仮定の話です。創作中の童話のネタなんですが、ストーリー展開に詰まってしまいまして。
 ナンタラ王国という国があり、カンタラという国王が統治しています。さて、慈悲深いカンタラ国王は、国民同士が傷つけあうことがない友愛に満ちた国作りのために、ある日次のような法令を制定・施行しました。
  1.国民は他人の意見を批判したり否定したりしてはいけない。
  2.他人の意見に賛同できない場合は何も言わず無視すること。
 そこで質問です。このような法令が施行されたこの国は、この先どうなっていくでしょうか。
 ちなみに、このナンタラ王国は立憲君主政体をとっており、一応憲法や法律がありますが、国民の言動を制約するものばかりで国王の権能を制約する条文はほとんどありません。この国には議会もありません。またさらには、カンタラ国王には超能力があり、国民の言葉や国民が語り合う家を消したり、国民そのものを消したりすることができます。これは、この国においては、「歴史」をその元となる痕跡自体からして消すことができることを意味します。
 歴史をないがしろにする国がよい国になれるでしょうか。この国をよくしていくには、どうしたらいいでしょうか。いちおうその、童話ですんで、できればハッピーエンドにしたいんです。よろしくお願いします。

※ この国は仮想の国であり、実在する国や組織とは一切関係ありません。

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A 回答 (32件中21~30件)

> 国民同士が傷つけあうことがない友愛に満ちた国作りのために、



「傷つけあうこと」は、なくなるかもしれませんね。
というより、この2つの法令、「友愛」とは本質的に関係ない
ですよね...
そう考えれば、カンタラさんって、愚かですね。
子どものころから否定ばっかりされて、心の傷を負っていたん
でしょうか?
あ、この童話のテーマって、実はキョーイク問題?(なわけないか。

でも、法令第2の「無視」が、第1の「批判」「否定」を意味して
しまったら、あまり法令の意味はないってことになりますね。
...というより、現実的に考えると、かえって陰険かも。(^_^;
(この点をリアルに描くと、教育上よくないかも????
 じゃ、やっぱりその現実も「無視」する????)

それにしても、このナンタラという国、言論のことばっかりですね。
だから、言葉の国なんですね。きっと(?!
言葉の国であれば、発言しない=存在しない が成り立つので、
先の法令にも矛盾がないですし。
では、言葉の国の「友愛」や「慈悲深さ」というのは、心的な世界のそれら
とは、自ずから性格を異にするでしょうか?
(ひょっとしたら、そうなのかもしれないですね???)
そして、更には「歴史」も──?

> いちおうその、童話ですんで、できればハッピーエンドにしたいんです。

では、SMAPじゃありませんが「朝日を見に行こう」。
すべての日常的な活動を止め、ただただ朝日を見る。
国王も国民も、小高い丘に集まり、いっしょに朝焼けし、
いっしょの空気を吸い、朝日の姿を目に焼き付ける。
そこにココロのつながりができるのなら、それが新しい世界の夜明けです。

# こんなの突飛すぎる?
# 話をムチャクチャにしてますよね。すみませんでした。
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この回答へのお礼

 ありがとうございます。おっしゃる通りです。「無視」が事実上「批判」や「否定」を意味してしまうということ、ありえますね。なんか「シカト」みたいになると、たしかに少々陰湿な感じもします。物語上は…うーん、どうしましょうか。思案のしどころです。
 ハッピーエンドは「ココロのつながり」ですか。いいですね。対立や意見の相違はあっても、心のどこかでは通じ合っている…みたいな終わらせ方が、ぼんやりとしたイメージとしてはあります。あー、なんか、妙な連想が…。あの…「スタートレック」っていう映画があるでしょ。あれにクリンゴン人ってのが出てきます。彼らが内戦やってたとき、ついさっきまで魚雷の撃ちあいをしていた敵味方同士が、すぐ後で一緒に酒飲んでたりするんですよ。なんか、見てて笑っちゃいました。

お礼日時:2001/05/21 21:11

 こんにちは。

完全に素人のmori0309です。童話のなかの仮定の国の話なのに、ものすごく高度な内容展開ですね。論客がせいぞろいしてらっしゃる。いつもお世話になっている(←ああ、サラリーマンの常套句。ご勘弁を)serpent-owlさんのご質問なので、身のほどもわきまえずに、ノコノコと出てまいりました。素人の愚見を陳列させていただきまする。本公演の幕間のピエロのパントマイムです。(←自分で言うなってば)

 ウソの平和とホントのいざこざと、どっちがいいでしょう。そりゃやっぱり、ウソでも平和のほうがいいなあ。たとえば電車のなかで喧嘩が始まったりすると、オロオロして、見ぬフリして、そのくせ自己嫌悪を感じたりして、からだによくないもんなあ。ただでさえ仕事で疲れているのに。ネット広場の喧嘩だって同じように見たくない。礼儀正しい挨拶や、ほのぼのとしたお礼交換がいいなあ。喧嘩はおまわりさんが何とかしてほしいなあ。・・・ぬぁぁぁぁぁーーーんてゆうとるから、みんなみんなダメになるんじゃい!!!自分のことが自分でできない、自分のことを自分で考えられない、自分にふりかかってきた問題を自分で解決できない、間抜け・腑抜け・腰抜けになるんじゃい!!!喧嘩がどうした。それが怖いんかい。場が汚れるのがイヤなんかい。シベリアで死んだ兵隊さんたちの苦労を考えろっつうの。それに比べりゃネット広場の口げんかなんざ・・・(ありゃ、脱線だ・・・)とにかく頭にきたら怒ろう、間違ってると思ったらそれは違うと言おう。恥じをさらしたら素直に笑われよう。でなきゃ国が社会が死んじまう。今の世の中、みんなミョーに優しすぎるんでないかい。傷つくのを恐れすぎちゃいないかい。王にもみ消されてもかまわん。正史だけが歴史じゃなかと。教科書に載っていない事実の厚みのほうが数百倍・数千倍あるんじゃい。正史に載らないことのほうが誇りじゃい。

 ちとガラにあわぬことやってしまいました。具体的提言は、また次の幕間に・・・
(またのご登場をお待ちしてやってください)

この回答への補足

>とにかく頭にきたら怒ろう、間違ってると思ったらそれは違うと言おう。恥じをさらしたら素直に笑われよう。でなきゃ国が社会が死んじまう。

 「ガラにあわない」といえば、たしかにいつもの温厚なmori0309さんにしては「ガラにあわない」ですね。(^^
 でも、おっしゃっていることは同感です。「ヘンだぞ、ちがうぞ」と思っても、口に出せない世界って怖いです。ただその、引用部分最初のところにある「怒り」に関しては、物語上は「怒ってる人」にはあまり決定的な役割を果たすようには考えていません。もうちょっと道化っぽいキャラクターで考えています。そう、「ピエロ」みたいな。

 さてしかし…「法運用の柔軟化」の方向で寄せられるご意見を期待しているのですが、なかなか…ですね。

補足日時:2001/05/21 21:11
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>他人の意見を批判したり否定したりしてはいけない



わけで、黙って聞いてたら勝手なことばかり言いやがる身勝手な人間がはびこり、巧みな屁理屈による利益誘導でmamearaiさんの冒頭みたいに一時大混乱に陥りますが、

まもなく口先三寸に巧みな人間が国と社会の要所を牛耳るようになり、また国民も巧みな屁理屈による処世術を見に付け、安定に向かいます。

そして近隣諸国から「屁理屈の王国」と呼ばれ、当初この国に旅行したり商売しに来たりする外国人は屁理屈の習慣に悩まされることになります。しかし、この国の屁理屈文化は世界に発信され、わざわざ屁理屈を学びに来る外国人も大勢います。

ナンタラ王国はちょっと変な文化のある普通の国として落ち着きました。

めでたしめでたし。
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この回答へのお礼

 う~ん、なるほど。「批判したり否定したりしない」話し方を国民がこぞって洗練していくと、屁理屈文化が成立していくというわけですか。なるほどなるほど。物語の中盤あたりを思いつく限りの屁理屈で満たしてみると、滑稽味が出せるかもしれません。むちゃくちゃな論理が飛び交う世界。面白そうです。そうか…そのまま終わらせてもいいかもしれませんね。ある意味でハッピーエンドです。最後の方で狂言回し的にソクラテスみたいな人を登場させて、皮肉に満ちた「産婆術」で他人を否定しまくらせて、あっさり消えてもらうというのも趣向としては面白いかもしれません。

お礼日時:2001/05/21 12:42

裸の王様のときは、一人の子供が王様を指差して「王様は、裸だ!」と、群衆のいる場で少年が言葉を発したことからそれまで、みんなおもっていても口にしてはいけないという暗黙の了解があった、また、罪に問われるという罰が怖くてだれもそのことを口に出さなかったが、「みんなで言えば怖くない」じゃないけど集団心理が働いたのか、その場に居合わせた人々が、顔を見合わせ各々「そうだよ!やっぱりはだかなんだよ」「王様は裸だ!」「そうだそうだ、裸だ!」ひそひそ声が、またたくうちに大合唱するかのごとく言葉を発しだした。

いままで、胸をはって裸かのまま馬に乗っていた王様は、群衆の前で自分が身になにもまとってないことを気づかされとても恥ずかしくなったことはいうまでもない。そのご、王様は自分の過ちを認めそれまでに設けた罰則も撤廃した。そして、正直に「王様は裸だ!」と、教えてくれた少年に感謝した。その一方で、王様をだました仕立て屋の二人組みにはとてもとても重い罰をあたえた。

一国の国王(=力の強いも者)が、わけわかんないことを言い出すとそのとばっちりを受けるのはきまって庶民!(=力の弱い者)。このときの力ってなんだろう~?王様は、広大な領土を有してる。そして、庶民はそこに住ましてもらってる。まず、この時点で対等ではなくなってるよね。力関係でいくと王様の方が大。そう、そういったことが長く歴史的に続いてきてると「さからっちゃいけない」って常識?慣習?としてひとつの流れがおおきく流れているんだろうね。それは、目には見えないけれど庶民の心の中に埋め込まれてしまってるんだろうなぁ~。王様がいつしか絶対君主になっちゃって、王様の仰ることはすべて正しく、王様にそむくことは悪である。いつの間にか、その国の国民もマインドコントロ-ルに近い状態に陥っちゃうんだろうね。イエスマンになっちゃう。だって、NO!なんていった日には、どんな罰がまってるのかわからないもん。家族で仲むつましく暮らしていた大事な家を王様の発言に意義をほんのちょっぴり唱えただけで爆破されたのを横目で見ちゃうと・・・ああはなりたくないと思うのもわからなくはない。要領よく「ハイ、ハイ、仰るとおりでございます。」と、いってる方が安泰だから・・・。安泰というか安全を選ぶことで、自分の意思や考えってものを同時になくしちゃうことになるよに思えるんだけど・・・フラストレ-ションたまんないのかなぁ~?そんでもって、王様は自分の考えにゴチャゴチャ意見してくる者もいくなることで本当に満足しちゃっていいのかなぁ~?そら、耳の痛いこと言われるよりも耳障りのいい言葉をきいているほうが気分的にはいいかもしれないけど・・・いまの自分ていうものからは何の進歩も発展ものぞめないんじゃないのかなぁ~。王様は自分がル-ルだから、発展も進歩ものぞんでいないかもしれないね。この国の中にいる限りは、王様と比較する対象がないからこの状態を疑問にもかんじないんだろうなぁ~?王様も旅に出ればいいのに・・・いろんな国に訪れて見聞してくれば、いろんなものの見方できるようになると思うんだけど・・・。裸の王様に関して言えば、見栄や体裁にとらわれて自分の判断でものがみれなかったこと、その、見栄や体裁のために国民が辛い日々を強いられた。力の強い者が物事を判断するときは、必要以上に慎重にかつ冷静にことにあたってもらいたい。与える影響が絶大だから・・・誤りに気づいたらだれになんと言われようが、王様の面子なんかにこだわらずに素直に謝ろう。そして、誤りを修正したらいい。王様の肩書きをしょってるがために面子へのこだわりすてにくくしてる。

あぁぁぁ・・・支離滅裂です。よい国づくりまでまだ書けません、また、でなおします。失礼しました。

この回答への補足

>目には見えないけれど庶民の心の中に埋め込まれてしまってるんだろうなぁ~。…いつの間にか、その国の国民もマインドコントロ-ルに近い状態に陥っちゃうんだろうね。イエスマンになっちゃう。

 はい。こういう「自ら進んで服従する主体」の成立について、ミシェル・フーコーが「パノプチコン(一望監視監獄)」をモデルにして説明しています。円形に配置された独房の唯一の窓が中心にある監視者の塔に向いていて、その塔の中には本当に監視者がいるのかどうかわからないようになっています。が、囚人たちはそこに監視者がいるものと思い込んで、常にその視線を意識して行動するようになります。その視線を、いわば内面化して自分の行動規範にする。「自ら進んで服従する主体」になるわけです。これをフーコーは「権力の自動化、非個人化」と呼んでいます。そして、学校や職場など、効率を求められる社会組織には、多かれ少なかれこのような構造があるのだと分析しています。
 ナンタラ王国にもそういう構造はあるのでしょう。カンタラ国王は滅多に国民の前に姿を現しませんが、国民は常に国王の「目」を意識しています。その「目」を一人一人が内面化していきます。権力が自動化され、再生産されます。自ら王になりかわって他に「従え」と命じる人まで現れてきます。むろん、そうした人たちも平穏な秩序を保つ役割の一翼を担っていますので、一概に悪いとは言えません。が、そうした笑顔の善意ですら、ときとして「悪意」に変じてしまうのです。ナンタラ王国の国民も、時には立ち止まって考える必要があるでしょう。

補足日時:2001/05/21 12:42
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私は昔『ウォーターシップダウンのうさぎたち』という物語が好きで、何度も繰り返し読んでいました。


ご存じですか? 新しい自由な環境を求めて若いウサギたちが旅をする物語です。
似た話になってしまうかもしれませんが、御容赦ください。

ナンタラ王国には、このような法令のもとで(またはこのような法令も知らずに)幸せに暮らす国民がいる一方、このような法令に疑問を感じるという血気盛んな若者たちがいました。
「どうもこの国にはよくない臭いがするんだ」、と、たとえば若い国民Aが言います。
「ほら昨日あったはずのあの家が消えているのに、誰も気にかけていないみたいじゃないか」
「みんな臆病者なのさ」吐き捨てるように、腕っぷしの強そうなその仲間Bが言います。
「変なことは変だって、王様にでも直訴しなきゃあ、みんなわかりゃしないんだ。何なら、俺らが暴れてこの国をめちゃくちゃにしようぜ」
「それはだめだ」さっきまで本を読んでいた顔をあげて仲間Cが応じます。
「暴れてみたところで、国王の手で全てが消されてしまうだけだ。それに、我々だけが直訴したところで、国王の気が変わるはずがないだろう」
「どうしてだよ」Bが近くの壁を殴りました。
「国民の大多数はそんな疑問を持っていないからさ。それに、国の中で国王に対する批判なんてできないから、我々の意図を国民に説明することもできないよ」Cは至極冷静に答えます。
「C、そんなに落ち着いている場合じゃないよ。このままじゃ、僕達だっていつ消されるかわからないんだから」
「ここで生きたいなら、この国の法令に従うしかないんだよ、A」
「いや、一つだけ生き延びる方法がある」部屋の後ろで聞いていた仲間Dが言います。
「なんだい、それは」
「あの国境を越えて、みんなで暮らす国を作るんだ。そこには王様も窮屈な法令もない」
「国境を? 越える? 正気か、D。国境を越えたら、誰がメシを食わせてくれんだよ。それに国民もぐっと減っちまって、淋しくなるぜ」
「いや、でもそれしかないのかもしれない」冷静なCが言いました。
「この国の国民じゃなくても、よその人々もその国に集まってくれるかもしれないし…我々が食べるくらいならなんとかなるだろう」
「ここに残る奴らはどうするんだよ」情に厚いBは大心配です。
「それは彼らが気づくまで待つしかないね。自己責任だよ」Cはあくまで冷徹です。
「いや、新しい国が栄えるようになれば、きっと国王も気づくはずさ。どうすれば、本当に国民が幸せなのかということをね」とD。
Aは、さっと部屋の戸を開けました。「さあ行こう! 僕らの新しい国へ」

 そんでもって、すったもんだの移住劇があり、行った先での問題もあり、ひょっとしたら国王の改悛があり、の一大ドラマが繰り広げられるわけです。
ハッピーエンドにしようと思えばできるし、バッドエンドにもできますけどね。
 童話ということなので、童話に似つかわしくない問題はすべて先送りにしています。
○ どうやって仲間を募るのか。誰がリーダーになるのか。
○ ナンタラ国の国制とは違う新しい国制を生み出せるか。
○ 新しく作った国で、リーダーは国王の苦悩を繰り返さずにすむか。
  
ところで、補足の中で
>「いきなり国民や語り合う家を消す前に、いろいろと段階を設けて柔軟な法治状態を実現できないかな」と提案するとか
というところがありましたが、これだと童話的に面白くないので、あえて革命的な話を作ってみました。
悲劇仕立てにするのなら、
「薬屋の言うとおりにしとったら、ばあさんが死んじまった~。そこの医者、お前向かいから見ておったはずだろう」
「見ていましたが、薬屋さんの意見を批判しては法令違反になると思い、黙っていました」
「うおお、これというのも国王の作ったあの法令のせいじゃあ~」
「ううむ、このようなことになろうとは。わしがすべて悪かった。あの法令を直して『間違ったことを言っていると知ったときは、批判をせぬ範囲で直してあげること』としようぞ(さめざめ)」
てなことになるのでしょうか。これじゃあ、いくらなんでも手遅れか。

この回答への補足

 north073さん、「全知全能part2」でも回答を寄せていただきましたね。ありがとうございます。mamearaiさんの回答に続き、わざわざストーリー仕立てで書いていただきました。しかも一人一人の個性が書き分けられていて、血が通っている感じがします。このような人物描写はぜひとも参考にさせていただきます。
 なるほど、『ウォーターシップダウンのうさぎたち』ですか。なつかしい。それで「国外脱出・新国家樹立」という方向になったわけですね。y2a2さんのところの「補足」にも書きましたように、たしかにナンタラ王国の国民は国外退去を自由にすることができます。が、多くの国民は、カンタラ国王とナンタラ王国を愛しているのです。できればこの国でのびのびと暮らしたいと願っています。ですから、例えば「法運用に柔軟性を持たせて」などの方策で良い方向にもっていきたい。しかもストーリー的にも面白くなるように、と。難しいでしょうか。

補足日時:2001/05/21 12:44
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考慮すべきあるいは整理しておかなければならない点として、


(1)カンタラ国王の所信
 ○この国をどのような国にしたいのか
 ○その所信は国王一人の考えによるものなのか
 ○カンタラ国王の所信は本当に国または国王の考えによるものなのか
  (役人だけで密室で考案されたものではないのか)
(2)国家予算
 ○国家を運営していくための予算はなにによって賄われているのか
 ○国民の納税義務の有無
 ○労働対価
(3)国家権力の行使
 ○それを行使することによる効果の分析(無政府状態を放置することが本当に得られる
  ものよりも失うものが多いのか否かの検証)
(4)国家の独立
 ○特に国家権力の行使がなされやすい地方については独立を認めることはできないのか
(5)虐殺された国民の知的所有権
 ○他国での発言に対する自由
などがあろうかと考えます。

(ご提案)
 三権分立制度の確立がなされない限り、この国の専制主義はなくならないと思われます。
 国民の地道な自由解放運動によって、その制度を確立していくしか方法がないのではないでしょうか。
 

この回答への補足

No.7
 わざわざのお運び、ありがとうございます。たいへん貴重なご指摘をいただきました。物語の世界を膨らませ、骨太な骨格を与えるために必要な要素ですね。では一つずつ。
(1)国王の所信
 「対立のない友愛の国」を求めているのでしょう。作者としても、国王のその気持ちは尊重したいのです。だから「慈悲深く徳の高い王」としました。ただ、カンタラ国王にはちょっとした欠点があるのです。それは、知能水準がかなり低く、思慮深さに欠けるということです。また、文章能力も低劣を極めており、詔勅文書にすら2箇所3箇所と誤字脱字が見つかるありさまなのです。これは、王の政務を輔弼する官僚団にもロクな人材がいないことを如実に示しています。そういう、ほんのちょっとした欠点です。
 関連して、先に回答を寄せられた方への補足で触れた「無差別爆撃的な言葉の虐殺」について国王の弁明をしておきますと、カンタラ国王はそのように愚かですので、自分がやったことの罪深さを自覚できないのです。そして、その超能力をもって抹消した「歴史」が、深刻な対立の芽を生み出しつづけていることにも気づいていません。
 そういうことですので、「所信」は一応カンタラ国王自身の思いです。が、その理念の高邁さにもかかわらず、官僚団も国王自身も、あまりにも愚かなのです。
(2)国家予算
 童話ですので、「累進課税」とか「直間比率」とかそういう話は持ち込まないつもりですが、およそ世にあるいかなる国家もそうであるように、ナンタラ王国も「国民のはたらき」なくしては国家運営が成り立たないことは確かです。国民の身体からして「言葉の束」であるこの国では、言葉が通貨の機能を果たしており、国民の言葉はすべて王国に捧げられています。
(3)国家権力の行使
 この点がまさにストーリー展開の上で重要なのです。今までいただいた回答では「友愛二法はナンタラ王国にとってマイナス」という方向のものが優勢ですが、このマイナスをどう表現していくか、そしてどうやって克服し、国王に伝えるか、それで頭を悩ませているのです。
(4)国家の独立
 「独立」までいかなくとも、「地方ごとに微妙に法令運用を変える」という考え方もあるかもしれません。No.6のDASSさんのご意見のように、ブレインストーミングが向いている地方や「家」もあり、向いていない地方や「家」もあるわけですから。
 それから、No.4のhidamariさんの御回答に付した補足からもおわかりのように、設定上「国民は国外退去可能」ですから、別天地に新たな国を作ることは可能です。カンタラ国王の超能力は、ナンタラ王国国内にしか及びませんから。しかし、「ナンタラ王国をよい国に」していくハッピーエンドという方向からすると、ちょっと…。
(5)虐殺された国民の知的所有権
 お分かりのように、ナンタラ王国の憲法や法令はかなり時代遅れですので、ご指摘の知的所有権の問題も、国外の国際的な法廷に持ち込めば訴訟に勝てる見込みは高いでしょう。「権利濫用の法理」ということで。

 それから、最後の「三権分立」のことです。これは裁判所や立法府(議会)の設立を含みますが、カンタラ国王がこれらの設立を認める可能性はほとんどないでしょう。いちおう、設立の建白を国王の奏聞に達する価値はあろうかと思いますが、批判されたり否定されたりはしないものの、「無視」される公算が高いと思われます。

 あっと、もう一つ。y2a2さんの「お笑いモード」でのご参加も歓迎しますよ。「笑い」は被抑圧者の抵抗手段、庶民の武器ですから。o(^o^)o

補足日時:2001/05/21 00:12
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「ちなみに」の部分と、「歴史をないがしろにする」の部分が、「仮定」とどうつながるのかよくわかりませんので、本題であろう「法令施工後のハッピーエンドな国の行方」だけを考えます。



「他人の意見を批判しない」だけなら、「ブレインストーミング」に似ていると思います。
つまり、「他人の意見に賛成できないなら、より良い(より大勢に賛同される)別の意見を出す」ように、国民みんなが考えるようになったとするとハッピーエンドになりませんか?
新しい意見がすばらしい物なら、先に古い意見を出した人も、「納得」して賛同してくれるのではないでしょうか。
国民の向学心も上がり、国全体が豊かになるといいですね。
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この回答へのお礼

 御回答ありがとうございます。なるほど、ブレインストーミングですか。何かに悩んでいる国民にブレイクスルーのヒントをつかんでもらうためとか、そういう場合にはとても有効ですね。参考にさせていただきます。ただ、国民同士のどんな対話にもブレインストーミングの手法が適しているかどうか…。ストーリーにふくらみを持たせるために、「相手の意見を批判したり否定したりできないと困るような場」も盛り込もうと考えているのです。例えば、大学とか。表面的な言葉のやりとりしかできなくなって、この国の諸科学が停滞してしまって、国力の衰退につながって…と。
 よろしかったら、またご意見をお聞かせください。

お礼日時:2001/05/21 00:14

『裸の王様』のようなお話ですね。

考える時間下さい。すぐに締めないで下さい。

この回答への補足

 ご発言をお待ちします。いろいろな問題点がありますが、一つには回答No.3の「補足」に記したような「法運用の硬直性」があります。ナンタラ王国では「放置」の次の段階が「死刑」と言ってよいほど、問題に応じた段階的な柔軟性が欠落しているのです。残しておくべき言葉まで含めて、まるで無差別爆撃でもするように「家」ごと消してしまうなど、まさに沙汰の限りと申せましょう。
 「放置」と「死刑」の間にどのような段階を設ければよいのかというのが問題の一つです。
 それを如何にして国王の奏聞に達するかという問題も、その次には問題になりますが。

補足日時:2001/05/20 14:24
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哲学のカテゴリーは私には場違いだと分かってても


ついつい、面白そうで・・・(^^ゞ
難しいことは分からないけど童話!と言うので来ちゃいましたぁ~

いろいろ考えたけどぉ、どれも中途半端になるぅ(T_T)
だから~もう少し情報が欲しいな~!

・ナンタラ国民は憲法や法律を踏まえて国民になったの~?(自分から望んで)
それとも、強制的にナンタラ国民にならされた?

・国民はナンタラ国がイヤだと思ったら自由に
国外退去や亡命が出来るの?出来ないの?

(^^ゞ生意気にも補足要求になっちゃってるけどぉ
「場違いバカなお前は回答しなくて良し!」
と思ったら、ハッキリそう言ってくださいね~!

この回答への補足

 こんにちわ。回答(補足要求)ありがとうございます。個性的な文体、いつも楽しませていただいています。「場違い」などとおっしゃらず、どんどん参加してください。
 さて、お尋ねのことですが、まず前の方。
 ナンタラ王国の国民になるには、カンタラ国王が決めた憲法や法律に同意することが求められます。同意しさえすれば、誰でも国民になれます。つまり、この国の国民は強制的に国民にさせられたわけではなくて、一応自主的に国民になっているわけです。しかしその一方で、同意を求められた憲法や法律をよく読んでいない国民が多いのもまた事実です。
 後の方です。
 国外退去や亡命は自由です。そうするとその国民の名前は失われ「名無しの番号」に付け替えられます。また国外退去や亡命をすることなく、つまり名前を残したまま、この国で生きることをやめることもできます。何も言わなければいいのです。

 どうも、質問文は長くなりすぎてはいけないと思って、本当は提示しなければいけない「設定」を省いてしまったところがまだまだあります。またお尋ねください。

補足日時:2001/05/20 13:04
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ナンタラ国の西のはずれにある村では、ちょっとした騒ぎがおきていました。


小川のほとりにある水車が、ゴロゴロと回っては、収穫した麦をひいていたのですが、見回りにきた農夫がそこで見たのは、上流の村からやってきて、こっそり小麦を頂戴しようとしたどろぼうさんでした。
「コラっ!」と一喝したら、どろぼうさんが言いました。「こっちは今年は洪水で麦がダメになったんだ。この小川の水は、うちの村からだって流れているんだから、ちょっとぐらい分けてくれたっていいじゃないか。」「なに言ってるんだ。こっちだって被害はあったんだ。少ない麦でみんな生きていかなきゃならないんだ。勝手に盗むおまえの方が悪いんじゃないか!」と怒号で追い返しました。
そんなことが起きているとは知らないカンタラ国王は、友愛二法を宣言しました。
膝で手を打ち、やった、と静かにほくそ笑んだのは、くだんのどろぼうさんです。
今度は、堂々としています。たくさんの麻袋を荷車に積み込んで農夫を訪ねました。
「ひいた小麦を水車小屋から持っていくぞ」と声高らかに宣言すると、あっけにとられた農夫は「このやろう、また懲りもせずに!」と、持っていた牛のための鞭を振り回しはじめました。
「おっと!そりゃ、カンタラ国王の友愛に反するけど、いいのか!俺の意見をあんたは批判したり否定したりできないんだぜ」「どこか意見なんだ、ただのどろぼうじゃないか」「この小麦が育つには、うちの村の水が不可欠だ。だからこの小麦を持っていく権利がオレにはある、という意見だ」「口で批判しなければ、いいんだろう。こうしてくれる!」と鞭を振り下ろそうとしたとたん、カンタラ国王の超能力が発揮されました。農夫が消えてしまったんです。「そうれ言わんこっちゃない。無視する以外はしちゃぁいけないんだ、っていうことをわかっていないんだから。」
こうして国中にどろうぼうがはびこり、みんな働くのがイヤになり、今日を暮らすのがやっとの国になっていきました。
ナンタラ国の東で、ある二人が出会いました。一人はおばぁちゃん、もうひとりはやっと馬に乗れるようになった少年でした。
「ぼうや馬に乗るのがうまいねぇ」「馬には乗れるようになったんだけど、いつもおなかがすいているんだ。いつもこの馬と一緒に草を食べるんだけど、おいしくないんだ。みんなも、いつもおなかすいているんだ」「わたしもおなかがすいているよ。だけどそれは誰が悪い、なんてことを言えないから、しょうがないねぇ」「誰かが助けてくれないかぁ・・・」「し~~ィ!!それ以上言ったら、批判したことになっちゃうんだから、気を付けなきゃだめだよ、ぼうや。今まで生きてきたけど、ここ数年、突然知ってる人が何人もいなくなっちゃっているだから。」「だけどその人たちは、たくさん食べられるところに行っちゃたのかもしれないよ。その人たちがどうなった誰も知らないんだから」「誰も知らないっていうことは、いなかったことと一緒だからねぇ。わたしの勘違いで、もしかしたらいなくなっちゃった人なんていないのかもしれないぇ。ぼうやが言う通りだ。」「そうだよ。おなかはすいているけど、みんな仲良くしてるじゃないか」「ぼうやのまわりはみんな仲良くしてるかい?」「してるよ。家の中でもおじいちゃんとおかぁちゃんと、ちっちゃい妹でなかよくしてるよ」「おばぁちゃんやおとうはどうしてるんだい?」「えっ!そんな人知らないよ」「ともだちのところには、おばぁちゃんやおとうはいないのかい?」「いるよ。どうしてともだちのところにはいるのに、うちにはいないの?」「おなかがすいたねぇ」
どうして自分にはおばぁちゃんやおとうちゃんがいないのか、おじいちゃんやおかぁちゃんに怖くて聞けずに、そのままずっと過ぎていきました。
どうしてだろうと思い始めて1年ぐらいがたったある日、学校の教室で全てがわかりました。
先生が教室に入ってくると、目を赤くして、少しふるえながら、しかもぎこちない動きで教壇に立ちました。「みんなよく聞いてほしい。この国の王様は間違ってい・・・」そこまで言いかけたとき、先生の姿がみるみる消えていきました。
謎はわかったものの少年はいてもたってもいられず、ナンタラ国王に会いに行きました。
剣を携えた近衛兵と侍従が見守る中、少年は国王に謁見しました。
「僕は思います。みんなが仲良くするには、みんなが消えてはいけないんです。みんなが消えたら王様だって、国民一人もいないのに王様のままでいられないと思います。」「かわいいぼうやだね。法律はわかるかい?君のその意見に私が批判してはいけないとでも思っているのかい。法律は国民が守るものだが、私は国民ではないのだ、国王だ。国民が一人もいなくても、私一人が国王で良いのだよ」「では聞きます。王様は、国民が一人もいなくなったら、何を食べるのですか、次の王様になるこどもはどうするのですか。奥さんもいなくなっちゃうんですよ。」「おもしろい意見だ。考えてみるがよい。私には超能力がある。この国がもともとない国にもできるんだ。過去がなければ私だってつらいことはない。それに、過去が無ければ、未来があることだって気が付かないのだから、次のことを考える必要もない。今が良ければそれで良いのだ。国民が消えたくない、ただそれを思っている間だけだろうが、それで私は十分国王でいられるし、国民はちゃんといることになる」
「みんなが、過去のことを覚えているうちに、他の国に出ていってしまって、この国のことを批判したらどうするのですか」「よその国から批判されたって、この国の中では、批判ができないんだから、誰一人そんなことを聞くことはない。それに、よその国に行く前に、私の超能力で消してしまうだろうよ。」
「ではもう一つ聞きます。」「質問をする、というのは良いことだな。おもしろい、聞いてみなさい」
「批判したくても無視する人たちが多くなって、どんな批判があるのかもわからなくなっていく国民がいて、それに超能力があって批判する心を読めるあなたは、それがわかったところでその人を消してしまうのであれば、王様以外の人には、世界に批判というものが無いことになるのではないでしょうか」「その通りだ」「それなら、そもそもこの法律が意味をなさないのではないでしょうか」「しかし法律をなくせば、批判する国民が出てくるのも自然だろう。そうしたら、国民の友愛が崩れるではないか。それはイカン」
「では他の質問です。王様はいつから王様なんですか?」「最初からだ」「生まれたときは赤ちゃんじゃないんですか」「それはそうだが・・・それがどうしたと言うのだ」「誰かがあなたを王様にしない限り、あなたは王様にはなれなかったんじゃないのですか」「その通りだ」「だとしたら、あなたを王様にした人たちは、他の人と王様とを区別して、あなただけを王様にしたのではないのですか。そうだとすると、その人たちは他の人が王様になるのを、批判はしなくても少なくとも否定したのではないですか」「否定を前提に私が国王であることが成立しているとでも言いたいのか」「その通りです」「堂々めぐっりだな。私は今が良ければそれで良い。否定を前提にしていても今は国王だ。」
「最後の質問です」「そろそろ消える覚悟ができたか」「消えたくはありません。」「よい心がけだ」「今でも、国民は王様以外の人を王様にすることを否定していることになるのではないのですか。それはずっと続かなければいけないのではないですか。」「それこそ無視すればよい。それ以上のことはできないのだから」「ならば、否定することができないのであれば、ある人が、私が王である、と宣言したら、みんなは批判も否定もすることもできないで少なくとも無視することしかできないのではないですか、そしてその人が法律を作れば、それを批判することも否定することもできないのではないですか。」「それこそ瞬時に消してやる」「皆が同時に宣言すれば、王様が仮に皆を消してしまっても、その瞬間は、王様は既に王様ではなくなるではありませんか。次の瞬間に皆が消えても、王様が王様で無い状態だけが残るのではないですか。王様を批判して皆が消えても、それは王様は王様のまま皆が消えますが、王様でないまま王様一人残ることは、王様はそれでも良いとおっしゃるのですか。そもそも王様は一つの国に一人しかいないことに矛盾するようになっていくんですから」「やってみるが良い」
「私は王である」少年が宣言しました。近衛兵や侍従はそれを否定しないのは当然ながら、自分たちも「私は王である」と宣言しました。その宣言は城の外まで瞬時に広がっていきました。宣言した人たちは次から次へと消えていきました。
王様は王様でなくなって一人ぼっちになってしまいました。「私は国王ではない」誰も否定もせず、また肯定もしない国になりました。国王ではなくなりましたが、超能力は使えます。国民みんなが王様になって消えてしまった人たちが、自分が王様であると思いこみながら、また現れてきました。唯一自分だけ国王ではなくなった前の国王は、多くの国王に勧められ、自分も国王である、と宣言しました。みんなが国王になって、国王であることと国王でないことの違いがなくなりましたとさ。


国民が一人もいなくても国王は構わない、という設定まで引あげてみました。
けど、国王でないまま一人になるのはイヤだ、という設定を加えました。ツメが甘いのは許してください。
回答欄の制限にひっかからなかったのが私の幸せではあります。

この回答への補足

 すごい。ちゃんとストーリーになっていますね。しかも面白い。しかもしかも、後半の「少年」の質問は論理的に筋がとおっています。童話でありながら、きっちり「テツガク」のテーマを持っているものと拝読しました。
 しかし、あんまりはっきりと「ハッピーエンド」とは言えない気がします。できれば、カンタラ国王に「その法律はおかしいよ」とわからせてあげるとか、「いきなり国民や語り合う家を消す前に、いろいろと段階を設けて柔軟な法治状態を実現できないかな」と提案するとか、そういう方向で考えていただければな、と思います。
 それにしても、多大なお時間を割いていただいたのでしょうね。とても読み応えがあります。ありがとうございました。

補足日時:2001/05/20 13:05
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Q民訴法の口頭弁論等について教えてください。

例えば、261条3項ただし書きでは、『口頭弁論等の期日』として、「口頭弁論、弁論準備手続又は和解の期日」があげられていますが、準備的口頭弁論は、「口頭弁論」の一つとみてもよいのでしょうか?それとも、準備的口頭弁論は、弁論準備手続とどこが大きく違うのでしょうか?168条の「当事者の意見を聴いて」にその違いがあるのでしょうか?

Aベストアンサー

「例えば」って書いてあるじゃんねぇ?明らかに主題は、準備的口頭弁論って何?弁論準備手続とどう違うの?だよね。
大まかな説明だけにします。詳しくは、民訴法の教科書読めば必ず書いてあるのでそっちに譲ります。

>準備的口頭弁論は、「口頭弁論」の一つとみてもよいのでしょうか?
そうです。と言うか、まさしく「口頭弁論」に他なりません。
「口頭弁論」を二段階に分けて、まず争点および証拠の整理を行うために行う「口頭弁論」を準備的口頭弁論と呼ぶだけです。言い換えれば、「口頭弁論」を専ら準備手続に利用する場合を準備的口頭弁論と呼ぶのです。

>それとも、準備的口頭弁論は、弁論準備手続とどこが大きく違うのでしょうか?
#なんか日本語が少し変だけど。
「口頭弁論」であることが最大にして唯一の根本的な違いです。細かい違いは全て「口頭弁論」であるか否かによって決まる結果的な違いに過ぎません。
一例として例えば、弁論準備手続と実際にやることは大して変わらないのですがあくまでも「口頭弁論」なので公開の法廷で行う必要があります。公開しないとか大嘘です。準備的口頭弁論も「口頭弁論」である以上は原則として公開しなければなりませんし、当然、それは法廷で行わなければなりません。そのため少々面倒なので本人訴訟で済むような小さな事件ではあまりやりません。
例えば、「口頭弁論」なので争点および証拠の整理に必要な限度で文書、準文書に限らずあらゆる証拠調べを行うこともできます。争点および証拠の整理に必要である限り、「口頭弁論」で行える手続きを全て行うことができます。だって、「口頭弁論」なんですから。

>168条の「当事者の意見を聴いて」にその違いがあるのでしょうか?
そもそも違うから意見を聴かねばならないのです。
弁論準備手続は「口頭弁論」ではないので非公開で行います。ですのでやれることに制限があります。そうすると当事者によっては制限の少ない準備的口頭弁論の方が良いということもあり得ます。そこで、手続き保障的な意味合いで当事者の意見を聴きます。つまり、当事者の意見を聴くこと自体は、「口頭弁論」でないことによる派生的な結果に過ぎません。「口頭弁論」でないという点が根本的に違うから当事者の意見を聴くだけなのです。もっとも、準備的口頭弁論を行う場合でも当事者の意見を聴いてはならないわけではありませんが。
また、「口頭弁論」でなければ行えない手続きは行うことができません。例えば証拠調べは文書及び準文書に限ります。また原則として非公開ですから傍聴はできません(一定の場合に傍聴を許可することはできる)。だって、「口頭弁論」ではないのですから。

「例えば」って書いてあるじゃんねぇ?明らかに主題は、準備的口頭弁論って何?弁論準備手続とどう違うの?だよね。
大まかな説明だけにします。詳しくは、民訴法の教科書読めば必ず書いてあるのでそっちに譲ります。

>準備的口頭弁論は、「口頭弁論」の一つとみてもよいのでしょうか?
そうです。と言うか、まさしく「口頭弁論」に他なりません。
「口頭弁論」を二段階に分けて、まず争点および証拠の整理を行うために行う「口頭弁論」を準備的口頭弁論と呼ぶだけです。言い換えれば、「口頭弁論」を専ら準備手...続きを読む

Aベストアンサー

No.25です。
前回でもう終わりにするつもりでしたが・・・

> ☆ この回答は 残念ながら 回答には成っていないと申し上げなければ
> なりません。
>
> ただの可能性を――そしてそのひとつのみを――言い当てた。だけのもの
> だからです。

それはおかしいですね。
貴方のご質問は
「同じような内容で何度質問しても しかるべき反論や批判が出ないのは 賛同したということでしょうか」
です。
ですので、「賛同してない例」を上げました。
1件でも賛同してないという例が挙がれば、「全ての『しかるべき反論や批判を行わなかった人』が賛同しているとは言えない」ということになります。(もちろん、その例が荒唐無稽なら別ですが。)
逆に、貴方の質問の回答として「賛同した」と言うには、「全ての『しかるべき反論や批判を行わなかった人』が賛同しているという根拠を示す必要がある」のです。もしくは、「賛同していない例は存在しない」ということを示すのでも良いでしょう。

また、あくまでも「可能性」であって、事実とは限らない、というご指摘かと思いますが、何しろ、私は「しかるべき反論や批判を行わなかった人」本人ではありませんので、可能性以外を指摘しようがありません。
「事実」以外不要、とのことでしたら、ご質問文に「私の過去質問に回答をした人、または、回答しないまでも見たことのある人限定で」と書くべきでしたね。

貴方の求める回答は何でしょうか?
互いに意見を戦わせ、議論をしたいのだと受け取りましたが、貴方の態度はそれと正反対に感じられます。
もしも、過去質問においてもそのようなやり取りしかないのであれば、回答者様たちは、それを不毛に感じて「しかるべき反論や批判」をする意欲を失ったのでは・・・と思いました。
まあ、過去質問を拝見してませんので、単なる感想です。

この回答にどのような返信をいただいても、私はもう回答はいたしません。
さすがに少々疲れました。
ご了承ください。

No.25です。
前回でもう終わりにするつもりでしたが・・・

> ☆ この回答は 残念ながら 回答には成っていないと申し上げなければ
> なりません。
>
> ただの可能性を――そしてそのひとつのみを――言い当てた。だけのもの
> だからです。

それはおかしいですね。
貴方のご質問は
「同じような内容で何度質問しても しかるべき反論や批判が出ないのは 賛同したということでしょうか」
です。
ですので、「賛同してない例」を上げました。
1件でも賛同してないという例が挙がれば、「全ての『しかるべき反論や批判...続きを読む

Q【民事】第1回口頭弁論について

民事事件の被告側です。(地方裁判所)
弁護士にお願いするお金もなく、何とかやりくりしています。
※原告は弁護士付きです。

まもなく第1回口頭弁論が開かれます。
口頭弁論の2.3日前に原告側から準備書面が送られてきました。

[質問内容]
 第1回口頭弁論は「原告の訴状」「被告の答弁書」の陳情だけで終わると思っていたのですが、2.3日前に送られてきた「原告の準備書面」関係で何かあるのでしょうか?
口頭弁論では「原告の準備書面」に対して第2回口頭弁論までに「被告の準備書面」を提出する旨を伝える(争う姿勢を見せる)つもりです。

素人考えからして、口頭弁論直前に「原告の準備書面」を提出されても すぐには「反論書面」を書くことはできないので「第2回口頭弁論までに...」と考えているのですが...

素人質問ですみませんm(_ _)m

Aベストアンサー

#1です。
>「2、3日前」というのが大きく響いているからです。
素人がそんなに法律文書を読めるはずがない、というわけで<
ん?次回の口頭弁論まで少なくとも1ケ月と,2,3日でしょ?
初回=2,3日後 次回=1ケ月後

初回を答弁書で,次回に準備書面1ですよ。
2,3日前が大きく響くも何も,相手の弁護士が意図ですることもなく,
答弁書済みでワンターンと考えて,何も2,3日のウェイトの意味がw

審理が進んでいくにつれて,証拠品や書面を次回の(第二,第三)
出頭日前もってに,提出されるのが段取りいいです。
つまり,今回の相手の準備書面には,現時点で慌てることなく
ワンターンづづと考えればいいでしょう。

Qイスラム国と、敵対的な中東国は?逆に友好国は?

イスラム国に対して、空爆参加、有志連合の支援などを行っている国って中東でどこがありますか?
それと、イスラム国を支援している中東の国はどこですか?

2秒ほどググッてみたのですが、こんなサイトがありました。
(http://matome.naver.jp/odai/2141233318388839101)

要するに、こういう事でしょうか。


「イスラム国に対し空爆参加している中東国」
サウジアラビア、アラブ首長国連邦、ヨルダン、バーレーン、カタール

「対イスラム国の有志連合に支援している中東国」
エジプト、トルコ

「結果的にイスラム国と戦闘している中東国」
イラク、イラン、シリア

「政治的な理由により、静観であるが敵対姿勢の中東国」
イスラエル

「立場不明の中東国(私が分らないだけ)」
イエメン、オマーン、クウェート、パレスチナ、レバノン



これで当たっていますか?
それと、「不明」の国のなかで有志連合に支援をしている国、逆にイスラム国を支援している国はどこでしょうか。

訂正のご指摘と、不明な点の回答お願い致します。

イスラム国に対して、空爆参加、有志連合の支援などを行っている国って中東でどこがありますか?
それと、イスラム国を支援している中東の国はどこですか?

2秒ほどググッてみたのですが、こんなサイトがありました。
(http://matome.naver.jp/odai/2141233318388839101)

要するに、こういう事でしょうか。


「イスラム国に対し空爆参加している中東国」
サウジアラビア、アラブ首長国連邦、ヨルダン、バーレーン、カタール

「対イスラム国の有志連合に支援している中東国」
エジプト、トルコ
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Aベストアンサー

イスラム国ということ自体が間違っています。
イスラム教の人は大変迷惑をしています。イスラム教はあのような過激な組織なのではなく、平和的な組織です。
なので、日本のようにイスラム国とまとめられてしまうと、立場がなくなってしまうとイスラム教信者入っています。
大使館も、イスラム国ではなく、ISIS , ISILと報道機関にいってもらえるよう、HPなどで、呼びかけを行っています

Q口頭弁論とは?

口頭弁論について質問です。
裁判において、口頭弁論とは具体的に何を指すのでしょうか?
例えば、訴訟中に、審尋等が行われた場合、これも口頭弁論に含まれるのでしょうか?
口頭審理が一体どこまで含むものなのかがいまいち分かりません。

初心者なもので、できるだけ初歩から説明していただけると助かります。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

口頭弁論というのは、まさに当事者が裁判所をはさんで口頭で弁論するというイメージですね。

でもすべて口頭で右顧左眄しがたいということで、実質文書主義化して準備書面を使ったりして、あとは文書の主張を「陳述」し、残りは次の期日のために争点整理するプロセスが実務といった感じです。

準備手続きも、上記のような建前の「口頭弁論」と大同小異なので、「的」表現で、4畳半ムードの準備室やラウンドテーブル法廷などで行われる実質的(旧)口頭弁論と言って良いでしょう。

判決などでは「口頭弁論の全趣旨より云々」と裁判全体を指す感じで使われますし、正式に広義、狭義などというニュアンスの説明はできませんが、裁判全体から、公式的手続としての弁論プロセス、準備プロセス等々総合的に、あるいは適当に表現する言葉のように感じています。

QISISと、敵対的な中東国は?逆に友好国は?

ISISに対して、空爆参加、有志連合の支援などを行っている国って中東でどこがありますか?
それと、ISISを支援している中東の国はどこですか?

2秒ほどググッてみたのですが、こんなサイトがありました。
(http://matome.naver.jp/odai/2141233318388839101)

要するに、こういう事でしょうか。


「ISISに対し空爆参加している中東国」
サウジアラビア、アラブ首長国連邦、ヨルダン、バーレーン、カタール

「対ISISの有志連合に支援している中東国」
エジプト、トルコ

「結果的にISISと戦闘している中東国」
イラク、イラン、シリア

「政治的な理由により、静観であるが敵対姿勢の中東国」
イスラエル

「立場不明の中東国(私が分らないだけ)」
イエメン、オマーン、クウェート、パレスチナ、レバノン



これで当たっていますか?
それと、「不明」の国のなかで有志連合に支援をしている国、逆にISISを支援している国はどこでしょうか。

訂正のご指摘と、不明な点の回答お願い致します。



追記:
この質問は、https://oshiete.goo.ne.jp/qa/8916610.htmlと内容は同じです。

当方あまりにも無知であるがゆえに、本来はISISやISILと呼ぶべきを「イスラム国」と呼んでしまいました。あまりにも恥ずかしいので急遽締め切り、立て直しました。

ISISに対して、空爆参加、有志連合の支援などを行っている国って中東でどこがありますか?
それと、ISISを支援している中東の国はどこですか?

2秒ほどググッてみたのですが、こんなサイトがありました。
(http://matome.naver.jp/odai/2141233318388839101)

要するに、こういう事でしょうか。


「ISISに対し空爆参加している中東国」
サウジアラビア、アラブ首長国連邦、ヨルダン、バーレーン、カタール

「対ISISの有志連合に支援している中東国」
エジプト、トルコ

「結果的にISISと戦闘...続きを読む

Aベストアンサー

情報では有志連合に参加している国は35国あります: 
1。軍事支援と人道支援を実施する有志連合(17カ国):アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダ、フランス、オランダ、ベルギー、ドイツ、イタリア、デンマーク、カタール、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、エストニア、ハンガリー、チェコ、ブルガリアだそうです。
2。軍事支援だけを実施する有志連合(4カ国):ヨルダン、バーレーン、アルバニア、クロアチア
3。人道支援だけを実施する有志連合(14カ国): 日本、韓国、クウェート、トルコ、ニュージーランド、ノルウェー、スウェーデン、スペイン、アイルランド、スイス、オーストリア、ルクセンブルグ、スロバキア、グルジア。
アラブの国を拾ってみますと1(カタール、アラブ首長国連邦、サウジアラビア)2(ヨルダン、バーレーン)3(クウェート、トルコ)となります。これで見ますと王制の国(サウジ、ヨルダン、バーレーン)あるいは内容的に王制に近い国(カタール、アラブ首長国連邦、クウェート)は有志連合に参加していますが、イラン、エジプトなど王制ではない国あるいは革命政権は参加していません。トルコは例外です。
王制の国は保守的な古い体質の国ですから、ISISを革命政権に分類して警戒しているのではないかと思います。
イラン、エジプトなどはISISの友好国とまでは言えませんが、ある程度はシンパのような部分があるかも知れません。あまりよくわかりませんが。

情報では有志連合に参加している国は35国あります: 
1。軍事支援と人道支援を実施する有志連合(17カ国):アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダ、フランス、オランダ、ベルギー、ドイツ、イタリア、デンマーク、カタール、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、エストニア、ハンガリー、チェコ、ブルガリアだそうです。
2。軍事支援だけを実施する有志連合(4カ国):ヨルダン、バーレーン、アルバニア、クロアチア
3。人道支援だけを実施する有志連合(14カ国): 日本、韓国、クウェート、トルコ...続きを読む

Q夫婦が原告になる場合で弁論準備手続に一方が欠席

夫婦が原告になる場合で、一回目の口頭弁論には夫婦ともに出席したが、その後の複数回の弁論準備手続には夫のみが出席して妻は全て欠席したという場合でも、

主張共通・証拠共通の原則があるので、その後の最後の口頭弁論に妻が出席して「弁論の更新」?
などをすれば、妻が欠席したことによる不利益はないでしょうか?

Aベストアンサー

それは「請求の趣旨」と、被告の答弁で変わってきます。
例えば、「被告は、原告Aに対して金○○万円、及び、原告Bに対して金××万円を各支払え。」
と言う場合だとすれば、第1回のの口頭弁論では、訴状の陳述はありますが、被告が「全部争う」と言うことであれば、次回期日から独自に準備書面と立証しなければならないので、欠席すれば「共同訴訟は他に影響しない。」と言う原則があるので不利益となることはあり得ます。
なお「主張共通・証拠共通の原則がある」と言いますが、各書面で「原告らは・・・」と言う書き方ですと「・・・共通」と言うことであっても、個別な請求ならは違ってきます。
また「弁論の更新」と言うのはないです。
「弁論再開の申立」と言うのはありますが、これは裁判所が終結した口頭弁論を何かの理由で再開することなので、この場合とは違い、できないです。

Qある国を愛すれば、その国の政府も愛することになるか

 日本語を勉強中の中国人です。ある国を愛すれば、その国の政府も愛するという結論に導くことができるでしょうか。たとえば、日本を愛することは、日本政府も愛することになるでしょうか。中国を愛することは、中国政府も愛することになるでしょうか。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

こんばんは。

「祖国」という言葉があります。
祖国を愛するとは、育ってきた自然や文化を愛するということです。

「国家」という言葉があります。
国家の三要素として、「領域」「人民」「権力(法・政府・軍など)」があり、政府は、「国家権力」を行使して、国の社会秩序を保とうとします。
「人民」を抑圧する場合もありますし、対外的には、「領域」を守るために、権力(軍)を行使することもあります。「人民」は、その国の政府を支持する・支持しないはあっても、愛するという表現はしないと思います。

国を愛するといった時、祖国愛はいいのですが、集合体になると、ひとつの意識として、国家主義(ナショナリズム)に陥る危険性があることを、忘れてはならないと思います。
それは、日本でも中国でも同じです。国家主義同士がぶつかりあっても、平行線で、解決にはならないでしょう。
お互いの祖国を知りあうことが、まずは大切ではないでしょうか。

前回の質問「世の中の仕組みは何でしょうか」で、ご紹介した本「君たちはどう生きるか」は、中学生だけでなく、大人が読むのにもいい本です。

Q口頭弁論調書について

裁判について全く無知なので教えていただけないでしょうか?

1.
「口頭弁論調書(和解)」と「口頭弁論調書(判決)」とがあります。
というか、この2種類しか見たことがありません。
普通はこの2種類だけなんでしょうか?

2.
「口頭弁論調書(和解)」は別名「和解調書」ということでしょうか?
とすると、「口頭弁論調書(判決)」は何と呼ばれているのでしょうか?
別名になっているのをまだ見た事がありません。

2点についてどなたかおわかりになる方宜しくお願いします。

Aベストアンサー

民事裁判の調書の種類という話でしょうか。もしそうならば,以下の調書があります。
(1)第○回口頭弁論調書(2)弁論準備期日調書(3)準備的口頭弁論調書(4)和解調書(5)第○回口頭弁論調書(和解)(6)第○回口頭弁論調書(判決)(7)和解期日調書(8)進行協議期日調書(9)検証調書・・こんな所です。
要するに何の手続きをやるのかによって,調書も異なるということです。2の回答としては,口頭弁論調書(和解)とは,口頭弁論期日で和解した場合の調書です。和解調書とは,和解期日において和解した場合の調書です。

Q《千年王国》について

 もし重要であるとすれば 基本的なことをおしえてください。
 わたしは 何かひらめきが得られるかも知れないと思ったりはしますが よく分かりません。扱いかねます。

 この質問は 《Q:ヘブル書に引くエレミア書の〈新しい契約〉とは?
 http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3807611.html 》でのご回答ANo.45に接して お尋ねするものです。
 次の箇所が 焦点になっており そういう解釈としての説をなすようです。

    ヘブル書8:7の一番目の言約がモーセを通じて与えられた律法な
  らば、8:13の新しい言約はサムエル下7:4-17で言う永遠の言
  約です。すなわち、ダビデの種からメシヤが来られ、イスラエル王国が
  成立するという約束です。   

    イエスキリストがイスラエルの王様として来られたけれども、イス
  ラエルの人々はイエスキリストを殺してしまい、イスラエルの王国は延
  期されたのです。
    そして、イエスキリストが再び来られてイスラエルの王国が成立す
  るのがヨハネ掲示録20:6でいう1000年王国です。        

〔参考・1〕サムエル記・下 7:4-17より 11-13節
  
    ・・・主があなたのために家を興す。
    あなたが生涯を終え、先祖と共に眠るとき、あなたの身から出る子
   孫に跡を継がせ、その王国を揺るぎないものとする。
    この者がわたしの名のために家を建て、わたしは彼の王国の王座を   
   とこしえに堅く据える。

〔参考・2〕 ヨハネ黙示録20:6                  

   第一の復活にあずかる者は、幸いな者、聖なる者である。この者たち
  に対して、第二の死は何の力もない。彼らは神とキリストの祭司となっ
  て、千年の間キリストと共に統治する。
                                                               
  * なお わたくしの立ち場は キリスト・イエスの出現で すべては決まっているというものです。

 もし重要であるとすれば 基本的なことをおしえてください。
 わたしは 何かひらめきが得られるかも知れないと思ったりはしますが よく分かりません。扱いかねます。

 この質問は 《Q:ヘブル書に引くエレミア書の〈新しい契約〉とは?
 http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3807611.html 》でのご回答ANo.45に接して お尋ねするものです。
 次の箇所が 焦点になっており そういう解釈としての説をなすようです。

    ヘブル書8:7の一番目の言約がモーセを通じて与えられた律法な
  らば...続きを読む

Aベストアンサー

非常に熱心に聖書と向かい合っておられますね。規定がありますので短くお答えさせて頂きます。
人間に対しての規則の部分解決との事で参照聖句がありますが、本当に厳しい規則、たとえば、
手は必ずヒジまで洗う、ヒゲはもみあげとの間を切ってはいけない、日曜日は働いてはいけない
(まきを拾っていて死刑)姦淫は身内によって石打ち死刑、神に対する捧げ物の方法にも誰が
、どのように、どんな物を、と、とても守れないものでした。これらか
ら解放される、という意味です。参照聖句はその後の霊的な成長部分で
、新約聖書のほとんどがこれです。
キリストの死は失敗ではありません。キリストが現れることは旧約聖書
で予告されていますし、キリスト自身も、すべてが予告されていることを、あらゆる場所で語っています。
したがって、イスラエルの王として来たのではありませんので、民達は王を殺したわけでもありませんし、
聖書の王国はこの時代のものではありません。
王国の問題ですが参照聖句2つは結びつきませんし、なぜここが出てく
るのかが、残念ですが私にはわかりません。
補足説明も私には難解です。
具体的にいつそれは来るのか、を聖書から示せ、と言うことでしょうか
?マタイ24章から25章その他は「しるし」について語っています。一例を上げます。戦争、食糧危機、地震、
疫病、地球を破壊する者達が現れる。これらは今起こっていることで、過去に起こっている事柄とは考
えにくいです。その後はキリストもいつ来るか分からない、と言っています。
現世界に神が直接介入しているか、は「いいえ」です。祈りは最後に「キリストのみ名において・・」と
キリストが仲介していて、神が直接介入していないことを証明しています。
またお答えできることがありましたら、書き込ませて頂きます。

非常に熱心に聖書と向かい合っておられますね。規定がありますので短くお答えさせて頂きます。
人間に対しての規則の部分解決との事で参照聖句がありますが、本当に厳しい規則、たとえば、
手は必ずヒジまで洗う、ヒゲはもみあげとの間を切ってはいけない、日曜日は働いてはいけない
(まきを拾っていて死刑)姦淫は身内によって石打ち死刑、神に対する捧げ物の方法にも誰が
、どのように、どんな物を、と、とても守れないものでした。これらか
ら解放される、という意味です。参照聖句はその後の霊的な成長...続きを読む


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