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参考書にウルグアイ=ラウンドで1991年には牛肉やオレンジなどの輸入自由化が実施されたと書かれています。

しかし、ネットで調べると、1991年に牛肉・オレンジの輸入自由化となり、1993年にウルグアイラウンドによってコメの輸入量増加が決定したとなっています。

質問内容
(1) 牛肉・オレンジの輸入自由化はウルグアイラウンドで決定されたことなのでしょうか?
(2) 牛肉・オレンジの輸入自由化は対世界各国のものなのでしょうか?

ご回答宜しくお願いいたします。

A 回答 (1件)

「ウルグアイ=ラウンド」って、1993年だけ開催されたわけではなく


1986年~1994年の長期に渡って、様々な分野での交渉が行われたモノの総称です

交渉事って何でもそうだけど、最初から一番難しいテーマから始めると合意なんてとても無理なので
比較的に交渉しやすいテーマから着手します

一つ一つのテーマで交渉を行い、対立点を譲ったり譲られたりして互いに受け入れられる合意点を探ります


そうやって、互いの信頼関係を構築してから最大のテーマに取り組む
そうすれば、今まで互いに努力して積み上げた合意を全て破棄する選択をするよりも、互いの譲歩を引き出す余地が増える

(特に外交の)交渉事とはそう言うモノ

で、牛肉オレンジに関しても、ウルグアイラウンドの大きな分野である農産物の自由化交渉の一つのテーマとして交渉された

それ以前より農産物の自由化要求は(特に米国から)あり、91年には輸入割当制度の撤廃が行われました
しかしその時点で完全自由化したとは言えない、なぜなら割当制度から関税制度に切替えて70%(牛肉の場合)という高い関税を適用することで、誰でも輸入できるが関税で輸入した牛肉を安く取引することが出来ないから結果として輸入量は極端に増えないという状況だった

ウルグアイラウンドの結果、輸入障壁としての高率関税を引き下げようという事が決定したので徐々に税率が引き下げられて、本当の意味での輸入自由化が進んだと解釈すべき

ということで
(1)ウルグアイラウンドだけで決定した訳ではないけど、ウルグアイラウンドで交渉しなければ今の様にはならなかった

(2)どういう意味なのかよく伝わらん
   自由化した相手国は米国とか特定の国相手なのか?世界のどの国にも自由化したのか?って意味かな?
   基本的に特定の国だけが対象ではない

ウルグアイラウンド最大のテーマだった、日本の米輸入自由化も食糧管理制度が撤廃されて、ミニマムアクセスとか、輸入関税化とか制度改変が行われたが・・・・・
貿易赤字の問題が沈静化した結果、自由化を強く要求していた米国の要求がトーンダウンして
最近は報道されることもなくなった。
そう言えば現状どうなっているのかなぁ・・・・
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Q輸入自由化って結局どういうこと?

「○○の輸入自由化」という表現は良く見かけますが,「自由化」とはどういうことが「自由化」なのでしょうか?関税や輸入制限の撤廃のことでしょうか。
牛肉・オレンジが輸入自由化されたときは国内では反対がありましたが,自由化される前も牛肉やオレンジは輸入されてたと思うのですが,自由化される前の輸入と,された後の輸入とではどのような違いがあるのでしょうか?

Aベストアンサー

ご質問の内容は、非常に深いものがあり、まじめにお答えすると本が1冊書けるほどの奥行きがありますが、いくつか基本的な考え方を整理しましょう。

1.まず、貿易の規制をどう捉えるかです。WTO規則の根幹をなし輸入制限措置措置を規制する国際的な枠組みとして、GATT(関税および貿易に関する一般協定)がありますが、この協定上は、一般的には数量制限を禁止し、何らかの理由で貿易<注1>を制限しなければならないときには関税の賦課は認めるというものです。ですから、輸入割当(一定量までしか輸入を認めない)の対象だった製品を、関税割当(一定量を超えた輸入には高い関税を賦課する)に変更すると、それも「自由化」と評価されるわけです(たとえ関税割当が極めて効果的な制限効果を維持する保護措置だったとしても、論理的には制約が緩和されたとみなされるわけです)。

他方で、関税賦課による輸入制限は認めるとは言っても、やはりそれが自由な貿易を進めるにあたっての障害となっていることは疑いありませんので、GATT加盟国の間ではお互いに低減しようという試みがなされてきました。そのための場が、「ラウンド」といわれる多国間協議です。ただ、数次にわたるラウンド交渉の結果、とりわけ先進国の工業品関税については、東京ラウンドより前にかなり低下していたので、以降は関税以外の輸入制限措置により大きな焦点が置かれるようになり、ウルグアイラウンドにおいては、それまでいわば聖域とされ交渉の対象となってこなかった農業、知的所有権、サービスといったいわば「新分野」についても取り上げられるようになっています。

また、輸入の自由化は、多国間協議ではなく二国間での場で議論されることもあり、牛肉・オレンジはその典型例といえるでしょう(1988年、日米交渉で決着)。

こと「輸入の」自由化とはこのような輸入量の上限を撤廃するということであり、それ以外の措置(検疫体制や基準など)を問題にしているものではありません。なお、そうした措置が行き過ぎていると諸外国が判断した場合には、WTOの紛争処理手続きに従って是非が判断されることがあります(「日本のりんご検疫措置」などはその典型例です)。

<注1>正確な理解としては、輸入のみならず輸出も対象にしていたと記憶していますが、話がややこしくなるので、以下、輸入に限定した話とします。

2.以上を踏まえてご質問に答えると、以下のようになります。
(1)どういうことが「自由化」なのか
GATTの原理から言えば、一義的には、輸入割当などの数量規制の制約を撤廃することです(代替措置として関税割当を含めた関税賦課に移行することが多い)。他方で、関税の賦課を引き下げることも「自由化」のための課題のひとつです。
(2)自由化の影響
「自由化」後にどういう措置をとるかが問題ですが、通常は自由化されていない品目というのは何らかの理由で保護を受けてきたわけで、それが撤廃されると当然ながら輸入品が増える可能性が高まります。輸入できる上限が撤廃されるわけですから。
牛肉・オレンジについては、「自由化」以前も輸入されていたのは事実ですが、それはあくまでも割当の範囲内においてです。ですから輸入品のシェアは低く、保護されていた高い牛肉・柑橘類が市場に出回っていました。他方、輸入自由化後は、手続き面では割当をとる必要がなくなり、また輸入量の拡大につながっています<注2>。
「牛肉・オレンジが自由化される前と後の輸入の違い」というご質問がありますが、その意味では、数量の規制を取っ払った以外には、何も変わったところはありません。食品衛生法などに基づく検疫体制なども、従来同様の形で維持されています。

<注2>今、手許に具体的な数値を持っていませんが、そういわれています。

ご質問の内容は、非常に深いものがあり、まじめにお答えすると本が1冊書けるほどの奥行きがありますが、いくつか基本的な考え方を整理しましょう。

1.まず、貿易の規制をどう捉えるかです。WTO規則の根幹をなし輸入制限措置措置を規制する国際的な枠組みとして、GATT(関税および貿易に関する一般協定)がありますが、この協定上は、一般的には数量制限を禁止し、何らかの理由で貿易<注1>を制限しなければならないときには関税の賦課は認めるというものです。ですから、輸入割当(一定量までしか輸入を認...続きを読む

Q原敬の内閣が日本初の本格的な政党内閣と言われるのはなぜ?

米騒動を経て内閣を組閣した原敬ですが、その内閣は本格的な政党内閣と言われています。これはなぜですか?原敬は党首から首相に選ばれたわけですが、この内閣以前はどうやって首相を選んでいたのでしょうか?天皇が勝手に首相を選んで良かったのでしょうか?大日本帝国憲法下における組閣の仕組みが良くわかりません。選挙によって選ばれた与党の党首が首相になるということはなかったのでしょうか?

Aベストアンサー

ごきげんよう。



【回 答】
大日本帝国憲法(明治憲法)下では、現在の日本国憲法で定められているように内閣総理大臣が選ばれていたわけではありません。明治憲法が出来た最初の頃は、明治政府を作った「元勲」と呼ばれる人々が交代で内閣総理大臣に就任していました。その後「元勲」のうちの何名かが「元老」として、「次の内閣総理大臣はこの人に」と天皇に推薦し、天皇が任命するのが慣例でした。別に、議会で与党の党首が選ばれていたわけではありません。

さて、そうやって選ばれる内閣総理大臣ですが、予算案や法律案を通して政治を円滑に進めるため、衆議院の多数を占める政党と仲良くする人が出てきます。そういう意味で「政党内閣」の原形は原敬以前に成立していました。

原敬内閣が『初の本格的政党内閣』と呼ばれるのは、原敬が「爵位をもたない」「選挙によって選ばれる衆議院に議席をもつ」「政党『政友会』の党首」であり、原内閣が「陸軍大臣・海軍大臣・外務大臣以外の閣僚はすべて政友会員が就任した」内閣であったことが、「選挙によって選ばれた多数党の党首が内閣総理大臣に選ばれ、閣僚の多数が政党の党員(政党所属の議員)である」という『政党内閣』の定義にほぼ近かったことによるものです。

(上記の「政党内閣」の定義は完全に正確ではない可能性がありますが、だいたいこのような内容だったかと思います)


以下、詳細な説明です。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

■ 大日本帝国憲法(明治憲法)下での首相の選定方法

大日本帝国憲法(明治憲法)には、内閣総理大臣の決定方法は記載されていません。

大日本帝国憲法第10条に、「(統治権を有する)天皇が行政を行なう官僚を任免する」ということが書かれています。かといって、天皇が内閣総理大臣を勝手に選んでいたわけでもありません。「宮中・府中の別」という慣例がありまして、天皇は政治の世界には関与せず、行政機関である内閣の決めた方針にもとづいて「YES」と言うだけでした。内閣総理大臣を決める時にも、天皇は、誰かが選んだ内閣総理大臣をそのまま任命するのです。

大日本帝国憲法(明治憲法)
http://www.edogawa-u.ac.jp/~kiuchih/home/statutes/teikokukenpou.html


では、内閣総理大臣の決定方法ですが、

歴代内閣総理大臣一覧
http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/ichiran.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E9%96%A3%E7%B7%8F%E7%90%86%E5%A4%A7%E8%87%A3%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7
http://www.promised-factory.com/100years_after/pm/pm-list.html


上の一覧をご覧になればわかりますように、最初は明治維新の功労者であった人々が協議の上、内閣総理大臣や各国務大臣を務めていました。「明治政府を作ったのは俺たちなんだ!」ということでもあり、内閣総理大臣や各国務大臣として明治初期~中期の政治を引っ張っていけるのは、この人々しかいなかったのだと推測されます。

明治維新の功労者達は、明治初期から後期にいたるまで第一線で政治を動かし続け、その後も「元老」という立場で、天皇の諮問に答える形で、国家の政策決定に関与しました。
伊藤博文、黒田清隆、山縣有朋、松方正義、井上馨、西郷従道、大山巌、桂太郎、西園寺公望の九人です。

その主な仕事のひとつが、内閣総理大臣が辞めた場合、次の内閣総理大臣を選ぶことです(ちなみに、法的な根拠はまったくありません)。彼らが選んだ内閣総理大臣を、天皇が任命していました。

元老 - wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E8%80%81

ちなみに、昭和に入って、最後の元老の西園寺公望が死んでからは、天皇の側近で天皇の仕事を助ける役職であった「内大臣」が中心となって「重臣会議」を開いて、内閣総理大臣を選んでいました。

内大臣 - wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E5%A4%A7%E8%87%A3


■ 内角総理大臣と、議会や政党との関係

内閣総理大臣は、別に議会での選挙で選ばれているわけではないので、議会を無視して勝手に政策を決めて政治を行なっていくことができる、・・・というわけではありませんでした。

選挙で選ばれた政党系議員が多数を占める衆議院は、予算案を貴族院より先に審議するので、内閣が政党と対立してしまうと、予算案が議会を通らず、政治が一気に止まってしまうのです(政党を無視して独自に政治を行なおうとす『超然主義』の方針をとる内閣と、衆議院で多数を占める政党が対立して混乱したのが、1890年代の『初期議会』と呼ばれる時期です)。

そういうシステムの中で、内閣総理大臣のなかには、政党に理解を示して協力してもらい政治を行なおうとする人が出てきました。代表的なのは、伊藤博文、西園寺公望、大隈重信などの人物達です。彼らは政党の党首も兼ねていたので、一応、「政党内閣」と言えなくもありません。


では、原敬とその内閣の場合は、彼らと何が違うのでしょうか?

「原敬」個人に対する注目点は3つ
  ○爵位をもたない
  ○選挙によって選ばれる衆議院に議席をもつ
  ○政党「政友会」の党首

「原内閣」のポイント
 ○陸軍大臣・海軍大臣・外務大臣以外の閣僚はすべて政友会員が就任

つまり、「選挙によって選ばれた多数党の党首(衆議院議員)が内閣総理大臣に選ばれ、内閣閣僚の多数が政党の党員(政党所属の議員)である」というところが、『本格的な政党内閣』と呼ばれる意味です。


ですが上で述べた通り、原敬は議会で選ばれたわけではなく、やはり「元老」による推挙によって天皇から任命されています。

原敬が内閣総理大臣に選ばれた理由としては、その前の寺内正毅内閣が米騒動の対応に失敗して総辞職して、政府に対する国民の不満が高まっており、「元老」としても国民の意見を反映した内閣を作らないといけなかったこと、原敬がもともと官僚出身で、内務大臣も務めたこともあって、内閣総理大臣に任命しても行政を行なうのに問題がないこと、そして、原敬は元老や貴族院の勢力とも対立しないで上手くやれる政治家であったこと、などがあげられます。

原敬 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E6%95%AC

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E6%95%AC

ごきげんよう。



【回 答】
大日本帝国憲法(明治憲法)下では、現在の日本国憲法で定められているように内閣総理大臣が選ばれていたわけではありません。明治憲法が出来た最初の頃は、明治政府を作った「元勲」と呼ばれる人々が交代で内閣総理大臣に就任していました。その後「元勲」のうちの何名かが「元老」として、「次の内閣総理大臣はこの人に」と天皇に推薦し、天皇が任命するのが慣例でした。別に、議会で与党の党首が選ばれていたわけではありません。

さて、そうやって選ばれる内閣総理大臣...続きを読む

Qエルサレムに、なぜ3宗教の聖地が在るのですか?

エルサレムでは、紛争が延々続いていますね。
あんなに狭い所に、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という3宗教が聖地を持っているから、トラブルが起きるのは当たり前だとは、とは思います。その3つの宗教は、ユダヤ教、それから発生したキリスト教、そしてそれらと影響のあるイスラム教、という関連のある宗教ですね。
世俗的には、エレサレムの街自体は、たとえば交通の要所とかではなく、たいして重要な街とは思えません。
それなのに、、なぜ3宗教は、エルサレムに聖地を持っているのですか?
たまたまエルサレムに3聖地が混在するだけなのですか? あるいは、歴史上や宗教上で、何か慨依性を持っているのですか?

Aベストアンサー

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ(イスラエル)の地にやってきて、神様は「よーしお前ら、ここをお前たちに与える」と畏れ多くもありがたくおっしゃいました。しかしそこは当然先住民がおりまして、「なんか、先に住んでる人がいますけどこれはどうすればいいですか?」と伺いましたところ、「お前たちに与えたから殺しちゃってオッケーよ」とおっしゃいました(本当)。かくして彼らはそこにユダヤ人国家を作りました。ユダヤ人がイスラエルを「約束の地」と呼ぶのはそういうことです。
そんなこんなの経緯は旧約聖書に書かれています。

さて、ユダヤ教徒はエルサレムに神様を祭る壮大な神殿を作りました。その頃がユダヤ教とユダヤ王国の絶頂だったといえるでしょう。その後神殿は破壊されてしまい、その一部が残るのみとなりました。その遺跡が「嘆きの壁」と呼ばれるところで、そこでは常に敬虔なユダヤ教徒が祈りをささげていますが、そのお祈りの内容は、「神様、あの栄光の日々がまた訪れますように」というものです。その「また訪れてほしい栄光の日々」とは3000年くらい前の話なんですけどね。

ユダヤ人の国は、あんなこんながイロイロとありまして分裂したりして、やがてローマ帝国の属州となりました。ローマ帝国ってところは実は非常に寛大な帝国で、帝国に従うなら信教の自由も認められていました。日本人レベルでいえば、「それならいいじゃん」というものですが、「この世で神様とお呼びしていいのはおひとりだけ」と信じる彼らにとって異教徒がウロウロしているのが非常に気に障って障ってしょうがないのです。イスラエルでは、ローマ帝国に対するテロ活動が盛んでした。
ユダヤ教徒の歴史では、そういう「ユダヤ人受難のとき」にはエリヤとか神様の言葉を預かる「預言者」が登場して人々を導きました。ユダヤ教徒たちは、そういう「救世主」が出てくることを待ち望んでいたのです。

そういったタイミングに登場したのが、ナザレ生まれのイエスでした。イエスはユダヤ教史上、というか宗教史上において革命的な言葉を発しました。「ベイベー、愛だぜ」と。彼は、あの神様のことを「父ちゃん(アバ)」と呼びました。後になんだかんだでイエスは神の子となりました。マリア様が処女のまま神の子を受胎したお話はご存知でしょ?
それがどれだけ革命的であったのはまた別の機会に譲るとして、「憎みあうより、愛し合おうぜ」と言い出したイエスは人々からローマ帝国を排除する指導者となることを熱望されましたが、「だから俺は憎みあうのは嫌なんだよ。愛し合おうぜ」といって人々を失望させ、エルサレムからすぐ外に出たところのゴルゴタの丘で十字架にかけられてしまいました。
その後、実は一度もイエスと会ったことがないパウロが「イエスは救世主(キリスト)だったー!」と言い出してキリスト教が誕生します。なお、旧約聖書では「救世主はベツレヘムに生まれるよ」と書いてあったので、イエスはベツレヘムで生まれたことになりました。
当然のことながら、キリスト教にとってエルサレムは「イエスが十字架にかけられた場所」ですので極めて重要な聖地であります。

そのイエスが十字架にかけられて50年くらい経ったとき、「もう我慢ならねえ、ローマ人は出ていけ!」とユダヤ人は反乱を起こしました。それ以上にブチ切れたのはローマ人です。「人が下手にでてりゃあ属州のくせにでけえ態度をしやがって。ローマ帝国の恐ろしさを骨の髄まで教えたるわ」と本気で怒り、反乱を鎮めただけではなく、何かとややこしい神殿を破壊し、「ややこしい神を信じてるお前らはこの辺りに住むんじゃねえ」とユダヤ人をパレスチナから追放しました。
これがディアスポラです。以来約2000年、ユダヤ人はイスラエルの地に再びユダヤ人の国を再興することを願いながら世界中でお金を稼ぐこととなります。

時代はずーっと下りまして、メッカの洞窟で、青年ムハンマド(マホメット)の前に大天使ガブリエルが現れて「君が預言者だよーん」と告げました。イスラム教の誕生です。ムハンマドの元にガブリエルを派遣したのはあの、例の、何かとややこしい「神様」でいらっしゃいます。そういや、マリア様の前に「あなたは神様の子を宿したよ。おめでとう」と告げに来たのもガブリエルでした。ガブリエルさんはどうもややこしいお仕事を何度もされているようです。
ムハンマドのあまりに偉大な足跡に関していちゃもんをつけると冗談抜きでアルカイダから死刑宣告されてしまいますので、それについては割愛します。
イスラム教にとって最も重要な聖地は、ムハンマドが神の啓示をうけたメッカです。しかしムハンマドは一神教教徒なわけですから、「死ぬまでに偉大な神殿があったエルサレムで死にたいなあ」と当然といえば当然で、ややっこしくなることを願います。
そして、そのエルサレムの地で天に旅立ってしまったのです。エルサレムはイスラム教にとっても「教祖様が入滅された場所」となってしまったのです。

かくして、エルサレムの地はユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が俺の場所だ、いいや俺の場所だと大変にややこしい場所となってしまいました。

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ...続きを読む

Qイスラム教の聖地はエルサレム、メッカ?

イスラム教の聖地とはエルサレム、メッカ、どちらなのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

どっちもです。

メッカ、メディナ、エルサレムの3つの都市が、イスラム教の三大聖地とされているようです。

メッカには、「神の館」であるカーバ神殿があり、また、預言者モハメッドの生誕地でもあります。

メディナには、モハメッドの墓所に建てられたモスクがあるらしいです。

エルサレムは、モハメッドが天に登った場所だそうです。

Q弾劾裁判とは?

ニュースを見ていたら弾劾裁判が行われたと言っていましたが、弾劾裁判ってなんだろう?と気になってしまいました。ご存知の方教えてください。。。

Aベストアンサー

弾劾裁判とは重大な非違のある裁判官を罷免するために行われる特別な裁判です(憲法64条を参照)
 
 弾劾による罷免の理由としては以下の二つがあります。
(1)職務上の義務に著しく違反しまたは職務を甚だしく怠っ た時。
(2)その他職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著し く失うべき非行があった時。
        *裁判官弾劾法20条

 弾劾裁判所は各議員においてその議員の中から選挙された各7人の裁判員で組織されます(国会法125条、裁判官弾劾法16条)。

 要するに悪いことをした裁判官を裁判するのが弾劾裁判ですね。通常、裁判官というものは手厚くその身分が保証されているものです。そうでないと司法権の独立が保てません。この弾劾裁判は憲法(64条)が認めた例外なのです。

 今回の弾劾裁判によって村木判事は罷免されることになりました。携帯電話の伝言サービスなどで知り合った当時14―16歳の少女3人に現金を渡してわいせつ行為をし、裁判官としての威信を著しく損ねた、というのが理由です。止む無しという気がしますね。

 因みに弾劾裁判で裁判官が罷免されるのは20年ぶり、1947年の制度発足以来、5人目だそうです。

*憲法64条
「(1)国会は、罷免の訴追を受けた裁判官をするため、両議  院の議員で組織された弾劾裁判所を設ける。
 (2)弾劾に関する事項は、法律でこれを定める。」

弾劾裁判とは重大な非違のある裁判官を罷免するために行われる特別な裁判です(憲法64条を参照)
 
 弾劾による罷免の理由としては以下の二つがあります。
(1)職務上の義務に著しく違反しまたは職務を甚だしく怠っ た時。
(2)その他職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著し く失うべき非行があった時。
        *裁判官弾劾法20条

 弾劾裁判所は各議員においてその議員の中から選挙された各7人の裁判員で組織されます(国会法125条、裁判官弾劾法16条)。

 要するに悪いことをし...続きを読む

Q国会と内閣の違いを簡単に教えてください!!

国会・内閣・裁判所って三権分立であるじゃないですか?それで、裁判所と国会は建物もあるし、なんとなくは分かるんですけど、内閣って一体なんなんですか??内閣には国会議事堂や裁判所のような建物とかって無いですよね??(間違ってたら指摘お願いします!)
じゃあ内閣って一体どこにあるんですか?内閣で一番偉い人は首相。つまり今は小泉総理ですよね?じゃあ国会で一番えらい人って誰なんですか?今の僕の意識では国会の中に内閣がある。っていう感じなんですけど、コレって間違ってますか??教えてください!

Aベストアンサー

 簡単にいいますと、国会は法律を作り、内閣は実務(実際の行政)を担当し、裁判所は法の執行を行う
これが三権分立ですね。
どこが違うか?って全然仕事が違います。

 しかし、内閣は「こういう法律を作ってください」と言うことはできます。
法律案のほとんどは内閣提出です。
でも、それを認めるかどうかを決めるのは国会です。
今年度の予算をどういうふうに使うかを決めるのは、実際に仕事をする内閣ですが
国会はそれを事前にチェックしたり(予算審議)、
実際の使い方をチェックし、ミスを指摘する(こちらは決算)ことができます。
このように、お互い独立して仕事をしていますが
自分の担当だからといって自分勝手な行動をとらないようにチェックしあっているのです。
ですから、どこが偉いということはありません。
3つとも同じ地位にあります。
総理大臣は必ず国会議員ですから
「国会の中に内閣がある」というような気もしますが
そうすると、国会議員の中でも偉い人が総理大臣、
つまり国会より内閣の方が偉い!ということになってしまいますから
その認識は正確ではありませんね。

 内閣はどこにあるか?ですが
内閣には総理大臣のもとにたくさんの省庁がありますね。
外務省とか財務省とか、防衛庁もそうです。
その建物の一つ一つが内閣をつくっています。
仕事が膨大で職員の規模も大きいので、
まとめてどこかに置くというわけにはいかないのです。
内閣のまとめ役の総理大臣の城である首相官邸が一番小さかったりします。
紛らわしいですが、内閣府は内閣の一つの機関にすぎませんのでお間違えなく。

 最後に、国会で一番偉い人ですが
やはり衆議院、参議院の議長でしょうね。
議長は野党でも与党でもなく、中立の立場にいます。
議長、副議長になると、党を離れて無所属になるんですよ。
ですから、与党からも野党からも敬われる存在です。
とはいえ、話し合いを重んじるのが議会ですから
偉いからといって何でもできるわけではないですけど。

 簡単にいいますと、国会は法律を作り、内閣は実務(実際の行政)を担当し、裁判所は法の執行を行う
これが三権分立ですね。
どこが違うか?って全然仕事が違います。

 しかし、内閣は「こういう法律を作ってください」と言うことはできます。
法律案のほとんどは内閣提出です。
でも、それを認めるかどうかを決めるのは国会です。
今年度の予算をどういうふうに使うかを決めるのは、実際に仕事をする内閣ですが
国会はそれを事前にチェックしたり(予算審議)、
実際の使い方をチェックし、ミスを指...続きを読む

Q好気呼吸と嫌気呼吸の違い

好気呼吸と嫌気呼吸の違いってどんなものなのでしょうか?また「発酵」反応の種類ってどんなものがあるんでしょうか?教えてください。

Aベストアンサー

好気呼吸とは我々が行う呼吸の事で、
有機物(グルコース:ブドウ糖とか)を酸素を使って分解しエネルギーを取り出します。
好気呼吸の特徴は有機物を水と二酸化炭素まで完全に分解できることで、
有機物1g当たりで得られるエネルギーが大きいです。

嫌気呼吸とは酸素を使わず有機物を分解する代謝で、
有機物を完全に分解することは出来ません。
従ってエネルギーの効率が悪く老廃物として有機物が残ります。

発酵とは微生物(細菌orカビ)の行う呼吸のことで、ほぼ「腐敗」と同義語です。
一般的には人間の役に立つ微生物の呼吸を発酵、
人間の役に立たない微生物の呼吸を腐敗と呼びます。

発酵は一般的に人間の役に立つ物質を生産しますから、
生産する物質の名前を取って、アルコール発酵などと呼ばれます。

Q狂牛病とは何だったのですか。

以前、狂牛病の牛が日本で発見されたときは、おお騒ぎになりました。
あれ以来、狂牛病の出た国の牛の肉は食べていません。
そんな肉を食べても、なんとなしに気持ち悪いですから。
オーストラリアの肉しか食べていません(^.^;
狂牛病とは何だったのですか。
人間のミス?

Aベストアンサー

>狂牛病とは何だったのですか。
ご質問が過去形になっていますが、問題はまだ終わっていません。
最近マスコミが騒がなくなっただけで、日本においてもいまだに罹患牛が発生していますし、発生原因も特定できていません。
またこの病気自体も、どういうものなのか、もう一つハッキリしないところがあります。
それから、牛で生計を立てている人いない人、すなわち畜産酪農業界、役所、学界、消費者・・・みなそれぞれ言うことが違います。ここも問題です。
学者でも業界寄りの人や消費者寄りの人がいますので、そのまま鵜呑みにはできません。
本当は 業界=消費者 でないといけないのですが・・・。
↓厚生労働省のホームページです。狂牛病(牛海綿状脳症Bovine Spongiform Encephalopathy, BSE)の現状が、簡単に書かれています。
http://www.mhlw.go.jp/topics/0103/tp0308-1.html#11q1

>人間のミス?
人間の大チョンボです。名古屋大学理学部の先生も以下のように批判しています。
「BSEはもともと草食動物の牛に、肉骨粉など動物性飼料を与えたことが主な原因と見られています。こうした「共食い」は現代畜産学や栄養学の教えに基づいたものです。即ち、分解すれば原料が植物であろうが動物であろうが皆同じで、蛋白質は蛋白質、澱粉は澱粉、脂肪は脂肪、という考え方です。その結果、家畜飼料の袋にはトウモロコシ何%など原料表示でなく、蛋白質何%などの成分表示が当たり前になりました。BSEの原因と見られている異常プリオンは、こうした分解方法でも分解されず、生き残って牛の飼料に残存したわけで、この事件は【近代畜産学の敗北】を象徴するものだと私は思います。」
以上は以下のURLから抜粋。
http://www2.odn.ne.jp/~cdu37690/yunyuunikunokikensei.htm

自然の動物界において、共食いは普通の現象ではありません。
一番やりにくいことは、自分で自分の身体を食べることです。
タコが他の魚類に足を食いちぎられるということはありますが、食いちぎられた足はまた生えてきます。
タコがストレスで自分の足を食べるということもあります。しかし、その足はもう生えてきません。
二番目にやりにくいことは、同種の動物を食うことです。これが常態となれば、種の破滅になります。
一番目の自分の足を食うことも、二番目の共食いも、普通では起こりえないことです。
それが常時起こっているようですと、その動物はすぐに絶滅してしまいます。
こんなことは,誰でも知っている進化のプロセスの基本的な事柄ですが、これを人為的にやってしまって起きた悲劇が、狂牛病(牛海綿状脳症、Bovine Spongiform Encephalopathy, BSE)です。牛由来の肉骨粉を餌として、草食動物の牛に与えたわけです。
何百万年、何千万年もの間、テストラン、実行ランをやり、修正に修正を重ねた末に、でき上がっているのが今の自然界です。地球上の現存している動物は、自分の足を食ったり、共食いを許容するような設計にはなっていません。
狂牛病騒ぎは、こんな中学生でも知っている大原則を無視したために起きてしまいました。結果として大勢の死者を出し、何十年もの潜伏期間があるため、大勢の人が、自分が将来 スポンジ脳(全身の不随意運動と急速に進行する認知症を主徴とする中枢神経の変性疾患で死亡) になりはしないかと心配をしています。

>オーストラリアの肉しか食べていません(^.^;
現在の検査方法では、変異型プリオンが多くないと検出できません。
数が少なければ感染しないと決まっているものでもなさそうです。
何十年も経ってスポンジ脳になっても、文句を言っていくところがありません。誰も責任を取ってくれません。
カルテを取っている肝炎ウィルス感染問題でも、ご承知のような有様です。
用心するに越したことはありません(^.^;

>狂牛病とは何だったのですか。
ご質問が過去形になっていますが、問題はまだ終わっていません。
最近マスコミが騒がなくなっただけで、日本においてもいまだに罹患牛が発生していますし、発生原因も特定できていません。
またこの病気自体も、どういうものなのか、もう一つハッキリしないところがあります。
それから、牛で生計を立てている人いない人、すなわち畜産酪農業界、役所、学界、消費者・・・みなそれぞれ言うことが違います。ここも問題です。
学者でも業界寄りの人や消費者寄りの人がいますの...続きを読む

Q日本でいうとコングロマリットとは具体的にどの会社のことを言うのでしょうか?

政治経済でコングロマリットという言葉を教わりました。

コトバンクで調べると「複合企業。多種の業種・企業を統合してできた巨大企業集団のこと。近年盛んなM&Aなどを通じて、企業の多角化が進んでいる。技術も市場も異なるような、いわゆる畑違いな事業に参画するために行なわれる、非関連多角化の企業統合形態を指す。主に企業買収によって、自社にはない事業やノウハウを手っ取り早く取得できるという利点から増加している。インターネット関連企業がファイナンスを買収し、金融事業を運営しているのはこの一例と言えるだろう。 」と書いてありました。

日本でいうと上に書かれているような会社は、具体的にどの会社のことを言うのでしょうか?

すみませんが、お教えいただけましたら助かります。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

内容的にはかつての「ライブドア」を意識しているように感じますが、
今も存在している会社でも、「ソフトバンク」や「楽天」はインターネット関連事業に強みを持ちつつ、金融事業をもつ会社と言えます。

いわゆるIT企業以外でも、ソニーなんかも多角経営で有名ですね。一連のエンタメ事業(映画、音楽、ゲーム)はもちろん、銀行、保険、不動産も手がけています。

Q目処(めど)と目途(もくと)

目処と目途の使い分けについて教えてください。
送り仮名に違いがありますか。
PC辞書で「めど」の変換を探すと目途が入っているのもありますね。
これは明らかに誤用ですよね。

Aベストアンサー

めどはやまと言葉ではないでしょうか。もしそうなら漢字は当て字であり、どちらが正しいというものでもなく、世間で一般的にどう使い分けされているかということに過ぎないと思います。

広辞苑ではめど(目処)もくと(目途)と分けて記載されているだけで説明がなく
不親切です。朝日新聞社の漢字用語辞典では、めど(目処、目途)とあり、私のPCでも、めどで両方が転換できます。

解決のめどがつくとか、目標達成のめどが立ったなどと使われるので、
ものごとがその完成、実現にちかずいたということを意味し、目標とは若干ニュアンスが異なると思います。目標は高くとは言いますが、目途(目処)は高くとはいいませんね(この部分は蛇足です)


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