よく「申し訳ございません」という言葉を耳にしますが、
これは日本語として正しい表現なのですか?

「申し訳ありません」とどちらが良い表現なのでしょうか?

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A 回答 (7件)

【申し訳】が「ある」「なし」、「あります」「ありません」、


「ございます」「ございません」で言葉が成り立っているのではなく、
【申し訳な・い】というひとつの言葉ですので、
「【申し訳な・い】ことです(ことでございます)」
「【申し訳な・い】ことになった(ことになりました)」
「【申し訳な・く】思った(思っております)」
「【申し訳な・さ】でいっぱいです」
などと表現出来るかと思います。
ちなみに、「【申し訳】がある・あります・ございます」のような言い方はないと思います。

最近は誤用がひとり立ち(?)すると認めることにするきらいがありますが、
【申し訳】を独立させて「有・無」で表現する言葉を作れば、
「ございません」も「ありません」も、全部OKのような気もしますが、
やっぱり「【申し訳】あります(ございます)」は無いですネ。
さて、誤用がどの辺からOKなのか不明です。

ま、他人の事はともかく、気付いた事を得したと思って、
自分だけ正しく言うように気をつけて居れば良いのではないでしょうか。

似た言葉で、
○「かたじけない」はあるけど、×「かたじけある」なはい。
これも同様で、時代劇でも「【かたじけない】事でござる」という台詞は
耳に馴染みますが、「【かたじけ】ござらん(ござる)」は馴染みません。
もし出てきたら誤用でござるかも知れません(小笑)。
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この回答へのお礼

非常に詳しい回答、どうもありがとうございました!

厳密に文法と照らし合わせてみると、私たちの使っている言葉は間違いだらけなのでしょうね。

お礼日時:2007/07/21 20:43

再びNo.6です。



辞書にも載ってました。【申し訳ない】でひとつの形容詞です。
【申し訳な・い】(形)
【申し訳な・が・る】(動ラ五)
【申し訳な・げ】(形動)
【申し訳な・さ】(名)       のように使います。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%BF%BD …

【申し訳】を独立した名詞で使う場合は、
「【申し訳】をする」
「【申し訳】がたつ」
「【申し訳】程度の雨が降る」
「【申し訳】ばかりのお礼」
「【申し訳】がない」       のように使います。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%BF%BD …

よって、「【申し訳】ありません」「【申し訳】ございません」は誤用で、
「【申し訳】がない」「【申し訳】がありません」「【申し訳】がございません」
のように使う事になりますね。
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この回答へのお礼

納得しました!

詳しい回答どうもありがとうございました!

お礼日時:2007/07/21 20:45

はじめまして。



ご質問1:
<よく「申し訳ございません」という言葉を耳にしますが、
これは日本語として正しい表現なのですか?>

正しい表現です。

(1)「ございません」は「ござりません」が音便化したものです。

(2)肯定形「ござる」は「ある」の丁寧語です。

(3)「ありません」は「ない」の丁寧表現のひとつですが、「ございません」はさらに丁寧な表現になっています。

(4)原義は「申訳ない」ですが、それが丁寧語として、「申し訳ないです」→「申し訳ありません」→「申し訳ございません」と、より丁寧に変化したものです。

(5)「ない」は=「ありません」ですから、「申し訳ないです」→「申し訳ありません」の流れは間違っていません。


ご質問2:
<「申し訳ありません」とどちらが良い表現なのでしょうか?>

どちらも敬語を用いているので、失礼にはあたりません。状況により、敬意を必要とする場面では、「申し訳ございません」の方が好ましい場合もあります。

以上ご参考までに。
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この回答へのお礼

大変詳しい回答、どうもありがとうございました!

日本語は難しいですよね。特に敬語は注意しなければなりません。
特に失礼でなければさほど神経質になる必要はないのでしょうか・・・

お礼日時:2007/08/04 05:39

どちらも正しい日本語です。


「~ございません」のほうが「~ありません」よりもいっそう丁寧だという違いがあるだけです。

なお、質問から離れますが、近年、「申し訳ない」は一個の形容詞なので、「申し訳ありません」、「申し訳ございません」はともに正しくないという主張を目にします。
まったくの謬説です。
「申し訳ないことをしました」は「申し訳(の)ないこと~」でこれはこれでまっとうな言葉遣いです。
しかし文末で「申し訳ありません。」というのを誤りとするのは妥当とは言えません。
文語では格助詞が表に出ないので、口語なら「申し訳がない」と言うところを「申し訳無し」といい、「異常無し」と言いました。
これが口語にそのまま受け継がれたものです。
「勿体ない」などのように形容詞になりきったものとは違います。
「お変わりなくお過ごしでしょうか」の「お変わりない」が一個の形容詞ではないのと同じです。
「お変わりございませんか」
「差し支えありません」
「そうに違いありません」
みな正しい日本語です。

「申し訳ないです」などという誤形を用いるより、「申し訳ありません」のほうがはるかにりっぱな日本語であり、なんら“問題ありません”。
*「問題ない」は一個の形容詞ではなく、「問題(が)ない」の格助詞が表に出ていないだけですね。
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この回答へのお礼

詳しい回答どうもありがとうございます!

お礼日時:2007/08/04 05:41

どちらも正しい表現だと思います。



「申し訳ない」で一語の形容詞とみる見方もあるのでしょうが、「申し訳」だけでも名詞として立派に使える日本語ですから、「申し訳(が)ありません」を間違いとするのは、私の感覚では変だと思います。


ちなみに、こちらのオンライン辞書では「一概に間違いとは言えないであろう」としています。
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E7%9 …

こちらでは、「申し訳ありません」という例文を載せています。
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E7%9 …
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます!

お礼日時:2007/08/04 05:41

私の聞いたところでは、「申し訳ない」という形容詞が本来の形なので、「申し訳ありません」「申し訳ございません」のいずれも誤用とのことでした。



ただ、おそらくは「申し訳」を名詞と捉えての「申し訳ありません」「申し訳ございません」が一般化しつつあるため、誤用と断定し難くなってきているのかもしれません。現に、マス・メディアなどのうちことばにある程度気を遣うべきケースでも、これらの「誤用」表現を使っていることがしばしば見られます。

そして、いずれも正しい表現といえる、ないし正しいとまではいえないが許容できる表現だといえるのなら、「ございません」を付けたほうがより丁寧な響きがありましょう。
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この回答へのお礼

詳しい回答、どうもありがとうございます!

お礼日時:2007/08/04 05:42

「あります、ありません」を「ございます、ございません」にするかしないかというだけで、どちらも正しいのではないでしょうか?


相手がより目上の場合に「申し訳ございません」を使うのが良いと思います。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます!

お礼日時:2007/08/04 05:43

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Q「申し訳ありません」と「申し訳ございません」?

手紙や葉書、メールや日常会話などで、よく耳にする「申し訳ありません」と「申し訳ございません」、いったいどう違うのですか?教えてください。

Aベストアンサー

「あります」と「ございます」の否定ですね。
「あります」と「ございます」についての質問の答えがありますから、それを参照なさるとよいでしょう。
→ http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1416546789

Qそれ以上でもそれ以下でもないという言葉は日本語表現として正しいのでしょ

それ以上でもそれ以下でもないという言葉は日本語表現として正しいのでしょうか。
上のような言葉が使われる場合は、まさに【それそのもの】だということを言いたいんだということはわかるんですが、実際に以上・以下という単語の意味を考えると【それそのもの】についても否定してしまっていますよね。
例えば数学的に考えると、例えば1以上でも1以下でもないという数字は実数では存在しないように

しかし「敷居が高い」だとか「役者不足」だとかいう慣用句の間違った用法がテレビ番組や書籍でめちゃくちゃに叩かれているのに、それ以上~がおかしな日本語だという話は聞いたことがありません。

もし仮に上の日本語が間違っているとするなら、それより上でもそれより下でもないというのが正しい言い方だと思うんですが、なんかもっさりしていて格好悪いですよね
数学の X<1 を言葉で表すとXは1未満というスマートな表現がありますが、X>1でスマートな表現はなにかないんでしょうか

過満とかどうですか?
それ過満でもそれ未満でもないって格好良くないですか?

Aベストアンサー

あなたの考え方はある意味正解です。

ただ、ここでは多分論点が違うのです。
(それ以上のもの)というのは、この場合、それよりもよいものである可能性をもっている、と言うことです。

何と言うか、範囲を比較しているのです。

「対象」をxとしますと。

x≧0
x≦0
x=0

はいずれもx=0の状態を示す範囲です。しかし、今扱ってるのはxが特定の値の話ではなく、上記それぞれではxの取りうる範囲が異なるということが大事なのです。

「x=0では無い可能性」は無い状態である、と言うことを言う表現と言うことになります。

「xは0以上でない」かつ「xは0以下ではない」と言うことではなく。
「xが非負ならxの範囲は0以上では無く0」かつ「xが正でないならxの範囲は0以下ではなく0」ということです。

厳密に言うと細かいですが、意味としてはこうでしょう。

ちなみに以上のうちイコールを含まないものは「超」と言うのが一般的なようです。

Q日本語の表現としてどちらが正しい?

たとえば、「以下の手順を確認して頂きますようお願い致します」という文言があるとします。

同じような用例で「以下の手順を確認して頂けますようお願い致します」という書き方も目にします。

問題は、最後の「頂きますよう」と「頂けますよう」なのですが、これはどのように使い分けるのでしょうか?

それとも両方正しいのでしょうか?

私は前者が正しいと思うのですが、文法的に説明が出来ません。

ご存知の方、教えてください。

Aベストアンサー

ご質問の例文の場合の「頂く」は、下記の辞書によるところの
>(4)(ア)他人から恩恵となるような動作を受ける意を表す。
の意味になります。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%C4%BA%A4%AF&kind=jn&mode=0

その中で意味がさらに分かれており、
>(a)その動作が動作者の意志に基づく場合(「セーターを編んで頂く」など)
>(b)その動作が受け手の意志に基づく場合(「ゆっくりくつろいで頂きたい」など)
とありますが、簡単に言えば(a)が「(相手が話し手に)してくれる」、(b)が「(話し手から相手に)して欲しいと願う」の違いです。今回のケースは相手に手順を確認して欲しい、つまりこちらから相手に欲することですから(b)の意味になると思います。

その際の言い方は「以下の手順を確認して頂きます」となります。
「○○して頂けます」という言い方は確かに使いますが、それは○○という動作が相手の利益になって「○○してもらうことが可能です」という場合に用いられます(「楽しむ」「くつろぐ」など)。「手順を確認する」という動作は、どちらかというと話し手側から強いるものですので、「以下の手順を確認して頂けます(確認してもらうことができます)」という言い方はちょっとおかしいと思います。

(なお「手順を確認してもらうことが可能かどうか」を尋ねる時は、「以下の手順を確認して頂けますか」という言い方になります。今度は「以下の手順を確認して頂きますか」という言い方は誤りということになると思います)


さて本題の、
「以下の手順を確認して頂きますようお願い致します」
についてですが、上記のことから「手順を確認して頂けますようお願い致します」は誤りだと思います。

ただもう一方の「手順を確認して頂きますようお願い致します」という言い方、誤りではないと思いますが、やや「お願いする」という意味が重複しているように感じられます。

上で述べたように、この場合の「頂く」には「お願いする」という意味が既に含まれています。この場合、例えば「下さる」を使って、
「手順をご確認下さいますようお願い致します」
あるいは、「お願い致します」の代わりに「存ずる」を使って、
「手順をご確認頂きたいと存じます」
などとした方が重複が無く、よりすっきりすると思います。

参考:
下さる
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%AF%A4%C0%A4%B5%A4%EB&kind=jn&mode=0
存ずる
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%C2%B8%A4%BA%A4%EB&kind=jn&mode=0

参考URL:http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%C4%BA%A4%AF&kind=jn&mode=0

ご質問の例文の場合の「頂く」は、下記の辞書によるところの
>(4)(ア)他人から恩恵となるような動作を受ける意を表す。
の意味になります。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%C4%BA%A4%AF&kind=jn&mode=0

その中で意味がさらに分かれており、
>(a)その動作が動作者の意志に基づく場合(「セーターを編んで頂く」など)
>(b)その動作が受け手の意志に基づく場合(「ゆっくりくつろいで頂きたい」など)
とありますが、簡単に言えば(a)が「(相手が話し手に)してくれる」、(b)が「(話し手...続きを読む

Q「申し訳」という言葉の表現について

職場で最近「申し訳ない」と後輩がよく口にするようになりました。私は違和感を感じました。彼は今まで「申し訳ない」ではなく、「申し訳ありません」と言っていました。また、申し訳ないはそのまま使ったら目上の人に対して失礼ではないのか、という事です。

自分なりに調べた結果、「申し訳ない」という言葉自体は目上目下に関係なく使っても良いそうですが、問題は彼が「申し訳ない」を使い始めた背景には「ジャポニカロゴス」という番組で「申し訳ありません(ございません)」は誤った使い方で、「申し訳ない」は「あぶない」という形容詞を分離する事が出来ないように、「申し訳ない」も分離する事が出来ない、というものだそうです。また「非独立系不可分の法則」という聞きなれない法則により裏付けられているらしいです。
しかし、本当にそうなのでしょうか。
「申し訳」という単語は現実に存在します。また形容詞として使う場合「もうしわけな」に「い」ですよね。
何か変な感じがします。「申し訳がない」「申し訳が立たない」などの言葉が現実として表現の世界に存在する事の説明がつかないのも気になります。それまでも間違っているという事なのでしょうか。

この問題について調べても、ジャポニカロゴス関連の話題しか出てこないため、昔からある説ではなく、近年飛び出した新説や独自論である可能性では、などとも思いたくなってしまいます。

この件については性質上、できるだけ現代文や言語学等の有識者の方からのコメントをいただきたいです。

1.申し訳ないは本当に分離する事が出来ないのか
2.申し訳ないはその形態を変える事無く(丁寧語など)使う事が出来ないのか。
3.非独立系不可分の法則とは何か
4.結局、申し訳ありません(ございません)は間違った使い方なのか。
以上4点について、どれでもかまいませんしお答えいただけると幸いです。

職場で最近「申し訳ない」と後輩がよく口にするようになりました。私は違和感を感じました。彼は今まで「申し訳ない」ではなく、「申し訳ありません」と言っていました。また、申し訳ないはそのまま使ったら目上の人に対して失礼ではないのか、という事です。

自分なりに調べた結果、「申し訳ない」という言葉自体は目上目下に関係なく使っても良いそうですが、問題は彼が「申し訳ない」を使い始めた背景には「ジャポニカロゴス」という番組で「申し訳ありません(ございません)」は誤った使い方で、「申し訳...続きを読む

Aベストアンサー

分離できます。
「申し訳・無い」は文語「申し訳・無し」の口語化です。
「問題・有りません」「必要・有りません」
「異状・有りません」「異存・有りません」

これらを「問題ないことです」「必要ないことです」「異状ないことです」「異存ないことです」と言わせたいのでしょうか。
「心ない」「情けない」などとは違います。

「申し訳ありません」「申し訳ございません」と言ってなんら【問題・有りません】。

Q日本語の表現として正しいのはどちらでしょうか?

日本語の表現として正しいのはどちらでしょうか?
教科書的に「正しい」ほうはどちら?

(1)小さな生命は、私たちの気持ちを優しくさせてくれます。
(2)小さな生命は、私たちの気持ちを優しくしてくれます。

国語ご専門の方のご意見な伺えれば、たいへん嬉しいです。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

>国語ご専門の方
:ではありませんが・・・。

どちらも正しいが、意図がやや異なる、ということでしょう。

(2)小さな生命は、私たちの気持ちを優しくしてくれます。
のほうは、
小さな生命が、私たちの気持ちを優しくする、という意味なのでわかりやすい表現です。

(1)小さな生命は、私たちの気持ちを優しくさせてくれます。
は、
小さな生命を認識することによって、「私の中の私」が「私」の気持ちを優しくしてくれます。
というニュアンスです。
「優しくする側の私」と「優しくされる側の私」がいるわけです。
たとえば、「よし頑張ろう!」と思うとき、私たちは無意識に「弱気になっている私」と「そんな自分自身を励まそうとする私」という、2個の私を想定しているはずです。

(1)は、
小さな命は、「その小さな生命に感銘(刺激)を受けた私」を使って、「無味乾燥という心理状態だった私」の気持ちを優しくさせてくれます。
というニュアンスでしょう。
(2)が、「小さな命」を、気持ちを優しくしてくれる【直接的対象】と考えているのに対し、
(1)は、あくまで、私の中に生じる【変化のきっかけ】と捉えているのだろうと思います。
    

>国語ご専門の方
:ではありませんが・・・。

どちらも正しいが、意図がやや異なる、ということでしょう。

(2)小さな生命は、私たちの気持ちを優しくしてくれます。
のほうは、
小さな生命が、私たちの気持ちを優しくする、という意味なのでわかりやすい表現です。

(1)小さな生命は、私たちの気持ちを優しくさせてくれます。
は、
小さな生命を認識することによって、「私の中の私」が「私」の気持ちを優しくしてくれます。
というニュアンスです。
「優しくする側の私」と「優しくされる側の私」がいるわけで...続きを読む


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