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昔の人は「枕草子」とかの文章をそのまま日常会話として使っていたのですか?
それともあの言葉は文章用でほかにしゃべり言葉があったのでしょうか?
またそのまま日常会話として使っていたのだったら今日のようなしゃべり言葉になったのはいつの時代からでしょうか?

A 回答 (5件)

 この手の推測はテレコが無い以上、所詮は推測でしょうが高価な紙にはそれなりの文章・・・つまり「話し言葉」でない「書き言葉」を書いていたと思います。



 現在使われている言葉から類推し、大胆な仮設をたてると「話し言葉」が文章に書かれるようになってきたのは上方文学から、それも「西鶴」の頃からではないかと推測します。

 一般庶民も読む「仮名混じり」の黄表紙的な本は会話らしい表現が随所に見られますね、、、しかし今日のような「しゃべり言葉」になったのはいつかと言われれば、連続した時間の線上の上で「いつ」とは決めかねます。

 一般には明治以降とか、戦後とか部分的には否定できない例もありますが、現在の話し言葉にも抑揚の無い「カレシ」とか、逆に語尾を極端に上げタリィ・・・という話し方が定着すれば、21世紀語と言えるかも知れません。
 
 
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回答ではないです。


一般に書き言葉は、文字として残るので、変化しずらいのに対し、
話し言葉は容易に変化します。
よって、書き言葉のほうがより古い言葉づかいになるというのは
不自然のことではありません。
かつて書き言葉と話し言葉がずいぶん違ったこともあったようですが、
「言文一致」とかいうので、書き言葉が、古い言葉づかいから
話し言葉なみの新しい言葉に改められました。

でも今「ら抜き」は駄目だとかなんとか、言葉はこう遣うものだなんて
定めようとしてますから、また書き言葉と話し言葉の食い違いが大きくなるでしょう。
言葉は変わるものなのに(^_^;)
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時代がぜんぜん違うんですけど、ちょっと参考になるかも知れないので・・・。


戦国時代の武将・黒田如水(官兵衛=かんべえ)の事をカトリックの宣教師はQuanfioyeと書いていたそうです。(司馬遼太郎著、播磨灘物語の冒頭参照)当時の人は”くわんふぃおいえ”って呼んでたんでしょうねえ。
旧かな使いの文をみると官と言う文字は”くわん”とかかれてますから、昔の口語が文章表現では残ってたんですね。
話言葉って常に変化してますから、いつ頃とはいえなくって、だんだん変わってきたんだと思います。
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参考になるかどうか解りませんが、ひとつ知っていることをお話しましょう。


『枕草子』に関して言えば、あの文章は、他の王朝文学と比べ、かなり砕けた文章だそうです。
橋本治氏の『桃尻語訳 枕草子』が『枕草子』が書かれた当時の印象に近いものである、と教授から教わったことがあります。
確かに、宮中の言葉は古来より特別なもので、一般人がはなしたことはなかったでしょう。
現在でも宮中で使用されている女房言葉は大凡一般人には理解できない特殊なものです。
また、現在でも文語と口語があるように、昔も記述する場合の言葉づかいと話す場合では違いがあったと思われます。
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専門知識が乏しいので参考になるのかどうか。

でも基本的な日本語はこの国が文明を確立していった時点で既に出来あがっていたんだと思います。ただ、それは市井の人のレベルの話で、皇族や貴族といった特権階級の人になるとその世界で使用する専門用語が多様されていったのではないでしょうか。現在でも業界用語といった隠語が存在する様にその世界に相応の言語が叉存在してたんだと思います。式部も納言も業界のヒトでしたしネ(笑) あとは時代に繁栄した新語が付いて来た、とこう考えるのですがどうでしょうか?
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