知能指数の高さと感受性の強さは関係があるのでしょうか?
それとも高IQで感受性も強い人は、たまたま両方持ち合わせているだけなのでしょうか?

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A 回答 (4件)

まず知能指数についてですが、Wikipediaなどによれば


知能検査は全て、2歳級、3歳級の問題から16歳級の問題まで、年齢によって決められている問題(知研式因子別知能検査)で、どこまでできたかで知能年齢が決まります。
「知能指数」と聞くと、一般に論理的思考力や言語能力の高低が思い浮かびますが
精神年齢・知能年齢(知能検査の結果、何歳何ヵ月までの問題ができたか)を生活年齢(実際の何歳何ヵ月)で割り、それに100を掛けたもので(例えば生活年齢4歳で精神年齢6歳なら、6÷4×100=150でIQは150)
何歳であっても、100が平均になるよう作られています。標準偏差は15または16。
IQは年齢を基準とした数値なので、年齢が違う人どうしの知能を直接IQで比較することはできない(たとえば、IQ200の5歳児とIQ100の10歳児の知能は同じ)。
生活年齢と精神(知能)年齢の比を基準とした、従来のIQ、「同年齢集団内での位置」を基準とした「DIQ」の2種類があり、従来のIQは、あまり使われなくなりつつあるそうです。

幼いころのIQは、ある程度成長しても持続し、30以上変動する例は1割に満たない。年齢が大きくなると、それにつれて知能指数も伸びると思っている人が多いようですが、特別な環境の変化が無い限り、余り変動しないということです。しかし、同じ人でも、別の知能検査で測れば異なる指数が検出され、同じ知能検査でも2回目以降は指数が高くなるし、また、これは私自身にも思い当たることですが、体調によっても結果は変わるそうです。
『知能研究所』というところの研究によれば、
知能を司っているのは脳細胞で、脳は身体の一部なのですから、 筋肉同様、その発達する時期に鍛えれば、普通の場合以上に発達する。生まれたばかりの人間の赤ちゃんの脳重量は約360g、一般成人の脳重量は約1350gで、成人するまでに脳重量は1000g近く増える。3歳時には既に成人の75%の1000g、10歳で90%の1200gになります。最も成長する幼児期にこそ脳細胞に良い刺激を与えて、知能を伸ばしてあげなければならないといえる、のだそうです。また
高知能児は、そうでない児童に比べ、
情緒が安定している、温和・理性的である、神経質ではない、自己顕示欲が少ない、自制力がある、自立している、社会性がある等の7項目で好ましい結果を示した。勉強だけでなく、社会性や人格形成においても知能を上げることは重要な要素になるということだそうです。

でも、知能指数が高ければ、お勉強ができるというのとも別ですよね。学校の勉強は、やはりコツコツ努力が一番効果があると思います。知能指数そのものは高いのに、お勉強が大嫌いな私が、いい見本です(笑)
そういえば「やれば出来る子」なのに、と よく親や教師から嘆かれました。やる気が ないんですね。なんにも仙人(苦笑)その代わり?全く勉強しないのに、ラクにできる分野もあります。それだけで生きてきた(笑)
全般に「努力しなくても できる」のが、本当に優秀だということでしょうか、でも、努力を惜しまず やれるというのも一種の才能ですよね。

知能検査は、あくまで一部の能力を測定するだけで、創造力とか感受性までが測れるわけではない。
書物や教科書に書かれたことしか知らない秀才も、現実的な問題や実社会で、望ましい結果が出せるとは限りませんし、学校では落ちこぼれだったという天才の話も多く伝わっていますね。
芸術分野などは、知能や努力だけでは どうにもならない段階に突き当たるときが必ずありますから、知能指数そのものは、あまり意味がないように思います。やはり知能指数がモノを言うのは、学問研究の分野が中心なのでしょう。ところで
DNAの二重らせん構造を発見し、1962年ノーベル医学・生理学賞を共同受賞したJ・ワトソン博士が、英サンデー・タイムズのインタビューで「今後10年内に遺伝子が人間の知能に差をもたらしていることが発見されるだろう」
「黒人は知能で白人に劣る」などと発言し、同博士の講演を予定していたロンドンの科学博物館が「博士の発言は科学的論争の限界を超えている」として講演会中止を決定した、ということがあったそうです。
遺伝と環境に関しては、これもWikipediaからですが
個人差が、どの程度遺伝するかは諸説あり、双生児法による行動遺伝学的研究から、(個人の知能の何%が、ではなく)集団の中の標準的知能の分散の何%が遺伝により、何%が環境で説明できるのかという形で結論付けられる。
この遺伝率の値は集団が置かれている環境によっても変動する。完全に平等な教育が与えられている理想的な集団で、なお個人差が見られるなら、100%遺伝の影響であると結論できる。
個人が受けられる教育の度合いに著しい差がある環境では、個人差は教育の機会に大きく影響されるから、遺伝の影響は相対的に小さくなる(この極端な例は「遺伝率」が個人については何も述べていないことを意味している)。
したがって、教育の機会均等が図られている社会では遺伝率が高く、そうでない社会は、遺伝率が低くなると予想される。
現代の先進工業社会では、知能の遺伝率は子供で50%、成人では70%以上を示す研究が多い。成人の方が遺伝率が高いのは、成人は自我が発達しているため子供ほどに周囲の影響を受けず、自己の行動を、その遺伝的特性に合わせて決定するからだと言われている、ということです。


感受性、という面でしたら、「心の知能指数」とも言われる「EQ」の重要性のほうが注目されているらしいですね。
EQとは自分の感情を適切にコントロールし、自分の持っている能力を最大限に発揮するための「社会的知性」のことで
心内知性(セルフコンセプト)、対人関係知性(ソーシャルスキル)、状況判断知性(モニタリング能力)
という3つの要素のバランスによって決まる。
EQの高い人は自分の感情の動きに敏感で、人の気持ちを察することが上手であるため、相手へのより良い対処法を考えることができる。ですから人間関係で衝突を起こしたり、すれ違いを起こしたりすることなく上手く立ち回ることができる。
最近では、人事採用にEQテストを用いる企業も増えてきて、これからは学力よりも創造性豊かで人間知あふれる人が求められるようになってくるだろう、とのことでした。

余談ですが、
私の叔父にあたる人は、幼稚園の頃、知能指数の検査結果の高さが尋常ではなかったそうで、ふだんからも「一を聞いて十を知るどころか百も千も知っている園児」だとか先生がたに騒がれたそうです。
長じて国立一期医学部進学にあたっては、どこでも好きな大学を選びなさい、と言われて、「家から電車で通える一番近い大学な!」という親の命令どおりしたのですが、受験当日は、思わぬ急病で、入院先から試験会場へ出かけたというオマケつき。そのうえ私の母が「さぞ難しかったろう大変だったろう」と ねぎらったところ、「ううん、たいしたことなかったよ」というアッサリした返事。。。
この人は、下の叔父が、勉強のことで何か尋ねても「そんなこと聞いてるようじゃダメだ」と、とりつく島もなかったそうです。下の叔父だって、たいへんな優等生だったんですよ。
大学では教授に異様なほど可愛がられたということで、私なんか、友人に、その話をしていて「ハカセの異常な愛情か!」などと(自分の大学受験勉強はホッタラカシで)ノーテンキに笑っていたものですが、そのうち、アメリカの医学研究所に行く話が出ても、またもや老いた親の鶴の一声で断念。
「高知能は情緒が安定している」か なんか知らないけど、悔しいとか残念とかも感じないのかな?淡々としてるというか、クールを通り越して、冷たい人には違いないですよ。。。
医者として望ましいのか どうか、私には よく分かりませんが。。。
ご参考までに。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

私の???がすっかり解けました。
IQの方はWikiの解説で理解していたのですが、EQについての読み込みが足りなかったようです。

私は人に2、3回会うと、その人の次の行動や求めている事が大体分かってしまうようなのです。

これはIQに因る“観察力”や“分析力”のせい?と思っていたのですが、EQに因る可能性が高いようですね。

論理的なのに分かりやすい説明と、ユーモアのあるご回答感謝します。

あ、ちなみに私も“なんにも仙人”でした。(笑)

お礼日時:2009/06/01 18:10

補足質問にお答えします。

脳波がアルファ波になって、心が癒された時です。テレビ番組で実験してました。演歌や民謡で母音を伸ばす、コブシの時にアルファ波になってました。世界中で、日本語だけ母音を強く強調します。だから日本語は、母音を発音する時に、脳が休み、アルファ波になり、心が癒されてるようです。大学の先生が、日本語を話して育った人は、脳の音感の構造が変化して、自然の川や風の音、鳥や虫の声に敏感になり、自然の情緒を理解出来るようになるといってます。日本人の脳、角田忠信著、大修館書店です。だから日本の伝統文化は、脳を休めて、アルファ波にして、自然の情緒、心の癒しを追求しています。西洋文化の自己表現とは違います。また日本人の行動パターンの基準は情緒で、外国人のような自己表現とは違います。脳が休んでアルファ波になり、自然と交流する方法は、仏教の禅、伝統文化のすべて、雅楽、平曲、人形浄瑠璃、能、歌舞伎、日舞、民謡、詩吟、演歌、短歌、俳句、水墨画、浮世絵、茶道、華道など、また手作業は、意識が頭を離れて手先に集中するので脳が休みます。だから日本は職人文化が盛んです。自分で工夫して脳を休めると、自然と交流して心が癒されます。
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この回答へのお礼

なるほど。
私は空を眺めるのが好きで、特に雲の表情(?)に見入ってしまうことがよくあります。
あれは脳を休ませているんですね。
ありがとうございました!

お礼日時:2009/05/28 14:08

脳の知能と、自然の情緒の感受性は、対立していて、お互いに反比例します。

なぜかというと、脳は不調和世界の代表で、方や自然の情緒は調和世界の代表です。だから脳が思考してる時は、人と自然の交流を脳が遮断するので、心がストレスになります。脳が休むと、人と自然が交流するので、心が癒されます。また人の心を育てるのは、自然の情緒です。脳の思考による人の知恵ではありません。同じ事を中国の老子が言ってます。だから子育てで、過剰に知能を発達させた子供は、知能は良くても人間関係がダメとか言われています。これは子供時代の情緒不足が原因です。脳の知能活動は情緒を排除するからです。知能と情緒は反比例です。

この回答への補足

“人と自然が交流する”と言うのは、例えばどんなことを指すのでしょうか?
一例でよいので教えていただければ嬉しいです。

補足日時:2009/05/27 23:40
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特殊な経験談です。

同様な興味を持っていたので、参考のために書いてみます。私の経験的な結論は、「高感受性と高IQは異なる」という考えです。「高IQは、刺激ー応答の能力が高い(=時間的な高反射・理解・応答能力)」に対応し、「高感受性は、刺激ー応答の能力(非時間的な深反射能力)」に対応する、というような感じです。日本の著名な大学に学ぶ機会を得たので、友人には高IQがたくさんいます。理解・記憶・記述など、速くて正確な点では、彼らが私より百倍くらい優れている、と常に感じてきました。ただ、私の最も関心のある「ある種のテーマ」に関しては、友人たちが無関心であることに心底驚きました。高IQは、「一定期間で、成就不能なテーマに、見切りをつける」のも早いのに対して、「高感受性は、成算を度外視して、難しいテーマに挑戦する」傾向があるので、職業選択次第で一長一短の関係ではないでしょうか?「両方持ち合わせ」は存在しないのでは?

この回答への補足

回答ありがとうございます。
実は私自身のことなのです。
私は幼稚園入園時にIQ129だったそうです。(そのことを知ったのはつい最近ですが)
それ以降のIQは知りませんが、私の仕事ぶりからすると、そんなに変わっていないと思われます。
私は見切りをつけるのが早い時も、無駄を覚悟でとことんやる時もあります。
これは感受性と言うよりも性格なのでしょうか?
dsu323さんの「ある種のテーマ」とは何か教えていただけないでしょうか?
もしかすると、それで私の疑問が解けるかも…。

補足日時:2009/05/27 12:57
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Q感受性が豊かの意味と、それが豊かだと良い理由を教えてください。

感受性が豊かの意味と、それが豊かだと良い理由を教えてください。

感受性が豊かな子にと保育士さんや育児本は言っていますが、「感受性」って何ですか?あった方がいいという理由を教えて欲しいです。

感受性をはぐくむために、外遊びで五感を使い、生き物に触れ、自然と触れ合うことが大切だと
色んな人に教えてもらっています。それは納得できるのですが、
感性や感受性が豊かな方が良いということですよね?

私は子供の頃から、「感受性」なんてなければいいのにと思っていました。
自分の事で恐縮ですが、小さい頃から、映画やテレビで号泣したり(ほとんどの友達は泣かない)、
人の気持ちを考えたり、周りの空気に敏感だったり、旅行先では絶対眠れにつけない。
先生に注意されただけで、涙が止まらない。友達のちょっとした変化に敏感に気付き
傷つきやすい子供でした。
たぶん、繊細なのか、神経質なのか、感受性が豊かなのか? わかりません。

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Aベストアンサー

敏感過ぎて辛い人というのは、世の中けっこういるみたいです(少数派ですが)

私もたぶん質問者さんと同じタイプです。

>自分の事で恐縮ですが、小さい頃から、映画やテレビで号泣したり(ほとんどの友達は泣かない)、
>人の気持ちを考えたり、周りの空気に敏感だったり、旅行先では絶対眠れにつけない。
>先生に注意されただけで、涙が止まらない。友達のちょっとした変化に敏感に気付き
>傷つきやすい子供でした。
↑↑
これほとんど全部私も同じです。

敏感だと確かに辛いことが多いですよね。

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感受性の強い人ならではの大きな利点で、心の贅沢、喜びだと感じます。

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感受性が強過ぎる、敏感な気質をもつ人のことです。5、6人に一人の割合でいるそうです。

最近知ったのですが、私自身もHSPでした。

HSPのことを知って、自分だけじゃないんだ、と楽になりました。

そしてHSPならではの利点を生かして生きていく方法を探そうと思いました。

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繊細な感受性により
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確かに辛いことが多いけど、やり方によっては、それをプラスに良い方に活かせるんだと思いました。

それに、HSPは、感受性の鋭さゆえに、人の気持ちがわかる思いやり深い素敵な人が多いように思います。

お互い、頑張りましょう^^

参考URL:http://blog.livedoor.jp/hsp_ko/

敏感過ぎて辛い人というのは、世の中けっこういるみたいです(少数派ですが)

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>自分の事で恐縮ですが、小さい頃から、映画やテレビで号泣したり(ほとんどの友達は泣かない)、
>人の気持ちを考えたり、周りの空気に敏感だったり、旅行先では絶対眠れにつけない。
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>傷つきやすい子供でした。
↑↑
これほとんど全部私も同じです。

敏感だと確かに辛いことが多いですよね。

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QIQ(知能指数)を扱う学問は、心理学ですか?

人間の知能指数(IQ)について論じたり研究したりする学問は、心理学ですか?

恐れ入りますが、専門の方、若しくは、経験のある識者の方のみのご回答を希望いたします。

なお、もしも心理学ではなくほかの学問である場合、若しくは、もしも細分化された学問の1カテゴリである場合は、ここ(教えてgooの教育カテゴリの中)や大学の学部(科ではなく学部)でいうところの、どの分野に相当するかも教えていただけると幸いです。
また、複数の分野に属するのであれば、それらを全て教えていただけると幸いです。
(統計学、数学は対象外とさせてください)

Aベストアンサー

拙も、前・回答者の方と同じく、[一般教養科目]の自然科学の授業として、
講義を受講したことがあります。科目名はシンプルでずばり「基礎心理学」
拙は文系学部で在学中に単位の必要から履修しました「IQ(知能指数)」
については、その講義の「基礎心理学」の教科書にも記載が、図表と伴にあったことは憶えています。/ただ残念なのは、当時(20年も前)他の[一般教養科目]講義にも、それと同等以上に刺激的な科目があり(「生物学」「西洋音楽」「日本語表現論」等)また、専門基礎科目(「社会学」「経済学」「政治学」など)と必修語学(「英語」「ドイツ語」)などもあり。在学中は、さほど「IQ(知能指数)」に関心はありませんでした。他の科目も重いテーマを扱っていましたから。なお、学部は法学部でした。

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感受性が鋭いって言うと神経質なイメージが私にはあります。
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実際、感受性が鋭いとはどういうイメージがありますか?
プラス面、マイナス面両方宜しくお願いします。

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逆に感受性が鈍い人は、能面のような表情がない人、冷徹な感じで笑わない人などです。
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偏差値65はIQに直すとどれぐらいですか?

Aベストアンサー

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なので、学力偏差値65の人はまぁ平均よりは知能指数は高いとは思いますが、IQでいえば 90 ~160(成人ではほぼ上限)くらいの人ではないですか。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A5%E8%83%BD%E6%8C%87%E6%95%B0

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Aベストアンサー

そういう捕らえ方をすればそのとおりなのでしょうが、感受性が「強い」ということがあたかもマイナスのように受け取られるのはどうかと。まるで弱いほうがいいような管さえ受けますね。弱いというか鈍いというか、そのほうが行きやすいなんていうのは、足が遅いほうが交通の便利な都市ではかえっていいという理論に近い。
豊かと強いなんて使い分けできないと思いますね。どうやって乏しい感受性で強く物事を感じられるか、あるいは豊かな感受性で鈍く図太く日常的に生きられるか、はなはだ疑問である。

Q感受性と迎合性

面白くない考えにいたりました。

ものの憐れというのか、茶道の精神というのか、いわば、ささいな物事に対する生まれながらの(あるいは後天的)な感受性が鋭い人と鈍い人は、それぞれ、独立独歩的な雰囲気の人間になるのか、迎合性もしくは協調性のある人間になるのかという傾向があるのではないかと思いました。

つまり、野球のたとえで言うと、
○キャッチャーが捕球する音とかバットでボールをひっぱたく音とか、そういうものが面白いと感じる感性があると、それが聞きたい→適当にやじるくらいの応援になる(一種アメリカ西欧的)
○そういうささいなものに対する感受性が希薄→より勝敗とか選手の人間性的な面に関心が行く→迎合的に鳴り物やテーマ曲を歌って応援する

というような雰囲気がある。この差というのが、「茶道的な対象を面白がれるかどうか」に結構かかっている気がする。

もちろん、そういう侘びさびがあることが人間にとって上質であるとか言うものではないです。ただ、そういういわば要らない無用の感性があることで、迎合的でない傾向の人間ができる下地になるのではないかと思われるのですが、どうなのでしょうか?

つまり、言い方を変えれば、大衆的な志向とは「人間的」な志向だということです。反大衆的な志向とは、「自然的」な志向だということです。

またあえて言えば、大衆的な「人間的」志向とは、表面的なレッテル貼りの思考です。対象の人間を掘り下げたりしません。

何事も「掘り下げない」ということが、大衆的迎合的であるというエネルギーであり下地なのではないでしょうか。それは毒も多いですが、考えようによっては社会に必要かもしれません。個人的には反対ですけども。

面白くない考えにいたりました。

ものの憐れというのか、茶道の精神というのか、いわば、ささいな物事に対する生まれながらの(あるいは後天的)な感受性が鋭い人と鈍い人は、それぞれ、独立独歩的な雰囲気の人間になるのか、迎合性もしくは協調性のある人間になるのかという傾向があるのではないかと思いました。

つまり、野球のたとえで言うと、
○キャッチャーが捕球する音とかバットでボールをひっぱたく音とか、そういうものが面白いと感じる感性があると、それが聞きたい→適当にやじるくらいの応援に...続きを読む

Aベストアンサー

当たってると思います、とてつもなく鋭い感性をお持ちですね、はじめこの文章を読んだときには全然ワカリマセンでした、3回目でようやく理解できました、そうですその通りです。多分間違いないと思います、結構すごいところ突きましたね、うわ~凄いですね、学会に出してみたらどうでしょうか?結構良い線いくと思いますよ、ただその前にこの文章を理解させることに苦労なさると思いますが・・

Q感受性と洞察力は比例しますか?

以前から不思議に思っていることがあります。
(カテゴリ違いでしたら申し訳ありません。)

自分で言うのもなんですが、職場や友人間でよく「気がきく」「察しがいい」「仕事が早い」と言われます。
周囲の状況から次に起きることを予想したり、人の言動から真意を察して行動している結果なので、自分では『洞察力がある』と認識しています。(単なる自慢場話みたいになってしまいましたが、次からが本題です。)

よく他人の言動に敏感な人を『感受性が強い』と表現しますよね。
私もたまにそう評されることがあります。
自分ではどちらかというと感受性が弱い人間だと思っています。
例えば、衝撃的なことがあってもそれによって自分の状況がどう変化するのかなどを冷静に分析し、メリットとなる点を見つけて納得してしまうため、感情的になることは滅多にありません。
私の周囲にいる感受性が強いと思われる人たちや子供(子供は感受性が強いとされていますよね?)は、物事の分析をしたりする前に感情が前面に出るため、どちらかというと洞察力はないほうなのではと思います。
ですが辞書などを見ると「感受性が強い=察しがいい」みたいに書かれていました。

そこで質問なのですが、『感受性が強い/弱い/豊か』と『洞察力がある/ない』には何か関連性があるのでしょうか?

以前から不思議に思っていることがあります。
(カテゴリ違いでしたら申し訳ありません。)

自分で言うのもなんですが、職場や友人間でよく「気がきく」「察しがいい」「仕事が早い」と言われます。
周囲の状況から次に起きることを予想したり、人の言動から真意を察して行動している結果なので、自分では『洞察力がある』と認識しています。(単なる自慢場話みたいになってしまいましたが、次からが本題です。)

よく他人の言動に敏感な人を『感受性が強い』と表現しますよね。
私もたまにそう評される...続きを読む

Aベストアンサー

臨床心理の一派、交流分析(Transactional Analysis=TA)では、
人は、大まかに3つの自我状態(反応の仕方)を持っていると考えています。

ここでのTAの説明が本意ではないので、↓の真ん中辺り「自我状態分析(PAC)」をご参照下さい。
http://homepage1.nifty.com/okinawa-ta/psy1/ta/what_ta/outline.htm

『洞察力』はPACの内A(アダルト)の働きであり、状況を、正確に把握し、
“次ぎの動き”をする上での“積極的”な働きです、

つまり、他人を観察し、必要なことを察する働きは、Aの状態であり、
把握した状況を基に、相手が必要なことを行うのは、“思いやり”であり
NP(保護的な母親)の状態です。洞察することと、その後の行動は別のモノです。

洞察して、何もしないことを選択する冷たい性格の人もいるかも知れませんし、
洞察したこと以上のことをして、相手に煙たがられるお節介な人もいるでしょうし、
まあ、その後の行動も含めての洞察力とも言えるかも知れませんが・・・
洞察後の行動に性格が表れてくるように思います・・(脱線しました。)

これに対して、『感受性』というのは、
感じた後の沸き起こる感情を自分ではコントロールの出来ない(し難い)、
文字通り“受身”の感性というどちらかと云うとマイナスの意味でもちいられているように思えます。

『洞察』や『感受性』の基礎には、感じる力がないと成りたちませんので、
“受”という言葉を抜いた『感性』が洞察力と感受性の基礎にあるのだと考えます。

最初に“感じる”ことが無ければ、洞察力も感受性も生まれないのですから、
『感性の高い』ことは、洞察力や感受性の基礎であることは確かだと思います。

私達は、通常“外界・状況”を頭の中で“解釈”して、“反応(感じる)”するものですが、
色々な経験から、ほとんど自動的(※1)に、『外界⇒感情の反応』に行き着いてしまうものを
『感受性』と呼び、『外界⇒思考(⇒行動)』との一連の働きを『洞察力』と呼ぶように思います。

 (※1)自動的に感情が起こるのは、現実(今)を把握するよりも、過去の感情が沸き起こった経験を
    参照して、感情が沸き起こることが多く在り、同じ現実を同時に経験しても、一方で
    思考が自動的に過去に飛ぶ人と“いまここ”で色んな情報を集め対応を試みる人とがいるということです。

その為、同じく感性を出発点にしながらも、積極的な解釈の『洞察力』と
受身の『感受性』といえるのではないかと考えます。

> 『感受性が強い/弱い/豊か』と『洞察力がある/ない』には何か関連性があるのでしょうか?

感性の豊かさは、洞察力の基礎である“情報量=判断材料の豊かさ”ですので、大いに関連性ありですが
感受性と洞察力は、感性からの選択肢であり、どちらに行くか並列の関係だと思われますので、
感受性と洞察力の関連性としては、洞察力の強い性格は、感情的に流されにくく、
感情的に成りやすい性格は、“いまここ”にいない為に、洞察力が低いと考えられます。


交流分析の理論以外は、私見です、あまり自信はありませんので、ご参考までに・・・(笑)

参考URL:http://homepage1.nifty.com/okinawa-ta/psy1/ta/what_ta/outline.htm

臨床心理の一派、交流分析(Transactional Analysis=TA)では、
人は、大まかに3つの自我状態(反応の仕方)を持っていると考えています。

ここでのTAの説明が本意ではないので、↓の真ん中辺り「自我状態分析(PAC)」をご参照下さい。
http://homepage1.nifty.com/okinawa-ta/psy1/ta/what_ta/outline.htm

『洞察力』はPACの内A(アダルト)の働きであり、状況を、正確に把握し、
“次ぎの動き”をする上での“積極的”な働きです、

つまり、他人を観察し、必要なことを察する働きは、Aの状態であり...続きを読む

Q知能検査(IQテスト)を受験したい

知能検査(IQテスト)を受験したいのですが、
テレビでやっていたようなものではなく、
病院か専門機関にいって調べたいのです。
(以前にホリエモンなど有名人がTVで専門機関で受けていたのであるのかな・・・と思いました)

自分で調べた結果、いまいちよくわからなく、
幼児向け機関もしくは自宅検査しかなかったのでお聞きいたします。

条件は以下です

・東京近郊(出来れば23区)
・価格は5千円以下もしくはその程度
・専門機関もしくは医療機関など他人に採点もしくは監督してもらえるようなもの
・16才~などの学生・成人向けに対応している。

自宅検査なども調べたのですが、価格が異常に高いことやあくまで個人採点ということでしたので出来れば避けたいと思います。


大変あつかましいとは思いますが受験の理由などはお聞きなさらないでください。

では宜しくお願いいたします。

Aベストアンサー

東京には住んでいないのですが、一般的に精神科で相談されたら良いのではないでしょうか?

ただ、私の娘は定期的に発達検査(知能検査)を受けますが、保険適用で1回5000円くらいです。(診断結果を聞くまでですが)
もしも、お医者様が必要でないと判断されたら実費になると思います。
なので、1回5000円では厳しいかも?

Q感受性が豊かとは?

質問させていただいたときに
よく「感受性が豊か」ということを書かれますが、
実際、感受性の意味がよくわかっていないので、
もし、豊かなのでしたら、何がいいことになるのかわかりません。
出来れば、感受性が豊かだとどういいのか、

感受性って何のか教えてもらえればうれしいです。

Aベストアンサー

>自分が楽しいと思うより他の人の楽しいっていう話を聞いてる方が楽しいと思えるし、自分勝手な解釈であるんですが、
>相手に嫌な思いをさせてしまったと思いこむと、絶望ってくらい落ち込んでしまうのですが、そういうことなんでしょうか。

「他の人との共感能力が高い」ということで、それも豊かな感受性の特徴の一つに入ると思います。
質問者さんのお話しを聞いていると、人への同化も強いようですね。
同化とは、相手の考えと一緒になる、相手の考えていることが自分の考えと同じになってしまうことです。

自分が好ましく思っている人が「この曲が好き」あるいは「この食べ物が好き」と言うと、
自分も知らないうちにそれを好きになってしまうなど。

それが適度なら良いのですが、行き過ぎると自分の意思が無くなってしまい、人に振り回されやすくなりがちです。
人にまどわされない「自分がしたいこと」や「自分の意思」をしっかり持ち、
必要な場所では、毅然とした態度できっぱり意思を発言するよう心がけると良いかもしれませんね。
(今の世の中、人の優しさを、いいように悪用するヒドい人も多いですからね。)

あとは、折角の豊かな感受性をお持ちなら、
若ければ若いほど吸収しやすいので、いろいろな数多くの芸術に触れることをお勧めします。

>自分が楽しいと思うより他の人の楽しいっていう話を聞いてる方が楽しいと思えるし、自分勝手な解釈であるんですが、
>相手に嫌な思いをさせてしまったと思いこむと、絶望ってくらい落ち込んでしまうのですが、そういうことなんでしょうか。

「他の人との共感能力が高い」ということで、それも豊かな感受性の特徴の一つに入ると思います。
質問者さんのお話しを聞いていると、人への同化も強いようですね。
同化とは、相手の考えと一緒になる、相手の考えていることが自分の考えと同じになってしまうことで...続きを読む

Q知能と学習の関係について(IQをキーワードに)

知能と学習の関係について(IQをキーワードに)

大学の教育心理学の試験の過去問題を考えています。
上記について答えよとのことなんですが。

知能というものの大まかな概念は理解しているつもりなのですが、
IQ。。。が良く分かりません
教科書には計算方法とかはのっているんですが、
だから何がわかって、学習にどう役に立つのか、
まったく繋がりません。

教科書の中で一番ちんぷんかんぷんだったのが
この「知能」の部分です。

分かりやすく、理解するためのヒントを教えて頂きたいです。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

「知能指数」、すなわち「IQ 」の高低が学習に及ぼす影響でも書けばいいんじゃないですかねぇ。
後は自力で考えて書くべし。
教育心理学は専門ですか?もしそうであるなら、少し手元に置く専門書を増やした方がよいかと・・・。(余談なら失礼)


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