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天賦人権論は儒学が否定している欲望を肯定していて、平等である。
儒学には主と民がいて平等ではない、と聞いたのですが、比較をするには具体的にどのようなことを書けばいいのでしょうか?
悩んでいるのですが、どうしても上手くまとまらないのでご教授お願いします。

A 回答 (3件)

no1の者です。

設問の1行の意味は明治初期の自由民権論者が、日本を西洋市民型社会に変革しようとして四民平等を説いたことを言っているのだと思います。その頃の日本は階級社会で権力は武士階級出身者で占められ官尊民卑、男尊女卑その他封建道徳(儒学)に縛られていたわけです。儒学が欲望を否定しているとは思いませんが、自己抑制を求めているのは確かでしょう。ただここではあまり関係ないのでは。
儒学は官僚が皇帝に忠誠を尽くす理論として中国で発達したもので民はその下にいます。当然平等ではありません。ただ、日本では江戸初期に、武士が君主に仕える倫理として広まったとはいえ、じきに四民調和、安定の論理になります。
今日では、過度の自由、欲望の追求が、大量殺戮、地球環境の破壊に
繋がるとされ、江戸時代の儒学が見直されはじめています。
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天賦人権論というのは、西洋近代の「自然権」の訳語です。



西洋近代の「自然権」というのは、人間には自由、平等、幸福追求(欲望)などの基本的人権は生まれながらに備わっていて、国家や権力がそれをおかしてはならない、とする主張です。

儒教の政治思想というのは、君子による政治を軸とするもので、法による支配を退けます。
人々を支配する人間は、君子でなければならない、そうして君子とはどのようなものかについて考察されたのが儒教の政治思想といっていい。

ですから、書くとすれば、「自然権」というのがでてきた歴史的な由来と、儒教の「君子」思想が生まれてきた背景の比較、西洋近代における市民の概念と儒教の臣民の比較、西洋近代における為政者の概念と君子の比較をやっていけばいいと思います。
がんばっておもしろいレポートを書いてね。
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この回答へのお礼

小分けに段階を踏んだアドバイス有り難うございました。
具体的になにをどうかけばいいのか絡まっていたので、いくつかに分けて調べ、検討してまとめようと思います。
ご丁寧にありがとうございました。

お礼日時:2008/01/11 20:25

 天賦人権説は明治になって福沢諭吉らが欧米の民主主義を日本語に訳した時に使った言葉で儒学とは関係ありません。

アメリカ憲法では、基本的人権は創造主によって与えられたものと明記されており、日本はキリスト教国ではありませんから、創造主と言っても理解されません。
仕方なく、創造主の代わりに天を充てたのです。
 ちなみにアメリカ人にとっては自分たちの創造主を信じない人に人権はありませんから、東京大空襲や原爆を投下し、イラクを攻撃し人々を
大量に殺しても平気なのです。
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この回答へのお礼

天賦人権論と儒教のそれぞれの概念の比較なので、えっとイラクとか云々ではないのです。概論についてのまとめて、比較することが課題です。
アメリカともちょっと趣旨が違いますが、ありがとうございます。
儒学とは関係ありません、とのことですが、あくまで儒学と比較するには、という趣旨に受け取っていただきたいと思います。
ご意見ありがとうございました。

お礼日時:2008/01/11 20:24

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