僕は高校生でふと思ったことがあります。

テレビ番組の内容を批判すると、「嫌なら見るな」という人が必ずいますよね。

「嫌なら見るな」は通用するのでしょうか?

「嫌なら見るな」が通用するならば、BPOもACも必要ないのではないでしょうか?

これらの機関が視聴者からの意見を受け付ける必要があるのでしょうか?

テレビ局も番組の内容について視聴者から意見をうかがうような窓口を置いていますが、嫌なら見なくていいならば、そういうものは必要ないのではないでしょうか?

「嫌なら見るな」が通用するならば、
北朝鮮やミャンマー、リビアのように自国や政府に都合のいい情報だけを流し、都合の悪い情報は隠蔽するか、良いように捻じ曲げる報道体制も肯定されてしまいそうです。

「嫌なら見るな」は通用するのでしょうか?

意見として正しいのでしょうか?

みなさんの考えを受け付けます。よろしくお願いします。

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A 回答 (10件)

>テレビ番組(A)の内容を批判すると、「嫌なら見るな」という人が必ずいますよね。



そのひとが局の人でなく、Aという番組をこよなく愛している人(P)なら、当然の発言だと思います。
「わし(P)はAを見るのが生きがいなのだ。個人の娯楽をとやかく言うな!」
ということでしょう。そういう意味では
>「嫌なら見るな」は通用するのでしょうか?

とりあえず、します。「うん、Pさんの気持ちも、わからんでもない。」そんな程度ですが。
ただ、これはかなり感情的な(非理性的な)発言です。でも、世にはそんなひとも居て当然と言う意味では通用します。
訪問先で飼い犬に吼えられたということと多少似ています。

しかし、貴方がAを見る権利はそれで失なわれることはありません。
堂々と見ていいのです。そして堂々と批判していいのです。
それが自由主義のいいところです。

>嫌なら見るな」が通用するならば、BPOもACも必要ないのではないでしょうか?

そんなことはありません。同じ意味でそれは必要です。存在理由があります。
あなたのようなひとが社会に必要だという理由と同様です。
TV局だって、全員が嫌になって見なくなれば困りますし、その点てきとーにうまくやっていますよ。

>嫌なら見るな」が通用するならば、
 北朝鮮やミャンマー、リビアのように自国や政府に都合のいい情報だけを流し、都合の悪い情報は隠蔽するか、良いように捻じ曲げる報道体制も肯定されてしまいそうです。

全面的にそれが通用することはありませんが、つきつめれば結局、そういうことでしょうね。
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嫌なら見るなは通用しません!



友達同士なら反論出来るし、
特に問題は無いと思いますが、
放送する側は許されません!

それは、自分が見なくても
それを見て洗脳された人が取った行動も、
発信した側の責任だからです!

例えば、テレビで嘘の情報を流したと
しましょう。その人が見なくても
それによって多くの風評被害が出た場合、
賠償責任が発生します!

また、 戦前のように
世論形成にマスコミが関わっていた場合、
多くの人びとが犠牲になった戦争責任も
煽り立てたマスコミには有ります。
特に既存メディアの場合、
一方向で反論や多様な意見も反映されず、
自分達の考えを押付けているだけなので、
完全に発信者側責任が100%です。

まあ、その責任を自覚している
メディアがどれだけ居るかは
疑問ですけどね!

何か起きても責任を転化して、
しれ~と批判する側に回る事が
ほとんどですから。

その点では、風評被害問題を
メディアとして認めた、
久米宏は偉かったけどね!

ちなみに、BPOやACもガス抜きや
マスコミの言い訳を発信する為に、
自分達で作った機関なので、
倫理観を期待する方が無駄です!
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 高校生よ


 いちいちそんなことに 相手にならないように
 嫌でもみればいい。
 言い返さなくても、負けではないことを知りましょう。
 いちいちそういう意地悪な言葉に反論しても、誰も納得などしませんし、はっきりいってどうでもいい意見で、相手にもなれない馬鹿馬鹿しい、低いレベルの、話し合いもできない程度の低いやつが言う言葉。「嫌なら見るな」文句言っても、勝手に見てればいい。無視されるレベルっているということを知りましょう。
 そういう言葉だけのやつは、そういうことを言って相手が納得すると思ってるが、、、誰も反論できないこと言っても、誰も納得しないし、、、ましてや嫌われる。
 ディベートということを世間で使うと、相手は腹が立ち、口論でけんかになる。最悪嫌われる。
 口先の人は、無視しましょう。
 そういうものは、雑音で、、雑音は無視しましょう。どうでもいいこといってますから。

 意見として正しいか?という問いですが、、、意見に正しいとか間違いはないです。勝手に言ってる。
 
 盲点は、、いわれた人は怒ります。
 この怒りを作るやつは、昔では袋叩きか、二度とそんな口を聞けないようにぼこぼこでした。
 最近は、そういう暴力沙汰は少ないようですが、、、はっきりいえば、喧嘩売ってます。
 誰でも我慢強いと思うなよといいたいですね。人に喧嘩売るのがディベートではありません。
 そういうことをいってると、相手は腹を立たせて嫌われるという結果を招きます。
 嫌われると、、、そいつが正しいこと言っても、誰もが反発するでしょう。
 そういうことを知らずに、言い返したり、ディベート使って反論できないように言い負かす人は、誰も納得などさせられません。言い返せない人は、納得するでしょうか?

 本当にいい意見は、共感できることを言って、仲間を増やします。
 ですから、ディベートは世間で使うとアホだと思われます。そして嫌われる。
 そして誰も納得しない。
 嫌なら見るなといわれれば、、、無視か手が出ますね。命令するな。自由を奪うな。
 なめた口利いてますね。一度も殴られた経験ない人は、そういうふざけた事を言ってくるんでしょうね。
 口に気をつけろと教えてあげましょう。
 口で人を怒らせることができることを教えてあげないと恐ろしいですよ。最悪殺意まで、口の利き方ひとつで呼び起こせますよ。

 嫌なら見るな、、、という人は、話し相手にもなれない、、、低脳です。
 そいつがそういっても、、、みんな見るでしょう。そんな言葉で現実はかわりません。つまり何も現実は変えられない、無駄な一言。

 高校生よ、、、そういうことにとらわれるな。最近そういうことにいちいち対応するやつがいるが、、、対処しても何もいいことはない。やりたいことは、反論があっても、ディベートで負けても、、結局、言葉で答えを出すものではない。結果を出せばいいこと。
 東大受験で、うからねぇよ、やめろ、、、などといわれて、、、相手に反論して説得したからといってそんなこと無意味。無言で合格すればいいこと。
 つまり、言葉なんかもてあそんでるやつには無視して、結果で答えるべし。
 結局実力がないやつが、言葉で飾って正体を隠してるようなもの。口が立つやつは大体何もないし、実績もない。実力もなく、結果もないやつが多い。無視すべし。答えても現実は変わらない。言い返せないから、負けと思ってるなら、大間違い。反論できなくても負けではない。
 そう見られても、相手にならない忍耐と我慢を養おう。
 最後は結果が1番。
 黙って、見てればいい。そいつがどういおうと、結局見なくなることはない。
 うるせー」ぐらい思ってるのが正解。
 
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個人には見ない自由もありますが、同時にTV局の番組内容を批判する権利もあります。



なぜなら、TVは公共の電波を利用する許可をもらって事業を展開しているのですが、もともと公共の電波を独占的に使う権利があったわけではなく、公共の為になる番組を放送する目的で公共の電波の独占的使用を許可されているからです。
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嫌なら見るな、というのはテレビ局の傲慢以外のなにものでもありません。



そもそも有限な資源の電波を公共のために割り振って、独占的に使わせてもらっているのがTV会社です。

電波は本来はTV会社の持ちモノではなく、ただの借りものです。
それが今は既得権益になってしまってます。

とはいえ視聴者側としては、「見ない」ことしか選択肢を与えられていません。
見ない、でいいんじゃないですか?
おんなじような芸人ばかりのバラエティーを見てても新鮮味もありません。

ネットで検索するほうがよっぽど新しいニュースを知ることができます。
今回の震災で、既存メディアは厳しく批判の目にさらされています。
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民営と国営の混同ですね。


テレビでいったら、嫌なら見るなは通用する。なぜなら日本では殆どが民放だから。 誰も見なくなったらスポンサーがつかなくなるのでその番組は潰れる。だから嫌なら見るなという言葉は民放の口からは出ない。
一方おなじテレビでも、「嫌なら見るな」と言ってはいけないのがNHK。誰も見なくても国営だから潰れず、痛くも痒くもないからです。北朝鮮やミャンマー、リビアはこれと同じケースで、いずれも社会主義だからテレビは国営にあたる。
民放ならオッケー、国営ならアウトと考えれば分かり易いのでは?
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通用する場合もあるし通用しない場合もあります。




@通用する場合=いつもそういった表現を行っている番組

@通用しない場合=普段は視聴率のために家庭的な企画をやっているのに急に過激な企画をやったりする番組


前者は「見なければ済む」だけの話です。

しかし後者はわざわざ幅広い客層に見て貰おうとして、
そのうえで突然過激な表現を見せるので「すでに見てしまった」わけで、
すでに見た被害を「これから見ないこと」で回復することは出来ません。



なお、北朝鮮やリビアのような検閲とは話が全然違います。

あれは国家権力により情報を規制しているのであって、
自由な表現を認めて選択肢を見る側に与えている日本とでは比較になりません。

それを混同しているのではまともに話が通用しないとは思いますが・・・
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通用しません。



この論理は責任を情報の受けてに転化する論理です。

自らの行為を不問にし相手が悪い、とする詭弁です。

ひじょ~に原理を解りやすく単純化すると以下。

犯罪に該当する様な行為、上半身は着衣、下半身はパンツ一枚で街を歩く人物、不快ならば見るな、ではなく、その人物が自らの行為に責任を取るべきです。

その姿が視野に入り不快と感じる受け手が自らエネルギーを使い、その刺激を回避する義務はありません。

第三者があなたに、嫌なら見るな!との論理は何ら問題の解決にはならないばかりか問題を助長する可能性さえあります。

これは何らかの政治主張などの場合も同じです。
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難しく考え過ぎやわ



何でこの質問に北朝鮮や、ミャンマーが関係ある?


単純に嫌なもんは見なけりゃイイ!


それだけの話やん!
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あなたの周りの人が言うのですか、だったら通用します。


質問の前半は一般人のことで、後半はメディアのことを言っているようですが。

テレビなどのメディアが言うのは通用しません、作る側にはそれなりの責任が伴うわけだし、第一収益を上げるためたくさんの人に見てほしいはずなので「嫌なら見るな」は矛盾しているでしょう。
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