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私の友達の話しなのですが、ここ一年半くらいの間にさまざまな災害にあっています。
交通事故、病気などです。
一度おはらいをしてもらったみたいなのですが、つい最近もまた2日続けて家族が交通事故に遭ったみたいなのです。
友達はもしかしたら自分のせいなのではないかとひどく悩んでいます。
というのも実は友達は4年くらい前に中絶をしているのです。
体の調子が悪くてとかいったやむをえない事情ななくて本人が若すぎるとの理由だけでです。
それから長い間たったのですが、友達は一度も水子供養に行ってないみたいなのです。
それで家庭内に悪いことがおこっているのなら供養に行きたいと言っているのです。
近くで水子供養のお寺を見つけたのですが、お寺はどちらでもいいのでしょうか?
それとも病院によって違いなでがあるのでしょうか?
水子供養に関しての注意などあるのでしょうか?
どの時間に行っても大丈夫なのでしょうか?

それから友達は中絶後の通院をしていないみたいなのです。
病院の医師からは一週間に一度は来てくださいって言われたみたいなのですが、中絶などのことを思い出すのがこわくて一度も行けなかったみたいなのです。
そのためこの先、きちんと妊娠、出産が出来ないのではないかと思い悩んでいるみたいなのです。

個人差、その時の体調によるとは思いますがいろんなことを教えてください。

どうぞよろしくお願いいたします。

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A 回答 (4件)

通院に関しては、やはり行くべきでしょうね。


本人のためにも。
水子に関しては、いろいろありますが、深く考えすぎないようにした方がいいかもしれません。ここからは知識として(^^ゞ 元来、水子とは、生まれてきてから死んだ子供のことを言っていた節もあるようですから、中絶した時点では水子とは考えていなかったようです。現代は水子の祟りなどと脅す人たちもいるようですが。
もしどうしても水子供養をしたいと思うなら、時間がある時にでも道ばたのお地蔵様に手を合わせればいいかもしれませんね。ご本人が何をお願いしたいかにもよりますが。でもお金なんか必要ないです。旅行がてらにお地蔵様を祀っているお寺に行くとか。水子のせいにするよりも、ご本人の精神的な問題を解決できるようにすべきではないでしょうか。
ではでは
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通院はきちんとしたほうがいいですね。



何か悪いことがあると、「元凶」をどこかに求めたくなるのも人情かもしれませんが、そういうのは悪徳商法やら悪徳宗教にひっかかる元です。

交通事故が続く原因を「水子」のせいにしていたら、実際は交通マナーがわるいとか、交差点の設計が悪い、とかいった、本質的な原因が解決されずに、残されてしまいます。
(私は、胎児にまで過去の因縁を押し付けることは納得いきません。薬害などで産まれられなかった子どもにまで、製薬会社の責任を隠して「因縁」のせいにすることになりますからね)

供養は、水子に限らず、基本的にはご自身の心のもち方です。「水子供養の寺」なんていう分業はありません。妖怪退治をするわけではありませんから。仏壇でもお墓でも、供える花は、位牌や墓石に向けるのではなく、手を合わせる人のほうを向いている。2のご回答でいわれるように、前に向かっていく心がけが大事ですね。ご自身が、すまないことをしたな、と思われているのなら、そのぶん、まわりの命を大事に暮らしていこう、と思うことでしょう。
たとえば、いま生きることに危機が迫っている世界中の子どもたちのために、ユニセフなどが頑張っていますが、ユニセフカード1枚でも買ってみるとか。

※某皇太子妃さまが水子供養(人工中絶とは立場が違うけれど)に行った話はききませんが、幸せに暮らしているみたいですよ。
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術後の通院は、消毒の為だと言われました。

その後、友人の方がオリモノなどにも異常なく普通に生理がきているならば、元の体に近い状態に戻ったと考えていいのではないでしょうか?今後の妊娠の可能性まで、その際の通院では判明しないと思うのですが・・・?妊娠するか否かは、生理が正常に戻ってから基礎体温等をつけて産婦人科をおとずれるしかないと、素人考えですが、思います。
水子の件ですが、他の回答者の方に叱られるかもしれませんが・・・私は気にする必要はないと言わせていただきます。
人は弱い生き物です。うまく人生が行っている時にはそんなこと気にもしないけれど、何か不具合がおきると姓名判断や、占い・家相などに走ります。
自分が墓参りに行っていなければ先祖のたたりかと考え、中絶していれば水子のせいかと考える。友人の方は、どんな事情があったにせよご自分で決断し実行された事ですよね。それを後悔してはいけません。良い悪いは別にして、人生の未来だけを見つめてください。いつか自分が死ぬ時がやってきたら、じたばたせずに「あの世に行ったら、不幸な目に合わせてしまった自分の子供を思いっきりかわいがってあげるんだ!」と腹をくくって潔い死を迎えるくらいの心意気でいて下さい。
気にしたらキリがないですよ。
でももし、水供養をしないと安心できないと思われるならそれもひとつの未来へと進む一歩だとは思いますが・・・
答えにならなくてすみません。
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 堕胎・流産等という結果になってしまったというのは、胎児自身の過去からの因縁(罪障)によって受けた苦しみでもあります。


 こうした、やむなく作ってしまった罪障や、苦しみを、どうしたらよいのか・・・ということですが、日蓮大聖人は、仏法を信仰する功徳力によって、自らが作ってきた罪障を一つずつ消し、苦悩を解決していけることを明かしています。
 また、この真実最高の仏法によって追善供養を行なうならば、不幸にして水子となった生命にも功徳が回向され、親子共に幸せになっていけることを示されているのであります。
 したがって、巷でブームとなっているような水子供養の妄説に踊らされることなく、真実最高の仏法を説く日蓮正宗の信仰を根本に、罪障消滅と追善供養に励むことが、もっとも肝要といえましょう。
 如何でしょうか?
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