プロが教えるわが家の防犯対策術!

野球観るのが好きで好きなチームは98年から横浜ベイスターズなんですが、最近ふと思ったのがよく他のチームの監督ってOBの方がしてたりしてますが、横浜って今までどんなOBの方が監督してたのかなぁと、何せ昔活躍してた選手とかはほとんど知らず(自分が生まれてないので) なので昔はどんなチームだったのかも込みで教えていただきたいです。お願いします

A 回答 (3件)

OB監督が少ない最大の理由は、失礼ながら「弱かった」


ことでしょう。

球団がチームを編成する上で、どうしても「強いチーム
を知る人」を監督・コーチに招きたくなるのだと思います。

横浜ベイスターズ(大洋ホエールズ)は、名将三原脩監督
が率いた1960年の優勝以降低迷を続け、1998年の優勝は
38年ぶりでした。
そこで他チームで監督・コーチとして実績のあった人を
監督として招聘する例が多くあります。

近藤貞雄、古葉竹識、須藤豊、権藤博、森祇晶などがそう
ですね。
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この回答へのお礼

なるほど! すごく納得しました! 数々のご返答ありがとうございました。

お礼日時:2010/06/15 12:19

No.1です。



他のチームに比べるとOB監督は少ないです。

OB監督が多いチームで真っ先に思い浮かぶのは巨人。
遡ると、原-堀内-長嶋-藤田-王-川上(重複除く)・・・と
全員がOBです。

阪神は近年星野、野村両監督のイメージが強いですが、他は
真弓-岡田-吉田-藤田-中村-村山とOBが並びます。

今年開幕時点での監督でOBでないのは横浜以外に
高田(ヤクルト)梨田(日ハム)ブラウン(楽天)の3人だけです。
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この回答へのお礼

続けての返答ありがとうございます!なるほど、しかしなぜ他のチームに比べると少ないのでしょうか? 在籍したチームにそんなに思い入れとかないですかね?

お礼日時:2010/06/12 15:01

とりあえず、遡るかたちで3人ほど。



山下大輔(2003~2004年)

1973年に慶大からドラフト1位で指名され、実働14年間で
ダイヤモンドグラブ賞(現在のゴールデングラブ賞)を
8度受賞した名遊撃手でした。
監督としては残念ながら2年連続最下位に終わっています。

近藤昭仁(1993~1995年)

早大から1960年に入団。
主に2番セカンドとして1960年代の大洋を主力として支えました。
1962年から4年連続でリーグ最多犠打を記録しています。
監督時代は3年連続Bクラスでしたが、1995年は66勝64敗で、
チームとしては12年ぶりの勝率5割に到達しています。

江尻亮(1992年)

早大のエースとして活躍し、1965年に入団。1967年外野手転向。
ベストナインを2度受賞するなど主力として活躍したものの、
1977年に頭部に死球を受け、36時間にも及ぶ昏睡状態に陥りました。
結果、これが選手生命を縮めることになり、2年後に引退。
しかし、死球を受けた加藤初投手(巨人)から、1978年に現役最後の
ホームランを代打で打っています。
シーズン途中の5月に辞任した須藤豊に代わり監督就任。
就任後は勝率5割を残しました。
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この回答へのお礼

詳しく教えていただきありがとうございました! とりあえず、近年の監督で挙がるのがこの三人なんですね、多分これより前にもOBの監督っていると思うのですが、横浜って他のチームに比べてOBの監督が指揮をとるのって多いのですか?

お礼日時:2010/06/11 12:28

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