夏目漱石の「坊ちゃん」の中で
「松山は東京に比べるとたいした町じゃないけれど温泉だけは素晴らしい」
のような意味の部分がありましたが、正確にはどういう記述でしたっけ?

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A 回答 (3件)

「おれはここへ来てから、毎日住田の温泉へ行く事に極めている。

ほかの所は何を見ても東京の足元にも及ばないが温泉だけは立派なものだ。」岩波文庫p33
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
なにより、岩波文庫p33の書き込みが頼りになります。
道後温泉に関するパンフを作成していたもので、助かりました。ギリギリ間に合いました。

お礼日時:2002/04/07 11:24

> おれはここへ来てから、毎日住田の温泉へ行く事に極(き)めている。

ほかの所は何を見ても東京の足元にも及(およ)ばないが温泉だけは立派なものだ。

ですね。

参考URL:http://www.aozora.gr.jp/
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
正確に書いていただきただただ恐縮するばかりです。
この分野で質問があったとき、amajunの名前に注目します。
またよろしくお願いします。

お礼日時:2002/04/07 11:21

こんにちは、kanacimoさん。


確か「俺はここに来てから、毎日住田の温泉に行くことに極めている。ほかの所は何を見ても東京の足元にも及ばないが、温泉だけは立派なものだ。」ではなかったでしょうか?
確かそうだったような気がするのですが・・・(^^;)
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この回答へのお礼

急いでいたのでお礼が遅くなりました。
助かりました。ありがとうございます。

お礼日時:2002/04/07 11:18

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Q夏目漱石の『坊っちゃん』の一章をまとめるとどうなりますか?

夏目漱石の『坊っちゃん』の一章をまとめるとどうなりますか?
『坊っちゃん』の一章を人物、出来事を中心に400字程度でまとめるとどのようになりますか?
教えてください。 お願いします。

Aベストアンサー

 
 あらすじ(472字)from Wikipedia
 
── 親譲りの無鉄砲で子供の頃から損ばかりしている」坊っちゃんは、
父親と死別後、親の残した遺産を学費に東京の物理学校に入学。卒業後
は学校の誘いに「行きましょうと即席に返事をした」ことから四国の旧
制中学校に数学の教師として赴任した。初めての宿直の夜に寄宿生達か
ら手ひどい嫌がらせを受けた坊っちゃんは、寄宿生らの処分を訴えるが、
教頭の赤シャツや教員の大勢は事なかれ主義からうやむやにしようとす
る。坊っちゃんは、このときに唯一筋を通すことを主張した山嵐には心
を許すようになった。やがて坊っちゃんは、赤シャツがうらなりの婚約
者への横恋慕からうらなりを左遷したことを知り義憤にかられる。この
ことで坊っちゃんと山嵐は意気投合する。しかし、赤シャツの陰謀によ
って山嵐が辞職に追い込まれることになってしまう。坊っちゃんと山嵐
は、赤シャツの不祥事を暴くための監視を始め、ついに芸者遊び帰りの
赤シャツとその腰巾着の野だいこを取り押さえる。芸者遊びについて詰
問するが、しらを切られたため、業を煮やし暴行を加えた。即刻辞職し
た坊っちゃんは、東京に帰郷。街鉄の技手となった。
── 夏目 漱石《坊っちゃん 1906 ホトトギス/鶉籠 春陽堂》
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%8A%E3%81%A4%E3%81%A1%E3%82%84%E3%82%93#.E3.81.82.E3.82.89.E3.81.99.E3.81.98
 

 
 あらすじ(472字)from Wikipedia
 
── 親譲りの無鉄砲で子供の頃から損ばかりしている」坊っちゃんは、
父親と死別後、親の残した遺産を学費に東京の物理学校に入学。卒業後
は学校の誘いに「行きましょうと即席に返事をした」ことから四国の旧
制中学校に数学の教師として赴任した。初めての宿直の夜に寄宿生達か
ら手ひどい嫌がらせを受けた坊っちゃんは、寄宿生らの処分を訴えるが、
教頭の赤シャツや教員の大勢は事なかれ主義からうやむやにしようとす
る。坊っちゃんは、このときに唯一筋を通すこと...続きを読む

Q漱石全集と夏目漱石全集

「漱石全集」が岩波から、「夏目漱石全集」がちくまから出版されていますが、どう違うのでしょうか?
文庫本で小説は全部楽しく拝読いたしました。
興味が出てきて、漱石日記、私の個人主義を(これも文庫本)読んでいます。
今は、夏目漱石の価値観や思想観などちょっとしたことでも、もっともっと知りたい気持ちでいっぱいです。

Aベストアンサー

 こんばんは。

 仰る「ちくま」が、ちくま文庫版と仮定して回答します。

岩波:正字。旧かな。文字通りの「全集」。

ちくま:新字。新かな。難しい漢字などはひらがなにしてある。文学と評論のみ。

 『漱石日記』は岩波文庫版でしょうか。これは、新字、新かな、難しい漢字はひらがなに直してありますね。
 『私の個人主義』は、講談社文庫版かな。

 漱石の時代の雰囲気を知り、あわせて全部を見たいのであれば、#1さんの仰る通り、やはり岩波の『漱石全集』でしょう。いちばん新しいもの(第1巻が1993年)か、ひとつ前のもの(第1巻が1984年)がいいと思います。

 それからですね、
 集英社『漱石文学全集』の別巻『漱石研究年表』は、漱石の行動を、一日単位で年表にしたすごい本です。
 また、
 ほるぷ『初版本漱石文学館』は、初版本を、装丁まで忠実に復元したものです。
 また、漱石の小説は、ほとんど朝日新聞に掲載されたんですが、当時の新聞を、挿絵ごと、そのまま写真版で復元したものもあります。ゆまに書房『漱石新聞小説復刻全集』です。

 漱石のひととなりを知るには、『書簡』がお勧めです。漱石は書簡の名手で、素晴らしい手紙を数多く残しています。岩波文庫の、抜粋の『漱石書簡集』から入ってみてもいいかもしれません。

 漱石の全集は、たくさん出ていて、その歴史は、日本の全集の歴史を象徴してるといわれているんです。これを書くのに、青英舎『漱石全集物語』を参考にしましたが、そんな本が出るほどなんです。

 復刻版は、かなり大きな図書館でないとないかもしれません。最初は、岩波版『漱石全集』か、岩波文庫の漱石作品がいいと思います。

 ご参考になれば。

 こんばんは。

 仰る「ちくま」が、ちくま文庫版と仮定して回答します。

岩波:正字。旧かな。文字通りの「全集」。

ちくま:新字。新かな。難しい漢字などはひらがなにしてある。文学と評論のみ。

 『漱石日記』は岩波文庫版でしょうか。これは、新字、新かな、難しい漢字はひらがなに直してありますね。
 『私の個人主義』は、講談社文庫版かな。

 漱石の時代の雰囲気を知り、あわせて全部を見たいのであれば、#1さんの仰る通り、やはり岩波の『漱石全集』でしょう。いちばん新しいもの...続きを読む

Q坊っちゃん列車

坊っちゃん列車

8/8~8/11まで家族で旅行に行きます。松山にいるのは8/9~8/10です。
移動は自動車です。
坊っちゃん列車の撮影ポイントと方向転換をする駅を教えてください。

四国は初めてです。

Aベストアンサー

方向転換は
JR松山駅前、松山市駅前、道後温泉駅構内留置線
撮影ポイント
市役所前から松山城を背景
東堀端から県庁ドームを背景
JR松山駅を背景
道後公園まえで道後公園を背景
東堀端、西堀端、南堀端、勝山交差点、上一万駅前交差点、道後公園前、のカーブはどこも良いですね
道後温泉駅を出発するシーンを伊予銀行の前から狙うのも良いですね

坊ちゃん列車だけはなく坊ちゃん列車の連結器にも注目して下さい
日本では非常に珍しいリンクカプラーです

電車同士の交差点では車掌が信号などの補助電源用のビューゲルを操作するシーンも見物です

Q夏目漱石「こころ」の解説 

夏目漱石の「こころ」の文章の解説が載っているサイトをご存知の方、URLを教えてください!
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD24517/story.html
あらすじでよいのでしょうか?

Q坊っちゃん

昨年夏目漱石の坊っちゃんと言う本を読んだのですか内容を忘れてしまいました。なるべく詳しく教えていただけないでしょうか??

Aベストアンサー

なるべく詳しくとは?? 

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%8A%E3%81%A3%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93

読みたければ上記のリンク先にもあります。

Q夏目漱石:三四郎

三四郎には、「死」の場面が唐突に三回出てくる。
それが、この作品に暗い影をなげかけている、という話を聞いたことがあります。
読み返してみたのですが、
○野々宮さんの家で留守番をしているときに、中央線で自殺がある。
○みね子(ひらがなですみません)といるときに、野辺送りを見る。
の2回しかわかりません。
私の聞いたのがまちがいだったのでしょうか。
どなたか、この説を知っている方、もしくは、もう一箇所の死の場面を教えてくださるかたは、いらっしゃいませんか。

Aベストアンサー

その話は聞いたことがありませんが、
「三四郎」にはもう一つ、子供の葬式の場面があります。
三四郎が病気の広田先生を見舞ったあと、
原口の家に行く途中のことです。
やはり唐突にでてきます。

第10章。角川文庫クラシックスではP247ですが、
他の版ではわかりません。

Qニューヨークは田舎者の集まりなんですか?

元光GENJIの諸星和己さんが、インタービューの記事の中でニューヨークは田舎者が多いと仰られていました。またBSのある番組ではインタービューを受けていた白人の人も自分は田舎出身だと言っていました。

自分はニューヨークというと世界中から都会育ちの人が集まってくるイメージを持っていたのですが、実態は田舎者が大多数を占めているのですか?

ニューヨークで暮らしたことがある人などいらっしゃいましたら、教えてください。

Aベストアンサー

ニューヨークに住んでいたこともありますし、離れてからもちょくちょく遊びに行っている在米の者です。

諸星さんの記事を読んでみましたが、彼の真意自体は(彼の言う“田舎者”の意味が)今ひとつ分かりません。その上で私の意見を述べさせてもらうと、田舎者の集まっている所が田舎とは限りませんよね?逆に言えば、東京や大阪を見ればわかりますが、都会は普通地元の人だけでなく様々な地方(地域)から人が集まるところです。ニューヨークも間違いなく大都会です。証券取引所もあるし3つの国際空港がマンハッタンの周りにあり地下鉄やバスなどの交通網が東京並みに発達していて、アメリカ国内だけでなく海外の様々な地域から人々が集まっています。

ニューヨークが大都会として特異なところは、東京もそうかもしれないのですが、移民を含めた外国人が多すぎて反ってアメリカらしくない、シカゴの方が本場のアメリカだ、と中西部の人たちは言っています。私にはその違いが良くわかりませんが。

つまり、田舎者をよそ者と考えて、ニューヨークをよそ者の集まりの街という捕らえ方はできると思います。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140328-00000009-wordleaf-ent

ニューヨークに住んでいたこともありますし、離れてからもちょくちょく遊びに行っている在米の者です。

諸星さんの記事を読んでみましたが、彼の真意自体は(彼の言う“田舎者”の意味が)今ひとつ分かりません。その上で私の意見を述べさせてもらうと、田舎者の集まっている所が田舎とは限りませんよね?逆に言えば、東京や大阪を見ればわかりますが、都会は普通地元の人だけでなく様々な地方(地域)から人が集まるところです。ニューヨークも間違いなく大都会です。証券取引所もあるし3つの国際空港がマンハッ...続きを読む

Q夏目漱石の悟り

『漱石先生ぞなもし・続』のなかで、ある者が『先生にとって悟りとは何ですか』と問うたところ、
漱石は『彼も人なり、われも人なり』と答えたとあります。
解釈は様々でしょうが、悟りの境地には至らないが、悟った先人達もまた、人なのであるから、
自分も又いつかその境地になることも可であると言ったのではないかと私は思うのです。
が、ある本で、悟りとは我がことのみにとらわれず、人の幸せを願うことであると
漱石が語ったのだと解釈されていたのがどうも腑に落ちません。
漱石の禅とのかかわりから考えて、明治38,9年頃の漱石が悟った人として自分を捉え、
弟子にかくかくと言うとは思えないのですが
ご意見伺いたくお願い致します。

Aベストアンサー

>悟りとは我がことのみにとらわれず、人の幸せを願うことである

 これは大乗仏教での悟りの定義のひとつです。言葉で言おうとすると、大体このあたりに落ち着く、という風に相場が決まっているわけです。ただ、漱石の答えがこれを意味していたとはどうも思えません。

 漱石は禅についての問題意識を持ち続けた人です。ご承知のとおり、『行人』の最後のほうに、香厳というお坊さんのことが書かれています。聡明にして博学だった香厳は、師から「父母未生以前、本来の面目は何か。お前の言葉で言い切ってみろ」と問われて、答えに窮してしまいます。いくら頑張っても、借り物の言葉でしか答えらしいものが語れないからです。

 この香厳のエピソードを、漱石は自身の体験になぞらえて理解していたのだと思います。『門』にもあるように、彼は二十代のおりに鎌倉の寺院でぶっ通しの参禅をし、釈宗演という老師から香厳と同じ「父母未生~」の公案を示されているのです。
 漱石も何か答えようと何度か試みます。しかしその度に老師から、「そんなものは少し学問のある者なら誰でも言うことだ、もっとギロリとしたところを持ってこい」、とさんざんどやしつけられ、結局は挫折するわけです。

 聡明な人間が、ともに自分の言葉で真実を語ろうと模索するものの、師匠から「頭がいい奴は気のきいたことをいうもんだ」などといなされ、ゆきづまる。図らずも漱石は香厳と同じ境遇にたつ強烈な体験をしたわけです。恐らく漱石はそのことを強く意識したことでしょう。

 ただ、二人のその後の人生は大きく違っています。香厳は、「画餅では飢えをどうすることもできない。自分にせめてできるのは修行者の世話ぐらいだ」と、持てる一切の論書を焼き捨てて、一介の飯炊き僧として年月を重ねる生活をおくり、やがて忽然と大悟を得ます。一生をかけて彼は、ゆるぎない自分の答えを得たわけです。

 一方の漱石はといえば、参禅のあと作家として順調に大成し、名を知らぬものとてない大先生となってゆきます。けれども、恐らく心中にはあの体験が未解決のまま残されていたでしょう。だからこそ、晩年作の『行人』の中で、主人公に「自分は香厳になりたいのだ」とまで言わせたのです。似た体験を共有するはずの香厳に比してみた時、漱石には、自分には解決をつけていない問題がある、と感じられていたことでしょう。

 ところで、最晩年の漱石は、二十歳そこそこの若い雲水たちと不思議な交流を持っています。既に大家であった漱石に、「返事を下さい」と無邪気なファンレターを送ってよこした修行僧の天真爛漫さに感じるところがあったのか、手紙のやりとりをするばかりか家に泊め、いろいろと立ち入った相談まで持ちかけています。挙句、「五十の歳までグズグズしていた自分に比べ、もう既に修行しているあなた方は幸福だ、あなた方は尊い方だ」、そして「自分が死んだらあなた方に引導を渡してほしい」とも言ったようです。

 その心中について解釈は色々あるようですが、香厳の一件が漱石のなかで未決のまま残されていたことが、天衣無縫な若い雲水の姿に漱石が手もなく憧憬に似たうぶさを見せたひとつの理由ではあったと思います。
 それと同時に、晩年の漱石自身が、ちょうど書を焼いた香厳がそうであったように、日常茶飯底のふるまいをきっちりと行うことに禅らしさを感じるようになっていたのではないか、とも思います。日常を日常としておこなって何ものにもとらわれないでいること、つまり悟りうんぬんということからも自由であることが禅の目指す生活である、そういう感覚を漱石は持つようになったのではないか、それゆえに若い無邪気な僧侶の(落としたビフテキを「もったいない」といってそのまま食べるような)天衣無縫な行動に対して周囲も驚くほどにことさら共鳴したのではないか、と思うのです。このあたりは全くの想像なのですが。

 いずれにせよ、(発言の時間は少し前後しますが)そういったことをふまえて改めて「彼も人なり、われも人なり」という言葉を見ると、単に「仏も人だったのだから、私だって」と漱石が語ったのだとは受け止めにくいところがあります(用法を見ても、その意味で使うなら通常、「仏も人なりき」というように、もっぱら過去形で語る場合のほうが多い)。
 むしろ、漱石のなかでは、世間的には大先生であるはずの自分を何とも思わない若い修行僧のように、地位や名誉、利害得失や右顧左眄を離れておもねることなく、ただ球が転がるかのように日常を送ることがどうやったらできるか、ということが悟りの問題と関係づけられていたのではないかと思います。

 つまり、普段の社会は「人と人」とは言いながら、それを覆う条件が複雑に絡みすぎていて、しかも(漱石の言うところでは)小さな「我」にとらわれた個人主義の生活ばかりが営まれがちだけれども、本当に「人と人」として恬淡と毎日を生きることができないものか。「彼も人なり、われも人なり」とは、禅についての問題意識を一生持ち続けた漱石ならではのそんな思いの表われたものではないか、という気がするのです。

>悟りとは我がことのみにとらわれず、人の幸せを願うことである

 これは大乗仏教での悟りの定義のひとつです。言葉で言おうとすると、大体このあたりに落ち着く、という風に相場が決まっているわけです。ただ、漱石の答えがこれを意味していたとはどうも思えません。

 漱石は禅についての問題意識を持ち続けた人です。ご承知のとおり、『行人』の最後のほうに、香厳というお坊さんのことが書かれています。聡明にして博学だった香厳は、師から「父母未生以前、本来の面目は何か。お前の言葉で言い切って...続きを読む

Q漱石・坊っちゃんの「井戸を埋めて尻を持ち込む」とは

夏目漱石の坊っちゃんで、かなり冒頭の所、小さい頃の無鉄砲さを説明する部分で次のような一説があります。

古川の持っている田圃の井戸を埋めて尻を持ち込まれた事もある。

さて、尻を持ち込まれるとは、具体的にどういうことですか?

Aベストアンサー

抗議された、というような意味合いです。
一体どう始末つけてくれるんだ、と田圃の持ち主がどなりこんできたのでしょう。

ちなみに、尻を持つ、というと後の面倒を見るというような意味

Q夏目漱石の「こころ」について

時代の背景などを取り入れながらKは先生を。
先生はKをどのように思っているかを調べることになりました。

先生はKに対するコンプレックスはあったという風に私は受けました。

Kは先生のことどう思ってるんでしょうか??
下の25章には「Kがそのために私を軽蔑していることがよく解りました」とありますが他にヒントになるようなことありませんか??

よろしくお願いします

Aベストアンサー

いきなり身も蓋もない話で恐縮ですが、「こころ」に登場するKという人物については、「先生の遺書」の中で語られている限り、われわれ読者としては、先生の「遺書」執筆の動機や目的というフィルターを介して、しかも先生の都合によって選択・再現されたKの在りし日の言動しか知ることができないのです。

となると、そもそも

>Kは先生のことどう思ってるんでしょうか??

という疑問そのものがはたして成立し得るのでしょうか?
もちろん、「先生は、「Kは先生のことどう思ってる」と考え、「遺書」中にKのことをあのように書いたのか?」という疑問なら成立し得るでしょうが。

>「Kがそのために私を軽蔑していることがよく解りました」

これも、第三者の視点からのものではなく、あくまでも先生の側の事情や都合にもとづいてKの心中を忖度した結果でしかないですよね。
とすれば、ここで「先生自らこう判断しているのだから、確かにKは先生のことを軽蔑していた、これはKの本心だ」とはとても言えないのではないでしょうか。

ですから、「遺書」中で先生がKについて書いていることの全ては、あくまでも先生の「明治の精神」に殉死せんとの決断へと収斂することで、はじめてその意味や意義を持ってくるはずで、こうした先生の視点(都合、内的必然性)から切り離して、Kの真意なり、本音なりを推察しようとするのはいかがなものでしょうか。

いきなり身も蓋もない話で恐縮ですが、「こころ」に登場するKという人物については、「先生の遺書」の中で語られている限り、われわれ読者としては、先生の「遺書」執筆の動機や目的というフィルターを介して、しかも先生の都合によって選択・再現されたKの在りし日の言動しか知ることができないのです。

となると、そもそも

>Kは先生のことどう思ってるんでしょうか??

という疑問そのものがはたして成立し得るのでしょうか?
もちろん、「先生は、「Kは先生のことどう思ってる」と考え、「遺書」中にKの...続きを読む


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