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兵卒が陸軍伍長までなるのは結構難しかったのでしょうか?教えて下さい。

A 回答 (2件)

太平洋戦争中の日本陸軍の階級は、二等兵→一等兵→上等兵→伍長→


軍曹・・・となっています。
二等兵から一等兵は自動的に昇格し、上等兵は成績優秀者が選抜されます。
徴兵期間の二年を越しても兵で居る者は古参兵と呼ばれます。

上等兵の中から上官の推薦を受けた者が下士官候補の試験を受け伍長へと
昇進します。
次の情報では、上等兵に成れるのが四人に一人くらい、その内の成績上位
者のみが伍長に成れたとの事ですから極めて難関です。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/questio …

伍長以上は判任官(官吏)とされ、当時の感覚では晴れて天皇陛下の
お役人様というところでしょうか。


小生の亡き父も一般の徴兵で軍役に付きました。新兵の時に古参兵を
殴り倒す事件を起こしました。ビンタをした古参兵を睨んだら「悔しかっ
たら殴り返して見ろ!」と言われ瞬時に「ハイ!殴ります!」と一発で
殴り倒しました。
上級士官の大岡裁きで「彼は上官の命令に従っただけ。倒れる奴も訓練が
足りない。」との事で無罪。内務班での報復を恐れ、看護部隊に移動と
なりました。分隊→小隊→中隊(100人規模)→大隊→連隊(1000人規模)
の組織で、看護兵は中隊に一人ですから、内務班(分隊)とは遠く離された
わけです。

その後、一年半の内に一等兵を経て上等看護兵に昇進しました。
上官から下士官候補の試験を受けるように勧められましたが軍隊嫌いだった
父は断りました。除隊時に「下士官適任証書」を受けています。
軍役中に兵として受けられる全ての賞を貰い、村の自慢だったそうです。
しかし、軍隊に良い思い出は無いようでした。
話してくれたのは、大岡裁きの上官殿と軍医殿と上等兵の従者のように
付く貧しい農民出の一人の兵の事でした。彼は「上等兵殿、軍隊は天国の
ようであります」が口癖だったそうです。貧しい農民兵の彼には、十分な
食事と休息と農作業より遥かに楽な訓練、それが彼の天国だったと推測し
ます。日華事変直前の国境警備部隊での話です。
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外国の兵隊の階級は、日本とは異なります。


山形が2本重なれば、Corporal (コーポラル)
伍長で、準下士官みたいな役割りですが、日本なら一等兵で、その上が、上等兵で、自衛隊なら2士で、山1本、1士で山2本、3本で、士長で、その上から下士官になりますが、外国軍なら、山3本で、軍曹Sergeant(サージャント)日本なら上等兵クラスで、もし、アメリカなら立派な下士官で、分隊の指揮を取ったりします。
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