が、ここまでこれたなあ、と思われるほど、基本的な能力だと思います。日本より後進の国々では、決してすることのできない教育だとも思うし、ここまで来た日本がさらに先に行くためにはこういう方法しかないとも思います。
今の日本の実情には著しくそぐわないものなのかも知れませんが、こうした見方をすると、ゆとり教育として打ち出された昨今の教育改革の流れは、すごく自然な教育の形のような気がしているのですが。

この回答への補足

>「自ら学び自ら考える」をうたってますが、これを育てることなしによくもこの国が、ここまでこれたなあ、と思われるほど、基本的な能力だと思います。

これって本当ですか?
たとえ本当だとして、わざわざ学校を通じて育てるような事でもないと思います。
だって自分で学ぼうと思って行った学校で「自ら学び自ら考える」力を教えてもらってもねぇ。出来てるっつうの。

補足日時:2002/03/28 15:14
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そもそも「ゆとり教育」は、低年齢者における凶悪犯罪が増えたことが発端のはずでした。


今の国会議員たちが子どもの頃は、他人の子どもの殴ったりするのが当たり前の時代でしたが、最近の子どもたちには学校、塾などで地域のみならず家庭での交流があまりないのではないかということで、子ども達を地域や家庭に返し、「ゆとり」でできた時間をボランティア活動や地域活動にあてようとしたのが最初のねらいだったと記憶しています。

しかし、そうはいっても学歴社会(今、少しづつ、なくなってきましたが)。また、最初のねらいだったボランティア活動も地域交流も、その受け皿を作らないままに週休2日制だけを推し進めた結果、学習時間が減ってしまう。学力が低下してしまうと心配する方が増えているのだと思います。

私も子を持つ親ですが、今までの「いい学校、いい会社で一生安泰(終身雇用制)」は大きく変わってきています。そこで、自分の子どもには、暗記重視、詰め込み重視の勉強ではなく、何か「生きていく力」みたいなものを得て欲しいと思います。また、思いやりなどが分かる大人になって欲しいと思います。

ただ、私の子どもはまだ幼稚園。数年先に高校受験などを控えている親御さんが 学習時間が減ってしまうという心配も否定はできません。

何にしても、はやく学歴社会の弊害を取り除いたり、地域交流やボランティアなどの整備をして欲しいと思います。

以上、だらだらと書いてしまいましたが参考になれば幸いです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

やはり人間同士の交流は大事ですよね。それがなくては人間でないような気もしますしね。ただ一つ言いたい事は、そのような人間関係を持つ機会を学校に求めてしまってはダメだと思います。子供は生まれてすぐに家族という社会の一員になりますよね。その後、おじいちゃん、おばあちゃん、または親戚といった風に人の輪が広がっていくと思うのです。それが現在ではその縦の関係(血の繋がった関係)が、すごく浅いような気がするのです。また、友だちや知り合いをたくさん持った親というのも今では少ないのではないでしょうか。仕事を一生懸命やってきた代償として、人間関係が希薄になってしまわれた人も少なくないと思います。その子供たちは、幼稚園・保育園・小学校で初めて人間関係を学ぶのです。しかし、その子の周りにいるのは同じ年代の子供たちだけです。たとえその中で先生が人付き合いを教えたとしても、それは親のしつけとは違います。ただ怒られていると感じ、子供たちの心の中に
いったいどれだけのものが生まれるというのでしょうか。経験上それは、ただの怒りや嫌悪感に過ぎないように感じます。(自分はそうではありませんでしたが、まわりがそうでした。)話が長くなりましたが、やはり親しだいだと思います。

お礼日時:2002/03/28 15:12

こんにちは。

私自身が考える、教育改革の不安な点は以下の通りです。

1.授業時間が減ってしまったことで、学習内容が削減されてしまい、義務教育を  終え、高校受験に備えるまでの学力に到達できるか分からなくなってしまった  こと。
2.学校側が、習熟度別クラスをもうける可能性がでてきたこと。
3.休日が増えることで、共働き夫婦は子供の預け先の確保や、休日の過ごし方を  試行錯誤しなければならないこと。
4.算数で計算機を使うこと。
5.「特色ある学校づくり」を進めた結果、成績の評価が学力のみならず、人間性  や人柄を点数化する評価にねる。
6.総合的な学習の時間が出現したことで、課題選びや下準備がかなり大変であ   る。週5日の中で、理解しやすい授業をするための準備に先生方は追われるよ  うになり、今まで以上に忙しくなるのでは…。
7.奉仕の時間が組み込まれている。               等です。

親と学校が子供達について情報を共有し、密な連絡を交わさなければ子供達を守れない改革という気がしています。
私の子供はまだ小さいですが、親の私が学んだ内容が決して量的に多いとは思っていないので(夫も同意見)、幼児のうちから「塾通い」は避けられない気がしています。金銭的な負担もさることながら、経済的に余裕のある家庭の子供と、そうでない子供とでは、概ね、学力に差が出てくる気がします。問題はそれを促すような教育改革だということです。

学習内容の改訂については、成績が良い子供が大人になって「できない子」を問題視し、作ったのではないかと思うような教育改革だと思っています(笑)。 

もし、よかったら「おそいはやいひくい・たかい」というムック本の13号で特集されているので一読をお勧めします。            
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この回答へのお礼

僕の知り合いにも、4歳の娘を持つ人がいます。話を聞くと、学校選びなどで
かなりの不安を持っているようです。小学校から私立に入れたほうがいいのか
迷っていました。ただ、金銭的なこともあるし、本人(娘)がこの先どうなる
のかわからないから少し様子をみてみると言っていましたが、、、

それと、いくつか不安な点を述べてもらったんですけど、習熟度別クラス自体は
いいと思いますよ。僕も中学・高校の時に経験しましたが、いい刺激になりました。
ただ、問題があるとすれば、それは学校側がいかに生徒の気持ちをやる気に結びつけるかだと思います。どんなに下のクラスの生徒でも、勇気付けてあげることが大事だと思います。口で言うのは簡単ですけどね、、、

最後に一つ言わせてもらうと、幼児期の塾通いは必要ないと思います。幼児期に大事な事はしっかりした人格(のもとになるもの)の形成です。だから、塾に行かせるよりはより多くの身近な人に愛情を持って接してもらうことのほうがいいと思います。
自分の経験上そう思います。

回答ありがとうございました。

お礼日時:2002/03/26 19:41

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Q団塊の世代が新人類を作り。 新人類がゆとり世代を作るまでは 仕方ないが。 ゆとり世代が悟り世代を教育

団塊の世代が新人類を作り。
新人類がゆとり世代を作るまでは 仕方ないが。
ゆとり世代が悟り世代を教育するのって 無理ないですか??

Aベストアンサー

団塊の世代 1947~1950年
新人類1961~1970
ゆとり世代 1987~2004年
さとり世代 1990年代うまれ

 産むのではなく教育して人格を作るのなら団塊の世代が新人類を作ることは可能ですが(笑)
新人類がゆとり世代を産むことは可能ですね(笑)私が家がそうですし。
ゆとり世代とさとり世代はほぼ同じ世代ですが、ゆとり世代の大卒の新任教師が高校生のさとり世代に教鞭をとることはもちろん可能です。数歳しか変わりませんし。

Q日本の教育制度は、国畜社畜イエスマンにする制度

日本の教育制度の実態は、次のようなものでよろしいでしょうか。

日本の教育制度は、腐りきった国家権力や腐った大企業などに都合いの良い、国畜、社畜、イエスマン、人間ロボットにする制度です。

だから、良い方の人格や人間性や個性や長所なども伸ばさず、良い方の出る杭も打たれるようになっています。

日本の教育制度は、従順な国畜である公務員のように、国や会社や上の命令には絶対服従し、自分で考える事無く疑問を抱く事無く黙って勤勉し黙って納税し、個性や長所を伸ばさず、国家権力や体制側や既得権益側らに都合の良い画一的な社畜を生産するための教育制度です。

だから、読み書きそろばんなどを徹底的に教えるのは良いとして、自分で調べたり情報を集めたりして、自分で考え、自分で何が事実か真実か追究し、問題があれば改善する、自分で改善案を考えさせるなどはまったく教えないのです。

暗記力・記憶力だけ伸ばし、受験戦争のための詰め込み教育を行っているだけなのです。

こんな教育制度ですから、まっとうな国民が増えるどころか、心も頭も馬鹿者が増え続け、犯罪も増え、モラルも落ち、日本社会が疲弊しまくるのも当然です。

日本の教育制度の実態は、次のようなものでよろしいでしょうか。

日本の教育制度は、腐りきった国家権力や腐った大企業などに都合いの良い、国畜、社畜、イエスマン、人間ロボットにする制度です。

だから、良い方の人格や人間性や個性や長所なども伸ばさず、良い方の出る杭も打たれるようになっています。

日本の教育制度は、従順な国畜である公務員のように、国や会社や上の命令には絶対服従し、自分で考える事無く疑問を抱く事無く黙って勤勉し黙って納税し、個性や長所を伸ばさず、国家権力や体制側や既得...続きを読む

Aベストアンサー

私はかなりのおじさんですが、ご質問の内容に同感です。
日本の歴史では政治や武力闘争はたくさんありましたが、経済競争はほとんどなかったですね。
それが戦後突然に電気、自動車、機械といった工業化社会を作り。その成功で猛進してきました。
その猛進した中では、成功した工業化社会を維持するために従順で勤勉な人間が求められ、教育もそれによって進められてきたのですね。それが高度経済成長期というものでしょう。
しかし、同じことが長く続くはずはありません。
「技術の一般化」がアジア各国に浸透した結果、日本の優位性は失われました。それが現在の日本ですね。
私もfreeman999さんの考えとまったく同じですが、高度経済成長期に味をしめた人達は反省ができません。いわゆる「成功体験」というものです。あの高度経済成長は歴史的に見ると一時的だったにも関わらず、素晴らしい日本人と思ってしまったのですね。
これから先に同じことをしても高度経済成長は二度とありませんね。

Q私はゆとり教育の影響を大きく受けているのでしょうか

閲覧いただきありがとうございます。


ゆとり世代の二十代です。
7月26日に放送された、日本テレビ系列「コレってアリですか?」というのバラエティー番組で、

「ゆとり世代は失敗を恐れるため、マニュアルを必要とする」
「ゆとり世代は怒られ慣れていないため、少しのことでもへこむ」

などと放送され、私は上記の2つが当てはまりました。
マニュアルはあれば、相手に失礼の無い様振舞え、仕事に馴染むのも早いと思いますし、
私はゆとり世代でもありますが、いわゆる完璧主義者でもあるので、小さな失敗でも大きくへこむことが常です。

やはり、私はゆとり教育の影響を大きく受けているのでしょうか。
だとしたら、仕事などで話す相手に不快な思いを与えているのではないかと心配です。
また、ゆとり世代だと甘く思われるのも好ましくありません。
(この失敗を恐れる考えや他人を気にすること自体がゆとり独特の考え方なのかもしれません)

皆さんはどうお考えでしょうか。
よろしければご回答お願いいたします。

Aベストアンサー

>「ゆとり世代は怒られ慣れていないため、少しのことでもへこむ」

これには少し疑問があります。
私の場合、親に虐待に近いスパルタ教育を施されました。
当然、叱られましたし怒られまくりました。
なのに、いざ叱られると物凄くヘコミます。
この事を考えると、叱られ慣れないから、へこむというのは理屈として合いません。

理屈として合うのは強迫観念なのだと感じます。
仮に教育の段階で『能力がないなら生きていけない!』という強い刷り込みを与えられていたとします。
叱られる事が能力が無い自分を自覚するキッカケになるなら、その結果として生きていけないという不安を抱えヘコミます。

もし、ゆとり教育の影響があったとすれば、授業時間が減った事に悲観して、親が子供を塾に通わせる等でプレッシャーを与えて、『能力がないなら生きていけない!』と思わせた事が原因かもしれません。
でも、それはゆとりが教育が無かったとしても同じ事かもしれないです。
社会不安がある限り、プレッシャーを与えるでしょうから・・・

これが40~50歳世代の人だったら、『能力がないなら生きていけない!』という刷り込みは、とても少なかったと思います。
その世代は子供時点では不況は訪れて無いですから、社会不安も今よりも小さいです。
不安が無い世代に育てられれば、その分、プレッシャーそのものも少ないから『能力がないなら生きていけない!』という刷り込みも少ないです。

ゆとり問題は、親が不況を体験した事で、それを教訓として子供に教育してしまった事にあると思います。
そしてその事を殆どの人が気付いていないのが、問題をより一層大げさにさせていると感じます。

いずれにせよ、へこみ体質とは共存するしか道は無いですから、一緒に頑張りましょう。

>「ゆとり世代は怒られ慣れていないため、少しのことでもへこむ」

これには少し疑問があります。
私の場合、親に虐待に近いスパルタ教育を施されました。
当然、叱られましたし怒られまくりました。
なのに、いざ叱られると物凄くヘコミます。
この事を考えると、叱られ慣れないから、へこむというのは理屈として合いません。

理屈として合うのは強迫観念なのだと感じます。
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ゆとり教育と言えばほとんどの人が批判をしますが、もしゆとり教育を肯定するとしたらどのような肯定方法があるのでしょうか?実際考えても学生が楽ってだけであまりいいことがあるとは思えません。皆さんの意見をお聞かせください。お願いします。

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私自身は、ゆとり教育の理念には賛成しています。

これまでのように、大量の内容についてただ公式を覚えろ、年表を覚えろ、ではなくて、最低限教えるべき部分を教えて、基礎を完全にし、さらに応用を…というのが悪いことだとは思えません。

ただ、「現在行われている」ゆとり教育は、最低限教えることを減らした分、全ての授業時間を減らしてしまったこと(教科書の内容が3分の2になって、授業時間も3分の2では、ペースはこれまでと変わりません)。週休2日になっても、その休日が部活動などに充てられるため、負担そのものは変わっていないところ。
さらに、「総合授業」などのカリキュラムが朝令暮改で移り変わるため、教える側が混乱を来たす…などといったことが考えられます。
そういう意味では、「理念は賛成だけど、やり方は反対」というのが私の考えです。

もっとも、「ゆとり教育」批判の中心となっている「学力低下」ですが、これはどちらかというと、ムード先行とそれに乗った各科目関連の学会の宣伝合戦という部分があります。
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そういう意味では、「学力が低下している」というムードが先行している、ということも考えるべきでしょう。

私自身は、ゆとり教育の理念には賛成しています。

これまでのように、大量の内容についてただ公式を覚えろ、年表を覚えろ、ではなくて、最低限教えるべき部分を教えて、基礎を完全にし、さらに応用を…というのが悪いことだとは思えません。

ただ、「現在行われている」ゆとり教育は、最低限教えることを減らした分、全ての授業時間を減らしてしまったこと(教科書の内容が3分の2になって、授業時間も3分の2では、ペースはこれまでと変わりません)。週休2日になっても、その休日が部活動などに充てられ...続きを読む

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小学校の4年生ぐらいから塾に通い、習い事(剣道・習字)もしていて
月曜から土曜まで、ビッチリ予定が入っていて、日曜日も一週間おきに(大手の塾だったので)模擬試験が行われていましたが
これといって、キツイと思ったことはなかったんですが、そんなにゆとりって必要でしょうか?
いくら、塾や習い事などで忙しいといっても、学校でも塾でも人間形成はできるような気がするのですが。

案外、子供はゆとりが欲しいなんて思ってないんじゃないでしょうか。
大人が騒いでるだけのような気が・・・。

※私は、ゆとり教育を否定しているわけではありません。
 ただ、そんなにゆとりって必要なのかなぁと思って。

Aベストアンサー

普通の子供にはゆとりはあります。
実際、小中学生の帰宅後最も時間を費やすのはテレビやゲームである、というデータがいくらでもあります。

問題なのは「学習の」ゆとりなんです。
教えなければならない内容が多すぎて詰め込みにならざるをえなかったいままでの指導要領は反省しなければならないところがあります。
(学習内容が3割削減って、減った内容のことを大人がちゃんとマスターしていたかといわれればそんなことはないはずです。それが詰め込みの末路です。(参考:科学リテラシーの国際比較))

もちろん、ついていけたこどももいるわけですから、彼らの足を引っ張るようなこともいけないわけで、自学自習のできる、発展内容ももりこんだような教科書をつくるなど、改善せねばいけないところもたくさんあります。

詰め込みエリート主義にはもうかげりがみえています。
ゆっくりじっくり学問の本質に迫る、そんな授業が行われることを期待しつつゆとり教育を支持していますが。


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