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日本人はどう使い分けているか?との外国人からの質問に明確に答えられませんでした。
「さっさと」「とっとと」は擬態語である事の説明はしても、納得のいく説明ができません。
日本語検定N3からN5程度の若者にいかに教えたらよいでしょう?

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A 回答 (5件)

「さっさと」は「颯々(さつさつ)と」です。


「颯」はサッと風が吹く様子で、「颯爽」などと言う熟語に当てられます。
従い、「さっさとしよう!」と言う場合、風が一吹きする様に「さっと」やってしまおうと言うニュアンスですね。

「早速」は言わずもがなの見たままで、早い・速いと言う同義の漢字を重ねた熟語ですが、より正確に申せば、「早」は時間的な早さで、「速」はスピード的な早さですから、時間的にも速度的にも、「はやくする」ワケです。
従い、「時間的には直ちに取りかかって、速度的には大急ぎで終わらせる」と言う意味合いかと思います。

「とっとと」は「疾く疾くと」(又は「疾う疾うと」)です。
「疾」には「早い」「速い」の両方の意味があります。

時間的な早さは、「疾(と)うの昔」などと言う様に、今より過去とか、過ぎ去った時間を指します。
速さ的には「疾風」「疾走」などと言いますか、これも「見た時にはもう過去になっている」と言う様な速さを表わす言葉なのではないか?と思います。

ですから、「とっととやれ!」などと言いますと、「既に終わらせておけ!」「最初からやっておけ!」と言う様なニュアンスかと思いますよ。
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この回答へのお礼

言葉(漢字)の意味からご説明いただき、大変分かりやすかったです。
これだと、外国人に説明するにも説得力があるし、漢字の勉強にも
繋げる事ができ、素晴らしいと思いました。
とっとと、の説明で「見た時にはもう過去になっている」という感覚が
とても素晴らしく、仲間にも話をしました。
本当にありがとうございました。

お礼日時:2011/07/21 10:59

「さっさと」



ある動作をすばやく行なうこと。
「さっさと掃除をしろ」
は、掃除を短い時間で済むように急いでやろう、という意味。
すでに掃除は始まっている。

「とっとと」

ある動作に早く着手すること。
「とっとと掃除をしろ」
は、早く掃除を始めろ、という意味。
これから掃除が始まる。


「早速」

どちらかというと、「さっさと」より「とっとと」に似ているでしょう。
「とっとと」が主に命令形に使われるのに対して、「早速」は命令形以外で使うように思います。
  
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この回答へのお礼

とっとと、が主に命令形に使われる、というのを例文を作ってみると
見事に当てはまり、説明がしやすいと思いました。使わせて頂きます。
ありがとうございました。

お礼日時:2011/07/21 11:02

・さっさと


”素早く(何かをする)”という意味。
・とっとと
”さっさと”のくだけた言い方。
例:「さっさとやれ」、「とっとと片付けてしまおう」

・早速
”時間を置かずに(何かをする)”ということ。
例:「早速、試してみた」、「早速、出かけよう」
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この回答へのお礼

簡潔なご説明、ありがとうございました。

お礼日時:2011/07/21 10:51

「さっさと」 = どちらかと言えば他人から受ける命令形である。

「さっさと片付けてしまえ」「さっさと書類をまとめろ」「さっさと起きろ」。

「とっとと」 = 「さっさと」をもっと乱暴にした言い回しである。「とっとと片付けれ」「とっとと消えてなくなれ」「とっとと失せろ」。喧嘩を売る時によく使う

「早速」 = 自分に対し使う言葉である。「早速、書類を作成します」「早速、プロジェクトをスタートさせます」「早速、行ってきます」。自分はこんだけ行動が早いよという事を相手に示す強調語でもある。
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この回答へのお礼

早速、は自分に対して使う言葉だというのは意外な感じがしました。
さっさと、とっととの比較級的なご説明がとてもしっくりきました。
ありがとうございます。

お礼日時:2011/07/21 10:49

1。

「さっさと」  普通ノロノロ仕事をしている人にいう言葉

    さっさと片付けろ、何時までグズグズしているんだ。上からの目線。

2。「早速」 期待したよりも早く仕事が済んで感謝を表す時使う言葉。

    早速ご返事いただきまして、ありがとうございます。下からの目線。同等の目線。

3。  「とっとと」 多くの場合「帰れ」という言葉が続きます。

   お前うざいんだよ、とっとと帰れ。上からの目線。俗語。
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この回答へのお礼

目線、というのが参考になりました。
話者の感情によってこの言葉を使い分けているのでしょうね。
ありがとうございました。

お礼日時:2011/07/21 10:41

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通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われていた。
(1) 体言には「ぐらい」が付く。
(2)「この・その・あの・どの」には「くらい」が付く。
(3) 用言や助動詞には,普通は「ぐらい」が付くが,「くらい」が付くこともある。

 「ぐらい」と連濁する場合はひらがな表記も濁音表記とする。
 〈例〉10歳ぐらいの子
------------------------------

以前は使い分けが行われていたが、現在は「くらい」「ぐらい」のどちらでも良いという説です。

手もとの国語辞典(*)には、どれも「くらい」の主見出しで名詞の「位」と、そこから転じた副詞(副助詞)の「くらい」の解説がありますが、ほとんどは『「ぐらい」とも』としています。「ぐらい」は参照見出し(空見出し)になっています。
(*)新明解、広辞苑、岩波、大辞林、明鏡

『明鏡国語辞典』だけは、「くらい」の項の最後に以下の説明がありました。
----------------------
[語法]
「くらい/ぐらい」は、今は区別なく使うが、伝統的には、体言には「ぐらい」、コソアド系の連体詞には「くらい」、活用語には「ぐらい」「くらい」ともに付いたという。
----------------------

結論として、
伝統的には使い分けがあった。
現代語ではどちらを使っても間違いではない。
というのが、事実上の正解でしょう。

現実には、個人の言語感覚によってかなり差があると思います。年代差や地域差もあるかもしれません。


ここまで書いて、以前別の場所で同じような話があったことを思い出しました。

『きょうのことばメモ』
  〔早稲田大学の飯間先生(日本語学)のブログ〕
http://yeemar.seesaa.net/article/14552277.html
「くらい」の清濁 2006年03月09日

「以前は」「伝統的には」というのは、江戸時代の頃のようです。

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
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こんちには。
「怠る」と「怠ける」の違いについて、
私個人の感覚で説明してみます。


「怠る」ですが、「すべきことをしない」ということです。
「何かをすべきである」という前提がありながら
「しかし、それがなされない」という状態を表す表現だと思います。


「今朝、戸締りを怠ったまま、家を出てしまった。」
(戸締りをすべきだった⇒しかし、しなかった)

「刃物を使っているときは、注意を怠るな」
(注意をすべき⇒だから、しないのはいけない。しなければならない)


ただし、

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では、次に「怠ける」のほうを説明してみたいと思います。


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「何かがなされない」という事実が生じているのです。


「その男子生徒は、すっかり学業を怠けている」
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(拒否している。ずるい⇒そのために、しなかった)


ここで、先ほどの「昨日、やらねばならない勉強を怠った。」ですが、
どうしても勉強ができない正当な理由(病気など)もなく、
「だらしがない」「やる気がない」というような
心の状態の結果として「すべきことをしなかった」のであれば、
「昨日、やらねばならない勉強を怠けた。」と書き換えることもでき、
このとき、両者はほぼ同じ意味を表わしているといえるのだと思います。

こんちには。
「怠る」と「怠ける」の違いについて、
私個人の感覚で説明してみます。


「怠る」ですが、「すべきことをしない」ということです。
「何かをすべきである」という前提がありながら
「しかし、それがなされない」という状態を表す表現だと思います。


「今朝、戸締りを怠ったまま、家を出てしまった。」
(戸締りをすべきだった⇒しかし、しなかった)

「刃物を使っているときは、注意を怠るな」
(注意をすべき⇒だから、しないのはいけない。しなければならない)


ただし、

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Q「あらかじめ」、「事前に」、「前もって」の違い

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「あらかじめ」は時間的に前に何かをすることを表します。なので、「資料を送る」という送るを強調する言葉になります。

Q九分九厘で「ほとんど」の意味だが、何故「割」ではないの?

子どもの頃から疑問に思っていることなんですが、
「九分九厘」というのは「ほとんど全て」という意味ですよね。
ところで小数点以下第一位は「割」ですよね。
0.99ならほとんど全てですが、
0.099というのは一割にも満たないことになるんですが…。
どうしてこういう言い方をするんでしょうか?
「九割九分」と言うべきなんじゃないかと思うんですけど…。
いつも細かいことに拘ってすみません!

Aベストアンサー

#3さんが正解です。(#1さんも間違いではないですが)

「分」は
歩合の単位としては、「割」の下で"1/100"の意味
になりますが、それとは別に
"1/10" の意味もあるためです。
これは尺貫法が元になってます。

「分」を1/10の意味で使っている言葉としては
質問の「九分九厘」、#3さんが例に挙げられた「五分五分」のほか、「腹八分目」とかがありますね。
“条件を満たして、不足がないさま”を「十分(じゅうぶん)」というのも、
十分=(1/10)×10=1
ということから来ています。(そういう意味で#1さんも正解な訳です)

参考URL:http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%D6&kind=jn&mode=0&base=61&row=1

Q拘らず・関わらず??

すみません。以前から気になっていたので正しい答えを教えていただけないでしょうか。

「かかわらず」という言葉の漢字変換なのですが,
例えば

 雨が降ったにも「かかわらず」,彼は傘を差さずにやってきた。

というような文の場合,正しいのは「関わらず」「拘らず」どちらでしょうか。

国語辞典で調べてみたのですが,よく分からなくて(+_+)
すみませんがよろしくお願いします。

Aベストアンサー

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められているのみです。それも「かかわる」でなく「かかる」です。「人命に係(かか)る問題」「係(かか)り結び」など。前者は、「人命にかかわる問題」のように表記されることもありますが、この場合(常用漢字の基準では)「係わる」でなく「かかわる」です。

結論としては、「それにもかかわらず」などにおける「かかわらず」は仮名書きが無難でしょう。漢字の場合は「拘わらず」が正しいといえます。ただし、パソコンでは「関わらず」と変換されることが多いようですネ。

漢字の場合、「関係」という言葉があるように、「関わる」と「係わる」の用法はほとんど区別がつきません。一般的に言えることは、「関わる」「係わる」は肯定的にも否定的(「関わらない」「係わらない」)にも使いますが、「拘わらず」は、肯定的に用いられる例が少ない、ということです。

ただし、肯定的な「拘わる」が誤りだと言っているのではありません。念のため。

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められてい...続きを読む

Q「目からうろこ」ってどういう意味

よくテレビを見ていると、(バライテー系の情報番組)アナンサー諸氏が「これが本当の”目からうろこ”ですね。」
と、コメントしている場面をみかけます。この
「目からうろこ」とは、どんな意味ですか?

Aベストアンサー

目からうろこが落ちる
普通、「目から鱗が落ちる」という場合、思いもよらなかった発想や考え方に、目が開かれるような思いになったことや、全く新しい体験を経験することによって、考え方がいっそうされたようなときに使うようです。つまり、偏見や先入観から解放されて、自由なものの見方や考え方に至った場合に、「目から鱗が落ちる(あるいは落ちた)」と言うようです。

実は、この「目から鱗が落ちる」という言葉は、「豚に真珠」と同じように聖書の中の言葉なのです。この言葉は、使徒行伝の9章にでてくるのですが、この9章は、イエス・キリストが死んでまもなくの、キリスト教がキリスト教としての歩みを始めた極めて初期の時代のことが記されています

アナニヤがサウロの上に手を置き、「イエス・キリストが、あなたのところに私をおつかわしになった」ということを告げたとたん、サウロの目が見えるようになったのです。このとき聖書は、「サウロの目から鱗のようなものが落ちて、再び見えるようになった。」といっています。そしてここに、「目から鱗が落ちる。」という言葉の語源があるのです。

 サウロという人は、当時のユダヤ教の学者の中では一級の人物ガマリエルと言う人の弟子でした。そういった意味ではエリートと呼ばれるような立場にあり、自分の力と才覚でいろんなことを考え実行できる人であったと言えるでしょう。そのサウロが、人生の一大転機の時に視力が奪われ、人に手をひいてもらい、自分の力ではなく他人に頼らなければ何事もできないということを経験するのです。まさしく、人間の能力や力の限界といったものを経験したのです。

それは、厳格なユダヤ教徒からキリスト教徒になるという、信じる内容の変化だけでなく、自分の力と才覚によりすがって生きていく生き方から、自分の力と才覚の限界をしって、ただ神によりすがって生きていく生き方へと目が開かれていく転換でした。その境目に「目から鱗のようなものが落ちた」のです。
 そういった意味では、「目から鱗が落ちる」ということの本当の意味は、人間が自分の力や才覚を誇り生きていくような生き方ではなく、自分の限界や無力さを知り、神に頼るということに気がつくということなのかもしれません。

参考URL:http://homepage2.nifty.com/mitaka-christchurch/scales.html

目からうろこが落ちる
普通、「目から鱗が落ちる」という場合、思いもよらなかった発想や考え方に、目が開かれるような思いになったことや、全く新しい体験を経験することによって、考え方がいっそうされたようなときに使うようです。つまり、偏見や先入観から解放されて、自由なものの見方や考え方に至った場合に、「目から鱗が落ちる(あるいは落ちた)」と言うようです。

実は、この「目から鱗が落ちる」という言葉は、「豚に真珠」と同じように聖書の中の言葉なのです。この言葉は、使徒行伝の9章にでてく...続きを読む

Q「いかる」と「おこる」の違い

子どもに聞かれて困っています。
「いかる」は「怒り」と名詞形になりますが
「おこり」という名詞形はあんまり聞きません。

「いかる」のは広範な感じで、「おこる」は個人的?

明解な答えも欲しいですし、みなさんの感覚でもいろいろ聞かせてください。

Aベストアンサー

小学館の「使い方の分かる類語例解辞典」から関係部分を抜粋して以下のとおり紹介します。
1.「おこる」は、「足を踏まれておこる」のように直接的、物理的な原因によることが多いが、「いかる」は、「侮辱的な発言にいかる」のように、抽象的、精神的原因によることが多い。
2.「おこる」は、「父におこられた」のように、叱(しか)る意味でも使われる。
3.「いかる」は、「いかれる波」のように荒れ狂う意、「肩のいかった人」のように、角立ってごつごつしているの意でも用いられる。

対比表
烈火のごとく~
おこる ○
いかる ○
モラルの低下を~
おこる △
いかる ○
ぷりぷり~
おこる ○
いかる ×

「憤る」との使い分けも記載されていましたが、省略します。


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