辞書はないので、ネットで調べましたが、「送る」の謙譲語は、「送らさせていただく」でいいですか?
というより、謙譲語でも何でもいいのですが、「送らさせていただく」は、正しい日本語でしょうか?

といいますのは、私はIMEで日本語変換していますが、なぜか変換してくれないので、あれ?と思った次第です。
単に、IMEの問題なんでしょうか?
皆さん、変換出来ます?

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (3件)

    「お送りする」謙譲語


    「お送りになる」尊敬語
    似ていますので、、、
    • good
    • 11
この回答へのお礼

なるほど。
そもそも違ったのですね。

お礼日時:2011/08/15 12:37

「送る」の謙譲語は「お送りする」です。



「送らさせていただく」は正しい日本語ではありません。
「送らせていただく」は正しい敬語ではありません。
    • good
    • 9
この回答へのお礼

なるほど。
正しくなかったのですね。
ありがとうございました。

お礼日時:2011/08/15 12:41

それを言うなら「送らせていただく」でしょう。

変換できないのは当たり前です。
    • good
    • 4
この回答へのお礼

お礼日時:2011/08/15 12:39

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q謙譲語の「お目にかける」の意味

お目にかけるとは「相手に何かを見せる」と云う意味でしょうか?
例えば、相手に書類を見せるシチュエーションで「この書類をお目にかけてください」と云う使い方をするのでしょうか?

Aベストアンサー

見かける、見る

Q「おる」と「ございます」と尊敬語と謙譲語

「おる」と「ございます」の言葉遣いがあっているか教えてください。

・「おる」…(例)Aさんが、ご契約されておりますプロバイダは

・「ございます」…(例)Bさんは、△△はお持ちでございますか?

「おる」も「ございます」も謙譲語でよく使うので、
間違っているように思うのですが、
聞いた感じですと、悪い印象は受けないんですよねぇ。。。

恐れ入りますが、どなたか教えてくださいm(_ _)m

Aベストアンサー

>・「おる」…(例)Aさんが、ご契約されておりますプロバイダは
「おる」は一応、謙譲語に分類されますが、そもそもこの言葉は敬語ではない普通の言葉だと考える方が、扱いが楽になります。
「おる」が敬語でないと考えれば「されておる」は「されている」と全く同じ表現ということになります。
ところが「~ている」には敬語がありません。
したがって「されておる」にも敬語がないことになります。
ちなみに「ます」は丁寧語なので、そもそもこの位置で使うべき言葉ではなく、基本的には文章の最後にだけ使います。

■好ましい言い方
・ご契約のプロバイダは
→もっとも単純な言い方です

・契約されていらっしゃるプロバイダは
→「~ている」を敬語に直せば「~ていらっしゃる」になります。

・契約していらっしゃるプロバイダは
→敬語がない文章である「契約しているプロバイダ」を敬語にすれば、「している」の部分だけを「いらっしゃる」とすることで、十分な敬語表現になります。
「契約」に「ご」をつける必要もありませんし、つけてはいけません。

■好ましくない言い方
・ご契約しているプロバイダは
これは一見、正しいように見えますが、上記で説明した通り「~ている」に敬語がありません。
したがって、これは好ましくありません。
それでは「~ている」を「~ていらっしゃる」に変えたらどうでしょう?
・ご契約していらっしゃるプロバイダは
実はこれはダメです。
「ご契約して」は「ご~する」という謙譲語です。
したがって、これは使えません。
この場合、「ご」を取れば完璧です(「■好ましい言い方」の3番目と同じになります)。


>・「ございます」…(例)Bさんは、△△はお持ちでございますか?
この文章は「Bは、△△は持っているか?」というのが基になっています。
これを敬語に直せば、こういう表現になります。
「Bさんは、△△はお持ちになっていらっしゃいますか?」
これがもっとも素直な敬語表現かと思います。
次になぜ「お持ちでございますか」に至ったのかを推測してみました。

お持ちになっていらっしゃいますか?
↓(なんか長い気がするので短くしたい)
お持ちでいらっしゃいますか?
↓(できればもっと短くしたい)
お持ちですか?
↓(「です」では失礼かなと思い、「ございます」に変えてみた)
お持ちでございますか?

おそらく、こんな変化があったのかと思います。
しかし、文法上は間違いということはなさそうです。

>・「おる」…(例)Aさんが、ご契約されておりますプロバイダは
「おる」は一応、謙譲語に分類されますが、そもそもこの言葉は敬語ではない普通の言葉だと考える方が、扱いが楽になります。
「おる」が敬語でないと考えれば「されておる」は「されている」と全く同じ表現ということになります。
ところが「~ている」には敬語がありません。
したがって「されておる」にも敬語がないことになります。
ちなみに「ます」は丁寧語なので、そもそもこの位置で使うべき言葉ではなく、基本的には文章の最後にだけ...続きを読む

Q外国人からの謙譲語についての質問です

日本語を勉強中の中国人です。謙譲語についてお伺いします。謙譲語は敬語のなかで一番難しい内容でしょうか。謙譲語はなぜ謙譲語Iと謙譲語IIに分けられていますか。これは以前からすでにあった分類でしょうか。それとも近年謙譲語を理解しやすいため、新しく作った分類なのでしょうか。ちなみに、普通の日本の方は、謙譲語がIとIIに分けられていること、ご存知でしょうか。

また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

1.謙譲語は敬語のなかで一番難しい内容でしょうか。

おそらくそうだと思います。

2.謙譲語はなぜ謙譲語Iと謙譲語IIに分けられていますか。

<敬語の指針>18~20ページに詳しく、わかりやすく述べられていますので、一読されることをお勧めいたします。
http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/bunkasingi/pdf/keigo_tousin.pdf
ここでは、その内容をかいつまんで述べておきたいと思います。
まず、謙譲語の定義について、多くの辞書では、「話し手が聞き手や話中の人に対して敬意を表すために,自分または自分の側に立つと思われるものや動作などをへりくだって言い表すもの。」のように説明されています。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/70039/m1u/%E8%AC%99%E8%AD%B2%E8%AA%9E/
謙譲語の1と2を分けていないのがほとんどでしょう。
「先生のところに伺います」の「伺う」は謙譲語1です。
「先生のところに参ります」の「参る」は謙譲語2です。
上記辞書では、どちらも「先生に敬意を表すために、自分の動作をへりくだって言い表しているもの」なので、「謙譲語」と呼んでいるわけです。
それは、ある意味で間違っていません。
「先生のところに伺います」は正しいが、「弟のところに伺います」は、弟に敬意を表す必要が無いので間違いである、という論理が成立します。
しかし、辞書の説明だけなら、「伺う」も「参る」も謙譲語なのに、なぜ、「弟のところに伺います」は正しくて、「弟のところに参ります」が間違いなのか、という説明がつきませんよね。

このように同じ謙譲語なのに、一方は正しくて一方が間違いになるのは、「敬意を表す相手」が違うからです。
つまり、「伺う」は、「行く」という自分の動作の向かう先に対して敬意を表しています。
「参る」は、自分の話している相手(聞き手)に敬意を表しています。
謙譲語1と2を一緒にしてしまうと、こうした区別ができなくなります。
それで、前者を謙譲語1、後者を謙譲語2と呼ぶことにしたわけです。
このように分けないと、「弟のところに伺います」が間違いだから、「弟のところに参ります」も間違いだ、と勘違いする人が出てくるでしょう。
因みに、デジタル大辞泉のように分けている辞書もあります。
http://kotobank.jp/word/%E8%AC%99%E8%AD%B2%E8%AA%9E%E2%85%A0

3.
これは以前からすでにあった分類でしょうか。それとも近年謙譲語を理解しやすいため、新しく作った分類なのでしょうか。

わたしの知っている範囲では、最初に提唱されたのは、2006年11月の「文化庁文化審議会国語分科会報告案」で、翌2007年2月に文化審議会答申としてまとめられた<敬語の指針>だと思います。

4.
ちなみに、普通の日本の方は、謙譲語がIとIIに分けられていること、ご存知でしょうか。

以前は3分類(尊敬語・謙譲語・丁寧語)でしたが、最近は、5分類(尊敬語・謙譲語1・謙譲語2・丁寧語・美化語)も浸透してきたように思います。
全くの推測ですが、半々か、それより若干少ないぐらいの人が知っているような気がします。
ただ、3分類の辞書でも5分類が登場したことを辞書に明記するなどしていますから、今後は5分類が主流になっていくでしょう。
なぜなら、そのほうが、誤解・勘違いを減らすことができ、敬語を理解しやすくなるからです。

5.
今回のご質問文の内容は、ほぼ完璧でしょう。
ただ、タイトルは、「外国人から謙譲語についての質問です」とするほうが自然です。
  

1.謙譲語は敬語のなかで一番難しい内容でしょうか。

おそらくそうだと思います。

2.謙譲語はなぜ謙譲語Iと謙譲語IIに分けられていますか。

<敬語の指針>18~20ページに詳しく、わかりやすく述べられていますので、一読されることをお勧めいたします。
http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/bunkasingi/pdf/keigo_tousin.pdf
ここでは、その内容をかいつまんで述べておきたいと思います。
まず、謙譲語の定義について、多くの辞書では、「話し手が聞き手や話中の人に対して敬意を表すために,自...続きを読む

Q「本学」「本学部」「本専攻」などを謙譲語にすると?

はじめまして。
現在就職活動中の大学院生です。

会社にOB訪問をメールでお願いしようと文面を考えていたところ、自分の所属する「大学」や「学部」等の言葉の謙譲語を知らない事に気付きました。
グーグルで検索すると、

本学→弊学
本学部→弊学部

等のように使われておりました。
同様に、研究科や専攻、研究室の場合も

本研究科→弊研究科
本専攻→弊専攻
本研究室→弊研究室

としてもかまわないものでしょうか。
ご存じの方がおられましたら、教えて頂けますと幸いです。

Aベストアンサー

弊は聞いたことがないですよ。本当でしょうか。
当校 当学 当学部 本学 本学部じゃないでしょうか。

参考URL:http://bt.jmam.co.jp/koyomi/business_index/bunsho06.shtml

Q古典文法の「謙譲語」について

古典文法の「敬語」の中の「謙譲語」は、話し手が(登場人物の)動作の受け手に敬意を払って、動作の受け手の行動に対して使うもの、という説明が一般的ですが、「謙譲語」というのは、話し手が自分の行動に対して(へりくだる意味で)使うものではないのですか。少なくとも、現代語ではそうなっている気がするのですが。文語と口語では、謙譲語のニュアンスや使われ方が違うのか、それとも、私の解釈がおかしいのでしょうか。教えて下さい。

Aベストアンサー

古典の謙譲語について。
古典、特に源氏物語かなんかで勉強されているのではないかと思いますが、感覚の違いとして、まず大前提が違うのではないでしょうか。文章として捉えているから違和感があるのだと思います。古典の文章、特に源氏物語などは、「物語」というだけに、誰かが物を語っているものです。
決して今の小説のように、事実や行動、結果を客観的に記していません。
例1-1)〇〇先生が向こうの通りをあるいている。
例1-2)〇〇先生が向こうの通りを歩いていらっしゃる。
文章を客観的に書くなら1-1のようになりますし、
自分の立場を明らかにするなら1-2のようになります。
つまり、現代の小説は中立の立場で書くのに対して
古典の作者は、だれだれに仕えているという立場にたって
物を語っているので、そこには位に順列がつくのです。
〇校長先生>▲先生>私
ということになると、「私」の行動はもちろん一番下なので、すべて相手をたてる敬語になります。
また、「校長先生」も、この場合一番上なので、無条件に敬語の対象となります。
微妙なのが、この「▲先生」。「▲先生」はもちろん「私」より上の立場なのですが、同時に「〇校長先生」よりも下の立場にあります。「▲先生」自身が自分の行動を言うときは「〇校長先生」に対して敬語をつけるだけでいいのですが、「私」が「▲先生」と「〇校長先生」のやり取りを語る場合、謙譲語と尊敬語が必要となるわけです。
例えば、「▲先生」が「〇校長先生」に資料を渡す場合、「▲先生」自身は『私(▲先生)は〇校長先生に資料をさし上げた』となります。もちろん、この場合、「さし上げる」は謙譲語ですよね。
ところが、その場面に「私」が出くわして、◇先生にそのことを話す場合、「▲先生は〇校長先生に資料をさし上げていらっしゃいました」となるわけです。つまり、「さし上げる」の謙譲語を▲先生の行動に使って、▲先生の〇校長先生に対する敬意をあらわし、「いらっしゃる」の尊敬語を使って「私」の▲先生への敬意をあらわすのです。
そう考えると古典も現代もそう変わらないのではないでしょうか。
ただ、現代では、他人の行動に謙譲語を使用するのは全て失礼にあたるという感覚があるようなので(もちろん、古典の世界でもただ単に使用すれば失礼でしょうが)、使用する事が少なくなってきているのかもしれません。
長くなってしまいましたが、参考になれば幸いです。

古典の謙譲語について。
古典、特に源氏物語かなんかで勉強されているのではないかと思いますが、感覚の違いとして、まず大前提が違うのではないでしょうか。文章として捉えているから違和感があるのだと思います。古典の文章、特に源氏物語などは、「物語」というだけに、誰かが物を語っているものです。
決して今の小説のように、事実や行動、結果を客観的に記していません。
例1-1)〇〇先生が向こうの通りをあるいている。
例1-2)〇〇先生が向こうの通りを歩いていらっしゃる。
文章を客観的に書...続きを読む

Qなぜ謙譲語である「申す」と尊敬語である「おはす」は同時に使えるのでしょうか

 私は中国人で日本語を勉強しています。古典文法についての本を読んでいますが、理解できない例文があるので、質問させてください。

 「がくや姫と申す人ぞおはすらむ。」と言ふ。(『竹取物語』)(「がくや姫と申し上げる人がいらっしゃるのだろう。」と言う。)

 『竹取物語』を読んだことがないので、上記の例文の敬語の使い方が分からなくて困っています。なぜ謙譲語である「申す」と尊敬語である「おはす」は同時に使えるのでしょうか。話し手と、聞き手と、がくや姫との三人の上下関係を説明していただけないでしょうか。

 よろしければ質問文の不自然な部分の添削もお願い致します。

Aベストアンサー

日本語教師です。質問文が正確な日本語であることや古文にも関心を持っていることから、あなたが相当優秀な学習者であることがうかがえます。
ただ「がくや姫」ではなくて、「かぐや姫」です。「輝く」と関係がある名前だと言われています。
この部分を調べてみると、月からの使いが翁にかぐや姫の隠し場所を尋ねる場面でした。月からの使者にかぐや姫を渡すまいとして、翁は使者の問いにとぼけて、「(あなたは)短期間とおっしゃいましたが、私はかぐや姫を20年以上育てています。よそにも同じ名前のかぐや姫という人がいらっしゃるんじゃないですか?」と答えた場面です。本文の使い方からみると、
かぐや>翁
使者>翁
という上下関係です。
(翁答へて申す、「かぐや姫を養ひたてまつること廿余年に成りぬ。かた時とのたまふにあやしくなり侍りぬ。また、異所に、かぐや姫と申す人ぞおはすらむ」と言ふ。)
この場面で話している相手が月からの使者という目上の人なので、「申す」という謙譲語を使っているんだと思います。3の方と同意見です。
謙譲語には2種類あって、
A対者尊敬(「お伝えする・参る」のように相手へ向かう行為)
B丁重語(「寒くなって参りました」のように自分がへりくだるだけの表現)
ここはBの謙譲語だと思います。Aは相手への尊敬と自分のへりくだりを表現しますが、Bは相手に関係ない動詞(ここでは「言う」)で使い、へりくだりのみを表します。Bと丁寧語の違いは、自分がへりくだっているかどうかで、ほとんど同じです。
ご指摘の通り、現代語なら「という人」または「とおっしゃる人」が適当ですね。
「竹取」は大人が読んでも面白いので、挑戦してみて下さい。

日本語教師です。質問文が正確な日本語であることや古文にも関心を持っていることから、あなたが相当優秀な学習者であることがうかがえます。
ただ「がくや姫」ではなくて、「かぐや姫」です。「輝く」と関係がある名前だと言われています。
この部分を調べてみると、月からの使いが翁にかぐや姫の隠し場所を尋ねる場面でした。月からの使者にかぐや姫を渡すまいとして、翁は使者の問いにとぼけて、「(あなたは)短期間とおっしゃいましたが、私はかぐや姫を20年以上育てています。よそにも同じ名前のかぐや姫...続きを読む

Q「かしこまりました」は謙譲語なのでしょうか

「かしこまりました」は謙譲語なのでしょうか。
 個人的には謙譲語だろうと考えていますが、手元の資料では決定打が見つかりません。
 辞書やサイトで、謙譲語か否かを明記しているものがあったら教えてください。
 少し前に書いた文章から引用します。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 で、謙譲語性が感じられる言葉には、2種類あるような気がする……ってのが本題。
 ひとつは「ごめんなすって系」。
 いろいろある。
「申し訳(が)ございませんが~」「失礼ですが~」「おそれいりますが~」「恐縮ですが~」
「申し訳(が)ございません。」「失礼(しました)。」だと謝罪の言葉だろう。これに「が~」がつくと、正体不明の前置きになる。「失礼」の語尾変化?に関してはスルーしておく。
「おそれいります。」「恐縮です。」だと感謝の言葉だろう。これも「が~」がつくと、正体不明の前置きになる。
 ヌエ的なものに「済みません。」がある。単独で使うと、謝罪のニュアンスが強いが、感謝の言葉として通用しなくはない。
 これらの言葉は謙譲語性をもっていると思うが「謙譲語」かと言うとNOだろう。謝罪の言葉や感謝の言葉は、「謙譲語」とは異なる系列なのかもしれない。もし「謙譲語」としている辞書類があったら教えてほしい。

 で、もうひとつが「よくわからない系」。
「承知する」あたりがこれ。「承諾する」「承認する」「承服・承伏する」にどの程度の謙譲語性があるのかは言葉の神様に訊いてください。
 もっと微妙なのが「かしこまりました」。
 意外なことに、これを謙譲語とする根拠が見当たらない。
 さまざまなところで、「了解いたしました」「承知いたしました」よりも謙譲語性が高い言葉として扱われている。個人的な感覚では、謙譲語だと思う。しかし、あれほど敬語の話を網羅している菊地本(『敬語』『敬語再入門』)がいっさいふれていない。
 ちなみにWeb辞書を見ると、「謙譲語」とは言っていないが、ほぼ謙譲語って気がするが……。

http://kotobank.jp/word/%E7%95%8F%E3%81%BE%E3%82%8B?dic=daijisen&oid=03205500
■Web辞書『大辞泉』から
================引用開始
かしこま・る 【▽畏まる】
[動ラ五(四)]

3 命令・依頼などを謹んで承る意を表す。承りました。「はい、―・りました」
================引用終了

■Web辞書『大辞林』から
================引用開始
かしこまる【畏まる】

( 動ラ五[四] )
〔形容詞「かしこし」と同源〕

(2)(目上の人の言葉を)つつしんで承る。(依頼・指示などを)承諾する。 「はい,-・りました」 「太刀を持って来い。-・った/狂言・入間川」
================引用終了

 気がかりなことがが2つある。
 まず、『大辞林』の記述。「(目上の人の言葉を)つつしんで承る」なら謙譲語だろう。しかし「(依頼・指示などを)承諾する」だと謙譲語とは言いきれない。
 もうひとつの気がかりは、過去にいくつも例をあげたように、Web辞書の敬語に関する記述はあてにならないこと。だから菊地本を頼りにしているのだが、今回は……。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「かしこまりました」は謙譲語なのでしょうか。
 個人的には謙譲語だろうと考えていますが、手元の資料では決定打が見つかりません。
 辞書やサイトで、謙譲語か否かを明記しているものがあったら教えてください。
 少し前に書いた文章から引用します。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 で、謙譲語性が感じられる言葉には、2種類あるような気がする……ってのが本題。
 ひとつは「ごめんなすって系」。
 いろいろある。
「申し訳(が)ございませんが~」「失礼ですが~」「おそれいりますが~」「恐縮ですが~」 ...続きを読む

Aベストアンサー

大石初太郎「敬語」(ちくま文庫)においては謙譲語B(「聞き手に敬意を表する要素」)に仕訳されています。
「謙譲語B マイル<行く・来る> 申ス イタス 存ジル カシコマリ(マシタ) (見)テマイル」(「同書」102頁)

ちなみに菊池康人は注釈の形で「(<謙譲語A><謙譲語B>という呼び方は、大石初太郎が行われたもの。氏は便宜的なものとはことわらずに、この呼称をとられる。)」(「敬語」280頁(講談社学術文庫))としています。

Q枕草子「中納言参り給ひて」の中で、「申す」は謙譲語か丁寧語かどちらですか。

中納言が、扇の骨を、中宮に差し上げようとするときの言葉の中です。
 「いかやうにかある。」と問ひ聞こえさせ給へば、「すべて、いみじう侍り。『さらにまだ見ぬ、骨のさまなり。』となむ人々申す。まことにかばかりのは見えざりつ。」と言高くのたまへば、…
「となむ人々申す。」の「申す」は丁寧語と解釈して、いいのでしょうか。

Aベストアンサー

「申す」は、現代では謙譲語2に分類されます。
謙譲語2は丁重語とも呼ばれるもので、敬語の指針28ページに記されていますように、【自分側の行為・ものごとなどを,話や文章の相手に対して丁重に述べるもの。】という用法の敬語です。
人々ではなく聞き手である中納言に対する敬語。
行為者ではなく聞き手に対する敬語である点が通常の謙譲語とは異なる点で、(丁重語ではありますが)その性質上、丁寧語に近いとされています。(敬語の指針20ページ)
http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/sokai/sokai_6/pdf/keigo_tousin.pdf

Q形容詞の謙譲語はどのように作るのですか?

形容詞の謙譲語はどのように作るのですか?
「ご返事をいただけて嬉しいです」のようにいうと、「嬉しい」が浮いて聞こえます。かといって、適切な言葉も思い浮かびません。
一般に、形容詞を謙譲語にするには、より重い意味の言葉に置き換えるしかないのでしょうか?

Aベストアンサー

以前は「うれしゅうございます」という言い方があって、使われていたのですが、あまり使われなくなっています。

そもそも「うれしいです」を分解して考えると「うれしいだ」の丁寧表現ということなので、何だかおかしな文章ではあるのです。ご指摘の通りと思います。だから前は「うれしいです」タイプの丁寧語は使わないという大人の人が居ました。
同じタイプには「あぶないですから」などがあります。これは「あぶのうございます」が“正しい”ことになります。

よく話題になる「~になります」も「ございます」を避けた結果のように私は思います。
それだけ今は「ございます」が嫌われているということなのでしょうね。

Q「心がけます」と「気をつけます」の謙譲語は何でしょうか

 私は日本語を勉強中の中国人です。お礼を書くときに困った表現があります。私の拙い質問文を親切に添削していただいた皆様に、このような間違いを今後しないようと伝えたいときに、普通どのように書くべきでしょうか。謙譲語を使いたいのですが、「心がけます」と「気をつけます」の謙譲語は何だろうか、と一瞬戸惑ってしまいました。「お心がけします」と「お気をつけします」は普通使うでしょうか。

 また、私の下記の言い方を添削していただいた上に、ネイティブ同士で使われる自然な書き方も教えていただければ大変嬉しいです。

1.今後同じような間違いをしないように気をつけます。
2.これから同じような間違いをしないことを心がけます。
3.同じ間違いをしないよう心がけます。
4.今後こんな失礼な表現をぜひとも避けたいと思います。

 よろしければ、質問文の不自然な部分の添削もお願い致します。

Aベストアンサー

「お心がけします」も「お気をつけします」も存在しません。絶対に使いません。

いま用いてらっしゃる表現で十分でしょう。あえて謙譲語を入れるなら、たとえば「これからは確と心がけて同じ誤りを繰り返さぬようにいたします。」なんてこともできますけどね。「確と」は「しかと」と読みます。この副詞はこの際なくても構いませんが「しかとこころがける」は一塊りのようなもんです。「しかとは分かりませんが」というのも頻用されますが、もしかすると老人語かもしれない。新明解はそうしてないけど。


1は「よう」が至近で反復されるのが気になります。それがなくとも「同じような」は「同じ」のほうが良いでしょう。「しないように」は「に」を省いて「しないよう」でもよい。どちらかと言えば省いたほうがいいかも。

「今後同じ間違いをしないよう(に)気をつけます。」

2はどうかなあ。3の言い方のほうが良いのは確かでしょう。「しないことを」よりも「しないよう」のほうが「心がける」としっくり噛み合うと思います。

「心がける」と言うとき、いったい何を心に懸けておくのでしょう。「間違えないこと」でしょうか。そうかもしれない。だけど、「正を取り誤を退けるべく与えられた新知識」と考えたほうがいいような気もするんですが、どうですか。

どうも「心がける」のは、というか「心がけられる」のはポジディブなものではないかと思うんですが。否定形で表現されるものを心がけることができるかどうか、疑わしいような気がします。例えば「遅れないことを心がける」なんて言えないんじゃないかな。「遅れないよう心がける」はセーフ。「心がけて遅れないようにする」ならどこからも文句は来ないでしょう。

3は何の問題もなし。

4は「表現を」を「表現は」とするべきです。「こんな」はこの場合は「このような」よりもむしろ適切じゃないですか。なにしろ次に来るのが「失礼な」なんだから。例えば「こんな馬鹿なことがあっていいものか」を「このような馬鹿なことがあってもいいものでしょうか」に変えたらいかにも間延びして聞こえませんか。



質問文の添削を少々。


>お礼を書くときに困った表現があります。

「お礼を書くときに困る表現があります。」毎度のことであればこうでしょう。「お礼を書きながらいつも悩む表現があります。」でもよし。


>私の拙い質問文を親切に添削していただいた皆様に、このような間違いを今後しないようと伝えたいときに、普通どのように書くべきでしょうか。

「質問文を添削してくだすったかたに、お教えを銘記して同じ間違いを二度とするまいと思う心入れをお伝えするにはどう書けばよいのでしょう。」

「心入れ」も老人語くさいので「気持ち」のほうが無難かも。「くだすった」は「くださった」の東京方言(だと思う)。こっちのほうがそこはかとなくかっこいいと感ぜられます。


>と一瞬戸惑ってしまいました。

この「一瞬」はいただけませんな。確かに若い人たちはこういう言い方をするようですが。


>また、私の下記の言い方を添削していただいた上に、ネイティブ同士で使われる自然な書き方も教えていただければ大変嬉しいです。

「下の四つは私がこれまで実地に使った文です。不備の点をご指摘ください。加えて別の発想による言い回しもお教えください。」

「お心がけします」も「お気をつけします」も存在しません。絶対に使いません。

いま用いてらっしゃる表現で十分でしょう。あえて謙譲語を入れるなら、たとえば「これからは確と心がけて同じ誤りを繰り返さぬようにいたします。」なんてこともできますけどね。「確と」は「しかと」と読みます。この副詞はこの際なくても構いませんが「しかとこころがける」は一塊りのようなもんです。「しかとは分かりませんが」というのも頻用されますが、もしかすると老人語かもしれない。新明解はそうしてないけど。


...続きを読む


このQ&Aを見た人がよく見るQ&A

人気Q&Aランキング

おすすめ情報