知能指数の高さと感受性の強さは関係があるのでしょうか?
それとも高IQで感受性も強い人は、たまたま両方持ち合わせているだけなのでしょうか?

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A 回答 (4件)

まず知能指数についてですが、Wikipediaなどによれば


知能検査は全て、2歳級、3歳級の問題から16歳級の問題まで、年齢によって決められている問題(知研式因子別知能検査)で、どこまでできたかで知能年齢が決まります。
「知能指数」と聞くと、一般に論理的思考力や言語能力の高低が思い浮かびますが
精神年齢・知能年齢(知能検査の結果、何歳何ヵ月までの問題ができたか)を生活年齢(実際の何歳何ヵ月)で割り、それに100を掛けたもので(例えば生活年齢4歳で精神年齢6歳なら、6÷4×100=150でIQは150)
何歳であっても、100が平均になるよう作られています。標準偏差は15または16。
IQは年齢を基準とした数値なので、年齢が違う人どうしの知能を直接IQで比較することはできない(たとえば、IQ200の5歳児とIQ100の10歳児の知能は同じ)。
生活年齢と精神(知能)年齢の比を基準とした、従来のIQ、「同年齢集団内での位置」を基準とした「DIQ」の2種類があり、従来のIQは、あまり使われなくなりつつあるそうです。

幼いころのIQは、ある程度成長しても持続し、30以上変動する例は1割に満たない。年齢が大きくなると、それにつれて知能指数も伸びると思っている人が多いようですが、特別な環境の変化が無い限り、余り変動しないということです。しかし、同じ人でも、別の知能検査で測れば異なる指数が検出され、同じ知能検査でも2回目以降は指数が高くなるし、また、これは私自身にも思い当たることですが、体調によっても結果は変わるそうです。
『知能研究所』というところの研究によれば、
知能を司っているのは脳細胞で、脳は身体の一部なのですから、 筋肉同様、その発達する時期に鍛えれば、普通の場合以上に発達する。生まれたばかりの人間の赤ちゃんの脳重量は約360g、一般成人の脳重量は約1350gで、成人するまでに脳重量は1000g近く増える。3歳時には既に成人の75%の1000g、10歳で90%の1200gになります。最も成長する幼児期にこそ脳細胞に良い刺激を与えて、知能を伸ばしてあげなければならないといえる、のだそうです。また
高知能児は、そうでない児童に比べ、
情緒が安定している、温和・理性的である、神経質ではない、自己顕示欲が少ない、自制力がある、自立している、社会性がある等の7項目で好ましい結果を示した。勉強だけでなく、社会性や人格形成においても知能を上げることは重要な要素になるということだそうです。

でも、知能指数が高ければ、お勉強ができるというのとも別ですよね。学校の勉強は、やはりコツコツ努力が一番効果があると思います。知能指数そのものは高いのに、お勉強が大嫌いな私が、いい見本です(笑)
そういえば「やれば出来る子」なのに、と よく親や教師から嘆かれました。やる気が ないんですね。なんにも仙人(苦笑)その代わり?全く勉強しないのに、ラクにできる分野もあります。それだけで生きてきた(笑)
全般に「努力しなくても できる」のが、本当に優秀だということでしょうか、でも、努力を惜しまず やれるというのも一種の才能ですよね。

知能検査は、あくまで一部の能力を測定するだけで、創造力とか感受性までが測れるわけではない。
書物や教科書に書かれたことしか知らない秀才も、現実的な問題や実社会で、望ましい結果が出せるとは限りませんし、学校では落ちこぼれだったという天才の話も多く伝わっていますね。
芸術分野などは、知能や努力だけでは どうにもならない段階に突き当たるときが必ずありますから、知能指数そのものは、あまり意味がないように思います。やはり知能指数がモノを言うのは、学問研究の分野が中心なのでしょう。ところで
DNAの二重らせん構造を発見し、1962年ノーベル医学・生理学賞を共同受賞したJ・ワトソン博士が、英サンデー・タイムズのインタビューで「今後10年内に遺伝子が人間の知能に差をもたらしていることが発見されるだろう」
「黒人は知能で白人に劣る」などと発言し、同博士の講演を予定していたロンドンの科学博物館が「博士の発言は科学的論争の限界を超えている」として講演会中止を決定した、ということがあったそうです。
遺伝と環境に関しては、これもWikipediaからですが
個人差が、どの程度遺伝するかは諸説あり、双生児法による行動遺伝学的研究から、(個人の知能の何%が、ではなく)集団の中の標準的知能の分散の何%が遺伝により、何%が環境で説明できるのかという形で結論付けられる。
この遺伝率の値は集団が置かれている環境によっても変動する。完全に平等な教育が与えられている理想的な集団で、なお個人差が見られるなら、100%遺伝の影響であると結論できる。
個人が受けられる教育の度合いに著しい差がある環境では、個人差は教育の機会に大きく影響されるから、遺伝の影響は相対的に小さくなる(この極端な例は「遺伝率」が個人については何も述べていないことを意味している)。
したがって、教育の機会均等が図られている社会では遺伝率が高く、そうでない社会は、遺伝率が低くなると予想される。
現代の先進工業社会では、知能の遺伝率は子供で50%、成人では70%以上を示す研究が多い。成人の方が遺伝率が高いのは、成人は自我が発達しているため子供ほどに周囲の影響を受けず、自己の行動を、その遺伝的特性に合わせて決定するからだと言われている、ということです。


感受性、という面でしたら、「心の知能指数」とも言われる「EQ」の重要性のほうが注目されているらしいですね。
EQとは自分の感情を適切にコントロールし、自分の持っている能力を最大限に発揮するための「社会的知性」のことで
心内知性(セルフコンセプト)、対人関係知性(ソーシャルスキル)、状況判断知性(モニタリング能力)
という3つの要素のバランスによって決まる。
EQの高い人は自分の感情の動きに敏感で、人の気持ちを察することが上手であるため、相手へのより良い対処法を考えることができる。ですから人間関係で衝突を起こしたり、すれ違いを起こしたりすることなく上手く立ち回ることができる。
最近では、人事採用にEQテストを用いる企業も増えてきて、これからは学力よりも創造性豊かで人間知あふれる人が求められるようになってくるだろう、とのことでした。

余談ですが、
私の叔父にあたる人は、幼稚園の頃、知能指数の検査結果の高さが尋常ではなかったそうで、ふだんからも「一を聞いて十を知るどころか百も千も知っている園児」だとか先生がたに騒がれたそうです。
長じて国立一期医学部進学にあたっては、どこでも好きな大学を選びなさい、と言われて、「家から電車で通える一番近い大学な!」という親の命令どおりしたのですが、受験当日は、思わぬ急病で、入院先から試験会場へ出かけたというオマケつき。そのうえ私の母が「さぞ難しかったろう大変だったろう」と ねぎらったところ、「ううん、たいしたことなかったよ」というアッサリした返事。。。
この人は、下の叔父が、勉強のことで何か尋ねても「そんなこと聞いてるようじゃダメだ」と、とりつく島もなかったそうです。下の叔父だって、たいへんな優等生だったんですよ。
大学では教授に異様なほど可愛がられたということで、私なんか、友人に、その話をしていて「ハカセの異常な愛情か!」などと(自分の大学受験勉強はホッタラカシで)ノーテンキに笑っていたものですが、そのうち、アメリカの医学研究所に行く話が出ても、またもや老いた親の鶴の一声で断念。
「高知能は情緒が安定している」か なんか知らないけど、悔しいとか残念とかも感じないのかな?淡々としてるというか、クールを通り越して、冷たい人には違いないですよ。。。
医者として望ましいのか どうか、私には よく分かりませんが。。。
ご参考までに。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

私の???がすっかり解けました。
IQの方はWikiの解説で理解していたのですが、EQについての読み込みが足りなかったようです。

私は人に2、3回会うと、その人の次の行動や求めている事が大体分かってしまうようなのです。

これはIQに因る“観察力”や“分析力”のせい?と思っていたのですが、EQに因る可能性が高いようですね。

論理的なのに分かりやすい説明と、ユーモアのあるご回答感謝します。

あ、ちなみに私も“なんにも仙人”でした。(笑)

お礼日時:2009/06/01 18:10

補足質問にお答えします。

脳波がアルファ波になって、心が癒された時です。テレビ番組で実験してました。演歌や民謡で母音を伸ばす、コブシの時にアルファ波になってました。世界中で、日本語だけ母音を強く強調します。だから日本語は、母音を発音する時に、脳が休み、アルファ波になり、心が癒されてるようです。大学の先生が、日本語を話して育った人は、脳の音感の構造が変化して、自然の川や風の音、鳥や虫の声に敏感になり、自然の情緒を理解出来るようになるといってます。日本人の脳、角田忠信著、大修館書店です。だから日本の伝統文化は、脳を休めて、アルファ波にして、自然の情緒、心の癒しを追求しています。西洋文化の自己表現とは違います。また日本人の行動パターンの基準は情緒で、外国人のような自己表現とは違います。脳が休んでアルファ波になり、自然と交流する方法は、仏教の禅、伝統文化のすべて、雅楽、平曲、人形浄瑠璃、能、歌舞伎、日舞、民謡、詩吟、演歌、短歌、俳句、水墨画、浮世絵、茶道、華道など、また手作業は、意識が頭を離れて手先に集中するので脳が休みます。だから日本は職人文化が盛んです。自分で工夫して脳を休めると、自然と交流して心が癒されます。
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この回答へのお礼

なるほど。
私は空を眺めるのが好きで、特に雲の表情(?)に見入ってしまうことがよくあります。
あれは脳を休ませているんですね。
ありがとうございました!

お礼日時:2009/05/28 14:08

脳の知能と、自然の情緒の感受性は、対立していて、お互いに反比例します。

なぜかというと、脳は不調和世界の代表で、方や自然の情緒は調和世界の代表です。だから脳が思考してる時は、人と自然の交流を脳が遮断するので、心がストレスになります。脳が休むと、人と自然が交流するので、心が癒されます。また人の心を育てるのは、自然の情緒です。脳の思考による人の知恵ではありません。同じ事を中国の老子が言ってます。だから子育てで、過剰に知能を発達させた子供は、知能は良くても人間関係がダメとか言われています。これは子供時代の情緒不足が原因です。脳の知能活動は情緒を排除するからです。知能と情緒は反比例です。

この回答への補足

“人と自然が交流する”と言うのは、例えばどんなことを指すのでしょうか?
一例でよいので教えていただければ嬉しいです。

補足日時:2009/05/27 23:40
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特殊な経験談です。

同様な興味を持っていたので、参考のために書いてみます。私の経験的な結論は、「高感受性と高IQは異なる」という考えです。「高IQは、刺激ー応答の能力が高い(=時間的な高反射・理解・応答能力)」に対応し、「高感受性は、刺激ー応答の能力(非時間的な深反射能力)」に対応する、というような感じです。日本の著名な大学に学ぶ機会を得たので、友人には高IQがたくさんいます。理解・記憶・記述など、速くて正確な点では、彼らが私より百倍くらい優れている、と常に感じてきました。ただ、私の最も関心のある「ある種のテーマ」に関しては、友人たちが無関心であることに心底驚きました。高IQは、「一定期間で、成就不能なテーマに、見切りをつける」のも早いのに対して、「高感受性は、成算を度外視して、難しいテーマに挑戦する」傾向があるので、職業選択次第で一長一短の関係ではないでしょうか?「両方持ち合わせ」は存在しないのでは?

この回答への補足

回答ありがとうございます。
実は私自身のことなのです。
私は幼稚園入園時にIQ129だったそうです。(そのことを知ったのはつい最近ですが)
それ以降のIQは知りませんが、私の仕事ぶりからすると、そんなに変わっていないと思われます。
私は見切りをつけるのが早い時も、無駄を覚悟でとことんやる時もあります。
これは感受性と言うよりも性格なのでしょうか?
dsu323さんの「ある種のテーマ」とは何か教えていただけないでしょうか?
もしかすると、それで私の疑問が解けるかも…。

補足日時:2009/05/27 12:57
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 こんにちは。
 岩月謙司さんという心理学者の方の本を読みました。
 詳細:http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Tachibana/8029/b_16.html
 その中には、下記のように書いてありました。

 世の中には、10人中1人は感受性がとても豊かで強い。そういう人物は他の人より傷つきやすかったり、過去のトラウマを引きずったりと、多少損なところがある。しかし、感受性が豊かな人は、本来頭の回転も速く、能力がとても高い。芸術家や作家などは、とても感受性が強い・・・

 この文章を読んで、「感受性が豊かで強い人とは・・・」という説明については、納得できる部分が多かったのですが、「感受性が強い人=能力が高い」という記述については、根拠らしいことが書いてなくて、理解できませんでした。
 そこで、心理学に詳しい方にお聞きしたのですが、「感受性が強い人=能力が高い人」と断言できるのでしょうか?能力が高いにも色々あるとは思うのですが・・・。

 いろんな方のご意見を賜りたいです。よろしくお願いします。

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 岩月謙司さんという心理学者の方の本を読みました。
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推測でしかありませんが、遠からずだと思うので参加しますが、例えば、うつ病(精神疾患)の母親に育てられた子供は同じようにうつ病になる傾向があるんだそうです。(あくまでも一般論です)

なぜかというと、精神疾患の母親は、自分が見捨てられることを異常に恐れ、子供の関心を自分に引き寄せようとして異常な接し方をするんだそうです。(VTRで見たことがありますが)

乱暴に接したり、急に泣いてみたり、いきなり発狂気味に接したりと、本人は感情豊かに接しているつもりなんでしょうが、赤ん坊にとっては天変地異のような感情の起伏の激しい接し方になります。

そうすると子供も親と同じように精神的に不安定になります。
なんと脳波までもが親と同調してしまうんだそうです。
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本来ですと、子供時代は右脳優位で普通なんですが、成長とともに落ち着いた冷静な判断が出来る論理的思考脳である左脳の働きが年齢と共に優位になってくるんですが、不安定な親や、不安定な子供時代を過ごすと右脳優位になる傾向にあるそうです。(あくまでも一般論ですが)


で、この右脳というのは、天才的な能力を秘めている脳で、速読のような瞬間大量記憶や、芸術方面の感受性が豊かであったりするので有名な脳です。これは左脳の論理力、言語力に対して、野性的、本能的、天才的な脳と言われています。左利きに大天才が多いというのも、右脳が優位に働くからだといわれています。(左半身は右脳の領域だからです)

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感受性が豊かな子にと保育士さんや育児本は言っていますが、「感受性」って何ですか?あった方がいいという理由を教えて欲しいです。

感受性をはぐくむために、外遊びで五感を使い、生き物に触れ、自然と触れ合うことが大切だと
色んな人に教えてもらっています。それは納得できるのですが、
感性や感受性が豊かな方が良いということですよね?

私は子供の頃から、「感受性」なんてなければいいのにと思っていました。
自分の事で恐縮ですが、小さい頃から、映画やテレビで号泣したり(ほとんどの友達は泣かない)、
人の気持ちを考えたり、周りの空気に敏感だったり、旅行先では絶対眠れにつけない。
先生に注意されただけで、涙が止まらない。友達のちょっとした変化に敏感に気付き
傷つきやすい子供でした。
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敏感過ぎて辛い人というのは、世の中けっこういるみたいです(少数派ですが)

私もたぶん質問者さんと同じタイプです。

>自分の事で恐縮ですが、小さい頃から、映画やテレビで号泣したり(ほとんどの友達は泣かない)、
>人の気持ちを考えたり、周りの空気に敏感だったり、旅行先では絶対眠れにつけない。
>先生に注意されただけで、涙が止まらない。友達のちょっとした変化に敏感に気付き
>傷つきやすい子供でした。
↑↑
これほとんど全部私も同じです。

敏感だと確かに辛いことが多いですよね。

でもいろんなものの中にひそむ「美」を感じることができるのは
感受性の強い人ならではの大きな利点で、心の贅沢、喜びだと感じます。

最近、HSP(Highly Sensitive Person 直訳で「高度に感受性の強い人」)というのを知りました。

感受性が強過ぎる、敏感な気質をもつ人のことです。5、6人に一人の割合でいるそうです。

最近知ったのですが、私自身もHSPでした。

HSPのことを知って、自分だけじゃないんだ、と楽になりました。

そしてHSPならではの利点を生かして生きていく方法を探そうと思いました。

HSPには成功者もとても多いそうです^^

繊細な感受性により
多くの人が目を向けないこと、気付かないところに気づけるのですから。

確かに辛いことが多いけど、やり方によっては、それをプラスに良い方に活かせるんだと思いました。

それに、HSPは、感受性の鋭さゆえに、人の気持ちがわかる思いやり深い素敵な人が多いように思います。

お互い、頑張りましょう^^

参考URL:http://blog.livedoor.jp/hsp_ko/

敏感過ぎて辛い人というのは、世の中けっこういるみたいです(少数派ですが)

私もたぶん質問者さんと同じタイプです。

>自分の事で恐縮ですが、小さい頃から、映画やテレビで号泣したり(ほとんどの友達は泣かない)、
>人の気持ちを考えたり、周りの空気に敏感だったり、旅行先では絶対眠れにつけない。
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>傷つきやすい子供でした。
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これほとんど全部私も同じです。

敏感だと確かに辛いことが多いですよね。

でもいろ...続きを読む

Q「知的な人に限って、頭の回転だけが鈍い。」ように思えて仕方ありませんが。即ち"頭を使う"の定義が解りませんね。

賢さには幾つも類型はありますね。
では、前述の一例がこちらですがまあ御聞き下さいませ。
論旨の一つに「賢い人に限って、生き方上手にはなれない。」がありますが。

人には得意不得意があり、全ての面で賢くなるのは無理だと(絶対的な無理ではなく、経験したり努力するのには時間が足りないのですね。)最初から解っているつもりではありますが。

いつもこうではないかと思うのですが。


学生の場合でも。


内向的な優等生の場合。

・勉学優秀で、人と話さない分、いつも図書館で難しそうな本ばかりをよく読んでいる。思慮深い性格。
なのでよく端から見ている人からは「知的な人だ。」と囁かれたりしている。
実際、勤勉で勉強と読書は誰にも劣らず、思慮深く猜疑心も強く、物事を深く考察する事にも裏読みにも長けており、博学才穎で洞察力、分析力は抜群である。いつも落ち着いている。特に文学、哲学、人間科学、倫理等の分野には造詣が深い。

しかし、遊びや雑用とかの単純な細かい事を行う時には、ボンヤリして簡単な工夫も思い付かず、咄嗟に「もう少し頭使えよ。」とか「それぐらい考えりゃ解るだろう。」と、普通の人から言われて諭される事が少なくない。
特に、大勢の前に出るとボンヤリして頭が回らなくなったりもするし、勿論話術も無く口下手。
気苦労も多く、肝心な時にエネルギーが無かったりもする。
人と触れ合う機会も少なく、折角の豊富な知識を活かすのもそんなに上手とは言えない。
でも疑り深いから軽率な振る舞いもしないので誰からも「単純」とか「子供っぽい」、「軽い」、「能天気」等とは言われたりしない。
でもノイローゼとかになる危険性は、後者より圧倒的に高い為、天か地かになりがち。


逆に、いつも明朗快活な反面、軟派で浅薄でチャランポランで、勉強嫌いの読書嫌い。
しかし、よく周囲からは「アホだなあ。」とか「単純」、「幼稚(子供っぽい)」等と謗られるのはしょっちゅう。
そんな人に限り、何かする時に色々な事でチョイチョイと頭が働く。話術も巧み。
「明るさ」と「頭の回転」だけが取り柄ってところ。
だけれど、前者に比べて、ノイローゼや犯罪者になる危険性は低い、普通に働いて普通に稼いで食べれる無難な人間、標準偏差を保てやすいと思う。


「勉強出来ない人に限って、勉強以外の事ではやたら頭が働く。柔軟なので世間のどんな荒波にも打ち勝てる。」って皮肉なものですが。


では御願いします。
「賢い人は存在しない。」と言うより、
「全知万能な人は存在しない。そこまで成長は出来ない。」が正しいとは思いますが。

賢さには幾つも類型はありますね。
では、前述の一例がこちらですがまあ御聞き下さいませ。
論旨の一つに「賢い人に限って、生き方上手にはなれない。」がありますが。

人には得意不得意があり、全ての面で賢くなるのは無理だと(絶対的な無理ではなく、経験したり努力するのには時間が足りないのですね。)最初から解っているつもりではありますが。

いつもこうではないかと思うのですが。


学生の場合でも。


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・勉学優秀で、人と話さない分、いつも図書館で難しそう...続きを読む

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脳が思考してる時は、人の心と自然の情緒との交流を、脳が遮断するので、心がストレスになります。脳が休むと、人の心と自然の情緒が交流するので、心が癒されます。情緒は、人を癒し、人を育て、社会を調和に導きます。人は、脳が万能だと思っていますが、人を育てるのは情緒です。脳の科学は、自然を破壊しました。脳の論理思考は、情緒を排除します。だから脳は不調和な存在です。だから天才は、脳の思考が自我が休んで、脳が無我になっています。

Q感受性の強い人って?

最近、自分のことを「感受性(感性?)が強い」んじゃないかと思うようになりました。

時々、人の気持ちをまともに受動してしまったり、ほんのささいなこと(空が青い、雨が降ってる、猫が歩いてる…)で心が動かされて、いくらでも心象風景を書き表すことができたり。(他にももっといろいろあります。)
周りの人に聞くとそんな風に思ったりした経験はないということで、私は余程変わった人なんじゃないかって悩んだこともあったのですが…。

もし、自分の性質を「感受性」とか「感性」とか、そういう言葉で定義できるなら、人にも説明しやすいし、自分でも、こういうものなんだって納得できるんじゃないかなって思います。

そこで、「感受性」や「感性」について詳しく書かれた本とかサイトとかあったら教えていただきたいのです。一応検索はしてみたのですが、上手くヒットしなくて…。
どんな症状?だとどれくらい強いと言えるのかとか、具体的に分かるものがいいです。逆に感性がない人っていうのはどういうものだとか…。

また、同じように常にいろいろなことを感じてしまう方がいれば、いい点、悪い点、自覚している範囲で経験談を教えてください。身近にいて、思うことでも結構です。
よろしくお願いします。

最近、自分のことを「感受性(感性?)が強い」んじゃないかと思うようになりました。

時々、人の気持ちをまともに受動してしまったり、ほんのささいなこと(空が青い、雨が降ってる、猫が歩いてる…)で心が動かされて、いくらでも心象風景を書き表すことができたり。(他にももっといろいろあります。)
周りの人に聞くとそんな風に思ったりした経験はないということで、私は余程変わった人なんじゃないかって悩んだこともあったのですが…。

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Aベストアンサー

私もどちらかと言うと感受性が強いほうではないかと思います。私の子供もです。悲しい感じの歌を聞いただけでも泣きますし、子供にいたっては保育園での器楽演奏が上手くきれいに揃ったと言う理由で大泣きしてしまった経験があったそうです。(あまりにきれいで、自分で感動したらしい)

良い方向に出れば、色んな自己表現の分野で、気持ちを表しやすいのでは?と思います。私自身、絵画や音楽の分野を得意としています。

ただ悪い方に出れば、気を揉みすぎることによる神経症(私です)、不眠やその他色んな心が関わる病状が出やすいのではないかと思います。
人が気にしないことをいちいち気にするわけだから、心や頭が疲れちゃうんでしょうね。

具体的な例ではないのですが、過去の有名な作家・画家などは、こういったいわゆる心の病気と言われる物を持った人が多かったと聞いています。日本の名高い作家などに自殺で亡くなった方が多いのもそういう理由ではないのでしょうか。

ちなみに感受性が強いと言うのは、外部からの刺激に非常に敏感に反応するという意味合いを持つようですね。普通は熱い、痛い等を対応した受容器(熱いと感じるのは皮膚、臭いと感じるのは鼻というように)で感じるのですが、そうではない部分でも刺激を感じることが出来る人のことではないかなと考えてます。
こういう部分は誰しも少しは持っているようですが、その度合いが違うのかなと。

ただこれはあくまで私の中での定義なんですけどね。

疲れちゃうけどいい方向に生かせればいいかなと思います。

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Q小学校の知能テスト、結果は知らされる?

子供の学校で知能テストがあるのですが、それって知能指数を計るものなのでしょうか?IQいくつと通知がくるのですか?それとも結果は知りたくても教えてもらえないのでしょうか?
自分も子供の時知能テストを受けた記憶はありますが、結果は聞いてないような気がします。

Aベストアンサー

元教師です。多分どこも同じだと思いますが、知能テストの結果は教えてくれません。学力テストは、教えてくれるところもあります。同和教育の見地から、知能は公にされません。

昔はIQ(知能指数)でしたが、今は、知能偏差値で出ます。50が平均です。この知能と学力テストを比較して、知能に対する学力がどうなっているかという分析がなされ、知能の割に学力が低い子どもを学力不振児として、指導を強化したりします。

経験上、知能はそれほど深い意味がありません。平均くらいあれば、学習に置いて、なんの障害もありません。

Q甘やかされて育った子供と厳しく育てられた子供の性格は?

甘やかされて育った子供はわがままになると言われますが、本当のところどうなんでしょうかね?
逆に厳しく育てられた子供は、どうなるんでしょう。
単純にわがままの反対はがまんだとおもうので、がまんのできる子に育つと考えていいでしょうか?

みなさんの意見を聞かせてください。
よろしく御願いします。

Aベストアンサー

甘やかされて育つ。皆さんが書かれているように、叱られずに育つということですよね。
甘やかされた子はわがまま、厳しく育った子供は我慢が出来る、でも実際にはそれほど単純ではないんです。

まず、叱ると褒めるが表裏であると言う事をよく考えてみてください。
甘やかされて育つということは、実は叱られずに育つということになり、叱るがないから褒められるがない、つまり本当の意味で褒められた事がないと言えます。

よくあるパタンですが、甘やかされて育った人は、褒められていないので物事に対する達成感がなく(実際には分からない)、どこまでやっても『やり遂げた』という気持ちがあまり具体的にわいてこず、そのうちに『出来ていないんじゃないか』『不十分なんじゃないか』といった不安感に襲われ、やる前から諦めてしまう、さらに悪い状態なら欝になる。

厳しく育てられてきた場合は逆に、厳しい事を聞かなければならないというプレッシャーから、人の顔色を見て育つようになりがちです。求められている事をきちんとこなしているか、これで叱られないだろうか。
なので叱られる事がないようにするために褒められる事もなくなり、結果愛情を求めるようになってしまい傾向があります。

そう考えると、kiccaさんのおっしゃるとおり、やはり叱るべきところはきちんと叱り、その上で甘やかす部分も作ってあげ、そのメリハリをきちんとしてあげるというのが理想だといえますね。

叱る事によって社会のルールをきちんと理解させてあげ、褒める事によってその子のもつ才能を伸ばしてあげる。時には自分の行いを子供の前で反省する事もあってもいいですし、あえて子供を褒めるように料理のお手伝いを頼んでみたり(きれいに切れたね、上手に盛り付けられたね、など)。

それによって、自分自身の『気付き』も生まれてくるものですよ。

子供を育てるのではなく、子供の人生を育てる事が本当の意味での『育児』なんですよ。
自分の経験を見直して、『反面教師』として受け取った事に対しては『私は○○をされて嫌だったから子供にはしない』と考えて、楽しく人生を送る事が出来るように導いてあげてくださいね。

甘やかされて育つ。皆さんが書かれているように、叱られずに育つということですよね。
甘やかされた子はわがまま、厳しく育った子供は我慢が出来る、でも実際にはそれほど単純ではないんです。

まず、叱ると褒めるが表裏であると言う事をよく考えてみてください。
甘やかされて育つということは、実は叱られずに育つということになり、叱るがないから褒められるがない、つまり本当の意味で褒められた事がないと言えます。

よくあるパタンですが、甘やかされて育った人は、褒められていないので物事に対す...続きを読む

Q同い年の人よりはるかに精神年齢が高い人はどうすればよいのでしょうか?

質問はタイトルのとおりです。

私は高校一年生の男です。
自分で言うのもなんですが、私はすごく
精神年齢が高いと思うのです。
案の定この前ネットで精神年齢を測ったら24歳でした。

私は小さな頃から、年上の人とばっかり話をしてきました。(両親、学校の先輩とばっかり話していました)なぜかというと、年上の人のほうが話が合いますし、昔から同い年の子の話していることが幼く感じで仕方かありませんでした。なので、同い年の子たちとはあまりなじめず、幼稚園、小学校ではいじめられてきました。中学校では、クラスで孤立してしまい、不登校になってしまいました。無事高校には進学でき、友達もたくさんできましたが、友達の言っていること、やっていることがものすごく幼く感じでしかたがありません。本当にものすごくストレスを感じます。「同い年の人と無理に付き合わなくてもいい」と感じる方もいらっしゃるでしょうが、高校はあと2年半ずっと同い年の人と付き合わなければなりません。また、今は学校の先輩方とは疎遠になってしまい。今話できる年上の人は両親か学校の先生しかおりません。

本当に、人より大人びてるのがいいのか悪いのかわかりませんよね。

先ほども申し上げましたが、同い年の人よりはるかに精神年齢が高い人はどうすればよいのでしょうか?同い年の子と話すのが苦痛なら、なんとかして年上の人と話をするほかないのでしょうか?また、私と同じような経験をなさっていらっしゃる方はいますか?

よろしくお願いいたします。

質問はタイトルのとおりです。

私は高校一年生の男です。
自分で言うのもなんですが、私はすごく
精神年齢が高いと思うのです。
案の定この前ネットで精神年齢を測ったら24歳でした。

私は小さな頃から、年上の人とばっかり話をしてきました。(両親、学校の先輩とばっかり話していました)なぜかというと、年上の人のほうが話が合いますし、昔から同い年の子の話していることが幼く感じで仕方かありませんでした。なので、同い年の子たちとはあまりなじめず、幼稚園、小学校ではいじめられてきました...続きを読む

Aベストアンサー

予想以上に回答が付いて、質問者さんもうんざりしているかも知れませんが、昔の自分を思い出して、参加したくなりました。(成人男子)

中学生の頃、クラスで成績は一番でした。他の子を少し見下していたかもしれません。

ある時、成績がびり(或いは下から2~3番)の男(の子)と知り合い、貧乏であること、片親(母)であること、そして、”経験済み”であることを聞かされました。多少、子ども扱いをされました。

それ以来、子どもながら、学校の成績とか普段の様子とか見かけとかで人間は判断できないと思ったものです。

別の例も思い出しました。高校(男子校)の時、子どもっぽい外見の子が、成績が一番でした。普段はおちゃらけていました。ある時自分の書いた小説を見せたら(大人のつもり)、酷評されてしまいました。

後日、彼は東大へ現役で合格しました。

学校生活で表面上付き合っても(特に高校時代)、相手の人間の人格まで認識する機会はあまりないだろうと思います。単に見渡した範囲で、相手のレベルを判断するのは止めておいた方がいいと思います。

表面的な付き合いの中でも、何か人間としての鋭さを見つけられる感性があったらいいですね。それには、謙虚さが必要です。

皆さんからの意見が、貴殿の精神的成長に幾らかでも参考になればと祈っています。

予想以上に回答が付いて、質問者さんもうんざりしているかも知れませんが、昔の自分を思い出して、参加したくなりました。(成人男子)

中学生の頃、クラスで成績は一番でした。他の子を少し見下していたかもしれません。

ある時、成績がびり(或いは下から2~3番)の男(の子)と知り合い、貧乏であること、片親(母)であること、そして、”経験済み”であることを聞かされました。多少、子ども扱いをされました。

それ以来、子どもながら、学校の成績とか普段の様子とか見かけとかで人間は判断できな...続きを読む

Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む

Q感受性と洞察力は比例しますか?

以前から不思議に思っていることがあります。
(カテゴリ違いでしたら申し訳ありません。)

自分で言うのもなんですが、職場や友人間でよく「気がきく」「察しがいい」「仕事が早い」と言われます。
周囲の状況から次に起きることを予想したり、人の言動から真意を察して行動している結果なので、自分では『洞察力がある』と認識しています。(単なる自慢場話みたいになってしまいましたが、次からが本題です。)

よく他人の言動に敏感な人を『感受性が強い』と表現しますよね。
私もたまにそう評されることがあります。
自分ではどちらかというと感受性が弱い人間だと思っています。
例えば、衝撃的なことがあってもそれによって自分の状況がどう変化するのかなどを冷静に分析し、メリットとなる点を見つけて納得してしまうため、感情的になることは滅多にありません。
私の周囲にいる感受性が強いと思われる人たちや子供(子供は感受性が強いとされていますよね?)は、物事の分析をしたりする前に感情が前面に出るため、どちらかというと洞察力はないほうなのではと思います。
ですが辞書などを見ると「感受性が強い=察しがいい」みたいに書かれていました。

そこで質問なのですが、『感受性が強い/弱い/豊か』と『洞察力がある/ない』には何か関連性があるのでしょうか?

以前から不思議に思っていることがあります。
(カテゴリ違いでしたら申し訳ありません。)

自分で言うのもなんですが、職場や友人間でよく「気がきく」「察しがいい」「仕事が早い」と言われます。
周囲の状況から次に起きることを予想したり、人の言動から真意を察して行動している結果なので、自分では『洞察力がある』と認識しています。(単なる自慢場話みたいになってしまいましたが、次からが本題です。)

よく他人の言動に敏感な人を『感受性が強い』と表現しますよね。
私もたまにそう評される...続きを読む

Aベストアンサー

臨床心理の一派、交流分析(Transactional Analysis=TA)では、
人は、大まかに3つの自我状態(反応の仕方)を持っていると考えています。

ここでのTAの説明が本意ではないので、↓の真ん中辺り「自我状態分析(PAC)」をご参照下さい。
http://homepage1.nifty.com/okinawa-ta/psy1/ta/what_ta/outline.htm

『洞察力』はPACの内A(アダルト)の働きであり、状況を、正確に把握し、
“次ぎの動き”をする上での“積極的”な働きです、

つまり、他人を観察し、必要なことを察する働きは、Aの状態であり、
把握した状況を基に、相手が必要なことを行うのは、“思いやり”であり
NP(保護的な母親)の状態です。洞察することと、その後の行動は別のモノです。

洞察して、何もしないことを選択する冷たい性格の人もいるかも知れませんし、
洞察したこと以上のことをして、相手に煙たがられるお節介な人もいるでしょうし、
まあ、その後の行動も含めての洞察力とも言えるかも知れませんが・・・
洞察後の行動に性格が表れてくるように思います・・(脱線しました。)

これに対して、『感受性』というのは、
感じた後の沸き起こる感情を自分ではコントロールの出来ない(し難い)、
文字通り“受身”の感性というどちらかと云うとマイナスの意味でもちいられているように思えます。

『洞察』や『感受性』の基礎には、感じる力がないと成りたちませんので、
“受”という言葉を抜いた『感性』が洞察力と感受性の基礎にあるのだと考えます。

最初に“感じる”ことが無ければ、洞察力も感受性も生まれないのですから、
『感性の高い』ことは、洞察力や感受性の基礎であることは確かだと思います。

私達は、通常“外界・状況”を頭の中で“解釈”して、“反応(感じる)”するものですが、
色々な経験から、ほとんど自動的(※1)に、『外界⇒感情の反応』に行き着いてしまうものを
『感受性』と呼び、『外界⇒思考(⇒行動)』との一連の働きを『洞察力』と呼ぶように思います。

 (※1)自動的に感情が起こるのは、現実(今)を把握するよりも、過去の感情が沸き起こった経験を
    参照して、感情が沸き起こることが多く在り、同じ現実を同時に経験しても、一方で
    思考が自動的に過去に飛ぶ人と“いまここ”で色んな情報を集め対応を試みる人とがいるということです。

その為、同じく感性を出発点にしながらも、積極的な解釈の『洞察力』と
受身の『感受性』といえるのではないかと考えます。

> 『感受性が強い/弱い/豊か』と『洞察力がある/ない』には何か関連性があるのでしょうか?

感性の豊かさは、洞察力の基礎である“情報量=判断材料の豊かさ”ですので、大いに関連性ありですが
感受性と洞察力は、感性からの選択肢であり、どちらに行くか並列の関係だと思われますので、
感受性と洞察力の関連性としては、洞察力の強い性格は、感情的に流されにくく、
感情的に成りやすい性格は、“いまここ”にいない為に、洞察力が低いと考えられます。


交流分析の理論以外は、私見です、あまり自信はありませんので、ご参考までに・・・(笑)

参考URL:http://homepage1.nifty.com/okinawa-ta/psy1/ta/what_ta/outline.htm

臨床心理の一派、交流分析(Transactional Analysis=TA)では、
人は、大まかに3つの自我状態(反応の仕方)を持っていると考えています。

ここでのTAの説明が本意ではないので、↓の真ん中辺り「自我状態分析(PAC)」をご参照下さい。
http://homepage1.nifty.com/okinawa-ta/psy1/ta/what_ta/outline.htm

『洞察力』はPACの内A(アダルト)の働きであり、状況を、正確に把握し、
“次ぎの動き”をする上での“積極的”な働きです、

つまり、他人を観察し、必要なことを察する働きは、Aの状態であり...続きを読む

Q学力(頭のよさ)は遺伝するか、それとも、しないのかについて。

学力(頭のよさ)は遺伝するか、それとも、しないのかについて。

http://toyojie.jugem.jp/?eid=3024

高濱正伸氏によれば数学センスは遺伝すると言っています。

お金を学習に費やせるとか、親が大学を目標にさせるからとかで、学力(頭の良さ)は遺伝しないのですか?
確かに、最初から勉強することを投げてしまっている家庭、勉強することに高い価値をおいている家庭の子どもたちの学力は違ってくると思いますが。

顔や体型は当然遺伝します。
その中で、太りやすい体質や禿げやすい体質というのも遺伝します。
肉体的遺伝は存在するのであり、例えば筋肉のつきやすい体質であったらスポーツにおいて、生まれつき有利な素質があると言えるでしょう。
ここまでは異論を唱える人はいないと思います。

しかし何故、体質においては遺伝を認めるのに、知能に関しては遺伝を認めないのでしょうか。
体質だって知能(または脳の構造)だって、人間を形成する一要素であることは同じです。
外見や肉体的形質は勿論のこと、性格までもが遺伝するというのに、知能だけは都合よく遺伝しないのでしょうか。

遺伝というのは両親だけではなく、祖父母やそれ以前の先祖から受け継いできているものなので、「あの子は天才だけど、両親は凡人。だから遺伝なんて関係ない」とは言えません。

肉体と違って知能というものは無形のものであるから、言い訳がしやすいのだと思います。
「遺伝なんて関係ない。頑張れば皆できる」と思っていたい気持ちが、このような風潮を生み出すのだと思います。おそらく、遺伝しない、という人の殆どがそうではないですか。
遺伝が関係ないというのなら、「人には向き不向きがあります」なんて言葉は真っ向から否定しなければなりません。
学力(頭の良さ)が全く遺伝せずに本人の努力次第でしか変わらないなら、極論を言えばチンパンジーが努力すれば人よりも勉強できるようになる事になると思います。そんなことはないですよね。東大は努力次第で誰でも、誰でも行けるんですか?
遺伝はそういう事ですよね?
僕は高校生です。雨の日に学校に来られるみんなの親を見ればどんな(変な言い方)パターンの親なのか僕は知っています。

最後に聞きますが、全て、学力も、才能など認めず、努力オンリー。努力した人が偉いのよ。遺伝は認めない。
家系も認めない。お客様(労働者)は神様よ。

こんな事やってたら、日本はどうなると思いますかね?

学力(頭のよさ)は遺伝するか、それとも、しないのかについて。

http://toyojie.jugem.jp/?eid=3024

高濱正伸氏によれば数学センスは遺伝すると言っています。

お金を学習に費やせるとか、親が大学を目標にさせるからとかで、学力(頭の良さ)は遺伝しないのですか?
確かに、最初から勉強することを投げてしまっている家庭、勉強することに高い価値をおいている家庭の子どもたちの学力は違ってくると思いますが。

顔や体型は当然遺伝します。
その中で、太りやすい体質や禿げやすい体質というのも遺...続きを読む

Aベストアンサー

 こんばんは。
 少なくとも、知能にある程度の遺伝があることは間違いないでしょう。(私の経験上。たとえば、私にとっては簡単に理解できることが同じ年齢の他の方にとっては難しい場合が色々ありました。ただし、勿論逆もあります)たとえば、ガウスさんやアーベルさんなどの「数学の天才」と呼ばれるような人達と私とでは「数学」において圧倒的な差があります。
 では、なぜそのことが取り沙汰されないのか。それは、知能「自体」ではなくて、知能の「方向性」が人によって違うからです。たとえば、ある人は「数学」が得意で、「英語」が苦手。またある人は「語学系」が得意なのに「数学や物理」は大嫌い。
 ちなみに、運動や芸能も知能に入ります。なぜなら、それらも脳の働きです。運動能力も脳が操っています。(運動神経があります)また、ピアノなどの芸術分野も脳が司っています。
 ですので、「知能」は実は曖昧な定義であって、「知能」=「脳の力」と考えてしまうと、実は差がほぼ無いんですね。
 失礼ながら今の東大は誰でも行けます。私が学生だった頃よりも問題がはるかに簡単になっています。しかも、参考書は私の頃よりも遥かに優れています。ですので、極端な話「金とやる気さえあれば」誰でも行けてしまうでしょう。全ての科目に於いて家庭教師を雇った上で一生懸命勉強すれば間違いなく「誰でも」東大へは行けるでしょう。
 補足 もしやる気が十分にあるのなら、アメリカの「ハーバード大学」へ行ってはいかがですか? 世界最高の科学雑誌は英語で書かれています。貴方の文章から察するに、貴方は学問の才能がかなりあるのではないでしょうか。その頭脳を活かして、日本を代表する科学者になるという手もあります。
 東大をこき下ろしてしまい、大変すみませんでした。気に触った方もいらっしゃるでしょう。本当にすみませんでした。参考にしてください。

 こんばんは。
 少なくとも、知能にある程度の遺伝があることは間違いないでしょう。(私の経験上。たとえば、私にとっては簡単に理解できることが同じ年齢の他の方にとっては難しい場合が色々ありました。ただし、勿論逆もあります)たとえば、ガウスさんやアーベルさんなどの「数学の天才」と呼ばれるような人達と私とでは「数学」において圧倒的な差があります。
 では、なぜそのことが取り沙汰されないのか。それは、知能「自体」ではなくて、知能の「方向性」が人によって違うからです。たとえば、ある...続きを読む


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