僕は北海道出身です。
北海道には『部落』と呼ばれる地域がありません。
ですから部落差別と呼ばれるものも存在しないと思います。

青春時代を関西の田舎町で過ごしましたが、その時初めて『部落差別』なるものの存在を認識し、とても大きな衝撃を受けました。
『同和教育』なるものも北海道の小学校では教わった記憶がありませんし、未だに根強い差別意識が残っている事に疑問を感じています。

部落地域に住む方々の過去などは関西在住時に友人達から説明を受けましたが、いまいちそれも良くわかっていないというのが現状です。

『なぜ部落と呼ばれる地域の人たちは差別の対象となるのでしょうか?』

ちなみに僕自身は『部落』が何なのかという認識が薄く、周囲の人たちが言う事を全く気にせずに(詳しい事を知らずに)普通にお付き合いをしてきた経緯がありますし、今もそのような認識をもっています。

なお、差別的な認識は全くない状態でこの文章を作成しましたが、何か問題があれば質問自体を削除して頂けるように管理人さんにお願いするつもりです。

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A 回答 (20件中1~10件)

多くの方が現代の事柄を中心に回答されているので、私は近世地方史(加賀藩)研究者としての立場から、江戸時代の実態について少し述べてみます(ただし、こうした差別は江戸時代以前からあったと考えられています)。


江戸時代までの日本には仏教の影響もあって四つ足の動物を食べる習慣がありませんでした。また、人や動物の死骸に触れることは忌み嫌われていました。
しかし、世の中の誰かがそれをやらねばならなかったのも事実です。例えば道端で死んだ牛馬の処理、死刑に処せられた人の始末、皮製品の製作等々の作業です。
そこで、古代、あるいは中世ころからこれを家業とする一族を作り(あるいは自然に生まれ)、専門家集団として一般農民とは一線を画していたのです。
いつのころからか(少なくとも江戸時代初期以前)、こうした一族は人間以下のものとみなされ、不当な差別を受けるようになっていきます。差別は生前のみとは限らず、ある地域では死後においても墓石の法名に「畜○○」などと書かれました。
一説には、農民にしっかり働かせるため、農民以下の存在として工・商を置き、さらにその下に非人を置いたとも言われています。
一族は差別を受けた反面、法的な保護も受けていました。例えば牛馬の処理はこれらの一族が独占しており、刑場での作業も一般の農民や町民が使われることはなかったのです。
こうした差別は明治政府によって撤廃されたのですが、そのころに作られた壬申戸籍では「新平民」と記載されてしまいました。そのため、戸籍を見ると部落の出身であることがすぐに分かってしまい、色々な悲劇を生み出すこととなりました。
明治維新からすでに130年以上経過しております。インドのカースト制度などでは、名前で階級が分かってしまい、また宗教上の理由からも差別の撤廃が困難なようですが、日本では戸籍を調べるにも限界があり(明治期の戸籍はもうほとんど調べられない)、いずれはなくなるものと思います。またそうであることを願ってやみません。
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この回答へのお礼

とても興味深く読ませて頂きました。
今のような状況になった背景がよくわかり、勉強になりました。

>日本では戸籍を調べるにも限界があり(明治期の戸籍はもうほとんど調べられない)、いずれはなくなるものと思います。またそうであることを願ってやみません。

そうですね。
近い将来、このような差別がなくなることを願うばかりです。

ありがとうございます。

お礼日時:2003/03/25 18:31

人間は皆生まれながらにして平等です


人権とは、譲る事の出来ない固有の権利です
「私の権利、貴方にあげます」という事は出来ません
私の権利、人権は誰よりも多め、少なめなんです
という事もあり得ません、皆同じ権利なんです
しかし、余分に振舞ったり、そしてまた少ない目にしか振舞う事が出来ない世の中が実現にある事
暮らしの基本の人権は永遠のテーマーになるのではないかと思います。そう言う意味で、お互いが大きな矛盾を徐々に、小さな、矛盾に変えていき、矛盾を完璧になくすという努力に向かって進んで行く必要があるわけです

参考URL:http://www.bll.gr.jp/

この回答への補足

この場をお借りして、ご回答者の皆様方に厚く御礼を申し上げます。
ポイントは皆様にさしあげたい気持ちなのですが、決めかねますのでランダムに付けさせてください。

本当に、皆様に感謝しています。
ありがとうございました。

補足日時:2003/04/02 10:40
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この回答へのお礼

お礼が遅れて申し訳ありません。

この質問を締めくくるにふさわしいお言葉でした。

>お互いが大きな矛盾を徐々に、小さな、矛盾に変えていき、矛盾を完璧になくすという努力に向かって進んで行く必要があるわけです
そうですね、僕も微力ながら差別がなくなる社会に貢献したいです。

ありがとうございました。

お礼日時:2003/04/02 10:40

sinnkyuusiさんと同じ北海道出身のものです。


ですから差別に関する疑問が感覚的に大変よく解ります。

私は広島県と兵庫県に転勤族として住み西日本を中心に営業で回るなか同問題と触れることが多くありました。

皆様とは違った角度に絞ってお話します。
まず、日本の同和問題、被差別部落の存在は、同一民族内における構造的差別として世界的にも稀少だということ。
どなたかがインドのカースト制にも触れられておりましたが、カースト制は宗教的意味合いから差別を受ける側も現世一期生まれ変わった後は上層階級と信じて疑わないなど、精神世界が全く異なるようです。
その他のほとんどの差別が人種や宗教に根差していることはご存知のことでしょう。
私も何故、日本民族にこのような同一民族内差別が生まれていったかが知りたくsinnkyuusiさんのご質問に対する皆さんのお答えを参考にさせていただいております。

会田雄次氏が自身の戦争捕虜体験を著した『アーロン収容所』の中で捕虜の虐殺やその処遇など、日本人に対して与えられた残虐性への疑問が記されています。

ヨーロッパでは毛皮業者や食肉業者の社会的地位が昔から高かった・・・しかし生き物を殺すのは、やはり気持ちの良いものではない。だから正当化する理念が要求された。キリスト教では動物は人間に利用されるために激しい断絶を規定した・・・良心の痛みを感じずに冷静に逆上することなく動物たる人間を殺すことができる (イギリス人は日本人捕虜を家畜と規定していた)。

ところが、日本人は豚肉や牛肉は大好きなくせに、殺すことと殺す人を嫌悪する風習があり屠畜を知らずに生きてきた・・・ひとたび血を見るや滅多打ちにしたり、死んでからも狂気のように付いたりという残虐性を・・・云々

文化人類学者のスチュアートヘンリさんが言っています。「20年ほど前にある黒人が、差別が無いというので日本に来たのに半年後にほうほうの体で米国に帰った。米国の方がいいという。戦う対象があるから。石を投げてくるから、指さして犯人を引っ張り出せる。日本はのれんに腕押し。差別しているという自覚がない人を教化するのは難しい。アルコール依存症の認識の無い患者は治せないのと同じなのです」云々

自分にも差別心が潜在していないかを、あらゆる角度から常に疑うことが大切なのではと考えております。

この回答への補足

ここまでご回答頂いた皆様には心から感謝いたします。
こんなにも反響があるとは思ってもみませんでした。
部落差別の概要がわかり、そろそろ締め切ろうかと思ったのですが、もう少し質問続行とさせて下さい。

31日まで出張でパソコンを見られなくなりそうです。
今後ご回答いただいた方々には、申し訳ないのですが少々御礼が遅れます。
ご了承ください。

補足日時:2003/03/28 18:51
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この回答へのお礼

大変興味深く読ませて頂きました。

スチュアートヘンリさんの言葉、直接的ではないですがこの問題をとてもわかりやすくまとめているような気がしました。
差別している気がなくても、どこかで誰かにそういう思いをさせているのかもしれない・・・。

ありがとうございました。
大変参考になりました。

お礼日時:2003/03/28 18:51

関西人です。

#5の方に同意見です。
ただ、付け加えなくてはいけないのは、その「地域」がそう見られていることであって、「血筋」でそう見る感覚は薄れて来ていることです。(皆無とはいいませんが)
>自分はまだしも、我が子をそういうエリアへ(ひとりで)遊びに行かせることが出来るか?
できます。幼少時には却って問題は少ないものです。
しかし、部落差別問題は、今となっては非常に複雑です。旧部落の人への差別のほかに、前の回答でもあった逆差別への妬み、また逆に今までの差別への恨み、所得格差への妬み(これは部落に関係ありませんが)その他、非常に複雑です。
渦中にいて客観視することは難しく、人間関係に余分なエネルギーを使うのも確かです。卑怯な逃げではありますが、わざわざその中に身を投じる気にはなれません。ただし、余所者は別です。部落近辺に地縁も血縁もなければ、まったく新しい付き合いを築くことができます。(こちらの素性で揚げ足をとる人もいるのですよ)
私が一番嫌悪感を感じるのは、左翼系の同和教育において、かれらと別意見を言うとそれこそ人非人扱いされることです。他の意見を認めない。←これってかれらが一番嫌悪することだと思うんですが、、、、、。
私のイナカでは単なる集落の意味で「部落」という言葉を使うのですが、左翼系の教師に思いっきり槍玉にあげられました。
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この回答へのお礼

何だか難しい話ですね・・・。
今、現時点の差別だけではなく、過去の事も含めての差別・・・。

何だか訳がわからなくなりそうです。
もう一度頭の中で整理しなおしてみます。

ありがとうございました。

お礼日時:2003/03/28 18:47

部落差別については、今でもあると思います。

なお、私は、関西在住です。

住環境についても、いまでもスラム街の様なところもあります。全く人間の尊厳を否定するかのような環境です。しかし、これも昔に比べるとずいぶん良くなりました。今では、一見すると全く普通の住宅街と見分けがつかないところも多くなりました。

他の方も仰っていましたが、優遇措置については、なかなか難しいものがあります。本来の措置の目的を達成したのであると言えるのなら、この制度を無くしても良いのでしょうが。まだ、就職差別等に厳しいものがあり、少数の人たちの不道徳な行動だけを見て、もう必要ないと決めるのは、躊躇します。

住環境が良くなり、進学率も向上し、就職の差別も解消されたとしたら、部落差別は、無くなるでしょうか。私は、無くならないと思います。人間は、誰しも、自分の尊厳を傷つけられそうになったら、逃げ道を考えるものです。本来、自分を向上させることで、その境遇から抜け出そうとするのが、望ましいことは言うまでもありません。しかし、それには、努力もいるし、運もあります。そこで、自分たちよりも劣った存在があることを想定して、その人達よりも自分は、上なんだと思うことで、自分の尊厳を保とうとするのが、もっとも簡単な方法といえるでしょう。

この場合、劣った存在というのは、合理的な理由はありません。理由は、こじつけでも良いのです。その点、部落差別は、厳然として存在していた、あるいはしているわけで、差別する対象として、選びやすいのでしょう。

実際、差別落書きの犯人を捜したら、むしろ社会的弱者だったという実例もあります。また、アメリカの黒人差別の代表であるKKKも生活に追われた貧しい白人が主体と言われています。

結局、誰もが、差別する誘惑に駆られるのだと思います。それは、私も含めてです。そのような人間の弱さを無くすることが、教育の任務の一つだと思います。
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この回答へのお礼

就職時の差別は実際にまだ残っているようですね。
以前、当時高校3年生だった友人に「○○地域は就職で敬遠される」という内容が書かれた学校のプリントを見せてもらった事があります(書かんでもええのに、と思いました)。

>実際、差別落書きの犯人を捜したら、むしろ社会的弱者だったという実例もあります。また、アメリカの黒人差別の代表であるKKKも生活に追われた貧しい白人が主体と言われています。
差別が差別を生んでいるという事でしょうか・・・。
悲しい現実ですね。

ありがとうございました。

お礼日時:2003/03/27 09:09

「北海道で出会った老婆」の話をしたものです。

(再登場です。)

「良く調べもせず、無責任な発言をしてしまった。」
と反省し、調べてみました。

詳しくは、URLを参照して下さい。

以下のような、老婆の話を裏付ける事柄が記載されています。
まさしく、老婆の言っていた事と合致します。

1: 1900年代初頭、帝国公道会等により融和事業として被差別部落民の北海道移住が
   計画された事。

2:部落ごと集団移住した例もあったが、それらの多くは結局は故郷に舞い戻どってしまった。

3:結局「自作農」にもなれず、「新天地」にも差別がついてまわった事。

竹内渉(社団法人・北海道ウタリ協会事務局)
という方の公演のようです。

主に、アイヌ問題の話であり、とても長いですが、読んでみて下さい。

私にとっては、目が醒める思いでした。

参考URL:http://www.h2.dion.ne.jp/~hstochig/file/kouza1_7 …
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この回答へのお礼

再度ありがとうございます。

その時代を実際に体験された方のお話には説得力がありますし、そのおばあさんも相当辛い思いをして開拓時代を過ごされたのだという事がとてもよくわかります。

『北海道開拓の村』というところ(今もあるんでしょうか?)が札幌近郊にあります。
中学時代、修学旅行でそこを訪れた事がありましたが、その当時は「つまらない」と思ってよく見て回りませんでした。
・・・今となってはちょっと後悔です。

URL、じっくりと読ませて頂きます。

お礼日時:2003/03/27 09:04

私も部落の問題に門外漢ですが私が聞いた話では部落でも色々有るとの事で例えば関西で『天皇の御陵』を守る為に置かれた部落の人々が飢饉で徴散したから、その村の人を捕らえて部落人にしたとか、天皇制度の時代に日本全国の山々の木を切る勅旨を認可された人々を江戸幕府の施政(全国を江戸幕府の手形無しで情報を知らされるのは困るので、一般の市民と隔離するため部落民として情報隔離)とか、同じ様に全国を渡り歩く遊芸人を部落民として『河原乞食』したり・・江戸時代の後期に解除』とし差別の対象としてり一般の人々から隔離し、又、誰もしたくない罪人を殺したり、死人を火葬する役目等、誰も好んでする人はいないので部落民を作為的に作り彼らにさせていたと思います。


さらに加えて一般の人々に対して部落民は近親結婚で結婚すれば『奇形』生まれる等を流布・・当然一般市民と隔離したと思います。
例えば部落の人と恋愛関係で結婚すれば男及び女は全て部落民になりますから泣く泣くの悲恋はあったと思います。sinnkyuusiさんも信じられないと思いますが私が戸籍謄本を始めて市役所で取ったときに親父の名前が姓と先祖の長男の送り名、親父の名前と士族等と記載されていましたが明治維新の万民平等などは嘘八百と思いました。
その意味では江戸幕府が300年で作為的に構成した部落の問題は解消しょうと政府が考えれば後100年は必要と思いますよ。
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この回答へのお礼

大変興味深い内容でした。

>その意味では江戸幕府が300年で作為的に構成した部落の問題は解消しょうと政府が考えれば後100年は必要と思いますよ。
はやくこのような差別がなくなることを願うばかりです。

ありがとうございました。

お礼日時:2003/03/27 08:57

12番の回答者です。


前回、北海道で差別がなかったことについても書こうかと思いましたが、専門外なのでやめました。
13番の方の回答を見て、少し思うところがあったので再度書き込みます。

まず、北海道移住政策は被差別部落の方を中心に置かれたものではありません。
内地では人口に比して土地が不足し、北海道では逆の状態だったため、比較的貧しい階級の人たち全般に国が移住を奨励したのです。
当時は、農家の次男や三男は結婚さえもままならない時代でしたから、耕す土地がもらえる、または貸与される、というのは大きな魅力でした。
しかし、いざ入植してみると当初の予想に反して失望することも多く(これは主として国の責任というより受け入れ先の農場に問題があったようです)、騙されたという認識の人も多かったようです。

確かに、13番の方の回答のような事例も多々あったかと思いますが、そうでない事例も多かったであろうということを付け加えておきたいと思います。

さて、北海道に差別がなかったのは、これは想像ですが・・・
1、もともと農家の次男、三男が多かったが、移住前、彼ら自身が長男でないことを理由にある種の差別待遇を余儀なくされていた。
2、日々の暮らしに追われ、差別などに思いを馳せる余裕がなかった。
ということではないでしょうか。

あと1点、
元来、部落は=被差別部落ではありません。
被差別部落という言葉が存在するということは、差別のない部落もまた存在するということです。
江戸時代に「村」であった区域は、明治22年に町村制が開始されると、一般に「部落」と呼ばれるようになっていきます(一般人だけでなく、政府も通達等で使っています)。
この呼称は、つい近年まで全国的に使われていたのですが、被差別部落のことを部落と呼ぶようになってきたので、最初に官公庁が使わなくなり、次第に住民も使わなくなりました。
しかし、差別のない山村地域では「部落」の言葉に抵抗感を覚える人も少ないためか、現在も○○地区と言わずに○○部落と呼ぶ場合があります。
このような理由から、私は「部落」と言わず、「被差別部落」と言っています。

長くなって申し訳ありませんが、11番の方の回答に感激しました。
母上の愛情あふれる措置は間違っていないと私は思いますが、
それ以上に間違っていなかったのが子供の育て方だと思います。
この方のように強い人に育ってくれると最初から分かっていれば母上もそんなことはしなかったでしょうが、子育てはバクチのようなものですから(結果が出ないと正解かどうか分からない)仕方ないと思います。
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この回答へのお礼

再びのご回答、ありがとうございます。

聞いた話ですが、僕の母方の祖先もやはり内地(関西地方)からの入植民らしいです。
母方の実家・本家や分家はいまでも北海道で農業を営んでいます。

>さて、北海道に差別がなかったのは、これは想像ですが・・・
1、もともと農家の次男、三男が多かったが、移住前、彼ら自身が長男でないことを理由にある種の差別待遇を余儀なくされていた。
2、日々の暮らしに追われ、差別などに思いを馳せる余裕がなかった。
ということではないでしょうか。

1も2も納得できるご意見ですね。

お礼日時:2003/03/27 08:55

北海道に行った時、ある老婆から聞いた話しです。



私が何県から来たのか告げると、その人は、自分の両親も
そこの出身者だと言い、悲しげな顔をして言いました。

「私らは、騙されて来たんだよ。部落の人はみんな騙されて、ここに来たんだよ。」

上記のような事を言っていました。

あまりに年配なので、会話するのが難しかったのですが、要約すると、
「部落民は北海道の開拓民として移民せよ」と「国」が推奨していた時代があった。
という事らしいです。

(正直言って、国が推奨していたのかどうかは?付きです。
 私も記憶が曖昧になっていますので。)

「ダマされた。」の意味は今でも良くわかりません。
「ここでも差別された。」という事では無く、
「開拓民の生活は聞いていたよりずっと過酷だった。」
という事なのかな?と思うのですが....。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼は#16にまとめさせて頂きます。

お礼日時:2003/03/27 08:49

一般に言う関西の“部落”に住んでいる者です。

生まれてからずーっと。確かに遠くの方で「あそこは部落やから」とか言う言葉は聞いたことがあります。だからといって私自身今まで直接的にひどい差別を受けてきたことはまだ一度もありません。多分私たちの世代はそんなことはそんなに気にしない世代になっているのだと思います。もちろん友人も私が部落地域に住んでいることも知っています。ただ聞いた話だと私の父の友人は部落の出身ということでお見合いを断られたことがあるそうです。その方は学校の教師でいい先生だったんですが。もちろん最終的にはちゃんと他の女性と結婚されていますが。

ただ、そんな経緯もあってか私の本籍は全然違う住所となっています。一度母に問い合わせたところ「本籍がこのままだとあまりよくないから…」と。これはショックでしたね。要するに私の母が部落を差別しているのと同じことですから。母が子である私たちのことを気遣ってくれているのはわかりますが、母だからこそ“差別”に立ち向かっていくことを教えて欲しかったですね。

それに皆さんがおっしゃっている“助成金”についてもそうですね。私が私立の高校を受験して合格したのですが結局公立に受かったので公立に行くことにしました。しかし、その私立学校は入学しようがしまいがとりあえずいちぶのお金を収めなければいけない仕組みでしたが(今思えばこの仕組みもちょいとおかしい(笑))、私がこの部落の人間だから免除かその助成金を使うことができるといったことで我が家は一切払う必要はありませんでした。もちろん部落問題についてはある程度把握していましたが、まだ15歳でしかも自分自身が特別に差別を受けたこともないのですがこの件は子供ながらに腑に落ちませんでした。「なんで部落やったらお金を払わんでいいの?」って。それが差別のような気がして。「そんなんでうれしいのか?」と。子供なので何も言いませんでしたが…。

少々極論でコレが全てだとは言い切りませんが、今ではこう思うこともあります。「部落差別をしているのは部落の人間自身や。」と。

この私の考えはあくまでも極論であるので“部落差別”を助長しているわけではありません。ただ部落に住んでいる人たち自身にももう一度自分たちのやっていることを見直して欲しいと思っています。もちろん単に「部落」といって何も分からずに差別する人は論外であると私は思っています。
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この回答へのお礼

貴重なご意見、ありがとうございます。

助成金に関しては以前聞いた事がありました。
でも「本当に存在するのか?差別を助長する単なる作り話では?」という考えもあったんです。

ですが、ご回答頂いた方々のご意見やこうして実際に助成金の使用を経験した事のある実体験を知り、少々驚いています。
ですから、
>「部落差別をしているのは部落の人間自身や。」
という考え方が出てくるのも当然なのかなぁと思いました。

この制度、結局は国が部落差別の存在を肯定しているようにもとらえられますし、今の世の中では決して「良い制度」だとは思えませんね。

>この私の考えはあくまでも極論であるので“部落差別”を助長しているわけではありません。ただ部落に住んでいる人たち自身にももう一度自分たちのやっていることを見直して欲しいと思っています。もちろん単に「部落」といって何も分からずに差別する人は論外であると私は思っています。

そうですね。
外からも内からも考え直さなければならない問題だとわかりました。
ご回答、感謝します。

お礼日時:2003/03/25 18:28

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ケーキを作ろうと思ってLサイズの卵を
買ったつもりがMサイズでした><
レシピはLサイズ3個分なんです・・・(T。T)
Mサイズの卵を計ってLサイズ分に
して作りたいのでLサイズの
卵白と卵黄の教えてください。

Aベストアンサー

MもLも気にする事無く、そのままレシピでMサイズの3個使って作って下さい。
これがSとLだったらかなりの差になるけど、MとLなら気にする必要は皆無です。
基本的には黄身はほとんど変わらずに、大きくなるにつれて白身の割り合いが増えていきます。

Mサイズ:58~64g未満
Lサイズ:64~70g未満
で殻も全部ひっくるめて重さです。
MとLの差は平均6g、黄身の量にいたっては1gくらい、つまり白身だと5gくらい違うか違わないかです。

0.1gでも気になる超神経質な方なら、白身を15gだけ足して下さい。

よく作るけど、卵3個程度のケーキのレシピなら卵のMとLの違いで失敗する事はないですね。
牛乳大さじ1入れて調整する程度です。
失敗するのは他の要因(粉を混ぜ過ぎとか)です。

Q夫が部落出身である可能性が高いです

悔しくて夜も眠れずこちらに辿り着きました。
(理解していただきたいので内容が細かく、長いです。申し訳ありません。)
出会った当時私は学生で、夫は県外の人間でしたが仕事の為に都心部に移り住んでいました。
結婚して4年です。子供が一人います。
夫が実家近くに転職したので、今は夫の実家の近くに住んでいます。
私は3人姉妹の末っ子で、父が中学生のときに亡くなったので母親に育てられましたが、祖父母が会社を経営していたので何一つ不自由なく育ちました。
出会った当時、夫は実家にルートセールスで度々来ていました。
母は時々物を買っていて、私と知り合う2年前から夫を知っていました。
その間、彼氏がいなかった私の写真を見せていたのは知っています。よく母から、「面白いお兄さんがいて○○(私)に会ってみたいと言っているけれど、どうする?」と言われており、その一年後に初めて3人で食事に行きました。
付き合いはそこからです。
付きあってから度々悩まされたのは、他人に対して暴言を吐いたり道路の真ん中で車を止めて怒ったりすることでした。
(先日も駐車場の枠外にとめていた車の人に暴力団のような言葉を吐いていたので知らない顔をして子どもと逃げました。)
私にも暴言や暴力(年に数回)があり、何度も別れようと思ってきました。
しかし、夫にも優しい所があり、初めての人でしたので夫がすべてだという気持ちがあり、結局結婚に至りました。
何かがおかしいと思ってきたのは結婚してからのことです。
毎週夫の実家に行くごとに義父母から親戚の職業を耳にしてきましたが所謂部落の方が多い職業についており、部落の方と結婚している人がとても多いのです。
また、義父は自営業をしていますが暴力と酒癖が悪く部屋中のものを壊したり、年に数回は義母の顔にあざができるほど殴るので本当に恐ろしいです。
本人たちの口から「部落」という言葉は結婚してからは何度となく聞いていますが、自分たちは違うというニュアンスで話してきます。
差別があるから夫のいとこは子供をつくらないし、結婚もしないとも聞かされてきました。
私が少し調べた結果は義父が部落出身のようです。
調べるきっかけとなったのは私の職場に夫がやくざまがいの電話をしてきたことでした。
それは、私の仕事用携帯に職場の男性のアドレスがあっただけのことでした。私的なメールは一切しておらず、上司から同僚まで全ての電話番号とアドレスが入っています。
夫はそれを浮気だと勘違いして、会社に怒鳴りこみの電話をしてきました。しかも妊娠初期の事でした。
その後出産の為辞めることとなりましたが、会社の上司から夫のことをかなり詳しく聞かれた上でそれとなく言われました。
本当にショックで血の気が引きました。
その後、義父母や夫がよく口にする地区をネットで検索してみると、全て部落に当てはまる地区で自分が住んでいる地区も昔はそうだったと知りました。
本当にショックでした。
冒頭に「悔しい」と書いたのは騙されたと感じるからです。
結婚前に夫の性格や暴力のことで母や親戚から反対されながらも結婚を選んだのは私です。
でも、墓場まで持って行こうとした夫が許せません。
私に話していたら結婚は迷ったかもしれない。
でもきっと結婚していたと思うんです。
それなのに純粋な気持ちでずっと夫を思ってきたのに隠し通そうとしている夫は裏切り者です。大嘘つきです。
夫を許せません。
結婚するまでは部落の人がいるのかどうかも知りませんでした。そして、部落が何かもよくわかりませんでした。
しかし、少しずつ勉強したり地区や周りの人間を見ていく中で分かったことがあります。それは差別する人間だけが悪いのではなく、差別される側にも問題があるということです。
義父や夫の親戚の会話は人間の血が通っていなくて、私にはとても理解ができません。酷い言い方かも知れませんが、気が狂いそうになるほど見ず知らずの他人を悪く言ったり暴言を吐きます。
私が言われることもあります。
今、人生にとても悩んでいます。こどもが小さいので母子家庭は厳しいかもしれませんが、穏やかな暮らしがしたいです。
夫とも義父母とも一切の縁を切ってこの土地からも逃れたい・・普通の考えをした人間と関わりあって生きたい。これが正直な気持ちです。
簡単にはいきませんが、何も考えずに生活しようとしても夫や義父が何か言動を起こす度にうんざりしている自分がいます。
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Aベストアンサー

難しい問題ですね。 差別する事はいけない事だと倫理を
説いても、実際にはいろんな形で区別されている事も事実。

自分がその立場に立った時に、つゆほども気にせず過ごせるか?
と聞かれると自信がありません。

普通に・・・・と言う気持はよくわかります。

昨今は、まだ昔ほどの差別はないにしても、中には未だに
違った目で見る人がまだまだいる事も確かです。

そのうえ、いろんな事件が世間を騒がせますから、この事が
表だって知られるようになれば、なにがしかの弊害はあるやも
しれませんしね。

この事案からまったくかけ離れた所で生活している物が
当事者に対して簡単に「差別はいけません」とは言い難いです。

関わった物の苦しみは関わった者しか分かりませんね。

輪の中に身を置くという事で、私は単なる個人の人格だけの
問題でもない気がします。

生活の環境と言う物は、個人の主観に大きく影響します。

周りを取り囲む人々が同じ価値観で接してくれば、少なからず
感化されますからね。

さて、問題は今後ですよね。
離婚されるなら身を隠す必要があると思いますよ。

今までの言動・行動を見ても旦那様自身がこの事をかさに
人を威圧する性格が見受けられます。
そういう境遇が持たしたら性格かもしれませんが、実際問題
多少危険である事は覚悟する必要があると思います。

出来れば御実家のご両親にもきちんと相談されて、考えうる
対応を模索しておく必要があると思います。

それでも先を考えれば、行動する価値は十二分にあると思います。
今は×1も珍しくありません。
心穏やかな生活が迎えられると良いですね。

難しい問題ですね。 差別する事はいけない事だと倫理を
説いても、実際にはいろんな形で区別されている事も事実。

自分がその立場に立った時に、つゆほども気にせず過ごせるか?
と聞かれると自信がありません。

普通に・・・・と言う気持はよくわかります。

昨今は、まだ昔ほどの差別はないにしても、中には未だに
違った目で見る人がまだまだいる事も確かです。

そのうえ、いろんな事件が世間を騒がせますから、この事が
表だって知られるようになれば、なにがしかの弊害はあるやも
しれませ...続きを読む

Q2Lサイズの写真のトリミングの取り方を教えて

デジカメの写真を、Lサイズだけでなく、2Lサイズにプリント出来る機械があったので、写真(JPEGファイル)を2Lサイズにプリントしたところ、出来上がった紙の写真のトリミングが適切でなく、写真の端のほうの写っていて欲しい部分がプリントからはみ出して印刷されませんでした。
どうすればこの機械で2Lサイズの写真で、好みのトリミングが出来るのでしょうか。

Aベストアンサー

デジカメ画像のアスペクト比は普通、2:3か3:4。
2Lサイズは、5:7
端が写っていないなら、画像のアスペクト比は、2:3。
通分すると、10:15の画像を10:14にプリントするので左右が切り取られるのです。
ですから、左右がトリミングされないようにプリントすれば良いのです。
その場合、当然、上下に余白ができます。

どんなプリンタをお使いか書いていないので、具体な設定は回答出来ません。
必要なら、使用カメラ、プリンタの機種を補足して下さい。

Q部落出身かどうか調べるって・・・。

 今日彼と話してたんですが、彼の親は、私が部落出身者でないかどうかを調べるっていうんです。彼は怒って親と口も聞いてないみたいです。私は自分がそうなのかどうかは全くわからないけど、もしそうだとしたら結婚は無理なのかなぁ・・と考えてしまって悩んでいます。調べるってどういう方法があるのですか?彼との話で「部落出身者は他の地区の人と結婚できないから身内同士で結婚したりするらしい」って言ってたんですけど、うちの親戚も身内同士で結婚したりしているし、また私の両親はかなり田舎の出身なのでもしかして・・・って思ったりします。なんか自分がこういうのを気にしないといけないっていうのがすごく悲しいです。引越ししていても調べたら分るものなのですか? もし私の文章を読んで気分を悪くされた方がいらっしゃったら申し訳ありません。無知なので何もわかりません。どなたか教えてください。

Aベストアンサー

私の父は探偵をしているため、娘(あるいあh息子)の結婚相手を調べて欲しいという親からの以来がとても多いです。
つまり部落出身かどうか。
それは、住民票をみます。
住民票は手書きです。
同和地区の住所というのが昔ありました。
それが同和地区差別を無くそうってことで
住所を変えたり引越ししたりします。
そういう方が非常に多いので
いちいち全部の住所を書き直してられないため
一部分に二重線を引っ張って住所を一部分手書きで訂正します。同和地区の差別反対が起こってから
昔、急速にその作業が行われました。
その修正をしているかそうでないかで
分かるそうです。
あくまでも同和出身を調べる一つの手段であるため
これだけで分かる場合も有るし
分からない場合も有ります。
以上、父から教えてもらったことです。

QLサイズ以上のミニバンを購入する理由って何ですか?

Lサイズ以上のミニバンを購入する理由って何ですか?

できれば、実際にLサイズミニバンを所有されている方にお聞きしたいです。
Lサイズミニバンを購入した理由は何ですか?

※ここで言う「Lサイズミニバン」とは、
(1)アルファード(ヴェルファイア)
(2)エスティマ
(3)エルグランド
(4)エリシオン
(5)他(ラグレイト、プレサージュ、マークXジオなどの3500cc搭載車)
を指します。

Aベストアンサー

必要だからです。

ACR40W エスティマ2.4 4WD所有です。

家族が自分を含め6人、さらに自分の親を加えると8人。
全員で移動する場合も考えての理由です。

また、自営で商売をしてますので配達にも使います。

都市部であれば、公共交通機関が発達してますので移動手段が選択できますがこちらは北海道の片田舎。
マイカーが主たる移動手段です。

家族で長距離移動もしますので、Lサイズミニバンを選択というか、それしか選択肢がありません。

Q自分が在日かどうか調べる方法

今年で21才になりますが、自分の起源がどこにあるのかわかりません。

今まで運転免許を取ったり、引っ越ししたり、分籍をしましたが、特に苦労したことはありませんでした。
それに親からも在日外国人の家系である、というような事を言われたことはありません。

しかし確実に、ここ数世代のうちに、外国人が混じってはいない、という確証がありません。


ということで自分が在日外国人の流れをくんでいるか調べたいです。
この場合、どのような手段を取ればいいのでしょうか?

自分の本籍地で戸籍謄本(全部証明)を取れば両親のこともわかるのですか?
母親の祖母が在日で帰化していた場合、その事はどの世代まで表記されるのでしょう?

ちなみに私は両親の戸籍から分籍(転籍)しており、本籍は東京ですが、出身および両親の本籍は大阪です。


在日か調べたい→戸籍を取れ、という解答はよく見るのですが、
具体的な方法が見つからず困っています。


また在日がどうのという質問に非難が集中している様子を見ることがありますが、
まぁ私のアイデンティティを明確化させたいだけですので、今回はご容赦ください。
日本生まれの日本育ち、ここ数世代の直系は全員日本人の日本人!と、
日本生まれの日本立ち、でも曾祖母は朝鮮人だから87.5%はチョッパリニダ!では、
やはりちょっと心持ちが変わるので、はっきりさせたいのです…。

今年で21才になりますが、自分の起源がどこにあるのかわかりません。

今まで運転免許を取ったり、引っ越ししたり、分籍をしましたが、特に苦労したことはありませんでした。
それに親からも在日外国人の家系である、というような事を言われたことはありません。

しかし確実に、ここ数世代のうちに、外国人が混じってはいない、という確証がありません。


ということで自分が在日外国人の流れをくんでいるか調べたいです。
この場合、どのような手段を取ればいいのでしょうか?

自分の本籍地で戸籍謄本(全部証...続きを読む

Aベストアンサー

・コリア系の帰化人には
『沢=澤・浜=濱・斎、斉=齋、齊・辺=邊、邉・薮=籔、藪・塩=[旧字、パソコンでは出てこない…]など』の旧字体漢字が使用できません。
『渕、蔦 、[旧字体](高)など』も使用できません。
※ただし、在日外国人なら、日本の戸籍規則に縛られないので通名としてなら上記の漢字は使用できます。


朝鮮人の方々が日本に渡って来だしたのは明治43年頃の韓国併合のときから(鎖国解除後の42年までの間はせいぜい年に0~20人程度)。
明治43年から太平洋戦争が終わるまで韓国併合政策により在日朝鮮人はもとより、朝鮮半島にいる朝鮮人まですべて大日本帝国臣民扱いで法律上、外国籍ではなかった(両者とも本籍は半島にある)。
昭和20年の終戦を迎え在日の多くは半島に帰国しましたが、日本に残ったり、また朝鮮から戻ってくる人達もおりました。
明治時代から昭和26年までの間に朝鮮より日本へ渡って来た朝鮮人達は昭和27年にそれまであった日本の国籍を失って正式に外国籍となる。そして、在日朝鮮人の日本国への帰化が始まったのも昭和27年。

古来からの日本人家系なら苗字漢字に制限なく明治時代からの苗字漢字を継続できます。
在日朝鮮人の帰化が昭和27年に始まり、名前の漢字制限(上記)は昭和23年に始まってますから、朝鮮籍、韓国籍から日本に帰化した者は旧字体漢字で帰化するチャンスがなかったんです。

簡単な調べ方としては『住民票』での苗字名前漢字が旧字体で表記されてるなら明治時代からの日本人家系。
新字体ならば、
「戦前の家系状況が分かる戸籍みせて」と役所に言ってみること。
戦前の家系状況が記されていて朝鮮人を思わせる記述がなければ日本人。
戦前の家系状況が分かる戸籍を見せてくれない場合や戦前の戸籍が日本以外にある場合は帰化人だと判断できます。

戸籍取得方法は先に回答されてる方法をやるといいでしょう。

ただ、例え純粋な日本人でなかったとしても質問者さんが日本が大好きで在日の方々のように反日感情を露わにされるのが不快に感じるなら、心はちゃんと日本人ですよ。

…私も可能性はあるかもしれないんで経済的に余裕が出来れば戸籍を追ってみたいです。


以上、参考程度に

・コリア系の帰化人には
『沢=澤・浜=濱・斎、斉=齋、齊・辺=邊、邉・薮=籔、藪・塩=[旧字、パソコンでは出てこない…]など』の旧字体漢字が使用できません。
『渕、蔦 、[旧字体](高)など』も使用できません。
※ただし、在日外国人なら、日本の戸籍規則に縛られないので通名としてなら上記の漢字は使用できます。


朝鮮人の方々が日本に渡って来だしたのは明治43年頃の韓国併合のときから(鎖国解除後の42年までの間はせいぜい年に0~20人程度)。
明治43年から太平洋戦争が終わるまで...続きを読む

Q携帯でLサイズ写真

「携帯で撮影したLサイズ以上の写真」

というのは、100万画素を超えるもの(640×480以上)のことでしょうか?

でもそれより小さいものでもLサイズにのばせるしなあ、と考えると
「」内の言葉の意味がよくわからなくて・・・・(^^;)

この言葉の意味は「Lサイズにのばしたときに画像としてきちんと見られるもの」
ということでしょうか?

Aベストアンサー

Lサイズの定義がなんとも曖昧なので断言はできませんが、私の推測は、例えば今時の携帯内蔵カメラは200万画素クラスを備えており、撮影した画像をそのままメールに添付しようとした場合は、携帯キャリアごとに定められている添付容量制限のためにリサイズせねばなりません。(200万画素のフォトサイズは1600×1200でおよそ700KB前後)
リサイズして640×480に変換したものは100KB前後でなんとかギリギリで添付できるかなというところです。(auの場合)

Lサイズ以上がダメということならば、Lサイズ=640×480の予測どおりに違いないと思います。
Lサイズ以上が欲しいということであれば何の問題もないわけですし…。

Q部落差別はまだ根強く残っているのですか?

私は奈良に生まれ、人生の半分以上を京都で過ごしました。

京都は部落が多いと言われますが、私は京都の地で生きる中で、部落差別をこの目でありありと垣間見たことはありません。
部落という言葉自体、中学校の道徳の授業で取り扱っただけです。

・部落は特定の土地を指す
・もともとは人々が忌み嫌う職業についていた人を差別したものだった
・部落差別は部落出身者が差別されることを指す

学校で学んだのはこの程度です。
京都に部落が多いと聞きますが、実際何処が部落なのか、私含め、同級生は誰も知りませんでした。
親ももともと京都の人間ではないせいか、「どこが部落なの?」と聞いても「多分、○○(家から車で2時間ほどの場所)がもともと部落だった場所じゃないかな」「家売りだした時ここの土地が安いから、恐らく部落なんだろう」と、曖昧な返答があるだけでした。


ただ、私の親の少し上の世代は、確かに部落という言葉に敏感だなと感じます。
私の友達が部落の出身だったらしく(本人さえ知りませんでした)、結婚相手の男性の母親が素性調査を行い、部落出身だという事で結婚を反対されたということがありました。


また、私の経験として、部落出身だという方と知り合ったことがありました。
その方はとても貧しくて、「自分が職に付けないのは部落出身で差別されているからだ」と言っていました。
よく金銭を貸してくれと頼まれ、「大学の授業料払わないといけないし、今月教科書買わないとだから・・・」等と断ると、「私の命より自分が優先か、大学にいく余裕があるくせに」とよく言われました。

部落の近くに住んでいる人たちは、それは部落出身の人たちの気質で、そういう気質だから嫌われるというのもある。実際金銭を強請られて怖かっただろう?といっていました。


確かに私はその時怖いという恐怖と同時に、関わりたくないという気持ちがありました。
しかし、それは部落とは関係なく、その人自身の人間性が招いたものです。
部落出身の方は、そういった周りの態度が差別だと言っていましたが、私は部落差別は一切関係ないと思っています。


こういった経験からの疑問です。
部落差別は、未だに根強く残っているものなのでしょうか?
それとも、私のような、いわゆるゆとり世代が部落について無知・無関心・無責任なだけでしょうか?
また、京都人というだけで「部落差別で冷たい人間」と言われたことがありますが、本当に京都に住んでいる人たちにはそのような気質が備わっているのでしょうか?



差別について無知でお恥ずかしい限りです。
よろしくお願いします。

私は奈良に生まれ、人生の半分以上を京都で過ごしました。

京都は部落が多いと言われますが、私は京都の地で生きる中で、部落差別をこの目でありありと垣間見たことはありません。
部落という言葉自体、中学校の道徳の授業で取り扱っただけです。

・部落は特定の土地を指す
・もともとは人々が忌み嫌う職業についていた人を差別したものだった
・部落差別は部落出身者が差別されることを指す

学校で学んだのはこの程度です。
京都に部落が多いと聞きますが、実際何処が部落なのか、私含め、同級生は誰も知りま...続きを読む

Aベストアンサー

京都市内については現在は「根強い差別」なるものは残っていません。
部落が怖かったのは昭和後期までで、今残っているのは「部落利権」です。

>京都人というだけで「部落差別で冷たい人間」
京都でややこしいのは昔部落だった地域に韓国・朝鮮人が入り込んで
いるからですね。おまえら部落と直接関係ないやん!と言いたい。
(しかもヤクザも絡んでいる)

関西で現業職(環境局・上下水道・交通局)公務員の犯罪や事件が
多いのは公務員の部落採用枠と言うのがあって優先的に部落地域の
人を採用したためです(今は廃止されています)。
部落出身者の救済の為だったのですが実際にはヤクザ・チンピラが
公務員として多数潜り込んでいるんです。
(大阪の公務員で刺青入れている人が多いのはそういう理由)

>しかし、それは部落とは関係なく、その人自身の人間性が招いたものです。
まさにその通です。
真面目に試験を受けて採用された公務員にとっては部落採用枠の
公務員が度々事件を起こすのは非常に迷惑でしょう。
一般市民としてもエセ同和活動で税金が無駄遣いされるのは困ったこと
だと思います。

QMKミシェルクランのLサイズについて

私はミシェルクランが大好きです。
今度の初売りのバーゲンも楽しみにしています。

ところが、イトキンの店舗情報のところを見てみると、MKミシェルクランと、MKミシェルクラン(Lサイズ)という表記が、別々にされていて、お店が別なようです。

私は普段、Lサイズ(40?)を着用しています。

ということは、Lサイズ、という表記のあるお店に行かないと、サイズがないということなのでしょうか。

普通のところでは、36と38しかないということでしょうか。

あと、ミシェルクランと、ミシェルクラン+では、Lサイズ、と表記されたお店がなかったのですが、そこでは、すべてS、Mだけということでしょうか。

Aベストアンサー

こんにちは。
Lサイズと表記されている店舗は、いわゆる
「大きいサイズ」コーナーのことじゃないでしょうか?
42以上が置いてあると思います。

ですので、40でしたら通常の(?)店舗になると思います。

MKのLサイズは地元に無いのでわかりませんが、
22OCTOBREとかだと、そんな感じです。
ご参考になれば。

Q部落出身の方との結婚。

今、結婚を約束している彼氏がいます。
付き合い初めに彼から同和の話は聞いていましたが、私は全く気にしていません。
彼の家族に会ったこともありますが、礼儀正しく、とても良い御家族です。
実家に行った事もありますが、特に気になりませんでした。

私の両親には彼氏の実家が同和地区にあることを一切話さず、彼氏を紹介しました。
わざわざ言っておく必要もないと思っていたんです。

両親は「若いのにとてもシッカリしている」と言って、結婚相手として気に入ってくれているようでした。

しかし母と一緒にネットの地図を見ながら兄の新居の話をしていた際、私が何気なく彼氏の実家はこの辺りだと伝えた所、バレてしまいました。
県も違うので地図くらいでは分からないだろうと思っていたのですが、父が耳にしたことのある地名だったそうです。
両親はもしかしてと思い、私にその話をしました。
私が知らずに付き合っていると思ったみたいです。

私は彼が部落出身だということを知っていて付き合っていた事を明かし、それでも結婚したい伝えました。

両親には「それを知っていて結婚したいというなら仕方ないけれど、親戚にはおおやけにできないので、結婚式はできないだろう」と言われました。

理由は、兄や親戚の女の子も結婚を控えており、まだまだ結婚する前に相手の家の事を調査するような家もあるので、私達の事が原因で兄や親戚の女の子の結婚が破談になってしまうような事があれば責任がとれない。
そういう家と血縁関係になる事を隠さなければならない。との事でした。

両親が言っている意味は分かります。
そんな事になってしまったらと思うと、大変怖いです。

私は式が出来なくても構わないので、結婚したいと言いました。両親もそれなら仕方ないという事で話は落ち着きました。

大変心が痛みましたが、彼氏にもその事を正直に話ました。
結婚式が出来なくなったのですから、いつまでも隠してはおけません。
私の両親は結婚式を重要視しているタイプだったので、いきなりしないというのは変です。

彼は結婚式なんてどうでも良いけれど、差別されたことに凄くショックを受け、「俺が何をしたって言うんだ」と怒っていました。
私の両親と仲良くなりかけていたので、ショックも大きかったのでしょう。
もう私の両親とは関わりたくないので、両親と絶縁するか、別れるか決めてくれ。とまで言われました。

私には彼の気持ちも分かりますが、両親の気持ちも分かります。

結婚事態を反対されるケースも少なくない中、結婚を承諾してくれたダケでも、両親には感謝しています。
差別を口にする事は絶対にあってはならないけれど、最大限私の気持ちを汲んでくれたと思うのです。

どうせ結婚したら、両親にはあまり会う事は出来ないでしょう。
ですが絶縁ではなく、なるべく穏便に結婚したいです。
両親には今まで大切に育ててくれた事に、大変感謝していますし、私の幸せを心から願ってくれている人達です。

彼には落ち着いて話をすれば分かってもらえるかもしれませんが、差別を受けたというショックは永遠に消えないでしょう。

入籍前の両家の顔合わせは、やはり出来ないのでしょうか?

結婚は許してもらえているので、駆け落ちのような事はせず、式は出来ないまでも、お互いの親しい友人を呼んで2次会のようなパーティーは出来ると思うのですが...
そのような結婚をされた方はいらっしゃいますか?

やはりこのような場合、入籍だけ済ませて嫁いでいったほうが良いのでしょうか?

もし同じような境遇の方がいらっしゃいましたら、アドバイス頂きたいです。

長々駄文ですみません。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

今、結婚を約束している彼氏がいます。
付き合い初めに彼から同和の話は聞いていましたが、私は全く気にしていません。
彼の家族に会ったこともありますが、礼儀正しく、とても良い御家族です。
実家に行った事もありますが、特に気になりませんでした。

私の両親には彼氏の実家が同和地区にあることを一切話さず、彼氏を紹介しました。
わざわざ言っておく必要もないと思っていたんです。

両親は「若いのにとてもシッカリしている」と言って、結婚相手として気に入ってくれているようでした。

しか...続きを読む

Aベストアンサー

住まわれている土地によっては世間体を気にして大変悩まれる問題だと思います。
以前友人があなたと同じように同和地区の方とお付き合いをしていました。勿論二人の視野には結婚もあったと思います。当時彼女の方から私は相談を受けていましたが、彼女の両親が二人の付き合いに猛反対でした。特に父親は公務員で、体裁もあったのだと思いますが、同和の彼との付き合いを嘆き、毎晩酔いつぶれ、それを見ては母親は泣き崩れていたということでした。そのうち親戚までもが出てきて親族会議…。とにもかくにも結婚は許さないということで、彼女の場合は泣く泣く彼と別れる羽目になりました。
その後彼女は今の旦那さんと出会い幸せに暮らしていますが、何かの折に彼女と話した際、あの時の彼との悲しい別れは一緒忘れないと言っていました。

どんな道を選ぶのも最終的にはあなた次第だと思います。
生まれてくる子供が…と心配をされる考え方もありますが、それはその子の人生であり、生い立ちが全てを不幸にする訳ではないように私は思います。

幸いにもあなたのご両親は認めて下さってるようで、それは娘であるあなたへの深い深い愛情の賜物だと思います。
彼の絶縁発言はちょっと頂けませんが、おそらく不当な偏見に彼自身胸を傷め、唯一の抵抗なんだと理解します。


私は同和の友人が何名かいますが、結婚式にも喜んで出席させてもらいました。友人のお相手は同和ではない方でしたが、普通に結婚式を挙げてますね。 そこのところは両家で良くお話し合いをしてはいかがでしょうか?

お二人のめでたい門出、胸を張って皆さんに御披露目して頂きたいものです。
正しい行いをして生きてきたのであれば、これからの未来に何も後ろめたさを感じる必要はありません。

最後に、どうか理解あるあなたのご両親のことはいついつまでも大切にされてくださいね。

住まわれている土地によっては世間体を気にして大変悩まれる問題だと思います。
以前友人があなたと同じように同和地区の方とお付き合いをしていました。勿論二人の視野には結婚もあったと思います。当時彼女の方から私は相談を受けていましたが、彼女の両親が二人の付き合いに猛反対でした。特に父親は公務員で、体裁もあったのだと思いますが、同和の彼との付き合いを嘆き、毎晩酔いつぶれ、それを見ては母親は泣き崩れていたということでした。そのうち親戚までもが出てきて親族会議…。とにもかくにも結婚は...続きを読む


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