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十九世紀フランスの詩人シャルル=ピエール・ボードレール(1821-1867)の魅力はどこにあるか?「ゆるい文学談義」をしようではないか?というのが、この設問の趣旨です。

日仏問わずボードレールに捧げられたオマージュは数知れず、影響力は図りしれません。しかし『悪の華』第二版を通読してみると、それが厳密に構成されたものであるという指摘はあるものの、テーマが多岐に及んでいて、彼に対するイメージは力点を置く詩で変わるように思います。
・恋愛の詩人
・メランコリックな詩人
・サディスティックな詩人
・宗教的な詩人
・魔術的な詩人
・政治的抵抗の詩人
・貧者の側に立つ詩人
・ダンディズムの詩人
・芸術至上主義の詩人
などなど、あるといえるでしょう。
上記で書きつくせないほど、切り口によってボードレールの印象は大きく変わるはずだと思います。しかも、それぞれの要素は反目し合うこともあります。一例をあげれば、思いやりのある恋愛詩を書いたかと思えば、サディスティックな側面をのぞかせるなどです。読者の期待を唐突に裏切るという矛盾した言葉を彼の詩集は総体として抱えていると言えます。

ボードレールという作者に対する矛盾したイメージを統合して整合性をつけ、何が正当であるかと議論することは、この質問の趣旨ではありません。むしろ多様性を認めた上で、個人的かつ主観的な読書体験として、ボードレール作品が魅力的であるといい得る見地を、楽しみとして語ろうというのが、設問の趣旨です。これは趣味に属する類の設問なので、意見を戦わせるというより、文学談義を希望しています。

ボードレール作品で議論するテクストに制限は設けません。韻文詩のみならず、散文詩、日記、評論、書簡を含めてください。引用してくだされば議論が具体的になってありがたいですが、日本語でも仏語でもよいです。
個人的な感想、分析をお待ちします。

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A 回答 (89件中31~40件)

さきのリトルキスさんと猪突さんのお話から時間のことを書こうと思っていたけれど、先に舞踊の話に口を挟むことにしましょう。


日本の場合、笛や弦や朗唱にあわせて舞い、太鼓にあわせて踊るという言葉をあてますね。そこらへんからつらつら考えるに、タンブールという楽器類の古さと聖性からして、世界的にタンブールを打って踊るというのが先にあるとみてよいだろうけれども、チターとかギターラなんて弦楽器でもヨーロッパ人はお祈りでなく踊るとなったら、打ち鳴らさずにはいられないのではなかったか。朗唱によってさえ子音の弾みで踊ろうとしていなかったか。要するにリズム・ピープルなんじゃないだろうか。牧人の笛よりもリズムのない旋律というのがそもそもヨーロッパ人には考えにくかったところに、ルネサンス人が図形歩きを優雅な遊びだと考えた頃、やっと彼らは舞いの概念に近付いたんじゃないだろうか。この遊びがバレエの源流のはずだけれど、そうしてみるとバレエには舞いとの近親性が、ちゃんと本質的な所にあるんじゃないかという気がする。ああ、算額絵馬は奉納舞だとブラジュロンヌさんに回答した遠い記憶が頭をかすめた。。。 で、日本の殿様は姫に舞えと言いそうなんだけれども、どうもソロモン王はシバの女王に踊れと言ったにちがいない。そして、バレエ狂太陽王ルイ14世は姫に舞えと言うのか踊れと言うのか、ここにはいくぶん神経症的な傾向がルネサンスの病根を引き継いで沈殿しているにちがいない。近代、女性の神聖さの置き処を舞いに集中させることでオペラ座が機能するんですね。国王の愛人というステータスを頂点とするシステムは無論こんにちの娼婦と混同できないもので、社会図式が描くところの巫女という点でやることは古代文明の神殿付きとあまりかわっていない。しかしこうしてしつらえた人間像と社会像のどこかに打ち鳴らして踊るという野卑の伝統が混入しているのは、danserという単語一語で済んでいるのがその良い証拠。
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【アッと!乱だム】


http://gr123.blog120.fc2.com/blog-entry-332.html
http://www31.ocn.ne.jp/~goodold60net/soran.htm
宇宙少年ソラン OP ED




『海潮音』の夜の「象徴詩」
http://wwwelib.komazawa-u.ac.jp/cgi-bin/retrieve …
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この回答へのお礼

ソニーの話はネタになってしまうので、さておいて、もう一つの方について。面白い文献、ありがとうございます。この文献は大まかには象徴詩の日本における受容ということになりますが、これについては私も関心があったところです。日本における象徴主義は、少々誤解されていたと私自身は感じています。つまり象徴A=解釈Xという風に、法則を知る者にこそ暗号解読できるものだと考えられていたようです。これは語源的にも、サンボルが二つに割れた「割符」を意味し、割符Mと割符Nを照合することを意味するので、語源学的にも推論できます。

それで日本では能の伝統芸能がフランスの象徴主義との接点があるなどといわれると、日本文学系では拒否感を示す研究者は結構いたなと思います。つまり能は扇の動作一つで何かしらの感情表現を行うのですが、それはA=X式の単純なものではなく、感じとるものだというのです。
しかし、これはまったく真逆なのです。A=X式の式はむしろイコノロジーというべきで、象徴主義はA≠Xであるという要素が多分にあるのでした。これはまだ日本だと誤解している研究者は多いなと感じます。そこでこの論考、私は知らなかったのですが、全くかゆい所に手が届く、秀逸な論考だと思います。

ボードレール自体は象徴詩人という位置付けがあった一方、第一人者のクロード・ピショワはかなり強権的に反論しています。「万物照応」などには「象徴」という語が登場しますが、なるほど語だけおっていくと象徴主義と関わりあるように思えるが、その内実はどうも違うようです。

お礼日時:2010/12/22 20:03

>ぼくんちに SONYが やって来た!



小口吸いさん、こんなの知っているかなあ。

とっても可愛い坊やだね
どこから来たのと聞いたらば
僕は空の子朝日の子
光と一緒にやって来た
ソニーソニーソニー
エスオーエヌワイ ソニー

未だ8石鉱石ラジオの時代の歌だ。
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この回答へのお礼

ちょっとした雑談を。私もフランスでソニー製のラジオを買いました。10ユーロのロシア製が機能しなくて、ソニーをもった帰って来た時は音質の差に、感動したものです。それでlittelekissさんの気持ちがわかりました。

フランスは大きめのラジオが売られていて(日本だったら五センチ四方のラジオだってあるでしょうけれど)、目覚まし機能がついており、好評のようです。あまりに大きいので旧型じゃないのかと疑って、売り場で買うべきか否か迷っていたら、プレゼント用に購入して行く人がかなりいました。わざとレトロに大きいものも売られているくらいです。

フランスはテレビよりラジオだと聞いたことがあります。かくいう私は高校卒業以来、テレビをもったことはありません……。

お礼日時:2010/12/22 20:13

『出雲の阿国』上・中・下巻 中央公論社・中公文庫


新潮社有吉佐和子選集第2期第1・2巻
http://www3.ocn.ne.jp/~ariyoshi/sawako/reading/o …

映画版『ファン ・ ジニ(黄真伊) 』
http://www.cinemacafe.net/official/hwangjiny/
ドラマ『ファン ・ ジニ(黄真伊) 』
http://japanese.visitkorea.or.kr/jpn/TE/TE_JA_7_ …
http://www.geocities.jp/whitecube0919/fanzini/fa …

祈祷師
http://lala.tv/programs/kingandi/relations.html
http://wiki.blhrri.org/jiten/index.php?%A1%F6%B7 …






「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、われは求め訴えり!」
http://dribox.g-serve.net/TV/akuma/akuma.htm
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皆さんに聞きたいのですが、西洋ではダンスしかなかったんでしょうか。

日本では、踊りと舞いがありますね。踊りは体全身で踊る。その芸術の極致は西洋なんかじゃなくて、アフリカの人達のあの迫力のある踊りにその行き着くところの極限を見て取れる。一方、日本では舞いが語りから発展して来た。語り手が話しの興に乗って来て手をあちらこちらに動き出し始める。それが舞いですね。インドネシアの舞いを見ているとまさに語りの中に、指先まで緊張させた手の仕草がある。あの緊張感は、バレーだ何だと、こちらと思えばまたあちら、

京の五条の on the bridge
Big boy の弁慶が
long 長刀ふりまわし
牛若目掛けてcut in

前やbackやright left
Hereと思えばまたthere
swallowのような早業で
devil の弁慶 I'm sorry

みたいなピョンピョン跳ね回っているガキの遊びみたいなのとは訳が違うと常々思っている。牛若丸でも芸術って言うんでしょうか。あたしゃ、あのインドネシアやインドの目の玉まで駆使しての緊張感の方をよっぽど芸術って呼びたい気がしている。

それに、日本人が舞いと踊りを区別するなんて、知的レベルでは西洋の先を行っていませんか。物理でも、Laws of nature なんて、西洋人は法律も法則も一緒くたにしてLawsなんて呼んでいる。でも日本人はそれを立派に、法則と法律と言う別の概念で区別出来ていますね。このように、元々意味の違うことを一緒くたにすることを物理学の専門用語では縮退しているっていうんですが、日本人はそんな物理学の最も基本的な概念の縮退を西洋人に先んじてとっくに解いている。踊りと舞いをごっちゃにしているなんてのも、その縮退の好例じゃないんですかい。

また、解んないのは、
>ダンスは十九世紀中葉まで、まぁ言ってみれば、芸術とみなされていませんでした。民俗芸能であり、、、

ってな言葉です。民俗芸能は芸術じゃぁないって誰が言い出したんでしょうか。例えば漆器に見るような日本の工芸美術、あれは職人が作ったから芸術じゃぁないとでも言うんでしょうか。んじゃあ、自分たちの独自な創造性をトコトンまで突き止めて来たあの職人たちや、日本の舞やインドネシアの舞やアフリカの踊りを作り上げて来た名もない人達は、何だったんでしょうか。そうですか、彼等は民俗芸能人や職人だったんですか。そんなんじゃ、あたしには芸術がなんだか判んなく成って来ちゃったですね。やっぱ、ベルギーで見たバケツに入ったムール貝の殻じゃなくっちゃ芸術では無いんでしょうか。あたしにゃ、無から有を作り出す全ての創造的で且つ知的な営みは芸術なんだが。

賽子さんは、西洋人の東洋芸術に対する認識について興味を持っていらっしゃるようなので、そんなことを考えるのも面白いんじゃないですか。

乞う応答。
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この回答へのお礼

猪突先生、お礼が大幅に遅れてすみません。どうも熱が引かないので、あまり頭が働いていないようです。一昨日、お礼を書いた後に熱が出て、それきりになってしまいました。

>皆さんに聞きたいのですが、西洋ではダンスしかなかったんでしょうか。

ダンスと舞いの区分が無かったというのは、言語的にも、そうかもしれません。雨合羽先生が指摘しているとおりです。それで私もフランス人が日本の舞いについて語る時、何かを勘違いしていると感じたことはあったものです。
ただ伝統的なダンスの中には舞いに近い要素も見出せます。フランスの北西ブルターニュに残るケルトの踊りは、随分と形式化されたものです。修練が必要なので、踊り手の後継者問題もあるようです。またロマン派ということであれば、ジェラール・ド・ネルヴァルというボードレールと同時代の詩人が、ヴァロワの民俗芸能を作品に登場させます。「シルヴィ」では村の娘らが踊る姿が描写されます。

ただネルヴァルが嘆いて見せる通り、これらは十九世紀当時のフランスでは蔑にされていた類のものです。中央集権で国力を増強する流れの中で、伝統的な芸能のみならず、方言や地方独特のアクセントや言い回しは注目されなくなったのです。
ダンスの際の音楽も最近でこそ復刻されるようになりました。それを聞くと、どうやら演劇に近い要素があったらしいとわかります。王の提案する結婚を拒み続けるお姫様などがテーマです。ただこうした復刻が始まったのは、ごく最近です。専門家でも少し前までは知らなかったそうです。

こう書くとフランスは伝統芸能の保存に対して遅れを取っていると言っているようになりますが、風潮は日本も同じようなものでしょう。私の亡くなった祖父の本職は農夫ですが、神楽の名手だったそうです。しかし家族も村の人も、彼の踊りをよく知らないようです。私はどうも惜しいなと思って、どういう踊りだったのかと資料館に行って文献も調べてみたことがありますが、十分とはいいがたい印象を受けました。
祭りそれ自体も段々と消滅していきはするのです。私が子供の頃には、小学生がお囃子を吹いて、踊っていたと記憶します。私も誘われたものでした。しかし弟の頃から廃止になって、今日、そんな音楽はもう聞きません。

>民俗芸能は芸術じゃぁないって誰が言い出したんでしょうか。

ロマン主義以降、「芸術」とは作家の主体性を表現するものであるという考えがヘーゲルから先鋭化されるようになります。流派や伝統を否定して、芸術家個人の天才を認めるようになるのです。匿名の文化であった踊りが、「芸術」としての市民権を獲得するためには、ニジンスキーの登場がどうしても必要だったのでしょう。

ただダンスの話から少し外れますが、西洋が偉いかというとそれは違うと思います。猪突先生がアジアの舞踊と対立項を出して鋭く批判しているように、ロマン派でいう「芸術」は結局のところ、理不尽な西欧中心主義に行きつきはするのです。突き詰めると、非西欧圏が芸術と伝統芸能の区別がつかないことをしているのに、西欧だけが主体の表現たりうる芸術を有しているという話になりますから。柄谷行人などは、ヘーゲルの西洋中心化の言説を強く批判しています。

しかしヘーゲルの『美学講義』がフランスで十九世紀に受容された以降の資料を集め始めると、議論はより多面的なのです。たとえば美学といった時に「美」の他に「醜」の立場を認めるべきだという議論が起きていたという話は前に書きました。「醜」というと差別的ですが、決してそういう意味ではなかったのです。西欧的な美学体系だと捉えきれないものを「醜」とした上で、むしろ「醜」の美という、言葉の上で矛盾した議論を展開しているのです。その対象となったのは、アジアの芸術作品です。

「芸術」の概念が排他的であるという問題点は、ボードレールもまた他のロマン主義者らもわかってはいたのです。「さてこれは、まことに、唯一絶対美の理論に逆らって、美に関する合理的で歴史的な理論を打ち立てるための、格好の機会である」と『現代生活の画家』でボードレールは述べます。「名を挙げるまでもない二、三の例外をのぞけば、大部分の芸術家たちは、きわめて腕達者なけだもの、ただの日傭取り、村の知恵者、部落の脳髄といったものたちであると、言わないわけにはゆかない。」
こうやって狭義の「芸術家」批判をしつつ、より広範な概念を提起しようという流れはあったのです。ただそれは少数派ではあったのです。

お礼日時:2010/12/22 15:14

こんばんは、iacta-alea-estさん



●ほんじゃまあlittlekissさんのご要望があったと勝手に解釈しちまうことにして、


ちょっと待った!!!
http://www.google.co.jp/imglanding?imgurl=http:/ …

ボケにはツッコミ入れとかないとね。(*^^*)>”””お約束です。

もうすもうすってなにをもうす?

で、「かたじけなさに涙こぼるる」ですって?

はい!ここで〝You don't say!”と、言ってやってください

涙に惑わされてはなりませんぜ。これ、オチです。ホントホント

きたねぇ手使いやがる、ったく。(-_-)/~~~ピシー!ピシー!

清めねば シャッ\(゜ロ\)(/ロ゜)/シャッ

高天原に 神留坐す 神漏岐 神漏美 命以ちて
皇親神伊邪那岐の大神
筑紫 日向の 橘の 小門の 阿波岐原に
禊祓ひ給ふ時に 生坐せる 祓戸の大神等
諸々禍事 罪穢を 祓へ給ひ 清め給ふと 申す事の由を
天つ神 地つ神 八百万神等共に
天の斑駒の 耳振立て 聞食せと 畏み畏みも 白す



お客さん、ようこそいらっしゃいました寄席へ。(^o^)丿

ただいまのお話は、「墓違い」。
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/62757/60017/1 …
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/62757/60017/1 …
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/62757/60017/1 …
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/62757/60017/1 …

まあ、こう話が長くなってきますと合間合間に息つくとこも必要とでも申しましょうか

奇特にも言葉繋いでくださる御仁もおられるようで。ホンに有難いことと感謝しつつ、

さてとお話をつづけてまいりましょう。

QNo52であげた参考URLのなかでおもしろいものみつけたんですね

ペン胼胝の指を擦ればそのさきに言葉乞食が坐つてゐるよ
http://poetsohya.blog81.fc2.com/blog-entry-503.h

ちびっと、抜粋

<散文は歩行であるが、詩はダンスである>

で、ふと思い浮かんだのが、村上春樹氏の本のタイトル「ダンス・ダンス・ダンス」

先の言葉に従うなら読みかえると「詩・詩・詩」これをさらに読み替えると「4・4・4」

ほらほらほらね、ちょっとはボードレールのお話に関係づいてきやしませんか?

iacta-alea-estさんどうですか?

このリズムについてなにか蘊蓄をひとつお聞かせ願えないものでしょうかね?
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この回答へのお礼

長らくのご無沙汰すみません。お許しください。全部の回答にお礼はしますが、さしあたって新しいものから、お礼させてください。この場を借りてお詫び申し上げます。

Littlekissさん、いつも楽しい回答ありがとうございます。どうやってお礼しようかと考えた結果、ご要望があった、ダンスの蘊蓄を語ることにしました。そうですね、ボードレールはダンスを詩の重要な課題だと申しています。引用しましょう。初期の自伝的要素のある小説『ラ・ファンファルロ』からです。

わが国では舞踏の芸術があまりにも軽蔑されていると、ついでにいっておこう。すべての偉大な民族、まず古代世界の民族、インドとアラビアの民族は、詩と同等に舞踏をたしなんだ。〈中略〉音楽を聞いて絵画的な観念をよびさまされる人々だけが、私の言おうとするところを理解し得る。――舞踏は、音楽が秘め隠している不可思議なもののすべてを掲示することができ、その上、人間的であり手に触れられるものだという長所をもつ。舞踏とは、腕をもち脚をもった詩であり、物質が、優美にも恐ろしく、運動によって生気を与えられ、美化されたものだ。(ボードレール、『ラ・ファンファルロ』阿部良雄訳「ボードレール全詩集II」、筑摩書房、ちくま文庫、p.421)

「軽蔑されている」とはボードレールのいうとおりだったと思います。遡れば、舞踏芸術自体は、中世イタリアの芸術のジャンル比較、パラゴーネ(※「比較」の意味のイタリア語でそれ自体が芸術ジャンルを比較して優位をつけることを表す)でも入っていなかったと思います。建築、彫刻、絵画、音楽、詩学が比較されていただけだったなと思うのです。
ところがボードレールは舞踏を絵画や音楽、詩学と比肩するというのだから、大変な引き立てようです。実際、『悪の華』には「踊る蛇」など舞踏に関連するテーマの詩が頻繁に現れます。『ラ・ファンファルロ』では、主人公のサミュエル・クラメールは恋人になった踊り子であり歌手であるラ・ファンファルロ嬢に衣装を着せ、踊ってもらい(現代でわかりやすくいえばコスプレ)、楽しむのです。同じように仮装させた恋人を踊らせて恍惚とするというテーマは『悪の華』では「宝石」(起訴されて有罪判決の作品)にあらわれます。

ただボードレールの場合は具体的な踊り子の名前や、流派の名前はあがりません。これは彼の時代には仕方なかったのです。ざっと当時の雑誌を調べたことがあります。フレンチカンカンの名手はいたらしいのですが、ほとんど匿名です。
ダンスは十九世紀中葉まで、まぁ言ってみれば、芸術とみなされていませんでした。民俗芸能であり、都市ではダンサーはしばしば娼婦と同義でした。少し時代が下っても、ロートレックの「踊り子」には「パトロン」がいるように、身体を売らないと生きていけない商売だったのでしょう。森鴎外の『舞姫』のエリスも借金の代わりに、興行主に身体を要求されますね。それを主人公が助けるわけですが。

踊り子の地位が上がるのは、クラッシック・バレエが成熟した以降です。マラルメという詩人は舞踏を芸術だと認めたという点では、なかなか画期的だったようです。ボードレールが踊り子の固有名を出さなかったのに対し、マラルメの頃には、それを論じることも可能でした。研究をご紹介しましょう。
・書誌情報
http://d.hatena.ne.jp/clair-de-lune/?date=20070428
・村上由美氏のまとめ(かなり良い出来です)
http://www.dance-studies.com/DL/070428_murakami_ …

「音楽を聞いて絵画的な観念をよびさまされる人々」であるlittlekissさんなら、ボードレールのいうことがまさにおわかりになるでしょうね。

お礼日時:2010/12/21 07:59

ほんじゃまあlittlekissさんのご要望があったと勝手に解釈しちまうことにして、一つ蘊蓄を。



あたしゃ30年近く前にアメリカ中南部をテント持って家内と一人目の子供を連れて車で大旅行をしたことがあったんだね。ただただ一直線の田舎道を走ってたら小さな村にでた。その前も後も50Km以上何もないところだった。何とそこにビリー・ザ・キッド博物館があった。博物館とは言ってもお土産屋さんの一角に彼にまつわる写真が置いてあるだけの小さい物だ。ビリー・ザ・キッドは開拓時代の有名なギャングだ。その近くに彼のお墓があると言うことなので記念写真も撮って来た。旅行が終わって、アメリカ人の友人にそのことを自慢したら、「でっ、どのお墓だ。彼は少なくとも三つお墓があるからな」って言われてギャフンとしちまった。

だが、後になって解ったんだが、有名な人の墓なんちゅうもんは幾つでもあるもんらしい。三つなんてその国の歴史が如何に浅いかを示している何ものでもないらしい。大分後になって柳田國男に興味を持ち出して色々読んで行くうちに、日本でお墓の数が一番多いのは和泉式部、二番が小野小町、そして三番が弘法大師らしい。和泉式部は、北は東北の片隅から南は九州まで200近くの墓があるんだそうだ。日本の庶民の間で最も人気があったのが和泉式部だったらしい。何せ、都会育ちで教養が有り、娘の教育も抜群、鼻持ちならない京の公達たちを手玉に取って、当時最高に飛んでる女性だったんだから、人気があるのは当たり前か。今とちっとも変わってないね。

何で彼女にそんなにお墓が多いのかを掻い摘んで言うと、京都で教育を受けた巫女さんたちが旦那の山伏と一緒に山の奥から岬の果てまで日本中を渡り歩いて、死んだ婆さんや爺さんたちの霊媒になって、「今冥土で元気にやっとるぞー」ってな具合なことを言って生業にしていたからなんだそうだ。旦那の山伏はそんな時お札なんか売って商売をしていたらしい。村々じゃ、京から来たハイカラさんに、最近の京都の流行りの着物や髪型や流行歌が聴ける。だから、娘たちも未だ見ぬ京の都に憧れて、巫女さん達を大事にもてなしていたんだそうだ。その巫女さんがその村で死ぬと、どういうわけかあっちの村でもこっちの村でもその巫女さんは和泉式部だっちゅうことになったらしい。何せ都会育ちで垢抜けしていて、和歌を幾つでも唱ってみせる教養抜群な女性だ。このお方が和泉式部でなくて何であろう、ってなことらしい。和泉式部のお墓ばかりじゃなくて、そんな巫女さん達の唱った和歌が日本中に和泉式部作ちゅうことで残っているそうな。

そう言えば、男性で一番墓が多い弘法大師様の高野山に行くと、法然の墓、信長の墓、秀吉の墓、浅野内匠頭の墓、シロアリの慰霊塔、キリスト教ネストリウス派の慰霊塔など、何でも在る。そこで、金剛峰寺に居た坊さんを捉まえて、ありゃ本物かと聞いたら、何の躊躇もなく、あの墓は皆偽物ですと言ってた。まっ、400年も立つと偽物にも貫禄が出て来て、本物以上に御利益もあるらしい。そう言えば、奈良の橿市にある神武天皇陵は江戸時代にその当時の学者が勝手にここだと決めて、そこに在った十坪ほどの祠の後を江戸幕府の命令で整地し直して、あれだけ巨大な物にしたんだそうだ。今じゃ神武天皇は架空の天皇だったことが判ってる。あたしゃそれが偽物だと言うことを知っていたので、余計感激してその天皇陵を見に行って来たんだが、深閑として殆ど目立たない入り口の奥深く、天皇陵の直ぐ前に宮内庁の立派な庁舎にお役人が鎮座ましまして、その天皇陵を大切にお守りしていた。あたしのその感激度と言ったら、どんな本物を見せられるよりも素晴らしかった。

勿論その役人には「これ偽物でしょ」なんて無粋なことは言わないで、「何とも素晴らしい御稜を見せて頂いて感激しております」ってなことを言って来た。

あたしゃ、こんな人間の奥深さが大好きだね。こんな一筋縄では行かない世界に住んでいるから、あたしも退屈せずに済んでいる。だから、その天皇陵におわしますお方はどなたか知らないが、

 かたじけなさに涙こぼるる

だね。
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ペン胼胝の指を擦ればそのさきに言葉乞食が坐つてゐるよ


http://poetsohya.blog81.fc2.com/blog-entry-503.h …
http://poetsohya.blog81.fc2.com/?mode=m&no=143
うつしみは欠けゆくばかり月光の藍なる影を曳きて歩まむ
http://poetsohya.blog81.fc2.com/page-3.html
http://poetsohya.web.fc2.com/


リンガ ディン ドン♪ リンガ リン ディン ドン~♪
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littlekissさん有り難う。

時間の問題を一生懸命勉強している日本の若い方を文学談義なんて言うところで紹介してくれるなんて、また驚いちゃった。大成果だ。だから世の中面白いんですね。

「私たち人間の無知が過去から未来への時間の向きを創り出しているのではなく、時間の向きが私たちを創り出している。」

プリゴジンの言葉ですね。
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Chanson d'automne (Paul Verlaine)



Les sanglots longs
Des violons
 De l'automne
Blessent mon coeur
D'une langueur
 Monotone.

Tout suffocant
Et blême, quand
 Sonne l'heure,
Je me souviens
Des jours anciens
 Et je pleure

Et je m'en vais
Au vent mauvais
 Qui m'emporte
Deçà, delà,
Pareil à la
 Feuille morte.


落葉

秋の日の
ヰ゛オロンの
ためいきの
ひたぶるに
身にしみて
うら悲し。

鐘のおとに
胸ふたぎ
色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもひでや。

げにわれは
うらぶれて
ここかしこ
さだめなく
とび散らふ
落葉かな。


【海外レポート】
http://www.boj.or.jp/type/pub/nichiginq/out060.htm
http://www.fsa.go.jp/inter/etc/20090107.html


【時間の不可逆性について 物理学における時間の考察と、現象学的記述の関係】
http://www.toyo.ac.jp/gs/kiyo/pdf/46/A-01.pdf


【汝の敵を愛せ】
http://atlantic.gssc.nihon-u.ac.jp/~ISHCC/newsle …
http://atlantic.gssc.nihon-u.ac.jp/~ISHCC/bullet …
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