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中世でギルドやツンフトを結成した職業にはどのようなものがあったのか、参考になる資料を探しています。
パン屋・靴職人などよく知られているようなものでも、彼らが当時どういった様子で働いていたのかわかると有難いです。
よろしくお願いします

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A 回答 (4件)

ANo2で一箇所訂正をお願いします。



ヴュルツブルクのゼンメルシュトラッセですが、市壁の外でなく、中心地からは少し、離れていますが、市壁のそばの市壁の中でした。

ヴュルツブルクも市壁に囲まれた町でしたが、110年ほど前に市壁をどけて公園になりました。

ミュンヘンやウィーンの市壁跡は道路になています。
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この回答へのお礼

確かに仰るとおり、同業種が固まっている話はあったようですね。
パン屋が市壁に沿って営業しているというのも理由を聞くと頷けました。

度々のご回答、本当にありがとうございました

お礼日時:2008/04/04 10:47

Mumin-mamaさんがかなり詳細な説明をなさっているので重なるところもあると思いますが、ご了承下さい。



ツンフトは、相互扶助団体であり不安定な時代に同業者で支えあっていくというものでした。もっとも、平等なのはツンフトの組合員だけ、もっと言えばツンフト内の同じ階級、つまり徒弟、職人、親方同士だけでした。ツンフトから認可されていない職人には営業許可さえ下りませんでした。

付けたしですが「骨折が命取り」というのは社会的な意味も持つでしょう。怪我や病気などで職を失えば、あっという間に下層民(これが都市民の多くを占めていたわけですが)に転落する自力救済基本の社会です。これがツンフトに支えられると、援助金が出たり、死亡した場合も未亡人は資金援助や親方株の公認でどうにかやっていけるのです。ちゃんと蝋燭も立ててもらえるから死んでも安心です。ツンフト所有の礼拝所ないし祭壇があるのは普通でしたし、老後・死後の世話もツンフトの義務でした。

「手工業者は職業訓練のためにツンフトの集まった場所に住んで」いましたが、これは当局がそうしろと言ったのではなく自発的にそうなったようです。まず、ツンフトにより労働時間、商品価格が一定だったため競争のしがいがありません。(もちろん職人魂みたいなものはあったかもしれませんが)それに、職業がかなり分化していたため、近隣に前工程、あるいは次の工程になるものがあることはかなり重要だったのです。例えばパン屋なら粉屋や小麦の集積地近くに店を構えるわけです。パリのような大都市でも中世期にはパン屋は3地域にしか分かれていなかったというようなことも聞きます。ともあれ、同業者組合を構成するにも、当局が調査を行うにも、集まっていた方が都合が良かったのです。助けるべき隣人がはるか彼方にいるのでは大変です。

資料としては一般書ですが…
中世ヨーロッパ都市の生活 J・ギース、F・ギース
中世を旅する人々 阿部謹也 (パン屋、肉屋など)
中世の窓から 同上 (鍛冶屋、石工など)

どういった様子で働いていたかですが、参照URLにはパン職人に関してのみそうゆう記述がありましたので掲載しておきます。

参考URL:http://housecarl.blog.shinobi.jp/
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この回答へのお礼

粉屋とパン屋がその必要性から近くにあったというお話は、目から鱗が落ちました。競争よりも相互扶助に重きを置いた団体だったということですね。

資料に関しても早速三冊注文しました。
ご回答、ありがとうございました

お礼日時:2008/04/04 10:50

>都市(市壁内)で、同業種が固まっているのが想像が付きませんが、徒弟など修行段階に限った話なのでしょうか?



中世の神聖ローマ帝国には国王や領主司祭を中心に市壁で囲まれた都市が40箇所近くありました。その上に皇帝が一人、定住地を持たずにそれらの都市を回っているのですが。都市の例としては、ドイツロマンチック街道の都市が今でも中世の市壁を残しています。

同業者が決められた場所に住むというのは、見習いから退職するまでその場所に住みました。 日本の江戸時代にも、江戸に人形町(人形職人が住んでいた)や神田鍛治町(鍛冶屋、鋳物職人が多く住んでいた。)等と同じです。
ドイツのロマンチック街道の出発点のヴュルツブルクには、ゼンメルシュトラッセ(「朝食に食べる小さなパン通り」と言う意味)と言う道が市壁すぐ外にあります。ここには嘗てパン屋のツンフトがありました。パン屋は火元になりやすかったので、市壁の外に住まわせられました。また、市壁の中にはシュースターガッセという靴屋通りもあり、ここには靴屋のツンフトがありました。
市壁の門は朝に開き夜には閉められました。(大体直径1km以内の都市の周りを市壁で囲み、真ん中には大聖堂と広場がありました。
農民やジプシー等も市壁の外に住んでいました。

ネルトリンゲンの円周は城壁です。
http://www.ak-verkauf.de/product_info.php/produc …


>それともう一点、骨折が命取りというのが社会的な意味合いか、肉体的なものか教えていただけるとありがたいです。

中世では、例えば、滑って転んで骨を折ると、栄養の悪さと医療の未発達で完治せず、ほとんどは死に至ると言われていました。

参考URL:http://hvanilla.web.infoseek.co.jp/
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13~19世紀の神聖ローマ帝国におけるギルド、ツンフトについて。



ギルド(商人)
ツンフト(ツンフト各自が出資して生活共同組合(Coop)のかたちの手工業者)

ツンフトは例えばパン職人でしたら、国(市壁で囲まれた国)の決められた場所に集まって住み(軒を連ねて)お互いに技を磨いていました。
中世(5~15世紀)では手工業者は職業訓練のためにツンフトの集まった場所に住んで、そのツンフトに必ず所属しなければなりませんでした。
ギルドとツンフトの意義は
・職人やその後継者の育成
・作業(営業)時間の設定
・品質管理、製品管理
・商品価格の設定 
等です。

例えば、13世紀には、農民は自分で収穫した麦を自分で製粉するして売ることは許されていませんでした。必ず、粉引きのツンフトへ持って行かなければなりませんでした。ドイツのフランクフルト空港の西側にあるマインツではすでに11世紀初頭にツンフトがあったそうです。

ツンフトの共同体はもし組合員の誰かが、骨を折ったり(中世では骨を折ることは「命取り」で、職業復帰はまず考えられませんでした。)死亡や火事に見舞われたときなど、お互いに助け合いました。
また、その都市(国)の教会広場で市が開かれる時はツンフトの屋台が立ちました。今でもドイツのほとんどの町のマルクト広場で、同じような光景が見られます。

ギルトとツンフトの主な職業の種類

Bogner (弓職人)
Helmschmiede (ヘルメット製造)
Leinenweber (織物職人)
Messerschmied (鍛冶屋)
Nachtwaechter (火の用心、夜警)
Nagelschmied (釘職人)
Panzerschmied (鎧職人)
Steinmetz (石工)
unehrliche Uhrmacher (砂時計、日時計職人)
Zoellner(収税吏)
Kraemer (雑貨業)
Schneider(服仕立て屋)
Tuchscherer (カーテンやテーブルクロス、シーツ等仕立て屋)
Kuerschner (毛皮職人)
Weinleute(ワイン職人)
Sattler(馬の鞍職人)
Maler(壁のフレスコ画職人、ペンキ屋)
Unterkaeufer(仲買人)
Baecker (パン職人)
Mueller (粉引き職人)
Wollweber (毛織職人)
Hutmacher (帽子職人)
Leinwandhaendler(壁布職人=布地の壁紙を作る)
Bleicher (鉛職人)
Metallhandwerker(鉄製品販売業)
Waffenschmiede(武器をつくる鍛冶屋)
Scherer(はさみ職人)
Bader(床屋)
Gerber(なめし皮職人)
Weisslederer und Pergamenter(白い皮のなめし職人、パーガメンター《太鼓の皮、本の紙の代用》
Metzger(肉屋)
Vieheinkaeufer (食肉用家畜取り扱い業)
Schuhmacher(靴屋)
Zimmerleuten (大工)
Bauhandwerker(建設作業員)
Fassbinder (樽職人)
Rebleute (ブドウ栽培業)
Schiffleuten (船乗り)
Fischer(漁師)
Seiler (ロープ職人)
Karrer (2輪の荷車職人)
Traeger( 馬などに引かせる荷車職人)
Gaertner (庭師)
Oeler(油売り)
Goldschmiede (装飾用金職人)
Seidenfabrikanten (絹染物業)
Geldwechsler(貨幣造幣業)
Salzhaendler(塩の商人)
等。このほかにも、レンガ作り、家具職人、ガラス職人、ろうそく職人、鍋職人、瀬戸物職人等や、近代になると、はと時計職人、バイオリンやチェンバロ職人、印刷業、製本業などが挙げられます。

参考URL:http://www.eckhart.de/index.htm?handwerk.htm
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この回答へのお礼

大変詳細なご回答、ありがとうございます。
内容について質問させていただきたいのですが、

>手工業者は職業訓練のためにツンフトの集まった場所に住んで、そのツンフトに必ず所属しなければなりませんでした。

都市(市壁内)で、同業種が固まっているのが想像が付きませんが、徒弟など修行段階に限った話なのでしょうか?
それともう一点、骨折が命取りというのが社会的な意味合いか、肉体的なものか教えていただけるとありがたいです。

回答に質問を重ねて申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。

お礼日時:2008/04/03 18:55

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Q中世ヨーロッパの税について

時間場所は特定しませんので、ざっくりと答えていただけたら嬉しいです。
日本では年貢米のイメージですが、中世期のヨーロッパでは税はどうだったのでしょうか?

納める物や、納期、徴収される対象の人は?

Aベストアンサー

ざっくりということで,ざっくり回答してみます。(笑)

税には幾つかの種類が存在しますので,主な税を纏めてみます。

・人頭税
一番有名な税かもしれません。
これは,そこに住むだけで一人ひとりに課される税です。
全ての人に同じ率の税が課されるため,世界で最も平等な税とも言われています。
しかし,所得などまったく考慮されないため低所得層の負担が大きな税制でもあります(これを税の逆進性と言い,消費税値上げ論議でよく言及されます。)


・土地税
名前の通り,土地に課される税です。
今で言う固定資産税みたいなものでしょうか。
納税は,その土地で出来た作物や一定の時期における労役などがあります。


・荘園制
領主が一定の領地を支配し,その中で人々が暮らす社会制度です。
そこに住む人々は,自由民と農奴にわかれます。(農奴も法的には自由民だが実態は奴隷のようでした)
農地も自由民に貸し与えられた農民保有と,領主自身が経営する直営地とからなっていました。
納税は,現物納税と直営地での労役が課され,領主はその収入の中から国などに収めました。
また,土地は世襲されるため,結果的に農奴の移住は殆ど認められていませんでした。

・十分の一税
住民に対して,教会に収める税金です。
その名の通り,教会が収入の十分の一を教会(貧者・病人の救済,教会運営が名目)に収めさせた税です。
領主への税負担と同時に求められたため,農民からしてみれば二重負担のようなものでした。
この場合も物納が基本でした。

これ以外にも,結婚税・死亡税・粉挽き小屋使用税,輸出入にかかる税金などなど,あらゆる機会にあらゆる税が課されました。
しかし,農業生産能力が上がり庶民が裕福になると,こうした税負担に反発して反乱を起こすようになっていきます。
それが宗教改革・社会革命に繋がり,フランス革命の遠因にもなりました。


>納める物や、納期、徴収される対象の人は?

納めるものは,農作物・工業製品・労働力・貨幣などなど。
納期は,農作物が収穫できる夏~秋頃であったり,春先であったり,何かの行為(結婚,商売など)をするタイミングだったりと色々です。
徴収されるのは殆どの人がそうですが,庶民→領主A→Aを庇護下に置く有力貴族→王侯貴族という流れでしょうか。
もちろん,王侯貴族も直営地や荘園を持っており,それに加えて庇護下におく貴族からも徴収するという感じですね。


と,ざっくりと纏めるとこんな感じです。
ではでは、参考になれば幸いです。

ざっくりということで,ざっくり回答してみます。(笑)

税には幾つかの種類が存在しますので,主な税を纏めてみます。

・人頭税
一番有名な税かもしれません。
これは,そこに住むだけで一人ひとりに課される税です。
全ての人に同じ率の税が課されるため,世界で最も平等な税とも言われています。
しかし,所得などまったく考慮されないため低所得層の負担が大きな税制でもあります(これを税の逆進性と言い,消費税値上げ論議でよく言及されます。)


・土地税
名前の通り,土地に課される税です。
今で言う...続きを読む

QSF小説にでてくる中世時代での治安を守る組織について

質問は大まか2つあるのですが、、
町の治安維持という名目で現在の機動隊の役割にあたる
中世ヨーロッパにおける組織?呼称ってなんですか?

背景にもよるかと思うのですがSF小説には町を守る存在とし
親衛隊や近衛隊~カタカナ名@隊長なるお偉い人が絶対でてきますが
上を行く階級、この人に指示する人はどんなポジション役割をもった人なんでしょうか?

wikiをみてもこんがらがるばかりで国があって統治する国王がいて領主/封建貴族?が町を治め、
そしてその町や村の治安維持はどこが指示をだしどのように連携されてるのか組織図体が掴めません。

そーいった時代、交番みたいなものはあったんでしょうか?
今で言う警察が役人と称される人たちのことですよね?
駐在所を設置したとして配備される役人の正体は国王か領主が手配した
常備軍か何かしらの軍人さんなのでしょうか・・??

うーん疑問が色々mixしてるかもしれませんが、ご存知の方教えてください<>

Aベストアンサー

中世ヨーロッパも色々な国がありますので一概には言えませんが・・

日本の封建主義もそうなのですが、封建主義というのは、階層社会を必要とします。
このとき、貴族・農民・町民(平民)などに分かれた階層は、自分たちの地域(町・村)などを基本的に自治で治めています。
もちろん国王や貴族は、農民などに対して収税の権利を持っているのですが、国王の兵隊や行政組織が直接取り立てるよりも、農村ごとに集めて納税するということをしていました。
日本でいえば、このような機能を持っていたのが庄屋・名主です。もちろんそれなりの富裕者であり、村の実力者でもありました。

レンブラントの有名な夜警は、町民の自警団を書いた作品ですが、これは先ほどの庄屋と同じような町の有力者が、お金を出したり、住人を説得したりして組織するものです。

さて国王や貴族の側から見てみると、彼らは収税されたモノで豊かな生活を送っています。これだけだと、貧しい農民などは怒って税金を払わなくなってしまいます。
当然に、王・貴族には自分の領地の人民に対して、安全な生活を送るための軍隊や医療、その他行政を行なう必要がありました。

社会科の授業だと、王や貴族は贅沢な生活をして庶民を省みないように書いていますが、そのような王や貴族は少数派で、大多数の貴族はまじめに領地を治めていました。(ノブレス・オブリージュともいいます)
このような王様や貴族のために、近衛兵とか親衛隊などがあり、軍人は忠誠を誓い、なにかあったときに命を懸けて戦かったわけです。

結局、近衛兵から見れば、忠誠を誓った王様を守るということは、王様が大事にしている領地の人民を守ることと同義です。もちろん領民も自分たちの生活がかかっていますから、必要に応じて軍隊に参加します。
こうして、町を守る最後の砦として、軍隊(領民含む)が出動するときに、えらい近衛隊長が指揮をするという構図が出来上がります。
もちろん領民も参戦してますが、職業軍人ではありませんので、指揮してくれる人がいなければ戦いになりません。
このように、他国との戦争の場合は領地の各階級が一体になるのです。

最後に警察権ですが、先ほど王・貴族が安全な国を作る義務があると書いたとおり、行政としての警察や裁判所・刑務所などは領地を治める側が行ないます。
しかし各階層は自治もしてますので、たとえば町民組織の中での犯行、詐欺事件などの場合は、その組織の内部で犯人を特定し、捕らえてから警察に渡すということも行なわれていました。
必要に応じて、町民(村民)組織の自治が優先されたのです。

なぜこのようになっているかの理由を書くと、古代からの歴史書になってしまいますので、書きませんが、ごくごく簡単にいうと、町とか村などの自治組織は貴族などの階層化よりも前、大きな町ができる前にできていた文化であり、場合によっては各階層は人種も違ったりする場合もあるので、後から権力を得た支配者でも、それを壊すような領地運営はうまく行かないし、むしろそのような慣習を利用したほうが都合がよかったということです。

中世ヨーロッパも色々な国がありますので一概には言えませんが・・

日本の封建主義もそうなのですが、封建主義というのは、階層社会を必要とします。
このとき、貴族・農民・町民(平民)などに分かれた階層は、自分たちの地域(町・村)などを基本的に自治で治めています。
もちろん国王や貴族は、農民などに対して収税の権利を持っているのですが、国王の兵隊や行政組織が直接取り立てるよりも、農村ごとに集めて納税するということをしていました。
日本でいえば、このような機能を持っていたのが庄屋・...続きを読む

Q『金貨』『銀貨』ってどのくらいの価値?

よくゲームや漫画などで「金貨」や「銀貨」が出てきますが、どのくらいの価値があるものだかわかりません。
もちろん世界観、現実世界でも時代や地域によって価値は違うのでしょうが、「金貨一枚あればこのくらいのことができる」というのを教えてもらえないでしょうか?

剣一本でこのくらい、とか。
平均的な市民の○○日分の賃金に相当する、とか。

想像力の乏しい自分には、金色のコイン→500円玉という安直なイメージしか生まれません(笑)
「ホレ、報酬の金貨10枚だ」なんてセリフがあったとしても「たった5000円?」みたいにしか思えないのです。

Aベストアンサー

ファンタジー系は中世の西洋を参考にしていると思いますので…。
16世紀あたりのイギリス通貨だと、
銅貨4枚=銀貨1枚
銀貨12枚=金貨1枚
くらいだったと思います。
銀貨や金貨は実際には○○銀貨や○○金貨とあり、それによってレートも変わったりするので絶対これが正しいとは言えませんが・・・。

労働者の賃金は銀貨15~18枚(1日)くらい、パンの価格は銀貨8枚(3日分)くらいだったと思います。
日給が金貨1枚ちょっとということで1万円くらいだと考えると、金貨10枚で10万円。大金ですね。
こんな感じのイメージでいいのではないでしょうか。

Q男爵領、伯爵領の規模って

西欧の貴族の男爵領、伯爵領等について。

男爵領や伯爵領等の貴族の領地の基準は何で決まるのでしょう?

ここまでが男爵領、これ以上が伯爵領、侯爵領というような基準を知っている方がおられたら教えていただきたいのですが。

Aベストアンサー

爵位と領地の広さは関係ありません。
男爵領を持つ領主を男爵と言い、伯爵領を所有する領主が伯爵となります。
そもそも男爵とは、昔からその地を収めていた豪族にあたります。
子爵は、上級領主から派遣された者がその地に根づいた者、伯爵は、国王や上級領主から叙勲された者をいいます。
ですから、昔から広大な所領をもっている土豪は、広大な領土を持つ男爵となります。
12世紀ごろ南フランスのカルカッソンヌ子爵は、カルカッソンヌ・ベジエ・アルビなど広大な領土を支配していました。
それは、フォア伯爵領の2倍にもなり、アンジュー伯爵領やブリターニュ公爵領にひってきする面積になりました。

Q貴族や騎士・兵士は何人ぐらいが妥当でしょうか?

貴族や騎士・兵士は一国あたり何人ぐらいが妥当でしょうか?

異世界ファンタジーの世界設定をしているのですが、行き詰っています。
一国あたりの貴族の人数、またはそれに伴った領地の数がよくわからないからです。
モデルとなる時代は14~15世紀ごろです。銃やプレートメイルが普及し始めたぐらいで、船は帆船が主流という設定です。
色々調べてはみたのですが、例えば公爵が何人で伯爵が何人などの具体的な数を探しあてられなかったので、知識人の力をお貸しいただけたらと考えた次第です。
下記の条件で、本当におおまかな数(“少なくとも○人は居て、○人以上だと多い”程度)で良いので妥当な数をお考え頂けないでしょうか。
ちなみに騎士はほぼ騎兵で、歩兵は傭兵を雇うのが一般的ということでお願いします。
■A国
絶対王政
国土面積:約2100万平方キロメートル(現在のロシアと中国の間くらいです)
人口:約5000万人
爵位:公爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、準男爵、士爵
10以上の国を併呑し、統一して誕生した大国。
貴族は文官と武官に別れ、文官は領地を持たず武官は領地を持っている。
士爵は領地を持たず、武勲をうちたてた騎士に贈られる一代限りの爵位。
軍は国の軍(王の常備軍?)のみ。ただ、全員が王都にいるわけではなく、王族を守る近衛兵と、王都を守る兵、国境を守っている兵(全て騎士)に別れる。王都と国境以外の街は、領主が雇った警備兵(庶民)が常駐する。稀に警備兵から騎士に取り立てられる者がいる。戦時中のみ傭兵を雇う。
海洋貿易が盛んで、海軍がある。海軍は貿易航路と海岸沿いを守っている。
同程度の規模の敵国と国境(山と川)を接していて、現在は冷戦中。

■B国
絶対王政
国土面積:約100万平方キロメートル(現在のエジプトくらい)
人口:約255万人
爵位:公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、士爵、名誉士爵
軍事的に強い国ではない。隣国の二国(東西の国)と三国軍事同盟を結んでいる。
あまり裕福ではなく、極端に貧乏でもない。海が無い。
士爵は領地を持たず、武勲をうちたてた騎士に贈られる爵位。世襲制。名誉士爵は伯爵以上の位を持つ者が、何かしら国に貢献した者に与えられる一代限りの位。免税と、街に入る際の優先権が与えられる。
軍の形は海軍が無いこと以外はA国と同じ。
同盟のため東西の守りは薄く、南の国境を重点的に固めている。北は砂漠で、国が無い。

以上です。
そもそも上記の条件の時点で無理があるという場合は、そちらもご指摘いただけたらと思います。


それとタイトル外のことなのですが、上記の設定で色々考えた結果、全世界の人口が二億人ちょっと程度になってしまいました。
ちょっと人口が少なすぎるかなと思うのですが、いかがでしょうか……。もしわかるなら、合わせて答えていただけると嬉しいです。

貴族や騎士・兵士は一国あたり何人ぐらいが妥当でしょうか?

異世界ファンタジーの世界設定をしているのですが、行き詰っています。
一国あたりの貴族の人数、またはそれに伴った領地の数がよくわからないからです。
モデルとなる時代は14~15世紀ごろです。銃やプレートメイルが普及し始めたぐらいで、船は帆船が主流という設定です。
色々調べてはみたのですが、例えば公爵が何人で伯爵が何人などの具体的な数を探しあてられなかったので、知識人の力をお貸しいただけたらと考えた次第です。
下記の条件...続きを読む

Aベストアンサー

●回答・・・14~15世紀の頃ではなくて申し訳ないのですが・・・

○1700年頃(17世紀)のイギリスにおける貴族(公爵~男爵)の数は約180家で、準貴族にあたる准男爵が約800家、騎士爵が約600家。
そして、この頃のイギリスの人口は約900万人で軍隊の規模は約7万人でした。
ちなみに現在のイギリスにおける貴族は公爵が31家、侯爵が36家、伯爵が197家、男爵が495家となっています。
なお現在のイギリスの人口は約6000万人です。

○1700年頃の他の国の人口と軍隊の規模は、
フランス・・・人口約1900万人。軍隊は約35万人。
ロシア・・・・人口約1700万人。軍隊は約22万人。
プロイセン・人口約200万人。 軍隊は約3万9千人。
スペイン・・・人口約600万人。 軍隊は約3万人。

○なおヨーロッパの人口は1600年(16世紀)でも約1億人程度だったそうです。
ちなみにその頃のヨーロッパの人口の約四分の一は、ハプスブルク家の領地に住んでいたと推定されています。

○軍隊における兵士の数は、当然、その国のおかれた周辺の状況にもよってくるでしょう。
戦争状態にあったり、敵対国家が隣接していれば大きな軍が必要になりますし、周辺全てが友好国ならば、軍の大きさも抑え目になる場合もあるでしょう。
前述した1700年頃の人口と軍隊規模からは、人口の約0.5%~約2%程度が兵士であった事がわかります。
ただし、これも絶対というわけではなく色々なケースがあります。
特に傭兵を雇う場合、資金があればかなりの軍を維持できます。
16世紀、「北方の獅子」と呼ばれたスウェーデンのグスタフ2世王は、ドイツに進攻し軍事的成功をおさめ、15万人の軍隊を率いています。
しかし、そもそもこの頃のスウェーデンの人口は約100万人程度しかなく、15万人もの兵士のうちスウェーデン人はその約2割の3万人程度でしかなく、他は現地のドイツ人やイギリス人などの傭兵だったそうです。
ただ、傭兵を雇えばお金がかかります。
グスタフ2世王は現地ドイツの味方の貴族や都市から寄付金を募り、味方でないところの都市や、貴族からは、攻めない略奪しないと約束して、安全保障費を払わせ、軍を維持する資金を得ていたそうです。
ただし、傭兵を雇用し資金繰りに苦しみ失敗した例もあり、それがハプスブルク家です。
前述した16世紀におけるハプスブルク家の領地の人口は約2500万人ですが、この頃、ハプスブルク家の軍は、傭兵を主体に30万人を超えました。戦争も多く戦費も嵩みます。その結果、国の財政は殆ど破綻しています。

■そういうわけで、知恵を絞り、歴史に学び、工夫すれば、かなりの軍を作品内で動員する事が可能になるかと思います。
良い作品ができますようお祈りいたしております。

●回答・・・14~15世紀の頃ではなくて申し訳ないのですが・・・

○1700年頃(17世紀)のイギリスにおける貴族(公爵~男爵)の数は約180家で、準貴族にあたる准男爵が約800家、騎士爵が約600家。
そして、この頃のイギリスの人口は約900万人で軍隊の規模は約7万人でした。
ちなみに現在のイギリスにおける貴族は公爵が31家、侯爵が36家、伯爵が197家、男爵が495家となっています。
なお現在のイギリスの人口は約6000万人です。

○1700年頃の他の国の人口と軍隊の規模は、
フランス・・・人口約1900万人。軍隊...続きを読む

Q欧州の古い建物に石造りが多いのはなぜ?

日本では古来から建築材料は木材と土と紙(障子、ふすまなど)と決まっています。
石造りの建造物というと、古墳とか城の石垣など、権力者の為のとてつもない建物であり
一般人の住居や寺社仏閣の建造物は木材が圧倒的に多いです。(沖縄は石造りの家が多いらしいですが、あそこは古来は日本ではなく琉球国ですので省きます)

これに対して、欧州では古代から石造りの建物を作っております。
古代ローマでは石造りの4階建てアパートなんかもあって、庶民が住んでいたそうです。
寺院などはもちろん石造りであり、建設重機もない時代に、どうやって作ったのか、不思議に思えて仕方のないものばかりです。

利点としては、木材よりも頑丈、という点ぐらいしか思いつきませんが・・・・・

なぜ欧州では木材と比較して加工が大変で、重くて運搬が大変な石材を建築材料に選んだのでしょうか?
木が生えていなかったのでしょうか?
宗教上の理由でしょうか?

Aベストアンサー

気候風土に合わせる為です湿度が多く夏の暑い日本では、建具を外せば風が通り抜ける構造で、大きな屋根に萱や瓦などを葺いて断熱性を良くします。

冬は家の中で囲炉裏や火鉢で炭火の暖房や調理ですから、木造で隙間だらけの方が、換気が出来てむしろ良いのです。

日本で石創りの窓の小さい家を建てれば、湿気や熱や換気の問題で大変な事になります。

ヨーロッパなどでは、建てるのに何十年も掛けて、出来れば何百年も使用するので頑丈な石創りなどになります。

使い捨て感覚の家具に対して、ヨーロッパなどは孫子の代まで使用する感覚もそこから来ていると思います。

ちなみに、日本でも宇都宮では特産の大谷石を使った、建物で蔵等がありますが、やはり住まう部分は殆ど木造です。


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