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ふと思ったんですが、普段はさりげなくできるのにあえて意識して改めてやろうとするとできないことってありますよね。
例えば、悩み相談を受けたとき、普段はそっと気の利いたことを言ってあげられるのに、気の利いたことを言ってと言われると全く出てこないとか、普段は面白いことを会話の流れの中でぽろっと言えるのに、あえて大喜利などをすると全く頭に浮かばないって感じです。
うまく例えられませんでしたが、そういう場合ってどうすれば普段通りにできるようになるんでしょうか?
説明が下手ですいません。ちゃんと伝わっていますか?
あまり深く考えないようにして普段通りにすればいいと思うんですがそんなの難し過ぎると思います。

みなさんはどうお考えですか?
乱文失礼しました。

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A 回答 (3件)

面白い疑問と思いますので参加させて頂きます。

要するに『意識してすると、出来難くなる』と云う事だと思います。意識しない時には出来ている事が『意識すると段々出来なくなる事』を意味していると考えられます。

この原因は簡単に説明出来ます。人間の脳内には二つ意識が在るからです。科学的な証拠を載せてみます。ウイキペデアからです。

”ロジャースペリー 分離脳
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究

ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球が 『それぞれ独立した意識』 を持っていることを実証した。”

この場合の左脳の人格が『自我意識です。』意識する事が機能となっています、そうして言葉で考える機能から成り立っています。物事を割り算や論理で割り切る事を特徴としています。

顕在意識とも言っていますが、機能的には『かなり限定された事しか出来ません』この事は後でもう一回触れます。

右脳に存在する意識は、説明し難いですが、兎に角説明してみます。この右脳の人格は『命そのものの意志』という言い方が合っています。端的に説明するなら『仏性や神』に当たります。

蜘蛛がその種としての蜘蛛の巣を張る事は『脳に記憶されている事』を意味します。或は櫻でもその固有の種に蓄積された遺伝子によって、色から形から匂いまでも備わっています。そういう働き方をする意思という言い方が出来ます。

人間の脳や遺伝子はは他の植物や動物や昆虫よりも進化していると言われています。ですが『人間としての記憶が組み込まれたままに、命は授けられています。

『命の働き』=『仏性や神』を説明したいと思います。

生命として生じた瞬間から、細胞分裂する働きを知っている働きの事です。生まれた後では泣く事も笑うことも知っている働きの事です。不安と云う事、安心する事、或は恐怖する事も知っています。処が誰からも習う事も無く、です。

誰からも習う事も無いのに、心臓も肺も腸もホルモンも自律神経も交感神経も、副交感神経も正常に働く事をしている機能です。この働きを『命を働かせる働き』=『命そのものの意志』=『仏性や神』として説明する事に『お釈迦もキリストも』骨を折っています、何故ならいくら説明したところで『確かに分り難いからです。』

と言う事で右脳と左脳が交替制を取っている事を、しっかり説明している動画がありますので、載せてみます。脳内の血管が切れた事による症害のためです。

URL:

この動画において、読み取って頂きたい事は、人間の日常も交替制をキープする事で、正常な毎日が送られている事です。交替制がキープ出来なくなった時、その交替出来ない部分に『症害を感じます。』

丁度意識した場合に『出来難くなる』と言う現象です。

右脳の機能は大別すると、ほぼ三つの機能に分割出来ます、とは言っても人間の行動や考えや感じていることには境目が無いために、はっきりとした境界線は引けない場合も在りますが、三つの機能を説明して見ます。

一つは『身体機能です。』=『生命の維持装置としての働きです。』意識しない場合には出来た事が『意識したために』出来難くなる事です。こういう場合を『自律神経失調症』と言っています。

一つは『無意識時の行動に関する機能です。』意識しない時には出来た事が、意識したために出来なくなる行動です、症状名としてあげるなら、『神経症の全ての症状です。』行動面における『自我意識の使い方の誤りです。』

後の一つは『心の問題です。』感情面や考える事を、意識しないでいる場合では平気なのですが、『感情面や湧き上がる考えを』意識したために、平気で出来なくなってしまう現象です。この場合に『心を病む』と表現します。

全ての現象が『自分の無意識の力を借りる事を忘れてしまう場合です。』無意識の自分の出番を失う事によって、このような三つの現象が出ています。

このような事を『メンタル面が弱い』と表現します。この正確な意味は、意識したために『自分の無意識の力が封印されてしまって』何も出来なくなってしまう現象です。

是は心の矛盾の産物として『症害になってしまう現象です。』この解決を『お釈迦やキリスト』が骨を折って来た歴史が物語っています。或は心の矛盾の解消を願う心が、宗教文化の発展の後押しをしてきた事を、歴史が物語っています。
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普段感覚的な部分でできていることを、


あまり頭で考えすぎたり、「上手くやらなければ」と自分にプレッシャーをかけすぎると、できるものもできなくなります。
会話とかもそうですが、スポーツや楽器の演奏など、頭で「ああしてこうして」と逐一考えながらやるより、体で覚えたり感覚で身につけるものに(右脳分野)、特にそういう傾向がある気がします。
普段意識しないでできていることに、変にああしなきゃこうしなきゃという思考が入ってくると、感覚部分への集中力が途切れてしまうからじゃないかと思います。

>あまり深く考えないようにして普段通りにすればいいと思うんですがそんなの難し過ぎると思います。

難しいんですけど、やっぱり、「考えすぎ」は禁物ですよ。
ご質問の例だと、質問者さんには気の利いたことや面白いことを言える素地?というか能力はあるんですよ。あとはその自分の能力を信じて身をゆだねるしかないですね。そこに不安やプレッシャーがあると、持ってるものの半分も出せなくなったりします。
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それはうまくいくというのが稀なことだからではないでしょうか。

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