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なぜ、アフリカでは西欧ほどの文明が発達しなかったのでしょうか?
エジプト文明は実は黒人の文明だった、という説もあるらしいですが
結局は残らず衰退してしまいましたので明らかではありません。
他にも遺跡などがあってある程度の文化が発達していたことは認めます。
コロンブスがアメリカ大陸を見つける以前に
アフリカ人が舟(船じゃなくて)で南アメリカに辿りつき、
そこで新たな文明を起こした説もあるらしいです。
しかし、16世紀にヨーロッパ人が攻め込んできたときには成す術もなく、
奴隷にされてしまいました。
一部の差別的な人達はSATやGREの結果などを見て「黒人は知能が劣っている」と言います。
それは明らかに間違いなのでしょうが、
ヨーロッパでは薬とか機械とかどんどん新しい発明が生み出されていたのに
その一方でアフリカでは比較的立派な文明が存在せず、今でも開発途上の国が多いと聞きます。
これはどう考えればよいのでしょうか?

以前、ある人類学者と話す機会があったのですが、その方が言うには
「寒い気候の地域では物事を工夫しないと生きていけない。
温かい気候の地域では資源はたくさんあるし、
工夫しなくても生きていけるから文明が発達しにくいんじゃないか」ということでした。
半分納得したのですが、温かい地域でも工夫は必要でしょう、やっぱり。
未だに採集狩猟生活を続けている地域では毎日の食料確保も難しいと聞きますし。
本当に気候と学習能力との間に深い関係があるのでしょうか?
疑問だらけです。
(アフリカの)文明・歴史について詳しい方、いらっしゃいませんか?

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A 回答 (4件)

「アフリカの文明」と限定されてしまうとよく分かりませんが、


ジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」はかなり説得力のある本です。
参考URL参照

おおざっぱに論旨を書くと
ユーラシア大陸は世界最大の、しかも
東西に長い大陸だった。

世界最大ということは人間にとって利用しやすい
動植物が見つかりやすい。
(ex.シマウマなどを飼ってみると気性が荒くてとても飼えないらしい。)
しかも、東西に長いので同じような気候が続き
どこかの原産の動植物を別のところへ持っていける。

農耕・牧畜の誕生

鉄器の利用
病原菌の誕生(家畜由来)

鉄器もそうですが、病原菌は強力な武器となった。
新大陸・アフリカ・オーストラリアの人たちは
そんな病原体には出会った事が無く、免疫が無かったので。

著者に言わせると基本的に人間は動植物を飼うのは好きなようで
あらゆる時代・土地で挑戦者たちがいたみたいですが
「神の祝福」があったのはユーラシア大陸だけだったようで
それが後の時代を決定付けたというのが結論です。

参考URL:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794210 …
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この回答へのお礼

すごい。
これだけ私の質問の答えと合致する本が出ていたとは…。
レビュー、カスタマーレビューにも目を通してみました。
ほぼ絶賛ですね。

>なぜ、アメリカ先住民は銃という武器を発明できなかったのか?彼らが劣っていたからか?ならば、2つの人種の故郷が反対であったなら、アメリカ大陸からユーラシア大陸への侵攻というかたちになったのだろうか?
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794210 …

この辺なんか、私の疑問そのものじゃないですか。
わくわくしてきました。
是非是非読んでみます。
それにしても幅広い知識をお持ちですね。
ありがとうございました!

お礼日時:2003/12/29 06:35

ヨーロッパがアフリカより優れているからアフリカが支配された、のではありません。

むしろ、ヨーロッパはアフリカを支配することでヨーロッパ>アフリカ(と人々が信じている)という世界を作り出したのです。

16世紀以降の北西ヨーロッパを中心として成立した資本主義的世界システムがアフリカをその内側に組み込んだとき、アフリカはそのシステムにおいては資源を収奪される従属地域にさせられていったのです。アフリカが従属したのは、ヨーロッパ資本主義システムが富の移動(という名の収奪)をもっとも効率的に行えるものだったから、というだけです。
  ヨーロッパがやってくる以前には、アフリカにも東南・東アジアにもラテンアメリカにも、ヨーロッパとは違うけれども文明が存在し、また独自の豊かな経済圏を形成していました。

ヨーロッパが偉大に見えるのは、アフリカやアジア、ラテンアメリカを従属地域にしていくことによって得た富のせいです。たとえば、いわゆる大英帝国が「小さな政府」で繁栄したのは、富と軍事力をインド植民地から吸い上げていたからです(この点を見逃している歴史家が日本には多い)。

ヨーロッパ文明が偉大だからアフリカやアジアを支配した、というのは、原因と結果を転倒させた議論です。ヨーロッパとアジア・アフリカの「関係の歴史」を無視して両者を比較することは、俗に言う「近代化論」がそうであるように、欧米による発展途上国の経済的支配を正当化する論理です(関係性を無視すれば、アフリカの苦境はアフリカ人の能力不足の故であるという結論をスムーズに導き出せる)。

詳しくは、ウォーラーステインの世界システム論やアンドレ・グンター・フランクの議論をお読みください。


なお、SATやGREについて言えば、あれは訓練を受ければ点数が上がるものです(日本のセンター試験を精緻にした感じ)。アメリカにはSATやGREの点数を上げる訓練をしてくれる塾が多数存在します。黒人は差別によって、いい職に就けなかった。ゆえに教育に金をつぎ込めない。ゆえにSATやGREの点数が下がる。結果、「よい大学(院)」にいけなくなり、就職の機会が制限される。この繰り返しです。このサイクルを抜けられる人はやはりマジョリティではないです。
金さえかければ「ある程度」点数が上がるのが、そういったテストなのですから。

なお私はアフリカの専門家ではありませんが、歴史系の学術に携わっています。そこからの知見ですので、アフリカを専門にしている方はもっと優れたコメントをしてくださるでしょう。ただ、ウォーラーステインはもともと東アフリカをフィールドとする社会学者であったことは重要です。
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この回答へのお礼

ウォーラーステインに関係するページを軽く読んでみました。

http://grigori.sytes.net/socio/003.html

この「中核・半周辺・周辺」の項の「中核諸国による低開発化」あたりが重要そうですね。
でも待ってください。
私の問題はその以前にあると思います。
その「中核諸国になれる要素」が重要だと思うのです。
もし、もう一度歴史を一からやり直したとして、果たしてアフリカが中核諸国になれたか? …疑問です。

アンドレ・グンター・フランクについても短いですが「リオリエンタル」のレビューを見つけました。

http://www.infoseek.co.jp/OTitles?lk=noframes&nh …

※pdfへの直接リンクは禁止されていると思いますので、検索結果を貼ります。Akira.pdf、上から二番目のはずです。

こちらはウォーラーステインに反論していますね。
ヨーロッパが経済の中心になってからまだたかだか100年じゃないか、ということですか。
私は少なくとも300~400年はあると思うのですが…。
アジアが経済の中心であった、西欧のみが優位だったのではない、
アフリカもグローバル・エコノミーの一部であった、
…としても当時(5000年前!)の貿易など
今の開発途上国の貿易となんら変わりのないものだと予測します。
そしてアフリカに特に目立った優位性があったか、というと怪しいです、
…読んでみないと分かりませんが…。

SATの「金がない→良い教育が受けられない→良い職に就けない→金がない」の悪循環は確かにそうですね。
でも、実際見ると同じ大学で同じ(良い)教育を受けているのに勉強してない、
あるいは勉強できていない黒人もいて残念です。
「勉強なんかしてると恥ずかしいぜ」という風潮がやはりあるように見えます…。
それと良い成績を取っているのにもかかわらず、就職の時点で落とされる黒人も多いと聞きます…。
それでまた「良い職に就けない→振り出しに戻る」もあるのもしれませんね。
とりあえず、黒人頑張れ!

とても勉強になりました。
#4さんの回答を読むまでは20点差し上げようと思いました(←そんなことは言わんでよい ←すみません)。
ありがとうございました!

お礼日時:2003/12/29 07:33

いまどきの人類学者で「寒い気候の地域では物事を工夫しないと生きていけない。

温かい気候の地域では資源はたくさんあるし、 工夫しなくても生きていけるから文明が発達しにくいんじゃないか」という説明をする人がいること自体かなりな驚きなんですが、日本の人類学が50年くらい遅れていると言われるのは、そのあたりなんでしょうね。

アフリカは広い大陸です。必ずしも、暖かいところばかりではありません。あなたが疑問を持たれるように、気候と学習能力との間に深い関係があるのであれば、北から南まで細長い日本列島の中でも、北と南で大きな格差がうまれてくるはずです。

また、あなたがおっしゃる「比較的立派な文明」というのがどういったものを指すのかちょっと不明ですが、仮にそう言ったものがアフリカに存在しなかったとして、それが今でも開発途上の国が多い理由にはなりません。

実際、かつて繁栄した文明の地もエジプトだけでなく、今訪れてみるとひっそり寂しい場所だったりします。アジアにも開発途上国はいくつもあります。ヨーロッパも東ヨーロッパは貧しく、日本が経済援助をしています。

逆に有名な文明が発達しなかった地域と考えられる、オセアニアや北アメリカは開発途上国じゃありませんよね。これはヨーロッパ人が移り住んだから、という人もいるかもしれませんが、ヨーロッパ人が移住しても、南アメリカには開発途上国がたくさんあります。

アフリカといっても広いので、その文明・歴史について、ここにいろいろ書き出すときりがないのと、中途半端に書くと、誤解を招きそうなのでこのくらいにしておきます。折角なので、疑問を持たれたこの機会にいろいろ調べてみてください。疑問をもたれていることはもっともなことで、考えてらっしゃる方向は的を得ていると思います。

ただ、残念ながら、日本語のアフリカの資料が限られているので、英語かフランス語の勉強がてら、外国語の資料を参考にしてください。誰でも入れる図書館なら、ロンドンのロンドン大学のSOASの図書館(大英博物館の裏)とオランダのライデン大学の図書館(ライデン駅のすぐ近くの方)が個人的に気に入っています。日本だと、そういう研究をしてる先生のいる大学の図書館に多少あります。京都大学、神戸大学、広島大学、東京外大等・・多分、国立大学は一般人に図書の閲覧をさせてくれるはず・・

あんまり、答えになっていませんが、こういった件については、いろんな人のいろんな意見が交錯しているので、自分で調べて自分で判断されるのが一番いいのでは、と思います。
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この回答へのお礼

> 日本の人類学が50年くらい遅れている

実はその人類学者、アメリカの方です。

> 気候と学習能力との間に深い関係があるのであれば、北から南まで細長い日本列島の中でも、北と南で大きな格差がうまれてくるはずです。

私もそれを考えました。
ただ、北極や南極に近づくほど同じ種の動物でも体の容積が巨大化する、という説もありますよね。
完全に否定するにはまだ早い、と思っています。

> 「比較的立派な文明」

西欧に対して比較的立派な文明です。

> それが今でも開発途上の国が多い理由にはなりません。

それは確かですね。
これはアフリカだけの話ではありませんでしたね。
それに南アフリカなんかは今では大都会になっていますよね。
ただ、開発途上国はたくさんありますが、
その中でもアフリカは断然遅れているように見えます。

私の質問を具体的に言いますと
人種によって学習能力に優劣があるか、です。
そんなのあるわけない。しかし、証拠付けがうまくいかない。
白人と黒人ではSAT(=Scholastic Aptitude Test: アメリカの大学に入学するために受けないといけない試験)
での差が1600点中、平均で200点も違うんです。
原因としてはヨーロピアン・アメリカンが黒人奴隷たちに対して教育を禁止したことが主だとされています。
またはSATで測られる英単語がEbonicでは馴染みのないもので
白人贔屓な試験だというのも理由の一つです。

それではアフリカにいる人達はどうか?
あまり芳しくない。
総人口約10億人の中で学者なれる人達は僅かしかいない。
中国人、インド人の学者はたくさんいるのに。
それでは過去はどうか。
昔は立派な文明があったか。
そうでもなさそうだ。
これでは「黒人が劣っている」と言われても否定できない。
…こんな感じです。

> 考えてらっしゃる方向は的を得ていると思います。

ご覧のとおり、その方向がまだあちらこちらに飛んでる状況です(笑)
もう少し的を絞りたいです。

質問の内容を否定するまでの過程は良かったのですが
答えになっていないのが本当に残念です。
自分で調べればよい、では
このOKWebの存在価値さえ危ういと思うんですよね…。
私も自分でも調べた結果で質問をしているつもりですし。
アフリカの文明についてご存知ならその知識をもう少し共有したいです。
ありがとうございました。

お礼日時:2003/12/28 08:36

これは結局、定住農耕民と狩猟採集民との生産性の違い、という事に


なるのではないでしょうか?

アフリカは、狩猟採集という手段によって十分人々の生活が成り立つほどの
豊かな土地であったので、
農耕という、より生産性の高い生活手段への移行が進まなかった、
従って、生産の余剰からくる富の蓄積も小規模であり、複雑化・
広域化した社会も形成されにくく、更には、他の集団との競争によって
自分たちの持つ生活文化を発展させる機会も少なかった、
教科書的にいえば、そうなるかと思います。

以下、蛇足になりますが。
もし日本列島に稲作が普及せず、従って人口がそれほど増えず、
広域社会の形成も遅れ、・・・・・、という事になっていれば、
恐らく日本史も、まったく違ったものになっていることでしょう。
その場合、果たして「日本」は、成立していたでしょうか?
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この回答へのお礼

教科書的にいえば、そうなりますか。
ほぼ、私の話した人類学者の説と同じですね。
…でも、まだ納得がいかないんですよ、すみません。
狩猟採集するにしてもまだ効率的な方法というのはあると思います。
以前、Kalahari砂漠付近に住む種族Bushmanのドキュメンタリー・フィルムを見ました。
彼らは三日間何も食べずに獲物を探し、ようやく麒麟を見つけて倒し、食料にありつけました。
たまたま、そういう場面を撮影したのかもしれませんが…。
もっと楽な生活をしようと考えなかったのでしょうか?
せめて家畜化させるくらいは考えると思うのですが…。
もし本当に十分な資源があったとしても、蓄えて
もっともっと楽な生活がしたい、と考えるのはみな同じでしょう。
なぜ、その「もっともっと楽な生活」を望まなかったのか?
すごく乱暴な考え方ですが、このまま素直に考えると、
もし西欧(中国でもいいんですが)の人々がアフリカに住んでいたとすれば
彼らはやはり農耕をしたんじゃないか、と思います。
どう思いますか?

それとも言語の問題ですかね?
発明はしたけれど、発明を書き記して後世に残す手段がなかったんでしょうか?
考えてみるとこれはアフリカだけの問題じゃないですね。
発展途上の国すべてにいえるかもしれませんね。
逆に西欧の人々が飛び抜けて賢かった、ということですかね…。
その結論には絶対に辿り着きたくないですけど。
ありがとうございました。

お礼日時:2003/12/28 07:42

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Qアフリカが発達しなかったのは何故ですか?

かつてアフリカは暗黒大陸と呼ばれていたそうです。
現在でも経済発達している国家少ないです。
これはどうしてなんでしょうか?

古代エジプトの時代には既にあれだけの文明が発達していたのに、その後西洋諸国に遅れをとってしまったのは何故でしょうか?
ヨーロッパの近くで人や文化などは流入していたはずです。
現代になっても部族対立が激しく、農業や工業が発達しないのはどうしてでしょうか?
経済大国がその気になって本格的に援助したら発達するものなのでしょうか?
資源などはあるはずです。
それとも部族問題が解決しない限りムダなのでしょうか。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

暗黒大陸というのはヨーロッパ人が自分たちの価値観からそう呼んだだけで、特に根拠のある言説ではありません。

古代エジプトは位置的には北アフリカですが、文化/文明/人種の点で「アフリカ」とは言えないと思います。文化ではメソポタミアと並ぶ古代東方文化ですし、アフリカ大陸の他の文化よりもこちらとの関係が一貫して深いです。人種もネグロイドではありません。
また、アフリカというのはローマ人がつけた名前で、大体いまのチュニジアあたりのことです。そこから南は特に認識されていません。南方ではまた独自の文化/文明が発展していました。
これについては
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061493663/249-0155644-0220379
が大変よい参考書になると思います。
西ローマ崩壊後も北アフリカについてはイスラムによる征服後もむしろヨーロッパに対する先進文化地域でした。ヨーロッパから文化の流入?とんでもない。たしかにローマやギリシアの影響はうけていますが、むしろ中世ヨーロッパこそイスラム文化の影響をうけていました。
この関係がひっくり返ったのは近代になってからです。近世ヨーロッパがひたすら武力に偏った発展を遂げ、その武力によってまずは「新大陸」を、ついでその富を背景にアフリカ(とりわけ中部/南部)や、アジアを征服し始めるまで、ヨーロッパは世界の後進地域でした。しかし、これらの征服後、その富と資源を以て近代の技術文明が発展するにつれ、経済力などが逆転し、現在に至ります。
先進諸国というものは、これらのアフリカ/アジアに対する既得権(そんなものを勝手に主張するのがヨーロッパ)を守るため各種の征服戦争、反乱鎮圧、さらには裏工作を行い、また行い続けているわけです。現在はこれらのやりくちを新植民地主義と呼んでいますが、たとえば「イラク戦争」もこういった観点を抜きに考えることはできません。

アフリカ諸国の側に問題がないわけではありませんが、こういう問題を解決させない努力をしている国がある、という琴も忘れてはならないと思います。

暗黒大陸というのはヨーロッパ人が自分たちの価値観からそう呼んだだけで、特に根拠のある言説ではありません。

古代エジプトは位置的には北アフリカですが、文化/文明/人種の点で「アフリカ」とは言えないと思います。文化ではメソポタミアと並ぶ古代東方文化ですし、アフリカ大陸の他の文化よりもこちらとの関係が一貫して深いです。人種もネグロイドではありません。
また、アフリカというのはローマ人がつけた名前で、大体いまのチュニジアあたりのことです。そこから南は特に認識されていません。南方...続きを読む

Qアフリカは、なぜ、貧困なのか・・・

アフリカでは、今も病気で死ぬ人や食べられない人が大勢います。そもそも何でアフリカの地域は、貧困が多いのでしょうか?ダイヤなどの資源がとれるので、貧困にならないような気がするのですが・・・民族に対する差別的な意見(なまけものだから・・・)などじゃくて。。。ちゃんとした理由がわかる人がいればご指導ください。また、どうすれば、経済というのは発展するのでしょうか?解決策も教えてください。

Aベストアンサー

当然の疑問だと思います。
アフリカはあなたのおっしゃるようにダイヤや石油・希少鉱物など天然地下資源も豊富で、しかも農作物も実は生産量は高いです。
ではどうして今の状況にあるかと言えば世界の近代史を知る事で見えてきます。

アフリカはナイル川流域のエジプト文明に代表されるように、古代から文明の栄えた地でもあります。数々の王国が栄え、ローマ帝国やイスラム帝国、オスマン帝国との興亡もありました。
しかしアフリカの人は豊かに暮らしていました。これは北米や南米・オーストラリアの原住民も同じです。
そして白人が来ます。時は大航海時代です。アフリカ人は捕らえられ、船積みされ世界中に奴隷として売り飛ばされました。南米・北米・オーストラリアの人は虐殺され土地を奪われました。北米のインディアンなどがそうですね。「最後のタスマニア人のトルガニーニ」のように絶滅した民族もあります。

もともと原住民には土地の所有と言う概念はなく、みんなのものと言う意識でした。しかし白人の持ち込んだ価値観により、土地は一部の白人の所有となります。アフリカは植民地となり、白人は農園を開き、現地の人間を労働力として安く使い、生産された利益はすべて白人、つまり欧米諸国に吸い取られました。ここで社会の構造が現地の人を安い労働力としてのみ固定してしまいます。
アフリカと言うとサバンナのイメージがあると思いますが、農業生産も盛んで地下資源の輸出が増えた現代でも、アフリカの輸出品の55%は農産物です。
~~~余談になりますが、地球の人口爆発の原因の最も大きいのはアフリカです。この原因は一人あたまの収入が少なく、また収入の大きな職につけない事で、子供を増やす事が収入を増やす事につながるからです。つまり子供イコール労働力です。一人あたまの収入は少なくても、人数で補おうとする考えです。また貧困の為に乳幼児の生存率が低く、その為また人数を生もうとします。生存率が低いのに一人っ子では、その子が死んでしまえばそれまでだからです。悪い循環になっています。
逆に先進国では一人頭の収入は多いが、子供がいる事で支出が増える為に少子化になっています。
アフリカの人口爆発の原因を教育が遅れているせいだとする人がいますが、それは違います。なぜなら白人が来る前の原住民のあいだでは、人口爆発はなかったからです。白人が作った経済格差と社会構造が人口爆発の原因です。~~~

20世紀に入り植民地支配の時代は終わります。数々の国が独立します。しかし今度は植民地ではないが、欧米諸国の経済支配となります。相変わらず農産物は欧米の多国籍企業がその利益を吸い取ります。
そしてつい最近、ここ数十年で豊富な地下資源が発見されます。独立したアフリカの国は「何とか自国での採掘をしたい」と思います。しかし悲しい事にその為の「資金」も「技術」もありません。欧米にその為の援助・協力を要請しても、絶対にそんな事の為には援助はしません。またすでに欧米に多額の借金もあります。結局はわずかなお金と引き換えに、欧米の多国籍企業にその採掘権を売り渡します。そのせいで、アフリカからどんなに資源が出ても、その利益は欧米に吸い取られ、アフリカは借金が減るどころか増えているのが現状です。事実、アフリカの石油はほとんどがアメリカの企業が持っています。
そして国内に問題も多く、政治的にも不安定で汚職や犯罪・貧困などもはびこっています。それを何とかしたくても、どうにも出来ない・なかなか改革は進展しないというのが現状です。またアメリカにとっても、その状態が都合がいいという事もあります。常に経済的優位に立て、利益を確保できるからです。これはアフリカに限らず、中東のゴタゴタにも多分にアメリカの石油戦略が絡んでいます。イラクの問題もそうですね。イラン・イラク戦争の時、フセインに武器援助をし軍事専門家を派遣し、あそこまで軍事国家に育てたのはアメリカですし、今のアメリカ政府のトップはブッシュ大統領を含めほとんどが石油企業を持っています。ブッシュ大統領の親族企業はビンラディンの兄との共同出資で作った石油企業を持っているのは有名な話ですw。
これが政治というものです。

21世紀でアフリカの貧困はもっとも大きな問題の一つです。これを解決して行くには、欧米・アフリカなどの当事者ではなく、アジアの、特に発展している日本の役割は非常に大きいです。しかしご存知のように、日本はアメリカ追従の姿勢で、アフリカどころかアジアの中でまだゴタゴタをしている国です。「経済は一流、外交は三流」などと揶揄される所以です。最近は経済も二流ですがw。アジアの中で未だに近隣諸国の感情も理解できず、逆なでしているのみの情けない外交です。これはアメリカにとってもそのほうが都合がいいので、なかなかアジアとしてまとまる事ができません。アメリカは中国と日本が接近するのは非常に都合が悪いですし、アジアに共同経済圏・巨大連合体が出来るのは自らの利益を損なう事になります。政治的には反目しあってくれてるくらいがちょうどいいです。

ネットの中でもここを見ていても、中国・韓国の話題がでると非常に感情的な誹謗・中傷や、不毛な議論を始める人が多々います。情けない事です。
もっと歴史を知り、欧米や日本が何をしてきたかを知り、変な思想には惑わされずに事実は事実として受け止め、その上で世界に対して日本が何を出来るかを真剣に考えられる政治家が出てくる事を望みます。
21世紀、日本が中心になってアフリカの問題を良い方向に進められれば、これはすばらしい事ですね。

当然の疑問だと思います。
アフリカはあなたのおっしゃるようにダイヤや石油・希少鉱物など天然地下資源も豊富で、しかも農作物も実は生産量は高いです。
ではどうして今の状況にあるかと言えば世界の近代史を知る事で見えてきます。

アフリカはナイル川流域のエジプト文明に代表されるように、古代から文明の栄えた地でもあります。数々の王国が栄え、ローマ帝国やイスラム帝国、オスマン帝国との興亡もありました。
しかしアフリカの人は豊かに暮らしていました。これは北米や南米・オーストラリアの原住...続きを読む

Q白人はどうして黒人を差別するのでしょうか?

アメリカで黒人が白人に差別されたと
デモや暴動が起きているそうです。

どうして白人は黒人を差別するのでしょうか?

日本では、ボビーオロゴンやビリー隊長とか
大人気だし。野球でも黒人が大人気なのに
どうして差別されちゃうのでしょうか?

私にはどうしても分からないのでよろしくお願いします。

Aベストアンサー

 まずアメリカは国土が広大で地方分権も進んでいるので地方によって人々の考え方が大きく異なり、アメリカと一口に言っても州や地方によって差別の現状は大きく異なる事と、アメリカにおける人種差別をもって白人全ての人種差別を語る事はできない事を申しあげておきます(北部ヨーロッパやイベリア半島では人種差別差別はまた違う様相を呈しています)。
 それとビリー・ブロンクスは大学教育を経て社会的に成功している黒人で、ボビー・オロゴンはナイジェリアの富裕層の出身です。一般的に差別を受ける黒人系アメリカ人とはその立ち位置は大きく違います。
 アメリカでの黒人差別は様々な要素が複合的に絡まりあって成立しています。差別の原因となっている要素を幾つか列挙してみます。

・歴史的経緯
かつて白人は黒人をアフリカ大陸から連れ出し(多くの場合、奴隷化したのは現地のアフリカ人達なのですがややこしくなるので割愛します)奴隷として過酷な労働条件で使役してきました。これを根源的な原因として加害者だった自分達白人を黒人は憎悪しているのではないかと考え、それ故に黒人との共存や黒人の社会進出を苦々しく思う白人は常に一定数存在します。

・社会階層的経緯
多くの黒人系アメリカ人は依然として貧困層であり充分な社会進出を行えていません。白人全体における犯罪経験者の割合と黒人のそれを比べるのであれば前者が明らかに高い数値を示すでしょう。その黒人は非文化的で危険であるというイメージが一部のメディアによって増幅され、それに強く感化されてしまう白人が人種差別に走り、さらにそれがイメージに輪をかけるといった悪循環がアメリカ社会には存在します。

・文化的経緯
同じかつての黒人奴隷を導入した国でも南米などでは人種の混合が進み、人種差別などそもそもどれを差別すれば良いのか解らない程複雑になっている国もあり、これらの国では当然人種差別は殆どありません。
 これとは違いアメリカでは人種・文化の混合が行われませんでした。原因については不勉強なのでなんともいえませんが(カルバン主義やアングロサクソンの島国根性が関わっているのかもしれません)、一部の白人にとって黒人が“同じアメリカ人”では無く“国内に居住するよそもの”的な存在になってしまった事は否めません。

 まずアメリカは国土が広大で地方分権も進んでいるので地方によって人々の考え方が大きく異なり、アメリカと一口に言っても州や地方によって差別の現状は大きく異なる事と、アメリカにおける人種差別をもって白人全ての人種差別を語る事はできない事を申しあげておきます(北部ヨーロッパやイベリア半島では人種差別差別はまた違う様相を呈しています)。
 それとビリー・ブロンクスは大学教育を経て社会的に成功している黒人で、ボビー・オロゴンはナイジェリアの富裕層の出身です。一般的に差別を受ける黒人...続きを読む

Q夫が部落出身である可能性が高いです

悔しくて夜も眠れずこちらに辿り着きました。
(理解していただきたいので内容が細かく、長いです。申し訳ありません。)
出会った当時私は学生で、夫は県外の人間でしたが仕事の為に都心部に移り住んでいました。
結婚して4年です。子供が一人います。
夫が実家近くに転職したので、今は夫の実家の近くに住んでいます。
私は3人姉妹の末っ子で、父が中学生のときに亡くなったので母親に育てられましたが、祖父母が会社を経営していたので何一つ不自由なく育ちました。
出会った当時、夫は実家にルートセールスで度々来ていました。
母は時々物を買っていて、私と知り合う2年前から夫を知っていました。
その間、彼氏がいなかった私の写真を見せていたのは知っています。よく母から、「面白いお兄さんがいて○○(私)に会ってみたいと言っているけれど、どうする?」と言われており、その一年後に初めて3人で食事に行きました。
付き合いはそこからです。
付きあってから度々悩まされたのは、他人に対して暴言を吐いたり道路の真ん中で車を止めて怒ったりすることでした。
(先日も駐車場の枠外にとめていた車の人に暴力団のような言葉を吐いていたので知らない顔をして子どもと逃げました。)
私にも暴言や暴力(年に数回)があり、何度も別れようと思ってきました。
しかし、夫にも優しい所があり、初めての人でしたので夫がすべてだという気持ちがあり、結局結婚に至りました。
何かがおかしいと思ってきたのは結婚してからのことです。
毎週夫の実家に行くごとに義父母から親戚の職業を耳にしてきましたが所謂部落の方が多い職業についており、部落の方と結婚している人がとても多いのです。
また、義父は自営業をしていますが暴力と酒癖が悪く部屋中のものを壊したり、年に数回は義母の顔にあざができるほど殴るので本当に恐ろしいです。
本人たちの口から「部落」という言葉は結婚してからは何度となく聞いていますが、自分たちは違うというニュアンスで話してきます。
差別があるから夫のいとこは子供をつくらないし、結婚もしないとも聞かされてきました。
私が少し調べた結果は義父が部落出身のようです。
調べるきっかけとなったのは私の職場に夫がやくざまがいの電話をしてきたことでした。
それは、私の仕事用携帯に職場の男性のアドレスがあっただけのことでした。私的なメールは一切しておらず、上司から同僚まで全ての電話番号とアドレスが入っています。
夫はそれを浮気だと勘違いして、会社に怒鳴りこみの電話をしてきました。しかも妊娠初期の事でした。
その後出産の為辞めることとなりましたが、会社の上司から夫のことをかなり詳しく聞かれた上でそれとなく言われました。
本当にショックで血の気が引きました。
その後、義父母や夫がよく口にする地区をネットで検索してみると、全て部落に当てはまる地区で自分が住んでいる地区も昔はそうだったと知りました。
本当にショックでした。
冒頭に「悔しい」と書いたのは騙されたと感じるからです。
結婚前に夫の性格や暴力のことで母や親戚から反対されながらも結婚を選んだのは私です。
でも、墓場まで持って行こうとした夫が許せません。
私に話していたら結婚は迷ったかもしれない。
でもきっと結婚していたと思うんです。
それなのに純粋な気持ちでずっと夫を思ってきたのに隠し通そうとしている夫は裏切り者です。大嘘つきです。
夫を許せません。
結婚するまでは部落の人がいるのかどうかも知りませんでした。そして、部落が何かもよくわかりませんでした。
しかし、少しずつ勉強したり地区や周りの人間を見ていく中で分かったことがあります。それは差別する人間だけが悪いのではなく、差別される側にも問題があるということです。
義父や夫の親戚の会話は人間の血が通っていなくて、私にはとても理解ができません。酷い言い方かも知れませんが、気が狂いそうになるほど見ず知らずの他人を悪く言ったり暴言を吐きます。
私が言われることもあります。
今、人生にとても悩んでいます。こどもが小さいので母子家庭は厳しいかもしれませんが、穏やかな暮らしがしたいです。
夫とも義父母とも一切の縁を切ってこの土地からも逃れたい・・普通の考えをした人間と関わりあって生きたい。これが正直な気持ちです。
簡単にはいきませんが、何も考えずに生活しようとしても夫や義父が何か言動を起こす度にうんざりしている自分がいます。
まとまりの無い文章ですみません。
経験談やアドバイスなど、皆さんの考えをお聞かせ下さい。
どうぞ宜しくお願い致します。
最後まで読んで下さってありがとうございました。

悔しくて夜も眠れずこちらに辿り着きました。
(理解していただきたいので内容が細かく、長いです。申し訳ありません。)
出会った当時私は学生で、夫は県外の人間でしたが仕事の為に都心部に移り住んでいました。
結婚して4年です。子供が一人います。
夫が実家近くに転職したので、今は夫の実家の近くに住んでいます。
私は3人姉妹の末っ子で、父が中学生のときに亡くなったので母親に育てられましたが、祖父母が会社を経営していたので何一つ不自由なく育ちました。
出会った当時、夫は実家にルートセ...続きを読む

Aベストアンサー

難しい問題ですね。 差別する事はいけない事だと倫理を
説いても、実際にはいろんな形で区別されている事も事実。

自分がその立場に立った時に、つゆほども気にせず過ごせるか?
と聞かれると自信がありません。

普通に・・・・と言う気持はよくわかります。

昨今は、まだ昔ほどの差別はないにしても、中には未だに
違った目で見る人がまだまだいる事も確かです。

そのうえ、いろんな事件が世間を騒がせますから、この事が
表だって知られるようになれば、なにがしかの弊害はあるやも
しれませんしね。

この事案からまったくかけ離れた所で生活している物が
当事者に対して簡単に「差別はいけません」とは言い難いです。

関わった物の苦しみは関わった者しか分かりませんね。

輪の中に身を置くという事で、私は単なる個人の人格だけの
問題でもない気がします。

生活の環境と言う物は、個人の主観に大きく影響します。

周りを取り囲む人々が同じ価値観で接してくれば、少なからず
感化されますからね。

さて、問題は今後ですよね。
離婚されるなら身を隠す必要があると思いますよ。

今までの言動・行動を見ても旦那様自身がこの事をかさに
人を威圧する性格が見受けられます。
そういう境遇が持たしたら性格かもしれませんが、実際問題
多少危険である事は覚悟する必要があると思います。

出来れば御実家のご両親にもきちんと相談されて、考えうる
対応を模索しておく必要があると思います。

それでも先を考えれば、行動する価値は十二分にあると思います。
今は×1も珍しくありません。
心穏やかな生活が迎えられると良いですね。

難しい問題ですね。 差別する事はいけない事だと倫理を
説いても、実際にはいろんな形で区別されている事も事実。

自分がその立場に立った時に、つゆほども気にせず過ごせるか?
と聞かれると自信がありません。

普通に・・・・と言う気持はよくわかります。

昨今は、まだ昔ほどの差別はないにしても、中には未だに
違った目で見る人がまだまだいる事も確かです。

そのうえ、いろんな事件が世間を騒がせますから、この事が
表だって知られるようになれば、なにがしかの弊害はあるやも
しれませ...続きを読む

Q人間は考える葦である とは?

ふと頭をよぎったのですが、、
「人間は考える葦である」とはどういう意味なのでしょう? また誰の言葉なのでしょう? 簡単な質問ですみません。 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。
  
  残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。
  
  それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。
  
  これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。風に抵抗できない。いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。
  
  少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。……このような意味の比喩ではなかったかと思います。
  
  この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。
  
  暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。
  

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し...続きを読む

Qモンゴル帝国を築いたチンギスハンがいたのに何でモンゴル後進国?

 チンギスハンからのハン一族がモンゴル帝国を築き、日本にも遠征をするほどの勢いがあったモンゴル帝国、

 しかし、今となっては遊牧民中心の後進国です。
 あれほどの勢いが何故近代にも継続されなかったのでしょうか?

Aベストアンサー

モンゴルですが、チンギスハンの時代に世界帝国になりますが、その死後、オゴタイハン国・中央アジアのチャガタイハン国・ロシアのキプチャクハン国そしてイラン方面のイルハン国の4国に事実上分裂し、彼の息子や孫たちも徐々に分かれていきます。
モンゴルのリーダーを決めるのをクリルタイと言い、伝統的には末の息子が継ぐことになっています。
ただチンギスの長男ジュチは妻が略奪された時に身ごもった子なので血筋に疑問があって、次男のチャガタイと不仲という理由もあり、両者を巧く調停できる3男のオゴタイが継ぎます。
その後この4家はお互いに争ったり同盟したりしますが、フビライがその武力を背景にクリルタイを開いてハン(モンゴル族のリーダー)になり、彼の時代に中国の南宋を滅ぼし、中原の国すなわち中国になります。
中国の王朝は通例では1字ですから、国名も「蒙古」から「元」として、ご存知のように日本にも攻め寄せてきます。
ところがこの元も歴代王朝と同様徐々に中国化し、遊牧民の質実剛健な気風は影を潜め、一方でモンゴル族に従っていた他の遊牧民の心も離れ衰退していきます。
やがて1368年明により首都が落ち、元は滅亡します。
因みに日清戦争の清も同様に遊牧民の国でしたが、中国化して衰退しました。
尚ハンというのはモンゴル族の王の称号であり、一族の名前ではありません。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%B3

モンゴルですが、チンギスハンの時代に世界帝国になりますが、その死後、オゴタイハン国・中央アジアのチャガタイハン国・ロシアのキプチャクハン国そしてイラン方面のイルハン国の4国に事実上分裂し、彼の息子や孫たちも徐々に分かれていきます。
モンゴルのリーダーを決めるのをクリルタイと言い、伝統的には末の息子が継ぐことになっています。
ただチンギスの長男ジュチは妻が略奪された時に身ごもった子なので血筋に疑問があって、次男のチャガタイと不仲という理由もあり、両者を巧く調停できる3男のオゴ...続きを読む

Qゲルマン民族の大移動となったフン族はなぜ・・

歴史の勉強していくと何故?何故?と疑問がわいてきます。またそれを知った時
すっきりします。ゲルマン民族が移動することによって、ヨーロッパに変化が起きましたが、ではそのフン族がいきなり西方へ移動してきたのは何故でしょうか?
いろいろ調べてみましたが・・ゲルマン民族大移動の原因で出てくる程度、しかも
それまでおとなしくしていたのに、いきなり移動したようなニュアンスです・・
どなたか、ご存知のかた教えてください。

Aベストアンサー

フン族についてはアジア系遊牧騎馬民族という位の情報しか正確なものが乏しい民族です。

「きょう奴」が分裂して一部が西進し中央アジアキルギス高原に達して定着した部族の子孫という説があり彼らは多数の家畜を抱え遊牧し、乗馬に巧みで当然騎射に長けていました。
農耕を知らなかったので自然に生える草を家畜の餌にし殆ど生の獣肉などを食べていたといいます。
従って草がなくなれば当然移動して新しい草原を探さねばなりません。
東方は彼らが既に同様な生活習慣で暮らしてきたので草はないことを知っていますから西進するしかなかったのです。  こうしてヴォルガ川にたっし、さらに西進しました。  これには気候の変化説、疫病説など諸説もありますが正確なところは不明です。  この時代の移動速度は緩やかなものでした。

そこには既に東ゴート族が居住していましたから彼らを略奪、抵抗する者を殺しました。
この情報はすぐに東、西ゴート族に伝わり、かれらフン族の残酷さ、騎馬戦術の脅威が過大に誇張されて伝わったため、パニックが起こりゴート族の西方への大移動が起こって次々とゲルマン民族などの大移動が伝播したのです。  この頃は草原の確保より略奪が目的に変化していてフン族の移動は迅速で警報が間に合わない事もよく起こりました。

アッチラというフン族の王が出現し部族をまとめてから、その攻撃力はすさまじいものとなり現在のフランス、イタリアまで侵略された位です。

フン族についてはアジア系遊牧騎馬民族という位の情報しか正確なものが乏しい民族です。

「きょう奴」が分裂して一部が西進し中央アジアキルギス高原に達して定着した部族の子孫という説があり彼らは多数の家畜を抱え遊牧し、乗馬に巧みで当然騎射に長けていました。
農耕を知らなかったので自然に生える草を家畜の餌にし殆ど生の獣肉などを食べていたといいます。
従って草がなくなれば当然移動して新しい草原を探さねばなりません。
東方は彼らが既に同様な生活習慣で暮らしてきたので草はないことを知っ...続きを読む

Q妊娠中に不倫する女性の気持ちは??

最近身の回りで妊娠中の女性が不倫をしていることを知りました。
(一人一才になる子供もいます)
わたしは結婚も妊娠もしたことがないので
その気持ちがわからないのですが、
妊娠中でも、旦那様以外との体の関係、やもう一人の人との関係など、
そういったよにいう不倫というものをできるものなのですか?
(実際にやっているようなので、できるものなのでしょうけど)

なんだかいくら親になっても
人はそういうことできるんだなと思うと
なぜだかショックを受けてしまいました。

Aベストアンサー

はじめまして。25歳既婚女性、子供もひとりいます。

んー。。。人それぞれではないですか?

実際、不倫してる方がいるのだから、そういうことが抵抗なくできる方もいるのでしょうし。。。

私の個人的な気持ちとしては、妊娠中の体は「子供のためのもの」という感覚が強かったので、夫以外の男性とのSEXなどは考えられませんでしたけどね。

むしろ夫とするのも「大丈夫かな」って意識が。。。ダンナも同じ気持ちだったらしく、妙にぎこちない感じでしたね~。

「それならしなきゃいいのに」とも思ったんですが、ダンナのことは大好きでラブラブだったんで「愛情表現」としてそういうこともしたかったというか。

あ、そうか!そうすると、そのご友人もその不倫相手のことが大好きで、どうしてもそういうことがしたいとか。。。

あれ?でもそんなに好きなのに旦那さんとの子供を妊娠してるって言うのも変ですね^^;やっぱり私には理解できないようです。

あ、ちなみに上記の意見は「体の関係」があることを前提としていますが、それがなく、ただ一方的な片思いとか「会えるとドキドキする」「顔を合わせるとハッピー」程度の淡い「恋心」くらいならありかな~と思います(相手には伝えない、と言う前提で)

妊娠・出産・育児となると、ダンナとは「家族」的な気持ちが強くなったり、あとそれまで働いていた人なら家にいる時間が極端になる分、気を紛らわせるトキメキ(むしろ妄想?)が気分転換になったりしますから。。。

なんだかまとまりのない意見で恐縮ですが、やっぱりそういうことは人それぞれですし、男でも女でも「子供もいるのに不倫なんて考えられない!」っていう人も必ずいますから、あまりショックを受けなくて大丈夫ですよ^^

はじめまして。25歳既婚女性、子供もひとりいます。

んー。。。人それぞれではないですか?

実際、不倫してる方がいるのだから、そういうことが抵抗なくできる方もいるのでしょうし。。。

私の個人的な気持ちとしては、妊娠中の体は「子供のためのもの」という感覚が強かったので、夫以外の男性とのSEXなどは考えられませんでしたけどね。

むしろ夫とするのも「大丈夫かな」って意識が。。。ダンナも同じ気持ちだったらしく、妙にぎこちない感じでしたね~。

「それならしなきゃいいのに」とも...続きを読む

Q苗字に金がつくひとって・・・

素朴な疑問なのですが、苗字に金の文字が付く人のは、ほとんど在日韓国人の方が帰化しているか、通用名だとききましたが、正確にはどれくらいの割合なのでしょうか?

一度、金山(かなやま)サンのように、カネじゃなくてカナと読む場合はルーツが大和民族である場合が大きいと言う話を聞いたことがありますが、それの真偽はどうなのでしょうか。
カナヤマさん、カナイさんなどと名乗っておられる在日の方も多く居られるとは思いますが・・・

Aベストアンサー

例えば、金井という姓の戦国武将がいます。今の群馬県に住んでいました。この武将の子孫は現在もいるでしょうが、もちろん在日韓国人ではありません。http://www5b.biglobe.ne.jp/~giemont/kanaisaburo.htm

また、鎌倉幕府の北条氏の一族で、金沢実時という人がいました。その子孫が現在もいるとして、在日でないのは当然です。

「金*」という名前は在日だという俗説があるのは事実です。ただし、もし私が在日で、日本名を名乗ったり日本に帰化するとすれば、名前からは韓国との関連が分からないようにするでしょうね。自分が(元)韓国人であることは、必要がある時に教えれば済みますから。わざわざ、韓国の匂いがする日本名は使わないでしょう。

ちなみに、奈良時代頃に日本に渡ってきた朝鮮半島系の人は、近江国や武蔵国に集団で住んでいたようです。武蔵国で朝鮮半島(高句麗=高麗)系の人が住んでいた場所が、「コマ」という音の地名になっているとされます。

埼玉県 旧高麗郡
http://homepage3.nifty.com/hoshino/Koma/
東京都狛江市 (コマエと言う音)

駒、今、金(コン)といった苗字の人は、奈良時代に日本に来たそれらの元高麗人の子孫であるようです。もちろん、在日ではなく完全な日本人です。

例えば、金井という姓の戦国武将がいます。今の群馬県に住んでいました。この武将の子孫は現在もいるでしょうが、もちろん在日韓国人ではありません。http://www5b.biglobe.ne.jp/~giemont/kanaisaburo.htm

また、鎌倉幕府の北条氏の一族で、金沢実時という人がいました。その子孫が現在もいるとして、在日でないのは当然です。

「金*」という名前は在日だという俗説があるのは事実です。ただし、もし私が在日で、日本名を名乗ったり日本に帰化するとすれば、名前からは韓国との関連が分からないようにする...続きを読む

Q古生代の酸素濃度

古生代の大気中の酸素濃度の変化について教えてください。
恐竜などの巨大生物が生息活動するには、非常に大きなエネルギーと新陳代謝が必要と考えられます。従って現在の大気中の酸素濃度より古生代の酸素濃度は高かったのではないか?と考えておりますが、調査結果などはあるのでしょうか?
また、生物が巨大化すると、どれくらいの酸素濃度が必要かについて調べた結果はありますか?

Aベストアンサー

こんにちは。

>従って現在の大気中の酸素濃度より古生代の酸素濃度は高かったのではないか?と考えておりますが、調査結果などはあるのでしょうか?

恐竜時代といいますのは「古生代」ではなく、三畳紀、ジュラ紀、白亜紀を通した「中生代(2億5千万年~6千5百万年前)」の方ですよね。ちょっと面倒ですが、参考資料を一緒にご覧下さい(ページ中ほど、二番目のグラフです)。

http://www.s-yamaga.jp/nanimono/chikyu/taikitokaiyonorekishi.htm

グラフをご覧頂ければひと目で分かります通り、恐竜たちが繁栄した中生代の酸素濃度は三畳紀末から上昇を始め、白亜紀・後期にはピークに達しています。ですから、これが恐竜の巨大化と何らかの関係があるのというのはほぼ間違いのないことだと思います。
その前の「古生代」には石炭紀に地球史を通して最も特異な酸素濃度の出欠大サービスがありますが、これは古代植物の大繁栄によるものであります。このときにはまだ恐竜は出現しておらず、二酸化炭素濃度の低下による寒冷化の時代でありますが、「古代トンボ」や「古代ムカデ」などの甲殻類が巨大化しています。そして、いよいよ「中生代・三畳紀」、即ち我らが恐竜の時代に突入しようというそのときには、植物が栄華を極めた古生代の終焉と共に大気中の酸素濃度は過去最低のレベルまで下がっています。
これがどういうことかと申しますと、恐竜といいますのは、このような「極端に酸素濃度の低い環境」に適応することができたために晴れて誕生が許されたということであります。ですから、恐竜というのはもともと酸素濃度が低くても十分に生きられるのですから、そのあと酸素がふんだんに使えるようになりますならば活動がどんどん楽になりますので、それが巨大化のひとつの要因になったというのは極めて理に適った筋書きということになります。
もちろん、古生代の終わりには気候が温暖化に転じたというのは、これは絶対条件です。ですが、恐竜たちは三畳紀の長い低酸素時代を実際に生き抜いているわけですし、巨大化はジュラ紀から始まり、白亜紀に掛けては留まることを知らない大繁栄を遂げたというのは概ねの事実であります。そして、極めつけに当たるのが白亜紀・後期の最終ピークと重なる「翼竜の巨大化」でありまして、多くの学者さんたちも、こればかりは酸素濃度の上昇という条件が揃わなければ実現しなかったであろうと指摘しています。果たして、如何に温暖な気候と高酸素濃度という条件が偶然にして重なったとはいいましても、挙句の果てには巨大生物が空を飛んでしまうなど、三十億年を越える地球の生物史上、これほど晴れがましい出来事はそう幾つもはなかったのではないでしょうか。
因みに大気中の酸素濃度といいますのは激しい運動を助けるためだけではなく、翼竜や古代トンボが空を飛ぶための「空気抵抗」にも関係していたのではないか考えられています。

>恐竜などの巨大生物が生息活動するには、非常に大きなエネルギーと新陳代謝が必要と考えられます。

そうですね、仰る通り、全くその通りではあるのですが、哺乳動物と恐竜では事情が違いますよね。
先に触れました通り、恐竜といいますのは三畳紀の「低酸素環境」に適応できたために後の繁栄を許されました。では、進化の過程で先手を取り、自らが絶滅するまでその生態的地位を譲らなかったのは、現存の爬虫類と比較しましても、恐竜というのは我々哺乳類とは異なる代謝構造を持ち、それを極めて有効に運用していたということなります。
申し上げるまでもなく、哺乳類といいますのは爬虫類よりも高等動物に当たります。ですがその弱点とは、少なくとも中生代・三畳紀の場合に限り、哺乳類といいますのは「内温性恒温」であるため、自分の体温を維持するためには常に大量の酸素を消費する必要があるということです。これに対しまして、初期の恐竜が「外温性変温」であったとしますならば、酸素消費量はたいへん少なくて済むわけです。しかも、酸素濃度は低いのですが、三畳紀には既に気候が温暖化していますので、「外温性」の恐竜は外気によって体温を獲得し、活発に行動をすることができたということになります。これにより恐竜は、三畳紀の低酸素環境において先手を取りました。ではその後、酸素濃度の上昇によって後続の高等動物である哺乳類に遅れを執らなかったのは、巨大化というのが必ずしも無尽蔵な代謝率の増加だけを招くものではなかったからです。

恐竜というのは恒温動物だったのではないかという説はだいぶ広く受け入れられていますが、実際のところは彼らに会ってみなければ分かりません。ですが、まず哺乳類のような「内温性恒温」であった場合は三畳紀の低酸素環境にきちんと適応できたかどうかが怪しくなります。では、現存の爬虫類はほとんどが「外温性変温」でありますが、これがある程度巨大化致しますと、今度は「慣性恒温」という極めてインスタントな機能を獲得することになります。
何処がインスタントで安直なのかと申しますと、「慣性恒温」といいますのは身体が大きくなればそれだけ蓄えられる熱の量が多くなり、ひとたび体温が上がれば何時までも冷めないので、結果的には恒温状態を維持することができるということなんです。もちろん、体重が増えれば身体を動かすためのエネルギーはその分だけ必要になります。ですが、恐竜の場合は哺乳類とは違い、体温を維持するための酸素消費量の上乗せはありませんので、巨大化をしましても、それがそのまま代謝率の悪化に繋がるというわけではありません。逆に恐竜は、中生代の温暖な環境においてこの慣性恒温を利用するために巨大化したと考えることもできます。

次に恐竜の呼吸方法なんですが、例えばティラノサウルスが満身の力を込めて獲物を倒したと致しまして、それでもって汗を流しながらハアハア、ゼイゼイと息を切らすなんていう光景がちょっと想像できますでしょうか。このような生理反応は言わば「酸欠」でありまして、どちらかと言いますならば、これは大量の酸素を消費する内温性恒温動物として「腹式呼吸」という手段を採用した我々哺乳動物の特徴であります。
多くの爬虫類といいますのは「胸式呼吸」であります。注意をして見ていれば分かるのですが、イヌやネコなど身近な哺乳動物とは違い、苦しそうな表情というものを見て取るということが中々できませんので、トカゲやヘビなどはあれだけちょこまかと動き回りながら汗ひとつもかかずに平然としているのが何とも不可解に思えて仕方がありません。ひとつの理由としましては、これも爬虫類の酸素消費量が基本的に少ないからなんですが、やはり友達にするならば哺乳類ですよね。
爬虫類の中でもワニといいますのは特別な構造を持っておりまして、哺乳類の「横隔膜」と同じ働きをする「横隔膜筋」によって他の爬虫類よりも効率の良い呼吸をすることができます。では、巨大化した恐竜にこのワニと同様の「横隔膜筋呼吸」ができたとしますならば、激しい運動にもある程度は耐えられたかも知れませんね。
ところが、ワニというのは「横隔膜筋呼吸」というたいへん効率の良い構造を持っているにも拘わらず、彼らは「水中のナマケモノ」といっていいほどにほとんど動きません。これは、ワニは長時間水の中に潜っているために運動量を目いっぱい抑え、酸素消費量をできる限り節約しているからです。激しい運動をするのは「いざ! 獲物だ」というときだけです
これがどういうことかと申しますと、哺乳類とは違い、酸素消費量の少ない爬虫類といいますのは必要なときに必要なだけ呼吸をすればそれで事が足りるということです。ですから、勇猛果敢なティラノサウルスが息も絶え絶えに懸命に獲物を追い掛けるなんていう余りにも情けない光景は、これは飽くまで私の希望でなんですが、できるものならば絶対にあってはならないことであります。

>また、生物が巨大化すると、どれくらいの酸素濃度が必要かについて調べた結果はありますか?

そうですね、白亜紀・後期の翼竜の巨大化が酸素濃度の上昇によるものであることが科学的に受け入れられていますならば、翼竜の運動能力を基にした酸素消費量というのは恐らく何らかの形で計算されているはずだと思います。ですが、念のため検索はしてみましたが、やはりそう簡単には調べが付くものではありませんね。仮に分かったとしましても、我々素人にはちょっこら理解できる内容であるとは思えません。
酸素濃度が高ければ生物が巨大化するというのは、これは恐竜を始め古生物の進化の歴史と比較しましても概ね間違いのないことだと思います。ですが、その巨大化が酸素濃度の上昇に対してある程度直接的な比例関係を表したのは「古代トンボ」のような甲殻類だけです。これがどういうことかと申しますと、古生代の寒冷化の時代に巨大化することができたということは、その主要因が酸素濃度の増加であったということです。これに対しまして、哺乳類や爬虫類などに関しましてはそれほど単純に線引きできるものではありませんし、恐竜の巨大化といいますのは温暖化という圧倒的な条件が揃わなければ、これはやりたくてもできたことではありません。
先にご説明致しました通り、酸素消費量だけで推し量りますならば、外温性爬虫類におきましては巨大化によって逆に代謝量が抑えられますが、哺乳動物の場合はある程度に達しましたならばそれ以上の巨大化は無理ということになります。ですが、現生動物の中で最も巨大化しているクジラ類といいますのは哺乳類でありながら酸素獲得にはたいへん不向きな海洋という環境で暮らしてします。このクジラが海の中を自由に泳ぎ回ることができますのは、それは細胞内に酸素を蓄えるためのミオグロビンの量が陸哺乳動物の十倍近くあり、心肺機能に対する酸素消費量の効率が極めて高いからです。
このように酸素消費量といいますのは、その動物の「運動量」「心肺機能」「代謝効率」によって大幅に変わってしまします。ですから、どの程度の酸素濃度であるならば巨大化が可能であるかということに一本で線引きをするというのは、これはどうやってもできないのではないかと思います。
恐竜といいますのはもともと低酸素環境に適応できる動物です。ですから、それが酸素濃度の上昇と共に巨大化をしたということは、それほどの高濃度ではなくとも、三畳紀の最低レベルを少しでも上回るならば、彼らはその分だけ活動を有利にすることができたのではないかと想像します。

参考URL:http://www.s-yamaga.jp/nanimono/chikyu/taikitokaiyonorekishi.htm

こんにちは。

>従って現在の大気中の酸素濃度より古生代の酸素濃度は高かったのではないか?と考えておりますが、調査結果などはあるのでしょうか?

恐竜時代といいますのは「古生代」ではなく、三畳紀、ジュラ紀、白亜紀を通した「中生代(2億5千万年~6千5百万年前)」の方ですよね。ちょっと面倒ですが、参考資料を一緒にご覧下さい(ページ中ほど、二番目のグラフです)。

http://www.s-yamaga.jp/nanimono/chikyu/taikitokaiyonorekishi.htm

グラフをご覧頂ければひと目で分かります通り、...続きを読む


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