出産前後の痔にはご注意!

一度だけ魔法が使えるとしたら何をしたいか。小学生同士で話していたら、ある子が言った。「魔法使いにさせて下さいといって魔法使いになる」▼それがかなえば魔法は使い放題、なんでもできる。一同、「すごい」と盛り上がった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130604-00000 …
以上は、6月4日付け朝日新聞 天声人語からの抜粋です。
これを見たわたしの友人が、『この表現は間違いだ。「魔法使いにしてください」と言うべきだ」と言うのです。
わたしとしては、「魔法使いにさせてください」と「魔法使いにしてください」では意味が微妙に異なり、それぞれどちらも正しい表現だと思うのですが、間違っているでしょうか。

ご参考までに、その根拠を以下に述べてみます。
「魔法使いにしてください」は、文面どおり「わたしを魔法使いという身分にしてください」という意味で、純粋に願い事をしているニュアンスでしょう。
「魔法使いにさせてください」は、「わたしは自分で魔法使いになりたいと思っています。わたしが何か呪文でも唱えると、自分自身を魔法使いという身分に変身させることができる、そういうことができる状態にしてください」というニュアンスではないかと思います。
「今のわたし」と「魔法使いになったわたし」のふたつが想定されているわけで、「今のわたし」をして、「魔法使いという身分のわたし」に(変身)できるようにしてください、という意味でしょう。
要点は、一発で魔法使いにして欲しいわけではなく、あくまで(呪文などの)自力を使って魔法使いになりたい、というニュアンスが含まれている、ということです。
自分で自分を変えさせてください、といったことになるでしょう。
しかも、「わたしにはそうした願望を実現するために自ら何かしたいという意志があるのです」という含みもあります。

どうも表現が未熟で明快な説明になっていないかもしれませんので、ちょっと他の例を挙げてみます。
「わたしをお金持ちにしてください」と言う場合、相手の力を一方的に借りてお金持ちになりたいというニュアンスになると思います。たとえば、お金をください、という意味だったりする場合に使うわけでしょう。
「わたしをお金持ちにさせてください」は、「わたしは自分でお金持ちになりたいと思っています。わたしが努力すれば、自分自身をお金持ちという身分に変身させることができる、そういうことができる状態にしてください」というニュアンスではないかと思います。
「今のわたし」と「お金持ちになったわたし」のふたつが想定されているわけで、「今のわたし」をして、「お金持ちにする」ことができるようにしてください、という意味になるでしょう。
「お金持ちになるために、色々な努力をする覚悟はあります。しかし、そちらの認可がおりないと、わたしの計画は前に進みません。どうか、わたしをお金持ちにさせてください」という具合に使います。
つまり、わたしをお金持ちにするのは、あくまで「今のわたし」です。
頼みごとをしている相手に直接的に(お金をもらうなどして)お金持ちにしてもらおう、という意図ではありません。
この点で、「わたしをお金持ちにしてください」とは意味が異なるわけです。

いずれにしても、「魔法使いにさせてください」という表現は可能だと思うのですが、みなさんはどう思われますか。

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A 回答 (27件中1~10件)

一読すると間違いのように感じ、ゆえに原文はわざと間違った文をそのまま引用する事で子供っぽさを出そうとしているように考えられました。

しかし一方ではこれは何か見慣れた表現だなという直感もわいてくるのです。

「魔法使いにしてください」の「する」は「~にする」で、「ある職業、身分に就かせる」という意味ですね。

「魔法使いにさせる」という文章がありかどうかですが
口語 スル の未然形 サ に使役の助動詞 セル が付いたとするならば
「魔法使いにスル」に使役の助動詞 セル をつけて「魔法使いにサセル」 で間違いではないですね。

この使役がおかしくないかという意見はあると思いますが、相手が神様なので尊敬語としての サス サセル は古文ではおなじみ、現代でも神様などでは使う事がある表現で、「神よ私の望みをかなえさせたまえ」「ねがわくは御名(みな)をあがめさせたまえ。み国を来らせたまえ。(キリスト教礼拝)」などという形で今でも時々見かけます。

使役の サス が尊敬語として使われる説明が岩波の古語辞典にありましたので引用します。
〈 「す」「さす」は「たまふ」「おはします」などと複合して、神・天皇・皇族などの行為に対する厚い尊敬を表わす事があった。これは「たまふ」「おはします」などという尊敬語に、さらに使役の形による尊敬を加えて「(誰かに)おさせになる動作をくださる」の意を表わす物である。つまり最高の敬意を受けるに価する人は「給ふ」動作を自らはせずに、従者にさせるのが例であるから「(動作を)おさせくださる」と表現する事によって、単なる「給ふ」より一段と厚い尊敬の表現としたものである。〉

というわけで、「古文的な表現なので今では違和感を覚える」表現ということではないでしょうか。
古文的に書くならば 「神様、私を魔法使いにせさせ(させ)たまへ」であって、これなら間違いとは思わないのでは。

「せさせ」について
広辞苑に
動詞[下二段]として
〈サ変動詞スの未然形セに使役の助動詞サスのついたセサスが約まってサスとなったもの。助動詞サスと同様に、下二段活用から時代を降るにつれて四段・下一段活用に転ずる傾向を示す。〉
というのをみつけました。
で、使役の意として
「御前の朽ち木に生ひたるくさびらども羹(あつもの)にさせ」という例文が載っています。

「主の祈り」の現代語訳について
http://www.seigakuin-univ.ac.jp/scr/lib/lib_rons …

この回答への補足

お礼欄の表現が一部不適切でしたので次のように訂正いたします。

×
「(人などを)~にする」という用法が辞書にはあるわけですから、その使役形も可能なのはたしかでしょう。


「(人などを)~にする」という用法が辞書にはあるわけですから、その使役形も可能なのはたしかだと思っていましたが、明確にお示しいただき、大変参考になりました。

補足日時:2013/06/08 17:27
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>口語 スル の未然形 サ に使役の助動詞 セル が付いたとするならば
「魔法使いにスル」に使役の助動詞 セル をつけて「魔法使いにサセル」 で間違いではないですね。

「(人などを)~にする」という用法が辞書にはあるわけですから、その使役形も可能なのはたしかでしょう。
#5さんなども質問者さんと同様のご指摘をされていますが、「させる」という言葉をひとつの使役の単語としか捉えない方が誤解なさるのだと思います。
おっしゃるような「せる」という使役の言葉があることを失念しているために、「魔法使いにさせる」という使役形は間違いだ、ということになってしまうのでしょう。

>「神よ私の望みをかなえさせたまえ」

これもわかりやすい例を挙げていただいたと思います。
「かなえたまえ」でも結果は同じはずですが、これでは一方的な神頼み、ということになってしまいます。
「かなえさせたまえ」とすることで、「わたしは一生懸命努力して祈りますが、祈ることによって望みが叶うような状況を整えてください」といった意味が可能になるわけですよね。
あくまで望みを叶えるのは「わたし」である点が違いでしょう。
尊敬語という解釈が、わたしにはよくわかりませんでしたが、
>つまり最高の敬意を受けるに価する人は「給ふ」動作を自らはせずに、従者にさせるのが例であるから「(動作を)おさせくださる」と表現する事によって、単なる「給ふ」より一段と厚い尊敬の表現としたものである。〉

という引用文をお示しいただき、興味深く拝見しました。
この論理は非常に面白いですね。筋が通っています。
「せさす→さす(させ)」の変化についても詳しく教えていただき、大変参考になりました。
ただ、「給う」などの尊敬語と併用しないと(直接的な)尊敬の意を表するには無理があるような気もします。
よくわかりませんが、この点に関しては、今回は保留にしたいと思います。
とはいえ、「~にさせてください」と頼むのは、相当の力を持っていると認定している相手である必要がありますから、その意味ではある意味の、言ってみれば暗黙の敬意とでもいったものが背景にあるということは言えるのかもしれません。
いずれにしても、「古文的な表現なので今では違和感を覚える」ということではないような気がします。
#5さんの例を借用しますと、
・医学部を受験したい息子が、反対している父親をさんざ説得したあげく、
「父さん、頼むから僕を医者にさせて下さい」
というシチュエーションは、よくあると思うのです。
「お父さんは経済学部に行けと言いますが、僕は一生懸命勉強して医学部に受かりたいと思っています。そして医者になりたいのです。しかし、お父さんが反対したままでは医学部に行って(自分の力で)医者になることができません。どうか、それができる環境を整えて(=反対しないで)ください」
というニュアンスです。
ここは「医者にしてください」で置き換えることはできないでしょう。
「裏口入学のお金を出してよ(=自分の努力無しに、一方的に相手に頼って望みを叶えたいという意図)」というシチュエーションで使われる表現になってしまうと思います。
  

お礼日時:2013/06/08 15:21

三度目の回答になります。



そもそも「魔法使いにさせてください」を正しいという前提で論を展開しているので、その正しさを示すためにいろいろな例を出し文法的な説明も付けなければならない、そのため一部の回答者といつまでも平行線になったり知らず知らずのうちに回答を、回答者が意図していない風に読んでしまったりしているように思われます。

この用法は、本来誤りです。だからと言って文法的に誤りなのはまかりならんと頭の固いことを言うつもりもないし、その「本来誤りであったもの」がかもし出すニュアンスを理解できないなどと言うつもりもありません。誤りだったものが徐々に浸透していき市民権を得、もやは誤りとはされなくなる、こうやって言葉は変わっていくもので、「一人にさせてください」が一歩先を行っていて「魔法使いにさせてください」はそれを追っているところ、まだ完全には市民権を得ていないのでどうしても受け入れられない人もいる、そんな状況でしょう(ところで、「一人にさせてください」のような例は歌詞などで耳にすることがありますが、「魔法使いにさせてください」のような使い方を見るのはこれが初めてです。一般人の会話なら、ひょっとすると聞いたことがあるかもしれませんが、会話なら誤りが思わず出てしまうのはごく自然なことで話の流れがあるので真意は分かり言葉は受け流して印象に残りません)。

誤りが発生するにはそれなりの理由があるものです。一部繰り返しや他の回答者とダブるかもしれませんが、「にしてくだい」が時に相手の力だけに頼るように、虫のよすぎるお願いに響くことがある(「医者にさせてください」は例として上手いと思います。確かにこういう状況で「医者にしてください」とは言いにくい)→「させてください」のかもし出す雰囲気(あくまで雰囲気。誤用から発生する以上細かくは考えていないはずです。「(私に)させる」ということで相手に求めるのは許可で自分がやるという感じなど)を借用→結果的に「文法的には変なもの」が出来上がったが雰囲気的に一方的にお願いしているようでないように聞こえる。ただし本来の使役の意味に取られることもあり得る。

件の小学生については、私の第一印象では小ずるい回答を出して喝采を受けたようにしか見えません。この手のお願い(自身を願いを実現できる側の人間にするとか、一度限りのお願いで何度もお願いできるようにするとか)は物語の禁じ手で、またとんち話の落ちになりうるからです。そのため、「させてください」と言ったのは、上記のように「させる」の雰囲気を単に借用しただけ、あるいは「一人にさせてください」を真似た、あるいは単なる誤り、どなたかの回答にあったように家庭環境によって「させてください」式の言い方になじんでいたということもあり得るでしょう。
ともかく何か殊勝な気持ちがあるようには思えませんでした。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>「一人にさせてください」のような例は歌詞などで耳にすることがありますが、「魔法使いにさせてください」のような使い方を見るのはこれが初めてです

自分で自分に使役を行使するという心理と言いますか、そうした表現は、それほど難しいとは思えないのですけどね・・・。
仮にそうだとしても、頻度が低いから誤りということにはならないでしょう。
  

お礼日時:2013/06/18 13:48

No.4です。

 白熱中のようですが、水をさしたいと思います。

基本的に 読み直すと 自分は No3の方に同意します。

又、補足部分で
>テーブルタップの差し込みを自分のコンセントに入れてエネルギーを得ようという試み

回りくどいことをしている、という意味だと思うのですが、実際問題としてわたしたちの心理は、そのように動くことがあると思います。
たとえば、「自分自身を勇気付ける」「自分自身に言い聞かせる」などという表現があるでしょう。
このように、行為者としての自分と行為を受ける側の自分という二人の自分を想定した考え方は、むしろ自然だと思いますがいかがでしょうか。

とありましたが、 これは回りくどいことをしている意味ではなく、 エネルギーの無いところからエネルギーを得ているという矛盾則の雰囲気を感じたので書きました。

以上、宜しくお願いします。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>エネルギーの無いところからエネルギーを得ているという矛盾則の雰囲気を感じたので書きました。

了解しました。
まあ、しかし、全てのものを突通す矛だという前提が正しい場合にはじめて矛盾という状況が発生し得るわけですが、その前提自体が誤っているのではないだろうか、という論議ですからねえ。

お礼日時:2013/06/18 13:36

>> 「結婚させてください」というのは「私は色々と頑張るので結婚させてください」という風に見るのは一つの解釈であり他の解釈もできる筈だという訳です。



そうした意味にもなるという同意を得られたものと解釈いたしました。>

>そうした意味にもなるという同意>をした覚えはありませんが
もう回答が出ている様に、発言者が「努力して頑張りますから」とかそのような気持で「~させてください」と言っている場合も無論あるだろうという説明です。つまり「そうした意味になる」訳ではありません。つまりそういう気持で話している場合があるということです。 そういう心持で話す=そうした意味になる ではありません。無論受け手側もそうですが、「そういう気持で話しているのだろう」とかなら有り得るだろうと思いますが・・・まあ拡大解釈する大バカ者はどこにでも居ますから、「そうか努力するんだな!嘘ついたら承知しねーぞ!」という横暴な捉え方をする人も居ると思いますがその様に「~させてくださ」もしくは「~してください」を努力の意味であると捉えるのは時期尚早だと言ってるんです。つまり言い方によって気持ちの表現や受け取り方が違うという事です。なのでそういう意味になるのではない!と断言させて頂きます。そういう意味になるのであれば「結婚させてください」=「自分で努力して結婚します」という解釈にならなければならない筈です。普通考えれば「結婚させて下さい」という背景にある気持に関して「幸せにせる自信があります」という気持で言ってるかもしれません。なのでそこは背景にある気持しだいであるわけで、まあその意味では確かに「~してください」より「~させてください」の方が努力する気持が背景にある場合が「~してください」より多いとは思いますね。その辺の感性は似てますね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>つまり言い方によって気持ちの表現や受け取り方が違うという事です。なのでそういう意味になるのではない!と断言させて頂きます。

同じことだと思うのですが、とりあえずおっしゃりたいことはわかりました。

>まあその意味では確かに「~してください」より「~させてください」の方が努力する気持が背景にある場合が「~してください」より多いとは思いますね。

最も肝要な点で同意いただいたようです。
  

お礼日時:2013/06/18 13:31

#7、#27、#21です。



…平行線ですねぇ。
たぶん権威筋に「この『させて』はいいのだ」って言われても、私は納得しないでしょうね(^^;

> この表現には、健気な努力がすでに裏づけとして存在しているのが普通だ、と言えませんかね。
言えるとは感じないんです。
「あなたの妻にさせてください」はあなたの妻に頼んで何かさせて欲しいという使役文として読むのが第一で、ニュアンスAは全く感じない。
『私を息子さんの妻にさせてください』も、誤用だと感じるんです。

『息子さんの妻にしてください』には、ニュアンス Aのような背景を含んでいてもおかしくないと思います。
『息子さんの妻として認めてください』にも、ニュアンス Aの背景があっておかしいとは思わない。
『息子さんとの結婚を認めてください』でも『息子さんの妻となる事を認めて頂きたい』でも、ニュアンス A のような事を内包していてもおかしいとは思いません。
でも、「私を魔法使いにさせてください」や「私を息子さんの妻にさせてください」は、ニュアンスA以前に「う~ん?」なんです。
むしろ誰かに命じてくれって命令・要求しているように感じる。

以前の回答でも似たような事を書いたと思いますが、「魔法使いにさせてください」という回答をして自分が魔法使いになるならなば、その前の質問は「もし1回だけ魔法が使えるとしたらどうする?」ではなく、「魔女にお前を魔法で何かに変身させるよう命じることができるが、どうする?」など第三者が実際に変質する力を持っている場合だけだと思うんですよね。

「今回の事ではうちの息子が大変な失礼をした。お詫びにこいつにどんな事でもさせるが、どういうのがいい?」って問いへの答えとして「息子さんの妻にさせてください」ならまだ許容範囲。「息子さんの妻にしてください」など「させて」を使わない方が自然だと感じますが、いずれにしてもここにはニュアンスAのような話は全く関係してこないですね。


うーん。

要は、「させて」の前に『名詞+に』が来るのが違和感の元だと思うんですよね。
私はそれは『名詞』に対する使役・命令の文章で、「~にやらせる」と同じ意味に読みますから、小学生の台詞「魔法使いにさせてください」って場合には不適だと感じる。自分に「やらせる」って普通は使わないでしょう。

机は綺麗にさせてください。:第三者の使役を要求
雑用は彼にさせてください。:第三者の使役を要求
あなたがさせてください。 :第三者の使役を要求
あなたにばかりさせてごめんなさい。:使役・謙譲
嫌な事ばかりさせて申し訳ない。:使役・謙譲
是非彼とさせてください。 :許可・謙譲
私と彼とでさせてください。:許可・謙譲
私もさせてください。  :許可・謙譲
私からさせてください。 :許可・謙譲
それをさせてください。 :許可・謙譲
そこでさせてください。 :許可・謙譲
そこからさせてください。:許可・謙譲
そこはさせてくださいよ。:許可・謙譲
彼の「させてください」は当てにならないね。:許可・謙譲
「俺」が「お前」にさせるんだよっ。:命令を嚙んで言い含める場合

この回答への補足

平行線を続けていれば汽車が来るわけでもなさそうなので、来週明けぐらいを目途に締め切る予定です。

補足日時:2013/06/15 18:19
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>たぶん権威筋に「この『させて』はいいのだ」って言われても、私は納得しないでしょうね(^^;

まあ、権威筋といっても所詮はご本人の感覚にすぎないわけで、絶対的なものではないはずですから。
ただ、そこまでおっしゃるほど違和感があるとは意外でした。

>「今回の事ではうちの息子が大変な失礼をした。お詫びにこいつにどんな事でもさせるが、どういうのがいい?」って問いへの答えとして「息子さんの妻にさせてください」ならまだ許容範囲。「息子さんの妻にしてくださ」など「させて」を使わない方が自然だと感じますが、いずれにしてもここにはニいュアンスAのような話は全く関係してこないですね。

おっしゃりたいことはよくわかります。
親が息子をして(その女性を)妻たらしめる、という構造ですね。
「努力」という表現を使ったのがまずかったのかもしれませんが、要するに、自力のニュアンスか他力のニュアンスか、ということなんです。
「息子さんの妻にしてください」は、やはり、一方的に頼る(すがる)他力のニュアンスになると思います。
たとえば、その息子の姉に対して、「弟さんの妻にしてください」とは言わないはずです。
あくまで親の許しが必要なわけですから、一般的なシチュエーションにおいては、「わたしの一存ではなんとも・・・」などと切り返される結果になるでしょう。
つまり、「わたしに一方的に頼る(すがる)他力のニュアンスでお話しになっていると思いますが、わたしに決定権は無いので、そのようなニュアンスでお願いされても、そのニュアンスで期待されていることをわたしの力で実現するのは無理なんですよ」という意図の表明ということです。
しかし、「弟さんの妻にさせてください」の場合は、「わかりました、わたしは賛成ですよ。わたしからも両親に口添えしてあげましょう」などといった返答を自然に引き出すことが可能です。
結婚はあくまで自力でするつもりだが、その環境を整えてほしい、というニュアンスの頼みだからです。
姉としては、自分に決定権はないなどという断りを入れる必要が(文脈的には)ありません。

>私はそれは『名詞』に対する使役・命令の文章で、「~にやらせる」と同じ意味に読みますから、小学生の台詞「魔法使いにさせてください」って場合には不適だと感じる。

次は、本日の香川のハットトリックから連想した例文です。
それとなく医学部の受験要綱パンフレットを机の上に置いた母親に対して、
「お母さん、僕を医者にさせようとしても無理だよ。僕はサッカー選手になるんだ」
と言うのは自然な表現だと思うのです。
「医者になろうと僕に思わせようとしても無理だよ」というニュアンスです。
「お母さん、僕を医者にしようとしても無理だよ」と言うべきである、とおっしゃると思うのですが、その場合は、「何から何までお膳立てして僕を医者に作り上げようとしても無理だよ」というニュアンスになるでしょう。
そうではなく、医者になるという環境を整えようとしても無理だよ、というニュアンスを出したい場合は、「させる」が適切なはずです。
こちらの場合は、母親の作為というか圧力を、それほど強く感じていないことになるでしょう。

>自分に「やらせる」って普通は使わないでしょう。

平叙文ではそうですね。
むろん、「必ず(自分に)行かせます」とは言いません。
ただ、社長に対して「必ず(自分に)行かせてください」とは言います。
言わずもがなですが、「社長が命令してわたしを行かせてください」と、「社長がわたしが行くことに許可を出してください」という二つの意味があります。
前者は他力(命令という強制力)によって行く、というニュアンス。
命令されないと動けない自分の性格をよく知っているような人が言う場合など。
後者は自力で行くことに対して許可を求めるニュアンスになるでしょう。
行く気満々で、後は社長の許可(という環境整備)が必要なだけ、という場合。
通常動詞の場合は、このように同一表現でふたつのニュアンスを表現しますが、サ変動詞の場合は、「する」「させる」を使い分けるのが適切だということになるのではないかという気がします。

お礼日時:2013/06/15 18:18

さらに場合分けすると



小学生「(魔法よ魔法、あなたの一度きりの不思議な力を、わたしの)魔法使い(への転身)に(利用)させてください」や

魔「みなさんの願いを叶えやす。ただし一人一つまででございやす。さあご注文は何に致しゃしょう」
小学生a「わたし超美人になりたい」
小学生b「おれはラファエロ・ナダルみたく超マッチョがいい」
みんな「おれもナダルになる」「おれも」「わたしもナダルにする」「ナダルで」
魔「へいおまち、おたくは?」
小学生c「(んーとね、ぼくの注文は、ちょっとずるいかもだけど、あなたみたいな)魔法使い(への転身、という内容の注文)にさせてください」
みんな(すでにナダル)「えーずるい」
魔法小学生c「へへ」(変身→シャラポワ→錦織→シャラポワ→錦織)
みんな「すごい」「ちょっとちょっと魔さん、おれの注文も魔法使いに(変更)させてください」
魔「だめ」

も解釈として可能です。
がしかし()内を補えば意味が通じるからといって()内抜きの文章が正しいと言えるかは分かりません。

小学生なので漢字力が未熟で実は「魔法使い(を)煮させてください。(そうして魔法使いの出汁をとり、そこからあなたの魔力を得させてください。そして我々を)魔法使い(に)似させてください」という場合も可能です。いやはや
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>「わたしもナダルにする」

これは、「わたしはコーヒーにする」などと同じで、「決定する」という用法になるのでしょう。
この場合の使役も当然可能と思います。同様に、
「わたしも(自分を)ナダルにする」という(使役形を含めた)解釈も、極めて自然だと思うのですが・・・。

>小学生なので漢字力が未熟で実は「魔法使い(を)煮させてください。(そうして魔法使いの出汁をとり、そこからあなたの魔力を得させてください。そして我々を)魔法使い(に)似させてください」という場合も可能です。いやはや

どれも全て可能性としては十分にあり得ると思います。
ただ、後者のほうは若干無理があって、「([魔法使い=あなた]を)我々(に)似させてください」でしょうね。
むろん、この場合は小学生のほうも魔力を持っている前提になりますが。
  

お礼日時:2013/06/15 16:48

>「自分で自分を(~にする)」という意味での、「わたしを~にさせてください」という表現は極めて自然であり、文法的にも誤りではない、と思うわけです。

>

 「わたしを~にさせてください」というのは基本何かの対象もしくは人物に対して言っている表現なので「自分で自分を(~にする)」とはイコールしません。(恐らく)

 例えば誰かの回答でありましたが「入門させてください」=「自分で入門する」にはならないですよね?
「入門させてください」→「入門する事を許可して下さい」ですよね?ならば努力とか自力はあまり関係ないと思いますよ。
単純にその過程を勝手に想像しているのだろうと思いますが過程の場合は千差万別という事になると思います。

 「結婚させてください」というのは「私は色々と頑張るので結婚させてください」という風に見るのは一つの解釈であり他の解釈もできる筈だという訳です。「結婚させてください」と親に言って「分かった」となれば結婚許可を強く求める願望をへりくだって言っているようにしか聞こえません。「緊急患者なんです!そこを通してください」という発言で「私は努力して緊急患者の手助けをしますから通してください」という解釈も無論できなくはなさそうですが個人的になんとなく不自然に感じます。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

> 「結婚させてください」というのは「私は色々と頑張るので結婚させてください」という風に見るのは一つの解釈であり他の解釈もできる筈だという訳です。

そうした意味にもなるという同意を得られたものと解釈いたしました。

お礼日時:2013/06/15 16:29

#7,#17です。



> 10分おきにトイレに行かされちゃって、もう最悪」てなことは言いそう
つまりそれは「食あたり」によってトイレに「行かされる」のであって、「くじ引きで委員長にされる」ってのと同じく自発的ではない事を示した普通の『受け身の文章』ですよね。そこで「目に見えない衝動に誘導される」なんて解釈は必要ないでしょう?
同様に「悪魔の所業で魔法使いにされる」などという単なる『受け身の文章』であれば、別に疑念をさしはさむ余地は無いのです。

> クイズ、あるいは頓知に近い雰囲気が強かったのではないか、という気がします。
きっと「ドラえもんの道具一つだけ使えるとしたらどれがいい?」という設問と同じようなものだったのでしょうね。

> 魔法を何か他の対象に向けて使うのではなく、「自分自身に対して魔法を使う」という
> ニュアンスが必須だからです。「魔法使いになる」では、このニュアンスは出ないでしょう。

> 「自分自身を魔法使いにする自分」と「魔法使いにされる自分」、二人の自分を想定するには、こうした意味があります。
すみません、主張されているニュアンスが理解できません。「わたしをお金持ちにさせてください」でも、自分も努力するから…というニュアンスを全く感じられませんし、単なる他力本願と同じに感じますね。
『一度限り使える限定魔法』で自分を『(何度でも魔法が使える)魔法使い』にする。そこでわざわざ『二人の自分』を想定する必要性は全く感じませんし、そこで第二の自分を想定することは、リストカットを「(自分に)切られた」と主張する多重人格者の言動のごとき『どこか普通ではない』違和感を感じます。
「自分を魔法使いにする」ことを<他者に願う>ならば、「魔法使いにして下さい(しろ)」です。「あなた、僕を魔法使いにしてください」ってのは言えますし、「遊んでないでさっさと僕を魔法使いにして!」なんて命令形も言わないではない。でも、「あなた、僕を魔法使いにさせて」ってのは、「一体誰に命じて君を魔法使いにさせればいいんだい?」って反応を返したいですね。

> 「自分で自分を(~にする)」という意味での、「わたしを~にさせてください」という
> 表現は極めて自然であり、文法的にも誤りではない、と思うわけです。
仮に「自分を~する」って事を自分のドッペルゲンガーにお願いするという状況を認めるとしても、その文句は「魔法を使えるようにして欲しい」あるいは「魔法を使えるように(ような自分に)なりたい」と願う形、すなわち「魔法使いになりたい」といった表現であり、「魔法使いにさせてください」は適していないと感じます。「自分で自分を~にする」という意味で「自分で自分を~にさせる」とは言わないですよ、ということ。
話は平行線ですね(^^;

~~~

私は素人ですから文法的な事に踏み込むのは苦手ですけど、ちょっと考えてみましょう。

1)させて:命令・使役表現 …「彼にさせておけばいい」「あなたをスキにさせてみて」
2)させて:許可を求める尊敬・謙譲表現 …「僕にさせてください」「辞めさせて欲しい」「定休日とさせて頂きます」
2種類どちらでも使いますよね。
「させ」は使役・尊敬を表す助動詞「さす」の未然形ですから、使役・命令の意味で使えば1に、尊敬・謙譲の意味で使えば2になるのでしょう。
「まいど。魔法使いをさせて貰ってますガンダルフと言います」なども普通に使うへりくだった言い方ですが、これは2の特殊な例でしょう。この「を」と取っ払った名詞の複合動詞化は近年の若者言葉に多くて、「僕が魔法使いする」の活用形として「僕に魔法使いさせて」なんてのも有るでしょうね。

さて、「魔法使いにさせてください」も1だか2だか曖昧です。そこにドッペルゲンガーを登場させると、自分に命令したり自分を尊敬したり、1だか2だかもう、わけがわからなくなりますね(^^;

例えば、『僕にさせてください』は「僕に-させて-ください」です。つまり、自分を使役することを相手に依頼する形をとりながら、転じて相手の許可を求めている文章。「魔法使いにさせてください」を同じように区切ると「魔法使いに-させて-ください」となります。この文型は主語が一人称であれば許可を求める文章にもなりえますが、主語が第三者であれば単に使役を求める文章と読みます。そして「魔法使い」は身分を示す言葉で、今の『自分』ではない「第三者」的な存在ですから、「魔法使いにさせて」を使役文と見るのは自然な流れだと思います。

従って、「魔法使いにさせて」を「魔法使いに-さす」の未然形と見做すよりも、「魔法使いに-させ+て」という未然・使役の活用形と見る方が自然でしょう。私が小学生の台詞「魔法使いにさせて」に違和感を感じるのは、以上の流れに沿って「魔法使いに(何かを)させる」といった使役文として読んでしまうからだと思います。最短で行きつく道があるのにわざわざ遠回りの道を切り開いて進むことはないです。

~~~~
言われそうな例を思いつきました。
『私をあなたのお嫁さんにさせてください』
これが「頑張るからあなたのお嫁さんにして」って言ってるイメージだというようなことを言いたいのでしょう?
「あなたに相応しい女になるから、私をあなたの籍に入れて」って言っているニュアンスを含んでいるのだと。
再婚を目指す相手の連れ子に『おじさんを君たちのパパにさせてください』なんて言うのもそうでしょう?

しかし、これら「させて」は先の回答通り、誤用のはずです。現代日本で7割の賛同を得るなんてところまではとてもいかないのでは? やはり『私をあなたのお嫁さんにしてください』は、「間違っていない言い方」として9割の賛同を得られる言い方だと思います。耳慣れないですが、『私にあなたのお嫁さんをさせてください』ってのも現代の言葉として認められるかも知れませんね。


~~~~
「させて」と言えば、過去の文化庁の世論調査で「休まさせていただきます」「帰らさせてください」などの誤用を気にならないと回答した人が半数を超えたとかありましたね。言葉は生き物とはいえ、違和感を感じる我々はそろそろ旧人類なんでしょうねぇ…。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>『私をあなたのお嫁さんにさせてください』
これが「頑張るからあなたのお嫁さんにして」って言ってるイメージだというようなことを言いたいのでしょう?

そのとおりです。
ぴったりの例文じゃありませんか。
そして、これは誤用じゃないはずですよ。
まどろっこしいかもしれませんが、確認の意味も含めて若干まとめさせてください。
わたしも素人ですが倣って、まず、文法的なことに触れてみましょう。
といってもそんなに大それたことではないのですが、懸案の文は、「魔法使いに○○をさせてください」と「わたしを魔法使いにさせてください」のふたつの意味があります。
「する」は do の意味で使われる場合が多いので前者の用法のほうが一般的なのはわかります。
どちらの場合も『「する」の未然形「さ」』+ 『使役の助動詞「せる」の連用形「せ」』+『接続助詞の「て」』という構造なのでしょう。
そして「する」の意味について、「行為をする」なのか「(人などを)~に変える」なのか、ということが検討課題になっているのだと思います。
「いつものわたしにさせてください」という表現も可能と考えるわたしとしては、人称とは無関係と考えます。
いずれにせよ、論点は、
『「する」における「(人などを)~に変える」という用法に限れば、変える対象が一人称の場合、これ(用法)は適用できない』と言えるかどうか、ということになると思います。
平行線の感なきにしもあらずですが、挙げていただいた例文を次のように変えてみると同意していただけるのではないか、という気もします。
『私を息子さんの妻にさせてください』
つまり、お母さんに対しての発言とお考えになってみてください。
結婚を夢見つつ、一生懸命、その男性に尽くしているわけですが、母親が承知しない、というシチュエーションです。
この表現には、健気な努力がすでに裏づけとして存在しているのが普通だ、と言えませんかね。
「妻になろうと、料理教室にも通い、無駄遣いをせずに結婚資金も貯め、息子さんと良好な関係を保持することに全力で努力しています。あとはお母さんの許可だけなんです~!」といったニュアンス。(←これをニュアンス A とします)
仮に、現時点でその努力が始められていなくとも、努力をする意志が確実に存在していることが暗黙的に想定されている表現ではないだろうか、ということです。
ですから、現実的に、この健気な努力(または、その意志)が裏づけとして無い場合には、「させてください、と言うけど、あなた毎日遊びほうけてばかりで全然努力してないんじゃないの。他人を使って何かを[させてくれ]と頼む以上、自分でもやることをやっていないと説得力ないわよ」といった反論が想定可能です。

『私を息子さんの妻にしてください』では、このニュアンス A は出せないはずです。単に結婚させてくれ、と言っているだけですよね。
あなたがうなずけば、結婚できるんです、という感じ。
ニュアンス A を含んだ発言をしたい場合は「させてください」にならざるを得ないでしょう。
辞書で認められている言葉の使役形で、このニュアンスが出せるのであれば使わない手はないと思うのですが、このニュアンス A の感覚自体が理解できない、ということなのでしょうか・・・。
感覚の相違ということになってしまうと、素人のわたしとしてはそれ以上先に進むことはできなくなりますが、無意識に使っている方も含めて、この表現は案外多用されているはずなんですけどね。
頻度が低いだろうことは想定できますが、しかし、たとえば「お金は落ちている」という文が不自然だと決め付けるわけにはいかない、といったことと若干似た要素が、この問題にはあるのかもしれません。
  

お礼日時:2013/06/12 16:47

NO.13 です。


おっしゃる論旨とずれているかもしれませんが、私がこの使用方向で納得できるとしたらこうでしょう。
首記の状況として、既に「魔法使い」は(対象としてではないけれど)出ていますので、これを言い出すのはちょっとルール違反かもという雰囲気があったのかもしれません。つまり、容易にそれが選択できる(誰が言ってもおかしくしくはない)という状況だったといえます。そこで賢い子供の一人が「じゃ、私は(みんなをさしおいて、なんだけど”魔法使い”ということにさせてもらうわ、ごめんあさいね」というニュアンスだったのではないか、ということでしょうか。努力というほどのことではありませんが、みんなを出し抜く、ある意味ずるいけど、ごめんね、というちょっと特別な状況、これは”るーる違反”でしょうか。
まあ、ひとつの参考意見として提示します。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>「じゃ、私は(みんなをさしおいて、なんだけど”魔法使い”ということにさせてもらうわ、ごめんなさいね」

なるほど。新しい視点ですね。
たしかに、そういうニュアンスにもなり得ます。
これは、「自分をして自分自身を魔法使いたらしめる」ということですよね。
誰かに魔法使いにしてもらうということではなく、あくまで自力で魔法使いになるという意図があってこそ使える表現なのでしょう。
自力でなるとは言ってもそう簡単になれるわけではないから、「そのような(自分自身を魔法使いたらしめることができるような)環境を整えてください」と願い事をする。
根本の構図は一緒でしょうから、論旨がずれていることにはならないようです。

両手を怪我している人が「お昼ごはんを食べさせてください」と言えば、スプーンで食物を口に運んでください、という意味でしょう。
自力で食べるという意図はほとんど無いわけです。
一方、急ぎの仕事を何時間も続けている社長に向かって、従業員が「お昼ごはんを食べさせてください」と言えば、「【わたしたちが】昼ごはんを食べることができる環境を整えてください。」つまり、休憩にしてください、という意味になるはずです。
動詞の場合でも、使役は、このように(意味的な)使い分けをしているはずなのですが、どうも一方の意味ばかりに目が行ってしまう傾向が強いようです。

お礼日時:2013/06/12 14:02

>>それは話して聞き手によりますから、身障者の発言が分からなくても当人は何を言


おうとしているのか分かっているのと同じで話して受けての聞きとり方によっての違
いだと思います。

話し手受け手のあいだでルールが確立していないと正しいコミニュケーションはとれ
なくなります。
健常者であっても、自分の話している意図を常に理解しているわけではないと思いま
すが、それは無意識的だからなのだと思います。
そこを掘り下げてみることで、同じ意図を共有していたことに気づくことができれば
、コミニュケーションは復活できるでしょう。>

 まったくその通りだと思いますが私が言わんとしてたのは、どのような解釈が行われたのかというのは個人によって違いはある訳だから、単純にその感性と言いますか何と言いますか・・・そのような認識の違いの問題ではないのか?という回答であって・・・


>なぜ強く望んでいるニュアンスになるのか、といえば、自分の力で自分を魔法使いに
したい(=させたい)という意図になるからではないか、と思います。>

 いやいやいや、その認識がどうなのか?という回答な訳で・・・なんで『自分の力で自分を魔法使いにしたい(=させたい)という意図』に必ずなってしまうのか?というのが個人的な疑問な訳です。例えば「魔法使いにさせてください」と魔法を使える何者かに言ったとしましょう。そうしてその魔法使える者が「分かりました#$%&(呪文)エイ!さあこれであなたは魔法を使える様になりました」というコミュニケーションになんの違和感もありませんよね?そうするとなんで『自分の力で自分を魔法使いにしたい(=させたい)という意図』が含まれなければならないのか?
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

> いやいやいや、その認識がどうなのか?という回答な訳で・・・なんで『自分の力で自分を魔法使いにしたい(=させたい)という意図』に必ずなってしまうのか?

ごもっともです。
わたしの表現力の不足だったと思います。
下記は他の方への返信をコピペしたものですが、ご一読いただければ幸いです。
コピペといっても、たった今できたてのホヤホヤですので、ご容赦ください。

記事の文面では「一度だけ魔法が使えるとしたら何をしたいか」という設問です。
わたしの推測ですが、これは単なる願望のアンケートというよりは、「一度だけ魔法が使えるとしたら何をすれば、もっとも最高の魔法を使うことが可能になるか」というクイズ、あるいは頓知に近い雰囲気が強かったのではないか、という気がします。
「お金を印刷する機械を手に入れる」「透明人間になる」などなどが出る中での、この答えだったのでしょう。
この流れでいくと、この子の意図は「自分を魔法使いにする」にならざるを得ません。
魔法を何か他の対象に向けて使うのではなく、「自分自身に対して魔法を使う」というニュアンスが必須だからです。
「魔法使いになる」では、このニュアンスは出ないでしょう。
これを若干脚色して記事にすると、「魔法使いにさせて下さいといって魔法使いになる」となるのだと思います。
「自分自身を魔法使いにする自分」と「魔法使いにされる自分」、二人の自分を想定するには、こうした意味があります。
今回は、実際に彼がどう言ったのか、新聞は言ったとおりに記事にしたのか、といった状況についてはあまり重点を置いていません。
小学生であれば、このような意図で会話が展開される可能性が高いと思っただけです。
実際に、その記事の子が、このような意図で言っていなくても構いませんが、「自分で自分を(~にする)」という意味での、「わたしを~にさせてください」という表現は極めて自然であり、文法的にも誤りではない、と思うわけです。
  

お礼日時:2013/06/11 22:43

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