【iOS版アプリ】不具合のお知らせ

大人になるたびに自分に自信がなくなってきていると感じます。
昔はもっと自信がありました。
でも、自己について考えたり、
自己分析などするうちに
私の自分の良さというものがわからなくなっています。
自分の良さをしっかり理解し、それを伸ばしてもっと自分に自信があるように生きていくにはどうしたらよいのでしょうか。

gooドクター

A 回答 (10件)

大人になったからこそ自分に自信がなくなるのだと思います。


色んな人をみたり色んなことを知っていくと自分の脆さに気が付いたり弱さが見えたりして自信満々ってわけにはいかなくなると思います。
逆に大人になるってそういうことかなと思います。
だから本当の意味での謙虚な気持ちが持てたりするのかなと。

自分の良さって何を持って良しとするかによって変わってくると思います。
人と比べて私はここが優れてるというのもある種の良さだとは思いますし、自分に自信があることを良さとするのもそうだと思います。
良さを伸ばすのも大事だけど自分の欠点だと思うところも含めて自分で自分を認めてあげることが出来れば自信も付いてくると思います。
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過去の自分と今の自分を比較しないことです。

過去の自分も今の自分です。もう一人自分という勝ち目のない競争相手がいたら、合格ラインのハードルが、どんどん上がってしまいます。勝ち目がないというのは、今の自分より優位な過去の自分には、もともと勝ち目がないということです。実体のないものとは、もともと闘いようがないことにもなります。常に気持ちが負けている状態になるだけです。
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季節の変わり目であったり、疲れが溜まっていたりしますと、



脳の活動が弱くなって、やる気が減退したり、自信がなくなるということが

あるそうです。

また気分と言うのは変化しますと、それ以前を思い出せないものです。

ほんとうは子供時代であっても、色々と落ち込んでいたはずです。

落ち込み続けていたら病気になりますから、そのあとで自信を回復したはずです。

思い出となっている殆どの記憶は、この回復の記憶ではないでしょうか?

印象として残ってしまうんじゃないかと思います。

わたしも子供の頃のほうが自信に満ちていたと感じます。

また、若いときを思い出して、もっと悩まずに行動できていたと思っています。


最近はいろんなことが分かるようになり、

「前よりは悩みも減り、自信がもてるようになった」

と思っていましたが、

ちょっとしたことが切っ掛けで落ち込んでおります。

しかしこんなときも、

「ずいぶん長いな。半分は天気のせいだろうな。」

と考えられるようになっています。

若いときは、「自分の中にある何が問題なのか?」と物事を大きくしていました。

もちろん、「他人の中にあるあれが問題だ!」と誰かを責めたいという気持ちも

生じます。


年を取っても中々消えませんが、そういうときは脳が弱っていると理解しています。


質問者さんの問いにも必ず切っ掛けと成ったシーンがあるでしょう。


私もそうですが、

他を責め、自分を責め、中立な考えをもとうとし、

ストレスを抱えてしまうと、

そうしたストレスが無かった過去の自分を振り返り、

昔は人と揉める事を厭わずに、自己の主張ができたと感じて憧れてしまいます。


考えを保留して道を譲るたびに、その成り行きは余り宜しくない。

しかし、自分を正しいと信じて主張をしても、その成り行きは余り宜しくない。

これで悩んだ時代があります。

間違っていることを主張したくないですから、

正しい考え方やセンスを身につけて、主張をしていきたいですよね。

こういう考えに至れば、自己分析を行い、

甘えている部分や実力として不足している部分を補って、

自己研鑽に励むことができます。


これで大分マシにはなるのですが、やはり自信を失うことはあります。

これがどうも変だと思って、今度は人の身体の仕組みに原因があるのじゃないかと

発想転換をした時期があります。

ここから得られる示唆は大きかったですね。

恒温動物である我々人間は、温度変化によって脳が忙しくなり、疲れてしまう。

生命を維持する部分で忙しくなれば、社会での営みについて、やる気は減退します。


こういうときは、その地域一帯の人々がやる気をなくしているはずです。

辛抱できることも辛抱できなくなっているでしょう。

誰もがしんどい時は、どこかでミスが生じて事故や事件を起こしてしまいます。

普段は迅速に対応できたとしても、すべてがノロノロと動いているでしょう。

普段はこうしたことを笑い飛ばしてくれた人も、こういうときはできません。


天気が落ち着いたあとは、事件や揉め事だけが残ってしまいます。

私たち全てが、こうした事故の対応をしているのだと思います。



成人するまでは、身体も成長し、脳も発達していきます。

器としての体が完成する前に、医学的な意味でエラーが生じることは知られております。

大人達の庇護の下で、これらを早期に発見し、医師の判断を仰ぐ必要があります。

ですので、悩みの原因は身体であったり、自分の心の完成度であったりします。

これらを改善することで、不具合の解決ができるケースが多いでしょう。


しかし、大人に成ると、身体や心は完成しておりますから、

悩みの原因は、自分より外にある場合が多いです。

「自分の中にある良いところ、悪いところ」という概念は、成長過程での重点監視事項

という意味ですから、成人したあとはほぼ関係ないでしょう。

(発達障害と言う話も昨今では出ていますが)

自分の中の良いところを延ばしても、それ以上は伸びないはずです。


大人になって悩むケースの殆どが、他の人との人間関係です。

しかし、悩む人の多くが、自分の性質や相手の性質について原因を探そうとします。

これは子供時代に必要であったチェックです。

なので正しい発想ではなく、習慣から生じた悪い影響となってしまいます。


性質としてエラーが多い人がいたとして、その人は日常でも困るでしょうし、

普通に考えて交通機関を使って移動することもできないはずです。

子供時代は確かに一人で旅行などできなかった。

子供時代は相手の性質に問題を求めても意外とあたっていたかもしれません。

しかし成人した健常者である以上は、それが原因のはずはありませんよね。

つまり相手の事情を自分が知らないことが原因です。

変な人はおらず、自分が知らない事情を持つ人が多数いるということですね。


私たちは隠された相手の事情により悩みます。

また、相手の事情を知っても共感できない場合は、その心情を理解できません。

心情を理解できないと、相手の反応や行動を理解できません。

予想を反する反応や行動を目の当たりにすると、驚くものです。

このときに、力関係が上であれば、相手を叱りつけてしまいます。

力関係が下であれば、意に沿わない服従を約束し、傷つき悩みます。

心から納得しておりませんから、二度とやる気を出さないでしょう。

これが続けば、共同生活や共闘していても、投げやりな仕事やロスが多くなります。

こうした状態から生活環境そのものが居心地が悪くなります。

そして、このストレスを弱者にぶつけるわけです。


昨今では苛めやパワハラと言われている物事ですが、

互いの事情を理解し共感するということが、大事な予防になると言われています。

相手の事情を聞きだしたり、自分の事情を事前に伝えておくと言う事が必要に

なりますから、これらをコミュニケーション能力と呼んでいます。

社交的であるというのは、社交の場に顔を出せる勇気を指すのではないと思います。

人の事情に共感できない場合は、そもそもの目的を果たせませんから、意味が無いでしょう。

力関係について常に意識をして、

相手に与える影響を考えて、発言や態度に注意をするのがいいでしょう。

余計な悩みを抱えると、自信の喪失(錯覚ですが)につながりますし、

自己を研鑽する時間を無駄に消費してしまいます。


ここまでは、成長と共にステージが変わり、問題の性質が変わることを説明しました。

しかし、質問者さんが感じている部分も半分あたっていると思います。


いまある私の経験と判断、思慮というのでしょうか、

これを元に過去を振り返り、私が失った美徳は何であるか?

を考えてみました。

すべてに対して影響を与える、ネガティブな要因です。


それは一人で生きていくことを諦めたことです。

人はいずれ一人になりますから、家族も職場も友人も仮初のつながりです。

いずれ無くなると知って、出来るだけ楽しむ。

いずれ無くなると知って、独りになる準備をする。

いずれ無くなると知って、出来るだけ深く関わり、出来るだけ長く過ごし、

自らの憧れを捨てずに、先に進む。

いずれ無くなると知っているから、今もあることに感謝する。

それを維持してきた人に感動する。

こうした姿勢を若いときは持っていたと思うのです。


人生の先輩が教えてくれましたが、こういう姿勢を維持している人を

カリスマがあるというそうです。

逆に言えば、凡庸であり魅力が無い人は、

一人で生きていくのを諦めた人となりますから、

多くの人がそれに囚われていると言う事ですね。


自分が出会う全ての人はいずれ自分から去っていく。

それくらいならば、自分から去っていこう。

しかし、ここでは目的があるので、これが終わるまでにしよう。

こんな気持ちを維持していることが大事です。

結果として長く一緒にいることは多いですよ。


暖かく自分を迎え入れてくれる第二の家族(仲間)がいるはずだと信じて生きていると、

その逆になりますから、非常に辛い心理状態で過ごすことになります。

また自分の尊厳を守るためには、保健が必要です。

自分一人(養う家族も含めて)生きていくための方法は複数ないといけません。

これらがバランスよく配置されているとき、自信が持てると思います。


そして昨今はもう一つ大きな(巨大な)要因が生まれています。

それは技術と科学の進歩です。

人が生産の担い手であった時代から、機械が主役になる時代に移っています。

ここを苦手とすると、どんなに人物を磨いても、劣等感から嫌な自分に変化します。

人を守り大事するためには、人間関係と言う手段よりも、技術や科学と言う手段が有効になっています。

昭和の美徳が罪になる。年配には大きな悩みです。


・相手の事情を知ることを物臭せず、共感する心を養う
・力関係について常に意識をして、印象の強さを理解して振舞う
・独りで生きていくことを諦めず、一期一会の気持ちを維持する
・尊厳を守るための保険を複数準備する
・人間関係よりも技術や科学を重視する


この5つのポイント、どれくらいできていますでしょうか?

時間はたっぷりありますから、取り組んでいきましょう。

以上、ご参考に成れば。
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簡単です。



努力して、実力をつけて、その実力が社会で通用するかどうかを試す。
通用しなかったら、さらに努力して実力を上げる。
こうすれば、実力に裏打ちされた自信が生まれます。

一番簡単なのは、学校の勉強です。
偏差値で実力も測れます。

できれば、その実力を発揮して、社会で活躍したら、お金ももらえる。
ようになれば、とってもよいと思います。
大学教授、将棋の名人、プロゴルファーなど。。。

実力が無いのに、自身を持ってはいけません。
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昔の自信だって根拠のない自信だったのだから、別に自信なんていらないのでは。


ただ平常心で着々と仕事をこなせばそれでいいはず。
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病気ですね

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>大人になるたびに自分に自信がなくなってきていると感じます。



子供の頃の自信(?)は根拠のない自信、、無謀に近いもの、、なんだと思います。
大人になって、いろんなことを知ったり、気付いたりすると、その無謀さがなくなり、怖さが芽生えます。同時に、気付きがあると良くも悪くも意識がそこに向きます。

例えると、幼少期に足が速かったとします。なかなかな才能が有ったので、今度はもっと速くはしれるようにいろんなことを取り入れようとしたとたんに、伸び悩んだり、余計に悪くなる、、って感覚なんですがわかりますか? よく言うスランプですね。

スランプが長い人は、多分、過去から現在までをひとつながりのものとして見て、さらには過去の「すごかった自分」というものに「戻ろう」とするからうまくいっていないケースがあるんじゃないかと思います。知ってしまった以上、気付いてしまった以上、今の自分は過去の自分とは別物と考えた方が良いです。なので、そこからスタートってことです。

あと、怖さを知ることはとても大事です。ただ、怖がり過ぎては何もできなくなってしまいます。なので、時としては「えいや」で行かなくてはいけないときもあります。厳密にはほとんどの物事がそうであると思います。 人ってそんな器が大きいわけじゃないから、どこかしこでそんな部分があるわけです。能力がないからしょうがないという理由での「えいや」です。
そういうの繰り返していれば、気が付けば伸びているんじゃないですかね。

ただ、私自身は「自信がある」「自信がない」という考え方はしないです。
そんなこと考える余裕がないのか、興味がないのか、、
できなかったことができるようになることには興味がありますし、できたことができなくなった自分も好きですけど。

とりとめがないですが、参考までに。
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子供の時はとても狭い範囲の人間関係です。


その中で、「うん、これでいいんだ」と思う。

成長するに従って、人間関係も拡がって行く。
そうなると、色々な場面で、「あれ、違う」と思うことが出てくる。
「今までのやり方ではダメなんだ」と思う。

それを繰り返すことによって、ダメなところに目が言ってしまい、自分の全体を見失う。

物事のすべては表と裏の関係なんです。
良いところを裏返せば悪いところ。
悪いところを裏返せば良い所なんです。

で、様々な事を周囲がどう評価するか、だけなんです。

その評価がマイナスだと、それに囚われてしまう。
でも、裏返せばプラスなんです。

だから、どんなことでもプラスに考えられれば、自分は自分として自己肯定できます。

自己肯定できれば前を向いて進めます。
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確実に大人への階段を登っているという証に他なりません。


世の中に優秀な人間など、星の数ほど溢れていますからね。
肝心な事は他人との比較をしないということ。
比較の対象はあくまで自分自身です。
今日の自分は昨日の自分より、頑張っただろうか。
世の中の為になっただろうか、人に感謝出来ただろうか。
勇気と慈愛を持って人に接しただろうか。
理不尽な仕打ちに堪え忍ぶことが出来ただろうか。
こういう生き方でしか、自分自身を向上させ行く方途は無いのです。
そしてある日気が付けば、思わぬ成長を遂げた自分に気が付くのです。
「大人になるたびに自分に自信がなくなってき」の回答画像2
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「自分の良さ」と自信は関係ないような気がします。


若いうちはいろんな可能性があるからいろんな夢が持てる。
その夢を達成しようとすれば、自信が無ければ取っ掛れない。
そしてその夢が破れるたびに、自信を失い挫折していく。。。
年と共に可能性の幅が狭まり、やがて自信をもって何かをする
と云う事が無くなっていく。
そこで、「その時々の選択は自信を持ってやってきた。
夢は叶わなかったけど、まぁまぁの人生だった。」
何て自己満足で終わる。

夢がかなった人はどうか?挫折を知らず自信満々なんて、
いや~な年寄りになります。
ベストは一つくらい夢をかなえて、3つ位破れる。。。
ほどほどの自信の持ち主でしょう。

自信って文字通り自分を信じる事・・・ですよね。
自分の良さや業績を殊更誇示するのは「自慢」かも。
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