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フルサイズ=ライカ版ですが、もしライカ版のカメラが開発された
昔のフィルムの性能が、現在の1/1.7サイズコンデジ程度のサイズ
でも現在の35mmフジカラー100同等の画質が得られたとしても、
やはり35mmカメラが発展したのでしょうか?

私は、その場合きっとライカは小さなフィルムを使ったペンタックス
Q7ぐらいのサイズのカメラになっていたのではないかと想像します。

結局フルサイズと言っても、たまたまライカが映画のフィルムを
流用して作ったというだけで35mmに光学的意味があるわけでは
ないのですよね。

どうしてフルサイズな人はそんなにこだわるのでしょうか?

A 回答 (8件)

 微妙ですね。


 まぁ、前提にかなり無理がありますが、最初から、今と同じくらいのセンサー性能だったと仮定しましょう。
 その頃から、カメラを始めた人にとっては何の障害もありません。

 問題は、過渡期のシステム移行です。
 一眼レフタイプのカメラは、カメラ本体より、それ以外の物の方がお金がかかります。特に、レンズです。
 また、カメラ本体は陳腐化しても、レンズは一生物とまで言う人もいますし、ある意味、事実です。デジタルの時代になって、カメラ本体の陳腐化の早さは、フィルム時代よりも圧倒的に早くなり、その傾向に拍車をかけています。(最近では、カメラ本体なんて消耗品だという声まで。いや。いくら何でも、少々言い過ぎだと思いますけど。)

 さて、フィルム時代から、一眼レフを楽しみ、それなりにレンズもそろえた中上級者にとっては、どうか?と考えてみましょう。
 センサーサイズが、フィルムの時と同じであれば、今までのレンズがそのまま使えます。
 これが、たとえ、「今までのレンズが装着できます」と唄ったとしても、センサーサイズが変わると画角が変わります。この為、今までそろえてきたレンズセットの傾向が変わってしまいます。センサーサイズが小さくなれば、望遠側にシフトすることになります。これは、けっこうな痛手です。
 また、メーカーが今までのマウントを捨てて、デジタルに特化したマウントを新開発したとすれば、移行しようとする人にとっては、かなり高いハードルになります。
 
 デジタル一眼レフなんてのが出はじめた当時は、カメラ本体も結構高かったです。その上、それより更に高いレンズをもう一度買いそろえないといけないとなったら?・・・そりゃ、とてもじゃないけど、普通の人には移行できないでしょう。
 また、価格帯からしても、その当時のマーケティングの最大のターゲットは、中上級者でしょう。

 と考えると、センサーサイズは、35mmで作るべきとなります。また、副次的な効果として、光学系の大半は、フィルム時代の設計をある程度流用できるというメリットもあります。
 最低限、今までのレンズはそのまま使うことが出来、且つ、画角の変動も出来るだけ小さいことが必要です。
 おそらく、センサーの価格と、画角の変動幅の折り合いが、ASP-Cというサイズであったのだと思われます。

 さて、工業製品の規格というのは、ある意味、早い者勝ちです。後発陣が、先発の規格を乗っ取ってスタンダードになろうとしたら、先発陣より、よっぽど原理的な部分で優位を保つ必要があります。
 または、独占的な優位性を利用して、今までの物を全部捨ててしまうかです。昔、canonが、マウントを変更した時がそうですね。ただし、随分と、袋だたきに遭ったものです。今でも、ニコン主義者に言わせると、「マウントを勝手に変更してレンズを捨てさせるようなユーザー不在のメーカーは信じられない」と、言われ続けるくらいですから。

 と考えると、もし、デジタル一眼レフの登場期に、今と同じ画質で、1/1.7サイズセンサーを作ることが出来たとしても。また、その画質が、同じ技術で35mmサイズのセンサーと同じであったとしても、多分、デジタル一眼レフのスタートは、35mmかその近傍となり、主流は、35mmサイズとなったことでしょう。

 ミラーレス一眼を見てみれば、逆の意味で良く解ります。
 このシステムの最大の売りは、小さく出来ることです。いくら本体だけが小さくなっても、レンズが今までと同じ大きさでは、この魅力は半減します。
 この為には、センサーサイズは、小さくする必要があります。当然のように、マウントの仕様も変更する必要があります。
 かくして出来た規格が、フォーサーズやマイクロフォーサーズです。
 この結果として、本体とレンズ、全て新しく買い直してもらわなくてはなりません。
 さて、マーケティングのターゲットはどこにおいて販売したか?。当然、今から、レンズ交換式のカメラを使ってみようという初級者ですね。(つまり、レンズ資産なんて持っていない人です。)
 本体のデザインも、操作性も、それを象徴した物になっていますね。
 最近になって、やっと、上級機を侵食しようという気配が出てきました。でも、まだまだ、食い散らかすまでには至っていません。
 レンズ資産の呪縛というのは、結構大きな物だということが、ここにも現れています。

 定着してしまった規格を変更するのが、どれだけ大変かを象徴している話でもあります。
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この回答へのお礼

その通りだと思います。

要するにAPS-Cかフルサイズかって話は、表面上は画質の話ですが
実際にはフィルムカメラ用レンズの話なのです。
そのレンズがセンサーに対して能力不足の昔の設計であっても
そのまま使えるって意味がありますから。

ありがとうございました。

お礼日時:2014/02/14 02:26

世界が狭いね。



デジタルの世界でも、大きなものは、4×5インチだってあるんです。プロの世界では、中判フォーマット40mm×54mmとフィルム時代の645と呼ばれるフォーマットが当たり前です。APS-C、35mmフルサイズといってもフォーマットとしては小さいほうでしょう。

なぜ、フォーマットを大きくしたいのか?
それは、画質への要求です。写真を大伸ばしする広告業界では、1/1.7のセンサーで撮影された写真は使えないんです。

次に、フォーマットが大きくなると、表現の幅が広がります。
小さなフォーマットでは撮影不可能(物理的に)な画像が大きなフォーマットだと撮れるようになります。

表現するために、必要と思うから、大きなフォーマットのカメラを手にします。

自分が、1/1.7で良いと思っているんなら、それで良いじゃないですか。そこで撮れる世界だけしか永久に知ることが出来ないけどね・・・・

ライカも35mm出したときは、結構こんな小さいフォーマットでどんな写真が撮れるんだというような批判を受けたようですよ。でも、高解像度のレンズがそれをひっくり返しました。それで35mmが世界を制覇したわけですが、さらに良い画質を要求する人は、そんな中でもいました。だから、中判カメラや、果ては、8×11インチなる大判カメラもいまだに存在しているわけです。その能力を欲っして、それを買う財力があるならば、べつに何を買っても買う人の勝手でしょ。あなたが、表現の広さを知らないだけです。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

プロ機と言われたものが300万画素だった時代もあります。
本当に今の1/1.7センサーが、20年前の35mmフィルムより
性能が高いということが分からないのですか?

フィルムカメラは化学物質の反応によって記録をとどめる
方法なので、高解像度にすぐ限界が来たのです。

そして、解像度を上げようと微粒子にすると感度が下がる
という特性から抜け出せませんでした。

ところがデジタルセンサーは、日進月歩です。
APS-CでもISO12800などという高感度を実用領域にしています。
フィルムカメラで必要だったことなどとうに超えているのです。

>写真を大伸ばしする広告業界では、1/1.7のセンサーで
撮影された写真は使えないんです。

あなた本当に業界の人ですか????
本当ならば会社名をお教えください。

お礼日時:2014/02/15 06:12

>フルサイズ=ライカ版ですが、もしライカ版のカメラが開発された昔のフィルムの性能が、現在の1/1.7サイズコンデジ程度のサイズでも現在の35mmフジカラー100同等の画質が得られたとしても、やはり35mmカメラが発展したのでしょうか?



もしもの話は無駄になる可能性があるので微妙ですがそのサイズのフィルムがライカがカメラを制作した時点で存在するかどうかが意味があると思いますよ
もしあなたのいう通りのフィルムがあればカメラの発展状況は現在と違ったかもしれません

>どうしてフルサイズな人はそんなにこだわるのでしょうか?

単純になれですよ
背景をぼけさせることが良い悪いはおいといて
そういう撮影をしてきた人にとっては同じことがやりたいのです

後一つだけ意味があるとすれば同じ技術でセンサーを制作した場合大きなサイズのセンサーの方が画質があがります
それなら6×7とかの方が良いのではいわれそうですが先に言った なれ を考えると使いやすいのですかね

最初の一台が何を使用したのかによってその辺のこだわりも違うと思いますよ

私は撮影を仕事にしていますが厳しい撮影条件で差が出る場合が多いのでフルサイズ使用する場合が多いですよ
Qも持っているのでプライベートでは使いますけど
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

「なれ」と言われるととても納得できます。
でも、これから始める人まで35mmが正しいという考えは
どうかなと思っているわけです。

お書きのように画質ならもっと上もあるわけですから、
必要十分画質というものがあるはずです。
それは、アマチュアカメラのスタンダードであった
フィルムカメラの画質ではないでしょうか?

つまりエクタクロームやベルビア同等の解像度と
色再現が出来ればセンサーとしては十分なはずです。
そして、現在の1/1.7センサーはそのレベルに
達しているのです。

分かりやすいお答えありがとうございました。

お礼日時:2014/02/15 06:19

フルサイズかフルサイズでないかの表現は、デジカメになってからの物でしょうね。


実際はAPSフィルムが登場したときは35mmが標準の扱いで、
特にフルサイズと言わなかったですから。
ブローニーサイズもありましたし。
写真用の規格で各種サイズがありましたけど・・・

元々35mmの映画用フィルムが長尺で安かったため、一般に浸透しましたから、
デジタルカメラに移っても35mmサイズを要望していました。
センサーの能力が無く35mmサイズにするまでに結構な時間を要しましたね。

35mmサイズとそれより小さいサイズの違いは、
画角の違いが一番大きいでしょうね。
焦点距離により何処の範囲まで写るのか、感覚的に覚えている物が、
フィルムやセンサーが小さいとトリミングされた画像と同じようになってしまいますから。

まあ、ズームレンズでファインダーをのぞき込んでから、
画角を変更するような撮影をされている人には一生判らないでしょうけど。
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この回答へのお礼

意味不明ですが、使い慣れているからそれが良い
という意味なら分かります。
新しいものを拒むのは結構ですが、あなたの体も
日々老化してゆくのに、なぜそれにこだわるのですか?

ありがとうございました。

お礼日時:2014/02/14 19:15

35mmでも36mmでも良いという意味では、35という数字に意味はあまりないと思いますが、1/1.7サイズコンデジ程度のサイズと比較した場合、光学的な意味は大きいと思いますよ。


そもそもフィルムの性能って何を指しているのかと思いますが、本来のフィルムの性能は粒子が細かい(解像度が高い)とか色再現性が良いとか感度が高いとかそういう点であり、そういう観点で小さいセンサーと比較するのは分かります。
しかし、光学的となると被写界深度は小さいセンサー、小さいフィルムは分が悪いですね。
ま、これはレンズとも関わるのでセンサーだけの問題じゃなくなりますが。でも現実的に小さいセンサーでフルサイズのボケを出そうとするととんでもないレンズをつけなくちゃなりませんから、ペンタックスQ7ぐらいのカメラになってはいなかったというのがお答えです。
フルサイズにこだわる人の理由は様々でしょうけど、少なくとも被写界深度の浅い、ボケの効いた写真は1・1.7サイズでは難しく、これこそ光学的な差に他ならないと思います。
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この回答へのお礼

すみませんが、ライカを作った技術者は
ぼけ写真なんか評価していないのは明らかです。
基本的にぼけ写真をありがたがるのは日本人の
お家芸というだけです。

その当時もっとも正しい写真はパンフォーカスです。
きっちりしたことが大好きなドイツ人ですから、
小さいフィルムのパンフォーカスは大喜びですよ。

ですから、もしミラクルな高画質フィルムがあったとしたら
ライカはその道をたどっただろうと言えるのです。

ありがとうございました。

お礼日時:2014/02/14 19:08

我々、コンシューマユーザー(末端の消費者)は、市場に供給されている製品から、諸般の事情を勘案し、自分に取ってベストなモノを選ぶしか手段がない。


だから、もしもの話なんて、無意味だとは思いませんか?

私は、35mm判DSLRユーザー。特段、理由がある訳じゃないが、銀塩時代から馴染んだフォーマットだから、一番しっくりくる。それだけの事。レンズも、全て、デジタル対応に入れ替えです。
だからと言って、他人には他人の事情があるから、自分の考え方が他人に通用するとは思っていません。

つまり、貴方が、μ4/3がベストなシステムと考えるなら、それが貴方に取ってのベストな選択。
其れで良いだけの話だと思いますが・・・
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この回答へのお礼

最近マイクロフォーサーズよりNIKON1やPENTAX-Qのほうが
カメラとして正しいのではないかと思いつつあります。
すくなくともフルサイズを評価する気は全くありません
工学的・光学的に正しくない方向だからです。
ありがとうございました。

世の中のプロダクツは目的の性能をいかにコンパクトに
実現するかが技術者の腕なのです。

ありがとうございました。

お礼日時:2014/02/14 19:12

その前提自体は、勘違い。



フィルムだけの問題じゃなくて、レンズ設計の問題でもありますから。

より小さいフィルムに、高画質に投影するためには
それだけ、レンズの精度が高くなる必要があり
またより優れたレンズ設計が必要になります。

でも、銀塩全盛期でもレンズ設計は、コンピューターが非力かつ高価だったために
人力による設計が行われていました。
非球面レンズなんかが注目されたのが、1980年代後半だったと記憶しています。
今や、そんなものめずらしくもなく、アスフェリカルがmozcの辞書に無いくらいだよ(;_;)

そして、中判や大判のカメラが発展できたのは
より大きなフィルムに投影するために、より良い画質のレンズを作ることができたからです。


今でこそコンピューターの演算性能は、高性能かつ安価となり
飛躍的にレンズ設計の労力が下がり、革新的な設計が行われるようになりました。

AFが前提になることで、バリフォーカルが一般化したりもしましたし
レンズ設計には、大きな変革が続いてきたわけです。

それがあればこそ、APSによる小型化があったわけですし
また、高価高級モデルに、小さい撮像素子が使えるようにもなったのです。


ただ、135(35mm)が流行していた時代に
観光地やスタジオで大判(4x5インチ,8x10インチ)のカメラが使われていたわけで
その圧倒的な巨大さを思えば、今もフルサイズのカメラがあることは、不合理ではありません。

大型カメラは、スピードグラフィックスのような例はあるとしても、可搬性は低く
中判カメラよりもさらに小さな市場しかありませんでした。

中判カメラも、その大きさ重さから、使用者は少なく
また量産効果の低さもあって、高価でした。
それでも、ローライフレックスを持ち歩くような物好きはいましたけどね。


では、今のフルサイズ一眼レフカメラはどうか?といえば
長らく使われてきた、その大きさ重さの規模そのままなんです。

だから、持ち歩くことが困難ということが無く
画質を追求しつつ、機動性を求めた時の答えは
未だ、この大きさにあると言っていいでしょう。


まぁ、1980年代に中判カメラを持ち歩いた人のように
奇異な目で見られるだろうし、家族に理解してもらえない人も少なく無いと思います。


中判二眼レフは安価な海鴎くらいしか使ったことがありませんが
一度、体験してみておいてもいいと思います。
中判のフィルム供給からDPEサービスまでが、今どうなっているか把握していませんけど。
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この回答へのお礼

大きなフィルムに対する設計の方が難しいと思います

ありがとうございました。

お礼日時:2014/02/14 02:22

35ミリという数字自体に意味があるわけではありません。

銀塩カメラとフィルムにはもっと大きなサイズはあります。銀塩カメラが35ミリが事実上のスタンダードだったので、デジカメがそれを目標にしてフルサイズと呼んだだけの話でしょう。現在はフルサイズ(35ミリサイズ)の撮像素子が安価に作れるようになりましたが、少し前までは、少なくとも商用カメラでは不可能だったのです。半導体技術が進んで、それが出来るようになったのです。やっと目標に到達したのです。技術的にはこの先もっと大きな撮像素子は作れるでしょうが、銀塩と比較した解像度の点ではオーバースペックで意味がなくなるでしょうね。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2014/02/14 02:27

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