CDの保有枚数を教えてください

約7年前から対人恐怖を患っています。
そのせいで大学を2年間休学していました。
去年ある病院の先生から人は人、自分は自分、マイペースでとのアドバイスを頂き復学することができました。(薬はのんでいます)
しかし、親しい友達や彼女は中々出来ずにいます。
サークルにも所属していますが、なかなか仲のいい仲間ができません。
どうしたら充実した大学生活を送れるでしょうか?
どなたかアドバイス宜しくお願いいたしますm(__)m

A 回答 (6件)

まずよく復活出来たね、2年間休学するほどの病態からサークルに入れるまでに?簡単に概要を書けば勇気付けられる方は多いでしょう。

仲のいい人間が多いに越した事はないでしょう。でもそんなくだらぬことより今のポジティブな現状をおおいに評価し、自分をおおいに誉めてあげて下さい。友を作る環境は自分で築いた、あとは努力など不要、欲しがる程に逃げられるものです、ステレオタイプを是とする苦労知らずのバカ学生の本能?みたいなものかな、類は友を呼ぶ、心優しいあなたのような人が遅からず現れるはずです。
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この回答へのお礼

とても嬉しいお言葉ありがとうございますm(__)m

お礼日時:2009/04/10 21:51

神経症というものを学んでみると言う事はいかがでしょうか?私は神経症になって完治をした経験が在ります、その経験から貴方に書いてみます。

神経症は極度の思い込みです、ですから、たぶん私の書いたものは、筋違いと感じられるかも知れません。それはそれで仕方が在りませんので、ただ読んで見て下さい。分かる時節が来た時には、ピタリと判ると思いますので。

はじめに神経症というものが何であるのかを書いてみます、終りに治し方も書いておきます、是はあくまでも真実ですが、ただの理論でしかありません。実際は貴方自身が学ぶ以外には貴方の治りでは有りません、学んでみて下さい。

神経症とは認識の誤りと言えます、それは自分自身を、自我意識が働かせていると言う思い違いの事です。人間は自我意識だけで生きている訳では有りません、この事が分かり難いために、神経症や精神疾患や自律神経失調症が解明し難くなっています。是等には共通している事が在ります、それは自我意識で生きて行こうとしている事です。

自我意識だけで体を使っている状態が、吃音や書痙や不眠症という事です。自我意識だけで体の調子を整えたいとしているのが自律神経失調症です。又自我意識だけで心の調子を調節したり、整えようとしている事が神経症の中の心の違和感を訴えていると言う事になります。或いはそれが強度の場合には精神疾患という事になります。

貴方の場合には人に会う時に「意識」をしてしまって、無意識に入れなくなってしまう事で、対人関係がぎこちなくなっています。その原因は「意識」をすると言う事になります。その意識をすると言う事が昔から人間を苦しめてきました。是が全ての宗教の元になっています。

心に湧きあがる漠然とした不安の事です、訳の分らないものからの脅し、つまり、罪悪感という事になります。是が高じた場合に心はパニック状態になります。是がパニック障害という事になります。

この事の説明は「聖書」の中に在ります。人間が一番幸福な状態の事を天国という風に捉えていますが、「天国に一番近い存在は幼子」と書いて有ります。是は脳が未発達という意味になります。つまり分別していないと言う事です。いないと書きましたが、本当の意味は、分別出来ないと言う事です。

何故ならば、脳の機能が未分化の状態という事になります。思春期頃に脳の機能、右脳左脳の機能がはっきりと自覚出来るようになります。つまり「意識」する、或いは「意識」出来るようになるからです。この意識して、反省したり、他と比べたりすると言う事がすなわち、「知恵のリンゴを食べたと言う事になります。」人間の苦悩が始まると言う事です。

この二つの脳の機能が分化した、という事には大変な意味が含まれています。それは二つの意味が含まれています。一つは心の分裂という事になります。つまり、二つになったものが対立と矛盾を起こすと言う意味です。もう一つは、二つになった者が違う機能を持っていると言う事です。

スペリー博士の分離脳の研究成果である、左脳の機能は言葉で表現できると言う機能と、物事を分別出来る機能という事になります。分別という事の意味する処は「有限」に属していると言う事です、はっきりと言うならば、有限の人生しか理解出来ないと言う事になります。是が人間の越えられない悩みを作っていると言う事になります。

右脳の機能は言葉のない世界、分別出来ない事を理解する、感情や感動や、体の調節、命そのものの働きを整える、空間の認識、他には、自分の体や心を自在に働かせると言った機能と言えます。言い方を替えたならば分別出来ない事とは「永遠、無限」という事を理解していると言う事になります。他のものと置き換えたならば。計算できない事は未来の予測という事になります。

人間が病んで行くと言う事、悩んでいる事、心いが病んでいる事は皆この事が関係してきます。自分自身が分からない、自分の事が分からない。この事が人間を悩ませています。

人間の悩みとは何であるのかと言えば「心の矛盾です」是は左脳の自我意識と、右脳の意識の矛盾と対立という事になります。それでは右脳の意識はどこに在るのかという事になります。是は無意識の中に在ります。自我意識が引っ込んでいる時に、自我意識に替って、体と心を支配しています。

無意識の意識は仏性です。貴方の場合は「意識」をして、意識をし続けている事によって、無意識の働く処を邪魔しています。貴方の意識が無意識の出番をストップさせています。この事で仏性が貴方に「出番」を要求しています。是が貴方の心に在る「葛藤」と言えます。貴方は仏性と喧嘩をしている状態になっています。

神経症の治りとは、症状を受け入れると言う処にあります。神経症の症状を悪いもの、社会生活を邪魔するものと考えています。そうしてその症状を無くしたいと言う風に常に「意識」しています。この事が神経症が治らない理由です。神経症の治りとは、その症状をおこしているものと仲直りをすると言う事になります。症状の改善というアプローチでは神経症は返って深みにはまってしまいます。

そうではなくて、神経症を起こしているものを掴むと言う事になります。症状を不問として、学ぶのです、神経症がなぜ起こるのかという事をです。神経症を学ぶなら鈴木知順先生の書いたもの、自分自身を働かせているものを掴みたいと思うなら、鈴木大拙博士の書いたものを学ぶのが良いと思います。私の場合はその二人のおかげで29年前に神経症が完治をした経験が在ります。
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対人恐怖というのは、ただの神経症です。

ただの神経症で、二年間も休学するのかな?私にはそうは思えません。具体的に、何が怖いのですか?例えば、他人が自分のことをどう思うか、を怖れるのですか?それならただの対人恐怖です。
ですが、 
『自分を軽くみているんじゃないか、笑っているんじゃないか』とか『自分が対人関係に自信がないことを周囲は分かっている』などとあなたが思うなら、それは対人恐怖ではありません。自我障害というものです。もし違ったらごめんなさい。 
 
さて、難しい話は置いて、病院の先生が『マイペースで』と言った意味を考えてみると、対人恐怖ではなくより重度の疾患だった場合、その意味はよくわかります。人間関係の良し悪しというより、人間関係自体が築けなくなってしまう精神疾患があります。その疾患になった人は、何も無理をする必要はない。何も出来なくて当たり前だからです。特に人間・他人が関わってくる領域でつまづくのが当たり前。そういう精神疾患があるのです。だから、そういう状態にとりあえず自分がいることを受け入れて、その上でどんなささいなことでもいいから自分にできることをやって行こう、ということです。他人は気にせず、視界にすら入れずにね。
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いわゆる恋人というのは欲しくてもなかなかできないものです。


また親しい友人や仲間というのも、急にできるわけでもないし誰でもいいわけではないと思います。

人間関係や仲間づくりもステップがありますよね。
例えば…知りあう→知り合い→友達→親友
もしかしたら今は知りあいや友達の段階の人はいるのだと思います。
そこから親しいとなるにはある程度の時間がかかります。

また質問者さまのイメージする親しい友達・仲の良い仲間とはどんなイメージでしょうか?
頻繁に遊べるとか何でも話せるというイメージでしょうか?
遊びたいのであれば たとえば具体的にどんな遊びでしょう。
カラオケ・キャンプ・旅行・ゲームなどのイメージが沸けばそれを誘ってみたら良いと思います。
色々な共有体験を作ることにより、徐々に親しくなるのではないでしょうか?
自分から話しかけたり誘ってみる、その中で本当に親しくなる人とならない人が出てきます。
それは相性もあるでしょう。
今は親しくなる前段階か相性の合う人を探している途中なのではと思います。
ほんの少しからでも自分からなにか行動をしかけてみてはいかがでしょうか。
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私からしたら、対人恐怖があるのにサークルに所属しているという時点で非常に凄いことだと思います。


どのようなサークルかは存じませんが、大学のサークルといえば馴れ合いというイメージしかなくて、対人恐怖がない私でも「人間関係面倒くさそー。絶対入らねぇ」と思ってました。
そんな感じで私は現在サークルには所属してませんでしたが、色々な人に何気なく話を振って話題を広げたり、話の中で知らないことがあれば「それって何なの?」と質問攻めにしたりで、そこそこ仲の良い仲間を作ってきたつもりです。(相手がどう思っているかは知りませんが…)
そういうのがなくとも、サークルなど、同じ空間に長くいるだけでなんとなく仲間という意識は持てると思います。(私は当時はそんなに仲良くなかった高校時代の部活仲間と現在も交流がありますし)

結局人間関係ってきっかけや縁、相性だと思うので、こういう行動をとれば良い仲間が出来る!という絶対的なものはないと思います。

文面から質問者様の仰る「充実した大学生活」は「親しい友達や彼女を作る事」だと判断したので、人間関係に重きを置いた回答になりましたが、大学生の本分は勉強ですから、勉強に打ち込むのも充実した大学生活になり得ますし、長期的な休みが取れるのも大学生のうちしかないので、それを利用して旅行に行ったりなかなか出来ないことに挑戦するのも充実した大学生活になり得ます。
私は基本的には「うちはうち、よそはよそ」の考えなので、仲間とつるむよりも趣味であるロシア文学や語学に没頭した大学時代でしたが、充実していたと胸を張っていえます。

先生が仰った「マイペース」が一番だと思いますよ。
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親しい友達や彼女は中々出来ずにいます。


サークルにも所属していますが、なかなか仲のいい仲間ができません。

>何事も経験が少ないと急に友達が増加したり、いきなり彼女が出来たりはしないものなのです。
自分が求めているものは、求めている時にはなかなかそれが訪れてはこないものです。

ご自分で、そのようなことをあまり気にはされなくなった時に、新しい道は突然開かれて行くものです。

積極的にサークル活動などには参加をして、人になれることが今は1番大切だと思います、結果を求めずに、不器用でも周りの人達と行動を共にすることから新しい道が開かれることでしょう。

仮に、充実した学生生活は送れなくても、充実した社会生活を送れるようになれれば、そちらの方が良いではありませんか、そちらの道の方が人生は長いのですから、あまりあわてないことも必要だと思います。

自分の苦手な部分をあまり気にはなさらないで、出来るだけ周りの人達と嫌でも行動を合わせてみるというスタイルがスレマス様の問題解決の1番の近道だと私は思います。

友は、忘れた頃にやってくるものです、ご活躍を期待致しております。
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