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幕末ごろの古文書を読んでいると、神州日本という言葉をよく目にします。
日本を神州と考える思想はいつごろからあったのでしょうか?
また「神州」とは選民思想を含んだものですか?

よろしくお願いします。

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A 回答 (4件)

神州日本という思想は建国の時代から存在したといえましょう。


しかしそれは神話や伝承の範囲であって、思想として普遍性をもったのは幕末からと考えてよいでしょう。
それまでは一部の学者が個人的に主張する学説のようなものでした。

幕末の尊皇論は単純な思想論で天皇中心論の根拠として唱えられる程度のもので学説として体系的に組織され始めたのもこの頃からです。

元寇の国難を天佑神助により克服した事がよく引用されるのもこの頃からです。

その頃は特別な国という位の認識はあったと思いますが、選民思想というような排外的思想はありませんでした。

日本が選民思想を持つようになったのは日清戦争で勝利してからです。
日本が中心になってアジアの盟主を目指しだした契機でした。
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幕末でしたら『会澤正志斎』の影響と思われます。



会澤正志斎は水戸学の中心人物で、彼の論文『新論』が幕末の志士に大きな影響を与え、尊皇攘夷運動に繋がりました。
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 古事記(712年)には、神である「イザナキ・イザナミ」が日本を構成する島々を作ったと記述されています。

(天皇家もその神々の子孫)

 よって少なくともこの頃には「日本は神の国である」という思想があったと思います。

 選民思想に関しては、主観が入る所なので難しいのですが、ただ、「イザナキ・イザナミ」が誕生する前にも、別の神々がいた事。天照大御神が葦原中津国の統治権を、別の系統の神々から譲り受ける「国譲りの神話」がある事などから、必ずしも、天照大御神につながる日本のみが素晴らしくて、他が劣っているという狭義での選民思想には、当たらないと思うのですが…。
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蒙古襲来前くらいからでしょう。


蒙古軍と神々が戦ったという記録もあります。
ただ、その後しばらくすると神州思想も下火になりましたが。
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