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詩とは何でしょうか。

古くは詩といえば「漢詩」で、明らかに韻文でした。けれども、現代詩は韻文といえるのでしょうか。現代詩は何をもって、散文と区別しているのでしょうか。
それから、「自由詩」、「定型詩」などの言葉もうろ覚えなので、説明していただけると大変助かります。

皆様のお考えをお寄せください。
また参考になる本などありましたら、それも教えてください。

よろしくお願い申し上げます。

A 回答 (4件)

> 現代詩は何をもって、散文と区別しているのでしょうか。



試みに、現代詩の分かち書きをなくして、散文のつもりで
読んでみると、それが「散文らしくない」ことに気づく
ケースが多いのではないかと思います。

ハッキリと言葉で定義できるかどうかは別として、
多くの詩は、「詩らしい」書かれ方をしているものです。
また逆に、たとえば、
詩を書く宿題がでたときに、「詩らしい」文句を書くことが
できるなら、その人は感覚的にそれが分かっていることになります。
だから、そうであるなら、詩とは何か? の答えを、その人は
実はすでに知っている、ということになるかもしれません。

とはいえ、
芸術には、形式破壊をするタイプの表現者がいたりするので、
詩なら詩の、明確な定義というのが、どんどんわかりにくく
なるでしょうし、

それにそもそも、
どうも芸術家というのは、定義がどうの、
というような杓子定規なことが大嫌いなようで、
詩とは「詩の精神による表現」のことだ、というような
いい加減なことを言って得意になったりするような(?)
ところがあるんじゃないか? と踏んでいます。
(ただ私が、物分り悪いという話もありますが)
だから、正攻法で答えを求めても、水面の月を
掬い取ろうとするようなものだ、くらいに
考えているのですが、

全然学術的な考えでなくて、すみません。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
お礼が遅くなって申し訳ありません。長く受け付けていればいい、というものでもないのですね。ここで締め切ることにします。
どなたにポイントを発行するのかには、ずいぶん悩みました。ご厚意に序列をつけるようで心苦しいのですが、どうぞお許しください。

この場を借りまして、ご回答くださった皆様に、改めて御礼申し上げます。

お礼日時:2001/07/04 00:37

補足説明です。



劇詩または詩劇はひとつの分類の仕方で、上演用の作品が韻文で書かれたものです。ギリシャ時代から日本の江戸時代まで多くの戯曲は長編の詩で書かれたものが多いので、あえて詩劇という意識はなかったと思われます。日本の能や浄瑠璃なども一種の詩劇だと思います。専門家ではないので深くは説明できません。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
また、ご縁がありましたら、よろしくお願いします。

お礼日時:2001/07/04 00:26

自然界のこと、人の思い、想像をあるリズムで表したものは全て詩だと思います。


単に気持ちを述べた文章でも区切り方次第ではりっぱな散文詩になります。
一方、行数や次数に一定の約束があり、その形式を守りながら書いたものは定型詩となり、多くの漢詩や日本古来の短歌や俳句は定型詩でしょう。定型で歴史や出来ごとを書いたのが叙事詩、作者が感じたこと、情感を表したのが抒情詩、詩で書いた物語の劇詩などに分かれると思います。現代では短歌、俳句以外は自由詩が主流ではないでしょうか。

教えてgoo
そこには現代の縮図がある
物を考えない若者
古い思考に拘る年配者
いつの時代でも
教えることは学ぶこと
教えてgooはインターネットの道場だ

これも私が詩だと言えば詩でしょうね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

やはり、書かれた本人が「詩」と称するかどうかがポイントになるようですね。
叙事詩、抒情詩はよく耳にしますが、「劇詩」というのは初めて聞きました。意味は「叙事詩」に近いのでしょうか。

初めの方のところにも書きましたが、ポイントの発行はもうしばらくお待ちください。

お礼日時:2001/05/06 00:18

意識的に韻を踏ませたものや五七調などの定型に沿ったもの(つまり韻文)は別として,現代詩の見分け方というのは,書いた人が「詩」と称していればそれは詩である,というくらいしかないのではないでしょうか。

見たところふつうの文章となにも変わるところのない「散文詩」というのもあるくらいですから。形がなんでもいいということになれば,内容だけで詩かどうかを区別することは至難です。もちろん,それぞれの詩人や評論家や学者は「これは詩である」とか「こんなものは詩ではない」とか論じますが,万人に共有される基準はないと思います。

日本において伝統的な詩とはほぼ和歌のことですが,これは,神の言葉または神への言葉,すなわち日常の言語とは異なる言語表現として発生してきました。五七調という「型」をもつことがその最大の特徴です。使われる言葉も,現代短歌に至るまで,日常語とは異なる文語が中心です。和歌より後に発生した連歌や俳句も基本的にはその延長線上にあります。明治の最初の頃も,「文語定型詩」という形で詩の「非日常性」は保たれていました。それに対して,近代人の思想・感情をもっと自由に表現したいということから「口語自由詩」が生まれるわけですが,「口語」であり「自由」であることそのものが,ある意味で「詩」から遠ざかることであったと言えるのではないでしょうか。

『日本文藝史』(講談社)という本の中に,現代詩について次のように書かれています。

 欧米の自由詩は,定律詩の形にとらわれない別種の詩律をもつもので,無律詩
 とは違う。だから,聴受のばあい,みごとな効果がある。ところが,内在律を
 生かすと称する日本の自由詩は,それを額面どおり実現できている例が多いと
 は限らず,むしろ,たいてい行別けの散文でしかないことを残念ながら否定し
 かねると申したい。

それと,最後におおまかな言葉の定義を。

定型詩=短歌・俳句など,音の数や句の数の決まっている詩。
自由詩=特定の韻律や形式をもたない詩。

日本語でもラップなんかは脚韻を踏ませていますね。かなり無理をしているとは思いますが,その不自然さがむしろ詩としての「非日常性」は強烈ににじませていると言えなくもないような気がします。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

「『口語』であり『自由』であることそのものが、ある意味で『詩』から遠ざかることであったと言えるのではないでしょうか。」

なるほど、と思いました。
詩は、その「非日常性」を失って、散文と区別し難くなってしまったのですね。
素晴らしいご指摘ありがとうございます。

ご回答の中で引用されていた『日本文藝史』を読んでみたいと思ったのですが、どうやら5巻に分かれているようです。何巻目に入っていた文でしょうか。頼りっぱなしで申し訳ないのですが、教えていただけると助かります。

質問をするのは初めてで、仕組みなどがよくわからないのですが、ポイントを発行すると、回答が締め切られてしまうようです。できれば、たくさんの方の意見を伺いたいので、ポイントの発行はもうしばらくお待ちください。最後には必ず発行させていただきます。

お礼日時:2001/05/06 00:16

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