「障害をもつ」から「障害がある」という表現にするようになったのは、いつから、どのあたりで、どのような理由から、そして現在の状況等について・・・教えてください。
障害は自発的にもつものではないことは理解していますが、「障害をもつ」と言う言葉を使ってはいけないとか、また使わないようにしようというようなことを明文化したものがありますでしょうか? 決して反対の立場にいるものではありません、詳しく知りたいのです。
放送・行政関係では使ってはいけないと言うようなルールが定められているのでしょうか、どなたか教えていただけないでしょうか、些細なことでも結構ですからよろしくお願いいたします。

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A 回答 (7件)

さあ、どういうことがきっかけだったのか、90年代前半から新聞各社で自粛が始まったのは記憶しています。

障害児を持つある母親が全国紙の新聞社に投稿しました。「障害を持ちたくて持っているわけではない。だから『障害を持つ』という表現はやめて欲しい」。個人の記憶では、これがきっかけだったのではないかと。ちなみに投稿先は朝日新聞だったと思います。

その投稿による自粛が始まったのは、92年ごろではなかったかと…。大ざっぱで申し訳ないのですが、とにかく私が記憶にとどめている限りでは90年代前半です。

明文化されたものはたぶんないのでは。ただ、マスコミはそれぞれの社で「差別用語ガイドブック」みたいな物をつくっているはずです。内部文書扱いで一般には出回っていないと思います。頼めば見られると思うんですが。秘密にするようなものでもないし。

問い合わせる先としては放送・新聞各社とも読者広報室というような部署があるので、まずそこに当たってごらんになればいかがでしょう。

現在の状況ですが、少なくとも大手マスコミは「障害がある」に言い換えています。上司や校閲者の判断にもよるのでしょうが、社外筆者に対しても言い換えを要求しているようです。なんだったかで、筒井康隆さんの「マスコミの言葉狩り」に対する怒りのエッセーを読みました。

どうも記憶があいまいで済みませんね。わたくし自身、重度障害者なので、少々興味があるご質問でしたが、書いているウチに恥さらしみたいな気がしてきた…。
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この回答へのお礼

naruniaさん ありがとうございます。 障害をマイナス思考でとらえているというご意見、わかる気もします、私も視覚障害者なのですが実際、なかなかその障害に対してプラスの思いなり考え方とかできなくて・・・。
表現は不快感を抱かせるものは好ましくないと思いますが、ただ語調をやわらげただけというのでは意味のないことですよね、「障害があるのに、がんばるね」と相手は、ほめているつもりなのでしょうが、決してうれしくなんてありませんものね。
言葉・表現には注意が必要ですが、そのあたりに力が多く注がれている現状は自分には残念でありません。
naruniaさん、このたびは本当にありがとうございました。

お礼日時:2001/02/02 09:47

ちなみに、naruniaさんの回答にある、「障害」は漢字がないから障碍と記すようになったと記されていますが、そうではなくて、実際は「障害」が本当です。


でも、「害」と言う字がいやがられる・良いイメージではない・関わることで
害があるように受け取られる事から、障碍と記されるようになり、その字を使っている書物もあります。でも、基本は変わらず「障害」です。


とmiyonとかいう方が回答なさってますけどなにか勘違いなさっておいででは? 

わたくしは「障碍」の「碍」という漢字が常用漢字にないので「障害」と表記するようになった、と書きませんでしたかしら。他人を名指しで間違っていると非難なさるなら、恥ずかしい読み間違いはおやめくださいね。レベルの低い方でいらっしゃるのかも知れませんけど、不愉快ですね。

「障碍」と表記できるのは、文部省の干渉を受けずに済む書物でしょう。教科書は表外字を使わず常用漢字で代用するという方針から「障害」です。新聞を含むマスコミもこれに準じています。

辞書にも「障害…正しくは障碍」と説明してあるとおもいますけど。まあ、名指しで他人を思いこみに基づき非難なさるmiyonとかおっしゃる方は辞書などご覧にならないのかもしれませんね。

「障害」「障碍」の表記についての参考ホームページは多数ございます。大手全国紙の校閲部がつくっているものもあり、私には大変参考になるのですが、miyonとかいう方はとうにご承知でいらっしゃいましょう。ここにあげるのはやめます。

質問者の方へ。不愉快な思いをさせてごめんなさい。もう投稿しません。このページも見ません。
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この回答へのお礼

naruniaさん ありがとう
私は不愉快な思いをしていません、ただ、自分が質問したがために、naruniaさんが不愉快な思いをされたり、miyonさんが面白くない思いをされたとしたなら、とても残念でなりません。 お二人に、ごめんなさい

お礼日時:2001/02/06 08:29

あまり詳しい所まではわからないのですが、私の聞いた話です。


他の皆さんも書かれているとおり、障害をもつというと、本当に本人にとっては余分なものを持たされているようなイメージがあります。
しかし、障害があるというのは、障害者本人の問題だけでなく、「社会に対して障害がある」という事だと聞きました。
例えば、車椅子の人や目の不自由な人が一人で街に出る。
しかし、段差がいたるところにある。
自転車が歩道を占領している。
障害者用トイレがない。
いろんなところで人の手を借りたり、困り果てなければならない。
人の心の壁もある。
今叫ばれているバリアフリーがすすめば、いつかは社会に出ても、バリアがなくなる。
すると障害者は社会への障害がなくなる。
障害がある、障害者・・・と言う必要がなくなる。
誰がいっていたのか、思い出せないのが申し訳ないのですが。
でもそのとおりだと思います。
いつか本当にそういう社会がやってくることを願うものです。
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この回答へのお礼

kanahakukai さん ありがとうございます。
ハード面はずいぶん整備されてきましたよね、苦手なことを助けてくれる手段が整ってくれば「障害」は軽減されてくると思います。
「障害」にとどまらず各々の「個性」を理解し、認め合い、そしてその上で行動を起こすことができるなら、きっとすばらしい社会になると想像します。
「障害」という「個性」は伸ばしたいと思いませんが、自分に「寛容」という「個性」を加わるように努力したいと思います。
kanahakukai さん 本当にありがとうございました。

お礼日時:2001/02/05 13:10

障害をもつと言うようになった理由は、たぶん、「障害」が荷物的な意味合いではない事、自分の意志で選択したモノではないことを示してしているのだと思います。


また、障害という言葉を「」でくくるようになったのは、
障害者という特別な人種ではないことを「」によって表しているためです。

私自身、障害があります。でも「もってる」とは思ったことがないです。
背負っているようなイメージがあることや、既にモノ心着いたときから、
自分の中に「あった」からです。

あと、余談ですが、「障害」を個性として認めようと言う種の意識が
浸透してきていることも「もつ」ではなく「ある」という風に
言うようになった理由かもしれませんね。

ちなみに、naruniaさんの回答にある、「障害」は漢字がないから障碍と記すようになったと記されていますが、そうではなくて、実際は「障害」が本当です。
でも、「害」と言う字がいやがられる・良いイメージではない・関わることで
害があるように受け取られる事から、障碍と記されるようになり、その字を使っている書物もあります。でも、基本は変わらず「障害」です。

偉そうですいません。参考になったら嬉しいのですが・・・。
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この回答へのお礼

miyonさん ありがとうございます。
私にとって「障害」はやっぱりない方がいいものと感じています。
「障害」があることによって、得ることができたものも数多いのですが、付き合っていくことにはとても苦しいことが多くて。
とても、参考になりました。
miyonさん 本当にありがとうございました。

お礼日時:2001/02/05 11:17

たびたび済みません。

先日、朝日新聞社員から聞いた話ですが、朝日新聞社では「障害を持つ」から「障害がある」に言い換えを指示することは、98年からやめているそうです。

理由としては、言い換える必然性があるほどに障害者を傷つけ、差別する表現とは考えられない、ということだそうです。「障害がある」「障害を持つ」どちらの表現を使うかは記者個人の裁量に任せているそうです。

ただ、一部の障害者団体や障害者、障害児の親らからは根強く抗議が来るということでした。

個人の意見で恐縮ですが、朝日新聞の考えに賛成です。むしろ、言い換えを検討すべきは「障害」という漢字だと思います。本来は「障碍」と表記するのですが、「碍」が常用漢字ではないため、「害」で代用することになったのです。

これでは、本当に障害者イコール邪魔者、のような印象を持ちますよね。こっちをなんとかするために、活動したいなあと考えています。
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この回答へのお礼

naruniaさん ありがとうございます。
他に何かを伝えるということは、とても困難なことですよね。
遠まわしに表現すればいいってものでもないと思うし、率直に心をこめて伝えようとしても、受け取る方には不快感しか残せないこともある。
今回はいい勉強をさせていただきました。
naruniaさん重ね重ねお時間をさいていただきありがとうございました。

お礼日時:2001/02/05 10:16

えっと、よくは分かりませんがこういうのはどうでしょう。


「障害をもつ」というのは、本人がその障害を受け入れている。
「障害がある」というのは、受け入れられずにいる。

回答になっていないと思いますが、取り敢えずこれが私の意見です。
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この回答へのお礼

akitoryoさん ありがとうございます。 この場が質問の正解のみの場所ではなく、それぞれの考え方、理解の仕方を知るよい場所と感じました。
自分自身は「障害をもっている私」でいいけれど、他の方に対しては「障害のある」と表現したほうが、やっぱりいいのでしょうね・・・。
貴重な回答ありがとうございました。

お礼日時:2001/02/02 18:18

回答ではないのですが、一言言わせていただきたくて。



先の母親の投稿は、「障害を持ちたくて持っているわけではない」と、障害をマイナスにとらえているので腹が立ちました。それで今でも記憶しているのです。その親子は、いまどうしているのでしょうね。
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Q障害がある、障害を持つ どっちが正しい言い方?

障害者について語るとき、「障害のある方」とか「障害を持つ方」と言う言い方をしますが、公的な文書を作成する場合、どちらの言い方の方が的確なのでしょうか?

また、「障害」「障碍」「しょうがい」の記述の仕方ですが、それぞれ皆さんの考えがあると思いますが、どう記述すればいいのでしょうか?

Aベストアンサー

まずはじめの質問ですが、「ある」のほうが一般的に使用されているようですが、前後の文脈でどちらを使うか考えたほうがよさそうです。

しょうがいの表記ですが、まだ「障害」が一般的です。ただ、「害」の文字を使わなくしようという運動が活発化してきて、「障碍」「障がい」を使うケースが増えてきています。「障碍」は読めない方もいらっしゃることを考慮し、まだ一般的な「障害」か「障がい」を使うとよいのではないでしょうか。

Q教師・教員・教諭の違い

教師・教員・教諭という言葉は、意味が違うのでしょうか? ニュアンスが違うのでしょうか?
それとも意味はまったく同じだけれど、現場によって使い分けされていたりする、というものなのでしょうか?
たとえば小学校の先生は教員で中学校は教諭、など。これはまったく見当外れのたとえかもしれませんが(^^;
また、先生が先生のことを表現する場合は、どれを使うことが一番多いですか?
先生や実習生の方からお答えいただければありがたいですm(_ _)m

Aベストアンサー

教諭は、「教育職員免許法による普通免許状を有する、小・中・高等学校、幼稚園、養護・聾(ろう)・盲学校の正教員」をいいます。

教員は、「学校で児童・生徒・学生を教育する職務についている人」を指します。こちらには、非常勤講師や実習助手など教諭とは言わない人々も含まれます。

教師は、「1)学校などで、学業・技芸を教える人。2)宗教上の教化を行う人。」とあり、学校の内外を問わず、教え導く人を指しています。だから、家庭教師とは言っても家庭教員とか家庭教諭とは使いません。

 先生が同僚のことを呼ぶときには「○○先生」と普通に使われています。でも、ベテランが新米教師にも「先生」なんて敬称を使うのはおかしいですよね。逆に、「先生」呼ぶにふさわしい人も1割いるかいないかという惨状ですが・・・。

Q「健常者」は差別用語!?(長文です)

 先日、教員免許取得に必要な「介護等体験」で養護学校に行ったときのことです。

 たまたま一緒だった知り合いとの会話の中で、私が「健常者」という言葉を口にしたとたん、その人が「“健常者”って言葉はダメだよ!」と言ったのです。
 もちろん私は、養護学校に通う子どものことを差別するつもりで「健常者」という言葉を使ったのではなく、そのことを彼に言いました。しかし彼は、「いや、“健常者”という言葉そのものを使うことが誤解を招くことがあるからいけないんだ。」というのです。
 確かに「健常者」という言葉は使い方を間違えれば差別用語になりえるかもしれませんが、それは「健常者」と言う言葉に限らないような気がします。(たとえば“目が悪いから眼鏡をかける”や“足が痛くてまともに歩けません”なども、受け止め方によっては他人を傷つける可能性があるようにも感じられます。さらにいえば、“子ども”は良いが“子供”はいけないなど、切りがありませんよね。)
 それゆえ、「健常者という言葉を使うこと自体がいけない」という理論には納得できなかったのです。
 もちろん、無難に、波風を立てずに介護等体験を終えたいのなら、このような言葉は使わないのが良かったのかもしれません。周囲の人間の神経を逆なでしてしまうかもしれない言葉は避けたほうが良かったかもしれません。でもこの程度のことで「ビビッて」いたら、(私の目指している)小学校教師なんて勤まらないんじゃないかなあ、とも思ったのです。
 ちなみにその場では、彼とケンカしたくなかったので、また一連のできごとがあまりに咄嗟だったので「あぁそうですね。すみません。」と謝罪しました(“謝罪してしまいました”と表現したほうが正確かもしれません。)。

 ぜひ皆さまの意見をお聞かせください。m(_ _)m
とりわけ障害児教育に関心のある方々からの回答をお待ちしています。

 先日、教員免許取得に必要な「介護等体験」で養護学校に行ったときのことです。

 たまたま一緒だった知り合いとの会話の中で、私が「健常者」という言葉を口にしたとたん、その人が「“健常者”って言葉はダメだよ!」と言ったのです。
 もちろん私は、養護学校に通う子どものことを差別するつもりで「健常者」という言葉を使ったのではなく、そのことを彼に言いました。しかし彼は、「いや、“健常者”という言葉そのものを使うことが誤解を招くことがあるからいけないんだ。」というのです。
 確かに「健...続きを読む

Aベストアンサー

健常者と言う言葉は差別用語になると思います。
字の通り常に健康な者と書きますよね。
そうじゃない人間にとってこの言葉は傷付きます。
失礼ですが、そういう言葉の意味が理解できないようでは
子供の気持ちも汲み取れないんじゃないでしょうか?
子供って些細なことでも傷付くんですよ。
そして、その些細なことで一生心に傷を持つんです。
そういうことを児童心理学で学びませんでしたか?
また、その程度の言葉でビビってたらなんて言葉も使うべきではありません。
教師と言う物は生徒の鏡でなければならないのです。
また、貴方のことを考え注意してくれたのに、自分の意見が通らなく
常識的なことの判断が出来ない人が教師になるのはどうかと思います。
そういう方に子供を預けたいとは思いません。
貴方、将来自分の子供が出来て、何らかの障害があった場合
誰かにそういう風に言われたらどう思いますか?
貴方のような人は絶対私の子供にそんなことはないと思ってるんでしょうね。
教師を目指す以上、相手の気持ちに立って物事を考えるという姿勢を養った方がいいです。
それが出来ないのなら、人様の成長に携わる仕事はしないで下さい。
ましてや、教員と言う仕事には移動を伴う仕事ですよね。
障害児教育現場に勤務することもあるんですよ。
そういった学校に通わない児童もいてそういう児童がいるクラスを受け持つことだってあるんですよ。
そういう児童をもつ親はとても敏感になります。
それに、今は体だけでなく心を病む児童が多いことはご存知ですよね。
貴方が考えているほど教育現場は簡単な物ではありません。
教師の職業病に鬱病と言う病気が上げられます。
それほど、教師は神経を擦る切る仕事なんです。
保護者も気に入らなければ教師をつるし上げるんですよ。
責任転嫁してくる保護者なんて山ほどいるんですよ。
それらを覚悟して目指してください。

健常者と言う言葉は差別用語になると思います。
字の通り常に健康な者と書きますよね。
そうじゃない人間にとってこの言葉は傷付きます。
失礼ですが、そういう言葉の意味が理解できないようでは
子供の気持ちも汲み取れないんじゃないでしょうか?
子供って些細なことでも傷付くんですよ。
そして、その些細なことで一生心に傷を持つんです。
そういうことを児童心理学で学びませんでしたか?
また、その程度の言葉でビビってたらなんて言葉も使うべきではありません。
教師と言う物は生徒の鏡でなけれ...続きを読む

Q「取組」と「取り組み」の違い

文章の校正をしているのですが、「取組」と「取り組み」と「取組み」の使い分けがわかりません。名詞と動詞で区別するというようなことを聞いたこともあるのですが、名詞と思しき箇所にも「取り組み」とあり、迷ってしまいます。
どなたか、違いのわかる方いらっしゃいましたらよろしくお願いします。

Aベストアンサー

日本語の書き表し方は、『常用漢字表』をはじめいくつかの基準が国によって定められています。
そのうち、送りがなに関しては、「一般の社会生活において現代の国語を書き表すための送り仮名の付け方のよりどころ」として,昭和48年に内閣から発表されています。

【通則 6】
本則は「取り組み」
複合の語(通則7を適用する語を除く。)の送り仮名は,その複合の語を書き表す漢字の,それぞれの音訓を用いた単独の語の送り仮名の付け方による。

許容は「取組み」
読み間違えるおそれのない場合は,送り仮名を省くことができる

【通則 7】
「取組」
複合の語のうち,次のような名詞は,慣用に従って,送り仮名を付けない。
(1)特定の領域の語で,慣用が固定していると認められるもの。

詳しくは、文化庁の『国語施策情報システム』をどうぞ。
「参考資料」→「国語表記の基準」→「送りがなの付け方」
http://www.bunka.go.jp/kokugo/

Q「ご紹介いただく」は二重敬語でしょうか?

「ご紹介いただく」は二重敬語でしょうか?

「ご」は「紹介」に対しての、
「いただく」は動作に対しての敬語のように思うのですが、
おかしいと指摘されました。

敬語やマナーに詳しい方、どうかご教授ください。

Aベストアンサー

「ご~いただく」で、謙譲語の一般形です。「~」には動詞連用形、あるいは動作性の名詞(サ変動詞の語幹)が入ります。
「ご紹介いただく」を常体で言えば「紹介してもらう」です。変ですか? 変ではないですよね。これは二重敬語ではありません。もちろん間違いではなく、正しい言い方です。
「ご紹介していただく」という言い方は誤用です。その理由を下記URLよりコピーしておきます。

>>・御案内してくださる・御案内していただく
(例えば「先生は私を御案内してくださった。」「私は先生に御案内していただいた。」は,「先生が私を
案内する」ことを謙譲語I「御案内する」で述べているため,「私」を立てることになる点が不適切
であり,結果として「御案内してくださる」あるいは「御案内していただく」全体も不適切である。
「して」を削除して「御案内くださる」「御案内いただく」とすれば,「お(ご)……くださる」「お(ご)
……いただく」という適切な敬語のパターンを満たすため[本節の1の(1)(1),及び2の(1)(1)
を参照(24ページ及び26ページ)。],適切な敬語となる。「……ください」の場合についても同様
である。)
(注) ただし,この場合についても,例えば,次のような限られた場合には,問題のない使い方となる。
事情は,先の「伺ってくださる・伺っていただく」の場合と同様である。
(1)「田中さんが先生を御案内してくださいました。」,「田中さんに先生を御案内していただきました。」
(2)「鈴木さん,すみませんが,先生を御案内してくださいませんか。」<<

二重敬語というのは「いらっしゃられる」のように、一語に二つの敬語を使うことをいいます。この場合は「行く」に、「いらっしゃる」という敬語動詞と「れる」という尊敬の助動詞を使っていますね。

先日(本年二月二日)、文化審議会から答申された「敬語の指針」(全文は下記URLをご参照ください。)から、ご質問に該当する部分をコピーしておきます。参考になさってください。

>>2 謙譲語I
(1)動詞の謙譲語I
(1) 動詞の謙譲語Iの形
「訪ねる→伺う」のように特定の語形(特定形)による場合と,「お(ご)……す
る」(例:届ける→お届けする,案内する→御案内する)のように広くいろいろな
語に適用できる一般的な語形(一般形)を使う場合とがある。
【特定形の主な例】
・伺う(←訪ねる・尋ねる・聞く)
・申し上げる(←言う)
・存じ上げる(←知る)
(注) 「存じ上げる」は,「存じ上げている(います,おります)」の形で,「知っている」の謙譲語I
として使う。ただし,否定の場合は,「存じ上げていない(いません,おりません)」とともに,
「存じ上げない」「存じ上げません」も使われる。
・差し上げる(←上げる)
・頂く(←もらう)
・お目に掛かる(←会う)
・お目に掛ける,御覧に入れる(←見せる)
・拝見する(←見る)
・拝借する(←借りる)

【一般形の主な例】
・お(ご)……する(後掲【補足イ】参照。)
・お(ご)……申し上げる(後掲【補足イ】参照。)
・……ていただく(例:読む→読んでいただく,指導する→指導していただく)
・お(ご)……いただく(例:読む→お読みいただく,指導する→御指導いただく)
(注) 「お(ご)……いただく」を作る上では,前掲「1(1)(1)」の【補足ア:「お(ご)……になる」
を作る上での留意点】(25ページ)に準じる留意が必要である。<<

参考URL:http://www.bunka.go.jp/1kokugo/pdf/keigo_tousin.pdf

「ご~いただく」で、謙譲語の一般形です。「~」には動詞連用形、あるいは動作性の名詞(サ変動詞の語幹)が入ります。
「ご紹介いただく」を常体で言えば「紹介してもらう」です。変ですか? 変ではないですよね。これは二重敬語ではありません。もちろん間違いではなく、正しい言い方です。
「ご紹介していただく」という言い方は誤用です。その理由を下記URLよりコピーしておきます。

>>・御案内してくださる・御案内していただく
(例えば「先生は私を御案内してくださった。」「私は先生に御案...続きを読む

Q「基」と「元」の使い方

経験を"もと"に話す。
上記の場合の”もと”は元、基のどちらが正しいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

はじめまして。

ご質問1:
<上記の場合の”もと”は元、基のどちらが正しいのでしょうか?>

「基」になります。

1.「経験を"もと"に話す」とは言い換えれば「経験にもとづいて話す」ことと同じです。

2.「もとづい(て)」は「もとづく」の連用形です。

3.「もとづく」は「基づく」という漢字しか存在しません。

4.従って、ここでは元、本、素などの漢字は適切ではありません。


ご質問2:
<経験を"もと"に話す。>

1.「~をもとに」という語感が「~を元に戻す」といった語感になるため、「元」の漢字を想定されたのだと思われます。

2.しかし、ここで使われる「もと」とは「土台」の意味になります。

3.他の漢字「元」「本」などには「土台」「ベース」といった意味はありません。

4.従って、ここでは基が適切な漢字となります。

以上ご参考までに。

Q「適確」と「的確」の違い

「適確」と「的確」の違いを教えてください。辞書では同義となっていますが・・・。

Aベストアンサー

No.4です。再び失礼します。
あれからいろいろ調べてみたことをまとめてみます。

「適」と「的」の違いを考えてみます。
「適」は「かなう」という意味で、「その条件」に合うかどうかということ。
「的」は「まと」ですから、「その条件」自体が「まと」であり、「的を射ている(条件に合っている)」ということでしょうね。

だから、意味がとても似ているのでしょう。

●適格・・・「格」は資格の格。「適」は「かなう」。資格に合っている、という意味。反対語は「失格」(「不適格」もありますね)。

●的確・・・「的」という字を用いていますので、「的を射た」あるいは「的を外さない」という意味。大事な点は押さえている(あるいは外していない)状態。いずれにせよ、「的」には面積がありますので、「ぴったり」(的の中心)から一定の許容範囲があります。

●適確・・・ほぼ「的確」と同義だけれど、あえて使い分けをするならば、「最善の」、「必要かつ十分な」という意味。法令用語としても、こう解釈すれば理解しやすいですね。あるいは、No.2様のご回答にある「適正確実」、「適切確実」と読み替えるのも一法。

http://www.bsmanner.net/2007/07/post-226.html
http://www.kyoiku-shuppan.co.jp/kokugo/tebiki.html

http://www.nararoudoukyoku.go.jp/gaiyou/h19gaiyou/04.html
ちなみに、このサイトでは、「適確」を「適正かつ効率的」、「的確」を「迅速・適正」の意味で使用しているようです。もっとも、国語として吟味されたわけではないでしょうが・・・。(さて、「適確」と「的確」はどこにあるでしょう?探してみてください。笑)

No.4です。再び失礼します。
あれからいろいろ調べてみたことをまとめてみます。

「適」と「的」の違いを考えてみます。
「適」は「かなう」という意味で、「その条件」に合うかどうかということ。
「的」は「まと」ですから、「その条件」自体が「まと」であり、「的を射ている(条件に合っている)」ということでしょうね。

だから、意味がとても似ているのでしょう。

●適格・・・「格」は資格の格。「適」は「かなう」。資格に合っている、という意味。反対語は「失格」(「不適格」もありますね)...続きを読む

Q「いずれか」と「いづれか」どっちが正しい!?

教えて下さいっ!
”どちらか”と言う意味の「いずれか」のかな表記として
「いずれか」と「いづれか」のどちらが正しいのでしょう???

私は「いずれか」だと思うんですが、辞書に「いずれか・いづ--。」と書いてあり、???になってしまいました。
どちらでもいいってことでしょうか?

Aベストアンサー

「いずれか」が正しいです.
「いづれ」は「いずれ」の歴史的かな遣いですので,昔は「いづれ」が使われていましたが,現代では「いずれ」で統一することになっていますので,「いずれ」が正しいです.

Qメニューバーやツールバーが 見えなくなりました。

メニューバーやツールバーが 見えなくなりました。

10日ほど前に新しくパソコンを買い替えました。 NEC の LAVIE です。うれしくて かちゃかちゃやっていたら メニューバーや ツールバーが消えてしまいました。 何か設定をかえたようですが覚えていません。
インターネット ワード エクセル の画面で メニューバー等が 消えていまして メール(Windows Live Mail) では メニューバー等が ちゃんと表示されているのです。
またペイントソフトでも ファイル とか 編集 とかの 項目 が 無いのです。

自分でも 質問集などでしらべまして ALT をおして Vキーを おしてみたりとか してみたのですが
全然表示されません。

どうしてこんな重要なものが消えてしまうような設定があるのかわかりませんが、とても困っています。

どうすれば表示されるか おしえていただけませんか。 OSは ウィンドウズセブン です。

なお初心者ですので 難しい用語はわかりません。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

参考URLがヒントになりませんか?

参考URL:http://win7.tk/2009/10/post_16.html

Q「づつ」?「ずつ」?

今、ワードを使っていて壁にぶつかりました。
恥ずかしながら「~を一つずつ(づつ)あたえる」と入力したいのですが「づつ」と「ずつ」どちらが正解なのでしょうか?
あと「わかる」と言う漢字も、「分かる」「解る」「判る」と色々あってどちらを使って良い物か分からない場合が多いです・・・・社会人としてお恥ずかしい

Aベストアンサー

(1) 「ず」と「づ」は歴史的には発音が違っていましたが、現代では発音上の区別がありません。したがって、『現代仮名遣い』(昭和61年7月1日 内閣告示第1号)では、いくつかの例外を除いて、「づ」を用いないように定めています。ご質問のお答えは、「ずつ」が正解です。

(2) 「分かる」「解る」「判る」は、それぞれ意味が少し違います。
【解る】理解する。ことの筋道がはっきりする。
【判る】判明する。明らかになる。
【分かる】上二つの意味を併せたいい方。
『常用漢字音訓表』(昭和56年10月1日内閣告示)に、「分かる」はあるのですが、「解る」と「判る」は載っていません。「解」も「判」も常用漢字表には含まれていますが、「わかる」という読み方が載っていないのです。新聞やテレビなどのマスコミが「分かる」を優先的に使う理由はそこにあります。
質問者さんが公務員で、公文書を作成されるなら、「分かる」に統一する必要があります。民間の文書や私信なら、「分かる」「解る」「判る」を使い分けて、日本語の奥ゆかしさを味わいたいものです。


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