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金魚の品種で和金と琉金の交雑種の和唐内というものがありますが、これは近松門左衛門の「国性爺合戦」の主人公の和藤内からきているのでしょうか?
それともむしろ逆で「国性爺合戦」以前から混血、ハーフという意味で和唐内という言葉があったのでしょうか?
どちらが先なのか知りたいです。
よろしくお願いします

A 回答 (1件)

金魚の「和唐内」の解説を見ると、『和金と琉金との交配によって作られた品種。

品種名の由来は「和(日本)にも唐(中国)にもい内(ない)」と説明されております。体型は和金、各鰭は琉金というのが形態の特徴。』とされています。この説明だけ見れば「国性爺合戦」の「和『藤』内」とは関係ないように見えますが、「和『藤』内」は、「和(日本)にも藤(=唐=中国)にもい内(ない)」の意味の名付ですから、その意味するところは同じです。また、金魚の和唐内が文化7年(1810)には既に名前が付いていたとの記述がありますが、「国性爺合戦」の初演がほぼ100年前の正徳5年(1715)ですから、「国性爺合戦」が先で、その「和『藤』内」にひっかけて日中の交配種の金魚を「和『唐』内」と名付けたのではないかと思います。また、「国性爺合戦」以前に「和『藤』内」という言葉はなかったのではないかと思います。この言葉は近松門左衛門がシャレで付けた名前で、国姓爺の「姓」が芝居では「国『性』爺」とされているように、幕府奉行所に追及されないように、史実から設定や人名を変える手法ですから。
なお、ウィキペディアの「ワトウナイ」では、両説をあげています。

和唐内
http://www.gyoogle.net/wakin1/watounai.html
ワトウナイ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%83%88% …
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この回答へのお礼

解りやすい回答をありがとうございました。
「国性爺合戦」が先だったのですね。
金魚の品種名になるとは相当によく知られた演目だったわけですね。
参考になりました!

お礼日時:2012/10/12 22:27

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