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日本は、明治時代、神仏分離などを実施し、神道を優遇し始めました。当時、近代国家を創ろうとしていた日本の、お手本にしていた西洋では、国家は宗教(キリスト教)から、次第に離れるようになっていました。
質問は、なぜ、日本では神道を国教のようにしたのでしょうか?(民族主義を高揚させるためですか?)

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A 回答 (7件)

主な理由は次の2つでしょう。


1.国民を大人しく従わせるには、宗教で締めつけるのが手っとり早いとみた。
2.近代化をうまく進めるには、一神教的な宗教が必要だと思い込んでいた。

1.は、どこの国の支配層でもある程度は考えることで、特に珍しくありません。特殊なのは2.の方です。

世界情勢に対する日本政府(特に明治~敗戦まで)の認識は、多くの場合ずれたものでした。
「欧米が覇権を握ったのは、一神教のおかげで精神的に1つにまとまっているからだ。日本も天皇を『唯一神』にすれば、列強に対抗できるはず」
などと、勘違いしてしまったのでしょう。
※参考↓
http://06020596.at.webry.info/201409/article_2.h …
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/nakayamamiyuki …

もちろん実際は、キリスト教会が絶大な権力をもっていた時代、ヨーロッパ文明は低迷期でした。教会の支配が弱まることで、学術が発達したのです。
明治政府の要人たちは西洋かぶれの割に、ヨーロッパ史の肝心なところがわかっていなかったようですね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
戦前の指導者が、誤解して、
<欧米が覇権を握ったのは、一神教のおかげで>あり
<日本も天皇を『唯一神』にすれば、>
と考えたからですね。
<教会の支配が弱まることで、学術が発達した>
現代のイスラーム社会を見ている納得します。今の私は、指導者の勘違いが分かりますが、当時では、強力な西洋に幻惑されたのかな、と思いました。

お礼日時:2016/09/26 12:42

>質問は、なぜ、日本では神道を国教のようにしたのでしょうか?



回答不能。
理由:「日本では~」の「日本」の意味が不明。
帝国憲法では、神道を国教とは決めていない。
(そもそも国教というものを定めていない)

天皇の神格化や国家宗教による意識の発揚等の意見もあるようです。
しかし、それは帝国憲法の主旨と矛盾していると思います。

帝国憲法の目的は、日本が「憲法」と「議会」を運用できる「法治国家」であることを諸外国に示す為のものです(≠個人の独裁や専制)

無知な人がよく言うような天皇が神格化されたのは、終戦間際の一時期だけです。



「神仏分離令」については、単に「分離」のみであり、政府は神道の保護や仏教の排斥などは命令していません。
(その指示を 現場の人間や民衆がどう解釈したか は不明ですが)



「廃仏毀釈」が起こったのは事実だと思いますが、それは以下の理由による現場レベルの事象だと思います。

明治以前の仏教ですが、江戸時代は幕府の支配体制を支える為に保護されていました。
地方の民衆は寺の地元の寺の檀家に成る事を定められており、それが戸籍の代わりになっており、キリシタン化の防止にもなりました。
寺が発行した手形が無ければ旅行にも出られませんでした。

これらによって、寺は布教をしなくても、地元に人さえいれば収入に困らなくなります。
これが僧侶の腐敗の原因となりました。

以上の事は江戸時代にも問題になっており、保科正之や徳川斉昭等の廃仏を唱える学者や政治家も出ています。

江戸時代の神道と仏教の関係ですが、神仏習合によって同じ敷地内に神社や仏塔があるなどのカオス的状況のものもありました。

そして、それらの中では、神主の地位は僧侶よりかなり低くなっていました。

【仏教遭難史論】
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/983346/15
(「もっとも各神社に、社家の神主もあったけれども、みな社僧の下風に立ち掃除、または御供の調達等の雑役に従い、神社について、何らの権威もなかったのである。

―中略―

故に神社の実権は、全く僧徒の占領に帰し、神主はその下風に立て、雑役に従事するのみ。何等の権力もなかったから、神人は憤慨に堪えられず、僧徒に対して怨恨を懐き、宿志を晴らさんとすれども、実力なければ、空しく涙を呑み、窃に時機の来たらんことを待っておった。」)



靖国神社を国教化の根拠とする意見もあるようですが、
靖国神社は国家の行事を行う代わりに布教等の行為を禁止されています。

神道を国教化しているなら、そのような措置はありえないと思います。

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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございあした。
突っ込みどころの多い私の粗雑な質問・それの基になった知識について、詳しく説明して頂きました。
<帝国憲法では、神道を国教とは決めていない。>
ですね。たしかに、国教とは表に出ていません。
<天皇が神格化されたのは、終戦間際の一時期だけです。>
ですね。
<「神仏分離令」については、単に「分離」のみ>
神道が分離し独立した、ということですね。
<靖国神社は国家の行事を行う>
だけなのですね。いろいろな面で、頭を整理する必要がありそうです。

お礼日時:2016/09/24 19:46

なぜ、日本では神道を国教のようにしたのでしょうか?


   ↑
神道で国民をまとめるためです。

欧米列強はキリスト教で、国民をまとめている
ことに気付いて、それを真似たのです。

かつて、歴史が示すように、日本は仏教で建国を
図ることもありましたが、仏教は外国の宗教
です。

それで、日本の宗教であり、天皇の宗教である
神道に着目したのです。

だから天皇支配を強く打ち出し、その一環として
神道の国教化を推し進めました。




お手本にしていた西洋では、国家は宗教(キリスト教)から、
次第に離れるようになっていました
   ↑
宗教というよりも教会の権力から国家が自由に
なりつつあった、ということです。

宗教を同じくする人間だ、ということで
国民の間に、連帯感が醸成されるのです。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
西洋では、国家が教会から離れてているが
<キリスト教で、国民をまとめている>
ので、これを日本で手本して、神道に手伝ってにらったのですね。かっての日本でも、外来でない神道を使ったことがあるのですね。
<天皇支配を強く打ち出し、その一環として
神道の国教化>
だったのですね。幅広い視点からのご説明良くわかりました。


お礼日時:2016/09/24 15:30

うろ覚えですが、神道を中心に~という考えは西洋諸国が宗教分離のトレンドなのを受けて1年で瓦解、逆に神道は道徳みたいなもので宗教じゃないんだからねっ、て感じで無理やり残した、と聞いたような気がします。



残したのはもちろん天皇の権威を持ち上げるためですね。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
<神道は道徳みたいなもの>
と考えられていたのですね。宗教として高めたというより、道徳を強調したということですね。

お礼日時:2016/09/24 08:40

>西洋では、国家は宗教(キリスト教)から、次第に離れるようになっていました。



キリスト教というより教会は旧体制の支配者側で、近代では遠ざけるべきものでもありました。
日本の神道は江戸時代までは、そこまで盛んでなかったので。

>なぜ、日本では神道を国教のようにしたのでしょうか?(民族主義を高揚させるためですか?)

高揚どころか、そういう意識がなかったので植え付けようとしたんでしょうね。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
西洋と比較し、江戸時代の神道の地位・役割が低かったのですね。
1. 神道は体制を支えていたのではない。
2.国民も 神道を国教のようには意識していなかった。
明治時代は、それらの是正をした、に過ぎないともいえるのですね。

お礼日時:2016/09/24 08:35

大きくは二つの理由ではないでしょうか。



①明治維新政府は徳川政権というか武家政権からの大きな体制変革になりますので、天皇を中心
とする新体制を日本中に浸透させるために明治天皇の神格化が必要だったと思われます。

②西欧ではキリスト教という宗教が倫理観や道徳観といった社会の根本的な部分を支えている
ようなものになっており、宗教が国家にとって非常に大きな役割を担っていたが、日本では
それに対するような宗教がはっきりしていなかったので、キリスト教が必要以上に入りこむ
ことを牽制すると共に日本には神道という独自の宗教が根付いているとしたかった。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
1.<新体制を日本中に浸透させるために>
神道を通した
<明治天皇の神格化天皇の神格化必要>
なのですね。
2.侵入するキリスト教から防衛するためにも、西洋国家の背景にある背骨にあるキリスト教(弱まったとはいえ)に見習うためにも、神道を優遇したのですね。

お礼日時:2016/09/24 08:25

明治天皇の権威を高めるために決まってるでしょう。

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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
<明治天皇の権威を高めるために>
は、決まっていたのですか?

お礼日時:2016/09/23 19:45

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