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悪いことをしたり、他人に迷惑をかけたり、嫌な思いをさせたり、ひどいことをした人が、どうして、のうのうと生きているのでしょうか。中には、ひどい目にあった人もいますが、ほとんどの人に天罰が当たらないのが、不思議です。天罰が当たったという事例があったら、教えて下さい。また、こういうことは、どう考えたらよいのでしょうか。

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A 回答 (22件中1~10件)

例えば窃盗で逮捕されたとします。

裁判によって「刑」が確定します。
刑期を終えれば社会上、±0になります。

裁判で死刑になった人がいます。死刑までの間に違う犯罪を犯したとしても、裁判は行われません。死刑以上の罰はないからです。

天罰が当たらない人…いい死に方はしないでしょう。
人間は死ぬ寸前がどうだったか、ではないかと私は思っています。

他人の顛末はともあれ、自分はどういう人生を送るのか。それが問題です。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。確かに人生は、死ぬ寸前までわかりませんね。今回、いろいろな方のご意見をお聞きして、まず、自分がこれからどんな人生を送っていきたいのか、もっとよく考えてみようと思っています。

お礼日時:2009/06/01 10:30

私の回答について、その実例を指摘します。

追加補足ということになります。

>介護の必要な老人がいても、お金があれば、高くても有料の施設に入れて、家族は介護をしなくてもよい。

できることなら家族介護が当然良い。家族は金で買えないかけがえのない存在です。
たとえ贅沢な施設であっても、そこに入れられただけの年寄りは孤独だ。できれば家族介護が望ましい。
単に平穏だけを望まない家族もいる。介護は大変だが、そこに喜びや生きがいを感じる家族もいる。
そしてそういう親子関係が出来上がるためには、お互いの心の問題が『解決』されなければいけない。
「家族に介護してもらうことが嬉しい」「大変だけど家族を介護したい」という関係であれば、
それはそれで、一つの幸せな家族関係である。これは金では買えない。
家族全員が心の問題を『解決』している、そういう家族関係。決して金で買えるものではない。

>私立の雰囲気の良い学校に、子供を行かせることができる。

学校とは、子供が何を学べたかでその価値が決まる。
公立だろうが私立だろうが、金の力による雰囲気作りの程度だとか、そんなことはその本質には関係ない。
「殆ど」というのは、それはかなり高いパーセンテージを意味するものである。
公立・私立を比べて、私立の方が遥かに高いパーセンテージで「本質的な教育」
が行われているなどという統計は、元よりどこにもあるはずがない。
公立でも立派に育つ子供は大勢いる。私立でもダメになる子供は大勢いる。
それは「教育にとって一番大切なもの」と金は殆どまるで関係ないことを証明する一つの材料だ。
貧困の環境から立派な人間になった人はゴマンといる。そして「立派な人間」とは
何も金持ちになったことを意味するものでも決してない。
ダメになる子供は心の問題を抱えている。その『解決』に金は殆ど何の役にも立たない。

結局一番大切なものは、殆ど金では『解決』されない。

>今回の相談は、そういうことではなく、天罰のことについてです。

そもそも、元より、殆どのことは金で解決できるという聞き捨てならないことを言い出したのは
私からではないし、又、こういう私の論旨に反した言動が「お礼」とは何事か。

>こういうことは、どう考えたらよいのでしょうか。

これに対する回答をするためには、出てしまった「金~」という、この言葉を決して避けて通ることはできない。
こちらも痛みと怒りを堪えながら必死に回答をしているのであり。
これがお礼とは…。

あげくの果てに、お礼と銘打って私の回答が回答という主旨からズレていると、あらぬ歪曲をされ
侮辱されたことについては、これは必然的に大変な怒りと憎しみを感じるものである。

しかしこの怒りと憎しみは、長くは続かない。
これだけ分かっていない人なんだから、別に私が憎まなくても、この人は生きるのが辛いだろう。
これからも、辛い思いをし続けるだろう。
誰かを憎んでいるにしても、己がこういう態度なら、時には相手がこの人を憎んで当然だ。
回りの人は正当な怒りを感じることも多々あるだろう。この人はそういう人だ。
懸命に家族を介護する人々を、公立でがんばっている人々を、極論すれば敵に回した。
それなのに自身それに気づかず、一方的に、時には相手に天罰が下ればいいとさえ思い、
憎しみのかたまりになって、重苦しい、ざわざわした心を抱えて生きている。
何も私が憎まなくても、この人はこれだけで充分天罰が下っているに等しい。
憎しみで澱んだ重苦しい心を抱えて生きていなければならない。これは天罰だ。

結局、なんだかんだ言ってもこの人は、未だに親を卒業できていない、ただの子供だ。
子供に目くじら立てても仕方ない。

それより少しでもそれを伝えられないだろうか。
この人が親を卒業するというのは、それはよっぽど大変なことだ。それができたら、よっぼど凄い人だ。
それができたら、たとえこの人が金持ちになろうとなるまいと、まごうことなく「立派な人」だ。
それがこの人の運命だ。それができるかどうかなのだ。それがこの人の人生の意義だ。
それこそが、天罰ということを「どう考えたらいいのか」に対する回答の核心なのだが…。
私もそうだった。そうだった。

あー憎しみが遠のく…

憎いというか、悲しいね。悲しい人やね。
そのうち忘れるから放置しよ。もういい。もう気が済んだ。
これ以上何もできん。自分なりに精一杯やったから、もういい。

あー憎しみが遠のく…

≫介護の必要な老人がいても、お金があれば、高くても有料の施設に入れて、家族は介護をしなくてもよい。

>できることなら家族介護が当然良い。家族は金で買えないかけがえのない存在です。
>たとえ贅沢な施設であっても、そこに入れられた年寄りは孤独だ。できれば家族介護が望ましい。

だからって別に、無理する必要はない。
この老人が「市民ケーン」の主人公ならば、一人で死なせなさい。
貴方の方が死にそうなら、無理する必要はさらさらない。もしそうなら、心ある人は誰も貴方を責めない。

私の言っていることが、少しでも分かるか? 今すぐ分かってたまるか!
5年や10年位では、貴方には分かるまい。…いや、もう諦めた。貴方に知らせるのは、私は諦めた。
だから貴方もせめて今すぐ「分かったような口」をきくのだけは止めなさい。

以上実例。及び完全終了。
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>「お金があればほとんどの問題は解決出来る。



>お金があれば、ほとんどのことは、解決出来てしまうのも事実
→私の回答番号:No.14に対するお礼からです。「こと」と「問題」に違いがあるということですか?
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いや、正確な言い方ではなかったですね、失礼。

お金持ちにはなってもいいですよね、私もなってみたいものです(笑)。誠実な努力でスキルアップすることで収入が増えるなら、勿論何も言うことはありません。しかし「金があれば殆ど何でもできる」っていうのは、心配です(苦笑)。まぁ言葉のアヤというのか、そんなこともあると思うので、これ以上よしましょう。偉そうに申しましたが、私だって憎しみの心はあります。現世に生きている以上、時には憎しみの心も湧く。世の中にはハゲタカもハイエナもうじゃうじゃ居ます。しかしそういう人間に引っ掛かった時には、引っ掛かった自分の心も反省してみると、何かが見えることもままある。加藤 諦三さんの本など読むと、よくそういうことを考えされられます。しかしあの人も、アメリカで悪徳不動産に引っ掛かったことがあると告白してましたよ(笑)。あの人でさえも、です。

とにかく、憎しみの心は最後は放置です。貴方が放っておいても、きっととっくに貴方が忘れた頃に、天罰が下ります、必ず。帳尻は必ず合いますから。

…そう、私は結局、やはりこれを「天罰」と呼びたい。できれば貴方にもそう考えて欲しいと感じてしまう。押し付けでしょうが。
全く的外れかも知れませんが、「親」って何だ? ということについて回答したことがあるのです。もしかしたらそれをご覧頂ければ、私が「天罰」と主張する気持ちを少しでも分かっていただけるかも知れないと思い、リンクを掲げさせていただきます。
こんなしつこい人間にお気遣いは無用ですよ、ホント。レスなくてもいいですから。どうかお元気で。
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4985591.html 回答番号:No.9
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この回答へのお礼

何度もありがとうございました。お金の件については、私の言い方が悪かったと思います。「お金があればほとんどの問題は解決出来る。」と、言うべきでした。介護の必要な老人がいても、お金があれば、高くても有料の施設に入れて、家族は介護をしなくてもよい。家庭は平穏。近所の公立の学校が荒れていても、私立の雰囲気の良い学校に、子供を行かせることができる。低賃金で、重労働をしなくてもすむ。いくらだって、メリットはあるのです。ただ、今回の相談は、そういうことではなく、天罰のことについてです。
貴方のご指摘は、鋭いと思いました。私が1番許せないのは、自分の両親と夫の両親だからです。他人は所詮他人です。嫌な思いをさせられても、そのうち忘れてしまいます。天罰(かどうか)が、下った人だってたくさんいます。まあ、人間生きていれば、悪いことだっていろいろ起きるわけだし。いつか、帳尻は合うでしょう。今後は、ハイエナに引っかからないように、気をつけて生きていきます。

お礼日時:2009/05/29 13:23

再レスありがとうございます。



はい。結局裏も表も同じことです。
振り出しに戻りましょう。同じことです。
もしもですよ、もしも誰かを憎んでいるとしたら、天罰は下らないかも知れませんが、
貴方の言葉を借りれば、その誰かはやがて自業自得に陥ります。
貴方の憎しみの祈りは、やがて成就されます。ですから憎しみは捨ててください。
もしもですよ、もしも貴方が、憎しみをバネにする心が強い人なら、
金は得られるかも知れません。
でも金を得た分だけ、心はどんどん虚しくなっていきますよ。
下手をすると最後は、その誰かと同じ穴のムジナになってしまいますよ。
私は本当に、そういう実例を見たことがあります。

それでは貴方の言葉をお借りして、最終回答ということにさせていただきます。
天罰は下らないかも知れませんが、自業自得にはなります。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。ずっと考えていたことについて、今回、貴方をはじめとして、いろいろな方が、親身な回答を寄せてくださったこと、感謝いたします。前向きに楽しく生きる、そこまで出来なくても、余計なことは考えない。そう努力しましょう。
お金に関してですが、私の仕事は専門的な仕事で、この仕事は大好きなので、もっと上を目指して頑張っているところです。それによって収入が増えればうれしいですが、お金に執着しているわけではありません。

お礼日時:2009/05/29 10:00

レスありがとうございます。

追加補足させていただきます。
まぁ、天罰のようなもの、というお話です。「ようなもの」です。
生来生まれ持ったもの、それから親から与えられた心の土台、
まず、ここまでは自分の力ではどうしようもありません。ここまでは運命です。
運命を誰かが与えた、運命に意志があるとすれば、その意志をもった存在とは神であると。
私はそういう考えなものですから。事前の説明が足りていませんでした。
この点追加補足させていただきます。
そうするとこれは天罰のようなものだ、ということです。
バラのつぼみを隠したのは神の仕業です。公案です。
しかしそれを解けなかったのは、それは人のせいです。

しかして解けなかった人をも含めて、最後は神は許すものなのかも知れません。
そう考えると、天罰などない、と言うこともできるかも知れません。

ほとんどのことは金で解決できるというのは、長く生きているとたまに聞くセリフです。
そういうセリフを言った人の何人かの末路を、実際に見たこともありますよ。
映画だと、うーんそうだな… あっ! 典型的なのは「市民ケーン」です。
主人公は、何でも金で解決しようとした人です。まるで絵にかいたように、です。

…実に面白いですね。一巡りしましたね。

「ほとんどのもの(こと)」ですから、「全て」ではありませんよね。
金で手に入らないものこそ、この上なく大切なものではありませんか。
だって金で買えるなら、誰だって金さえあれば手に入れられるのですよ。
そんなものが一番大切でしょうか。
まぁ私の価値批判を押し付けるつもりは、元よりありません。
よって何ら議論するつもりはありませんので、どうかご容赦下さい。

それにしても、どうしてこのような一巡りが起きたのか?
お分かりになりますか?

これは一つの合理的解釈です。絶対にこれだと決めることはできません。
貴方はひょっとして、自分に天罰が下るのではないか、
と考えてはいませんか。

だとしたら一応説明はつく。
つまり、貴方が天罰だと思っていたものと、私が天罰のようなものだと言ったそれは、
あながち遠くないものである、ということになります。

失礼致します。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。私は、自分に天罰が下るなどとは思っていません。むしろ、利用された側ですから。もちろん、日常生活の中で至らない点は、いろいろとあるでしょうが、他人を利用したり、恩をあだで返したり、そういうことは、していませんから。

お礼日時:2009/05/28 18:04

天罰というものが、人間が見る事が出来たり、知る事が出来たりするものであるとは限らないわけですよ。


神を明確に見たと証明できる人がいないのと同じです。
でも、だから「神などいない」「天罰などない」とも言い切れませんし、決めつける事もできませんよね。
神に救われたと言う人もいますし、
天罰覿面!ざま~みろ!なんて言う現象もありますよ。
(本当に天罰であったのかは、わからないままではありますけどね)
人の世界では、まだまだ人の知らない事というのが山ほどあります。
見える事だけ、わかることだけが全てではないですよ。

>また、こういうことは、どう考えたらよいのでしょうか。

質問者さんの知らないところで、人にはわからない方法で
天罰は執行されているかもしれない、と考える事はできませんか?
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この回答へのお礼

ありがとうございました。天罰があるかどうかは、わかりませんが、人知れず、苦しんでいる人もいます。どんなに恵まれた人でも、生まれてから死ぬまで、順風満帆ということはないでしょう。表面上は何もないように見えても、どこかで自分のやったことへの代償は払っているのかもしれません。

お礼日時:2009/05/28 12:03

罰というものが、ヒトが考えた方便だからです。


もともと仏教でも神道でも「現世利益」という考えはありません。あるのは「原因と結果」(因果)だけです。
多くの霊能者や研究者が輪廻を説いています。その中で多いのが前世の生き方の結果来世の課題が決まるという仕組みです。
つまり、悪い事をすればその課題を解かなくてはならないのは来世でしかありません。
罰という考えは、現世利益の対義語として生まれた言葉であるから、悪い者が得をするという矛盾が起きてしまうのです。

利益の最も大きなものは解脱ですから、罰の最も大きなものは解脱出来ないという事です。いつまでもこの世に留まり、繰り返し繰り返し人生の浮き沈みの苦労をし続ける事なのです。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。宗教的なお話は、とても難しいですね。来世ですか。来世では、自分だってどうなっているかわかりません。人間以外のものになっている可能性もあるし。なかなか、理解できません。

お礼日時:2009/05/28 12:16

天罰のようなものは、ありますよ。



人を利用するだけ利用して、人から搾取するだけ搾取して、
地位や名誉や富を得る。憎しみだけをバネにして。
時には偽りの正義を掲げ、それが偽りだとは気づかず、
ただひたすら、自分だけを愛して生きてきた。
気づくチャンスは幾らでもあったのに、遂に最後の最後まで気づかなかった。

例えばそうやって生きてきた人は、年老いて力が無くなると、
回りにだーれもいなくなります。
人を利用すれば、同じように人を利用しようとする人ばかり集まってくる。
人から搾取すれば、同じように人から搾取しようとする人ばかり集まってくる。
自分だけを愛して生きれば、本当に自分を愛してくれる人などいない。

だから自分に力がなくなると、回りに誰一人いなくなるのです。
誰一人自分を愛してくれる人など、元よりどこにもいないままです。

そして、何故そんな悲惨な最期になってしまったのか、
気づかないまま死んでいく。
或いはもし最後に気づいても、もうどうしようもない。もう人生の残り時間はない。
そして、途方もない程の大きな大きな後悔の心を抱えて、
のたうちまわって死んでいく。

これは天罰といってもいいでしょう。

こういう人は、実は子供の頃に大切なものを失って、
ずーっと気づかないまま生きてしまったのです。

例えば、市民ケーンという映画を観たことがありますか?
古い白黒映画ですが、未だ映画史上最高傑作とも謳われています。
主人公は最後の最後に気づいたのです。バラのつぼみです。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。天罰と言うよりも、自業自得と言った方が良いのかもしれませんね。確かに、そういうことはあります。でも、お金があれば、ほとんどのことは、解決出来てしまうのも事実です。歳を取ったり、病気になったりして、困っても、お金があれば何とかなります。誰も助けてくれなくても、お金を払えば、大抵のものは手に入るし、サービスだって受けられます。
私は、映画大好きですが、残念ながら「市民ケーン」は、観ていません。機会があったら、是非観てみたいと思います。

お礼日時:2009/05/28 11:44

元々神話だろうが宗教だろうが天罰って悪いことをした人に公平に下るものでなく、神様の気まぐれなんじゃないのという感じで下るものです。


だって、どんな聖人君主でも生きている中で一度も悪いことをしたり考えたことがない人などほとんどいないでしょう。
すぐに天罰が下るようでは人間がすぐにいなくなってしまいます。
そういう気まぐれに下るから、多くの人間は悔い改める猶予を与えられる。

また、実際には天罰が下っているがその天罰に負けないくらいにバイタリティのある人というのもいます。

悪いことをしたところまでは知っているが、天罰が下ったことは知らないということもあるでしょう。
実際の事件でも犯人が捕まらなければその犯人がどうなった家などわかりません。
実際には天罰が下って死んでいたり、死んだ方が良いとおもうような環境に居るのかもしれない。
でもそういうことは普通の人は知りません。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。天罰という言葉が良くなかったのかもしれません。大げさだったのかもしれません。でも、自分がやったことと同じ位のことは、返ってきて当然だと思うのです。人知れず、返ってきているのかもしれませんが。そういう事例も、結構あるのかもしれません。

お礼日時:2009/05/28 12:11

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Q神様はちゃんと見ておられた!?★やっと、天罰!

言葉では表現しきれないくらい根性の腐った人間に、出合
った事ありますか?

人の足を引っ張るような事を繰り返したり、自分が気に
入らない事があると誰彼かまわず嫌がらせの限りをつくしたり・・・。

そんな人間に、私は一度だけ出合ったことがあります。
私だけではなく、周りの人も”あんな人間はそういない”
というぐらい根性の腐った男でした。
その人に恨みを持つ人達は口々に”いつか天罰が下る!”
と言っていますが、当の本人は天罰どころか昇り調子。

あれだけ人に恨まれても(本人は自覚してます)あの血色
の良さをみてると、生霊とか祟りとか天罰とかいうのは
本当はないのかも・・・っと思っちゃいます。

みなさんはどう思いますか?
天罰ってあると思いますか?
実際に周りで天罰下った人を見た事はありますか?

聞かせて下さい!

Aベストアンサー

 ありません。存在しないと思います。霊や死後の世界が存在する事と、天罰などが存在する事は全く別の事件の問題です。
 悪いことをし放題の極悪人がいたとします。現実の社会においては、力のある者が必ず勝つわけで、弱い者は死なない程度に搾り取られ、利用されるだけです。世の中で価値を認められているものは、全て力ある者に集まる仕組みになっているのです。他の人達に回ってくるのはその切れ端。生かさず殺さず、という言葉があるくらいですから。
 で、そういう現実を人間が受け入れた場合、何が起きるかといえば、怒りが爆発して暴動・一揆・反乱を起こすか、全てを諦めて冷笑主義や虚無主義に走るか、無気力になり何もしなくなるかのどれかでしょう。少なくとも、世の中から活力が失われ、社会そのものが破綻するでしょうね。
 そういう事態を防ぐ為に作られたフィクションが天罰や地獄というものです。などと書くと宗教家の方から猛反発をくらいそうですが、悪い奴には天罰が下ると考えないと、辛くてやってられないのが人生です。散々良い思いをして、死後も悪い思いをする事が無いなんて考えたら、残るのは絶望だけですからね。
 ただし、天罰はありませんが、驕りはその人を破滅させますね。勘違いしている人間は、必ず墓穴を掘るときが来ますので。

 ありません。存在しないと思います。霊や死後の世界が存在する事と、天罰などが存在する事は全く別の事件の問題です。
 悪いことをし放題の極悪人がいたとします。現実の社会においては、力のある者が必ず勝つわけで、弱い者は死なない程度に搾り取られ、利用されるだけです。世の中で価値を認められているものは、全て力ある者に集まる仕組みになっているのです。他の人達に回ってくるのはその切れ端。生かさず殺さず、という言葉があるくらいですから。
 で、そういう現実を人間が受け入れた場合、何が起...続きを読む

Q念じたら迷惑な人(特に隣人)が引越ししてくれた経験なんてありますか?

念じたら迷惑な人(特に隣人)が引越ししてくれた経験なんてありますか?

ずっとご近所関係は円滑だったのですが、数年前に1軒が入れ替わり、
新しい家族の迷惑行為などに悩んでいます。
近所一帯は車庫のない建売住宅なのですが、その家族は勝手に玄関周りを少しリフォームして車庫を作りました。

もちろん自分の家なので作るのはいいのですが、その家は袋小路の行き止まりにあります。
車を出し入れするときには近所の人にも協力が必要になってくるのですが、
何の挨拶もなしに勝手に車庫をを作り始めていました。

その際、近所数件の家の前にあった植木や自転車などを「邪魔や!どかさんかい!お前らの道路ちゃうやろ」とものすごい言い草でした。
また、各家にきた業者さんなどの車お一時的に止めてある時に、自分の車の出し入れがあると、
これでもかとクラクションをを鳴らし、業者さんが出てくると地団太を踏みながら罵声を浴びせます。
あるお宅では業者さんの車を止めた後に、その家の車が帰ってきて、そのまま後ろに停車させました。
その業者さんが帰るときに、出られないので家のチャイムを鳴らしましたが、無視して出てこないことがありました。完全な嫌がらせです。

初めに一言「車庫を作るのでご迷惑おかけしますが、よろしく」とあれば、
一時的であっても車を止めるときにはその家に行って「うちに来ている車ですので、出入りの際は声をかけてください」と言いますが、それをするのも腹立たしいので、極力別の場所に止めてきてもらっています。
なんで気を使わなきゃいけないのかと思いますが、関わらないのが一番です。

他にも何の仕事をしているのか、わかりませんが家にいることが多く昼間はほぼ1日中車庫ではなく、
路上に駐車しています。恐らく他の車を止めさせないためだと思います。
そして日が暮れると車庫に入れます。
そのため近所の何軒かは自転車の出入りもままなりません。

妻子がいますが、奥さんの方も常識とはかけ離れていて、少しこちらが意見すると
「もう!旦那に言って!」と言います。話し合いができる家族ではありません。
うちの家でも「常識が通じないから関わらないほうがいいと」とは言っていますが、
ストレスが極限まできています。怒鳴られるだけならまだしも逆恨みされ放火されたりするかもしれません。いくらなんでもそんなことはしないでしょ・・とは思えない人間性です。

ただ、なぜかある1軒のお宅だけがその家族と仲良くしていて、そのせいで近所が一丸となってアクションを起こせないというのもあります。


長々と書きましたが、今回は対処方ではなく(正直怖いので諦めています)
「ストレスを溜めないための心の持ちよう」
もしくは「うちも近所迷惑な人がいたけど、引っ越してくれた」など少しでも希望が持てる経験談を教えてください。

「そのことについて悩んで考えている間は、問題は決して解決しないけど、
一生懸命毎日をがんばっていたら気がついたら、自然と問題が解決していた」と聞いたことがあります。
念ずれば・・じゃないですがもう神頼みしかありません。

「そんなんで解決するか!」と笑われるかもしれませんが、切実です。
かなり精神的にまいっています。
気持ちが楽になる回答をお待ちしています。
よろしくお願いいたします。

念じたら迷惑な人(特に隣人)が引越ししてくれた経験なんてありますか?

ずっとご近所関係は円滑だったのですが、数年前に1軒が入れ替わり、
新しい家族の迷惑行為などに悩んでいます。
近所一帯は車庫のない建売住宅なのですが、その家族は勝手に玄関周りを少しリフォームして車庫を作りました。

もちろん自分の家なので作るのはいいのですが、その家は袋小路の行き止まりにあります。
車を出し入れするときには近所の人にも協力が必要になってくるのですが、
何の挨拶もなしに勝手に車庫をを作り始めていまし...続きを読む

Aベストアンサー

そんな都合よく他人が動いてくれるわけもなく・・・・。

偶然っていうのはあると思いますが。

タイトルにありました、念じて追い出す、みたいなことは絶対に辞めてくださいね。
人間ってなにかしら不可思議な能力はあるようで、念って怖いですよ。

もしそればっかり考えて醜い心で凝り固まってしまったら、あなたの念は相手に通じるかもしれません。
でもそのしっぺ返しは絶対来ますから、憎いと思ってもあまり醜い心で恨むのは辞めましょう。

しんどいとは思いますが、他のことで気を紛らわし、日々を頑張ってください。
明るい笑顔の人の所にいいこともやってくると思います。
またそういう嫌な目にあってると、いいこともやっていきます。バイオリズムのようにね。

Qみなさんの周りで起こった、これが「因果応報だな」という出来事ってありま

みなさんの周りで起こった、これが「因果応報だな」という出来事ってありますか?
私は因果応報を信じている方ですが、実際世の中何の罰も当たらずにノウノウと生活している人は多いと思います。
そんな中、これは因果応報なんだろうなと思う事がありました。
1つ目は、
土地を貸していた大家さんがいました。その土地にプレハブの会社を建てたいという人がいたので大家さんは貸しました。しかし、借りた人はプレハブ会社の横に自分の一軒家まで建ててしまったのです。
大家さんはすぐに取り壊せるプレハブ会社と聞いていたのに家を建てられ追い出すわけにもいかず困っていました。
その家を建てた人の家庭に男の子が産まれ、その子が16歳になった時に不登校になり
さらに家に放火してその家は全焼しました
そして困っていた大家さんの元にさら地になって土地が戻りました。
これを聞いた時に因果応報だろうなと思いましたが、16年も歳月がかかり、大家さんはすっかりお年を召してしまいました。

もう1つ、
妻と子供に暴力・暴言を吐き続けていた男がいました。
殴る、蹴る、物をぶつけるなんて毎日あって当然の生活をしていました。
人生も晩年を迎える頃、妻は末期のガンになりました。
男は最後まで妻に面倒をかけ暴言を吐き続け死んでいくつもりだったのに、
妻が先に先立つかもしれないと思い急に態度を変えました。
そして今では死んだ後に地獄の世界がないキリスト教を信仰するようになりました。自分がやってきた事は地獄行きに決まっている、だから地獄のないキリスト教を信仰するようになったわけです。
この場合も因果応報、天罰のわりに何十年もかかり、その間に妻や子供は鬱病になり殴られた場所を治療しつつ後遺症もあります。が、妻は夫に対し憎しみの心は持っていません。
散々やりたい放題やり、妻に憎しみの感情を持たれていないのに必死にキリスト教にすがっています。

話だけ聞くと「因果応報」「罰が当たった」と感じますが
それにしては罰が当たるのが遅すぎる・・・という気もします。

みなさんの周りで因果応報だなと感じる出来事はありますか?

みなさんの周りで起こった、これが「因果応報だな」という出来事ってありますか?
私は因果応報を信じている方ですが、実際世の中何の罰も当たらずにノウノウと生活している人は多いと思います。
そんな中、これは因果応報なんだろうなと思う事がありました。
1つ目は、
土地を貸していた大家さんがいました。その土地にプレハブの会社を建てたいという人がいたので大家さんは貸しました。しかし、借りた人はプレハブ会社の横に自分の一軒家まで建ててしまったのです。
大家さんはすぐに取り壊せるプレハブ会社と...続きを読む

Aベストアンサー

私の小学生時代の教師の実話です。
その教師は差別主義者でかなり酷い発言をする人物でした。
「障害者なんか社会のゴミだから死んでしまえばいいのに」とか「一カ所に集めて閉じこめておいたほうがいい」などとよく言っていました。
生徒の父兄にひとり足の悪いお母さんがいたのですが、子供である生徒にむかって「おい、A、ああいう母親から生まれたからおまえは馬鹿なんだな。いつもヒョコヒョコ」と言って歩き方を真似したり・・・信じられない発言をたびたびしていました。生徒への暴力もかなり激しく、いろいろと問題のある教師でした。
そんな人でしたが、40歳近くになってから見合いでなんとか結婚し、しばらくして女の子を授かりました。

その女の子は生まれついての障害者でした。

足の関節が反対向きにつき、這う事はできても歩くことができないという障害を持って生まれた子でした。


クラスの全員が、「因果応報」という言葉を思わず思い浮かべました。
いまその娘さんやご本人がどうしているかは知りません。


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