14歳の自分に衝撃の事実を告げてください

先日、筑紫哲也がニュースで慰安婦問題のことで持論を述べていました。
吉田栄作の言葉の「良き敗者」を引用して、慰安婦問題も良き敗者となり認めろと言うのです。
有った事、無かった事をシッカリ別けて上で認めうことは認めれば良いのではないでしょうか?

現在、どんどんと戦争体験者が亡くなっています。
早いとこそのときの体験を調べないと、またある事ない事を勝手に認めろって事になると思うのですが、どう思いますか?

A 回答 (9件)

ロシア軍による戦地での現地女性の強姦が多発したことが"従軍慰安婦”という制度をつくった理由です。


日本軍の軍人が、現地の女性を強姦したりするとその後の統治に支障を来すと考えたからです。
自分の妻や娘を強姦されたらたとえ敵軍であっても立ち向かいますよね?普通の男なら。

当時、公娼制度は合法でした。”従軍慰安婦”は戦地版の公娼制度です。

日韓併合前は初潮前の少女が売春婦にさせられていたという。
=”また、大韓帝国の時代までは初潮前の少女を妓生とすることも多かったが、韓国併合後に少女を妓生とする事は禁止された。”
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%93%E7%94%9F
>wikipedia「妓生」より抜粋

当時の朝鮮はとても貧しく、儒教の影響で男尊女卑が強かったそうです。朝鮮半島では高麗時代からシナへの貢ぎ物として若い未婚の女を贈っていたそうです。(貢女)そうです。朝鮮半島では女性はまるでモノ扱いだったのです。名前さえ与えられなかった女性も居たそうです。

半島自体がまずしかったので、お金のために娘を売る親は珍しくありませんでした。”従軍慰安婦”の強制連行については業者にだまされたりとか、親が金のために娘を売ったとか、そういうケースならたくさんあったと思います。ですので娘を売るのは何とも思わなかったのではないでしょうか?実際、貢女というのがありましたし。こういったケースも強制と言えば強制かもしれません。

ただし、日本軍が朝鮮女性を強制的に慰安婦にした、というのは完全にデマです。そんな事しなくてもすでに述べた理由で朝鮮人慰安婦はたくさん集まったからです。戦地での慰安婦は内地での慰安婦よりもたくさん稼げました。ハイリスクハイリターンというやつです。2年も働けば一生食べていけるほど稼げたそうです。戦後日本の郵便局に預けたお金を支払えと訴えた慰安婦がいたそうですが、家がいくつも建てられるほど稼いでいたことがわかっています。たくさん客を取っていた女性は日本軍の将校の10倍以上も稼ぎが良かったそうです。慰安婦を辞めて帰りたければ変えることも出来たし、慰安所での生活は豊かであったと連合軍側の聞き取りで明らかになっています。なかには結婚を申し込まれて一緒になった慰安婦と兵士もあったそうです。

旧日本軍の慰安所はたんなる戦地版の公娼制度です。業者に慰安婦を管理させていました。慰安婦をしたくない女性に働かせないように指導をしていました。オランダ人女性を無理矢理働かせた日本人は戦後罰せられました。

にもかかわらず従軍慰安婦で日本を批判する韓国ですが、自らやったことはどのように説明するのでしょうか?

韓国軍のやったことは単純に強姦です。「ライタイハン」をwikipediaで検索してください。ベトナム戦争における韓国軍の数々の強姦で韓国人とベトナム人の混血児が少なく見積もっても5千人おり、かれらは敵国の子とさげすまれて社会問題になっています。

さらに韓国には国営の売春宿までありました。日本軍の場合は業者に経営させていましたが。
外貨獲得のためとはいえ、韓国は政府自ら米軍に売春婦を提供していたとは、、、^^;

=”2009年1月8日にニューヨークタイムズ紙は「韓国は在韓米軍に『慰安婦』を提供していた」との記事を掲載した。記事の中で「韓国自体の歴史を厳しい目で検証せずに日本から賠償を求めるのは偽善だと、歴代韓国政府を非難している」「韓国政府は、米軍相手の大手売春斡旋業者でした」などと、レポートを裏付ける女性たちの証言が列記されている”
>「朝日新聞が報道した『日韓併合』の真実」/水間政憲(p53)より

=”当時、駐留米軍に対する風俗店は、朝鮮語でヤクザと呼ばれる非合法の犯罪組織が関与しており、莫大な金額が地下に流出していた。これを一斉に摘発し、新たな国営の娼館制度を代わりに据え、外貨獲得を行った。これが便宜的に国営妓生と呼ばれる制度であり、更なる外貨獲得を目指して、一時はベトナム戦争時など海外にも派遣された。”
>大韓民国の妓生 wikipedia「妓生」より
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%93%E7%94%9F# …
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「講釈師、見て来た様な事を言い」的に思い込み中心に「お互いが罵り合う」というのは、こんな大事な事柄に於いては最低でしょうね。


 戦争という行為(戦地で目が飛び出し、内蔵が飛び出し、肉片だけになった人間を見て自分もそうやって死ぬ恐怖を強制的に味わうor味あわさせられる、という意味)そのものを知らない人々が国策の中心を(そこら辺のおっさん、おばはんが嬉しそうに強制自決も慰安婦もこの美しい日本には汚らわしくて有るわけおまへんやろが!てな調子でわめいてるのは言論の自由かも知らんが・・)任されて、日本人は立派でそんな汚れた行為は絶対無いんじゃ!と子供の様に嬉々として喋っている事自体「大変、おつむの程度がお高い」なぁ、と感じている次第です。しかし私自身、国防問題については大変重要と思っており、アジアだけでなく諸外国の政策や、諸人民の(常にどう転ぶか判らない人間的な)動きを「人類皆兄弟」的な見方で「戦争なんて、もう日本とは誰もやんないよぅ」とは絶対信じ難い。戦地で頭プッツン前後不覚になり(国に居たらエエおっちゃんや兄ちゃんやのに)敵を殺しまくってナンボのもんや的になり易いタイプの兵隊を粗製濫造する事、を目的としない「国に居(有)る自分の愛する者(物)」が危ない時に「何とかせにゃ」という、きちっとした国防軍を創設する事は大賛成なのです・・が、戦中の犠牲者を徹底的に悼み、あった、なかったと低次元で踊らずに「迷惑をかけた事」と反省する「国家の良心」が見えればねぇ・・・まぁ、ドイツの様な国軍を創るのは、まだ100年以上かかるかもな。
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「強制なしに誰が慰安婦になるというのだ」―元皇軍兵士父の遺言 安倍発言を怒る


1993年夏。父逝去の3ヶ月前、日本の某大手メディア企業に心底愛想を尽かし、仕事のあてもなく衝動的に依願退職する1年前のことだった。死の床にある父を見舞った際、フィリピンに初めて訪問したことを伝えた。これを発端に、当時メディアを賑わしていた従軍慰安婦問題が話題となった。父曰く。「わしは満州で慰安婦の管理を担当したことがある。彼女らは日本軍の命令を受けた指名業者が強制連行してきた。業者も慰安婦も砲弾飛び交う戦地に強制なしにどうして自発的にやってくるのだ」。その言葉には怒りが込められていた。当時の日本のメディアが「民間業者が慰安婦を(商いとして)自発的に戦地に連れてきた」との政府の「公式見解」を垂れ流していたからだ。(花崎渉) 
 故人は1914年生まれ。「青年期を戦争に身を“捧げた”」いわゆる大正っ子世代である。専門学校中退後、20歳で現役召集された。徴兵期間中、上官に勧められて、あの小野田寛郎さんと同じ陸軍予備士官学校で学んだ。修了後は砲兵となり、朝鮮半島、旧満州、上海、インドシナ半島、重慶などアジア各地の戦線を10年以上転々とした。真珠湾攻撃から1ヵ月後には上海からマニラに入り、数ヶ月滞在した。直接関与した満州だけでなく、フィリピンでも従軍慰安婦の「招集」に間接的に関わったと語った。フィリピンでは日本軍の担当将校が業者を指名するとともに、業者とともに慰安婦集めに兵士が関与したと断言したことは脳裏にはっきりと焼きついている。 
 先日の日本の内閣総理大臣安倍晋三の「軍が直接強制したとの証拠はない」との発言報道に接して全身から怒りが湧き起こってきた。敗戦後10年以上も経って生まれた2世議員。日本が欧米列強にキャッチアップする手段として選択された近代天皇制が内包していたファシズムと侵略戦争の不可避性という歴史への省察はもとより、一度も世間を底辺からのぞいたことも、ましてや貧困がいかなるものであるかを体験したこともない「お坊ちゃま」世襲議員である。弱者の立場、心情を知らないが故に、観念だけで容易にナショナリスト、タカ派になれるのだ。世襲議員が「支配」する永田町が超保守化する所以である。 
 確かに、先の見舞いから間もなく、03年8月に当時の河野官房長官談話が出され、日本政府は父の遺言通り1部にしろ「軍の直接、間接の関与」をいったん認めた。ところが安倍発言は定義が変わったとして、政府見解を「業者が強制した」「軍が業者と関わった」と狭めてしまった。そのうえで、「憲兵などが直接強制して現地女性を慰安婦にした証拠は認められない」と詭弁を弄して「(事実上)強制はなかった」とまで強弁した。 
  仮に百歩譲って「軍が慰安婦集めに直接手を下さなかった」としても、旧日本軍が強制して女性を連行したことに変わりはないでないか。安倍を典型とする戦後の豊かな世代に育ったニューナショナリストの精神構造はわれわれの理解をはるかに超えている。A級戦犯としての処刑を偶然に免れ、首相にまで上り詰めた妖怪の異名を持つ祖父岸信介らの影響だけでは説明がつかないものを感じる。 
  亡き父ら慰安婦問題に直接関与した旧皇軍兵士らの大半が草葉の陰から安倍の詭弁に憤怒の声を上げていることだろう。死の床で父はこうも言った。「軍は戦地への慰安婦連行をいやがる業者に強制した。前線・戦地の外にいる軍が民間業者に無理やりに協力させて現地女性を戦地まで連行したのだ」と。安倍の「(軍直接関与の)証拠はない」との発言は何に依拠した断定なのか。管見する限り、これを追及した日本のメディアはない。相変わらず転向主義者特有の理念なき「客観」報道を続けている。 
  父はビルマ(ミャンマー)で「ありとあらゆる種類のマラリア病原菌に罹患した」(主治医)。敗戦後は強烈な反戦主義者となった。幼少のころの夏休み。8月15日の「終戦記念日」が近づくと耳にたこができるほど10年を超える従軍生活での悲惨な体験を語り、「2度とあんな馬鹿な戦争はするものじゃない」が口癖だった。戦死した同僚だけでなく、父らの後方からの砲撃で内臓を体外にむき出しにして悶絶している中国人兵に遭遇すると合掌しながら安楽死させたという。 
  1950年代半ばになると父は断続的に原因不明の高熱に襲われ始め、「マラリア後遺症の疑いあり」と権威ある旧帝国大学医学部教授に診断された。やがて大学病院のモルモット患者となり、またまた数え切れないほどの抗生物質を実験投与され、体調はさらに悪化した。当時で年間10万円にも満たなかったはずの軍人恩給支給額では仕方のないことだった。歴史を詭弁でもって歪曲する安倍発言は父ら恵まれなかった「大正っ子」の生涯をも冒涜するものである。
PS,回答者
 まだ生きている人たちも、自分の過去の過ちをいまさら証言できなんですよ。安倍さんのおじいちゃんは岸信介。そんな父を持つ安倍首相のママちゃんみたいな考えが日本を駄目にしているんでは?
他の回答を読み恐ろしくなります。
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この歴史認識はたしか、政府がしっかりと調査して、


「従軍」慰安婦はなかったという結論がでたんじゃなかったでした?
ただ、マスコミがしっかり報道しないだけで。
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私も質問者さんがおっしゃるように、今のうちによく調べないといけないと思います。


こちらの人の言う事を聞くと、ああ、そうなんだと思い、別の人の言う事を聞くと、ああ、そうなんだと思い、私はよくわからないのですが、私は仕事で韓国の人と長くつきあってきましたが、どうも韓国の人は大げさに話をする人が多いです。もちろん全員が全員ではありませんが、その傾向が大変に強いです。例えば、2回やったことがあることや、経験したことがあることは、1000回やったとか、経験があるとか言うんです。最初は間に受けて、本当に1000回なんだ、と取ってたのですが、話のつじつまが合わないことがすごく多くて、あ、大げさに言ってるのか、とだんだん分かってきました。2回を1000回に言うのは日本では「ほら」と言いますが、どうも韓国ではそれほどおかしくもない、表現のひとつのようなのです。たとえば、チェ・ジウ主演の「真実」というドラマでも、ソン・ジチャンという俳優がチェ・ジウにポケベルをプレゼントする時、数は忘れましたが現実にはありえない数のポケベル店をまわって探したのだと言います。日本語訳は元の韓国語とはだいぶ違ってました。ありえないのに、チェ・ジウはそれを聞いて、にこにこ笑って受け取ります。大げさ表現が普通のことばになっているわけです。他にもこの大げさ表現はあまりに日常的過ぎて例をあげきることはできません。
だから、証言も本当にそのまま聞いていいのか考えてしまいます。だからこそ、客観的証拠というのが重要になってくると思います。
日本政府がないと言っていた資料が厚生省から2年前くらいに見つかったことがありましたし、いろいろな立場、意見の方たちが、今のうちにしっかり調べるのが必要だと思います。
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このニュースを見ていませんが、もしこれが事実なら、筑紫哲也の勇み足もいい加減にしてもらいところです。


歴史的事実というものが単なる当時の証言だけで成り立つものであるならば、まして「軍・官憲による強制連行」という公的機関が関わっているような場合、当時の証言が恣意的に為される可能性が極めて多いことを考えれば、当時の記録とか、公文書とかがいらなくなってしまいますので全く歴史的事実の体を為さないものになってしまいます。
確かに性質上、当時の証言だけしか得られないようなケースもあります。例えば、大江健三郎の「沖縄ノート」(岩波書店)の中で渡嘉敷島の集団自決が軍の命令で行われたと記されていますが、昨年この証言が事実でない事が判明しました。慰安婦の問題は、その強制連行を裏付ける証拠が発見されない以上軽々に強制連行があったと言うべきではないでしょう。

マスメディアの偏向報道の視聴者に対する影響は極めて大きいので、国民一人ひとりが厳しい目で見ていかなければならないと思います。

参考URL:http://blog.satohs.jp/200609/article_81.html
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前回の調査で、かなり頑張ったらしいので、証拠となるものはもう難しいでしょう。


証言は、証拠とはなりませんが集める事は出来ます。
しかし、強制しなかったという証言が多く集まったら、どうなるのか?
竹島問題も、韓国が実効支配しているから問題が小さくて、
国際裁判所で日本が勝ってしまった方が、問題が大きいかもしれない
白黒ハッキリつけると(日本が有利になると)政治は問題が大きくなる。
正しく歴史として検証したいなら、学者が頑張るしかないと思います。

きっと、平和じゃなければ、どんな場所でもレイプは起こるのです。
レイプのない戦争はないでしょう。
在日米軍で沖縄の少女をレイプした人はアメリカに帰ったし
こんなこと、たくさん起こってます。(きっと今はイラクで起こってる)
慰安婦は韓国の人が騒いでるけど、その韓国軍人はベトナムでレイプして
多数の子供をベトナムに置いてきて、謝罪も対処もしてません。
こんな人たちに言われたくないな、とは思うけど
慰安婦を苦しめた一因は日本にもあると思うので謝罪しても良いと思うし
謝罪したことを継続する状態でも構いません。
アメリカや韓国が人でなしだからって、日本まで同じことする必要も無いし
全くなかったことじゃないと思う。
中国がでっち上げて、今年には映画も公開される「南京大虐殺」よりは
まだ、可能性が高い話だと思います。
(犠牲者数は年々増え、南京の人口を上回ったのには、さすがに呆れました)

私がTVの話を聞いていて1番納得した今回の展開は
日本が敗戦国だ。という事実が起こしていることだという事。
日本は証拠は見つからなかったが、悲しい出来事が起こったのは確かだろうから
政府として、謝罪も慰安婦基金としてお金も渡しています。
ですから、この2点をしたことを言い続けて
政治問題に利用させない方が良いと思います。
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> そこでアメリカは日本に慰安施設を作るように命令したと言われています。


> これと何処が違うのでしょうか?

全く違います。大東亜戦争中の慰安婦は、民間企業が雇用した私娼で、報酬は慰安所経営者から受け取りました。これに対して戦後のRAAは日本政府が彼女たちを雇用(公娼です)して米軍に売春させたのです。本当の意味で問題のある慰安婦問題です。
ちなみにRAAに雇用された日本人慰安婦は約5万5千人で、この内7割が淋病や梅毒に感染しました。

また、これ以外にも私娼をしたり芸者で米兵の日本人妻になった方が多数おります。有名人では衣笠元選手、団時朗、山本リンダです。
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戦争中、慰安婦がいたことは事実なのでだれも否定できません。

当時、売春は合法だったし、韓国・北朝鮮は日本の領土だったわけです。一方、当時、日本領土だった台湾出身の慰安婦はいなかったのでしょうか。おそらくいたと想像します。しかし、韓国と比較すると大きな声で日本政府を非難していないように思います。

慰安婦問題というより、慰安婦の管理の問題を議論しようとしているように思います。最終的に、日本政府からお金を取ろうという魂胆ではないでしょうか。元慰安婦に対する援助なのか、6ヶ国協議で北朝鮮支援を開始させる口実なのか判りませんが、日本政府からお金を取ろうという姿勢しか見えてきません。

結局、この問題に対する日本政府あるいは日本人の過去の曖昧さが問題を複雑にしているように思います。外国に気兼ねすることなく、日本政府の考えを主張すればいいように思います。外国の軍隊が駐留した場合、かならず慰安所が設置されているよ思います。日本以外で、慰安所や慰安婦に対して補償を求められた国はあるのでしょうか。また補償をした国はあるのでしょうか。おそらく皆無ではないでしょうか。恥部を自ら曝すような行為はやっていないのではないでしょうか。

質問の答えになっているか否か判りませんが、以上のように考えます。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
戦争で慰安所が無かった場合、ほとんどの戦争で現地女性の強姦事件が起こると聞きます。
三宅さんが言っていたのですが、戦後日本がアメリカの占領下に有った時、アメリカ兵の日本女性への強姦事件が3万件もあったそうです。
そこでアメリカは日本に慰安施設を作るように命令したと言われています。
これと何処が違うのでしょうか?
不思議でなりません。

お礼日時:2007/03/20 16:58

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