雷電はなぜあんなにズングリしているのでしょうか?
(まああのズングリした機体を見ると親しみを感じてしまいますが・・・)
エンジンの関係でしょうか?

あの機体ですから、F6FやP51といった戦闘機相手ではなく、
B24、B29といった爆撃機の迎撃に活躍したのでしょうか?

同じ局地戦闘機 紫電改と比べると地味な感じを受けますね。
紫電改は対戦闘機用で、雷電は対爆撃機で用途が違ったからでしょうか?

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A 回答 (5件)

漫談です。



実は昭和14年ごろから、中国で爆撃機が戦闘機の迎撃でひどい目に遭った海軍は、迎撃機をデザインしたらいいんじゃないか、と、三菱ご指名で十四試局地戦闘機の要求書を交付しています。そして、零戦を終えた堀越氏が主査となってデザインがスタートしたわけですが、エンジンの選定と振動問題で手こずったのは、みなさんご指摘のとおりです。この振動問題、殉職者はでるわ、一年以上つぶれるわ。中島がおなじような元は爆撃機向けエンジンつけたキ44(鍾馗)が上手くいっているのと対照的です。なら、陸海軍とも同じ飛行機装備したらいい、というのがスジですが、そうはいかないのが恐ろしい現実でした。

あげく海軍はJ2(雷電)に過剰な期待をして「零戦をやめてJ2を主力にする。空母にものせる」と言い出すわ、しかしJ2の主査である堀越氏に零戦の改造もさせるわ、「零戦後継機」デザインしてと言って技術者として使いつぶしてしまい、いいことなしでした。さらに、「胴体太いからターボ・チャージャーつくんじゃないか?」と研究始める始末です。

しかもそのあいだに、海軍はN1水上戦闘機を川西に発注するというムダをしました。できたときには使う予定だった南方の島嶼地帯が危険になりすぎ、琵琶湖などを基地にして使っていたという。
結果として雷電が昭和十八年になってもパッとしない。で、この水上戦闘機を陸上戦闘気にしよう、と海軍はいいだし、結果、紫電、紫電改となります。結局、生産現場は零戦、雷電、紫電、紫電改つくるというわからんことになり、あげく昭和19年に三菱の主力工場がある名古屋を東南海地震が直撃して大惨事になります。
海軍だけでこれだけのサワギしていますが、貧乏な日本はこのうえ、陸軍の飛行機も作っていました。雷電が作られた背景が、いかにムチャクチャだったかを理解してください。

それで、乗員からは評判がよくありませんでした。これは操縦のしやすかった零戦あがりのパイロットが、操縦特性がまったくちがう雷電を嫌がったからです。また、実際離着陸が難しい飛行機で、特に着陸時に前が見えないという欠陥がありました。現場では、横の窓を見ながら着陸するという工夫をしています。また、操縦席がムダに広い、というヘンな悪評もありました(ガラスから顔が離れるので、見張りがしにくい。かつ、装備していた防弾ガラスの質も悪く透明度が低い。J2の操縦席は宴会ができる、と言われました)。

ただ、南方で油田地帯を防空した部隊は、油田地帯からえられる高品質な油脂を使っていたので、期待値に近い性能を発揮させることができてB17/24/29をよく撃墜しています。

戦後、アメリカがテストしたのですが、この時は好評でした。コクピット広いのはF4/F6/P40/P51も同じですし、振動もアメリカ人の感覚なら、許容範囲だったのです。多少のことは気にしないで、必要なときに戦場にいた飛行機のほうが、勝利に貢献したわけです。

日本の戦闘機は、基本的に繊細なデザインをされており、調子がいい機体に上手が乗って、タイマンだったら、同じ腕のパイロットが乗ったアメリカの戦闘機などこわくはないのです。ただアメリカ側はそれを知っていたので「みんなで殴ればこわくない」を実践し、万が一おとされてもすぐにレスキューがくる、という手際のよさでした。
また、高速の実験ができる風洞が日本には少なく、厳しく見ると、高速域性能を引き出すデザインは、全て失敗しています。
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大直径の火星(1340mm)を使わざるを得なかったのは、みなさんの


とおり。おまけに弾丸型(葉巻型かな)にすれば空気抵抗が減って
性能up!と考えてしまったせいであの格好です。
さらに葉巻型を強調するためにエンジンとプロペラの間に延長軸を
付けてカウル絞ったら、延長軸の振動で大問題。不幸な生い立ち
だったんですね。
でも大戦末期になったら、B29迎撃に使えるのはこれと紫電/紫電改、
疾風と五式戦くらい。で、最後のご奉公。

空冷の傑作戦闘機を色々みると、みんなエンジンカウルが一番太くて
そっから一気に幅絞ってんですよ(Fw190、F8F、シーフェリー、五式戦
など)。葉巻型が抵抗が少ない訳ではなかったんですね。
これがわかっていれば、雷電まったく別の形になり(鍾馗・疾風・五式
のあいのこみたいな)、もっと活躍できたような。

個人的には金星の54か62を積んだ戦闘機がもっとあれば、活躍できた
ような気がしますが。
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全ては、エンジンのせいです。

当時の日本は適当な大きさの大馬力エンジンを作ることができなかったのです。これは航空機用エンジンに限らず全てにおいてそうです。烈風がその典型ですね。胴体の真ん中が絞られるというかなり苦し紛れのスタイルをしています。
高高度を飛行する爆撃機に対して迎撃戦闘機は上昇能力が求められます。そのためにはトルクが太くて大馬力のエンジンが必要です。それで選ばれたのが金星エンジンでしたがこれが設計技師を眩暈させるほど無駄にデカかった。もっと小さいもの作ってくれと頼んだけどこれがちっとも上手くいかない。といって戦争している最中に待ってくれとはいえない。だからああいう形にならざるを得なかったんですね。
本来であれば、米軍機にあるように大馬力と大火力にモノをいわせて一撃離脱戦術を取りたかったのですが、米軍機に比べて相対的にさほど大馬力ともならなかったのと、当時の航空兵で一撃離脱戦法が好まれなかったせいもあって活躍といえるほどの活躍ができたのかはちょっと微妙です。

なお、雷電はムチロリ系だそうです。なんか納得。
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雷電も紫電は特に対爆撃機を意識して作られていますが、対戦闘機用としても期待されて開発されています。


局地戦闘機や乙戦は対爆撃機のウエイトこそ大きいものの決して対爆撃機専用機ではありません。
何かと制約の多い艦戦以上の高速重武装をもって敵機全般を撃墜することを目標としているのです。
それに、ズングリムックリな機体ですがあれは対爆撃機というならP47はどうなるという話になるでしょう。
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>雷電はなぜあんなにズングリしているのでしょうか?


 適当な大馬力エンジンがなく、直径の大きい爆撃機用のエンジン「火星」を使わざるを得なかったためです。また雷電は設計者の堀越氏がとにかく機体形状による抵抗軽減を狙うことにこだわったため、エンジンの最大幅が胴体の最大幅とならざるを得ませんでした。結果ずんぐりむっくりに。この傾向は烈風にも見られます。同じように大直径エンジンを使用したドイツのFW190や陸軍の五式戦なんかはエンジン径よりも胴体幅が小さく、ずんぐりどころかかなりシャープな印象を受けます。

>爆撃機の迎撃に活躍したのでしょうか?
 もともと速度と攻撃力を重視した乙戦として開発されていますので、対爆撃機戦闘が主に想定されていました。それなりに活躍したようですよ。

>紫電改は対戦闘機用で、雷電は対爆撃機で用途が違ったからでしょうか
 紫電改も乙戦ですので、厳密に言えば対戦闘機用という機体ではありません。紫電改の印象が強いのは、紫電改で編成された343航空隊がボロ負けの終戦間際にそれなりの戦果を挙げた(とされる)ため、またその発案者であり司令であった源田実氏が目立つ方であったためではないでしょうか。
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 たしかに撃墜記録が一人で100機を数える(共同も含めてですが)小高登貴上飛曹や上杉庄一、坂井三郎のような、名人クラスのパイロットがごろごろしていました。これに加えてやはり「紫電改」という、新鋭機の存在も大きな要素です。しかしその他にも当時の陸海の飛行隊には発想しえなかった二つの要素が絡んでいます。そして実はこの二つの要素が非常に大きなファクターを占めていたのです。

 それは343空「剣」司令・源田実大佐の存在が大きな役割を果たしていました。優秀なパイロットと戦闘機だけでは現状の戦いには十分ではないことを冷静に分析していた源田司令は「通信」と「偵察(情報)」の二つに、部隊編制以上の労力を注ぎ込んだのです。

 通信は地上のレーダーと見張り所を含めての、トータル的な通信網として整備されました。空中の戦闘機部隊と地上との連絡はもちろん、各飛行隊同士、さらには飛行隊内の各僚機同士の連絡を可能な限りスムーズにしたのです。これは背後に目の届かない航空機にとっては非常に大きなメリットとなり、撃墜率はもちろんのこと生存率の大幅な向上にも繋がりました。

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 さらに源田司令は「偵察(情報)」にも力を入れています。当時日本へ航空機攻撃を仕掛ける米軍機は艦載機が主力を占めていたことを見た源田司令は、地上からの能力の低いレーダーが敵機を発見して飛び上がっても優位な位置を取ることは難しいことを考え、敵機動部隊の直前まで偵察機を飛ばすことによって敵の動きを監視し、日本本土への攻撃の徴候を発見次第連絡をすることによって、343空の戦闘機を余裕を持って迎撃態勢に付かせるようにしたのです。

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 紫電改は343空が唯一の配備部隊と言われていますが、それ以前に実戦部隊への配備として(実際には試験的な意味合いがありました)、横空(横須賀海軍航空隊)と空技廠(海軍航空技術飛行実験部)に零戦・雷電との混成部隊として若干数ですが配備されていた時期がありました。
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 水冷エンジンについては工業力が追いついていないのを無理して使ったというのが一般的ですが、ただ単に今までの日本機のほとんどが空冷エンジンであったため整備員が不慣れであったと言う話も聞きます。同じく水冷エンジンの彗星を装備した芙蓉部隊は整備員の努力により高い稼働率を維持していました。
 
 B29の迎撃に必要な性能は高高度での飛行性能、速度、高い上昇力、加速性、火力など格闘戦性能より一撃離脱に適した機体が良かったと思います。

普通に考えたら陸軍の三式戦飛燕だと思います。
 
 飛燕は稼働率も低く、不慣れな水冷エンジンのためもてる性能を発揮できず、速度では一式戦より速いですが格闘戦では一式戦の方が優れているため、米軍のパイロットから見ると一式戦の方が三式戦より手強い相手だったそうです。初の三式戦装備の68、78両戦隊はニューギニアでほぼ全滅で解隊するというかなり厳しい戦歴でした。
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