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質問させていただきます。父が大病を患い、あるお寺のほうへご祈祷をお願いしてきたのですが、生死が関わってくるので、お知り合いの方がおすすめして下さったお寺にご祈祷をお願いしたいと思いました。藁にもすがる思いです。この場合、複数のお寺や神社にご祈祷などをお願いすることは大丈夫でしょうか?

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A 回答 (3件)

日本で重い病気になったとき、神社や寺に祈祷を頼めるのは極限られた権力者ぐらいのものでした。

民間人が祈祷を願うことなど出来ませんでした。そのころは日頃崇敬している神社や仏閣に祈祷をお願いしたのです。
従って、良いとも悪いともいう決まりごと(風習を含めて)ありません。する事になんの制限もないのです。

ただし、困ったときの神頼みで、治ったら信仰を忘れる。これではハナからご利益など得られないと私は確信しています。少なくとも儀礼的にではなく、心から最低でも1年間はお礼参りをすべきでしょうし喜捨もすべきだと考えています。
実際に私は息子が死の縁に立った時、それまでは快く思っていなかった神社に行き、医者も驚く奇跡的な治癒後、一年お礼に日参しようと妻と話し合って、結局3年お礼参りをしました。神社との付き合いは子供たちが成人になるまで続き、以後は自分たちの人生だからといって付き合いをやめました。

ちなみにですけれど、TVドラマなどに出てくる病気平癒の僧侶はその家の菩提寺、或いは密教や古い時代の宗派になります。加持祈祷というのは元々密教や古仏教などで使われたものだからです。真言密教、天台密教、法相宗などが代表です。
また神主のような集団が祈祷する場合は、平安時代くらいですと陰陽寮や典薬寮ということになります。本来医薬を司る典薬寮がこのような祈祷も行っていましたが、やがて陰陽寮に主体が偏っていき、典薬寮に近い陰陽寮所属の役人がその任につくようになりました。これが後の「陰陽師」になります。
更に神仏習合の時代に神道に広がっていき、密教系神道や山岳信仰系の神道などが祈祷を始めました。御嶽教神道、月山系の神道、三峰系の神道などがこの代表になります。
更に陰陽師系の神道は民間に下り、神道を名乗ったり陰陽道を名乗ったりしています。
つまり、元来病気平癒の祈祷の主役はやはり医学的知識を持った密教や陰陽師の役目だったようです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
信仰を忘れてはいけないと思いました。これからもしっかりお祈りしようと思います。どの回答者様も真剣にお答えしていだだき、どの回答をベストアンサーにしようか迷ったのですが、色々と勉強になったので、こちらを選ばせていただきました。ありがとうございました。

お礼日時:2012/09/22 11:21

この手の質問は人によって回答が異なります。


私個人の意見としては複数の神社仏閣にお願いをしても良いと思います。

但し条件があって祀られている神仏が同じ名前の方の場合は基本一ヵ所のみ
(例外として同じ名前でも勧請元・勧請先の魂の親子の関係であれば
両方にお願いしてもOK)。
違う名前の神仏が祀られているのであれば同じ願い事でも構わないと思います。
助かった場合は御礼参りを、助からなかった場合は願解きの参りをお忘れなく。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
しっかりお祈りしようと思います。
ありがとうございます。

お礼日時:2012/09/22 11:17

最初から例え話ですが



大学受験生!…合格へ藁をも掴む思いで優れた家庭教師を同時に2人呼びますか?…。
失礼ですよね。
日本人は宗教に無知だから、どれが良くて、どれが優れた宗教かも解らず、まるで手術をする時に医者が沢山関わる様に宗教も宗派を問わず何でも呼んでしまう。呼ばれた方も金儲けだから頼まれれば出て行く…、
一斉に同時期にするか?、順番にするか?…、そんな問題で無く、信仰とは信じる対象は1つの筈です。
解らないから…と沢山呼べば必ず願いが叶うとは限りません。
宗教選択は自由です。
質問者様が1番信じられる宗派の方へ頼まれるが宜しいかと私は思います。

キリストと神社と釈迦と…日にちや時間を重ならなければ…で無く信仰は信じる側、つまり質問者様の信仰度の強さも大切に成ります。
拝めば願えば何でも叶うなら、こんな簡単な事は無いし過去の先人達もそうして社会を築いて来た筈です。
信仰は信じる力と信仰の対象と成る物の力が重なり合い、力が大きければ大きいほど可能性は無限大です。
でも…それでも駄目な時も有るのです。

大切な家族です。助かって欲しい、病気を克服して欲しい…、誰でも願う事です。

鰯の頭も信心と言いますが質問者様が、思い、願う…その心の強さこそが信仰の基本です。

御家族様は今、病気と戦っていらっしゃいますが亡く成る理由は病気で無く、この世界での寿命が切れるからです。この世界での果たすべき使命を果たし切り、後は使命が無く成ったから、新たな新天地への新たな人生へ向けて深い深い眠りに着くのです。

残念ですが御家族様が苦しむ姿を何時迄も見てる事も辛いでしょう。

とにかく今は生きて欲しい…と一心不乱に祈る事です。信じる者は救われます。
仮に亡く成られても質問者様の懸命な祈りや思いは必ず伝わります。

肉体は滅んでも生命は永遠です。必ず又、再会しますから…、
今は大変でしょうが心を強く持って祈って下さいませ。

大切なのは質問者様と一緒の思いで祈って下さる方々こそが尊い方々です。大切にして下さいませ。

坊主丸儲け…的な形だけの祈りじゃ願いは叶いませんね。
答えに成ってませんか?…、
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この回答へのお礼

お礼遅くなって申し訳ありません。
回答者様のお言葉見に染みました。
ありがとうございます。

お礼日時:2012/09/22 11:13

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Q厄年のお祓いって、2カ所でしても良いですか?

現在、前厄です。今年のお正月に近くにある神社で厄除けのお祓いをして頂きました。
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それでご相談なのですが、今度ドライブがてら、佐野厄除け大師の方面に行く事になっています。
そんなとき、佐野厄除け大師でも、厄除けのお祓いをしてもらっても大丈夫なものなのでしょうか?

神様同士が怒ったり、嫌な思いをしたりしないでしょうか?
教えて下さい。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

良い悪いということの決まりは無いと思います。
今の時代、よくあることかと思います。
ご本人の気持ちしだいではないかと思いますが、何か悪いことがあると「やっぱりあのせいだ・・」などと思うかもしれませんね。
神様と人間を同じレベルで考えるのもなんですが・・
Aさんに何かお願いをして、あてにならないかもしれない、万が一にそなえBさんにも同じことをお願いした場合・・Aさんはあまり面白くありませんね。
何かの神社関係の資料で読みましたが、普通1番のご利益&参拝すべきは近所の神社だそうです(氏神様、家の神棚の真ん中にお札を置く)、近所で1度お払いをしたなら他の神社に行った時は「ごあいさつ」のみの参拝をするのが正しい参拝のしかただとか、やはり、あちこちで同じ願いをするのは神様同士が面白くないとか・・
同じ意味で「お守り」も同じ願いのものを複数の神社で購入するのはよくないとか(お守りは有効期限1年ですから1年以内の話)
これだと神社は儲からないのでないかと思いますが・・
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ご回答よろしくお願いします。

初詣に遠方に住む本厄の彼氏の厄払いをしてきました。
二人とも初めての厄払いで作法も分かりませんでした。


私も一緒について行ったのですが、隅っこで待ってるつもりが
「ご一緒にどうぞ」と声をかけて頂き、ちゃっかり厄払いをしてしましました。
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Aベストアンサー

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Qご祈祷とお祓いとは同じものですか?

ここ数年で悪い事が続いています。
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子供の病気平癒祈願をしているお寺に行って、お祓いをしてもらおうと問い合わせたところ、「お寺なのでお祓いではなく祈祷はできますが」とのことでした。

ご祈祷とお祓いとは同じものですか?また、悪いものを取り除く目的の場合、ご祈祷のお願いごとは何と書けば良いのでしょうか?
また、お祓いの効果はどれくらい続くものなのでしょうか?
1年に1度必ずしてもらったほうが良いですか?

教えてください。どうぞ宜しくお願いします。

Aベストアンサー

「祈祷」は、広くは「神に祈って災厄を取り除いてもらう」行為一般をさしますが、狭義(一般的)には、専門の祈祷師が行う災厄除けの儀式一般を指しますね。祈祷師は別に免許制でも何も無く、神道や仏教に関連するものもありますが、通常は民間信仰的なものになります。先祖の霊が云々・・・というのはこちらになりますね。

一方「お祓い」は「神道」できっちり定義されているもので、神前で神職が行う祈祷の一種と考えて下さい。ただしこちらはちゃんとした神職が行うもので(神職は免許制なんですよ)、そこにおられる「神」に対して正式にお願いして厄災を「祓って」貰うわけですから、逆に言えば神職じゃないと出来ないんですね。

ですので、お寺では「お祓い」は出来ません。

で、問題はその「厄災」がどういうものか、です。

「お祓い」で出来るのは、八百万の神々に例えば「ウチに厄災が来ないよう守って下さい」と「お願いする」ことでして、何かの霊が悪さをしている場合は「お願いした神様が"どけ"と言わないと去らない」です。ですので効果は、厄災が起きても大した問題じゃなくなる(神様が守ってくれた)とか、徐々に厄災が減る(神様が説得してくれている)とかになり、そのまま安定する形になります。

一方「祈祷」は、霊が居るならその霊に直接「どっか行って下さい」とお願いするわけで、祈祷がちゃんと出来ればその時点から悪霊はいなくなりますが、居なくなった途端に他の霊が来ちゃうこともあり、効果は継続するかどうかはやってみないとわかりません。

(祈祷の中には"お祓い"と同じく、特定の神様に守ってもらうようにお願いする場合もあります。この時の効果は"お祓い"と同じになります。お寺でやってくれるのは多分こっちのタイプではないかと思います)

ということで、「お祓い」の場合は、どっちかと言うと「事前準備」の色彩が強くなり、可能なら毎年、そうでなくても厄年など特に守った方が良い年にすることになりますが、「祈祷」の場合は「事後対応」、問題があった時にやってもらう、という形になります。

「祈祷」は、広くは「神に祈って災厄を取り除いてもらう」行為一般をさしますが、狭義(一般的)には、専門の祈祷師が行う災厄除けの儀式一般を指しますね。祈祷師は別に免許制でも何も無く、神道や仏教に関連するものもありますが、通常は民間信仰的なものになります。先祖の霊が云々・・・というのはこちらになりますね。

一方「お祓い」は「神道」できっちり定義されているもので、神前で神職が行う祈祷の一種と考えて下さい。ただしこちらはちゃんとした神職が行うもので(神職は免許制なんですよ)、そこに...続きを読む

Q複数の神社にいくのは良くない?

お願い事があって、どうしてもかなえて欲しいのですが
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お守りもいくつも持つと神様が喧嘩するから・・・という話をきいたことがありますし。
でも、某神社にいったときに「神様はそんなに心の狭い人ではありませんから
どうぞ、あちこちの神社をお参りしてください」と言われたこともあります。
実際はどうなのでしょうか?
教えて下さい。

Aベストアンサー

多くの神に願いをかけると神様同士が喧嘩するというのはただの俗説であって神道書に書かれてはいません。
日本では『八百万(やおろず)の神』と言って数多くの神を集合的に信仰する伝統がありますし、皇室も徳川幕府も古くから数多くの神社を建立したり寄進を続けました。
日本武尊は『古事記』の中で転戦する土地々の地神に願をかけ、また那須与一も『平家物語』の中で複数の神(南無八幡大菩薩、わが国の神明、日光権 現、宇都宮、那須の湯泉大明神)を祈願して見事扇の的を射落としました。
悪いことではありません。

Q御祈祷の後に頂いたお札や御神酒などを祀る場所

転職祈願のため、神社で御祈祷をして頂きました。
その後に紙のお札、御神酒、絵馬、お守り、箸などを頂きました。
これらを祀る場所を考えています。

一人暮らしで賃貸マンション(間取りは1K)に住んでいて、神棚はありません。
賃貸なので神棚を作ることはできません。

ウチの中に大きなタンスなどはありません。
小さめなキャビネットがあるので、その上に置いています。
その場所ですと、私の目線よりもかなり下の位置になってしまいます。

やはり、自分の目の位置よりも高い位置に祀る方がいいんですよね?
壁の上の方にお札を付けた方がいいんでしょうか?
その場合、御神酒はどこに祀ったらいいのでしょうか?

神棚が無いので疑問だらけです。

詳しい方、教えて頂けますか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

神主さんから説明は無かったのでしょうか?

神社から頂くお札には祀るための御神札と祈願や祓えを受けた証、身護りの護符とがあります。
期限は同じものですけど、現代では二つに分かれているんです。
そして神社というか神道によってその扱いも神棚に祀る場合とそうで無い二つに分かれます。
(神道って一つじゃないんですよ)

ここでは一般的な回答をします。たぶんこれでいいはずです。
質問に「ご祈祷して頂いた」とあります。ですからこれは御神札ではなく、護符と考えられます。
御神札であれば神棚に祀る、あるいは専用の棚を設けて祀るなどの必要がありますが、護符であればそのような必要はありません。
また部屋を見渡せる場所が一番良いのですが、キャビネットの上でもどこでもかまいません。

護符には二通りあり、一つは分厚くしっかりしたもの、もう一つは一枚の紙に書かれているものです。
分厚いものであればそのまま立てかけてもかまわないし、両面テープか紙用の糊でで軽く台に貼っておいてもかまいません。
でもセロテープなどで表面から見えないようにしましょう。
一枚の紙に書かれているような場合は、100均などで適当な写真立て、あるいは白か黒などの無地のブックエンドを用意し、そこに挟む(見えるように)か貼り付けて立てて飾れるようにします。あるいはボール紙に半紙など白い紙で包むように貼り付け、その上にお札を貼ります。
神様の札に糊付けなどしていいのか・・大丈夫です。昔はそのまま家の板壁や柱に貼り付けていたんです。
もちろん貼り付けていいような家であれば直接貼ってしまってかまいません。これはあくまでも借家など貼り付けたり傷つけられない場合の方法です。

次に場所ですけど護符の場合は必ずしも目線より上と言う規定はありません。古民家などでは分かりますが、神棚の下に少し凹んだ板壁、関東地方では押板と呼ばれる場所に貼っていました。これは人間と同じくらいの高さです。さらにお札によっては足元に貼るものもあります。
さらに別の地方では深さの浅い床(床の間)があって、そこに飾っていました。ですからせいぜい正座した目の高さです。
この場合は祈願の為のものですから、毎日ちょっと手を合わせられる程度の高さで十分です。また方位も関係ありません。

基本的に護符には供物は不要です。ご祈祷の後、お神酒は飲みましたか?食事は出ましたか?
お神酒を頂いていないのであれば頂いたお神酒はその代わり、祭事の最後に重きを飲んだのであれば頂いたお神酒は直会(なおらい)の代わりです。もし食事が振舞われたのであればお土産だと思って下さい。直会とは神様にささげた供物を神様と一緒に頂く祭事です。
ただし密教寺院などの祈祷の護符はきちんと祀るようにしているところも多いです。これは古い習慣がそのまま残っているためです。

もしお札の前にスペースがあり、毎日一生懸命祈願したければそれもかまいません。その際には神棚と同じように白い無地の皿に塩と米(またはご飯)を置いて、更に日本酒をささげます。
これは専用の器じゃなくてもかまいません。私も当初は普通の小皿とぐい飲みでしたよ。
それを盆の上においてささげればいいんです。三方を買う必要もありません。
供物は自分の食事の前にささげ、食事が終わったら下げる、あるいは先にささげ、すぐに下げて料理に使ってもかまいません。それが直会となります。(お寺の場合はささげっぱなしが多いように感じます。)

実は神棚の御神札の起源は「御祓いさん」という下級の神職や巫女に祓ってもらった時の幣束を祀ったことにあります、つまり今説明したことですね。本来は分霊ではありませんが、いつの間にか分霊と同じ扱いになったのが家庭内の神棚なんです。つまり護符として扱うもよし、御神札に準じて扱うも善しということなんです。

そして満願(事が成就するか頂いてから一年)の日まで置いておきます。満願が来たら通常はお焚き上げのために神社に帰しますが、近年では古札を年末年始にしか受け入れない神社も多いです。
この場合は白い封筒に入れるか、半紙でくるんで横にして保管し、お礼参りだけをしておいて、札は年末に神社に返せばいいです。

神主さんから説明は無かったのでしょうか?

神社から頂くお札には祀るための御神札と祈願や祓えを受けた証、身護りの護符とがあります。
期限は同じものですけど、現代では二つに分かれているんです。
そして神社というか神道によってその扱いも神棚に祀る場合とそうで無い二つに分かれます。
(神道って一つじゃないんですよ)

ここでは一般的な回答をします。たぶんこれでいいはずです。
質問に「ご祈祷して頂いた」とあります。ですからこれは御神札ではなく、護符と考えられます。
御神札であれば神棚に祀る...続きを読む

Q複数の神社にそれぞれ別の願いをする

同じ願いを複数の神社にするのはダメだと聞きましたが、
それぞれ別の神社に、別の願いをするのは大丈夫でしょうか?

どうしても願いたいことが2つあります、一つは体のこと、もう一つは人生のことです。
ご利益のある神社何箇所かにお願いしようと思っています。

どなたか教えて下さい!

Aベストアンサー

>同じ願いを複数の神社にするのはダメだと聞きましたが、
>それぞれ別の神社に、別の願いをするのは大丈夫でしょうか?
どっちも問題ないと思いますよ。

問題があるとしたら願いが叶ったら「お礼参り」に
残念ながら叶わなかったら「願解き」のお参りに行かない事です。
結果の是非によらず必ず2回目のお参りに行って下さい。

私の家族の実例ですが妹が生まれた時に、ある頃から母乳を飲まなくなり
日に日に弱ってきて困った母親が神仏と会話できる天台宗の方に
(私の過去の書込みに何度も登場してもらってますが高齢で既に故人です)
神仏に訪ねてもらったところ、私の父親が安産祈願のお礼参りをしないので
神様に怒られていたんです。今では笑い話ですが当時、父親は
この天台宗の方を通して神様にめちゃくちゃきつく怒られたそうです。

日本の神様は喜怒哀楽があって結構人間チックな面がありますよ。
荒い(キツイ)神仏だとはっきり現象面で目に見えて影響が出ます。
(逆に辛坊強くて当の本人には影響なくて子孫の代に影響出るのも困りますが・・・。)

Q神社へのお参りについて

神社へのお参りというのは、あっちこっちに行っても良いのでしょうか?四国ならいざ知らず、観光地等でいつもと同じお願いをしても“神様が怒る”ことはないのでしょうか?また、神社に行ってお寺に行って等どうなんでしょうか?

Aベストアンサー

 全ての神社が産土神(所謂「氏神」)として祀られているわけではありません。
 産土神さまもいらっしゃれば,特定のご利益を授けてくださる神さまもいらっしゃいます。
 また,同じ神さまでも,ある神社では産土神として祀られ,ある神社では商売繁盛の神として祀られ,ある神社では学問の神として祀られ,ある神社では疫病封じの神として祀られていることがあります。
 
 ちなみに私の住んでいる地域の産土神さまは,大国主命の子である「八重事代主命」です。神社の縁起には,疫病封じのために祀られたと書かれていますが,大阪の今宮戎神社では,商売繁盛の「えびす様」として祀られています。
 
 このように同じ神様でも,祀っている神社によって神徳が違うことがよくあります。(ちなみに,「えびす神」という神様はいらっしゃいません。概ね,蛭子神・八代事代主命・少名彦命のいずれかが「えびす様」として祀られています。)
 
 話が逸れてしまいましたが,同じ日に複数の神社にお参りすることは支障がありません。正月に3つの神社にお参りする習慣のある地域や、節分に4つの神社仏閣にお参りする習慣のある地域もあります。
 
 神社によっては,「お寺より先に神社にお参りしてください。」と言っているところもありますし,「葬式・仏事の後に参詣なさらないでください。」とHPに掲示している神社がありますが,「複数の神社にお参りしないでください、」と掲示している神社はありません。
 中規模の神社ですと,複数の神様を祀っています。本殿に複数の神様を祀っていたり,境内に摂社・末社として主祭神以外の神様を祀っていたりします。

 複数の神社にお参りすると神様同士が喧嘩するとか,神様が怒るというのは,神社神道を理解していない人が言っている事に過ぎません。

 全ての神社が産土神(所謂「氏神」)として祀られているわけではありません。
 産土神さまもいらっしゃれば,特定のご利益を授けてくださる神さまもいらっしゃいます。
 また,同じ神さまでも,ある神社では産土神として祀られ,ある神社では商売繁盛の神として祀られ,ある神社では学問の神として祀られ,ある神社では疫病封じの神として祀られていることがあります。
 
 ちなみに私の住んでいる地域の産土神さまは,大国主命の子である「八重事代主命」です。神社の縁起には,疫病封じのために祀られ...続きを読む

Q神社のお参りのはしご

今度友人と、ある神社へお参りに行くのですが
友人が、その後近くにある別の神社へも行きたいと言います。
それは紅葉が有名らしいので挙がったのですが。

これは双方の神様に失礼にあたりますか?
もっとも、神様はそんな事で怒ったりしないと思いますが、
何となく気になったので相談しました。

それと同じ内容で、例えば、
縁結びの神社やお寺を複数まわるのもどうなのでしょうか?

詳しい方、お願いします。

Aベストアンサー

あちこちに祈願をかける訳でもないし、もみじ見学に訪れるのであれば、「いつも御見守りありがとうございます。本日はお庭を拝見させて下さい」と挨拶すれば、構いません。人の庭が綺麗だからといって、勝手に入り込むのは失礼でしょう。
 本来、神社詣では日頃の見護りに感謝するために行くので、お願いが主ではありませんから、いくつお参りに行っても神様が喧嘩などするはずもありませんし、「あそこの神が護っているから、俺は護らない」なんて神様が居るはずもありません。また、もし喧嘩するのなら年に一度出雲に神様達が集まる筈もありません。
 でも、もし、貴方が有力者で、誰かが何か目的を達成する為にあちこちに願い出たら「私だけじゃ信用できないのか」と思うのではないでしょうか?「いくつもお参りしてはいけない」という俗説はそんな人間の感情から生まれたものです。
 同じ感情で言えば、仏教の方が開祖の思いは強いはずです。事実今の世の中でも背を向け合っている宗派があるくらいですから。そう考えれば御寺参りの重複のほうが慎重にしなければならないのではないでしょうか。

 私は神社の写真を撮るのが趣味なので、少ない休日にはいくつもの神社を回ります。そのつど100円の賽銭(自分で決めている)で上記の挨拶をしてから撮影をしています。帰りには「ありがとうございました。お邪魔しました」と挨拶をして帰ります。

あちこちに祈願をかける訳でもないし、もみじ見学に訪れるのであれば、「いつも御見守りありがとうございます。本日はお庭を拝見させて下さい」と挨拶すれば、構いません。人の庭が綺麗だからといって、勝手に入り込むのは失礼でしょう。
 本来、神社詣では日頃の見護りに感謝するために行くので、お願いが主ではありませんから、いくつお参りに行っても神様が喧嘩などするはずもありませんし、「あそこの神が護っているから、俺は護らない」なんて神様が居るはずもありません。また、もし喧嘩するのなら年に一...続きを読む

Q厄払いに何度も行く

今年本厄(32歳)の女です。

先日、家族で厄払いに行きました。
しかし、昨年は友人と違うところで前厄の厄払いをしたので
今年もそこへ行こうという話になっています。

先日も厄払いしたけれども、去年のお札も返さないとならないし・・
行こうか行くべきでないか迷っています。

こういうのは、何度も行ってはいけないのでしょうか?

Aベストアンサー

こんにちは。

質問者さんが真剣に「厄払い」ということをお考えなら、いくつものお宮で受けられるようなことはあまりおすすめ出来ません。
神道で大事なのは何より「誠意」であると言われます。
特に神様に相対したりその力を頼もうという場合にはこれが大切で、一定の作法があってそれに従うようなことも誠意を体現することにほかなりません(勿論逆はともかくかたちばかりで心が伴わなければ意味がありませんが)。
その為にお守りを複数持つのは良くないですとか、通常三柱の神様(のお札)をお祀りする神棚に四柱以上祀るのは良くないですとか、また真剣な願い事であればあるほど複数のお宮で願うべきではないなどと言われたりする訳なのです。
例えば質問者さんに何か頼みごとをしてきた人がいるとします。
その人が質問者さんにだけ必死に頼み込んでくるのと、「引き受けてくれるなら誰でも良い」とばかりに色々な人に頼んでいる場合ではどちらに誠意を感じるでしょうか。
それと同じことなのです。
無論これは一つの考え方ですし、質問者さんがイベントの一つとして厄払いを考えておいでなのならそのようなことを気にされる必要はまったくありません。
複数のお宮で受けられたからといって「むしろ悪いことが起きる」といったようなことがある訳でもないでしょう。
「お付き合い」といったようなこともあるでしょうから無下にお断りすることも難しいかもしれませんが、もし厄払いというものを真剣に考えていらっしゃるのなら良くお考えになったほうが宜しいかと存じます。

こんにちは。

質問者さんが真剣に「厄払い」ということをお考えなら、いくつものお宮で受けられるようなことはあまりおすすめ出来ません。
神道で大事なのは何より「誠意」であると言われます。
特に神様に相対したりその力を頼もうという場合にはこれが大切で、一定の作法があってそれに従うようなことも誠意を体現することにほかなりません(勿論逆はともかくかたちばかりで心が伴わなければ意味がありませんが)。
その為にお守りを複数持つのは良くないですとか、通常三柱の神様(のお札)をお祀りする...続きを読む

Q「祈願」を行う場所は、神社?寺?

祈願というとはやり神社のような気がします。

賽銭は、神社では神様へのお願いの奉納だと思います。
また、寺では欲を捨てるという意味と理解しています。

祈願とは、神社。つまり、神前で己の行いから事を成就させる誓いを立てることと理解しています。
寺では、欲を捨て自らを見つめ直し、悟りを開いて仏陀を目指すのが目的だと思います。
もちろん、渾沌や極楽浄土への救いの意味もあることは知っています。
ですから、寺では祈願という概念は存在しないと思うのです。

神仏習合で寺でも神社を持っている場合や、その逆もあるかと思います。
稲荷と言われていても、じつは寺だったりしますよね。

と、いうわけで「祈願」ですが、やはり神社で行う物という認識で間違いないでしょうか。
最近、○○寺で××祈願をした。と、いうものを目にしたので違うのではと思った次第です。

Aベストアンサー

そうですね、実際、仏陀の教えと言うものがなんであるかを定めるのは難しいです。仏教の多くは釈迦の弟子たちが説いたものですし、しかしかと言ってそれが間違っている、捨てるべきだということも出来ません。
ところで日本に仏教が入ったのは基本的に古代の中国からです。

日本に大きな影響を与えたのは空海が持ち帰った密教です。
密教は現世利益を求めているので、この中で祈願、祈祷という行為がなされます。
それに仏教はヒトの病苦の原因は“迷い”だと考えていて、迷いをなくすことが悟りへの路だとも考えています。現世利益を得ることも迷いをなくす手段だとも説いています(もちろん宗派によって異なります)

それに衆生救済は仏の重要な修行の一つです。これも「願い」と言えないでしょうか?
救済を願い仏に祈るつまり祈願でしょ。

願いはヒトの自然に心が発するものです。未来へ向けたものです。
慾や迷いを捨てたいという思いも願いであり、その成就を願う事も祈願です。
祈願祈祷は神道。仏教の区別無くあるのではありませんか?


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