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十九世紀フランスの詩人シャルル=ピエール・ボードレール(1821-1867)の魅力はどこにあるか?「ゆるい文学談義」をしようではないか?というのが、この設問の趣旨です。

日仏問わずボードレールに捧げられたオマージュは数知れず、影響力は図りしれません。しかし『悪の華』第二版を通読してみると、それが厳密に構成されたものであるという指摘はあるものの、テーマが多岐に及んでいて、彼に対するイメージは力点を置く詩で変わるように思います。
・恋愛の詩人
・メランコリックな詩人
・サディスティックな詩人
・宗教的な詩人
・魔術的な詩人
・政治的抵抗の詩人
・貧者の側に立つ詩人
・ダンディズムの詩人
・芸術至上主義の詩人
などなど、あるといえるでしょう。
上記で書きつくせないほど、切り口によってボードレールの印象は大きく変わるはずだと思います。しかも、それぞれの要素は反目し合うこともあります。一例をあげれば、思いやりのある恋愛詩を書いたかと思えば、サディスティックな側面をのぞかせるなどです。読者の期待を唐突に裏切るという矛盾した言葉を彼の詩集は総体として抱えていると言えます。

ボードレールという作者に対する矛盾したイメージを統合して整合性をつけ、何が正当であるかと議論することは、この質問の趣旨ではありません。むしろ多様性を認めた上で、個人的かつ主観的な読書体験として、ボードレール作品が魅力的であるといい得る見地を、楽しみとして語ろうというのが、設問の趣旨です。これは趣味に属する類の設問なので、意見を戦わせるというより、文学談義を希望しています。

ボードレール作品で議論するテクストに制限は設けません。韻文詩のみならず、散文詩、日記、評論、書簡を含めてください。引用してくだされば議論が具体的になってありがたいですが、日本語でも仏語でもよいです。
個人的な感想、分析をお待ちします。

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A 回答 (89件中21~30件)

私は偶々西洋文化の権化みたいな物理学を生業にしたこと、更に30年近くアメリカとベルギーを半々ぐらいに行ったり来たりする生活をしたという幸運で、日本のことに人一倍興味を持てるようになったのではないかと思っています。

ただし誤解のないように。合計すると十数年ベルギーで生活したのですが、一切フランス語もフラマン語も話せなくてもこの国で生活できる具体的な例として、何時も研究所で出されるのが私です。そこまで徹底すると私の自慢にすらなっております。まあ、ヨーロッパの小国の利点で、殆どのベルギー人には英語か通じますので。

>こうしたフランス的な「ささやかな文化の楽しみ」は日本には逆にないことなのではないでしょうか。実際、石川啄木の抒情的な詩句や、与謝野晶子の恍惚とした恋愛の句を刻んだアクセサリーなど見たことが無いですから。

有るかないかと聞くのでしたら、有りますよ。和菓子の梱包に時々和歌や俳句が書いてあります。また、地方のお土産屋さんに行くと、その土地に縁のある歌人や俳人の作品を壁掛けに書き込んだり、キーフォルダーに書き込んだりした物を見掛けたことがあります。湯飲みなんかにも書いてありますね。私が実際見たわけではありませんが、もし私は啄木に縁のある観光地のお土産屋さんだったら、彼の良く知られた詩の一節を書き込んだお土産を当然作って商売すると思います。

ただ、それがどれだけ一般の人たちの日常生活の中に入り込んでいるかと言う問題なのでしょうね。実は、日本でも昔はそんなことが幾らでもあったのではないかと思っております。しかし、偶然の歴史的な経緯で、最近はそれがどんどん消えて来てしまったのではないか。先ずそのことを考えるには、例えば明治維新前後の日本人の識字率がフランス人よりも桁違いに高かったと言う事実を認識しておく必要があると思います。今と比べて字を読める人が少なかったとはいえ、鎌倉時代の慈円によう歴史書『愚管抄』は一般向けにカタカナで書かれており、またその後の戦国時代でも、その当時のポルトガル人が感心するぐらい日本の農民の知的程度は高かったようです。そして、例えば戦国時代に日本中で連歌が持て囃され、連歌師という商売まで出来ており、さらに二条良基による『連理秘抄』や『筑波問答』などの連歌のハウツーもの出ています。その連歌を見ていると、結構それ以前の戦記物や平安の歌物語などを踏まえつつ、当意即妙に歌が流れて行く。江戸町人の間で流行ったあの膨大な柳多留の川柳の多くも、数ある戦記物や物語を理解していないと笑えない作品が一杯有る。歌舞伎だって多くが戦記物を読んでおかないと面白さが半分になってします。

今から考えると、その頃の人達のそれ以前の古典に対する一般常識は驚く程ですが、考えてみたら何の不思議もないようです。当時の西洋人と比べて一般庶民の知的レベルが高い所に持って来て、娯楽が今と比べて桁違いに少なかった。だから、当時の人達に取っては戦記物や物語、さらに、連歌で遊ぶのが唯一の楽しみだったのですね。その証拠に、私の母が大正初期に栃木の山奥のまたその奥の電気も来ない村で育ち、13歳になって始めて汽車と海を見たそうです。学校も尋常高等小学校だけ、今の中学2年生ぐらい止まりです。その彼女は、百人一首を全て空で暗記しておりました。それどころか、我々子供達が正月に百人一首で遊んでいると、彼女は真面目な顔をして、突然、

八重むぐら茂れる宿の垣もみじ 一枝ちょうだいあっかんべろりん

や、

百敷や古けて破けてけつが出て 朝の寒さにおちんこ縮まる

なんて唱え出し、皆でずっこけたことが楽しい思い出になっています。娯楽の少なさが、こんな山奥の娘まで教養を押し上げていたようです。江戸時代に仮令文盲であっても、寄席や講談で古典の触りを聞く楽しみがあった。さらに、寺子屋では、男の子用には貞永式目や徒然草、女の子用には伊勢物語などが教科書に使われていたと聞いたことがあります。だから、庶民の日常会話の中にも日本の古典が今よりももっと頻繁に顔を出して、喜怒哀楽が表現されていたようです。

つづく
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口付け、接吻とまあ、日本人も自分に合った言葉を探って来たようですが、口吸いと言った頃もあったんですね。

安心して下さい、まだ湯の気に逆上せあがってはいませんのでどっぷり湯に浸かっていられますよ。特に寒い冬なんざ、体は暖ったまっても、頭が冷えているから長湯ができる。

あたしゃアメリカに渡ってあの大平原を車で走ってって、流行歌は良く出来たもんだと悟っちまったんだね。あんなだだっ広い所で演歌なんてまるで場違いだ。やっぱ、2拍子の陽気なカントリー・アンド・ウエスタンじゃなきゃ遣ってらんない。その反対が日本のあの湿った青々とした山の風景だね。そこじゃ今度は演歌がぴったりだ。なのに最近の若い連中の流行歌と来たら、日本の景色がないね。あんたの紹介してくれた歌を聴いていたら、歌唱力はかわい子ちゃんスターと比べて抜群なんだが、あたしには鼻のつく何語だか解んないような発音の日本語を話している。そして、あの濡れた景色が出て来ない。今の若い連中は、ITだデジタルだの虜になっちまって、自分の周りの人間ばかり見ていて、もう一寸先にある風景を見ることを忘れてまっているのかな。古い奴だとお笑いでしょうが、あたしの好きな数ある演歌の中でも、



がいいね。

だが、三番の歌詞に「死ぬ」なんて奇を衒った刺激用語が出ているのは、この曲あたりからマスコミの下品脳刺激作戦が始ったんですかね。あたしにとっては、

http://www.youtube.com/watch?v=eV1BUoD5F0A&featu …

の方が、よっぽど上品で好きなんだが、世間では「天城越え」の方が人気があるらしい。昔は女性のくるぶしを見ただけで若い男性は感激できたもんだ。今じゃ「殺ろす」って言わなくちゃ解んないらしい。マスコミのお陰で想像力が摩滅しちまったんだね。だから今の若い連中には世界は随分小さくなっちまったんじゃないかと、同情して居る。

 入れておくれよかゆくてならぬ 私ひとりが蚊帳の外

てなことはしないから、リトルキッスさんも何時でも入っておいで。
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成る程「白鳥」は私にとっての自由詩の入り口に成るかもしれない気にも成って来ました。

本来、詩とは言葉の組み合わせの絶妙さを理解できなくては、その面白さの大半が欠落してしまう物なのでしょうから、この詩を味わうにはフランス語をこなし切らなくては成らないのでしょうね。翻訳詩の難しさと言うか、翻訳じゃ無理だと言う宿命なのかもしれません。そうなると、やはり言葉でなく内容で勝負しなくてな成らなくなる。だから、私には自由詩の抒情に何の魅力も感じなかったようです。抒情の表現なら、日本語の自由詩は韻文詩の足下にも及ばないと私は感じて来ました。また、内容で勝負なら、散文に叶う筈がない。私が若い頃叙事詩なら楽しめたのも、その内容の面白さからでした。

アンドロマケー、懐かしい名前です。昔ホメロスやエウリーピデースを読んで夢中になっていた頃を思い出しました。見当違いかもしれませんが、白鳥が出てくればレダも思い出しました。だから、ヘレネであり、トロイ戦争であり、そしてまたアンドロマケーにと堂々巡りで踊っているようです。しかし、40歳過ぎた頃から、西洋はもう良い、日本はどうなんだと日本の古典物に触手が移動仕始めて、その圧倒される面白さに、貴方に思い出させてもらうまで、アンドロマケーのことはすっかり忘れていました。

貴方の言うこの詩の面白さとは、どうやら表現された内容の裏に奥深い知識が隠されていなくては成らないと言っているようですね。作品が読者を選ぶとはそのことなのかなとも思いました。この作品を味合うにはギリシャの古典に親しんでおかなくては成らない。また、ルーブルの経緯やフランス革命の挫折も知らなくては成らない。そして、それをわざと隠して、その謎を解いた読者を「成る程、これが隠れているんだ。その謎を解けた私って頭が良いんだな」ってくすぐる仕掛けを作っておかなくては成らない。そう言う意味で詩ってえのは、良い意味での教養で自分を鍛えようとしている人の虚栄心をくすぐる絶好のおもちゃなんですね。

アンドロマケーの話は何か平家物語の建礼門院の六道の描写に重なります。だから、私は私なりにこの「白鳥」の作品を読んでみて、更に貴方の解説を聞いてみて「やはり私って教養がある在るんだ」とくすぐられました。和歌でも狂歌でも俳句でも川柳でも皆、そんな共通した娯楽の側面がありますね。

そう言う意味で、学問の論文を書く場合の基本的な態度とは正反対の所を行っている。論文の論文たる所以は、その表現の透明性に在りますね。自分の主張を隠すのではなく、誤解されないように明から様に表現し切る。勿論、論文でも、ここと言った最も強調すべき所に来たら、言葉の持っているあらゆる技巧を駆使してその部分を相手に強烈に印象づけるための工夫も必要でしょう。しかし、そんな技巧が功を奏するためには、その技巧は本質を表現する所に来るまで我慢して取っておかなくては成らない。ところが、詩ではそんな技巧ばかりで成り立っているような節がありそうですね。だから、その謎解きで一生恍惚と出来る方がいるのかもしれませんね。


もう一つ、お遊びと承知で自由詩に難癖をつけてみます。前にも書きましたが、日本の韻文詩はその短さいという敷居の低さ故に、他人の作品を鑑賞するよりも、自分でその創作活動に参加するところにも多大な娯楽が在るように思える。例えば、その入り口としては本歌取りのパロディー化で遊ぶことができる。だから、余計のめり込んで行ける。また、韻文故に日本人としてその言葉の緊張感をトコトン押し込んで行ける。読者でいるのと、作者として創作の営みに参加しているのとでは、楽しみ方に雲泥の差がある。しかし、こんな長い自由詩じゃ、その長さと言い、文語でない言葉の軽さが邪魔をして、パロディーを創るなんて素人には出来そうも無い。だから、ボードレールを語るのに、

 一つ捕り二つ捕り手は焼いて食う 鶉なくなる深草の里

なんてたった一句じゃ駄目なんで、彼の作品の何倍もの量の解説がいるんでしょうね。

豪猪だかアザミだか知らないが、相変わらずの私の身に纏った刺が相手を不愉快にさせないうちに、詩の楽しみ方の一旦を教えてくれたことについて、ここでお礼を言って置きましょう。

この回答への補足


さて、後半はおっしゃることに半分賛成、半分反対というところです。

>前にも書きましたが、日本の韻文詩はその短さいという敷居の低さ故に、他人の作品を鑑賞するより も、自分でその創作活動に参加するところにも多大な娯楽が在るように思える。

賛成というのは、王道のパロディーの難しさです。素人がプロのようなものをあっさり作りうる敷居の低さという点では、和歌や俳句に利があります。高校生でも一週間頭を絞れば、斬新ではなかったとしても、模造品らしいものは出来ます。しかし「白鳥」でこれをやろうと思ったら、並大抵のことではありません。プロでなければできないでしょう。
しかし、全員がプロである必要はありません。たとえば「白鳥」、フランス人は部分的に暗唱しているのです。ボードレールの詩の中で、引用箇所が最も多い箇所が含まれています。「古いパリはもう無くなった(都市の形態の/すみやかに変わることは、ああ、人の心の変わるよりも早い!)」という箇所です。
フランスでは気に入った一か所だけを覚えていて、文脈は違うけれども、サラっと言ってみせるということが頻繁に行われているのです。一例をあげましょう。たとえばボードレールの詩句の一節を刻み込んだアクセサリーです。
http://www.hpfrance.com/serge_catalog/collection …
上の装飾具には、次のように彫られています。「違う場所で、ここから遥か遠く! もうおそい! おそらくはもう決して!」引用箇所だけ読むと、何のことかわかりません。しかしこの言葉はまさにボードレールの詩句だったわけです。デザイナーは何も断らずに、ただ刻んでおいたものと見えます。日本の販売サイトにも解説が書いていませんから。ただ三万円くらいする装飾具を購入できる人なら文化人でしょうから、知っていて当然というのがデザイナーの主張であり、消費者の自尊心をくすぐっていると、私には思えます。もっともこの装身具、私はOkWaveの質問欄で偶然知ることとなったのですが。以下には私の解説もついていますので、よかったらどうぞ。
http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa6369123.html

こうしたフランス的な文化の楽しみ方は、ピエール・バイヤールという人が皮肉をこめて、うまくまとめています。『読んでいない本について堂々と語る方法』というものです。怪しいハウツー本のようですが、これはバイヤール教授の冗談なのでしょうし、フランス人が抱いている強迫観念をズバリまとめています。『失われた時を求めて』や『源氏物語』を全員が読んでいるわけではないが、自分が読んだ箇所だけ挙げて、さらっと語ってみせることが求められているのであり、それが非難されるべき「知ったかぶり」ではないわけですから(『源氏物語』に言及できるというのが今やフランス人のステータスです)。
バイヤールの理論によれば、これは自分のとるスタンスと相手の期待を調節することに重点があるのだそうです。文献学者として発言を期待されているのなら、四角四面な話をせねばなりません。詩人として発言するなら、アッと度肝を抜くようなパロディーを作らないと、少々寂しいでしょう。しかし分相応にやればいいことです。文化的な気分に浸りたい恋人の気持ちを満たすだけなら、ボードレールの詩句をサラッと暗唱して愛を告げるのでいいでしょう(つまり上のアクセサリーが有効でしょう)。ここで「ボードレールの詩句は1861年頃に書かれたと言われ…云々」と蘊蓄をたれ始めたら、逆に恋も冷めかねないというものです。「私はこの詩、ちょっといいなと思っていたの」くらいで、可愛くまとめた方が粋であると言えます。
さて、ここで私は猪突先生にきりかえしてみようと思うのですが、こうしたフランス的な「ささやかな文化の楽しみ」は日本には逆にないことなのではないでしょうか。実際、石川啄木の抒情的な詩句や、与謝野晶子の恍惚とした恋愛の句を刻んだアクセサリーなど見たことが無いですから。私からいえば、日本の詩句がもっと日常生活で引用され、俳句の会などの限定ものにならず、贈り物のアクセサリーに刻まれるようになれば、複雑な西洋詩の楽しみ方も自ずと類推できるに違いない――と感じはするのです。紙幅が足りないので要点だけをまとめたら大上段な言葉になってしまいますが、「西洋詩の文化を理解するには、日本人が日本の詩に対する接し方をもう一度見つめ直す必要がある」と思えるのです。いかがでしょうか。

補足日時:2010/12/28 13:38
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この回答へのお礼


ご感想、どうもありがとうございます。いつにもましてご慧眼に感嘆しつつ読みました。アンドロマケー以降のレダの一族から白鳥への発想の飛躍、見事な解読力です。そしてお分かりのようにトロイの一族は、ヴェルギリウスの『アエネーイス』において敗残者を結集し、ギリシアよりもさらに強大な力をもつイタリアの基礎を築いたという伝説があります。語り手が「敗残者」らの結束を夢想するのは、そんな暗示もあるといってよいでしょう。
――こうやってどんどん遊びの要素を広げていくことができます。端的にまとめておられるように、西洋詩には仕掛けられたパズルを解読する楽しみもあるのです。これを西洋の詩と日本の詩の比較という形で、要点をまとめれば以下の通りでしょう。
・西洋の詩は技巧的なものであること。
・その技巧は専門的教育を受けたものでないと理解できないこと。
・素人が簡単に本歌取りできるものではないこと。
従って楽しみ方もやや作法に則ったものになりはするのです。読者の知的埋蔵をいかんなく発揮させてくれる詩が、読者の食指を動かすとはいえるのです。「白鳥」にはこうしたカラクリが、まだまだあり、仏語で理解すれば、さらに十二韻律詩における音の遊びが増えるのです。

これを「おもちゃ」というのは、まさに的をえた表現です。ボードレールも玩具をテーマとした詩を残していることを考えれば、実際、彼も怒りはしない表現でしょう。また何より「人工楽園」を構想した人です。自分の部屋に心地よいものをもってきて、さぁ引きこもろうというわけであって、彼は言語によって人工的な自然を構築することを夢想したのではないかと言えます。それも広い意味では玩具でしょう。
詩という玩具をガラクタにせず、遊んでみせるというのが、まずは研究者のやって見せるデモンストレーションであると言えます。詩が遊ぶことができず、さながらやり古したゲームでもやるように億劫になってきたら、その詩は寿命を終えたということかもしれません。ゲームである詩がポーカーのように、いくらやっても飽きないという要素をもっていて欲しいものです。

最低限ゲームのルールがわからないと、玩具は遊べません。このルールを示すのが研究者の役割とは言えそうです。研究者は一応、プロではありますから、部屋では辞書や参照文献を積み上げて頭を抱えていても、いざデモンストレーションをするとなると苦労は忘れ、遊びの先鞭をつけては見せるのです。これのうまい下手は、やはり経験にかかっているようです。ちょっと難しい詩が来ると、うまく説明できないということは容易に起こりえます。あるいは徹底的に説明し過ぎてしまい、もう遊ぶ気を無くさせるということが起きます。しかしもっともよい研究者とは、新たに遊ぶ法則を発見し、詩に新たな命を吹き込む人なのです。ここに物理学者的想像力があると言っても、お怒りにはならないでしょう。ただ人工物を相手にしているという意味で、文学研究者は最初、玩具の販売員といってもよろしいかもしれませんが。

ただ「遊び」がすべてかというと、それはもちろん違います。楽しみとして読むということと学問は違うわけです。こうしたことを書かざるを得ないのは、過去の質問欄で、「文学研究に社会的意義など無いからカルチャースクールでやるように」などという趣旨の質問があり、それが一般的な認識かもしれないと感じたところがあるからです。
http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa2226188.html
この質問欄はどこかの大学教授(経済学?)が紀要論文の査読に耐えかねて、個人的な問いをぶつけているわけですが、応答した文学系の大学院生がほとんどまともに答えられていなかったということがありました。果敢に応答したのはいいが、どうも遊びと研究が一緒くたになっているから歯切れが悪いのだとは思ったのです。なるほど入り口は遊びに近いものだが、その奥に入ると、文学を通じて文化とは何かという問いが控えています。それは文化の進化の系統(つまり文学史)を描いて見せた上で、我々の文化の向かう先を模索するということであり、遊びの要素を抜けて社会的に貢献できることもありはするのです。

お礼日時:2010/12/28 13:22

#65からの続き。



文献学に関して私が思いついたのは、柳田國男の批判でした。その批判は人の振る舞いの分析に関しての歴史学に対する批判でしたので、それがどれだけ貴方の分野の学問に対する批判に成っているかは見当がつきませんが、それでもそれが引っ掛かったのでそれに付いて触れてみます。柳田の批判は、「そもそも文献に残されたことは、その当時の人達から見て自明のことではなく、全く驚きのことが残されて来たと言う場合が圧倒的に多い筈である」と言うものです。だから、その当時の人達の生活様式や思想を知りたいのなら、文献は参考には成るが、それだけに頼っていては駄目だ。ところが、その当時の自明なことはだれも書物には残さないので、人々は後になって忘れ去ってしまう。しかし、それを掘り起こさなくては、我々がどこから来てどこに行くかが理解できないだろう。ではそれをどう掘り起こすか。仕方がないから、現在に残されている言語や生活様態や思考形態の中から、考古学者がやるようにその残骸を探し出し、過去の歴史文献を参考にしながら、その残骸に合理的な相関を見付け出して行く。それが民俗学の役割だ、と主張していました。まっ、貴方の分野の方法論としてどれだけ参考になるは知りませんが、面白い意見だと思いました。



>伝承と創造の問題は、大きなテーマを引き受けられるか

に関しても、連想ゲーム的に触れてみます。物理学では古典力学の王道と呼ばれる問題が有ります。それは天体の三体問題と呼ばれているものです。例えば、太陽と地球と月が互いに影響を及ぼし合っている場合などの問題です。あるいは、地球から月に送り込まれた宇宙船の運動も、典型的な三体問題です。量子力学を含めて現在使われている力学の重要な概念の大多数が、この三体問題を解くために導入されて来ましたので、この問題は力学の父とも呼ばれております。最近では、複雑系の問題で有名なカオスの理論も、この三体問題から出て来たのです。

実は、私はこの問題の第一人者であった、故ビクター・ゼバヘリーと言う方を個人的に知っておりました。彼が食事の時に話してくれたことが、この「大きなテーマ」とは何かと言うことに関係があります。未だ彼が若かった頃、ある世界的に著名な先生と昼食をしたことがあったそうです。その先生曰く、
「お若いの、有名に成りたいか。だったら、その方法を教えてあげよう。それには、貴方の興味のある分野のなかで、最も有名で最も難しい問題をテーマに選びなさい。それを貴方は解決する必要は勿論ない。しかし、その問題に関して、どんなに小さな寄与でも良いから、決定的な寄与をしなさい。それで、貴方はもう世界的に有名だ」
これは本当のことなんですね。有名な問題は難しいから有名なんで、殆どの学者さん達はその難しさに尻込みをして、その問題を勉強しようとすらしない。だから、どんなに小さな寄与でも、それをした人は、既にその他の学者さん達よりも先を行ったことになる。だから、ゼバヘリー先生は三体問題を自分のテーマに選んだそうです。そして、ほんの小さな寄与をした。だから、彼はその問題の第一人者と呼ばれるようになったのです。

こんな仕方で寄与が出来るのは理系だからなんでしょうか。文系ではそうは行かないのでしょうか。賽子さんのご意見を聞きたい所です。


余談ついでに、蛇足も付け加えておきます。賽子さんはご自分の主張を書く時に大変謙虚な態度で居られる。たとえば「ボードレール研究だけで例を列挙しても手前味噌なのでやめますが、、、」なんてのや、「最高峰をということですが、私がお答えしていいものかどうか迷うところです。」なんて表現にそれが出ている。私は、学者の本能としてその方のオリジナルな意見だけに価値を見出しております。勿論、一般的な知識としてそれを教えて下さるのは有り難いことです。しかし、その人がどんなに勉強をして偉い人の論説を鸚鵡返しに言えるようになったとしても、そんな物は、その元の偉い人の物を読めば良いので、私にはそれは知識が増えたと言うだけ以上には興味がありません。私が聞きたいのは、その人の中から出て来た見解なのです。勿論、その見解は先人の意見と同じものであることが圧倒的に多いかも知れません。しかしそれでも、それに同意できたと言うことは、その人はその先人の意見に共鳴できたと言うことです。私は、共鳴できた意見はその人の物となったオリジナルな意見と同じであると解釈して居ります。ですから、どんどん貴方の見解を述べて下さい。

この回答への補足


「白鳥」は抒情的な作品がお好きならば、呼びかけの力強さだけで、読めてしまうものです。ただ中身が何かといわれると、随分と奇妙なものです。状況を大まかに説明すると、最初に「私」はルーヴル美術館前のカルーゼル広場に立っています。どうも彼は何かの失意に落ち込んでいるようです。しかし彼自身に関する情報は伏せられたまま、冒頭が開始されます。本来説明するべきことは後半のセクションになるまで、説明されていないのです。
「アンドロマケー」というのは、古代の女王で、詩で説明されているようにトロイ戦争で敗北し、夫はアキレスに殺され、アキレスは死ぬのでその息子の奴隷にされてしまった王妃です。なぜ唐突にアンドロマケーなのか。ただしそれは説明されません。もちろん読者はアンドロマケーくらい知っていますが、なぜパリの真ん中でトロイの話になるのかは知らされないままです。
しかしこの連想がきっかけとなって、話者は自らの悲しみに気がつくことになります。それは古いカルーゼル街が広場からなくなったことです。カルーゼル広場の取り壊しについては、当時の歴史を補足しなければなりませんが、1848年の革命でこの広場はレジスタンスの拠点でした。場所はパリの中央に位置し、地理的にも重要だったのでしょう。しかし革命失敗後、カルーゼル街は取り壊されます。理由はパリの交通の便を良くするためだとか、公衆衛生のため、ルーヴル美術館拡張のためなど、諸説あるのです。ただ、レジスタンスの拠点であった場所だというのが大きな理由ではあるでしょう。そこでボードレールはカルーゼル街を戦争で消滅したトロイに喩えたのだと思います。彼自身は若い頃には革命に参加したのでした。
無念や過去への郷愁を心の中で感じつつ、抑えたまま過ごしていた一市民が、ワッとそれを自分の心の中の大きな問題として気付くに至ったというところがポイントでしょうか。そして「私」が抱えているということは、翻って、他の人々も感じているはずだという意味で、敗残の者たちの団結を促す形で締めくくられます。

面白いのはテーマではなく、描いた手法です。通例は語り手が考えを整理してから詩が開始されます。ボードレールもそれくらいできたでしょう。しかしここではむしろ、語り手が考えを整理して行く過程を公開したところに眼目があるというべきでしょう。これは考えが成熟せずにこの形になったのではなく、作為的にそれをやって見せているのです。これはユゴーに宛てた書簡で、彼が書いていることです。また『現代生活の画家』では画家が自らの認識を素早くカンバスに転写する妙技が重視されていますが、絵画と詩は違いますが、私は画家について論じた技巧が「白鳥」の技巧に重なりあうものだと思います。そこで「白鳥」はボードレール後期の到達点の一つなのです。
こうした意識を描く手法は、後々、ジョイスやプルースト、あるいはシュルレアリスムの作家らによってさらに先鋭化されることになっていきます。その意味でも進化系統の、重要な一点であるといえるでしょう。ボードレールのアンドロマケーは、プルーストの『失われた時を求めて』でいえば、マドレーヌを紅茶に浸して口に運ぶというしぐさと共通します。些細なことが、唐突に思い出を鮮烈に蘇らせるというのですから。
加えて私が「白鳥」という詩を美しいと感じるのは、それが決断をする人の姿を描いているからです。小説でも映画でも、ハイライトは人が何かを自覚して決意する姿にあるのではないでしょうか。プルーストの穏やかな追想も優雅ですが、それとはまた違う、強さがここにはあります。それを手短にまとめたこの描き方は称賛に値すると考えるのです。お気に召せばいいのですが。

補足日時:2010/12/26 13:16
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この回答へのお礼



「白鳥」
ヴィクトル・ユゴーに

I
アンドロマケーよ、私はあなたを思う! あの小さな河、
寡婦となったあなたの苦悩の、量り知れぬ威厳を
かがやかに映した、あわれ、みじめな鏡、
あなたの涙で嵩を増したあの偽のシモイス河は、

私が新しいカルーゼル広場を横切りつつあった時、
突然、私の豊饒な記憶に、産みの力を与えてくれた。
古いパリはもう無くなった(都市の形態の
すみやかに変わることは、ああ! 人の心も及ばぬほど)。

今は精神のうちに見るばかりだ、あの仮小屋の群も、
積み上げられていた、粗ごしらえの柱頭や、円柱も、
雑草も、溜り水が青緑色に染めた大きな石塊も、
また、ガラス窓に光っていた、雑然たる骨董品も。

そこにいつぞや、動物の見世物小屋が掛かっていた。
そこに私は見たのだ、ある朝、冷たく明るい
窓の下で、〈労働〉が目を覚まし、道路清掃の車が
沈黙した空気の中に、陰鬱な旋風を起こす時刻、

折から逃げ出して来た一羽の白鳥が、
水かきのついた足で、渇いた敷石をこすりながら、
でこぼこの地面の上に白い羽衣を引き摺ってゆく姿を。
水のない路傍の小溝のそばで、鳥は嘴をひらき、

いらただしげに、両の翼を塵埃の中に浴みさせ、
心は故郷の美しい湖に満たされて、言うのだった――
「水よ、いつお前は雨と降るのだ? いつ轟くのだ、雷よ?」と。
私は見る、奇怪で宿命的な神話である、この不幸な者が、

時おり空の方へ、オウィディウスの歌った人間さながら、
皮肉をたたえて残酷なまでに青い空の方へと、
あたかも神に避難の数々をさしつけるかのごとく、
痙攣する頸の上に、渇望にみちた頭を伸ばす姿を!

II
パリは変わる! だが私の愁いの中では、何ものも
動きはしなかった! 新しい宮殿、組まれた足場、石材、
古い場末の町々、すべてが私にとっては寓意となり、
私のなつかしい思い出の数々は、岩よりも重い。

それゆえこのルーヴルの前で、一つのイメージが私の胸を痛めつける――
私はわが大いなる白鳥を思う、狂気じみた身振りをして、
流謫の身の人間たちのように、滑稽でしかも気高く、
絶え間ない望みに苛まれる姿を! 次にはあなたを思う、

アンドロマケーよ、偉大な夫の腕の中から、
卑しい家畜よろしく、尊大なピュロスの手に落ち、
空ろな墓のかたわらで、恍惚にひれ伏すあなたを。
ヘクトールの寡婦よ、やんぬるかな! ヘレノスの妻よ!

痩せさらばえた肺病病みの黒人女を、私は思う、
泥濘の中に足踏みし、眼を血走らせて、
華麗なるアフリカの樹木、ここにはない椰子の木々を、
霧のつくる涯しない城壁の背後に、探し求めるその姿を。

私は思う、誰にもあれ、決して、二度とふたたび、
見出されぬものを失った人々を! 涙に咽喉を潤し、
優しい牝狼の胸とばかり、〈苦悩〉の乳を吸う人々を!
花のように萎れていゆく、痩せた孤児たちを!

そのように、私の精神の流されてある森の中で、
年老いた〈思い出〉が、息の限りに角笛を吹き鳴らす!
私は思う、どこかの島に忘れられた水夫たちを、
囚われの者たち、敗残の者たちを!……そのほか多くの人々を。

(阿部良雄訳、ちくま文庫、p. 195-199)

お礼日時:2010/12/26 12:59

こちらはそちらの半日遅れでクリスマスです。

お目出度うございます。クリスマスは本来は冬至の祝い、4月8日の灌仏会は元は神道の花の祭、2月11日の建国記念日は居もしなかった神武天皇の即位の日、どれもこれも人間の頭の中の出来事があの巨大なサン・ピエトロ大聖堂や奈良の大仏殿や神武天皇陵を創って来ましたね。私たちは世界を頭の中で創り上げている。やーこんな目出度いことはありませんね。貴方が喝破した如く、我々の世界は「在る」わけではなく、巨大なゆく河の流れなの中の一過性の流れの断片なのだと思います。

私は今まで文系の方との遣り取りをしたことがないので、貴重な経験をさせて頂いております。私は理論屋ですので、実験屋さんと比べると装置に拘束されることがない分だけ、自分の興味を持ったことは何でも研究対象に出来ます。

自分で書いていても気になっていたのですが、我々の分野では、独創的で且つ有意義な結果を出せるようになるために系統発生を個体発生内で繰り返すには、その自分の選んだ分野で高々十編か二十編の歴史的な論文を咀嚼すれば良い。勿論それを始める前に、大学教育などで、物理学全般の基礎知識は付けておかなくては成りません。しかし、その後いよいよ自分の専門分野を決めた後では、その程度の数の論文を咀嚼でき、しかも流行は追わないと言う覚悟さえ出来れば、その後は運がよければたとえ並な能力でも何か独創的なことができる。何せ、自然科学は文系の学問と比べて桁違いに歴史が浅い。だから、運が良くさえあれば、ショウペンハウエルの言う「未だ誰も見なかったことを見てしまったのでそれを報告する」ってな程度で人類に貢献できるのです。まっ、運次第って所です。

それに対して文系の仕事は理系と比べて桁違いに歴史が長い。その結果文系の多くの仕事では、ショウペンハウエルの言う「皆が毎日見ていて、もう解っいると思われている物事の中から、それまでとは全く違った新しい側面や視点を見付け出す」と言うような、運ではなくて本人の能力が試されているのでしょうから、文系の人は大変だと思います。賽子さんも私のような安易な分野に進まずに割の食わない文系に進んでしまい、老婆心ながらご同情申し上げます。それもこれも、前世の因縁なんでしょうね。だから、もしかしたら文系では、理系のようにほんの十編程の論文を咀嚼したら、後は自分で物を創り出す営みに全神経を集中させれば何かが出て来ると言うわけには行かないらしいですね。もしかしたら、先人たちの残した膨大な量の書物を読んで置かないと人を説得できないのかもしれないのかな、と気になっていたのです。

ただし言い訳を言うと、学問にはどうも戦争と同じように「一点突破」と言う経験則が在るらしいです。戦に勝つには、全方面で勝つ必要がない。ここと狙った所を落せば、後は総崩れをするらしいです。だから、何でもかんでも読まなくても相手は総崩れしてくれるかもしれないという、手前勝手な理屈を付けて、自分の読書量の少なさを正当化しようという、健気な心でいます。

談義と言うんだから、脈絡のない雑談も許されることと思います。ジャン・プレヴォーの例を出されましたが、それを聞いて真っ先に私が思いついたのは、北畠親房です。南北朝時代の戦国の武将だった彼は、南朝を正当化するために、戦いの合間であの素晴らしい『神皇正統記』を書き上げました。それを読んで度肝を抜かれたのは、彼はその当時の世界史とも言える中国史を視座に入れながら日本史を語っていた所です。また、彼の読み易い簡潔な文体も好きでした。実は、物理学でも似たような歴史が在ります。有名な例は、ナポレオン当時の外交官だったフーリエです。彼は外交官の傍ら物理の問題に興味を持ち、熱拡散方程式を解く方法として、後に彼の名前が冠せられるようになったフーリエ展開の方法を導入しました。この理論は現在では数学者の必須項目である線形数学の根幹になっておりますが、彼の当時の数学者たちはその理論に散々ケチを付け、それが数学者たちに受け入れられるようになるのに約百年掛かっております。

つづく

この回答への補足


ただ総体として、どの言説が大勢であったかを論じるのは、難しいものです。すべてのテクストを読めるわけではありません。また文献学的に手に負えないこともあるのです。たとえば次の例では、判断が何回も変わっています。
一般的にフランス革命においてサド文学は大きな影響を与えたであろうと言われていました。彼の作品では貴族が放埓な振る舞いに及びます。若い娘を拉致監禁し、性的に虐待するという話が多いわけです。これを読んだ民衆が、貴族許すまじと思った――というのが短絡的なサドが革命に貢献したという説のようです。さてこの説を覆す研究者が現れました。ロバート・ダーントンという文献学者です。ダーントンは当時の書籍の流通を徹底的に洗い出し、サド文学が実は広範に流通していなかったことを指摘したのです。そこでサドが描くような貴族の放埓さが現実と無縁だとは言えないとしても、サドの世界に対して当時の人々が強く同意し、怒りを燃やしたとは言えないと示したのです。この研究手法を編み出したのは、当時としては画期的でした。
しかしこれはやはり限界があることです。口承でサド文学が知られていたということはあったのですから。ボードレールもサドを読んでいないけれども(後年、読んだことが無いからサド作品を送ってくれと頼んでいる)、サド的な発想の影響を受けていたようです。
口承をどう研究するかという話になると、文献学はお手上げになることがあります。すると伝統的な手法に対立するポスト・モダンの理論家の手法が有効だということも起きるのです。

さて、猪突先生の見方もわかってきましたから、そろそろボードレールの話をした方がいいでしょう。ボードレールの最高峰をどう定めるかですが、ここでいう「最高峰」という言葉は私の考える進化系統の頂点という意味を含んでいます。選択の仕方は、進化の把握の仕方で異なるものです。しかしまずは「白鳥」でしょう。私の訳をと思いましたが、先入観が入ってはいけませんから、まずは阿部訳をお見せします。

補足日時:2010/12/26 12:56
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この回答へのお礼


今回のお礼は、四枚紙幅を使わせていただきます。少し議論を発展させないければ、退屈なさってしまうでしょう。ボードレールの詩について、私自身が議論する意義を強く感じるものを提示するまで話を進めます。
まず惜しみなく重要な秘訣を教えてくださり、ありがとうございます。その分野の困難な問いについて、一つ発見をすること――それが大切なのは文学も同じではあるでしょう。具体的には、大作家について研究をするということです。最難関の一つがボードレールということにはなるのです。

しかし文学研究において、小さな貢献が研究者を世界的に有名にするかというと、違うと私は思います。まず文学研究での困難は論理的な難しさというより、やりつくされていることです。まず膨大な先行研究を把握し、その先を見つけなければならないという針の穴を探すような問題なのです。そして研究とは別の次元で、註釈をつけて作家の全集を出版するという行為があります。小さな発見は大きな仕事をするための信用構築の足掛かりなのです。
たとえば仏文学でプレイヤード叢書は最も権威あるシリーズです。非常に些細な句読点の打ち方などを検証し、それから先行研究を一行一行について整理して、元のテクストの三倍くらいの註をつけます。お分かりのように全集を出版するということは、ある作家を知る上での全世界を構築し、提示するということです。編者がミスったら、それを読む若手は、共倒れです。また全集という以上、隅から隅まで知らねばなりません。第一人者が最終的にする仕事が註釈版の出版だとして、論文や著作は、それに至るまでの力の構築といえるかもしれません。こういう次第なので、オール・オア・ナシングではあるのです。

しかし作家の全体像を決めるにあたって、一点突破するべき箇所もあるのです。それはその箇所が一番美しいからというより、単に議論の鍵となるからという意味も含みます。たとえばボードレールでいえば「万物照応」や「白鳥」といった詩であるでしょう。ただ鑑賞するにあたって最高峰の作品か否かという問題だと、これは個人の趣味の問題として考えた方がよいかと思ったのです。何が最高の作品だとは研究書に書いてありますが、それはその作品を中心に議論を構築したということの裏返しでもあります。作品そのものを虚心坦懐で鑑賞することが出発点であるというより、先々の文学史的な潮流を見越してた上での話になります。またその当時の言説を調べて位置付け、「普通に読めば当たり前に読めてしまうが、何かが変である」とシャーロックホームズ的にも小さな痕跡をあれこれ検証したうえでのことでもあります。

当時の言説を分析するというところで、民俗学の話題に接続しますが、興味深いですね。時代考証は作家研究でもするものです。ボードレールの言説を当時の背景と比較検証するということは勿論するのです。共通認識を知るためには、たとえば当時の辞書などを引いてみたりします。十九世紀ラルースという百科事典を紐解くと、おおよそのことがわかります。さらには当時の雑誌を読破して行くと、わかることも出てきます。こうしたその時代の共通認識は「エピステーメー」と呼ばれます。ポスト・モダンの思想家ミシェル・フーコーの用語です。フーコーの研究そのものが、広範にその当時の資料を集め、傍証を繰り返し、その時代の認識を浮かび上がらせるというものでした。当たり前のことは残されていないというのもありますが、さらに理由を付け加えると、識字率が低いため庶民は記録を残せなかったということがあります。また他の時代という比較対象があって初めて、その時代の特異な点がわかるということがあります。鏡が無いと自らの姿を見れないのと同じで、その当時の人ではわからないこともあるでしょう。
フーコーが狂気という考え方を巡って、病理か聖人かという比較をしたことは有名です。現代では狂気は精神病に分類されますが、過去にはデルフォイの巫女のように神がかりであったわけです。また他には、たとえば親が子を愛すると一口にいっても、現代とむかしは随分と変わった様相だったでしょう。十九世紀の初期でも、子供は労働力であって、就学の義務はありませんでした。従って英文豪のディケンズが描くように搾取の対象であった――という研究をフィリップ・アリエスの『〈子供〉の誕生』は提示しています。

お礼日時:2010/12/26 12:55

 つぎの事実誤認を問い正します。



 ★(No.44お礼欄) 〔* わたくし bragelonne は〕部落出身だ、無視されていると〔* わたくし  bragelonne が〕おっしゃったので、
 ☆ これは事実ではありません。うそいつわりは やめて直ちに取り消すようにしなさい。

 これまでわたしが沈黙したのは この発言者がウソつきの常習犯であるとは決めつけなかった すなわちその自浄能力に俟ったというのみ。
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この回答へのお礼

「事実誤認」とお書きなので、誹謗中傷の意図はないとお認めの上での指摘と考えてよろしいのでしょう。
私としては嘘をついたり、誠意を欠いた対応をしたつもりはありません。しかし、ご承知のようにネットの上でのことですから、情報も変更可能で、あらためて是非に及ぶことはできません。また基本的にこのネットの規約は個人情報を伏せることを求めています。公開するとしても、個人が進んで認めることのみでしょう。
上述の二つの点から、貴方が不快だとおっしゃれば、是非に及ぶまでもなく、私は自分の軽率さを認めるところです。申し訳ありません。私に悪意が無いことは先刻ご承知のようですから、それでお許しいただけませんか。

また貴方の沈黙は、私が困ると強く断ったことに対する自主的な配慮と思っておりました。この点についても、最後の機会ですから補足しておきましょう。私にしてみるとグノーシスの問題をお話になりたいならそれは結構だが、自分の意訳の詩をボードレールの言葉として提示されたのは、困惑するところでした。そのようなことなどせずとも、あまりに当たり前ですが、通例、以下の議論の手順が考えられたのです。
(1)グノーシスとは何かを示し議論の基盤をつくる、
(2)ボードレールのどの点がグノーシス的といえるかを議論する、
(3)逆にどの点からグノーシスの範囲を逸脱するかを議論する、
結局、結論はどう議論してもAという点では正しいが、Bという点では異なるという着地点に落ち着く類のものです。そのABが文献的な証拠をどれだけ持ってこられるかということによって、最終的に当初の設定を超えて、お望みならばグノーシス的でないと結論する選択もあり得たでしょう。この程度、議論のプランを予測することは難しいことではありません。したがって私にしてみれば「自暴自棄」と感じたのです。
また訳で重要な箇所を無視なさっているのも、議論する気を失わせる要因ではありました。私はボードレールの詩にはどれも愛着をもっているのですから。

最後に全般的なことについて述べておきます。一言で結論すれば、私は貴方の「井戸端会議」に加わる気が無いのです(貴方は「井戸端会議」に独自の意味を与えているようですが)。
最近の哲学カテの質問「こういう考え方っておかしいですか」の回答欄にも書いたことの繰り返しですし、私の後に回答を投稿した貴方は私の書いたことを読んでおられるかも知れませんが、世の中が有限であると認めるからこそ、今ある機会を大切にできるものです。ネットもまた同じです。齟齬が大きければ、もうやりとりすることはないかもしれません。一期一会なのです。ネットという危うい関係だからこそ、緊張感をもって議論することが大切なのではないでしょうか。
しかるに私は貴方の配慮が感じ取れませんでした。私はこれまで随分と配慮したつもりです。貴方の質問欄では、度重なる再回答の催促にもお答えしたつもりです。しかし正直にいえば、何かを得た気がしなかったのです。貴方もそうかもしれませんが。

ディスカッションの仕方が、少なくても哲学の議論はアグレッシヴになってもよいとおっしゃるかもしれません。質問魔といえばソクラテスがいます。しかし彼もまた議論の数手先を読んで相手に配慮しています。貴方の「井戸端会議」と違うということを示すために、紙幅を割いておきます。
ソクラテスは「~~についてわからない」と口にして、まず若者の口から出る一般認識を引き出しつつ、矛盾点をつきます。反論されて若者は誤解に気がつくことになります。ソクラテスが「わからない」と言っているのは、何も予備知識が無い状態なのではなく、熟慮の上で「精密にわからない」という意味なのだ、と。だからソクラテスは「知らないということを知っている」のです。何も知らないのなら、「何がわからないかが、わからない」だけのことです。どこまでを知っていて、どこまでを知らないかを分けてこそ、無知の知といえるのです。こうした区分は上のグノーシス例で示した相違点の浮かび上がらせ方に共通するものです。
このように哲学の問答法もあらかじめ計算されたものです。さらにもっといえば、ソクラテスは「老人にわからないこと」を提示することが、次代の若者を思索の糸口に導くにあたって有益であることを知っているのです。議論は隅々まで配慮されているといえるでしょう。私はそれで「井戸端会議」式の価値を認めるに至らなかったのです。

さて、設問者として回答者というゲストをもてなす立場の私としては、未熟ながら誠意を尽くしたつもりではありました。そして「貴方に何か事情があるかもしれないが最大限配慮した上でのことである」という意味で先の言葉を書いたつもりでした。不快な思いをさせたことをお詫びしつつ、あとは貴方の良識を期待します。

お礼日時:2010/12/25 11:40

「創造性に対する伝承の役割」の考察に役に立つと思える経験則を紹介します。



私は、優れた工学者は自分の思索を信頼するよりも、自然の観測を信頼しているのではないかとの印象を強く持っています。人間一人の思索なんて高々数十年で終わりが来ます。こんな短い時間でどこまで思索が深められるかは、高が知れています。一方、自然は数十億年の試行錯誤による方法論を学んで来ています。だから、自分の頭で何かを考え出すよりも、自然を模写した方が、その本人が理解して居ようが居まいが余程理に適った解答が得られる。

さて自然の観察ですが、生物を見ていると不思議なことに「個体発生は系統発生を繰り返す」という事実があります。貴方が人間として生まれて来る過程では、貴方はいきなりヒトと言う種に生まれて来る訳ではなく、母親の胎内で単細胞から鰓と尾がある形態を経て最終的にヒトとして生まれて来ます。即ち、数十億年掛かった種としての系統発生を母親の胎内で繰り返しているのですね。私にはどうしてそうなのか解りませんが、その過程を経なくてはヒトには成れないらしい。ダーウインもそれに関しての理屈を説明していましたが、私は彼の説明では解った気には成れませんでした。しかし、孰れにしても、それが事実なのです。ここでの最も重要な観察は、数十億年掛かった種としての進化の経験を、我々は個体発生の過程で母親の胎内でたった九ヶ月で経験出来ていることです。

私は工学者のように、この経験事実を大切なことだと思っているのです。物理の先生によっては、自分の研究室に来た若い学生にいきなりその分野の最先端の論文を読ませて、それを理解せよと言って来る方をしばしば見掛けます。私はそんな学生が常々可哀想だと思っております。単細胞の学生がいきなり多細胞の物理学者に成れる訳がない。

幸運にも私の日本での先生は、先生が選んだ私のテーマに関してその当時の最先端の論文を読ませるのではなくて、それよりも数十年も古い流行遅れの論文から始めて、時代順に要所要所の重要な論文を読ませてくれました。そんな重要な論文は高々十編もありませんでした。しかし、その時代遅れの論文から読んで行ったお陰で、何で今現在そんな問題が皆に持て囃されているのかの裏を見ることが出来ました。その問題が皆に持て囃されるには数十年掛かったのですが、その歴史的経験を私はほんの2~3年で通過したのです。まさに、系統発生を私の個体内で短期間に繰り返すことが出来たのです。

その後渡米して、その問題の第一人者の先生に師事するようになってから、その先生は彼の過去の苦しい経験を私が追体験していたことに気が付いて、一目を置いてくれるようになりました。要するに、今議論している先生の言う一言一言は、彼が大分前にどこで苦しんだかの経緯を踏まえながら言っているのだと言うことを私は理解出来ていたのです。先生は、それを数十年掛けて克服して来たのですが、私は個体発生の利点を最大限に利用して、彼の苦難の歴史をほんの数年の間に追体験して、先生の話し相手に成れる段階にまでは来ていたのです。

創造性の営みには、この個体発生は系統発生を繰り返す、という鉄則があるようです。それは、不肖と言われようが何と言われようが、モーツアルトでもアインシュタインでも同じです。だから、我々は「決してお前は木の股から生まれわけではなかろう」と言い切れるのです。

もしかしたら、モダンやポストモダンの多くの人達も、物理学者の中で幾らでも見掛けるような、最先端の論文しか読まない連中のように、この系統発生を個体内で追体験していない可能性はないのかしら。そして、自然観察による経験則に基づいたこの鉄則に対する認識の欠如が、モダンやポストモダンの流れを喜劇的にしているのではないかしら。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。興味深く拝読させていただきました。まさに伝承が研究にもあるのですね。いろいろ想像しながら読みました。しかしそれが失われているというのは、まったくその通りかもしれません。

少し文系の弁解から始めさせていただきますと、理系と文系の研究環境の差も、ことによったらあるのかもしれません。文系全般は研究が多岐にわたっています。文学ともなれば教官が名前を聞いたこともない作家を専攻する学生もいます。私は前に詩は宇宙に喩えられると述べましたが、全然知らないギャラクシーを隣の人がやっているわけで、こうなるとお互いの伝承は中々成立しません。どうも上辺の話に終始しがちになります。ところが理系は実験設備が必要ですから、同じ教授の門下で一人一人がまったく違うことをしているということは考えにくいでしょう。問題意識も全員で共有することができると考えます。
文系は問題を自分で見つけてくるものです。詩など読んで一人で満足していればいいものを、ここが問題だと言っては論じ始めるわけです。その意義がお隣で理解されないことは、残念ながら、プロ同士でも起きうることのようです。国際会議で「興味ありません」などという言葉を聞くのはざらです。コミュニティーを作りにくいということがあるという風に私は感じたものです。ただもう一つ別の伝承にアクセスする方法を私個人はうっすらと感じとっているのです。少し話がずれるかもしれませんが、以下にそれを素描してみます。

私は文献学ですので、論考は古いものから読めるだけ全部、読みはします。確かに昔書かれたものは一癖あります。議論が大味とか、論証が甘いと感じる点はあります。しかし歴史と照らし合わせると、伝承らしきものが浮かび上がってくるのです。たとえばボードレール研究で、ジャン・プレヴォーという大研究者が1940年代にいました。彼の書いたものは非常によく考えられています。ただ不備もあります。最初の私はプレヴォーの粗を探して、鬼の首をとった気でいました。しかし彼の人生を調べたら、学者として生計を立てていたのじゃなく、対独レジスタンスで戦死した人です。
ボードレール研究だけで例を列挙しても手前味噌なのでやめますが、似たような話は他にもあるのです。捕虜中に書き始めた論文だとか(歴史研究のフェルナン・ブローデルの『地中海』)、ユダヤ人で公職追放にあったとか(文学史研究のポール・ベニシュー)。字面だけおっていくと古色蒼然としても、研究者の生涯を見ると彼が何を背負って、研究しているのかわかります(日本にも、無論、同じことはあるのです)。
こういう歴史的背景を追って配置して行くと、進化系統がどう進んでいるかも、よくわかるのです。文学研究でいえば、私はアウシュヴィッツが一番大きかったと思います。アウシュヴィッツ以降、詩を書くことが野蛮なのか?――という問題です。この問について決定的な答えは出ないでしょうが、六十年前より、考えられていることはあると感じます。それを進化の過程と捉えてもみたいのです。そしてそうであるのなら、伝承と創造の問題は、大きなテーマを引き受けられるかどうかにかかっていると私には思えたのです。

非常に難しい問題です。というのも、たとえば「詩と戦争」というテーマがコミットしてくるのは、今ここに生きている研究者に対してであって、研究対象のテクストに対してではないからです。生き方の問題とならざるをえないでしょう。そこには精神論が必要です。
私にはポスト・モダンの議論も同じことに思うのです。フーコー、デリダ、ドゥルーズも「木の股」から生まれてきたわけではないのです。彼らは文献学の行き詰まりを時代の風潮と共に感じとったのでしょう。そこには当然、苦悩があったのです。浅薄なのは、下手に聞きかじってポスト・モダン云々と論じている人の方だと思えたというのが、別の質問欄での私の回答の方向です。
まとめれば学問は時代や個人と無関係ではないのですから、「学の独立」など現実には無いといえます。しかしそれでは客観的な議論にはならないから、学の独立を目指して学者は歯を食いしばるものと私には思えます。ここがわからない人が発言すると表面だけすくって「木の股」から生まれたような議論になってしまうのかと私には思えるのです。
お考えと少しずれるところがあるかもしれませんが、明後日の方向に行くものではないと考えますが、いかがでしょうか。そして詩の進化系統を考えた上で、ボードレールのよさを示すというのが、議論の次の道になるかもしれませんね。

さておき猪突先生、クリスマス、おめでとうございます。パリでは25日が本番な上に、休暇中は「メリー・クリスマス」ですから。

お礼日時:2010/12/25 14:13

>ただおそらく、ここでの議論はまた別の側面も含んでいるでしょう。

ゼロからの創造ではないが、既存の様式に沿って再生産を行うことに積極的な意義を見いだせるか否かが、根本的な問題だと考えます。猪突先生のおっしゃる創造は、既存のものを裏切るモーツァルト的天才では無くて、流派の延長でしょうから。

お互いに内容が多岐に渡っているので、その中から精髄を探し出しそれを抽出して論じて行くには時間が掛かりそうです。ですから、一読して引っ掛かった上記の部分だけを掬い上げてみます。

この表現は浅くも深くも取れる曖昧な表現に思えます。そこで、賽子さんに敬意を評して、この言葉の上っ面でなく、深い部分に触れていると解釈して論じることにします。以下の論実はくどくど言っている割には、多分賽子さんからは、そんなことは判っている、と言われそうな内容です。私の学生だったら、もっとかい摘んで物を言えと私に怒鳴られそうな文章です。

散々論じられて来たことですが、言葉を話せるようになった私たちは、その言葉を通して世界を見ていますね。その言葉はその人が埋め込まれた固有の歴史や文化に徹底的に影響されている。だから、日本語を母国語とする人は、どんなにひっくり返ってもフランス語を母国語として話す人と同じものを見ることが出来ない。進化と言うのは普遍化の方向に進んで来たのではなくて、常に特殊化の方向に進んで来ました。局所性、地方性、特殊性、それを我々は個性と呼んでいます。この個性の出現によって、この世界は多様化した方向に進化して来ました。ですから、我々は誰もその自分の持った個性と言う色眼鏡を通さないという意味でのゼロからの創造が出来る筈がありません。私の母が言った「木の股から生まれたのではないだろう」という言葉を、私はそのように理解しております。私はこの眼鏡が着色される過程も含めて、もっと広い意味で流派という言葉を使っています。

言わずもがなですが、モーツアルトと言えども、その天才を発揮できたのは西欧クラシック音楽と言う非常に特殊な個性を持った文化に限られた枠組みの中でした。彼が天才と言えども、いきなりインド音楽に対して画期的な世界を創出できる訳がない。だから、決して彼はゼロからの創造をやった訳ではありません。西欧クラシック音楽という流派の継承のなかでの創造的営みでした。彼には徹底的な西欧クラシック音楽の訓練があった。要するに徹底的に西洋クラシック音楽の文化と言う色眼鏡を手に入れることが出来たのです。だから、その文化の枠内でと言う制限付きで、全く新しい音楽の表現を創出できたのです。私には果たしてモーツアルトに師と呼べる人がいたかどうか知りませんが、たとえ彼にはそんな方が居らず、自分自身の内証を深めてた結果その音楽を創出したとしても、それはやはり西欧クラシック音楽という流派の中での創出なのです。

ですから、こうなって来ると流派とそうでないものの間を区別する線をどこで引くか、私には曖昧になって来ます。私は、ヘーゲルの言うような「主体性」と言う概念を基準にしてその線引きをすることに異議を申し立てているのです。漆器職人が自分自身の美を追求する過程で、その職人はモーツアルトが楽譜や楽器を駆使出来るような訓練を受けたのと同じように、自分の道具の使い方の訓練を徹底的に受けた筈です。そしてその職人の誰かが、漆器と言う色眼鏡からみて全く新しい説得力のある美を見出し、その後の漆器に新しい流れを作る。その場合、たとえその職人が匿名であったとしても、その人はモーツアルトに匹敵する芸術家だと私は考えるのです。そして、この訓練の過程に、顕教的ではなく私の言う密教的な訓練の伝承が、殆どの場合決定的な役割を演じているのだと主張しているのです。だから、その作品が仮令個人的な独創であると言えども、自分の埋め込まれた文化ないし流派の作品でもあると言っているのです。ですから、私にとっては、匿名であったかそうでなかったかは、そこに表現されている美を論じるについてどうでも良く、従って、そこに創造された美を論じるのに、芸術と民俗芸能と職人芸の区別が付かないのです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。ご寛容さに感謝します。私も今回は冗長をお許し願って、議論の足固めに紙幅を割いてみることにします。

(1)継承について
まず「新しい」とは継承の先にあるというご指摘は、全般的に同意するところです。論理的に考えても「新しさ」を説明するとなれば、まず「古さ」とは何かを示し、次に「新しさ」が超克した点を示すということになるでしょう。
実際、モデルヌmoderne「近代性」という語は、そもそも「新旧を分かつ」という語源をもつ語だといわれます。そして新旧を整理できるということは、過去の流派を継承し、批判できるだけの技量があるということでしょう。モーツァルトは英才教育の結果で楽々と他の音楽家の曲風を真似したし、ピカソも古典的な絵画の模写は完全に出来たと言います。彼らを不肖だと旧来の芸術家らが批判したとしても、やはり継承者であるには違いないのです。

(2)匿名性について
次の論点として、作家の匿名性の問題があります。ただしこれは中々、複雑な話です。というのも作家の人生を考慮した上で作品を鑑賞するか否かという問題に直結します。前にピカソの人生を知らないでピカソの絵画を見て感動できるか云々という議論をしている項目があり、猪突先生もお読みになってコメントをこちらに下さったはずです。どうも近年は作者の伝記を調べた上で作品と照合しないと、感動の味が薄まってしまうような気がする――と考える人が増えたのは興味深かったと思います。
これは「芸術作品」の鑑賞が、作品そのものを見るのではなく、作品から透けて見える作者の主体を観察するという要素に移行したという風には言えるのではないでしょうか。このロマン派的な考え方からすれば、匿名の作品は鑑賞する要点をもたないことになります。これが匿名性の作品がこうむっている不利の説明にならないでしょうか。

(3)主体とは何か
しかし、そもそも作品から浮かび上がる作家の「主体」とは何なのでしょうか。猪突先生の論点を集約すれば、主体の構成要素は複合的である――ということになるでしょう。仮に当人が自分の主体は自分のオリジナルだと思っていても、無意識のうちに社会や文化、先行する作品の影響を受けているかもしれない。そして猪突先生の論点では、この複合的な主体の中には、先代から教わるなりして、手が覚えた要素が大きなウェイトを占めるということなのでしょう。すると芸術家の主体だけを特権化してみるのは意味が無いことになります。「主体」は個人のものではなく、もっと広い視野で捉えるべき「流れ」であるということになるでしょう。そして、このように観点を整理すると、猪突先生がどのように作品を見ているのかもわかってきます。たとえばゴミ箱アートは、単に愚かしいというだけでなく、手の習熟を感じさせないという点で見るべき要点が欠けていることになるでしょう。こうしたとりつくしまのなさは、逆に、作家個人の天才を称揚するロマン派の批評が、作家の生涯がわからないと鑑賞の焦点を定められないと同じようなものかもしれません。

(4)議論の組み立て方
さて今、私は猪突先生の議論がよりクリアーに見えてきました。そして私は感謝しなければなりません。主体の構成要素が複合的であるという議論はポスト・モダンの理論家が言い出したことで、随分前から知っていた話なのです。しかし、これが審美の問題を整理するにあたって有効だとはまだ考えてみもしませんでした。
ポスト・モダンの議論は私が別項目で説明したとおり、伝統的な権威の否定の流れではあります。しかし全然別の方向に応用して議論を展開することができるのではないかと今更、見通しがついて驚いているところです。つまり作品から読み解ける「主体」が複合的であることを認めたとして、「主体」に含まれる広義の「流派」を審美の検討要素として抽出してくることも可能ではあるでしょう。これは伝統を強調する方向ではあるものの、面白そうだなと思ったところです。
そして少なくてもボードレールに関する限り、私は猪突先生のご寛容さを請いつつも、従来の詩作の制作の手作業が何であったかを示すように努めるように集中するのがよさそうです。たとえば以下の案はどうでしょうか。
【第一段階】まず、「詩において継承される流れとは何か」を大まかに決めておく。韻の踏み方、レトリックの特殊性、語り手の問題、などが考えられる。
【第二段階】上記の点を他の作家とボードレールを同様のテーマを扱った詩作品を並べて明示する。あるいは詩の技巧そのものは同じであるが、テーマをすり変えたという作品を示す。

振り返ってみれば、第一段階の話は最初の方で猪突先生から日本語の詞句や語を引用すること出ていたと言えますね。この阿呆は、今更、気付いたとお叱りかもしれません。

お礼日時:2010/12/23 13:45

>ロマン主義以降、「芸術」とは作家の主体性を表現するものであるという考えがヘーゲルから先鋭化されるようになります。

流派や伝統を否定して、芸術家個人の天才を認めるようになるのです。

いろいろ新しいことにお目に掛かれて、勉強になっています。でも、この「作家の主体性を表現するものである」って言うのが引っ掛かりますね。要するに、これからヘーゲルさんにケチを付けようって言う訳です。

前にも少し触れましたが、私に取っては、意識された創造的で且つ建設的な営みが芸術の心髄だと思っています。だから、芸術は必ず新しい世界を見せてくれる。ここでは、「意識」「創造」「建設」全てがキーワードです。

では、それをどのように実行するのか。ヘーゲルは「主体性」という言葉で、多分それを全て「一人」の人間の中だけでやらないと「芸術」という「高尚」な営みではないとでも言っているようです。しかし、この一人という制限は、どう考えても創造的な営みの実現に対して効率が悪いようです。

私が思春期に屁理屈を言っている時に、母親から「何様だと思っているのか。お前はまさか木の股から生まれて来たわけではあるまい」ってなことでよく嗜められておりました。この表現は上品ではありませんが、知の連続性、文化の連続性、そして、人間の存在の歴史的連続性を端的に表している言葉だと思いました。自分で何かを主体的に作り出したつもりでいても、実はそれは自分が偶然に置かれた歴史的な連続性の成果ではないのか。人間の性は本質的に自己中心的で自分が可愛い。だから、その成果の第一義的な要因を主体性に置きたいと考えるのは、何も深く考えない方には自然な結論かも知れません。しかし、本当にそれが第一義的な要因だったのでしょうか。偶然に生まれて来た自分の置かれた文化の歴史的な経緯の方が余程重要な要因であった、と本当に言えないのでしょうか。自分を取り巻く状況に本質的な役割があると考えるこの考え方、すなわち、弟子入りして捲し立てる師の唾に塗れながら、そしてその発散する妖気を感じながら受け継いで行く「密教」としての知の伝承の役割の重要性の認識、それは大変高度な認識だと私は自分の経験から学びました。

その唾の直接体験をすることの重要さを認識せず、単に過去に書かれた書物の分析と、それを契機とした自分の内部での思索に重きを置く「顕教」の方法論だけで世界を認識しようと言うのは、何か他方の車輪の外れた大八車みたいです。そんな物が使い物に成るのでしょうか。師と弟子による流派や知の伝承のための伝統を通しての密教的な直接体験に基づいた方法論と、自分の主体に力点を置く顕教的方法論を両輪として駆使しする。そのことによって、その創造的営みは最大限に高められるのではないでしょうか。

だから、流派や伝統に基づいた匿名の作品がなぜ芸術作品だと言えないのか、私には理解できません。どうもこの考え方は、両輪の存在を知らずに、顕教的世界観だけが世界の認識の方法であると誤解した西洋での偶々の歴史的な経緯に基づいた考え方を、あたかも普遍的な世界観であると思い込んでしまったヘーゲルによる西洋中心主義の偏見が生み出した芸術観ではないでしょか。

余談に成りますが、ポストモダンの所での賽子さんのご意見は参考になりました。そのことに関連して、私は上で書いた私の論説に「建設的」という言葉を使っていることに注意して下さい。私にとっては、今までのことを批判するだけでは、それを創造的な営みとは看做せないのです。創造的な営みには建設的な提案が必要条件だと考えております。今まで気が付かなかったような批判や批評を提供することがそんなに簡単だとは思っておりませんが、それでも、批判は建設に比べて桁違いに簡単にできることです。ですから他の人は兎も角、私は問題提起だけでは創造的な営みとは認めることができません。

これも私の先生から学んだことですが、曰く「若者に物理学を教えるのに、我々が今までに何が解るようになって来たかを教えるのは大変悪い教え方だ。そうではなくて、我々は未だ何が解っていないかを教えなくてはならない。さもないと、二流の学生だけが残って、何かを創り上げようとしている一流の学生たちは他の分野に逃げって行ってしまう」

学者にもやはり一流と二流があるような気がします。もちろん一流の学者は何かを創り上げる提案をする人、二流の学者は一生懸命に勉強して批判や批評に終始している人です。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。ポスト・モダンに投稿した回答の方は、もしかしたら猪突先生が目にして面白がってくださる可能性があるなとは思っておりました。

いろいろと書くことはあるのですが、まず私のスタンスに関連することについて触れておきましょう。現在の人文系の研究者は二つの専門を期待されています。これは文学研究科が統廃合されて「国際コミュニケーション学部」などとなっていく流れに応じるものではあります。つまり文学に関心が無い人に、どうやって文学の話をするか?というのが一つのポイントではあるのです。
この答えが現代思想ということになります。現代思想は文学を主要な例として用いて議論を展開しているので、思想研究者が抽象論に抽象論をぶつけるより、文献学者が例を精査した方が建設的な検証ができたりするものです。それで現代思想の中には、文学理論という分野があります。そしてもっとも多く例に持ち出されたのはボードレールです。

文学理論は、物理学・経済学・社会学と文学を融合させるというジャンルの越境を平気でやります。内実は個別の議論なので今は省略せざるをえませんが、これを齧ると世の中の何かがわかった気にはなるのですし、どの分野に関しても口がさしはさめるようになるという、さしずめソフィストにとっての魔法の杖のようなものです。そして習熟すれば、自分も魔法の杖を生み出せるかもしれないというものです。
他の欄の回答で「喧嘩論法」などと書きましたが、まさに最強の喧嘩論法を学びたい学生もいるのです。わかりやすい例を出すと、タレントが東大で講義を受講した苦労をレポートした『東大で上野千鶴子に喧嘩を学ぶ』など、表題からして、よく表現されていると思います。諸事情は他にあるでしょうが、要するにこのタレントはテレビ討論で勝ちたかったので、フェミニズムの論客に弟子入りしたのです。

ただし俄か作りの学問にも習熟と子弟の密教的な関係はあります。上野千鶴子を例として引いてもいいのですが、上野氏について詳しくないので、私の話をした方がよさそうです。
私の最初の師は、文学研究者であり、現代思想の第一人者でした。彼がお金にもならないのに身を削って、社会問題の第一線で発言しているのを見ながら尊敬はしたものです。現代思想の戦場は図書館ではなく、シンポジウムやコロックで、いかに提唱を出来るかです。この意味では練磨があります。また勘所を教えるのは、密教的だと言えます。後衛で安穏としている教官にいくら教わっても、理屈はわかっても、切り込んでいく重要な点は何もわかりはしません。

現代思想は使い方一つで、使う者の人間の器で、大きく変わるものです。喧嘩論法にしかならない人もいえば、新しい精神の器ともなりえます。伝統を否定するのかもしれないが、逆に被差別者らの生や憎悪を背負うことも不可能ではないのです。だから「木の股から生まれてきた」かのように振舞うのとは、ちょっと違うのです。背負っているものが違うというだけのことです。
建設的か否かといえば、「誰にとって?」と問わなければならないでしょう。要するに被差別者にしてみると、建設的ではあったのです。逆に権益が削られた側にしてみると、不満が出てくるのは当然といえば当然です(そこで近年の現代思想は、ジャック・ランシエールのように、利益配分の調整に触れる議論になりはするのです)。

議論をまとめるために我田引水的に議論を進めれば、ヘーゲルの時も同じであったとはいえるでしょう。流派があった時代、そこの親方がその流派で踏み固められていた様式を徒弟らに押しつけることはあったでしょう。温かい親方もいれば、弟子の生命線を握った上での暴君の親方もいたでしょう。それは現代の教授らがそうであるのと同じことだと思います。「流派が絶対ではない」というNoを突き付けたところに、問題提起の意義を認めることはできるでしょう(ただボードレールは三流の芸術を生産するくらいなら、暴君である親方のいうことを聞いた方がよいなどという趣旨のことを述べたりもしています)。

批判するだけのカウンター・ディスクールが無意味だというのは、まったくおっしゃる通りです。何を積み重ねたらよいかについて糸口を与えるのが教官の役割ではあるのでしょうけれど、「未だ何が解っていないか」を教えて道を示せるのは、本当に一流の研究者だけだなと私は感じた次第です。学生が変に反抗的になる前に、先人の歩みを踏まえて次に進めますから。
ただおそらく、ここでの議論はまた別の側面も含んでいるでしょう。ゼロからの創造ではないが、既存の様式に沿って再生産を行うことに積極的な意義を見いだせるか否かが、根本的な問題だと考えます。猪突先生のおっしゃる創造は、既存のものを裏切るモーツァルト的天才では無くて、流派の延長でしょうから。

お礼日時:2010/12/23 05:33

少し話が戻りますが、時間といえば、『二重の部屋 La Chambre double』が「パリの憂鬱」にありましたね。


ああした現実感の督促人みたいに描かれるところの時間というのは、観念上の時間よりも詩人がまさに書きつけている時間であることが一義的な意味なのではないでしょうかね。
象徴派の牙城ヴァレリーが舞踊と言っちゃうとき、それは歩行のような到着目的がなくなるということで、時間の意味は詩人にとってじつにプリゴジン状になり、
場の生成が一種のトリック展開をもってそこもうあるということと、詩の末行末尾へ進むということが互いに乖離するのだけれど、
そうはいっても、書くということには、相当の試行錯誤と醜悪な足さばきが存在するから、つまり舞踊でなく歩行でしかありえない設計の時間があり、建設足場を組んだり外したりする時間があるはずですね。
すると振り返ってボードレールというのは、あちらの時空に対峙する詩人とは、とか、詩とは、詩について、詩人(自分を含む)について、を書いていたのではないかと思います。
ミラー・ワールドとの視線が出たり入ったりを繰り返すだけで時間が生じるのが舞踊だとすれば、ボードレールの場合はミラー・ワールドのルポルタージュを担った歩行というのかな。
そうだとしてそれを余儀なくさせるものがあったとすれば、やっぱり〈時間〉が個人に属し始めた時代性というものを思うわけですね。
行為について、行為の主体について、孤独に考えなければならなくなったということ。
まだ、主体の喪失、無名の主体性の背後に詩人が隠れていくことはない段階で。
ところで墓なんてそもそもミラー・ワールドみたいなものだろうから、墓参りというのは甚だ舞踊のごときものなのではないかしら。
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この回答へのお礼

回答、どうもありがとうございます。すべてのお礼が遅れていて、どうもすみません。

>象徴派の牙城ヴァレリーが舞踊と言っちゃうとき、それは歩行のような到着目的がなくなるということで、時間の意味は詩人にとってじつにプリゴジン状になり、場の生成が一種のトリック展開をもってそこもうあるということと、詩の末行末尾へ進むということが互いに乖離するのだけれど、

ヴァレリーがプリゴジン状というのは、言い得て妙です。ヴァレリーの時間の観念はあまり知らないのですが、韻律に関してプリゴジンに似ているなと思ったことはあります。たとえば「海辺の墓地」は韻を踏み方がシンメトリーになりますが、感情が高ぶるにつれて、より規則的な形を描いたという気がします。それをあたかも沸騰した鍋の中で蜂の巣の規則的な形を言葉が描くイメージで私は感じたものです。
到着目的がなくなったというのも、その通りだなと思います。韻文詩ではあるが、定型のソネのように、どこで終了が来るか、わかりませんから。決められた升目を埋めるのが韻文詩ではなく、定型をむしろ見出すように書くというあたりは、プリゴジン的だと私は思います。

ボードレールはヴァレリーほど、韻律に対する意識は無かったように思います。むしろ早々に定型は見限ったところはあった気がします。散文詩をヴァレリーは否定したけれども、ボードレールは率先しました。それに『悪の華』においても厳密な形に沿ったソネは二作程度しかないのです。彼らのスタンスの差というところですが、

>ミラー・ワールドとの視線が出たり入ったりを繰り返すだけで時間が生じるのが舞踊だとすれば、ボードレールの場合はミラー・ワールドのルポルタージュを担った歩行というのかな。

ボードレールがルポタージュを行ったというのはまったくそうだと思います。そして詩人の書くという行為を喩えて足取りが舞踏か歩行かという話ですが、ボードレールの場合、歩行ではあったのでしょうね。これには二つ意味があるでしょう。
まずルポタージュという性質上は、韻文などよりも、本来は散策的とも言える散文の方が適していたであろうということ。それから、ボードレールは苦労して書くタイプの作家であって、舞い踊るタイプの作家ではなかったということ。

後者の点についていうと、散文詩「二重の部屋」にも若干様相を伝える描写がありますが、彼はパッと書けたものは捨てて、何度も推敲して苦心惨憺した上で決定稿を出したそうです。草稿はどうも彼自身が燃やしてしまったのですが、ゲラに書きこんだものが残っていて、かなり苦労したというのがわかります。楽々と歌いあげたということではない人だったなと思うのです。

>ところで墓なんてそもそもミラー・ワールドみたいなものだろうから、墓参りというのは甚だ舞踊のごときものなのではないかしら。

面白いですね。他にたとえばマラルメの「ダイスの一投」は亡くしたアナトールの墓標という要素があったそうです。詩を読むことが墓参りとも言えるでしょう。
またミラー・ワールドという点についても、マラルメの詩は意味内容が把握できないという意味で、読み手の解釈が鏡のように見えてしまうのだから、おっしゃるとおりでしょうね。実際、ミラー・ワールドと化した作品では、詩人の足取りは舞踏のように当意即妙のように感じます。些細な振る舞いであっても、すべてがあらかじめ計算された作為であるかのような気になります。雨合羽先生が仰る好例は、私にはマラルメではないかと思えます。

ボードレールでミラー・ワールドと墓標の要素を兼ね備えている作品は、私にいわせると、韻文詩「白鳥」ということになります。あれもまた過ぎ去りゆくパリの墓標であって、アンドロマケーという神話の女王の存在を想起することがミラー・ワールドへの扉を開かれるのです。
ただしこの詩は舞踏的なエクリチュールとは言えないかもしれません。内面世界のルポタージュ的ではあり、散策というべき歩行の要素はテーマとしても、文体としても、強く残されているといえます。テーマとしては、ルーヴル宮前に散策途中の詩人が呆然と立っている点にあらわれます。また文章も決して秩序立っているものではありません。どこから始まったのか、意識的にぼかされ、発想を数度飛躍させることで詩は進みます。それは舞台という決められた空間内を計算して動く舞いの動きとは違うものです。何かフラフラと歩く遊歩のような印象が残ります。

末筆ながらお子様が風邪などひかず、ご健康でありますように。
そしてジョワイユー・ノエル!

お礼日時:2010/12/22 16:57

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