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 また韓国・中国からクレ-ムがつきました。歴史教科書問題。日本から韓国・中国の教科書に対してクレ-ムをつけることができましょうや?まちがいなく内政干渉と大反撃を食らうはずです。教育というものはその国家の根幹をなすもののひとつであるはずです。私はけっしてライト(右)な人間ではないと自負しているのですが、あまりの韓国・中国のリアクション、同マスコミのヒステリックといってもいいような反日報道に嫌気がさしています。サルの集団にみられるマウンティング(集団内の序列の確認行為)のように思えます。もっと情けないのは日本のマスコミすらそれに追従するような論調なのが鼻につくことです。
 外務省「官僚」と首相と外務大臣と国会のいずれにも日本の外交の芯がないようにおもいます。国策とか、国益とかいう単語を持ち出すと、すぐ右傾化がとかいうやつがいるのでどうかと思うけど、外交についてだって示してほしいと思いませんか。この全体的なウィ-クトレンドを替える方策はないもんでしょうかねえ?強国になれとは思いませんが、いまはあんまりじゃありませんか?

A 回答 (6件)

 再度質問されたので追加。


 「権力者」にあたるのは、実際に行政権を行使して、当事者の韓国や中国に接する立場の人たち(およびそれを動かせる人たち。まあ、財界ですかね)です。私たちのような民間人がなにをするかまで、知ったことじゃあないですから。
 「国益」というのが「国民みんなの利益」なのか、「国を代表していると思っている一部の人たちの利益」かということになりますが、少なくとも、戦前の韓国併合は、むこうの国民みんなの利益を侵害したことにまちがいありません。侵害されたものが多いほど、また同じようなことをするんではないか、という恐怖はあると思います(日本国内だって「目玉売れ」と脅されている人がいる時代です)。殴った人の仲間が、殴られた人に、本当に怖いかねえ、と言っても・・。

 その中でうまく立ち回って、多くの国民より日本人に取り入って利益を得た少数の韓国人が存在したことはあるでしょうが。(少数の韓国人に認められたからといって、韓国人に支持されたと思っている日本人もいるでしょうが)
 
 実際のところ、いまの検定がほんとうにリベラルにされているということはいえないと思います。そんなにリベラルにできていれば、家永裁判の経過があれほどもめていないはず。(だいたい、他にもいいかげんなことありますよ。「大化の改新」だって、実はうそだったというし、例の「石器」の発掘がすぐ検証もされずにのるし。)

 修正の経過について、いちいち口をはさむことはよけい「干渉」になると思いますが、執筆者の執筆に当たっての基本姿勢が(堂々と公言されていることなので、これに対しての批判派当然あってしかるべきでしょう)、韓国併合は正しかったとか、侵略を認めることは自虐だとか、いう立場であるわけですから、被害者側の韓国や中国がそこを問題にするのはあたりまえだと思います。
 (個々の語句で「修正」はあっても、基本路線が認められないようでは執筆者にとって教科書を作る意味がない。意味がある教科書として認められる程度まで妥協しようというものだと思いますね。)

 

 
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戦時中、日本政府は中国、韓国の文化や人権を徹底的に破壊してきました。

名前を変えさせ、言葉を抹殺しようとしました。国家や、国民一人一人のアイデンティティを根こそぎ否定するような事をしていて、それが「合法的である」などと言い張ったりすれば、心のそこから怒りが湧き上がってくるのは当然ではないでしょうか。

今回、検定によりこのような独善極まる表現は削除を指示され、出版者側もそれに応じています。政府がやるべきことは、単に「政府の管轄外だから」と突っぱねるのではなく、相手国の国民に、検定の仕組みについて十分に説明し、理解を得られるよう最大限の努力をする事ではないでしょうか。
向こうのマスコミが恣意的にそういう説明を掲載しないなどというようなことがあれば、広告としてでも相手国の新聞にのせるとか、政府のウェブサイトに相手国の言語でこの件に関する説明をする等、できることは沢山あります。
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この回答へのお礼

 アドバイスありがとうございます。確かにそういう積極的な対外プロパガンダは日本政府って下手っぴですよね。何十億円もの外交機密費予算なんてそんなのにこそ使って欲しいものです。

お礼日時:2001/03/15 01:10

今回の問題は現役官僚によるルール破りが原因となっていますネ。

また、近隣諸国条項を盛り込んだときのいきさつも漸く明らかにされ、実は外圧があったというのは意図的な誤報であったことを文部省が公式に認めたばかりです。
歴史観というのは国によって異なるのがあたりまえのことであり、共通の歴史観を持つことは初めから不可能なものです。同調するものも少なくなっていますが、某A新聞社の論調は現在も、いったい何処の国のマスコミなのかと非常に疑問を感じざるを得ない姿勢を保っています。
そして、悲しい事に、『インテリ』であると錯覚されている多くの人が某A新聞を読まれており、その論調に踊らされているようです。実際には無関心層が多いのでしょうが、官僚・政府としては、その世論誘導力を、そして、某A新聞が引き金をひいている『作られた外圧』に屈してしまっているというのが実情ですネ。
また、単に敗戦国であるが故に弱腰外交を続けてきたツケなのかもしれませんネ。
韓国からの特使に対し、森総理が『日本は中国や韓国のように国定教科書ではない。したがって、政府は干渉しない』とキッパリ語ったことは素晴らしいことであると考えます。
他国の教科書内容を問題にするのであれば、世界中の国が互いに潰しあい、外圧を掛け合わなければならなくなります。

以上kawakawaでした
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この回答へのお礼

 ご意見ありがとうございます。個人的な話で恐縮なのですが、私もつい一・二年前まで朝日新聞の永年にわたる購読者であったし、基本的な学校教育現場での歴史教育しか受けてません。したがって日本とはひどい事を近隣諸国にしてきた国で、近隣諸国が日本の言動等で、気に食わない事にエキセントリックなリアクションをするのはあたりまえだと本気で思っておりました。しかし或るイギリス人の友人から「なぜ日本人は、自分の国の事に対して誇りも愛情もない論調のマスコミが、世論のイニシアティブを握り続けているのだ?」と、貴方のご意見のような指摘をされて、大変ショックを受け、ちょっとだけいろんな側面からも自国の歴史について検証してみるべえとおもったわけです。そしてそれだけでも今までの自分が保ってきた歴史認識に対する自信が、簡単に崩壊してしまいました。まったく朝日新聞等のマスコミの責任ていうのは重大ですよねえ。

お礼日時:2001/03/15 00:55

 逆に質問されたので補足。


 たとえば、徳川家の先祖がキリスト教徒を弾圧したことは事実ですが、それにたいして、現在の徳川さんが、「我々の先祖はそんなことはしていない。キリスト教徒はけしからんから、ルールにのっとって取り締まっただけだ。われわれの先祖を悪く言うな」と主張されるか、「先祖はそういうことをしたかもしれないが、我々に責任があるわけではない」と主張されるか。「今でも先祖の愚行に対し子孫一同反省しています」ということは誰もいわないでしょう。
 
 今の徳川さんは、べつに何の権力ももっていないので、どう思われようとも問題はないわけですが、これが権力者であった場合、キリスト教徒にとっては脅威になります。「踏絵」は正しい、思想弾圧は当然、という権力者が、いつ同じ事をするか、という恐怖は想像できるでしょうか。

 そういう教科書が教科書として公認される、ということは、そういうことを権力者が考えている(すくなくとも、韓国併合等が侵略だときめられないという立場)ことを堂々とみとめることになります。悪いことだと思ってなければ同じことをする可能性がある、それが恐怖なのです。

 べつに、中国や韓国の人々は、現在の日本人一般にたいして、敵意を持っているわけではありません。現在のキリスト教徒は現在の徳川さんにどうこう言いません。 
「併合は当然だ」というようなことをいう日本人が嫌われるのです。

 戦時中の多くの日本人は戦争の被害者ですが、戦争を起こした人たちと巻き込まれた人たちをいっしょにして、日本人というふうに考えるからややこしい。中国の代表も、「同じ被害者」だと言っていました。
 戦争をおこした側の人なのか、巻き込まれた側の人なのか、区別して考えなければいけません。(kichijiさんご自身、どちらの立場で考えますか)

 教科書自体、侵略の守護を「日本軍が」というか「日本が」というかの問題がありますが「日本人が」という表現はしないでしょう。たぶん、あえて「日本軍が」とせず「日本が」とした教科書は、軍の統帥者が昭和天皇であったことを考えて、使用を避けたのでしょうね。
 
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この回答へのお礼

 ご返事ありがとうございます。
ただ誤解のないように再度申し上げますが、nozomi500さんが、権力者とおっしゃているのは誰の事でしょう?今現在教科書検定システムは、非常にリベラルに行われています。その中でnozomi500さんの取り上げられた併合云々という記述も、きちんと政府すら干渉できない独立性を持った審議会が指摘し、それに対応して執筆者側が修正をおこなっている段階なのです。そういったプロセスにあるにもかかわらず、あたかもそういった修正が行われていない教科書が、すでに検定済み教科書として或る権力者から恣意を受けて存在しているかのように、誤認されているのはなぜでしょうか?
 また、韓国・中国両国のクレ-ムの深淵に、日本に対する「恐怖」があると本気でおもっていらっしゃるのでしょうか?そこにあるのは自国の国益ではないでしょうか?

お礼日時:2001/03/14 01:38

外交政策を誰が決めているかというと、基本的には外務大臣、および外務大臣を指名した総理大臣に決定の責任があります。

言うまでもないことですが。ただし実態としては御存知のように、外務官僚(複数形)という名の個人ではない集合体の意志によって決められています。
明確なリーダーのいない集合体の意志は、「流れ」で決まります。官僚の場合は「先例からの流れ」が中心ですね(国民大衆の場合はこれが「雰囲気」になります)。また、集団としての責任が個人にかかってくることはないようなシステムが、官僚制度の大きな特徴です。決断の責任というのはたいへん重いものなので、官僚の無責任システムにはそれなりのメリットもあります。そこで責任を引き受けるべき政治家までが無責任であるために、さまざまな事態が引き起こされてしまうのが日本の実状です。官僚は政治家に責任を委ね、政治家は官僚の責任だと言い逃れる。「立案」と「決断」の区別がついていないから(こうして言葉にすればまったく違うことはわかるはずなのですが)こうした事態に陥ります。日本の官僚が伝統的に優秀すぎて、ほとんどの政策をお任せで済ませられるのがいけないんでしょうか。
要するに、外交政策は「誰も決めていない」んですね。これは外交に限らず、日本国の政策はほとんどがそうです(ものつくり大学の件を所信表明演説に織り込んだのは、結局誰だったんでしょうね? 本気で謎)
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この回答へのお礼

 ご回答ありがとうございます。外務省のホ-ムペ-ジを眺めていて、何も汲み取れず、とても悲しくなりました。日本の官僚制度とはそういうものですね、確かに。とすれば今の日本の閉塞した社会情勢・政情はまさに船長さんのいない難破船のようなものですなあ。その乗客であるわれわれに救命胴衣はあるのかな?

お礼日時:2001/03/14 00:19

よその国が「日本ではちょんまげをした侍が、町中で人を切っても斬り捨て御免になっている」という教科書をだしていたら、日本人として平気ではいられますまい。



中国や韓国は当事者ですから、「侵略でなかった」、「韓国はそれを望んでいた」というようなことを教科書=国の常識として言うなら、クレームがでるのは当たり前だと思います。

今後同じようなこと(併合や改名のおしつけなど)があってもそれは悪くない、という認識を日本国民全体が持っているとなれば、経験者にとって、けっして「内政」とはいえないでしょう。

となりの息子が「人を刺して何がわるい」というようなことを公言していたら、そして、自分の家族に被害の経験があれば、となりのおやじさんに「人の家の教育方針に干渉するな」といわれて平気ですか?

そういうおやじさんが「国益」だといっているから近所から嫌われるんですよ。

この回答への補足

 早速のご意見ありがとうございます。
 さてnozomi500さんは、今回のクレ-ムが、教科書検定のどういう段階で、どうしろといってきているかご存知でしょうか?昨年秋頃7社から検定に出され、数次に亘る真摯な検討作業が審議会と執筆者のあいだで行われ、百数十箇所の修正校正がおこなわれているところです。つまりまだ教科書は出来上がっても、検定に合格してもいないわけです。それに対し中国は、現段階で特定のその教科書を不合格にするように、正式な外交ル-トとマスコミによって圧力をかけてきています。クレ-ムをつけられるべき内容の教科書が、いまだ存在していない段階です。またご存知のように、日本は教科書制度を国定としておらず、あくまで民間業者と政府も干渉できない教科書審議会にそのコントロ-ルを任せています。宮沢さんの近隣諸国条項や、村山さんの植民地支配公式謝罪を私はとてもよいことだと思っているだけに、もうこういう話題、結果を見てからだって遅くないだろうと。
 国と国との付き合いと近所付き合いといっしょにするわけにはいきませんが、もうなくなった先代のおじいちゃんのやったことで、孫が一生肩身の狭いおもいをしなくちゃならないものでしょうか?

補足日時:2001/03/13 14:19
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