マンガでよめる痔のこと・薬のこと

石器時代の人や縄文人や弥生人はどんな食事をしていたのでしょうか。
また食べた後は歯を磨いていなかったのでしょうか。歯磨き粉に似たものがあったのでしょうか。口の中の公衆衛生はどうしていたのでしょうか。古代人も虫歯があったのでしょうか。また日本歴史の中でそのたあとから江戸時代まで歯磨きと歯磨き粉はどうやって作っていたのでしょうか。

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A 回答 (5件)

歯磨き・爪楊枝に関する研究を永年続けておられる稲葉修氏に直接お話を伺ったことがあります。


これから書くことは、その時に稲葉氏から教えていただいた知識のほんの一部です。


ネアンデルタール人の歯の化石に縦の筋が見られ、これは堅い楊枝で歯をこすった跡だと推測されているそうです。
木の枝で歯を磨くチンパンジーがいるということも報告されています。

仏教では、僧侶が常に身につけておくべきその第一に楊枝が出てきます。
釈迦(仏陀)は、体臭や口臭は心身が穢れていると説き、弟子たちに歯を磨くことを日々のお勤めとして行わせました。
そのための道具は釈迦が瞑想にふけった菩提樹の小枝を切って作られたので「歯木」と呼ばれ、サンスクリット語では「デンタカーシュッタ」と呼ばれました。
仏陀の教えはやがてシルクロードを通じてヨーロッパに伝えられ、発展して異教徒である西洋で歯科学が生まれました。歯科が「デンタル」と呼ばれる語源は釈迦が悟りを開いた木の名前に由来しています。

歯木は現在でも多くの国で使われています。歯木に使われる木は、ニームやクルミなど場所によってさまざまですが、この樹液の中に含まれるフッ素やタンニンの抽出液を使った練歯磨きも作られています。

日本でも、明治の初めまで、歯木を房楊枝と呼び、使われていました。
江戸時代に使われていたものは、一方が毛筆のように房状になっている房楊枝で、もう一方の先は尖っている爪楊枝になっており、さらに柄の部分がカーブしていてその部分で舌掃除をするようになっています。
日本で庶民に伝わったのは平安末期頃と考えられています。


大阪・河内長野にある「つまようじ資料室」には世界各国から集められた様々な楊枝や歯木、歯磨きペースト、写真や浮世絵、古い文献など貴重な資料が展示されています。もしも機会がありましたら立ち寄られるとよいと思います。

参考URL
つまようじ資料室
http://www.cleardent.co.jp/youji/index.htm

参考URL:http://www.cleardent.co.jp/youji/index.htm
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この回答へのお礼

ありがとうございます。大変勉強になりました

お礼日時:2007/03/09 01:34

江戸時代には「楊枝」というのがあるんですが, これはそのまま「柳の小枝」です. 実は柳には「サリチル酸」という化学物質が含まれているんですが, これはその誘導体の「アセチルサリチル酸」同様鎮痛作用があります.


ということで, 楊枝を使うのは (虫歯の) 痛み止めじゃないか, って説があったはず.
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この回答へのお礼

ありがとうございます

お礼日時:2007/03/09 01:34

古墳時代から存在した「お歯黒」は、虫歯予防の意味もあったそうです。


http://wpedia.search.goo.ne.jp/search/%A4%AA%BB% …

江戸時代の歯磨き粉の成分は以下のサイトに紹介されてます。
http://www.bs-i.co.jp/alpha/archive/09.html
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この回答へのお礼

ありがとうございます

お礼日時:2007/03/09 01:35

少し失礼な言い方になってしまうことを初めに誤っておきます。


ペットの犬や猫は歯磨きをしないでしょう?
それと同じ事だと思います。
(今ではペットに歯磨きをさせている人もいるみたいですが・・・)

今みたいに食生活が欧米化したり砂糖みたいな糖分が当たり前のように使われている時代です。
石器時代の頃からでも狩をして肉を食していたからもしれませんが、砂糖のような糖分は超高級品で一般庶民が普通に食べられるようになったのは第2次大戦後です。
なので、歯磨きは今現在程必須なものではなかったのでは?と思います。
定かではないですが、江戸時代では細い気の棒を現在の歯ブラシがわりにしゃぶっていたというのは記憶の片隅に残っています。

私の結論は、本当につい最近になって食生活が変わったからであって、大分昔の話では初めに書いたとおり現在のペットと同様に歯磨きをしなくても虫歯にはならない環境だったのではないのかな?と推測します。
歯に何かを擦ったりうがいをしていたり、何らかの方法はあったのかもしれませんが。。。
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この回答へのお礼

ありがとう

お礼日時:2007/03/09 01:35

>石器時代の人や縄文人や弥生人はどんな食事をしていたのでしょうか。


狩りをして肉を得たり、木の実を採って食したと考えられます。
確か、縄文、弥生時代には稲作も始まり、米も食したと考えられます。
もちろん、貝や魚も食べていたことは貝塚(その時代のゴミ捨て場)からわかっています。

>食べた後は歯を磨いていなかったのでしょうか。
いつの時代からかは断言できませんが、楊枝(ようじ)というものがあり、それを使っていたものと思われます。(少なくとも、江戸時代はあったのは知っているのですが…)

歯「ブラシ」という言い方の示すように、歯ブラシで磨くという行為は西洋的なものと考えられます。

…と思って、検索をかけてみたらありました。参考までに。
http://www.lion.co.jp/oral/8020/or802097.htm
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この回答へのお礼

ありがとう

お礼日時:2007/03/09 01:36

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Q歯磨きをしない昔の人々

 
歯ブラシや歯磨き粉は明治時代になってから生まれたと聞きます。

すると明治以前の人々、江戸時代の人々などは歯ブラシも歯磨き粉もなく、歯を磨いていなかったのでしょうか。

歯磨きをしない昔の人々は虫歯で病んでいたのでしょうか。

それで平均寿命が今より短かったのではないでしょうか。
 


 

Aベストアンサー

>歯ブラシや歯磨き粉は明治時代になってから生まれたと聞きます。

何を基準に「歯ブラシ・歯磨き粉」と言うのか?で、判断が異なりますが・・・。
他にも回答がある様に、古代から「歯磨き行為」は行なっていた様です。
紀元前1500年頃の古代エジプトでは、先を砕いた棒に練り歯磨や粉歯磨をつけて磨いていた様です。

>すると明治以前の人々、江戸時代の人々などは歯ブラシも歯磨き粉もなく、歯を磨いていなかったのでしょうか。

日本でも、縄文・弥生時代から入れ墨文化と一緒に大陸から歯磨き文化が伝播していた様です。
もちろん、江戸時代には「歯ブラシ・歯磨き粉」は存在しています。

>歯磨きをしない昔の人々は虫歯で病んでいたのでしょうか。

案外、そうでも無いようですよ。
将軍とか天皇など上級武士・貴族でないと、糖分を多く含んだ食品は食べませんよね。
結果、虫歯菌が口内で広がらない・増えないのです。
最近の研究では、オンギャ~と産まれて3年間。
虫歯菌が一定量以上増えなければ、この人は(生涯)虫歯になる確率が低いのだそうです。
そう言えば、あまり歯磨きをしないのに「虫歯が無い」方が居ますよね。

余談ですが・・・。
第14代将軍家茂は、出っ歯で最も虫歯が多かった将軍です。
菩提寺の墓を発掘した報告書では「20歳で亡くなった時の顎の骨を見ると、永久歯32本の中で親しらず1本は完全に脱落し、残り31本中30本が虫歯」でした。
糖分が多い食生活だったのですかね?
それとも、歯磨きに熱心でなかったのでしようか?

>歯ブラシや歯磨き粉は明治時代になってから生まれたと聞きます。

何を基準に「歯ブラシ・歯磨き粉」と言うのか?で、判断が異なりますが・・・。
他にも回答がある様に、古代から「歯磨き行為」は行なっていた様です。
紀元前1500年頃の古代エジプトでは、先を砕いた棒に練り歯磨や粉歯磨をつけて磨いていた様です。

>すると明治以前の人々、江戸時代の人々などは歯ブラシも歯磨き粉もなく、歯を磨いていなかったのでしょうか。

日本でも、縄文・弥生時代から入れ墨文化と一緒に大陸から歯磨き文化が伝...続きを読む

Q昔の人は虫歯になるとどうしていた?

虫歯になると、歯を削ったりして治療しない限り、自分で治療するのはほぼ不可能ですが、昔の人(平安時代や江戸時代、中世ヨーロッパなど)は虫歯になった場合どのように治療していたのでしょうか?
もしくは現在と違って、虫歯になる人はほとんどいなかったのでしょうか?
もしかして、不治の病としておそれられていたのでしょうか?

Aベストアンサー

日本では、江戸時代の初期にすでに入れ歯があったことが知られています。徳川家康も木製の入れ歯を使っていたそうです。
最も古い虫歯(らしきもの)は約20万年前のホモサピエンス・ネアンデルターレンシスで見つかっているそうです。

ただ、その頻度は低く、虫歯が大流行ともいえる頻度で発生したのは、16世紀の砂糖の大量栽培と世界流通以降のことらしいです。
日本人に関してですが、
「縄文人の虫歯を調べると、縄文時代草創期・早期には虫歯がほとんど見られないという。それが縄文時代前期以降虫歯は一般的になり、虫歯率は9.5 %に達するそうだ」
「日本で虫歯が急増したのは弥生時代(虫歯率19.8%)と現代の2回だそうだ」
いずれも考古学者の佐原真氏のコメントより
いずれも食事環境が影響するそうですが、既に9000年くらい前(見つかった遺跡を元にすると)から虫歯はあったということになります。
http://www.pluto.dti.ne.jp/~tomisawa/CariesYobou.htm
http://www.denpro.net/yoshino/minfo013/minfo013.htm
http://www.fukagawa.or.jp/knowledge/history.html
http://www.good-smile.com/kawamura/hokensika04.html
http://www.nichibun-g.co.jp/library/sha-fax/fax/05.htm
http://www.hi-ho.ne.jp/mizuno/kasetsu/kasetsu34.html
http://www.geocities.jp/dentopia21/fkanetuke.html
http://www2.chokai.ne.jp/~assoonas/UC343.HTML

日本では、江戸時代の初期にすでに入れ歯があったことが知られています。徳川家康も木製の入れ歯を使っていたそうです。
最も古い虫歯(らしきもの)は約20万年前のホモサピエンス・ネアンデルターレンシスで見つかっているそうです。

ただ、その頻度は低く、虫歯が大流行ともいえる頻度で発生したのは、16世紀の砂糖の大量栽培と世界流通以降のことらしいです。
日本人に関してですが、
「縄文人の虫歯を調べると、縄文時代草創期・早期には虫歯がほとんど見られないという。それが縄文時代前期以降虫歯は...続きを読む

Qもし現代人が江戸時代で1ヶ月生活するとしたら、何で困るでしょうか?

空想の話で恐縮です。

時代小説を読んでいて時々思うのですが、もし今の日本人がタイムマシンか何かで数百年前の江戸時代に戻り、そこで1ヶ月ほど当時の一般庶民の家に滞在するとしたら、何で困ると思われますか? あるいは何も困る事はないでしょうか?

例えば食事。 衛生状態は今ほど清潔ではなかったはず。 もしかして最初の食事で腹痛や下痢をおこし、ギブアップになるでしょうか? それとか味付け。 現代人の口に合うでしょうか? 我慢しないで1ヶ月食べ続ける事に何も問題ないでしょうか? それとか、今のように肉食はそんなにしなかったはず。 せいぜい鳥や兎の肉くらいでしょうか? あと、お酒もそうですね。 現代人に飲めますか?

匂い。 どうでしょうか? 当時の家の中や、町全体、一体どんな匂いがしていたでしょうか? そして1ヶ月間、現代人に耐えられるでしょうか?

風呂。 現代人が躊躇なく当時の銭湯に入れますか? 当時は毎日入っていたんでしょうか?

トイレ。 現代人に当時のトイレで大・小できるでしょうか? 特に女性の場合。

人によって感じ方が違うと思いますが、上に挙げた以外で 「1ヶ月滞在するとしたら、おそらく大多数の現代人にはこれが苦痛だろう、あるいは無理だろう」 と考えられるのは、どんなものでしょうか?

空想の話で恐縮です。

時代小説を読んでいて時々思うのですが、もし今の日本人がタイムマシンか何かで数百年前の江戸時代に戻り、そこで1ヶ月ほど当時の一般庶民の家に滞在するとしたら、何で困ると思われますか? あるいは何も困る事はないでしょうか?

例えば食事。 衛生状態は今ほど清潔ではなかったはず。 もしかして最初の食事で腹痛や下痢をおこし、ギブアップになるでしょうか? それとか味付け。 現代人の口に合うでしょうか? 我慢しないで1ヶ月食べ続ける事に何も問題ないでしょうか? ...続きを読む

Aベストアンサー

 下級武士のご新造さんの一日(朝のみ)。
(1)最初にご新造が起床、用便を済ませます。汲み取り便所だから臭いですね。蛆が湧いています。ハエが便所に限らず、そこいらじゅうブンブン飛び回っています。しゃがんでウンコ・オシッコするのはきついですぞ。
(2)次に井戸端で洗顔します。釣る瓶で水をくみ上げて、その水で洗顔、大体は外の吹きさらしですから、これからの季節は寒いですぞ。
(3)朝食の準備にかかります。井戸端で味噌汁の実にする大根を洗い、米を研ぎます。台所の水がめに水を張ります。ブリキのバケツではなく、木の桶で運びますから重たい。道具は何でも重たくて大変。飯炊きの釜や薬缶もアルミ製のものはありません。みんな鉄か瀬戸物です。
(4)カマドに火を着けます。火打ち石でやります。なかなか火が着かず難しいです。火吹き竹で空気を送り込んでやっと景気よく燃え出しました。飯を炊きます。一人当たり三匹の目刺をあぶります。
(5)雨戸を開けます。障子はみな紙です。ガラスではありませんので、吹き降りの日だと雨戸を閉めないといけません。昼間でも暗いです。
(6)家族そろって朝食。
(7)食器などを洗います。油の着いた食器を洗うのは大変です。ママレモンはありませんのでギトギトがなかなか取れません。水道の水でジャージャーやるわけのもいきません。
(8)井戸端で盥で洗濯します。これも大変です。

・・・女性は大変でしょう。田舎の明治生まれの女は、以上のようなことをやっていました。江戸時代とそんなに変わりません。電気(裸電球)とマッチだけが江戸時代よりマシなだけです。

>「1ヶ月滞在するとしたら、おそらく大多数の現代人にはこれが苦痛だろう、あるいは無理だろう」 と考えられるのは、どんなものでしょうか?
・・・夏場の暑いときに一ヶ月滞在すれば、参るでしょう。
・網戸がないので蚊に食われる。
・ハエがブンブン飛び回る。食卓の食べ物にハエがたかる。
・冷房や扇風機がないので暑い。雨の日は雨戸を閉めるのでこれも暑い。
・便所が臭く、人の体も臭い。
 夏場でいいことは、行水などで女性の裸を見る機会が多いことくらいかな。

 下級武士のご新造さんの一日(朝のみ)。
(1)最初にご新造が起床、用便を済ませます。汲み取り便所だから臭いですね。蛆が湧いています。ハエが便所に限らず、そこいらじゅうブンブン飛び回っています。しゃがんでウンコ・オシッコするのはきついですぞ。
(2)次に井戸端で洗顔します。釣る瓶で水をくみ上げて、その水で洗顔、大体は外の吹きさらしですから、これからの季節は寒いですぞ。
(3)朝食の準備にかかります。井戸端で味噌汁の実にする大根を洗い、米を研ぎます。台所の水がめに水を張ります。ブリキ...続きを読む

Qマリー・アントワネットは歯磨きをしていたか??

昨日 映画「マリー・アントワネット」を見ました。

ふと疑問に思ったのですが あの時代フランス人は歯磨きをする習慣があったのでしょうか。
映画の中ではお風呂に薄物を着て入っているシーン や 朝着替える時に小さいボールで手を洗うような(?)シーンが出てきたのですが 歯磨きのシーンはありませんでした。

昔 昔 NHKの大河ドラマで 織田信長が塩で歯磨きをするシーンを見たことがあり 日本人はあの時代にはすでに歯磨きをしていたのだと思うのですが フランスではどうだったのでしょうか。

思えばアメリカ人ほどフランス人は「歯を白くする」ことに拘っていないように見えます。
特にフランス映画を見ると「真っ白 白」の歯の俳優さんは少なく 特に古い時代を描いた映画などを見ると 歯をワザと汚くしていることも多いような気がします。

マリー・アントワネットは歯磨きをしていたのでしょうか。

Aベストアンサー

petitchat さん こんにちは

幾度か御目文字はあります 
語りかけは初めてでしょうか

最初にこの画像(陶器製の歯ブラシ入れ)を是非ご覧下さい
http://www.bium.univ-paris5.fr/sfhad/vol6/article01.htm
歯ブラシが大変貴重なもので、“objet de luxe" であった証
そして、あのナポレオンは銀メッキを施された柄のブラシとか
その毛は現在のナイロンではなく、猪とか穴熊の獣毛です

次に何で磨いたかです 一番有名なのはルイ15世の主治医が
作り上げた“バルサム精霊水”です これはルネサンス時代に
流行したエルキシール水をより改良して(この頃やっと衛生の
概念が確立し始める)、丁子、肉桂の皮、ミント、安息香等の
植物のエキスに、アルコールを加え、香りと消毒を兼ねてます

では、磨いたか... 磨いたと思います と言いますのは
ルネサンスの頃に、口臭を気にしたり、頬の窪みを回避で
女性のお方は、愛らしくも特に-麝香で出来た木の玉-を
口に含める習慣がありましたから その流れでそれに変え
歯ブラシと歯磨き水がより一層身近になれば、資力のある
一部の階級では、活用されたと考えられます

日に三度歯磨きをする人からの は-な-し です。。。

petitchat さん こんにちは

幾度か御目文字はあります 
語りかけは初めてでしょうか

最初にこの画像(陶器製の歯ブラシ入れ)を是非ご覧下さい
http://www.bium.univ-paris5.fr/sfhad/vol6/article01.htm
歯ブラシが大変貴重なもので、“objet de luxe" であった証
そして、あのナポレオンは銀メッキを施された柄のブラシとか
その毛は現在のナイロンではなく、猪とか穴熊の獣毛です

次に何で磨いたかです 一番有名なのはルイ15世の主治医が
作り上げた“バルサム精霊水”です これはルネサンス時...続きを読む

Q喪に服す・・・とは?

「喪に服す」とよく聞きますが、喪に服すとは何をすることですか?
または何をしないことですか?
よく聞きますが、まったく知りません。分かりやすく教えていただければと思います。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

「喪」というのは、『人の死後、その近親の者が、一定の期間、外出や社交的な行動を避けて身を慎むこと。』で、その際の「死者を弔う」の儀式を「葬式・葬儀」といいます。
この場合の「服す」というのは、『従う』ことを指します。
ですから、「喪に服す」というのは、『人の死後、その近親の者が、一定の期間、外出や社交的な行動を避けて身を慎むという風習に従うこと』を指します。

実際には、亡くなってから「忌明け」(宗教・宗派によって異なります。一般的な仏教の場合は七七日=49日間とされていることが多いです)までの『服忌期間』と、それ以降で喪に服している期間の『服喪期間』に分かれます。
亡くなってすぐ家の玄関には「忌中」という貼り紙を出しますし、年賀状を出せません-という年賀欠礼状に「喪中につき」などという言葉が遣われているのをご覧になったこともあるかと思います。

いずれにせよ、近親者が亡くなった場合、遺族はいろいろと行動を慎みます。
何をするか-というよりも、こんなことはしない・控える-というカンジです。
こちらのサイトなどにも書かれていますので、ご覧ください。
http://www5.ocn.ne.jp/~nanko/hukumokikan.htm
http://sougi.oriaca.net/2005/05/post_155.html
http://www.if-u.co.jp/memorial/chart0121.html
なお、服喪期間については、諸説様々あります。
3か月、半年、1年、いや血縁の近さによって違う、同居・非同居で違う、家単位で考える、個人で考える…などなど。
「一般的」という言葉がこれほど通用しない世界もないと思います。

現在では、葬儀が終わるまでと法要の際に喪服を着る程度ですが、昔は服喪期間中はずっと喪服を着ていたようです。
喪服から衣装を改めることを「除服(ぶくぬぎ)」といい、源氏物語などにもその記述があります。http://www.xiangs.com/Genji/Fuuzoku/fuuzoku02.shtml

「喪」というのは、『人の死後、その近親の者が、一定の期間、外出や社交的な行動を避けて身を慎むこと。』で、その際の「死者を弔う」の儀式を「葬式・葬儀」といいます。
この場合の「服す」というのは、『従う』ことを指します。
ですから、「喪に服す」というのは、『人の死後、その近親の者が、一定の期間、外出や社交的な行動を避けて身を慎むという風習に従うこと』を指します。

実際には、亡くなってから「忌明け」(宗教・宗派によって異なります。一般的な仏教の場合は七七日=49日間とされてい...続きを読む

Qいわゆる江戸時代の娼婦はどうやって避妊してたんでしょうか

コンドームのない時代にどうやってたのかな?
とよく思うんです。

事のあとで洗浄するとか、外出しですか?
(あの時代にはピンと来ない方法ですが…)
それとも妊娠の都度、堕胎したんでしょうか?

ご存知の方いらっしゃったら、教えてください。

Aベストアンサー

吉原細見というHP(http://yosiwarasaiken.net/)に「遊女と避妊(http://yosiwarasaiken.net/moyou/hinin.html)」というサイトページがあります。それによりますと…

遊女(吉原の花魁などの幕府公認遊興場の売春婦=女郎;深川・辰巳などの岡場所の売春婦は売女と言った)の世界では妊娠は恥とされていた。当時は絶頂を迎えると妊娠しやすいと言われていたため「男に負けた」的な捉え方をしていたようです。
避妊の方法は「洗浄」「薬」「灸」それに「道具」。道具は男性用として大人のおもちゃのようなものと、女性用として御簾紙という薄い髪を丸めたタンポンのようなものとがあったそうです。いずれも紙製の頼りないもので避妊率は極めて低い、ほんの気持ち程度のものでしかなかったようです。
それでも妊娠すると堕胎する場合がほとんどだったそうで、場合によっては遣り手(遊女を取り仕切る年寄り女…「遣り手ババア」は吉原のこの役職の女性が語源)に強引に堕胎させられていたとか。当然ダメージを負った女性の中には性病や容姿の悪さなどで追いやられた遊女達と一緒に羅生門河岸という最下級の場所に送られたとか。

…というと江戸時代=昔=封建社会という背景も助長して「女性がとても虐げられている」というイメージが強いですが、実は江戸市中でも最も女性が強かった地域でもあるのです。特に花魁ともなると容姿はもちろん最高級の教育を受けた教養の高い女性であり、「源氏物語は、全部読んでありんす」というスーパーウーマンであり、それぞれの廓屋の看板であり、身分の高い武家階級や大金持ちの大店の主人を相手にするにふさわしい女性であったのです。
廓屋が大枚を叩いて徹底的な教育を仕込む所なんざ映画「プリティ・ウーマン」を思い起こさせますが、あの程度の金の掛け方では花魁の簪ひとつ分くらいじゃない?というくらい破格のものでした。今風に言えば伊東美咲に叶姉妹やマリエやデヴィ夫人や西川先生の持っているそれぞれ10倍くらいのものを与えちゃった、って感じです。
おまけにこれだけのスーパーウーマンだから、誰でも床入りできるような「安い女じゃない」のです。なんと花魁が気に入らなかったら床入りを拒否出来ちゃったんです。「いっくら金積んだって、あちきはあんたみたいな下衆とは、お断りでありんす」だったんですな。それだけに花魁目的で廓屋に通う男達は身だしなみに気を使いセンス良く知的におしゃれして花魁に気に入られようと必死だったのです。事実一生処女のまま生涯を閉じた花魁もいたのです。

それなりに格のある身分の遊女はおいそれと抱く事はできなかった、というわけですが…今の時代もそうですね。銀座の高級クラブはもちろん六本木の超有名キャバクラ嬢だって、気に入らなきゃ「おめえとなんか寝ないよ、バーカ」です。故杉浦日向子さんは「江戸時代の江戸市中は女性主導の社会だった」と指摘している通り、実は花のお江戸は女性によって成り立っていたようです。それが男尊女卑に一変したのは明治維新以後…長州と薩摩の習慣が入ってきたせいかなぁ、と個人的には考えています。
もちろん廓屋という特異な世界では劇になるような悲惨な面もありますが、実は現代とさほど変わらない面もたくさんあるんですね。

吉原細見というHP(http://yosiwarasaiken.net/)に「遊女と避妊(http://yosiwarasaiken.net/moyou/hinin.html)」というサイトページがあります。それによりますと…

遊女(吉原の花魁などの幕府公認遊興場の売春婦=女郎;深川・辰巳などの岡場所の売春婦は売女と言った)の世界では妊娠は恥とされていた。当時は絶頂を迎えると妊娠しやすいと言われていたため「男に負けた」的な捉え方をしていたようです。
避妊の方法は「洗浄」「薬」「灸」それに「道具」。道具は男性用として大人のおもちゃのようなもの...続きを読む

Q昔は何歳くらいからお酒を飲んだの?

昔は何歳くらいからお酒を飲んだの?

現代では未成年者の飲酒は法律で禁止されていますが、
奈良時代~江戸時代など、昔はどうだったのでしょうか?

法律だけでなく、例えば15歳くらいでお酒を飲むことがあったのかとか、
貴族など富裕層だけでなく、農民なども飲むことがあったのかとか、
風俗・習慣的なことも知っていたら教えてもらえるとありがたいです。

Aベストアンサー

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

>>奈良時代~江戸時代など、昔はどうだったのでしょうか?

奈良時代:
21~60歳の男子を「正丁」(せいてい)と呼び、労役や物納を課しました。ただし、17~20歳の男子を「少丁」(しょうてい)と呼び、正丁の4分の1を負担させています。
この17歳位から飲酒が認められました。

平安時代~戦国時代:
15歳前後で成年の儀礼を終えた者が一人前の成人と見なされていました。
領主への村全体の誓約書に署名できる者は15歳以上とか、一揆への参加者は15~16歳といった記録が残っています。
この成年の儀礼とは、武士階級などでは「元服」と呼び、農漁村では、若い男子は「若衆仲間」、女子は「娘仲間」という組織に加入し、「若衆宿」「娘宿」と呼ばれる家で成人に必要な社会的訓練や性教育を受ける慣習がありました。祭礼や消防、治安などもこの組織が担いましたが、入るのは15歳から。
しかし、庶民も次第に「元服」という言葉を使うようになりました。
この「元服」を終えた者や農漁村での「若衆仲間」「娘仲間」で飲酒が許されるようになりました。

江戸時代:
15歳前後の「元服」を終え、前髪の取れた者が飲酒できました。

明治時代~:
明治29年(1896)の民法で現在の20歳に決められました。これはフランス民法の規定にならったとも、古代中国の「礼記」(らいき)に「男子20なれば冠(かんむり)して字(あざな=名乗り)す」とあるからだともいわれます。中国では男子20歳を「弱」といい、「弱冠」(じゃっかん)という言葉はここから来ています。

「若衆が 水に肴の とりあわせ」
と、江戸時代の狂歌にもあるように、いつの時代でも、未成年者の飲酒は耐えませんね。

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

>>奈良時代~江戸時代など、昔はどうだったのでしょうか?

奈良時代:
21~60歳の男子を「正丁」(せいてい)と呼び、労役や物納を課しました。ただし、17~20歳の男子を「少丁」(しょうてい)と呼び、正丁の4分の1を負担させています。
この17歳位から飲酒が認められました。

平安時代~戦国時代:
15歳前後で成年の儀礼を終えた者が一人前の成人と見なされていました。
領主への村全体の誓約書に署名できる者は15歳以上とか、一揆への参加者は...続きを読む

Q1GBはYouTube視聴何分にあたりますか?

スマホでYouTubeを見ていると、1GBを超えてしまい、通信制限されることがあります。
スマホでYouTubeを視聴する場合、1GBはだいたい何分くらいにあたるのでしょうか?

Aベストアンサー

画質が360pの場合で約2時間とされています。

格安SIMの先駆けである日本通信が、1GBで何がどれくらいできるか、説明ページを作っており、これがとても参考になります。
http://www.bmobile.ne.jp/fair/about_1gb.html

5分強の動画だと、24本の視聴で規制基準に達します。

Qベジタリアンたちはタンパク質はどうやって摂っているのでしょうか?

栄養のことを調べていたらベジタリアンに少し興味が出ました。
人間にはタンパク質の摂取が必要と思いますが、ベジタリアンはタンパク質はどうやって摂っているのでしょうか?
大豆などの豆類を多く摂っているのでしょうか?
だとしたら、かなり大量の豆類だと思いますが、どうなんでしょう?

Aベストアンサー

人間が必要とする必須アミノ酸は大豆で全部摂取できます。
ですからタンパク質という観点では大豆さえ食べておけば全く問題ないです。

問題なのは必須脂肪酸の方ですね。ベジタリアンだとアラキドン酸、DHA、EPAといった動物由来の必須脂肪酸が全く摂取できなくなります。

普通の人なら植物由来の必須脂肪酸からこれらの脂肪酸を体内で非常にゆっくりながら合成できますが、ときどき遺伝的にその能力を持っていない人がいます。その能力のない人は結構な比率で存在しています。

こういう人がベジタリアンになると問題が起こります。アラキドン酸やDHA、EPAは脳の神経システムを構成する上で必要となる脂肪酸で、摂取しないと神経障害を初め、躁鬱、双極性障害等々が悪化する場合もあります。

ベジタリアンは誰でもなれるものではありません。人間は肉食を通じて脂肪を蓄える能力を身につけた結果、進化の過程で脳の重量を増やし、創造性豊かな複雑な脳神経システムを手に入れたのですから。


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