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日本は大半の人が死刑賛成です。そして、大きな理由の一つに 被害者感情の救済があると思います。
ところで、日本では年間 約1000件の殺人事件が起きていますが、そのうち、加害者が死刑になるのは全体の1~2%にすぎません。だから、残りの98~99%は 死刑制度があることで 却って死刑にならない時に悔しさを感じるのではないかと思います。それに、加害者が死刑になる1~2%のケースでも、加害者が死刑になることによって ずっしり重い空虚感に苛まれるのではなかとも思います。
そこで質問です。死刑はどれほど被害者感情の救済に役立っていると思いますか?

A 回答 (6件)

死刑は被害者感情救済のために存在はしていません。

ある種の凶悪犯罪に対する極刑を死刑と定めているだけです。

日本人には仇討ちや切腹の歴史的な概念があって

人をあやめたのだから死んでお詫びするべき

と被害者の生命と加害者の生命を等価に考えて判断し死刑を望みますが
そうではなく
ある一定の基準に犯罪が達した場合に死刑相当な刑罰を用意しているにすぎません

被害者感情の考慮はしますけど
だからといって
その基準に満たないものを極刑に
することはありません

駐車違反の罰金が八千円と定められていたとして駐車されて迷惑をした被害者がいくら怒ったところで八千円は変わらないのです

従って、死刑相当の犯罪をおかしてなければ死刑は求刑されませんから
被害者の生命=加害者の生命と等価ではなく、生命を持って償えも正しくありません

罪刑法定主義といい、罪に対してあらかじめ刑が法で定められているので裁判官はその犯罪を検討して適切な刑にあてはめるべく判決をくだすわけです
被害者感情はあくまでも参考でしかありません

前述のように日本人には仇討ちや
切腹の概念から
命を持って償えとしますが
死刑執行は国が
します
国はその判決に絶対にあやまりがないと保証できるのでしょうか?

もしも無実の人を誤って死刑執行してしまったあとで
真犯人が名乗りをあげてきたら
どうでしょうか?
日本には実例がないので身にしみてないのですが
イギリスには現実にあり
アメリカでも、執行前に判明する事件がありました
日本でも少なくとも六件の冤罪事件があります

国は無実の人を絶対に殺さないと
約束することが
できないのなら
国は死刑制度を
維持すべきではない

これが死刑廃止国の主張です

刑法が被害者感情でできているなら声高にさわいで裁判官に訴えた方が勝ちの変な世の中になりますよ
裁判官は法律により適切な刑を与えるだけでその極刑に死刑があるのが現在の日本ということです
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>と被害者の生命と加害者の生命を等価に考えて判断し死刑を望みますが
池田小事件では 宅間が死刑になることで、宅間のように棺桶に片足を突っ込んだ外道の命と、将来のある8人の児童の命が等価だと認めるようなものでしたからね。遺族たちも 却って悔しい思いをしたでしょうね。

お礼日時:2014/05/14 13:41

まず被害者遺族の感情理解から。



殺人事件であった場合、遺族が何をしたとしても被害者は生き返らない。そんなことは理屈で分かっていながらも、感情では絶対認めたくないと思っている。自分に何かできることはないかって考えてみても何もできることがない。そんな答えの出ない問題にもがき苦しんでいるのだと思います。

被害者遺族はよく、「被害者のために戦う」と口では言っていますが、結局は被害者遺族自身のための死刑です。前の回答にもあるように被害者の感情はもうないのですからね。
遺族が抱えるぶつけるあてのない感情を、加害者を死刑にする努力でもって誤魔化しているにすぎません。

誤魔化すことで気がまぎれて、遺族が救われるという意味では被害者遺族感情の救済に役立っているともいえますが、それで終わりでしょう。死刑にしたって被害者が生き返るわけでもないので当然悲しみは残りますよね。

つまり、根本的な救済としては無意味でしょうが、感情の矛先を加害者の罪を重くする努力へと向けることができる意味でガス抜き程度の意味はあると思います。
ただ質問文にもあるように、死刑にならない場合もかなり多いので、死刑の執行それ自体に救われる言うよりは、「遺族の努力で死刑にできるかもしれないという可能性」に救われるといった方が正しいかもしれませんね。

以上、あくまで被害者遺族の立場「のみ」から推測した意見でした。
(念のため、私は別に殺人事件の被害者遺族でもなんでもないただの一般人ですので)

この回答への補足

>「遺族の努力で死刑にできるかもしれないという可能性」
でも、死刑にならない場合の方が圧倒的に多いわけですから、死刑にならない時の失望感は大きいと思います。最初から 死刑のない方が 諦めがつくでしょうね。

補足日時:2014/05/14 13:50
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

殺人事件ではありませんが、大野病院事件でも 父親が恨みを晴らしたいだけで、
手術に当たった医師を憎んだところで、亡くなった娘さんが浮かばれれないと思いました。
遺族感情の醜さを感じましたね。

お礼日時:2014/05/14 13:47

最近「誰でも良かった」事件が増えてきていると感じています。


人が人を裁くことによる死刑には、基本反対ですし、それには繰り返される冤罪事件も関係しています。冤罪で処刑されてしまった命は取り返せませんし、死刑囚とされた人の家族・親族も大変な迷惑を蒙ります。そうした場合の補償は、本人以外には成されません。
死刑の規程が防犯効果を持つならあっても良いという考えでしたが、最近の犯罪傾向からは逆効果、死刑願望殺人も多発化しているかと感じてしまい、死刑容認のままで良いのか?と思う様になりました。
この相談サイトでも、去年よりは今年の方が、鬱的悩み相談が増えていると思います。鬱の原因は多様なですが、共通する相談内容は「死にたい願望」とか「孤立感と不安」に関するもの、自死の意志が弱いが為に大量殺人で死刑を求めようとする傾向は、今後とも強まりそうです。
雇用の不安定が世代・階層を越えた社会不安を巻き起こしています。小学校入学以前から英才教育や成績競争が始まり、多くの子供達が過当競争に曝されています。学業、就職、昇進の全過程で激しい競争の果ての置き去り・切り捨ての不安に曝されることになりました。
社会不安こそが犯罪の温床かと思います。5段階評価や偏差値教育が、情緒不安定の若者を増やす結果になって居ると思います。
貧乏から抜け出せなくとも、それなりの暮らしが明日も続けられるという安心感こそ、犯罪予防の根幹でなければならないと思います。
犯人を処刑したからと云って、被害者家族が満足できるのは、判決が下った瞬間の一時的なものに過ぎません。失われた愛する命は、再び帰ることはなく、遺族の無念が晴れることもありません。
被告に死刑を求め続けた遺族が、実は冤罪だったと知ったとき、どのような感情に襲われることか、想像も付きません。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>共通する相談内容は「死にたい願望」とか「孤立感と不安」に関するもの、自死の意志が弱いが為に大量殺人で死刑を求めようとする傾向は、今後とも強まりそうです。
宅間守や加藤智大のような人間は例外ではなく、鬱の端的な例なのかもしれませんね。

>被告に死刑を求め続けた遺族が、実は冤罪だったと知ったとき、どのような感情に襲われることか、想像も付きません。
多分、冤罪だったとは信じないでしょうね。痴漢でも 冤罪が証明されても 被害者は冤罪を受けた男性に謝罪しないことが多いようです。

お礼日時:2014/05/14 13:38

被害者感情=遺族感情に読み替えてご回答いたします。



昔に比べて殺人事件がどんどん減った結果、現在の日本の殺人事件のうち、その半数は家族によるものです。

つまり、遺族感情とはその半分が加害者によるもの、というわけです。
つまり、死刑にすると遺族感情=加害者感情が消滅しますので、やはりこの場合も救済されることはありません。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>昔に比べて殺人事件がどんどん減った結果、現在の日本の殺人事件のうち、その半数は家族によるものです。
死刑も 愚民どものガス抜き効果を除けば、もはや無用の長物かもしれませんね。

お礼日時:2014/05/14 08:32

場合によっては死刑も生ぬるいのがいますね。



死にたいから人を殺すというのも出てきてますから。

刑務所の費用を税金ではなく懲役でのお金は刑務所を出るときに

渡されるものですが、その中から出させてでも苦しんでもらわないと

いけません。死にたいけど死刑にならない。

懲役での収入から刑務所の費用を引かれるのでしたら少しは被害者の

感情の救済に役立てるのではないかと思いますが。

死刑は自分の命を失いたくないという人には効果的ですが、死にたいと言う輩には

意味はないと考えます。

苦しみを与え、法的に殺すというのが趣旨と考えます。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

半分は頷けますが、半分は首を傾げます。

>苦しみを与え、法的に殺すというのが趣旨と考えます。
皮肉にも 末期癌患者の治療は結果的にそうなることも多いですね。

お礼日時:2014/05/14 07:52

被害者は死んでいるので被害者感情なるものは存在しません。


したがって死刑によって被害者感情が救済されることもあり得ません。

この回答への補足

被害者感情→被害者遺族感情

に訂正してください。

補足日時:2014/05/14 07:41
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