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山本五十六を護衛していた6機の零戦のどの番号に誰がのっていたのですか?
二人はわかっています
T2 197 が柳谷
T2 165 が杉田
いまいちわからないのが
T2 169 が森崎?
不明
T2 1128

質問者からの補足コメント

  • 岡崎、日高、辻野上の番号を教えてもらえればうれしいです。

      補足日時:2017/02/24 23:59

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A 回答 (3件)

追記


・見つけました。

下記を見てください。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question …
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さらに追記


山本五十六連合艦隊長官護衛編隊の全メンバーリストです。
(一式陸攻の全メンバー含む)
http://m.tiexue.net/touch/thread_3197809_1.html
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・戦後生まれなのですが、模型に興味があったので、


 調べてみました。

・下記からメンバー名は判明
【六機の護衛戦闘機】
http://blog.livedoor.jp/ray417-spring/archives/5 …

上記から引用

第1小隊長は森崎武中尉、
第1小隊2番機は辻野上豊光一飛曹、
第1小隊3番機は杉田庄一飛兵長、
第2小隊長は日高義巳上飛曹、
第2小隊2番機は岡崎靖二飛曹、
第2小隊3番機は柳谷謙治飛兵長


で隊長機(小隊長)は下記から T2 151と判ります。
 (小隊長が二人いますが、階級から森崎武中尉が隊長?)
http://jinraikohboh.blog.fc2.com/blog-entry-548. …

三番機 杉田庄一飛兵長機は T2 165
http://jinraikohboh.blog.fc2.com/category16-10.h …

そのまま下をみると
二番機 辻野上豊光一飛曹機 T2 171

第二小隊も探して見ます。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2017/02/25 01:00

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Aベストアンサー

>原子爆弾投下並み或いはそれ以上の被害は生じたか?

規模にもよりますが、死者で原子爆弾を上回るのは困難です。
ただし、ガスによる負傷者を考慮すると、被害は上回るかもしれません。



>サリンが使用さた場合、その都市の人口というのは壊滅だったか?

前述のように、死者はそれなりに出ますが、問題はガスによる負傷者。
人数では壊滅しませんが、都市機能としては壊滅的被害になります。



化学兵器は「貧者の核兵器」と言われるくらい殺傷能力の強いものです。
第一次世界大戦で実戦に使用された時には多くの犠牲者がでました。
しかし、ガスはその特性上すぐに拡散します。
第一次世界大戦では、塹壕戦という溝にこもっての戦いだったので、
空気より重いガスがたまって非常に効果的でした。
市街戦での使用であれば、風向きを考慮して効果的な地点に
逃げ道を塞ぐように計画的に散布すれば、小さな町なら壊滅できます。
また、サリンは被害者への後遺症は非常に深刻です。
致死は少なくても、被害は大きなものになります。

日本への使用の場合、空襲による場合はガス弾の使用になります。
このため、少しずれると効果は限定的です。
サリンやマスタードガスの場合、液体で散布して揮発させます。
うまくいけば、車のタイヤや靴について拡散できますが、
基本的に空気より重くて停滞する性質にしていますので、
離れると被害は少なくできます。
もし、米軍がどこかで化学兵器を使用すると、以後は警戒され
ある程度の被害は出ますが、壊滅するほどの被害は困難です。



現実問題として、毒ガスの使用はジュネーブ議定書違反です。
よく勘違いされますが、毒ガスの製造・開発・所持は
この議定書を含め禁止されていません。
また、アメリカや日本などは署名していますが批准していません。
しかし、実戦で使用された場合、日本が使用する口実になります。
日本は、今はウサギの島で知られる大久野島などで毒ガスを
製造していました。もし、米軍が市街地に無差別攻撃をすれば、
日本が米軍への反撃で使用する口実になります。
小さな基地なら奇襲で攻撃されると防ぎきれません。
ちなみに、アメリカはイタリアで毒ガスを持ち込もうとして
貨物船が攻撃され、拡散されて大きな被害を出しました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%AA%E7%A9%BA%E8%A5%B2#.E3.82.B8.E3.83.A7.E3.83.B3.E3.83.BB.E3.83.8F.E3.83.BC.E3.83.B4.E3.82.A7.E3.82.A4.E5.8F.B7.E4.BA.8B.E4.BB.B6
Wikiにもありますが、この時ドイツの攻撃を憂慮したアメリカは
「毒ガス使用は報復限定」と声明を出しています。
日本にも用意していたとされますが、規模は分かりません。
アメリカは毒ガスの使用は可能でも使用しませんでした。
サリンを入手しても、あくまでも報復のため限定的な地域が対象で、
都市に使用することはありません。

>原子爆弾投下並み或いはそれ以上の被害は生じたか?

規模にもよりますが、死者で原子爆弾を上回るのは困難です。
ただし、ガスによる負傷者を考慮すると、被害は上回るかもしれません。



>サリンが使用さた場合、その都市の人口というのは壊滅だったか?

前述のように、死者はそれなりに出ますが、問題はガスによる負傷者。
人数では壊滅しませんが、都市機能としては壊滅的被害になります。



化学兵器は「貧者の核兵器」と言われるくらい殺傷能力の強いものです。
第一次世界大戦で実戦に使用された時に...続きを読む

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真実はだれにもわかりません。

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知っていたけど黙っていた・・・
そんなことがあとからバレたら大統領どころか
政権も吹っ飛びます。

戦争を始めるにはもっと小さな被害で十分です。
民間人が一人虐殺されれば国内は大騒ぎになり,
戦争へとつながります。

生麦事件だって死んだのは一人です。
そこから薩英戦争が起こりました。

軍人を2000人以上犠牲にする必要はありません。
まあ,No.9さんの回答も説得力がありますけどね。

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もともと満州は清国を建国した女真族の聖地で、清国全盛時代には漢族が入り込むことは禁じられていました。 当時の満州は今の日本と同じように安全で、家に鍵をかけて外出する必要がなかったと言われています。 ところが清国が衰退し始めると満州に漢族たちが次々と入植を始めました。  漢族が入植した土地は、強盗団が跋扈して、安心して暮らせず、満州の治安も酷い状態になりました。 そのため、日本が女真族をバックアップして女真族の国である満州国を建国したのです。その結果、満州国は以前のように安全な国になりました。 満州国は日本軍が中国人(漢族)を追い払って女真族の皇帝を担いで作った傀儡国では決してありません。 日本が満州を中国から奪い取って、日本の傀儡である満州国を作ったと言うのは、戦勝国のでっち上げでしかありません。 この事実を知れば、質問者さんの疑問も自ずと氷解するでしょう。

Q伊予国をルーツとしている戦国武将を知ってるだけ教えて下さい。 戦国時代にも現地に居た武将ではなく、そ

伊予国をルーツとしている戦国武将を知ってるだけ教えて下さい。

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Q玉音放送で国民がなぜ天皇陛下の声を知っているのか

https://www.youtube.com/watch?v=YbdCWdRNgz4
このラジオ放送です。
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Aベストアンサー

>ラジオだから音声だけで顔は見えないはずなのに何を根拠に天皇陛下だと判断したのでしょう

玉音放送の時点で「この声が天皇陛下だ」と思った人はほとんどいなかった、というのが真相です。

ただし、玉音放送がある、仕事の手を休め学校も中断して聞くように、という命令が事前に出ていたこと、放送内容が「日本はポツダム宣言を受け入れて降伏する」という内容だったことから、「天皇直々に話をされた可能性が高い」と思っただけです。

その後の新聞やラジオのニュース、降伏後の敗戦処理などの内容が伝わるにしたがって「あれは本当に天皇がしゃべったんだ」という認識が広まった、ということです。

Q命懸けの決闘をやるメリットは何ですか?

剣道の試合みたいに防具を着て竹刀で打ち合うならスポーツです。
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それ以外です。
相手とあらかじめ打ち合わせして奇跡的な名勝負をやって周囲から賞賛を得ようとするのでなく、勝利したらお金をもらえる状況でもなくて、戦争中でもない、
武器を使わない事を約束した上の殴り合いだったり、ギブアップしたら即座に絶対強者が止めてくれるわけではない、
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決闘と言うのは、両者が話し合いでは解決できない問題の最終解決方法が決闘です。

「力が強い者は何でも正義と言う倫理」と、「決闘で勝った者がその問題解決を行えるという倫理」との違いは、「力が強い者は何でも正義と言う倫理」は、ルール無用。勝てば何をやってもよいと言う方法で行われ、その組織が存在する限り永遠に紛争は終わりません。どちらかが滅ぶまで続きます。


「決闘で勝った者がその問題解決を行えるという倫理」は、両者が争っている争点の最終解決方法として、両者が合意したルール(その文化圏で慣習的に認められた仁義が基準となる場合が多い。例え「命を掛けた決闘」でも飛び道具や投げナイフは駄目とか。)で決闘を行います。その決闘の後は、その問題解決を行う権利は勝者にあると言うのが決まっただけで、人としての勝敗が決まったわけではなく、その後はこの問題は過去のモノとし、建設的な未来志向で互いの関係を構築する(命を掛けた決闘でも、決闘によって死なれた人の仲間がその報復を行う事は野蛮とする)。

このような目的でやられるのが決闘です。



その合意内容は、その地域の文化的、歴史的な慣習で養われる事が大半です。


「命を懸ける決闘のメリット」ですが、決闘とは個人の問題なので、その状況によりますので漠然とした答えになりますが、「命を懸ける決闘のメリット」は、話し合いでは解決できない、どちらかが死ぬしか問題解決が無い。しかもその殺し方は闇討ち、暗殺などでは駄目で、正々堂々と決闘による勝負が必要である。そのような背景があるからこそ「命を懸ける決闘」を両者ともに合意しているのだと思います。


それで、そのメリットですが、勝者はその問題を解決する事ができます。

決闘と言うのは、両者が話し合いでは解決できない問題の最終解決方法が決闘です。

「力が強い者は何でも正義と言う倫理」と、「決闘で勝った者がその問題解決を行えるという倫理」との違いは、「力が強い者は何でも正義と言う倫理」は、ルール無用。勝てば何をやってもよいと言う方法で行われ、その組織が存在する限り永遠に紛争は終わりません。どちらかが滅ぶまで続きます。


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戦国時代に織田信長が、1568年にほかの戦国大名よりも早く京都を抑え、足利義昭を将軍としたのに、1573年に足利義昭を追放して、室町幕府を滅ぼしたのですか?

Aベストアンサー

元々、室町幕府はあまり他の大名を統制できるような力を持っていませんでした。
そして、応仁の乱を抑えられなかったことにより、完全に幕府、将軍の権力はなくなり、その時々の実力者が、自分の意向を世に広めるために、将軍の名前を使って命令をする、というような状態でした。
そのため、都合が悪くなると、将軍を退位させ、別の将軍を立てる、なんていうことも珍しくない状態でした。実際、足利義昭が将軍になる3年前には、義昭の兄である13代将軍・足利義輝が、近畿地方で一大勢力を持っていた三好氏によって殺害され、替わりに義栄が14代将軍として擁立される、ということまで起きています。

信長が義昭を将軍に添えたのも、理由としては同じです。
世の中に色々と命令などを出したいが、自分の名前で出すと周囲の大名たちの反発を生んでしまう。義輝を殺害して、義栄を擁立した三好氏と同じように信長も、義栄を追放して、義昭を擁立することで、義昭の名前を利用しようとしたわけです。
実際、足利義昭を将軍に添えてから数年で近畿地方における勢力を確立しました。
しかし、信長の力が伸びることに反発した義昭は、周囲の大名に対して信長を討って自分を助けよ、というような書状を出すなどしました。
信長としては、近畿地方をほぼ制した上に、自分の敵ばかりを作る義昭、室町幕府はもはや用無し。なので、追放し、幕府を滅ぼした、ということになると思います。

元々、室町幕府はあまり他の大名を統制できるような力を持っていませんでした。
そして、応仁の乱を抑えられなかったことにより、完全に幕府、将軍の権力はなくなり、その時々の実力者が、自分の意向を世に広めるために、将軍の名前を使って命令をする、というような状態でした。
そのため、都合が悪くなると、将軍を退位させ、別の将軍を立てる、なんていうことも珍しくない状態でした。実際、足利義昭が将軍になる3年前には、義昭の兄である13代将軍・足利義輝が、近畿地方で一大勢力を持っていた三好氏によ...続きを読む


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