僕は北海道出身です。
北海道には『部落』と呼ばれる地域がありません。
ですから部落差別と呼ばれるものも存在しないと思います。

青春時代を関西の田舎町で過ごしましたが、その時初めて『部落差別』なるものの存在を認識し、とても大きな衝撃を受けました。
『同和教育』なるものも北海道の小学校では教わった記憶がありませんし、未だに根強い差別意識が残っている事に疑問を感じています。

部落地域に住む方々の過去などは関西在住時に友人達から説明を受けましたが、いまいちそれも良くわかっていないというのが現状です。

『なぜ部落と呼ばれる地域の人たちは差別の対象となるのでしょうか?』

ちなみに僕自身は『部落』が何なのかという認識が薄く、周囲の人たちが言う事を全く気にせずに(詳しい事を知らずに)普通にお付き合いをしてきた経緯がありますし、今もそのような認識をもっています。

なお、差別的な認識は全くない状態でこの文章を作成しましたが、何か問題があれば質問自体を削除して頂けるように管理人さんにお願いするつもりです。

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A 回答 (20件中1~10件)

多くの方が現代の事柄を中心に回答されているので、私は近世地方史(加賀藩)研究者としての立場から、江戸時代の実態について少し述べてみます(ただし、こうした差別は江戸時代以前からあったと考えられています)。


江戸時代までの日本には仏教の影響もあって四つ足の動物を食べる習慣がありませんでした。また、人や動物の死骸に触れることは忌み嫌われていました。
しかし、世の中の誰かがそれをやらねばならなかったのも事実です。例えば道端で死んだ牛馬の処理、死刑に処せられた人の始末、皮製品の製作等々の作業です。
そこで、古代、あるいは中世ころからこれを家業とする一族を作り(あるいは自然に生まれ)、専門家集団として一般農民とは一線を画していたのです。
いつのころからか(少なくとも江戸時代初期以前)、こうした一族は人間以下のものとみなされ、不当な差別を受けるようになっていきます。差別は生前のみとは限らず、ある地域では死後においても墓石の法名に「畜○○」などと書かれました。
一説には、農民にしっかり働かせるため、農民以下の存在として工・商を置き、さらにその下に非人を置いたとも言われています。
一族は差別を受けた反面、法的な保護も受けていました。例えば牛馬の処理はこれらの一族が独占しており、刑場での作業も一般の農民や町民が使われることはなかったのです。
こうした差別は明治政府によって撤廃されたのですが、そのころに作られた壬申戸籍では「新平民」と記載されてしまいました。そのため、戸籍を見ると部落の出身であることがすぐに分かってしまい、色々な悲劇を生み出すこととなりました。
明治維新からすでに130年以上経過しております。インドのカースト制度などでは、名前で階級が分かってしまい、また宗教上の理由からも差別の撤廃が困難なようですが、日本では戸籍を調べるにも限界があり(明治期の戸籍はもうほとんど調べられない)、いずれはなくなるものと思います。またそうであることを願ってやみません。
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この回答へのお礼

とても興味深く読ませて頂きました。
今のような状況になった背景がよくわかり、勉強になりました。

>日本では戸籍を調べるにも限界があり(明治期の戸籍はもうほとんど調べられない)、いずれはなくなるものと思います。またそうであることを願ってやみません。

そうですね。
近い将来、このような差別がなくなることを願うばかりです。

ありがとうございます。

お礼日時:2003/03/25 18:31

人間は皆生まれながらにして平等です


人権とは、譲る事の出来ない固有の権利です
「私の権利、貴方にあげます」という事は出来ません
私の権利、人権は誰よりも多め、少なめなんです
という事もあり得ません、皆同じ権利なんです
しかし、余分に振舞ったり、そしてまた少ない目にしか振舞う事が出来ない世の中が実現にある事
暮らしの基本の人権は永遠のテーマーになるのではないかと思います。そう言う意味で、お互いが大きな矛盾を徐々に、小さな、矛盾に変えていき、矛盾を完璧になくすという努力に向かって進んで行く必要があるわけです

参考URL:http://www.bll.gr.jp/

この回答への補足

この場をお借りして、ご回答者の皆様方に厚く御礼を申し上げます。
ポイントは皆様にさしあげたい気持ちなのですが、決めかねますのでランダムに付けさせてください。

本当に、皆様に感謝しています。
ありがとうございました。

補足日時:2003/04/02 10:40
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この回答へのお礼

お礼が遅れて申し訳ありません。

この質問を締めくくるにふさわしいお言葉でした。

>お互いが大きな矛盾を徐々に、小さな、矛盾に変えていき、矛盾を完璧になくすという努力に向かって進んで行く必要があるわけです
そうですね、僕も微力ながら差別がなくなる社会に貢献したいです。

ありがとうございました。

お礼日時:2003/04/02 10:40

sinnkyuusiさんと同じ北海道出身のものです。


ですから差別に関する疑問が感覚的に大変よく解ります。

私は広島県と兵庫県に転勤族として住み西日本を中心に営業で回るなか同問題と触れることが多くありました。

皆様とは違った角度に絞ってお話します。
まず、日本の同和問題、被差別部落の存在は、同一民族内における構造的差別として世界的にも稀少だということ。
どなたかがインドのカースト制にも触れられておりましたが、カースト制は宗教的意味合いから差別を受ける側も現世一期生まれ変わった後は上層階級と信じて疑わないなど、精神世界が全く異なるようです。
その他のほとんどの差別が人種や宗教に根差していることはご存知のことでしょう。
私も何故、日本民族にこのような同一民族内差別が生まれていったかが知りたくsinnkyuusiさんのご質問に対する皆さんのお答えを参考にさせていただいております。

会田雄次氏が自身の戦争捕虜体験を著した『アーロン収容所』の中で捕虜の虐殺やその処遇など、日本人に対して与えられた残虐性への疑問が記されています。

ヨーロッパでは毛皮業者や食肉業者の社会的地位が昔から高かった・・・しかし生き物を殺すのは、やはり気持ちの良いものではない。だから正当化する理念が要求された。キリスト教では動物は人間に利用されるために激しい断絶を規定した・・・良心の痛みを感じずに冷静に逆上することなく動物たる人間を殺すことができる (イギリス人は日本人捕虜を家畜と規定していた)。

ところが、日本人は豚肉や牛肉は大好きなくせに、殺すことと殺す人を嫌悪する風習があり屠畜を知らずに生きてきた・・・ひとたび血を見るや滅多打ちにしたり、死んでからも狂気のように付いたりという残虐性を・・・云々

文化人類学者のスチュアートヘンリさんが言っています。「20年ほど前にある黒人が、差別が無いというので日本に来たのに半年後にほうほうの体で米国に帰った。米国の方がいいという。戦う対象があるから。石を投げてくるから、指さして犯人を引っ張り出せる。日本はのれんに腕押し。差別しているという自覚がない人を教化するのは難しい。アルコール依存症の認識の無い患者は治せないのと同じなのです」云々

自分にも差別心が潜在していないかを、あらゆる角度から常に疑うことが大切なのではと考えております。

この回答への補足

ここまでご回答頂いた皆様には心から感謝いたします。
こんなにも反響があるとは思ってもみませんでした。
部落差別の概要がわかり、そろそろ締め切ろうかと思ったのですが、もう少し質問続行とさせて下さい。

31日まで出張でパソコンを見られなくなりそうです。
今後ご回答いただいた方々には、申し訳ないのですが少々御礼が遅れます。
ご了承ください。

補足日時:2003/03/28 18:51
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この回答へのお礼

大変興味深く読ませて頂きました。

スチュアートヘンリさんの言葉、直接的ではないですがこの問題をとてもわかりやすくまとめているような気がしました。
差別している気がなくても、どこかで誰かにそういう思いをさせているのかもしれない・・・。

ありがとうございました。
大変参考になりました。

お礼日時:2003/03/28 18:51

関西人です。

#5の方に同意見です。
ただ、付け加えなくてはいけないのは、その「地域」がそう見られていることであって、「血筋」でそう見る感覚は薄れて来ていることです。(皆無とはいいませんが)
>自分はまだしも、我が子をそういうエリアへ(ひとりで)遊びに行かせることが出来るか?
できます。幼少時には却って問題は少ないものです。
しかし、部落差別問題は、今となっては非常に複雑です。旧部落の人への差別のほかに、前の回答でもあった逆差別への妬み、また逆に今までの差別への恨み、所得格差への妬み(これは部落に関係ありませんが)その他、非常に複雑です。
渦中にいて客観視することは難しく、人間関係に余分なエネルギーを使うのも確かです。卑怯な逃げではありますが、わざわざその中に身を投じる気にはなれません。ただし、余所者は別です。部落近辺に地縁も血縁もなければ、まったく新しい付き合いを築くことができます。(こちらの素性で揚げ足をとる人もいるのですよ)
私が一番嫌悪感を感じるのは、左翼系の同和教育において、かれらと別意見を言うとそれこそ人非人扱いされることです。他の意見を認めない。←これってかれらが一番嫌悪することだと思うんですが、、、、、。
私のイナカでは単なる集落の意味で「部落」という言葉を使うのですが、左翼系の教師に思いっきり槍玉にあげられました。
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この回答へのお礼

何だか難しい話ですね・・・。
今、現時点の差別だけではなく、過去の事も含めての差別・・・。

何だか訳がわからなくなりそうです。
もう一度頭の中で整理しなおしてみます。

ありがとうございました。

お礼日時:2003/03/28 18:47

部落差別については、今でもあると思います。

なお、私は、関西在住です。

住環境についても、いまでもスラム街の様なところもあります。全く人間の尊厳を否定するかのような環境です。しかし、これも昔に比べるとずいぶん良くなりました。今では、一見すると全く普通の住宅街と見分けがつかないところも多くなりました。

他の方も仰っていましたが、優遇措置については、なかなか難しいものがあります。本来の措置の目的を達成したのであると言えるのなら、この制度を無くしても良いのでしょうが。まだ、就職差別等に厳しいものがあり、少数の人たちの不道徳な行動だけを見て、もう必要ないと決めるのは、躊躇します。

住環境が良くなり、進学率も向上し、就職の差別も解消されたとしたら、部落差別は、無くなるでしょうか。私は、無くならないと思います。人間は、誰しも、自分の尊厳を傷つけられそうになったら、逃げ道を考えるものです。本来、自分を向上させることで、その境遇から抜け出そうとするのが、望ましいことは言うまでもありません。しかし、それには、努力もいるし、運もあります。そこで、自分たちよりも劣った存在があることを想定して、その人達よりも自分は、上なんだと思うことで、自分の尊厳を保とうとするのが、もっとも簡単な方法といえるでしょう。

この場合、劣った存在というのは、合理的な理由はありません。理由は、こじつけでも良いのです。その点、部落差別は、厳然として存在していた、あるいはしているわけで、差別する対象として、選びやすいのでしょう。

実際、差別落書きの犯人を捜したら、むしろ社会的弱者だったという実例もあります。また、アメリカの黒人差別の代表であるKKKも生活に追われた貧しい白人が主体と言われています。

結局、誰もが、差別する誘惑に駆られるのだと思います。それは、私も含めてです。そのような人間の弱さを無くすることが、教育の任務の一つだと思います。
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この回答へのお礼

就職時の差別は実際にまだ残っているようですね。
以前、当時高校3年生だった友人に「○○地域は就職で敬遠される」という内容が書かれた学校のプリントを見せてもらった事があります(書かんでもええのに、と思いました)。

>実際、差別落書きの犯人を捜したら、むしろ社会的弱者だったという実例もあります。また、アメリカの黒人差別の代表であるKKKも生活に追われた貧しい白人が主体と言われています。
差別が差別を生んでいるという事でしょうか・・・。
悲しい現実ですね。

ありがとうございました。

お礼日時:2003/03/27 09:09

「北海道で出会った老婆」の話をしたものです。

(再登場です。)

「良く調べもせず、無責任な発言をしてしまった。」
と反省し、調べてみました。

詳しくは、URLを参照して下さい。

以下のような、老婆の話を裏付ける事柄が記載されています。
まさしく、老婆の言っていた事と合致します。

1: 1900年代初頭、帝国公道会等により融和事業として被差別部落民の北海道移住が
   計画された事。

2:部落ごと集団移住した例もあったが、それらの多くは結局は故郷に舞い戻どってしまった。

3:結局「自作農」にもなれず、「新天地」にも差別がついてまわった事。

竹内渉(社団法人・北海道ウタリ協会事務局)
という方の公演のようです。

主に、アイヌ問題の話であり、とても長いですが、読んでみて下さい。

私にとっては、目が醒める思いでした。

参考URL:http://www.h2.dion.ne.jp/~hstochig/file/kouza1_7 …
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この回答へのお礼

再度ありがとうございます。

その時代を実際に体験された方のお話には説得力がありますし、そのおばあさんも相当辛い思いをして開拓時代を過ごされたのだという事がとてもよくわかります。

『北海道開拓の村』というところ(今もあるんでしょうか?)が札幌近郊にあります。
中学時代、修学旅行でそこを訪れた事がありましたが、その当時は「つまらない」と思ってよく見て回りませんでした。
・・・今となってはちょっと後悔です。

URL、じっくりと読ませて頂きます。

お礼日時:2003/03/27 09:04

私も部落の問題に門外漢ですが私が聞いた話では部落でも色々有るとの事で例えば関西で『天皇の御陵』を守る為に置かれた部落の人々が飢饉で徴散したから、その村の人を捕らえて部落人にしたとか、天皇制度の時代に日本全国の山々の木を切る勅旨を認可された人々を江戸幕府の施政(全国を江戸幕府の手形無しで情報を知らされるのは困るので、一般の市民と隔離するため部落民として情報隔離)とか、同じ様に全国を渡り歩く遊芸人を部落民として『河原乞食』したり・・江戸時代の後期に解除』とし差別の対象としてり一般の人々から隔離し、又、誰もしたくない罪人を殺したり、死人を火葬する役目等、誰も好んでする人はいないので部落民を作為的に作り彼らにさせていたと思います。


さらに加えて一般の人々に対して部落民は近親結婚で結婚すれば『奇形』生まれる等を流布・・当然一般市民と隔離したと思います。
例えば部落の人と恋愛関係で結婚すれば男及び女は全て部落民になりますから泣く泣くの悲恋はあったと思います。sinnkyuusiさんも信じられないと思いますが私が戸籍謄本を始めて市役所で取ったときに親父の名前が姓と先祖の長男の送り名、親父の名前と士族等と記載されていましたが明治維新の万民平等などは嘘八百と思いました。
その意味では江戸幕府が300年で作為的に構成した部落の問題は解消しょうと政府が考えれば後100年は必要と思いますよ。
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この回答へのお礼

大変興味深い内容でした。

>その意味では江戸幕府が300年で作為的に構成した部落の問題は解消しょうと政府が考えれば後100年は必要と思いますよ。
はやくこのような差別がなくなることを願うばかりです。

ありがとうございました。

お礼日時:2003/03/27 08:57

12番の回答者です。


前回、北海道で差別がなかったことについても書こうかと思いましたが、専門外なのでやめました。
13番の方の回答を見て、少し思うところがあったので再度書き込みます。

まず、北海道移住政策は被差別部落の方を中心に置かれたものではありません。
内地では人口に比して土地が不足し、北海道では逆の状態だったため、比較的貧しい階級の人たち全般に国が移住を奨励したのです。
当時は、農家の次男や三男は結婚さえもままならない時代でしたから、耕す土地がもらえる、または貸与される、というのは大きな魅力でした。
しかし、いざ入植してみると当初の予想に反して失望することも多く(これは主として国の責任というより受け入れ先の農場に問題があったようです)、騙されたという認識の人も多かったようです。

確かに、13番の方の回答のような事例も多々あったかと思いますが、そうでない事例も多かったであろうということを付け加えておきたいと思います。

さて、北海道に差別がなかったのは、これは想像ですが・・・
1、もともと農家の次男、三男が多かったが、移住前、彼ら自身が長男でないことを理由にある種の差別待遇を余儀なくされていた。
2、日々の暮らしに追われ、差別などに思いを馳せる余裕がなかった。
ということではないでしょうか。

あと1点、
元来、部落は=被差別部落ではありません。
被差別部落という言葉が存在するということは、差別のない部落もまた存在するということです。
江戸時代に「村」であった区域は、明治22年に町村制が開始されると、一般に「部落」と呼ばれるようになっていきます(一般人だけでなく、政府も通達等で使っています)。
この呼称は、つい近年まで全国的に使われていたのですが、被差別部落のことを部落と呼ぶようになってきたので、最初に官公庁が使わなくなり、次第に住民も使わなくなりました。
しかし、差別のない山村地域では「部落」の言葉に抵抗感を覚える人も少ないためか、現在も○○地区と言わずに○○部落と呼ぶ場合があります。
このような理由から、私は「部落」と言わず、「被差別部落」と言っています。

長くなって申し訳ありませんが、11番の方の回答に感激しました。
母上の愛情あふれる措置は間違っていないと私は思いますが、
それ以上に間違っていなかったのが子供の育て方だと思います。
この方のように強い人に育ってくれると最初から分かっていれば母上もそんなことはしなかったでしょうが、子育てはバクチのようなものですから(結果が出ないと正解かどうか分からない)仕方ないと思います。
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この回答へのお礼

再びのご回答、ありがとうございます。

聞いた話ですが、僕の母方の祖先もやはり内地(関西地方)からの入植民らしいです。
母方の実家・本家や分家はいまでも北海道で農業を営んでいます。

>さて、北海道に差別がなかったのは、これは想像ですが・・・
1、もともと農家の次男、三男が多かったが、移住前、彼ら自身が長男でないことを理由にある種の差別待遇を余儀なくされていた。
2、日々の暮らしに追われ、差別などに思いを馳せる余裕がなかった。
ということではないでしょうか。

1も2も納得できるご意見ですね。

お礼日時:2003/03/27 08:55

北海道に行った時、ある老婆から聞いた話しです。



私が何県から来たのか告げると、その人は、自分の両親も
そこの出身者だと言い、悲しげな顔をして言いました。

「私らは、騙されて来たんだよ。部落の人はみんな騙されて、ここに来たんだよ。」

上記のような事を言っていました。

あまりに年配なので、会話するのが難しかったのですが、要約すると、
「部落民は北海道の開拓民として移民せよ」と「国」が推奨していた時代があった。
という事らしいです。

(正直言って、国が推奨していたのかどうかは?付きです。
 私も記憶が曖昧になっていますので。)

「ダマされた。」の意味は今でも良くわかりません。
「ここでも差別された。」という事では無く、
「開拓民の生活は聞いていたよりずっと過酷だった。」
という事なのかな?と思うのですが....。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼は#16にまとめさせて頂きます。

お礼日時:2003/03/27 08:49

一般に言う関西の“部落”に住んでいる者です。

生まれてからずーっと。確かに遠くの方で「あそこは部落やから」とか言う言葉は聞いたことがあります。だからといって私自身今まで直接的にひどい差別を受けてきたことはまだ一度もありません。多分私たちの世代はそんなことはそんなに気にしない世代になっているのだと思います。もちろん友人も私が部落地域に住んでいることも知っています。ただ聞いた話だと私の父の友人は部落の出身ということでお見合いを断られたことがあるそうです。その方は学校の教師でいい先生だったんですが。もちろん最終的にはちゃんと他の女性と結婚されていますが。

ただ、そんな経緯もあってか私の本籍は全然違う住所となっています。一度母に問い合わせたところ「本籍がこのままだとあまりよくないから…」と。これはショックでしたね。要するに私の母が部落を差別しているのと同じことですから。母が子である私たちのことを気遣ってくれているのはわかりますが、母だからこそ“差別”に立ち向かっていくことを教えて欲しかったですね。

それに皆さんがおっしゃっている“助成金”についてもそうですね。私が私立の高校を受験して合格したのですが結局公立に受かったので公立に行くことにしました。しかし、その私立学校は入学しようがしまいがとりあえずいちぶのお金を収めなければいけない仕組みでしたが(今思えばこの仕組みもちょいとおかしい(笑))、私がこの部落の人間だから免除かその助成金を使うことができるといったことで我が家は一切払う必要はありませんでした。もちろん部落問題についてはある程度把握していましたが、まだ15歳でしかも自分自身が特別に差別を受けたこともないのですがこの件は子供ながらに腑に落ちませんでした。「なんで部落やったらお金を払わんでいいの?」って。それが差別のような気がして。「そんなんでうれしいのか?」と。子供なので何も言いませんでしたが…。

少々極論でコレが全てだとは言い切りませんが、今ではこう思うこともあります。「部落差別をしているのは部落の人間自身や。」と。

この私の考えはあくまでも極論であるので“部落差別”を助長しているわけではありません。ただ部落に住んでいる人たち自身にももう一度自分たちのやっていることを見直して欲しいと思っています。もちろん単に「部落」といって何も分からずに差別する人は論外であると私は思っています。
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この回答へのお礼

貴重なご意見、ありがとうございます。

助成金に関しては以前聞いた事がありました。
でも「本当に存在するのか?差別を助長する単なる作り話では?」という考えもあったんです。

ですが、ご回答頂いた方々のご意見やこうして実際に助成金の使用を経験した事のある実体験を知り、少々驚いています。
ですから、
>「部落差別をしているのは部落の人間自身や。」
という考え方が出てくるのも当然なのかなぁと思いました。

この制度、結局は国が部落差別の存在を肯定しているようにもとらえられますし、今の世の中では決して「良い制度」だとは思えませんね。

>この私の考えはあくまでも極論であるので“部落差別”を助長しているわけではありません。ただ部落に住んでいる人たち自身にももう一度自分たちのやっていることを見直して欲しいと思っています。もちろん単に「部落」といって何も分からずに差別する人は論外であると私は思っています。

そうですね。
外からも内からも考え直さなければならない問題だとわかりました。
ご回答、感謝します。

お礼日時:2003/03/25 18:28

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Q部落差別と就職差別

高校時代、部落差別を習ったときに先生がこう言われました。「君たちの中には、自分には関係ないと思っている人もいるだろう。でも、部落差別がある限り、君たちの給料も上がらないんだ。」と言われて、その後5分ほど理論的な説明。 私は、この手のLOHはボーとしていて、半分上の空、今になって気になって気になって仕方ありません。部落差別、就職差別と給料の高低が関係するのか教えてください。

Aベストアンサー

手っ取り早くいうと,こういうことです。
部落の人たちは,会社から排除されるため,就職できにくい。でも,働かないと食べていけないので,低賃金のところに就職せざるを得ない。低賃金で働く人たちがいる間は,それを基準として,他の業種も賃金の引き上げはできない,しない。 「社長,給料を上げてください。」「不満なら,やめていいんだよ。給料低くても,働きたい人はいっぱいいるからね。」ということになるのです。 単純化していますが,こういうことです。大学で,経済学を習うと,よくわかります。

Qネットに在日差別や部落差別を最初に持ち込んだのは誰?

素朴な疑問なんですけど、ネット掲示板などに在日朝鮮・韓国人に対する差別的な書き込みや、部落問題などを最初に持ち込んだ人達というのは、どういう人達だったのでしょうか?

それともパソコン通信時代から、上記の書き込みとか議論がされていたのでしょうか?

パソコン通信世代やネット第一世代である30代・40代前半の人達が、上記の問題に積極的に興味を持ってたとは思えないので、すごい不思議なのです。

Aベストアンサー

まだパソコンに、ハードディスクが無いころからパソコン通信をやっていましたが、当時の掲示板に既に有りました。

パソコンができる前から有ったものですから、かなり初期段階から有ったでしょう。
当時も、部落問題で喧々囂々議論しました。
朝鮮・韓国問題でも、歴史解釈に関していろいろ討論しました。

Q部落差別について

私は東京生まれで東京育ちの40代男性です。
先日9月13日・14日・15日の連休を利用して、家族を連れて和歌山へ世界遺産めぐりをしてまいりました。
 早起きをして「熊野本宮大社」→「那智大社」「那智大滝」を見た後「熊野速玉大社」と立て続けに観光し、そして宿泊先の南紀白浜にもどるべく「熊野古道」ルートを通ろうと思い、熊野街道を下って帰りました。
その途中何度か『差別をなくそう』という看板を見かけ、中辺路あたりに差し掛かったときだったと思いますが、川の流域に何とも現代では表現しがたい(安藤広重の絵に出てくるような)スラムなたたずまいの家が数件軒を連ねていたのです。それはそれは何とも不気味で一瞥すれば誰でも「この地域には何かあるに違いない」と感じさせずには入られない雰囲気で、一体この地域で何が起きているのだろうという違和感を感ぜずにはいられませんでした。
 私は高校生の頃から島崎藤村の「破壊」などを読んだり、大学の講義などでも「差別」について触れたりしましたが、何とも掴み所がなく実感がないまま「部落差別」を語っていたというのが正直なところです。おそらく関東出身の方は私のような人間は多いと思います。

○よく「事実は小説よりも奇なり」と申しますが、一体あそこの地で何が今現在でも起きているのでしょうか?
○なんであんな人権無視の集落が世界遺産の近くにまだ歴然と存在しているのでしょうか?

○『差別をなくそう』と言う前になぜあのスラム地区を撤去して和歌山県の福祉施設や厚生施設などに保護しないのでしょうか?(ある意味では東京のホームレスの方たちのほうが自由な印象を受けてしまうのがそれはそれでまた怖い)

○あの家に住んでいる方たちは一体なんであのような雨漏りし放題、隙間風が入り放題のようなボロボロの家にすまなければならなくなったのでしょうか?あの方たちの何世代も前の先祖の方に何か起因しているのでしょうか?(例えば江戸時代の身分制度や村八分などの名残など)

正直東京に住んでいる私にとって関西圏で部落差別がまだ根深く残っているという人伝の話はよく耳にいたしますが、平成の世になってもこの日本国内でまだあのような形で存在するとは思いもよりませんでした。

あの地域に住んでいる人の意識レベルまたそこを基盤として活動している政治家や行政の資質も疑わざるを得ません。

この質問事態が部落差別を誘引するものであってはなりませんが、あまりにも人権後進地域をみて胸が詰まってしまいました。この地域に限らず現在でも起きている被差別部落の実態を良く知る方は教えていただきたいと思います。

私は東京生まれで東京育ちの40代男性です。
先日9月13日・14日・15日の連休を利用して、家族を連れて和歌山へ世界遺産めぐりをしてまいりました。
 早起きをして「熊野本宮大社」→「那智大社」「那智大滝」を見た後「熊野速玉大社」と立て続けに観光し、そして宿泊先の南紀白浜にもどるべく「熊野古道」ルートを通ろうと思い、熊野街道を下って帰りました。
その途中何度か『差別をなくそう』という看板を見かけ、中辺路あたりに差し掛かったときだったと思いますが、川の流域に何とも現代では表現し...続きを読む

Aベストアンサー

私も質問者さんと同じ感想を持ったことがあります。
決して
>「汚いから無くせ」と言いたいのですね。
と思ったのではなく、ただたんに「なぜ?」と思ったのです。

なぜ、今時の日本にこういう建物が?
なぜ、行政は手を差し伸べないの?
なぜ、部落ということだけで差別されてるの?
なぜ、こんなことがまかりとおってるの?
なぜ?????

と思いました。
被差別部落と言われても、中学か高校でちらっとならったきりです。
「インドにはカースト制度があり、最下層のスードラと呼ばれる人は差別をうけ迫害されています」と習うのと同じ感覚です。
遠い出来事ですし、習ったときは「へー」としか思いませんでした。
気にもせず生きてきました。
そのため西日本に行って、本当に驚いたのです。

>これも「汚いから無くせ」と言っている訳で、そこに住む同和関係者の人権を完全に無視した思想、意見です。
大変申し訳ないのですが、わからないのです。
ただ単に、今にも崩れ落ちそうな家に住むよりも、行政が用意した快適な公的な福祉施設や厚生施設、または県営市営のアパートに入居したほうがいいのではないのか?と思ったことがあります。
もちろんそこに住んでいる方が、動きたくないと思っておられるなら別です。
選択肢があって、そこに住むのを選んでいるのか、住まざるをえないのか、わからないんです。

多分質問者さんも同じことを感じたのではないかと思い、回答ではないのですが、記載しました。

私も質問者さんと同じ感想を持ったことがあります。
決して
>「汚いから無くせ」と言いたいのですね。
と思ったのではなく、ただたんに「なぜ?」と思ったのです。

なぜ、今時の日本にこういう建物が?
なぜ、行政は手を差し伸べないの?
なぜ、部落ということだけで差別されてるの?
なぜ、こんなことがまかりとおってるの?
なぜ?????

と思いました。
被差別部落と言われても、中学か高校でちらっとならったきりです。
「インドにはカースト制度があり、最下層のスードラと呼ばれる人は差別...続きを読む

Q創価学会・部落差別

こんにちは。
20代前半の女性です。
彼氏の両親の差別で困っています。

私は生まれも育ちも被差別部落です。
しかも一族が創価学会員なんです。
私の家族は創価学会員であるということは嫌がっているのですが、
退会するなんて言った日には、親戚などからいろいろ嫌がらせを受けるので
退会なんて絶対できないと言います。
会合等は一切出たことはありません。
学会員が誘いにくると居留守を使います。

3年付き合っている彼自身はそのような差別はしないのですが、両親が意味も無く忌み嫌うようです。
以前、彼の妹が部落の人を連れてきたときは、すぐにそれを理由に別れさせたらしいのです。
なので、いろいろ聞かれるのが怖くてまだ会ったことがありません。
絶対に別れさせられるから・・・。
むこうの両親はまだ私が部落地区の人間で、創価学会員だということは知りません。
しかも彼は長男でたった1人の男の子です(兄弟無し)。

そろそろ結婚を意識しだしているので、むこうの両親にも挨拶に行きたいのですが、
もし行った場合は無理やりにでも誤魔化すべきでしょうか?

私からすれば生まれた所がそういう地域だっただけで、
生まれた家がそういう宗教に無理やり(強制的に)入らされているだけなのに、
なぜ差別されなければならないの?という思いです。

同じ状況に置かれている方、経験者の方、いい考えをお持ちの方
ぜひアドバイスをお願いいたします。

こんにちは。
20代前半の女性です。
彼氏の両親の差別で困っています。

私は生まれも育ちも被差別部落です。
しかも一族が創価学会員なんです。
私の家族は創価学会員であるということは嫌がっているのですが、
退会するなんて言った日には、親戚などからいろいろ嫌がらせを受けるので
退会なんて絶対できないと言います。
会合等は一切出たことはありません。
学会員が誘いにくると居留守を使います。

3年付き合っている彼自身はそのような差別はしないのですが、両親が意味も無く忌み嫌うようです...続きを読む

Aベストアンサー

ご出身に関しては、恐らく彼のご両親が敏感であるなら、ご結婚の時に調べられる恐れがあるのではないでしょうか。

私は生まれも育ちも東京なのですが、部落差別と言うものを、ほとんど聞いた事がありません。

同和教育をうけたかどうかも記憶に無いぐらいなので、詳しくはわかりませんが年配の方や地域によっては、根強く残っていて本籍等で分かるそうです。

なので、隠してもいずれ分かってしまう可能性があります。
彼の妹さんの件があるので、当然話したら反対はされるでしょうし、隠しとうすのは難しいです。
その場限りで誤魔化しても、いざ結婚と言うときに嫌な思いをしますよ。
彼とよくご相談されて、ご両親を説得して頂くしかないでしょう。
とても困難で辛い思いをするでしょうけど、ご自分の人間性を分かってもらいましょう。

こんなくだらない差別、一日も早く無くなれば良いと、切に思います。

似非同和の団体もあって、暴力団が関わってる所もあるそうなので、そういった事も彼のご両親は心配なのではないでしょうか。そういう事もふまえて、お話をされるのがいいかと思います。






>私の家族は創価学会員であるということは嫌がっているのですが、退会するなんて言った日には、親戚などからいろいろ嫌がらせを受けるので退会なんて絶対できないと言います


私の親戚にも創価学会員がおります。
しつこく勧誘もされますし、新聞を強制的に入れられたりしています。

私は数ヶ月前に結婚をしたのですが、彼に「親戚に創価学会員がいる」と話しました。
両親には言っておりません。
私は会員ではないので、mahalo-82さんとは立場が違いますが、言えば嫌な顔をされると分かっていたのでわざわざ、言う必要はないと判断しました。

これは宗教なので信仰心の問題ではないでしょうか。他人にとやかく言われる筋合いのものではないのです。
mahalo-82さんに信仰心等、全く無く辞めたいけど辞めれないのなら、その旨も説明した方がいいでしょう。
しかしながら、会員である以上は退会しない限り会員です。嫌ならば退会はすべきです。
それと、冠婚葬祭に深く関わってくるので退会出来ても色々と大変です。
私の家は、かなり揉めました。



退会しても、しなくてもmahalo-82さんが絶対にやらなければいけない事があります。
それは、彼および彼の両親・親戚を創価学会から守る事です。しつこい勧誘や入会しない事への嫌がらせがあると思います。恐らくご両親はそういう事も懸念して、嫌がってると思います。
自分自身や自分の両親は、もう仕方が無いです。
絶えるしかないのです。
だけど、彼のお家には関係ない事ですよね?
mahalo-82さん以外に、彼の家を守れる人はいないないのです。
これだけは、どんな事があってもやらなければいけません。
私はこれだけは、どんな事があってもするつもりで結婚しました。


No.3の方のお話のように、何もかも捨てて彼と二人だけで生きていく選択もあります。
どれを選んでも辛い思いをしますが、全員が幸せになるような結末は中々、見出せないです。
どこかで、必ず誰かが我慢をするのです。
結婚は家同士の付き合いになるので、よく考えて良い結果が出せるように。

もし、彼のご両親が偏見で差別をしているようならば、上記の選択もあながち間違ってはいないと思いますよ。

きれいごとですが、人に“差”をつけて“別”にするなんて事はあってはならないのです。

ご出身に関しては、恐らく彼のご両親が敏感であるなら、ご結婚の時に調べられる恐れがあるのではないでしょうか。

私は生まれも育ちも東京なのですが、部落差別と言うものを、ほとんど聞いた事がありません。

同和教育をうけたかどうかも記憶に無いぐらいなので、詳しくはわかりませんが年配の方や地域によっては、根強く残っていて本籍等で分かるそうです。

なので、隠してもいずれ分かってしまう可能性があります。
彼の妹さんの件があるので、当然話したら反対はされるでしょうし、隠しとうすのは難...続きを読む

Q現在の部落差別問題について。私が出来ることは何か?

通信制短大で、保育士の資格を取るため勉強中です。

先日、総合科目の必修ということで、「人権論」のスクーリングを受講しました。
幅の広い分野ですが、担当してくださった先生が、
「保育士を目指しているのなら、子どもの権利と部落問題は知っておくべきだろう」
という配慮をしてくださり、この2点について、3日間15コマ、授業を受けました。

私自身は、出身が東日本に属しているので、「過去あの辺りは部落があったらしい」
程度は耳にしたことがあっても、だから実際差別があった、とか、就職や結婚に
支障があった、という話は聞いたことがありませんでした。
ですから、関西からの生徒さんや、先生も関西の方だったのですが、
全く感覚がずれている、というか、わかろうと思っても分かりえない思いが残りました。

ですから、これから私が書く質問は、もしかしたら、現在も差別を受けている方や、
部落問題に博識な方からしたら、失礼な内容になるかもしれません。
それは、私の無知が原因であるので、予め、お詫びいたします。

ですが、ぜひ、真剣な質問ですので、厳しいお言葉でも、回答をいただけたらと思います。


まず、部落問題について、その発端である石山合戦や、その後の太閤検地などとの関連を
今差別している、またされている方自身があまり深くご存じないようですが、
(もちろん、解放運動をなさっている方々で博識な方はおられるでしょうが、
解放運動をなさっている方の中にもご存じない方がおられたり、解放運動の名の下に
犯罪に近い行為をされている方もいらっしゃると伺ったので)

・なぜ、部落差別の始まりについて、無知な日本人が多いのでしょうか。


次に、水平社の発起人であられる、西光万吉さんは、
「可哀想と思うこと」や「救いたいと思うこと」
自体が上から目線であって、それこそが差別であるとおっしゃっていますが、

現在でも、虐待を受けた子どもや、DVを受け続けた被害者が、本人の意思に関わらず、
自己肯定感を低くしてしまうことと同様に、被差別部落の方々が、
(あくまで例えですが)「こういう生活をしていることは仕方の無いことだ」と思われていたり、
「私たちは差別されてきたのだから、生活保護を受けて生活するのは当然の権利だ」
と思われたりしていることが、

私(私自身が被差別部落の出身かどうかすら知らないような、無知の人間)からすると、


「その被害者意識がある限り、例えば「差別をしていた側の人間」というものがいたとして、
その人がいくら視線を合わせようとしても、「差別されていた方々」が、『下からの目線』を
やめない限り、差別はなくならないのでは?」

と思うのですが、
私のこの意見をどう思われますか?
また、もし賛成してくださる方がいたら、どうしたらいいと思われますか?

はっきり言ってしまえば、先にも書いたとおり、私自身が被差別部落の出身かすら分からず、
社会科の授業で、江戸時代の身分制度としてしか部落問題を聞いたことが無い人間です。
それでも、この不況で、同じく(たぶん被差別部落の出身ではないと思われる)主人と二人で
一生懸命働いても、年収400万円ありません。
その中で、子ども3人育てながら、少しでも自己実現と仕事を関連づけたいと願って、
なけなしのお金で通信制短大に入学したわけです。
そういう事情の私からすれば、

「被差別部落出身だから、学が無いとか、金がないとか、言ってるのは、それこそずるい。
平成の大不況の中、お金の無い人間なんてめずらしくないじゃない。
いじめをうけようが(私は幼少期デブでしたので、いじめられました)、差別されようが、
義務教育を受けてきたなら、本ぐらい読めるでしょう。
図書館にいけばただで本が読めるし、欲しい本は取り寄せてもらえるでしょう。
それだけの基礎があって、本を読まないことや勉強しないことは、あえて
あなた方が選んだ怠慢ではないか?
そこの意識改革をあなた方自身が行ってくれなければ、部落差別問題の解決など
ありえないのではないか?」

と思ってしまうのですが、いかが思われますか?

最後に、今の私がこの問題に対して、何かできることはありますか?

通信制短大で、保育士の資格を取るため勉強中です。

先日、総合科目の必修ということで、「人権論」のスクーリングを受講しました。
幅の広い分野ですが、担当してくださった先生が、
「保育士を目指しているのなら、子どもの権利と部落問題は知っておくべきだろう」
という配慮をしてくださり、この2点について、3日間15コマ、授業を受けました。

私自身は、出身が東日本に属しているので、「過去あの辺りは部落があったらしい」
程度は耳にしたことがあっても、だから実際差別があった、とか、就職や結婚...続きを読む

Aベストアンサー

差別する人される人、救おうとする人、皆平等なのだから、人権は救うものでなく守られるべき元々あるもの。というわけで、差別から救おうという言葉は差別を許さない清い心があったとしても、差別される人に人権があることを肯定していない表現として水平社の人は間違っていると言ったのかなと思います。
だから『守る』という表現が正しいかと。

また人権は守られるべき当然のものという認識がないこと、これが差別を生む原因とも言えます。
『子どもを虐待から救う』という言い方について、子どもにも人権はあるのに、救うという表現はおかしいかと思うでしょうが、必要な状況=『親が子を守ること』が『ない』ためこれをさして『救う』という表現になっているため、子どもの人権の話には関わるけれども、環境を指してなので問題ないと思います。
子どもの人権そのものをさせば守るという言い方になりますね。

前の被差別部落と虐待は受けるものが差別か虐待かの違いですが、差別には人権という元々あるものを含むため守る、虐待には元々あるはずの環境がないため救う、となるわけかと。

大変クドくてスミマセンでした。


被害者意識は持ちすぎたらいけないと私も思いますが、実際十年前に差別発言の陰口を叩く人を見ました。このように場所によっては差別が消えていないこともなく、またどの地域が被差別部落かの資料も残っていたり、何の為になるのかさっぱりわかりませんが、わざわざ公表されたりもしています。
その辺は私も謎めきました。

差別する人される人、救おうとする人、皆平等なのだから、人権は救うものでなく守られるべき元々あるもの。というわけで、差別から救おうという言葉は差別を許さない清い心があったとしても、差別される人に人権があることを肯定していない表現として水平社の人は間違っていると言ったのかなと思います。
だから『守る』という表現が正しいかと。

また人権は守られるべき当然のものという認識がないこと、これが差別を生む原因とも言えます。
『子どもを虐待から救う』という言い方について、子どもにも人権...続きを読む


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