近所の道場の看板に糸州会、糸東流と二つの名前で書いてあります。
糸州流と糸東流は、一緒なんですか?
どうして二つの名前が、看板に書いてあるんだろう・・
読み方も教えれ下さい

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A 回答 (3件)

糸州会(いとすかい)


糸東流(しとうりゅう)

読み方は以上です

糸州安垣氏の弟子、摩文仁賢和氏が開祖です
糸州安垣氏からの流れの流派は多く
糸東流はもちろん、松濤館系なども流れを汲んでいます

また、糸州安垣氏の師である松村宗棍氏の開発した形が今でも私たちに伝えられて
試合でも実施されています

ちなみに、糸東流でも糸東会と言う流派もあります
(こちらも、元は糸東流からの分派です)

tikaさん空手の流派にとらわれず、自己の鍛練に精進すれば、将来きっと
よかったと思うときがきますよ。

ちなみに、糸東流のような伝統空手をきっちり習得すれば
たとえば、フルコン系や防具付系などの多方面で活躍する事ができると思いますよ。

(私も、伝統系空手をやっていますが、フルコンや、防具付の試合に積極的に
参加していますよ。)

いじょう、空手に限らず武道は自分自身のために絶対役に立ちますので、
ぜひ、実践してしてください。

PS 余談ですが、去年のオリンピックのシンクロナイズドの演技に用いられた
   空手は、糸東流の形を流用していますよ。(実話です)
   糸東流の先生がコーチしたそうです。
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この回答へのお礼

ありがとうございました
大変参考になりました。これで子供に説明できます

お礼日時:2001/02/04 09:19

ちなみに読み方は



糸東流(しとうりゅう)
糸州会(ししゅうかい)

だと思います。
(間違ってたら誰か訂正してください)

下記の参考URLは、以前に空手の流派の質問があった時に
私が紹介したサイトのものです。(参考まで)

参考URL:http://miya.pobox.ne.jp/karate/ryuha.html

この回答への補足

糸州会は、“ いとす ”と読むそうです。
沖縄によくある苗字だそうです。(沖縄の友人に教えてもらいました)
 

補足日時:2001/01/28 13:13
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この回答へのお礼

ありがとうございました
大変参考になりました。
 参考URLにもいってみます。

お礼日時:2001/01/28 12:59

昭和9年に摩文仁賢和師が大阪に設立した養秀館道場が糸東流の母体です。


当時の東恩納師範と糸州師範の名前を一文字ずつ使ったのが糸東流で、昭和14年には、正式名称として登録されています。
ですから、両方の名前が看板に書かれていることは不思議ではありません。
同じですからネ。
以上kawakawaでした
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この回答へのお礼

 ありがとうございました
よく分かりました。(*^o^*)

お礼日時:2001/01/28 13:02

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Q糸東流の平安二段と糸洲会のピンアン二段の型は同じですか?

小学生の息子が空手(糸洲会)を始めました。
今、ピンアン二段を習っています。

家でも練習できるよう本かビデオを買ってあげたいと思い、「糸洲会」や「糸洲流」をキーワードにして検索してみたのですが、糸洲会や糸洲流のタイトルが付いた解説本やビデオは見つけられませんでした。
平安二段が収録されている「糸東流空手形全集」というビデオはあったのですが、糸東流と糸洲会の型は同じでしょうか。
ご存じの方がいらっしゃいましたらぜひ教えてください。

また、その他にお勧めの本やビデオかDVDがありましたらご紹介ください。どうぞよろしくお願いします。

Aベストアンサー

アメリカで使える伝統空手と護身術を教えている者です。

これは私からのこれからの日本の空手と言う物を切に考えている者からとしての回答として読んで下さい。

糸東流と言っても糸東流の特徴の一部である「多くの会派に分かれてしまっている」と言う事があるのです。

糸東流の流祖である摩文仁賢和師は糸東流を作る前に糸洲流の流祖から2代目を継承しています。 (正しくはその頃は糸洲流と言う名前のついたものはなかったのですが)

しかも糸洲の糸と言う感じを糸東流と言う名前に組み込んでいますね。 これはそれだけ糸洲師からの教えを重要視している事でもあり、その考えは糸東流の教えにも、首里手である糸洲流の教えをまず教えてそれから那覇手の東恩納師の教えを組み入れていっています。 まぜこぜではないわけです。

しかし、摩文仁師ほどの実力者がいなかったせいか一つの流派として存在する事が出来なくなってしまったのです。 つまり、高弟が自分の会派を作っていき、糸東流xxx派、xxx派糸東流と呼ぶようになってしまったわけです。

そこで、型自身も変わってきてしまってきているのです。 糸洲師が捜索されたとするピンアン(平安)型の動きに変化がおきているのです。 そしてそれは会派としてのピンアン型ということになり一つの糸東流としての型が存在しなくなってしまったわけです。

しかし、だからといっておかしいと言う事ではなく、型とは「動きを知って踊る」物ではないのです。 しかしこの考え(踊る物)が日本では当然と思われるようになってきてしまったのです。 もちろん、誰も踊っているとは認めません。 しかし、もし空手と言う物を知らずに空手着を着ずに「動き方を教えて」いるのを見たら、誰も踊りではないとは言わないでしょう。

空手の型の一つ一つに何百とも言える訓練条項が含まれているのです。 それを教えるには「動きの順序」を教えなくてはならないのです。 丁度ABCや1・2・3を教えるのと同じように。 それが出来るようになったらこの何百と言う訓練を一つ一つ習っていくわけです。

さて、ビデオですが、どうか見つけて買おうと思わないで下さい。 (これが私の今回書いた理由であります)

空手は本やビデオなどから教わる物ではありません。 それが型などの順序ややり方を習うとしてもです。 空手とは教える人の一貫とした考えが教えになるものなのです。 だからこそ一生使える物になるわけです。

よって、型の動きなどを覚えるには先生から先生の教えによって習う事になります。 もしお子さんが若すぎて習えないのであればそれでいいのです。 覚えられなければ時間をかけて自分の物にすることの価値を習うと言う事ができるからです。

どうしても覚えてほしいと言う事でしたら、一緒に道場に行ってあなたが覚えあなたが家で教えればいいのです。 私の道場では親御さんの参観はお子さんの訓練参加に必須としています。 つまり、親御さん(祖父祖母を含む)が道場で座って参観しなければお子さんは訓練に参加出来ない、と言うことなのです。

これをすることで、親御さんがお子さんの訓練情報を知り何をどうやって教えているのかを知ることで(他にも色々理由はあるのですが)家で親御さんが全てを教えられなくても手伝う事はできるのです。 武道をしてお子さんには理解しにくいところもあります。 何故、空手で人を殴らなければならないのか、と言う事をどう親御さんが教える事ができるというのでしょう。 それでいて、けんかするな、ではお子さんが混乱するだけでかわいそうです、そう思いませんか?

空手を何十年やってくれば自然と訓練の中で明白ないろいろな矛盾が「無視しなくてはならないもの」ではなく「意識的にも矛盾を矛盾とは決していえない理由が分かる」わけです。 よって、子供にももっともっと質問しろ、おかしいと思ったことは口に出していえ、と言える道場になるわけです。 

糸東流と言われる会派の型のビデオでピンアンだけでも9会派(日本で購入できる二つも含めて)のものを持っています。 それぞれ会派主の考えに基づいている物です。 糸洲派のものとの違いは動きから見ると良く似ているものもありますがこれから教わる項目に基づいての動きですので、教えの違いからくる微妙な動きの違いは見る人にとっては明白な物です。

よって、糸東流の半分従兄弟でありながら教えの違う流派なのでビデオを使うことはもっと大人になってからのコレクションならいいですが、今それに基づいて教えるとなるとお子さんに派空手家の卵として可愛そうです。

どうか、じかに先生から先生の教えとして動きを覚えてさせてください。 そして、それに手助けできるのはビデオではなくあなた自身の観察が一番なのです。

これでいかがでしょうか。 分かりにくい点がありましたら、また、補足質問してください。

アメリカで使える伝統空手と護身術を教えている者です。

これは私からのこれからの日本の空手と言う物を切に考えている者からとしての回答として読んで下さい。

糸東流と言っても糸東流の特徴の一部である「多くの会派に分かれてしまっている」と言う事があるのです。

糸東流の流祖である摩文仁賢和師は糸東流を作る前に糸洲流の流祖から2代目を継承しています。 (正しくはその頃は糸洲流と言う名前のついたものはなかったのですが)

しかも糸洲の糸と言う感じを糸東流と言う名前に組み込んでいますね...続きを読む

Q伝統派空手:四大流派の特徴

 最近真面目に武術・格闘技について考えてみて、色々調べているのですが、調べている過程で再び疑問が出てきました。
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 そこで質問なのですが、それぞれの流派の特徴を教えていただけませんか。特に他の流派との比較で教えてもらえるとありがたいです。

Aベストアンサー

Gです。 こんにちは!!

この四つの流派(つけざるを得なくつけた名前)は流祖の時代1920-30年代でははっきりと違いました。 今ではいろいろに分かれた会派というものが出来上がってしまい同じ流派でも変わってしまってきています。

流派を語る前に空手と言うものの歴史や特徴を出すには沖縄での(つまり1920年以前)での「スタイル」を知ることで特徴を見出すことが出来ます。 それが、首里手、那覇手、泊手の三つの大きく分けることが出来ます。 本土でのこの4つの流派を雑に分けると、那覇手を受け継いだ剛柔流、首里手を受け継いだ松涛館、同じ首里手を元に本土の神道揚心流柔術をより使えるものにしたものが和道流、そして首里手と那覇手の両方をミックスしないで全てを取り入れた糸東流と言う事になります。

よって、首里手を使ったほかの3流派と剛柔流の違いははっきりでてきます。 また、剛柔流と糸東流の「半分」がよく似ているのも見ることが出来ます。

和道流が時として和道流柔術拳法と自称するのはこれが理由なわけです。 

松涛館を起こした船越義珍師は糸東流を起こした摩文仁賢和師と同じ師である糸洲安恒師(50を過ぎてから弟子を取る)から多くの首里手を習い二人ともそれを基礎としています。 和道流は船越義珍師から首里手を学び免許皆伝をして4世として教えていた柔術を加えたわけです。 よって、スピードを重要視し糸東流も大切にした、先(せん)、後(ご)の先、先先の先の実力をつけるものであるわけです。

剛柔流の流祖である宮城長順師は那覇手の東恩納寛量師(ひがおんな)から那覇手を習うわけですが、摩文仁賢和師も糸洲師の後継を断りながらも許しを得て東恩納寛量師から那覇手を受け継ぐことになるわけです。 ずっしりとした立ち方や打たれても倒れない体力の強さ等がはっきりでるのが那覇手なわけです。

よって、糸東流は両師(もっと多いのですが)を受け継いでいるために当然のごとく型の数が非常に多く、オールラウンドな特徴を引き出しているわけです。 さて、気が付きましたでしょうか、糸東流と言う名前に関して。 糸洲師の糸と東恩納師の東をとって付けられた「決して二人からの教えをミックスせずにひとつのものとする」という考えが流派の名前にも出てきているわけです。

よって、首里手の松涛館・和道流に似た面も見えますし、那覇手の剛柔流に似た面もはっきり見ることが出来るわけです。

一応これらのキーワードを使ってもっと詳しく調べみてもらった方が私からの長ったらしい回答よりも調べがいがあると思います。 しかし、どこかで矛盾していることを書いているサイトがあるのも気が付くことと思います。 そうしたらまた新しい質問を立ち上げてみてください。

これでいかがでしょうか。 分かりにくい点がありましたら、補足質問してください。 

Gです。 こんにちは!!

この四つの流派(つけざるを得なくつけた名前)は流祖の時代1920-30年代でははっきりと違いました。 今ではいろいろに分かれた会派というものが出来上がってしまい同じ流派でも変わってしまってきています。

流派を語る前に空手と言うものの歴史や特徴を出すには沖縄での(つまり1920年以前)での「スタイル」を知ることで特徴を見出すことが出来ます。 それが、首里手、那覇手、泊手の三つの大きく分けることが出来ます。 本土でのこの4つの流派を雑に分けると、那覇手を受け継い...続きを読む

Q伝統派空手の糸東流は組手もやりますよね?

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