単純な質問です。電車で座っていると男性はみんなといっていいと思いますが股開いて座りますが、あれは何故?
人によってはバッと開いてじゃまに感じるんですが・・・
それと必ず片方が女性で片方が男性だと女性の方に寄った座り方をしています。偏見ではありません。
観察したうえで質問していますので男女問いませんので
教えてください

A 回答 (5件)

昔、学校の保険の時間に聞いた事があります。


うろ覚えなので、違っていたらごめんなさい。
男女の骨格の違いの事を聞いた覚えがあります。
一つは、基本的に男の股関節の可動範囲が女性よりも小さい。
つまり、体が堅いということです。
もう一つは、女性は、正座をした状態で足先を左右に少し開き
そのまま、お尻を畳につける事が出来ますが、多分男の人でこの座り方
が出来る人はあまりいないと思います。
つまり、男は基本的には、がに股の座り方が楽ということです。
自分は男なのですが、椅子に座った姿勢で膝頭を付けるつける事はないのですが
試しに膝頭をつけようとすると、かなりの力が必要で足が震えだすくらい
力をいれないとつけることが出来ません。
他の人に確認した訳では有りませんが、参考までに。
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この回答へのお礼

男性と女性の骨格の違いからくるものであることは
想像できますね。以前開脚柔軟をやった後必ずといっていいほど足を閉じて座っていると膝がプルプル震えました。
そんな感じでしょうか?そうやって考えると面白いです。
保健体育をまじめに聞いておけば良かった・・・・
有難うございました。

お礼日時:2001/05/05 18:26

2番目の質問で、「女性のほうに寄る」のは、男性にかぎらず、女性もそうなりますね。

おっちゃんのほうに寄っていくおねえさんがいたら、スリと思っていいでしょう。
 
 きっと、最初の質問で、股開いてすわっているおっちゃん(おにいちゃん)の隣に座ると、そのぶん、スペースがあくから、脚を閉じて座っているおねえさんのほうによるのではないでしょうか。

また、いねむりするときの傾き方も、となりの人の方がひくい、女性のほうに傾くと思います。これが、池谷くんと和田アキ子さんの間なら、池谷くんのほうに傾くでしょう。
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この回答へのお礼

面白い例え話で笑ってしまいました。
でも現状からすればキチンと座っている人がなんか損してる感じしませんか?

居眠りも不思議ですよね。こっち来ないで!!って思っているとこっちに傾いてきて・・・・さっきまでそっちに傾いてたじゃない!!って思ってしまう。

とにかく揺れが激しい人のとなりには席が空いてても
座りません。自分の質問と少しずれましたが・・・・
有難うございました。

お礼日時:2001/05/05 18:32

1)男性はみんなといっていいと思いますが股開いて座りますが、あれは何故:



女性もパンツルックの人は股を開いています。そちらの方が自然ですから。但し、アグラかいたような座り方してる奴は論外。だらしがないだけ。ミニスカートはいた女性でも居眠りすると、開いてきますよ。これを楽しんでいるトンでもない輩がいる。(実はワシ...)

2)必ず片方が女性で片方が男性だと女性の方に寄った座り方をしています:

但し、隣が若い女性の場合に限りでしょ?あたりまえです。男は皆エロじじいだから。(ワシを含む)

これから夏ですね。隣が脛毛だらけの短パンのおにいちゃんだったらと思うだけで虫唾が走ります。ミニまたは短パンのおねいちゃんなら、話は全く逆です。
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この回答へのお礼

なるほど!とてもわかりやすいご回答です。足が開く方が閉じているよりは自然ですよね。開くのにも限度がありますけどね。座り方によって足の開きも違うのもわかりました。ただ人の足に当たっているときは迷惑以外のなにものでもないですよね。
二番目のご回答については男性のご意見として参考になりました。でもキツイと思ったら私は言いますよ。
「もう少しずれてくれませんか?」ってね。

お礼日時:2001/05/05 16:34

まず、低いイスに座ってください。


その後足を延ばして力を抜いてみてください。(このとき背中の肩胛骨あたりが背もたれにくっつきます。)
この姿勢でちょっと脚を曲げると股開きの格好になると思うんですが、きちっと座ってるより楽じゃないですか?
楽だからです。スカートじゃ確かにできない。
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この回答へのお礼

早速やってみようと思いましたが逆に難しかった。
女性もスカートというものがなかったら
今ごろは男性と同じように股をガバッて開く人もたくさん
いてそれが逆に普通と思われる時代になっていたかも。
そうなると女性の社会的立場も変わっていた?!
素朴な疑問に答えてくださって有難うございました。

お礼日時:2001/05/05 16:40

なぜ足を開いて座るのか・・・それはやはり足と足の間にあるものがじゃまだから、じゃないでしょうか・・・?


少なくともうちの旦那はそう申しておりますが。
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この回答へのお礼

旦那様はよほど自信があるんですかね。
とにかくせめて肩幅程度に開くのは留めていただきたい
と思います。それ以上はだらしないし、隣の人に当たってしまうんですから。男性は気づいてない方多いんですよね。ご回答有難うございました!

お礼日時:2001/05/05 16:46

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わたしは、その子たちが入ってくるまでは、別のことを考えていたのですが、そのようなことをされると、性的なイメージを想起されてしまい、困ったというか、思いもかけず得したかなとも言えるのですが、やはり、電車などの公共的な場では、パンツを見られないように、長めのスカートをはくとか、脚を広げないようにすべきだと思うのです。
どう思われますか。

Aベストアンサー

今の子達は(こんな書き方をする時点でオジイなんですが)個人の縄張り(テリトリー)空間が非常に曖昧になっています、
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Q偏見について

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よろしくお願いします。

Aベストアンサー

>一体偏見や差別の心理とはどこからどのように表れるのでしょうか?
たまたま私は障害をもった娘を持っていますので、こういう問題については、否応なく自分なりに関心を持って考えてきました。

多くの回答にすでにあるように、人間の差別意識はその人の育った家庭や受けた教育をはじめとする、時代・社会環境によって形成されます。
が、このこと自体は、改めて持ち出すまでもないと言いますか、あらかじめ自明のことですよね。

差別という言葉について、いったん常識的な枠を取り外した上で考えてみると、私には、実は差別というものは、人間誰しもが有するある意味普遍的な心理ではないかと思われてなりません。
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ある時代なり社会なりというものは、そこで生きる人々の最大公約数的な差別意識(=制度)から成立していると言うこともできるわけでして、そこで生まれ育った人間の多くはそうと自覚にしないまま差別意識を持つようになるのだと思います。
当然ながら、多くの人はその時代・社会の通念としての差別の規準や尺度にもとづいて自他に対して価値判断することになります。

そういう時代・社会の中で、少数ですが自己相対化ができる人もいて、自分の準拠している規準や尺度に束縛されることなく、それ自体を客観視しようとします。
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道徳的、倫理的な観点からすれば、また別の考え方もあるかもしれませんが、私はこれまでの経験からしても、社会的差別を受けている側の視点に立ってモノを見たり、考えたりすることは、健常者自身のためにも有意義ではないかと思っております。

>一体偏見や差別の心理とはどこからどのように表れるのでしょうか?
たまたま私は障害をもった娘を持っていますので、こういう問題については、否応なく自分なりに関心を持って考えてきました。

多くの回答にすでにあるように、人間の差別意識はその人の育った家庭や受けた教育をはじめとする、時代・社会環境によって形成されます。
が、このこと自体は、改めて持ち出すまでもないと言いますか、あらかじめ自明のことですよね。

差別という言葉について、いったん常識的な枠を取り外した上で考えてみる...続きを読む

Q寿司屋のカウンターでの座り方

昨日、銀座のお寿司やさんへ行きました。
カウンターがメインのお店なのですが、通された席が狭かったのです。
(そこに何も言わず通す店側にも問題があるとは思います、、、)
というのは、通された左側の席には、関西便を話すオジサンと若い女の子が座っており、
かなりのスペースを占領していました。私は彼と行ったので、別に困らない程度にくっついても
いいので少し我慢していたのですが、私のとなりに座っていた女の子はオジサンとかなりの距離を取り、
斜めに座っているのです。(普通の1.8倍くらいのスペースを占有)
最初は我慢してましたが、やはり窮屈なので、隣の女の子に「すいません、少し詰めてもらえませんか?」と
お願いしたところ、ホントにほんの少しだけ詰めてくれましたが、窮屈度はかわりませんでした。
お店の人に声をかけて言ってもらいましたが、それでも座り方は変わりません。
隣の女の子は動くたびに私に触れ、トイレに経つときにも椅子をガタガタぶつけて「ごめんなさい」の
一言もないんです。
周りのことを全く考えない行動だと思うのですが、、、満席のカウンターでそういった座り方は許されるものなのでしょうか?
詰めてくださいという私が間違っていますか?

昨日、銀座のお寿司やさんへ行きました。
カウンターがメインのお店なのですが、通された席が狭かったのです。
(そこに何も言わず通す店側にも問題があるとは思います、、、)
というのは、通された左側の席には、関西便を話すオジサンと若い女の子が座っており、
かなりのスペースを占領していました。私は彼と行ったので、別に困らない程度にくっついても
いいので少し我慢していたのですが、私のとなりに座っていた女の子はオジサンとかなりの距離を取り、
斜めに座っているのです。(普通の1.8倍くらい...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは。
寿司から話は離れますが、関西人はマナー悪いですよ。
例えば、電車やバスもまともに整列できないし(特にオバハン)、
横断歩道も我先に渡りたがるの。
という私も関西人ですが、東京へ行った時は、ぶつかりそうになったとき、
相手の方からよけてくれましたからね。
大阪のオバハンなら、向こうから体当たりしてきて、睨むんすよ(苦笑)。
あと、その寿司屋の大将も悪いですね。
注意しなきゃ。
客(あなた)が注意している時点で、その店自体もダメですね。

Qこれって偏見? 親と子どもの関係について

私は以前から思っていることがあります。
それは「この親に対してこの子あり」です。

たとえば、低所得層の子どもは進学もせずに遊んでいる、両親が離婚していればその子どもも離婚する、親がバカだと子どももバカなどです。
これらは、子どもが大人となり自分は立派にやっていこうという気持ちであっても、幼少のころの影響によりそうできないのではないかと思います。

もちろん上記のような家庭の子どもでもまともに生きている人もいます(まともの定義は人により異なるかもしれませんが)。

また、ニュースなどを見ていると事件を起こす子どもの家庭は崩壊しています。
それには、離婚や暴力があります。
教育書を見ていると荒れていたり、事件を起こしたりする子どもの家庭は崩壊している、とのことです。

金銭的には裕福である家庭も、両親の愛情が欠けているということから荒れます。
(両親の愛情は欠けていなくても、親が仕事で家にいない、厳しく躾けられるなどで子どもが愛情を感じとれない場合を含む)

これらは、私の浅い経験から得たものですが偏見なのでしょうか?
私は、中らずと雖も遠からずと思っているのですが、曲がった考えだと思うのでご意見ください。

*カテゴリーがわからなかったのでこちらに投稿致しました。

私は以前から思っていることがあります。
それは「この親に対してこの子あり」です。

たとえば、低所得層の子どもは進学もせずに遊んでいる、両親が離婚していればその子どもも離婚する、親がバカだと子どももバカなどです。
これらは、子どもが大人となり自分は立派にやっていこうという気持ちであっても、幼少のころの影響によりそうできないのではないかと思います。

もちろん上記のような家庭の子どもでもまともに生きている人もいます(まともの定義は人により異なるかもしれませんが)。

また、...続きを読む

Aベストアンサー

> たしかに、論理的にはそうなるかもしれませんが、現実的には色々な意味で恵まれている家庭よりは、恵まれていない家庭の方が荒れがくると思います。

では、こんなことを考えてみてください。

教育の世界で近年とみに引き合いに出されるものに、「ピグマリオン効果」というのがあります。その子ができると先生に思い込ませると、その子が本当にできるようになった、という研究結果から生まれた言葉です。
この研究自体に一部異論もありますが、これを、「その子供に周囲の期待があると、その期待通りに成長し、期待が無いとそれなりにしか成長しない傾向がある」という解釈をして、そのように仮定しましょう。けして、無理のある仮定ではないと思います。
この場合、あなたのように考える人は実際多いでしょうから「色々な意味で恵まれている家庭」の子供より、「恵まれていない家庭」の子供は、期待されないわけです。それはいろいろなところで影響するでしょうから、自然と、その偏見が現実のものとなってゆくわけです。
個人的には、教育には、このような自己実現性はあると考えています。

逆に、各界でそれなりに功なり名を遂げた人のエッセイなどを読むと、経済的に恵まれていたという人はあまりいません。経済的ばかりではなく、家庭的にも恵まれていなかったという人の話もたくさん聞きます。それどころか、そういうことがあったからこそ、今の自分がいるんだと、そんな話が山のようです。むしろ、こういう話とかを聞いていると、多少なり恵まれていないところが無いと人間まっとうには育たないんじゃないかとさえ思えます。

「この親にしてこの子あり」というのは、「理由」として見つけやすく、皆が安心しやすいものの一つです。責任が身内にしか行かないのですから。その結果、親や身内以外の周辺の人が、普段からあの子にもっと声をかけていればよかったとか、自分がこう接していればよかったのではないかとか、そういう反省にはなかなかつながらず、まさしく「それで終わってしまう」のです。

もしも、子供が荒れる理由が「家族が100%」だとしたら、たしかにあなたには何もすることは無いでしょう。ですが、それこそ「キャンプボランティア」などという、とても子供に近いことをされている人が、そのような責任放棄とも取れるようなことを言われるとすれば、大変に残念に思います。

結論として、「身内以外」の影響は決して少なくは無いはずです。大人はともかく、子供はこれからいくらでも変わってゆける可能性もあるのです。「この親にしてこの子あり」などという狭い了見からは抜け出し、「あなたが」出来ることを考えてみてください。

> たしかに、論理的にはそうなるかもしれませんが、現実的には色々な意味で恵まれている家庭よりは、恵まれていない家庭の方が荒れがくると思います。

では、こんなことを考えてみてください。

教育の世界で近年とみに引き合いに出されるものに、「ピグマリオン効果」というのがあります。その子ができると先生に思い込ませると、その子が本当にできるようになった、という研究結果から生まれた言葉です。
この研究自体に一部異論もありますが、これを、「その子供に周囲の期待があると、その期待通りに成...続きを読む

Q女性が社会進出するうえでの問題点

こんにちは。
頭がごちゃごちゃになってきてしまったので、
みなさんに意見を仰ぎたいと思います。
長文ですがよろしくお願いします。

近年、働く女性が増え、女性の社会進出が広まってきています。
そこで社会は職場での男女差をなくそうと動いています。
確かにそれは大事だと思います。
いつまでも女性はお茶をいれてコピーをとって・・なんて考え方では
自分の力を発揮して働こうとしている女性がかわいそうです。(極端な例でしたが)

でも、「男女平等」は無理なのではないでしょうか。
日本の伝統からいって、家事や育児は女性の役割です。
そんなことに囚われないと考える人も増えてきているかもしれませんが、
周りの目もありますし、出産などを考えても、
女性が男性と同等の仕事をこなしていくのは難しいでしょう。

わたしは、「女性が働きやすい環境を作ること」と「男女を平等に扱うこと」は違うと思うんです。
全て男性と同じにする必要はない気がします。
それは無理難題ですし、かえってそれでは晩婚化や少子化に繋がってしまうとも考えられるのではないでしょうか。

それならば、現代社会が抱える「女性が社会進出するうえでの問題点」とはなんなのか・・
自分の意見がうまくまとまらなくなってしまいました;

みなさんはどうお考えですか?

こんにちは。
頭がごちゃごちゃになってきてしまったので、
みなさんに意見を仰ぎたいと思います。
長文ですがよろしくお願いします。

近年、働く女性が増え、女性の社会進出が広まってきています。
そこで社会は職場での男女差をなくそうと動いています。
確かにそれは大事だと思います。
いつまでも女性はお茶をいれてコピーをとって・・なんて考え方では
自分の力を発揮して働こうとしている女性がかわいそうです。(極端な例でしたが)

でも、「男女平等」は無理なのではないでしょうか。
日本...続きを読む

Aベストアンサー

この世の中には、個人によって、たくさんのライフスタイルがあります。
人の数だけ、生き方があります。
家事や育児が大好きで、自分に向いていると思う女性もいれば、
仕事をすることで自分の能力を発揮したいと考える女性もいます。

大切なのは、その人が生きようとする選択肢を、社会が差別してはならないということです。
家事や育児がしたいというのも、仕事がしたいというのも、どちらも本人にとって同じくらい大切な人生選択です。
けれど、今の社会では、女性が仕事がしやすい環境とは言いにくいです。
同じ仕事をしていても、賃金が安かったり、出産をすることで、育児と仕事の両立が難しくなるからです。

厚生労働省の調べによると、女性の賃金は、男性の3分の2程度しかなく、諸外国に比べても日本は格差が大きいことが分かります。
http://www.mhlw.go.jp/general/seido/koyou/chinginkakusa/dl/02.pdf
そして、こういった賃金格差が生じる理由として、管理職が少ないこと、女性の勤続年数が少ないことがあります。
http://www.mhlw.go.jp/general/seido/koyou/chinginkakusa/dl/03a.pdf

果たして、管理職が少ないことや勤続年数が少ないのは、女性の持って生まれた性質なのでしょうか?
そこで、欧米で、育児休業制度など育児と仕事を両立するための支援を充実させたところ、
女性の就業率の割り合いがほぼ男女同数になったことが分かりました。
つまり、女性が主婦をするのが、生まれもって女性が家事に向いているせいとは必ずしも言えないということが分かったのです。
http://www.gender.go.jp/whitepaper/h15/summary/danjyo/html/honpen/chap01_00_03.html

このことから、「女性が男性と同等の仕事をこなしていくのは難しい」というのは、生まれ持った男女の性質の差だけではなく、
質問者様のおっしゃる「周囲の目」や「出産」、賃金の差など、
社会で女性が働きにくくなっている「環境」が大きな要因となっていると考えることができます。

さらに、

>晩婚化や少子化に繋がってしまうとも考えられるのでは

とのご質問ですが、
女性の就業率が高い国では、出生率が高くなるというデータが出ています。
http://www8.cao.go.jp/shoushi/block/block8/siryou2_2.pdf

質問者様のおっしゃるように、「何でも男性と一緒にしよう!」というのが、男女平等ではありません。
仕事がしたい、育児がしたいという人を、片方が男性で片方が女性だからといって、「社会」が差別をして、
生きにくい世の中にしてはいけないということなのです。

育児をしたい女性だけが生きやすく、仕事をしたい女性が生きにくいのは、不公平です。
質問者様は

>「女性が働きやすい環境を作ること」と「男女を平等に扱うこと」は違う

とおっしゃいました。
でも、法の下では誰もが平等でなければならないのに、片方が余計な努力を強いられるのは、不平等ではないでしょうか。

そして、こういった不平等が、女性が社会進出するうえでの問題点となっているのではないでしょうか。

この世の中には、個人によって、たくさんのライフスタイルがあります。
人の数だけ、生き方があります。
家事や育児が大好きで、自分に向いていると思う女性もいれば、
仕事をすることで自分の能力を発揮したいと考える女性もいます。

大切なのは、その人が生きようとする選択肢を、社会が差別してはならないということです。
家事や育児がしたいというのも、仕事がしたいというのも、どちらも本人にとって同じくらい大切な人生選択です。
けれど、今の社会では、女性が仕事がしやすい環境とは言いにくい...続きを読む


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