テレビ朝日のプロレス中継を見ていたら、猪木のマイクパフォーマンスを放送していました。
ボロボロの服を着て「人生のホームレス」なにがしとしゃべっていたのですが、さすが詩集を出すだけあって、一言一句にお客さんも喜んでいたようです。
さて、そのマイクパフォーマンスの全文が知りたいのです。
全文、正確に。ここに掲載しても大丈夫であれば、教えていただきたい。
よろしくお願いします。

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A 回答 (1件)

参考URLは新日本プロレスのオフィシャルサイトです。


このページの中ほどに「2/18両国国技館」というのがありますのでクリックしてください。そして「試合結果」をクリックして出てくるページの中ほど、小島・天山のタッグの結果の下に、猪木が喋った全文が載っています。

参考URL:http://www.njpw.co.jp/result/result.html
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
最初に自分で「猪木」「両国」で検索したのですが、目的は達成できず。
新日のオフィシャルなサイトがあったのですね。今後のためにブックマーク。
2/18 の猪木登場の所を見つけました。
が、もうちょっと。これは完全ではありませんね。「このばかやろー」は入り口で止められたからからという前振りが入っていたと思います。
「人生のホームレス」のあたりも、もうちょっと何かしゃべっていたと思うのです。
「ビデオダビングしてください」というのは著作権の問題があるでしょうから頼めません。
どこかに、テキストに起こしてくれた方、それが載っているサイトなどがあればと思ったのですが。
引き続き、みなさんお願いいたします。

お礼日時:2001/03/04 03:59

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Q猪木の道の全文

猪木の道の全文がわかる方いたら教えてください。たしかすごい人生の教訓になるような文だったような気がします。

Aベストアンサー

アニメの一休さんの名言ですね

この道をいけばどうなるものか!
歩むぶなかれ、歩むべば道は無し!
踏み出せば、その一足が道となり、
その一足が道となる!
迷わず行けよ、行けばわかるさ!
ありがとー!!
1,2,3、だーーーーーーーーー!!!

Qアントニオ猪木さんのパフォーマンス

猪木さんはいつから「1、2、3、ダー!」や「元気ですかー!」、「闘魂ビンタ」といった
パフォーマンスを始めたのでしょうか?
現役時代を知らないので、現役当時の印象も含めて知りたいです。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

「1、2、3、ダー!」について
はじめて行ったのは1990年2月10日東京ドームでの「猪木、坂口組対橋本、蝶野組」
の後です。
それまでは試合に勝った後に勝利のおたけびのように”ダー!”とすることは
あったものの、一人で行うものでした。
しかしこの試合の後、マイクパフォーマンスで”ご唱和”を求め、
観客と一緒にするようになりました。そのとき観客に説明するために
”1、2、3でダーです”と冷静に言っていたことに失笑が起きたのを覚えています。

ちなみにこの試合は、この時代のプロレスファンなら知っている事件が
他に2つ起きています。ひとつは試合前に猪木が佐々木アナをビンタした際に言った名言、
もうひとつはやはり試合前に橋本が言った迷言です。

このとき猪木は参議院議員になっており、試合をあまりしていませんでした。
さらに年齢もあり、引退がチラついていました。そんな中、東京ドームでの試合で
相手は2世代下の闘魂三銃士の2人ということで、試合前の控え室で
佐々木アナが”負けた場合、引退を考えなければならないのでは?”といった
趣旨のインタビューをしたところ、”やる前に負けること考える馬鹿いるかよ!”という
言葉とともに佐々木アナをビンタしました。

ところかわって、闘魂三銃士側の控え室。意気込みを聞かれ蝶野が、
”潰すよ今夜は、見とけよオラ”と言った後、橋本が”時は来た!それだけだ”
という迷言を。笑いをこらえるため、せきをするフリをする蝶野。

これらはyou tubeなどにもあると思うので、ご覧になってはいかがでしょうか。

なお、「闘魂ビンタ」はWikipediaのアントニオ猪木のところに詳しく書いてあります。
あと、「元気ですかー!」の初は分かりません。

「1、2、3、ダー!」について
はじめて行ったのは1990年2月10日東京ドームでの「猪木、坂口組対橋本、蝶野組」
の後です。
それまでは試合に勝った後に勝利のおたけびのように”ダー!”とすることは
あったものの、一人で行うものでした。
しかしこの試合の後、マイクパフォーマンスで”ご唱和”を求め、
観客と一緒にするようになりました。そのとき観客に説明するために
”1、2、3でダーです”と冷静に言っていたことに失笑が起きたのを覚えています。

ちなみにこの試合は、この時代のプロレスファンなら知っている...続きを読む

Q猪木vsモハメドアリ

昨日,モハメドアリと猪木の試合を初めて見ました
自分自身ちょっとマニアックかもしれませんが
日々,こうやっていろいろな人の研究をしています
そこで疑問ですが,「本気の試合」と聞いていたのですが
両者ともガチだったのでしょうか?
ちょっと,そうは見えなかったものですから・・・
見る前のイメージでは,PRIDEをイメージしていましたが,地味に見えました
対戦は1回だけですよね・・
どういったルールだったのでしょう
本当に両者本気には見えなかったのです・・・
見所や駆け引きのわかっていない未熟な自分の責任もあると思いますので
皆様の意見を聞いた上で,もう一度見ようと思います!
よろしくお願いします

Aベストアンサー

下記サイトを参照してください。
ルール、試合までの経緯等、詳細に書いてあります。

どんな不利なルールでも、どんな借金をしてでも、世界一強いと
言われている人間と試合をやるという、猪木の生き様がすごいと思います。
(そういう面で猪木を超えている人って今でもいないと思います。)

また数年前、ナンチャン司会で「猪木VSアリ 25年目の真実」
って番組やってました。 (僕はコレみて泣きました)

ルールが不利な中、パンチ一発まともに受ければKO、
という状態での有効な攻撃=アリキック は、試合中に猪木が
とっさにひらめいたもの、だということでした。

ほかにも
試合後アリは入院した、とか、
後にありが猪木に自分のテーマ曲「アリ・ボンバイエ」を贈った、とか、
いろいろエピソードがありますので、じっくり研究してください。

イノキ・ボンバイエ!

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~YF7M-ON/ariix.html

Qアントニオ猪木さん

アントニオ猪木さんに総理になってもらって、
そのリーダーシップを発揮してもらうというのはいかがでしょう。
聞くところによると猪木氏は、
バイオ燃料にずっと以前に目をつけて投資していたとか。
本当は先見の明もあり素晴らしい人物じゃないんですか。
猪木氏が総理になればきっとみんなついて行くと思います。

Aベストアンサー

40年来の猪木ファンです。
過去、スポーツ平和党に投票したこともあります。

ですが

猪木はカリスマやリーダーシップはかなりあるようですが、実務能力には疑問があります。

山師的な気質が強く、バイオエネルギー(アントンハイセル)なんかも一攫千金を狙って大失敗に終わりました。
その後、バイオエネルギー事業は他人に受け継がれそれなりの成功があるという噂を聞いていますが事実かどうか私にはわかりません。

その後、フリーエネルギー事業(永久運動)に引っ掛かり、当然これも失敗しました。
こういうものに引っかかってしまうのは中学生なみの物理の知識も無いということです。

プロレス興行でもエネルギー事業でも失敗を繰り返していますが、一個人の事業レベルの失敗ですので「さすが猪木、おもしれーなー」と見ていられますが、さすがに自分の命や一国を彼に預ける気にはなれません。

Qバトラーツが猪木軍にいない訳

ZERO-ONEの橋本と猪木がもめた時、ZERO-ONEに参戦予定だった
バトラーツが、猪木側に就くということで、ZERO-ONEを反故にして、
猪木軍入りを発表したことがありますよね。

その後、結局石川選手の猪木軍としての活動は一切なかったと思うのですが、
これは結局猪木にホサレタのでしょうか?

バトラーツが活動休止状態になった今、
石川選手は一生懸命ZERO-ONEに謝罪していますが、
マネージャーが悪かったようなことを言っていますよね。
このマネージャーって、PRIDEでレフェリーをやってる人のようですが、
いったいどういう関係だったのでしょうか?

あわせてご存知の方、教えて下さい。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 バトラーツが猪木軍に入ると聞いたとき、正直「いつ捨てられるかな」と思いました。というより別に猪木の口からはっきり猪木軍入りを認めたようなコメントは何一つ無いと思います。唯一の活動といえばあの「モハメド・アリ」戦ぐらいですがもしあの試合で勝っていても結果は同じだったように思います。ほされたというより相手にされてなかったのが現実では・・・・。

 また、マネージャーの件ですがレフェリーの島田裕二のことですね。彼と石川選手は、石川選手がデビューした藤原組以来のつき合いで、一心同体のような仲だったのですが。ZERO-ONEボイコット事件で猛烈な批判を浴びた時も2人で週プロに反論したりしていたので、今になって島田レフェリーのことを悪く言うのは筋違いではないのでしょうか。

 これから石川選手もレスラーとして生きていくのなら試合で真摯な姿勢を見せていくしかないでしょう。

参考URL:http://www.ops.dti.ne.jp/~batbat/index.html


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