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現在地球には「知的(痴的?)生命体」は一種類しかいません。それがいろいろなものを考え出して、自分らだけで楽しんで苦しんで活動しています。

これが、もし違う肉体的構造は違うが、知的には同等の生物が存在したらどうなるんでしょうか。

たとえばスポーツとか対抗でやると面白いですね。とんでもなく俊足だったり豪腕だったり、その代わりまったくひねりが効かないとか。もちろん文化活動生産活動でも共同できて刺激になるかもしれない。

つまり、対抗相手が地球上にいたら、人間はどういう風に変わる可能性があるのでしょうか。

A 回答 (9件)

ANo.1さんが仰るように人間と同じ五感があるとは限らないので人間には感じる事の出来ない「感」があれば意思の疎通は難しくなるでしょう。


しかしそこは知的生命体という事で科学の力である程度は意思の疎通が出来るようになると仮定しましょう。
(それでも完璧な意思の疎通は無理でしょう。例えば人間に見えない光線の感覚の話をされても感覚としては理解できないでしょう。)
多分、普通に争ったり普通に友好関係があったりではないでしょうか。

英語を完璧にマスターした日本人は日本語を話す時と英語を話す時では理解する脳が違うという事がよくあります。
どういう事かと言うとその言語の理解の仕方が異なるのです。(これは日本人に限った事ではありません。)
同じ内容の質問でもその言語の違いにより同一人物でありながら考え方に少しニュアンスのズレが生じることがあります。
この事を考えると外国人同士は意思の疎通は出来てもその国民性の違いにより理解しあえるかどうかは意思の疎通とは別問題だと言う事になります。
ここで拡大解釈をすると文化や習慣などの違いがあまりのも大きすぎる外国人同士は科学の力で意思の疎通が可能になったとしても
お互いの全てを理解できる関係になれるとは言えません。この状態は質問内容のモデルになるケースではないでしょうか?
つまり今と大きく変わらないと思います。

但しそれは自然発生的に極端な差が無いレベルの知的生命体が複数存在する場合であり、
他の星からやって来た場合は考慮しておりません。
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この回答へのお礼

肉体的条件とか能力が違う、ということまで分かり合えるかどうか、あるいはその立場を認識できるかどうか、難しいところですけども、円滑刃物同士ならプラスにこそなれ、マイナスはないのでは。おっしゃるように、脳の使い方を分けるという訓練にもなりますね。外国人をより身近にする方法かもしれません。

お礼日時:2007/12/12 14:34

過去にはいたと思われます。


ネアンデルタールとクロマニヨンとかね。どうなったかもご存知のとおり。
おそらく同じような結末をたどるのでは。

この回答への補足

後日、皆様にお礼文を書きます。

補足日時:2007/12/08 12:03
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この回答へのお礼

そうも思うんですけど、ネアンデルタールは明らかに劣ってましたからね。

お礼日時:2007/12/12 14:30

一方が他方を捕食。

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スターウォーズのような世界ですね。



知的生命体は、おそらく意思疎通の仕組みとしてなんらかの言語を駆使するのが、まずは絶対条件だと思います。欧米人で日本人が鯨を取るのを否定していますが、彼ら曰く「鯨は人間と同じくらい知識の発達しているかわいい動物」だそうですが、たとえそうであっても言葉が通わなければ話にならなりません。

また同じ言語がつかえたとしても、培ってきた歴史がまるで同じものでないならば、なかなかわかりあえることはないような気もします。お互いが共生を望めばどうにか社会が成立するかもしれませんね。

共生できたならば、人間が変化する可能性として、相手の知的生物の持つ文化や形態からヒントを貰って、また"お互いが楽しむ"のでしょう。
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この回答へのお礼

確かに、コミュニケーションをできるかどうか、しかも言語を使った細かなものをというのが大前提です。そうすると、実に条件が限られるわけで、人類は一度もそういう立場に立ったことがない。お互い楽しめればいいんですがね。

お礼日時:2007/12/12 14:32

ANo.3 さまが非常にビンゴなのでは???



>>つまり、対抗相手が地球上にいたら
既に居ますけれども 肉体的構造 ・ ( 各人種の )知的レベル
 共に 中身 は眼には見えませんから 一見の視覚では分かり難い
 だけでして、 ( もうそろそろ、格差明確!? ) 沢山の
 カテゴリ に分けれます。 それを表す言葉が次元、 なのではと。
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この回答へのお礼

そうですか?

お礼日時:2007/12/12 14:32

証拠は不十分ですが、現行人類と同等の知性があるのではないかという別の霊長目の生き物のうわさは、時々、出てきます。

例えば、南米にはクモザルの1種ではないかと思われる直立二本足の生き物である、アメラントロポイデスの噂が、時々上がってきます。東南アジアには、原人レベルで地域の小さな島に適応して小型化したとおもわれるオラン・ペンデクと呼ばれる生き物の噂が時々、聞かれることがあります。

もし、実在が確認されれば、キリスト教的な「人類は神の似姿として作られた」という迷信を払拭するのに十分です。人間(ホモサピエンス・サピエンス)が変わる必要性を感じません。霊長目人科のなかで、もっとも成功した生き物だからです。
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この回答へのお礼

一万年前ほどはまだいろんな人類が生き残っていたようですね。ついさいきんいなくなってしまった。こんなことは種の絶滅を意味しますね。

お礼日時:2007/12/12 14:39

弱い方がゆっくりと滅びます


進化はゆっくりとしています そしてその差は自覚出来ない程度です
今でも次の人類が居るのですがその自覚は解らないことです
進化の課程を見ると常に同じ時代に大変よく似た種類が居る物です
その差が解るようになると 一方は急速に滅びます
我々とよく似た人類は数万年前まで長い間共存していましたが
その差が大きくなって 滅びました
進化とは自然への対応です 自然はゆっくり変わります
それに併せて人間も常に変化しているのです
遺伝子は全員同じでは無いのです あなたにそっくりの人は居ないでしょう
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この回答へのお礼

いまいちピンと来ませんけど。いますかね。

お礼日時:2007/12/12 14:38

 残念なことに人間の知的といわれる能力は自分の適応を増やすために身につけた能力です。

それと同じく知的能力を身につけた生物もまた自分の適応を増やそうとするでしょう。
 壮絶な生存競争が勃発するものと思われます。人間ですら肌の色が違うだけで猛烈な差別や搾取を平気で行うのです。違う生物感ではなおさらなのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

確かにそうでしょうね。動物と文明人との境まではそうだったかもしれませんが、現在もしかすると違った段階に来ているかもと。しかし、悲観論は十分成り立ちますね。

お礼日時:2007/12/12 14:36

肉体的構造が異っていれば、「知的活動」の方法自体も異なっていると


考えるのが自然です。

我々は脳内の電位差によって思考しますが、彼等はまったく違う方法で
「思考」するでしょう。当然、意思疎通など望むべくもありません。

地球上にも「思考」する生命体は複数存在していますが、それらが
人間文化に影響を与えているとは思えません。
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この回答へのお礼

確かに、知的活動状況も違うでしょうが、犬猫サルよりもっと意思疎通ができる、知的疎通までできると考えるだけならできますね。

お礼日時:2007/12/12 14:35

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