性格いい人が優勝

先日、ある番組で中田が「サッカーをするようになって素の自分を出さなくなった、旅をして本当の自分を取り戻したい」と語っていました。これはどういうことなんでしょうか?

サッカーをすることと、素を出せなくなることは関係ないように思うのですが。

中田はどうしてそのようなことになったのでしょうか?

A 回答 (6件)

彼は10代の頃から、日本サッカーの世界では、特に注目される選手であり、リーダー的(キャプテンという意味ではなく)存在だったように感じます。

常に日本代表の中心選手で、ワールドカップの試合での報道も私なりに考えてみますと、日本チームが勝つも負けるも中田次第といった報道が多かったように思います。
試合前に中田が何をしたのか?試合中に中田が何をしたのか?ハーフタイムの時間に中田が何をしたのか(言ったのか)など、とにかく他の選手に比べると、彼の発言・行動は常にマスコミの注目の的であり(プライベートも含め)、事実でないような事も数多く記事にされたのではないかと思います。言ってもない事を言ったように報道され、考えてもいない事を考えているように報道されたりと、彼にとっても「何で?どうして?」といった事が多かったのではないでしょうか?
このような状況が長期間続くと、多くの人達は人間不信になるのではないかと思います。
その結果、怒りたくても素直に怒れない、笑いたくても素直に笑えない、言いたい事があっても素直に言葉に出来ず、言えば自分の考えとは違った意味に理解され、そして面白可笑しく、世間にとって注目されるような報道をされてしまう、それなら黙っていて自分の感情を出さない方が賢明かな、という考えになったのではないでしょうか?
そして上記の事は「サッカーをするようになって・・・」と考えるようになったのだと思います。事実だと思います。
引退しても、日本にいればマスコミの的になってしまう。ビジネス以外は、出来るだけマスコミがいない時間、自分だけの時間、プライベートの時間を存分に楽しみたい。その方法として彼が考えた事が、世界中を旅してみようという事ではないかと思います。日本とは違った世界(国)の文化・習慣・自然・人・言葉等に触れたり、見たり、経験したりする事で、笑いたい時には笑い、泣きたい時には泣き、悲しい時には悲しみ、怒りたい時には怒る、嫌な事があれば嫌だなという顔が自然に出る、その時の自分の感情を誰にも気兼ねせずに素直に出せるような時間が欲しい、あるいは子供の頃のように素直に出せるようにしたい、という事ではないかと思います。

上記の事が彼の言う
「サッカーをするようになって素の自分を出さなくなった、旅をして本当の自分を取り戻したい」
と言う事ではないかと私は思います。
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素の自分を出さない=周囲の雑音に惑わされまいと頑なに心を閉ざしてしまった選手NAKATA。


マスコミによる「勘違いされた中田」、「捏造された中田」に彼は戸惑いや怒りを持っていたようです。ベルマーレ時代、ある新聞記事に『「わざとボールを追わなかった。」と中田本人が試合後コメントした。』と書かれた事があります。
確かにそうコメントしましたが、実際の内容は『リードされて残り時間が少なく、ラインを確実に割る!と判断し、最後の攻撃の為の体力の温存、時間のロスを減らす事などを考えて「わざとボールを追わなかった。」』とチームプレーに徹した自らの理論を語ったようです。
しかし、マスコミには  悪意的とも思える「ペンの力」 で内容を捻じ曲げられてしまい。。それ以来、中田は極端にマスコミを嫌い、真実を語らなくなり、また、そのクールな対応がマスコミやファンからの反感を買い、その反感が中田の苛立ちに。と悪循環の連続となりました。バッシングの対象になった中田は、ごく一部の「信頼できるライター」にしかコメントをしなくなります。
そして、皆さんご存知の通りの「成功への道のり」を歩み始めた頃から、一転!マスコミのNAKATA騒ぎ。ここでは、今まで自分がしてきた普通のプレーを「最近のNAKATAは変わった」かのように扱われ戸惑い・苛立ちもあったのでしょう。(一場面のプレーを誇張して評価させるより、90分間…いや、シーズンを通したプレー内容で評価して欲しい。…が、評価されるのも癪に障る。)
こう言った雑音から身を守ろうとする時、人は自然と心を閉ざし、その心は病んで行くのでしょう。素の自分が出せなく。そして、その重荷を降ろした時に本当の自分が戻ってくるのだと思います。自分の大好きなサッカーが、いつしか その「重荷」になっていたのでしょう。
そう言う意味で中田英寿は「サッカーをするようになって素の自分を出さなくなった、旅をして本当の自分を取り戻したい」と語ったのだと思います。
もう一つ、中田は以前こんな事も言っていたような気がします。
「日本の記者の多くはサッカーを理解出来ていない。元々野球が好きで、野球担当でマスコミに入った人間が、人事異動でサッカーの担当に回され、良く解らないまま記事を書いている。」と。
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アトランタオリンピックの時の報道でマスコミに事実ではないことを書かれてしまいそれが原因で嫌がらせを受けたそうです。

サッカーをして世間に注目されるプレーヤーとなりマスコミに事実ではないことを書かれたせいでマスコミの前では素の自分を出さなくなりそれが相当なストレスになってたんじゃないんでしょうか?
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私は中田を「りこうな人間。

自意識過剰。我が強い。」人間と感じています。

>サッカーをするようになって素の自分を出さなくなった、

サッカーはチームプレイです。我を抑えなければなりません。

>旅をして本当の自分を取り戻したい

長年我を抑えてプレイしてきたことのストレス。またマスコミによる私生活への侵犯などのストレス。などから逃れて一人になって考えたいと言うことでしょう!
(自意識過剰、格好つけたがり屋の表現以外何ものでもありません。)

最後に中田はただの平凡なプレイヤーです。大変にりこうな人間ですが若いころよりマスコミに踊らされ、もともと唯我独尊の性格も併せ持っていた結果、世間知らずの天狗になってしまいました。
しかしりこうな人間ですから、マスコミによって創られた虚像と実像(只の平凡なプレイヤー)の間で相当なストレスがあったと想像できます。
その点は可哀想な気もします。性格が普通の自意識・自我、社交的、謙虚ならば上手く対応できたと思います。

40歳、50歳になって自分を素直に見れ、表現できるのではないでしょうか?
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 個性的な人ですから…。


 やっぱり彼じゃないとわからないような、意味深なことを言いたいのではないでしょうか…。
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近代のフォーメーションを優先させたサッカーには個性を発揮する場はなく、長年続けていたサッカーからはなれて自分のあるべき姿を求め、旅をしています。

・・・・という触れ込みです。
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